東方劣化伝   作:籠の中の鳥

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活動報告を見ている方は分かっているかもしれませんが、皆さまに待たせるのも忍びないので、最初の一話だけ投稿することにしました。
次話は少し遅れると思いますが、それはご了承してくれると嬉しいです。

誤字やおかしい表現などがあったら教えてくれると嬉しいです。
感想・アドバイス・批評などなど随時受付中です 。


お姫様と馬鹿な男
第三十生 その男 豹変する


 

 

 薄暗い獣道を進み、開けた場所を必死に探す。

 ちょっと探検してみたい野心から、面白そうだから行動した好奇心から、珍しいものを探したかった探究心から、私は近くの森へと招かれるように入ってしまった。

 

 今思えば、これも妖怪の仕業だったのかもしれない。

 人の弱みや欲望につけ込み、存在の全てを奪い、貪り、糧とするのが妖怪というものだ。

 私は生まれてから一度も生きた妖怪を見たことはない。せいぜい見世物とされた死骸を数回見たくらいだ。

 それが、今この瞬間に襲いかかってくるかもしれないのだ。

 怖くないはずがない、恐れずにはいられない、死にたくなどない――

 

 太陽はとっくに沈み、暗闇が私の周りを支配している。

 肩で息をしながら、足が悲鳴をあげているのを無視しながら、手に持っている棒きれを武器代わりに携えながら、道なき道を走り続ける。

 

 先ほどから何かに見られているような、そんな恐怖から足が止まりそうになる。

 近くの草むらから聞こえる音に、心臓が止まるくらいに驚き、そして尻もちをついてしまう。

 そのまま後ずさりし、背中を木に預け、震える手で棒きれを構える。

 バクバクと心臓が脈打っているのが耳元に聞こえるような錯覚に陥り、額に伝う汗を震えながら拭う。

 

 数瞬の間――

 先ほど聞こえた草むらから飛び出してきたのは――小さな野兎だった。

 肩にかかっていた重圧がなくなり、安心から小さなため息を漏らしてしまう。

 

 野兎がどこかに行ったのを確認した後、棒きれを使って立ち上がる。

 尻もちをついた時についた砂と泥を掃い、大きく深呼吸した後、今度は慎重に歩いて進む。

 

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 

 念仏を唱えるように同じ言葉を小さく繰り返す。

 そのおかげなのか分からないが、幾分か余裕が生まれてきた。

 

 現状は全く変わっていないが、冷静になれたのは大きいだろう。

 冷静さを欠いて、叫び、喘ぎ、泣いてしまえば、それにつられた獣や妖怪に、私は食べられてしまうだろう。

 そんなことを想像するだけで、身震いしてしまう。

 いくら冷静になろうと、次の瞬間には死んでしまうことだってあり得るのだ。怖くて仕方ないし、恐くて仕方ない。

 

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 

 息が少しずつ上がり、肩の上下感覚が徐々に短くなっていく。

 大丈夫なはずなんてない、死が目前に迫っているのに大丈夫なわけがない。

 

 

「大丈夫――だよね」

 

 

 涙腺が緩み、鼻がつんとなり、今にも泣き出してしまいそうになる。

 唇を強く噛んで、考えないように必死になるが、一歩一歩進んでいた足取りがどんどん重くなる。

 

 もしかしたらお父様が助けに来てくれるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いてみたが、そんな都合よく見つけてくれるわけがないのだ。

 私はその父上に黙って森の中へと入ってしまったのだから――

 

 

「――父上」

 

 

 私は望まれて生まれたわけではない。

 物心がついた頃に、そう父上に言われた。

 

 最初は意味も分からなかったが、この年になってようやく分かってきた。

 父上と同じ性をもらいはしたが、周りからは蔑まれた目で見られ、待遇も周りとは全然違かった。

 

 それでも、私は父上によくしてもらったと思っている。

 食事は同じものだったし、お話だってよく聞けたし、勉学にも気を使ってもらった。

 母上からは何かしてもらった覚えはない。顔を合わせれば殴られ、水をかけられ、笑い物にさえされた。

 そんな中、唯一の心の支えとなっていたのは父上だった。

 望まれずに生んだと言った張本人である父上だけが、私を真正面から見ていてくれた。

 それがどんな理由からなのかは分からない。それでも、私にとって父上は――

 

 

