東方劣化伝   作:籠の中の鳥

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皆さまのおかげで、なんとUA2万を超しました! お気に入り登録数も230人という……すべて読者の皆さま方のおかげです!
これからも、少しずつ努力を続け精進していきたいです。
そしてまた投稿が遅れてしまい申し訳ないです。
いよいよ私情が忙しく――まあ引っ越しなんですが、大詰めに入ってきたので、次話投稿も遅れそうです。
ただ、次話の内容をどうしようかなどは頭に入っているし、プロットもあるので、書ける暇ができたら随時書いていきたいです。
4月上旬には終わるので、それから少しずつペースを戻していきたいところです。

誤字やおかしい表現などがあったら教えてくれると嬉しいです。
感想・アドバイス・批評などなど随時受付中です。


第三十一生 その男 厄介になる

 不比等さんとの会話が終わる直前に、数日泊まっていくように言われた。

 光栄に思える事ではあるが、同時にそんな恐れ多い事をしていいのか、内心怖くなってしまったのは内緒だ。

 

 しかしもうすでに朝方だし、この時間帯に宿を探すのはいささか面倒である。

 少し恐れ多いが、ここはご厚意を受け取ったほうがいいだろう。

 礼儀正しく部屋から出ると、待っていた使用人さんが部屋まで案内してくれた。

 

 持っていた手荷物を部屋の隅に置き、とりあえず胡坐をかいて楽になった。

 睡眠をとっていない事を思い出したが、昨晩の事もあってか眠気を感じることはない。

 このままジッとしているのも勿体ないので、何かした方がいいだろう。

 かといって、庭先で何かをするのは流石に無礼なので、この部屋で出来る事をするのが最善だろう。

 

 そうなると自ずと行えるものが絞られていく。

 そういえば先日札を消費してしまったので、作り直すことにしよう。

 さっそく手荷物の中にある習字用具を取り出し、白い紙を数枚用意する。

 慣れた手つきで墨を作り、白い紙に文字を書こうとした時、ゆっくりと襖が開いた。

 

 

「あれ、妹紅さん? お休みになったのでは?」

 

 

 そこにいたのは、先ほど不比等さんの元で眠っていたはずの妹紅ちゃんだった。

 一応無礼がないように『ちゃん』付けをしなかったのだが、それとは裏腹に妹紅ちゃんの機嫌は悪くなっていた。

 

 

「……『さん』付けなんてしないで、そう言うの好きじゃないの」

 

 

 お嬢様らしからぬ口調をしながら近づいてきた。

 なんて呼ぼうか悩んだ末、パッと思いついたものを口に出してしまった。

 

 

「お嬢?」

 

「――え?」

 

「じゃあ、お嬢と呼ばせて頂きます」

 

「そ、それこそ畏まりすぎよ……」

 

 

 恥ずかしいのかモジモジと体を動かし始める妹紅ちゃんだが、これは肯定と受け取っていいのだろうか。

 少し疑問が残るが、とりあえず妹紅ちゃんの事はお嬢と呼ぶことにしよう。

 

 軽い頬笑みをした後、自分は札を作る作業に戻る。

 妹紅ちゃんは、その作業を物珍しい目で見つめているのが途中で分かり、横に座っていいという事を伝えると、嬉しそうに自分の横に座った。

 

 札を作る作業は結構難しく、自分の腕では数枚作ってその中の一枚が使える程度の力しかもっていない。

 これを教えてくれた人は百枚作って百枚とも使えるのだから、本当に物凄い人たちだったなとシミジミ思う。

 

 

「――やってみる?」

 

「うん!」

 

 

 あまりに面白そうに見ていたので、やらせてあげることにした。

 別にこの作業では『霊力』とかが必要なわけではなく、書くだけの作業なのでそこまで難しくはない。

 その後の、札に霊力を込める作業が難しいのであって、この作業だけならば誰でもこなすことは可能なのだ。

 

 

「で、ここにこの漢字を書けば――はい、出来上がり」

 

「へー、意外と簡単なのね」

 

「まあまだ作業が残っているけどね」

 

「ふーん」

 

 