「……父上」

 

 

 まるで走馬灯のように父上との記憶が流れていく。

 気をしっかり持たなければ、私はそれに流されるように、獣か妖怪の餌となり果ててしまうだろう。

 

 足にかかっている重圧を押しのけ、確実に一歩ずつ噛みしめながら歩く。

 父上に会いたい、今すぐにでも会いたい、心の底から会いたい、その為にも一刻も早くこの森からでなくてはならない。

 

 出られたとしても、ものすごく怒られるのだろうな。

 容易に想像でき、頭の上に怒る父上の影がチラついて見えた。

 

 

 ――その時だった。

 

 

「ニ、人間ダ、ダダ! メシダ! メシダ!」

 

 

 父上の影は消え、代わりに醜い妖怪があらわれた。

 口は大きく開いていて、涎をだらだらと流し、五つもある眼で私の眼を射抜いてくる。

 私の何倍もの大きさの妖怪が、私に気づかれることなく目の前に現れたのだ。

 

 いきなり現れたことに驚き、小さな悲鳴と共に後ずさりをしてしまう。

 咄嗟に逃げようと反転した時、足がもつれてしまい、地面に吸い込まれるように倒れてしまった。

 すぐに妖怪の方を振り向くと、余裕たっぷりに見下ろしている妖怪が、少しずつ私に向かって歩いてきた。

 声を出すことが出来ず、恐怖と絶望にのまれてしまう。

 

 

「ヒサ、久シブリの、オナゴ、ゴダ!!」

 

「ヒッ! こ、こないで!!」

 

 

棒きれを振り回して、妖怪から離れようとしたけれど、妖怪がそれを掴むと、小枝を折るかのようにポキリと折ってしまった。

 心もとない武器すら壊され、ただ後ずさりすることしかできない。

 

 決死の思いで妖怪に背中を向けて走り出す。

 私にできるのは逃げることしかない。ただひたすら逃げることしか――

 

 ちらりと後方を振り向くと、妖怪の姿はなく、ただ木々が立ち並んでいるだけだった。

 私の走る音と、風で揺らされる木々の音だけが不気味に流れ、それから逃げるように私は走り続ける。

 

 暫く走り続けると、疲れきってしまい、木に寄りかかって休んでしまう。

 安全を確かめるように周囲を見回し、何もない事が分かると胸をなでおろして――

 

 

「オ、鬼ゴッコははは、オオ、終ワリカカカ?」

 

 

 ――真上からあの妖怪が飛び降りてきた。

 重量感のある音と共に、砂埃が舞い、目の前にあの妖怪があらわれた。

 

 逃げようにも足が動きそうにない。

 もう、駄目なのかもしれない。

 

 

「ド、ドコカラ食ベルヨウカカカ? 足カ? 頭カ?」

 

 

 もう妖怪は私を食べる気が満々なのだろう、品定めをするように私を見ている。

 声を出すことはおろか、動くことさえできそうにない。

 蛇に睨まれた蛙の心情がどういったものなのかを、死を目前にして理解できてしまった。

 

 嫌だ!

 死にたくない!

 

 叫びたくても恐怖で声が出せない。

 逃げたくても体がいう事をきかない。

 

 

「面倒ダダ、マズハ殺スススカ」

 

 

 妖怪の大きな右手が振りあがり、今にも私に振り降ろされようとしている。

 私は体を震わせながら見ることしかできず、歯でガチガチと無意識に鳴らしてしまう。

 

 そして、その腕は振り降ろされた。

 せめて痛みが少ないように、顔を埋めるが、対して効果などないだろう。

 

 父上――

 ごめんなさい――

 最後の言葉を呟き、痛みを感じ肉塊となる――はずだった。

 

 代わりに、私は転がっているのが分かる。

 それと同時に、私でも妖怪でもない誰かに抱きしめられているのも分かった。

 誰かが私を助けてくれた――

 

 

「大丈夫――ですか?」

 

 

 声からして男性のようだ。

 怯えながら顔を上げると、そこには一人の男の顔が写った。

 その男は立ち上がると、私に手を差し出してきてくれた。

 その手を受け取りつつ私は立ち上がり――

 

 

「あ、あなたは――」

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 女の子が怯えながら、自分に話しかけようとしてきた。

 その時に後方から先ほどの妖怪の叫び声が聞こえ、女の子を守るように背中に隠す。

 

 

「ア、 新シイ肉ダダダ! 肉ダ肉ダ肉ダダダダ!!!!」

 

「ッ! そこに隠れてて!!」

 

 

 女の子の手を引き、草むらに押しこむ。少し手荒だったが、急を要するので仕方ないだろう。

 しかし幸運だった。

 通りかかった時に、妖怪の声が聞こえて来てみれば、今にも腕を振り降ろされようとしている女性の姿が見えたのだから。

 それとは別に、自分は不運なのだろう。

 正直こんな妖怪と戦ったことはないし、自分の技が妖怪に通じるのかも定かではない。

 

 

「考えてても無駄――かな」

 

 

 懐から札を数枚取り出し、妖怪に向かって構える。

 出来る事はするが、最悪時間稼ぎくらいしかできないだろう。

 女の子だけ逃がす方法もあるが、それは危険すぎるし、かえって女の子を危険な目にあわせてしまうかもしれない。

 となると――

 

 

「頑張るしかないか」

 

 

 そう言うや否や、妖怪が自分に向かって来るのが見える。

 ただの突撃、ただの体当たりではあるが、あの大きさのものを食らってしまえば、骨折どころではすまないだろう。

 まずは、あの妖怪の動きを止めるのが先決だ――

 

 

「縛!!」

 

 

 手に持っていた札を妖怪に向けて投げつける。

 札は淡い光を放ちつつ、妖怪に向かって飛んでいく。

 その札が妖怪に張り付くと、妖怪は石像になったかのようにピタリと動きを止めた。

 

 札が効いたことを確認し、もう一枚札を取り出す。

 その札を掌に張り付け、妖怪に向かって走り始める。

 途中で妖怪がうめき声のようなものを発しているのが分かったが、構わず妖怪の真正面まで走り続ける。

 その勢いに任せるように妖怪に向けて張り手をする。その掌には先ほど張り付けた札がついている。

 

 

「破!!」

 

 

 声を上げた瞬間に札が淡く光り、妖怪が吹き飛んでいく。

 爆風と反動で自分は後ずさりし、吹き飛んでいく妖怪の様子を眺める。

 何本もの木をなぎ倒しつつ、吹き飛んでいく様子が見て取れた。妖怪の苦痛の叫び声が聞こえたが、おそらくそこまでの傷は負っていないだろう。

 

 

「す、凄い」

 

 

 後ろから先ほどの女性の声が聞こえ、振り返ると隠れていたはずの女の子が立っていた。

 先ほど札を張ったほうの腕を揉みつつ、自分は女の子の目の前まで歩み寄っていく。

 

 見たところ外傷は擦り傷くらいで、大きな怪我はしていないようだ。

 それにまず安堵すると、次に女の子の手を引き、妖怪が吹き飛んで言った方向とは逆の方へと歩いていく。

 

 

「とりあえずあの妖怪から離れましょう。見た目ほどの傷を負っているはずがないので」

 

「そ、そうなの?」

 

「ただ動きを封じ、ただ吹き飛ばした程度では妖怪はものともしません。今は札が効いて動けないはずなので、今のうちに移動したほうがいいでしょう」

 

 

 それに女の子は納得したのか、自分の手を握り返し歩く――

はずだったが、突然女の子は転びそうになり、慌てて自分が受け止めた。

 

 

「えっと……足が――」

 

「背負いましょう」

 

「……うん」

 

 

 姿勢を低くし、女の子を背負う形になる。

 そのすぐ後に女の子が背中に乗ったのを確認し、なるべく早歩きで移動し始める。

 

 それにしても、あの札が妖怪に対して有効で良かった。

 もし効いていなかったら――想像するだけで背筋がゾッとした。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 結構の時間を歩き、あの妖怪の気配も全く感じなくなった。

 それにまず安堵した後、女の子のことが気がかりになる。それに、一つ問題が生じたので声をかけることにした。

 

 

「帰り道とか――分かりますかね?」

 

「……ううん」

 

「あ、あははは……」

 

 

 うん、これは少しまずいかもしれない。

 実は自分も迷っていたんですよ、なんて口が裂けても言えそうにない。

 ていうか、今の質問で自分も迷っていますって言ってるようなものでは――

 

 

「あの、もしかしてあなたも分からないの?」

 

 

 気づかれましたね、はい。

 まあ自分がどれほどのバカなのかを再認識するのは後回しにして、とりあえず目先の問題に取り組むことにしよう。

 どの道、『あれ』を使えば簡単に町くらいなら見つけることはできるだろう。

 

 

「うーん、まあそんなところですね」

 

「……」

 

 

 明らかに女の子が落胆しているのが分かる。

 それにまだ夜は明けそうにないので、早いところここから脱出したほうがいいだろう。

 となると、さっさと『あれ』をした方がいいのだろうが――

 

 

「お嬢さん、少し口を閉めて、そして眼を閉じてくれますか?」

 

「え? う、うん」

 

 

 訳が分からないというような顔をしながら、自分の言葉に従ってくれた。

 それを確認し、心の中で呪文のような言葉を放ち、思い切り両足で地面を蹴り上げる。

 

 体が空を切り、肌に刺さる様な寒い風を浴びつつ、自分は『跳び』上がる。

 女の子にもう大丈夫だという事を伝えると、女の子は周りの光景に驚きの声を上げる。

 

 

「と、飛んでる!?」

 

「えっと……あなたの町がどこか分かりますか?」

 

 

 女の子は驚いているが、自分の声を聞いていたのか周りを見渡し、右方向を指さす。

 自分はその方向に体の向きをかえ、少しずつその方向に進んでいく。もちろん浮かんだままでだ。

 

 

「な、なんで飛んでるの!?」

 

「正確には『跳んだ』なんだけど……難しいから言えそうにないです」

 

 

 飛んでいるのではなく、あくまで『跳んだ』だけなのだ。

 現に少しずつ落下しているし、浮かんだままを保持することはできないので、飛んでいるわけではない。

 これには自分の能力なんかも関係しているのだが、言っても疑問に思われるだけなので、普段は言うことはない。

 まあこれもある意味、『あの人たち』の受けおりなのだが――

 

 

「あなたは……陰陽師?」

 

 

 女の子から放たれた言葉は、意外にも冷静に戻っており、自分を探るようなものだった。

 無理もないだろう、死ぬ寸前だったものが急に救われ、ある程度力があるものと同行しているのだから。

 安心とは別の感情が生まれ、疑いの念が自分に振りかぶされている。

 

 

「いや、そんな大層なものじゃないです。陰陽師みたいに強くないですしね」

 

 

 これは本当だ。

 自分は陰陽師に教えをこいたわけではない。

 『あの人たち』が異常だったと言えば異常だったのだろうが――

 

 

「……ありがとう」

 

 

 女の子はとりあえず信用してくれたのか、感謝の言葉を贈ってくれた。

 それを純粋に嬉しく感じ、微笑みながら落下していく。

 

 そして、ようやく地面に着地すると、獣道から人が通るように作られた道を踏むことが出来た。

 ここまでくれば流石に妖怪は出ることはないので、警戒を解きつつ肩の力を抜いた。

 そのまま歩いていくと、静まりかえった町の門へとたどり着くことが出来た。

 

 

「とりあえず、着きましたね」

 

「はぁぁ……」

 

 

 女の子は安堵からへなへなと自分に寄りかかる。

 あんな経験は初めてだったのだろう、そう思うと気の毒になるし、足が動かなくなってしまうのも頷ける。

 

 

「家まで送りますか?」

 

「……お願いします」

 

 

 大分女の子にも余裕が生まれたのか、弱く微笑みながら呟いてくれた。

 自分もそれに安心しつつ、女の子を背負いなおしながら歩き出す。

 

 

「あ、道案内よろしくです」

 

「……」

 

 

 忘れていた事を聞いたらなぜか呆れた溜息をされた。

 それに対して自分が行えるのは――苦笑いくらいだった。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 女の子の案内で歩いていると、陽が上がりかけてきた。

 若干人々が起きだしてきたのか、少しずつ声が聞こえるようになってきた。

 それに反応するかのように、女の子は隠れるように自分の背中に体を押し付けてくる。理由は分からないが、それなりの理由があるのだろうと考え、されるがままにすることにした。

 

 ようやく女の子の家に着く頃には、陽は完全に体を出し切り、朝を迎えた事を知らせている。

 鳥達も起きだしてきたのか、たまに鳴き声が聞こえたり、自分達の上を通過していったりした。

 

 それとは別に、自分は驚愕してしまっている。

 家に着いたのはいいのだが、思っていたものとは違いすぎて驚きを隠せなかった。

 規模が大きいのだ、そこらの家の何倍もの敷地であり、さらに門と塀まである。

 この門の先に何があるのか想像していると女の子が自分の背中から飛び降り、門の前まで歩いていく。

 

 

「私を助けてくれてありがとう。中に入って頂戴」

 

「え、いいの?」

 

「……命の恩人にお礼をしないのは無礼でしょ?」

 

 

 女の子に手を引っ張られ、されるがままに門の先へと吸い込まれるようにして入っていく。

 どんな家系なのか全く想像できないのは、多分自分がバカなのもあるだろう。

 女の子に導かれるまま家の中に入ると、中も想像通り広々としており、一体何人この家に住んでいるのか考えてしまった。

 

 

「お、お嬢様! 一体どちらにいかれていたのですか!!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「父上様も心配して……あら? あなたは……?」

 

 

 この家の使用人なのか、それらしき人が女の子に駆け寄ったと思うと、女の子の汚れを払ってあげていた。

 そして、部外者である自分を見つけ、困惑気味に自分に対して疑問の念を飛ばしてくる。

 

 

「えっと……妖怪から私を助けて――」

 

「まあ! それは大変! 今すぐ父上様を起こしてこないと!!」

 

 

 女の子が途中まで説明すると、事の顛末まで理解したのか、使用人らしき女性がどこかに走り去ってしまった。

 何が起こるのか自分にはまったく理解できずにいると、あの女性が戻ってきて、こっちに来るように手招きをしてきた。

 

 意図を読み取った女の子は自分の手を引きつつ歩き出す。

 自分はこれについて行っていいのか、いささか不安ではあるが、女の子の手を払うわけにもいかないので、そのままついて行く結果となる。

 

 そして襖の前まで案内され、中に入るように言われる。

 女の子は少し緊張気味に襖を開くと、一人の男性が一段高い場所に座っていた。

 

 

「――父上!」

 

 

 女の子は弾かれるようにとび出し、男性の元へと走っていった。

 そのまま抱きしめられるのかと想像していたが、予想とはまるで違う光景が生み出されていた。

 

 パチン

 

 乾いた音が部屋に響き渡った。

 走り寄ってきた女の子に、男性は思い切りビンタしたのだ。

 目を疑ってしまったが、その後の行動を見ることによって、自分は同時に安堵する形となった。

 

 

「――戯けが、変な心配をかけるな」

 

 

 今度こそ抱きしめられ、女の子は痛みと安堵から泣きはじめてしまった。

 こういう家族という関係を自分は知らなかった。

初めてみて思ったことといえば、やはり温かいものだな、という言葉が自然に生まれてきた。

 

 ひとしきり女の子が泣くと、抱かれた形のまま眠ってしまったようだ。

 一晩中逃げ回ったのだから無理はないだろう。

 女の子が眠ったのを確認した後、男性はキッと自分を見つめてきた。

 

 

「この度はこの子――妹紅の命を救ってくれたことに、感謝の言葉を贈ろう」

 

「は、はい」

 

 

 あまりの威厳に押されながらも、なるべく平静を保ちつつ言葉を返した。

 女の子――妹紅ちゃんを助けられたのは偶然ではあったが、助けられたことには自分自身よかったと感じている。

 

 

「――藤原不比等、貴方の名を知りたい」

 

「はい、自分は――え?」

 

 

 『藤原』?

 『藤原』って確かあの――

 

 

「し、失礼しました! 自分、貴方様が『藤原』の性を持つ御方とは――」

 

「いやいい、そんなことよりも私は貴方の名を知りたい」

 

 

 驚きの連続ではあるが、今一度平静を保とうとする。

 まさか、妹紅ちゃんがそんな高貴な一族の子だとは思いもしていなかった。

 

 それにしても名前か。

 あるにはあるが、自分は性なんて持っていないので、すぐにでも追い出されてしまうかもしれない。

 それでも、このまま答えないのは無礼だろうし、腹をくくるしかないようだ。

 

 そんな自問自答を繰り返し、自分は自分の名を告げるために口を開く。

 これが、自分と『藤原』、そして妹紅ちゃんとの出会いだった――

 

 

 





「『無一』――と申します」


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