 妹紅ちゃんは書き上げたばかりの札を観察するように眺めている。

 その姿が、初めて自分が作ったときと似ていたもので、小さな笑みがこぼれてしまう。

 それに気がついたのか、妹紅ちゃんにひじ打ちをされてしまう。

 

 

「ハハ……それあげるよ、お守り程度にはなるはずだし」

 

「え、いいの!」

 

 

 簡易的な物ではあるが、若干魔除けの力を持っているはずである。

 昨晩の事のような事は、今後ないとは言えないので、持っていて損はないはずだ。

 

 それにしても、昨晩会ったばかりのはずなのに、この子とは結構友好的に接することが出来る。

 昔がどうだったかは覚えていないが、自分もこれくらい友好的に接することが出来るようになりたいものだ。

 

 まあ今は、妹紅ちゃんが喜んでくれたことに素直に喜んでおこう。

 昔も大切ではあるが、今この瞬間も大切なのだ。

 

 

「さて、じゃあ次に霊力を込めて――と」

 

 

 さきほど自分で書いた札を掴み、眼を閉じて集中する。

 眼を閉じていて分からないが、多分札は淡く光っているはずだ。

 それによって札は効力を持つようになり、使用できるようになるのだが――

 

 

「――うん、失敗」

 

 

 眼を開けて札を確認すると、札に書かれていた文字が全て消えてしまっていた。

 消えていく様子を見ていた妹紅ちゃんが、眼を見開いて驚いている。自分が失敗したところを見られたのでかなり恥ずかしい。

 

 なんて言い訳しようかも考えていたのだが、先に失敗と口走ってしまったのでいい訳のしようがない。

 苦笑しながら次の札を用意するので精一杯だった。

 

 

「――ふっ」

 

 

 再度眼を閉じて集中――

 再度眼を開けて確認――

 

 今回はうまくいったようで、一瞬札に書いている文字が淡く光った後、何事もなかったように光は収まっていく。

 内心ホッとしながら、横目で妹紅ちゃんを見ると、いきなり光って驚いているのか手で眼を抑えていた。

 

 

「これで一応完成――なんだけど」

 

 

 札自体が出来ても、それで誰でも使えるようになったわけではない。

 あくまで作った本人しか使えないようになっていて、それを使うときにも微量の霊力が必要となる。

 ただ媒体である札があるのとないとでは、断然あったほうが霊力の消費が少ないし凡庸性が高い――らしい。

 

 正直なところ難しい事を自分は教わっていないので、妹紅ちゃんに詳しく説明することが出来なかった。

 それに簡単な札しか作ることが出来ないので、札のあるなし関係する霊力消費量はそこまで変わらないのだ。

 それでも、札媒介にしないと使えない技もあるので、どちらにせよ時間が空いたら札を作り続けなければならない。

 

 

「ふーん……よく分かんない」

 

「大丈夫、自分もよく分からないから」

 

「それって大丈夫なの?」

 

「――正直大丈夫ではないかな」

 

 

 思わず苦笑がもれてしまったが、妹紅ちゃんはそれを見て溜息を吐いていた。

 そして暫くの間、札を作る作業が続いた。

 その時に妹紅ちゃんから何回か質問のようなものがとんでくるが、その都度反応して返答を返した。

 

 最後の一枚が失敗で終わったところで、完成した札を懐に収めようとしたが、それだと少し物騒だと感じ、とりあえず机に置いておくことにした。

 大きな伸びをして、妹紅ちゃんが何をしようと確認すると、自分と同じように伸びをしていた。

 

 これでやれることが完璧になくなってしまい、何かで暇をつぶせないか考える。

 そんな折、妹紅ちゃんは何かを思い出したのか、あっと小さな声を出した。

 

 

「今日やる勉学――やってない」

 

 

 そう呟くと、勢いよく部屋とび出していき、すぐにその姿が見えなくなった。

 転ばないか心配になったが、それは杞憂で終わったようで、走る音が少しずつ小さくなっていった。

 

 話し相手もいなくなってしまい、本格的に何もやることがなくなってしまった。

 外の様子を見るに、まだ昼にもなっていないようで、時間は有り余るほど残っているようだ。

 

 

「……寝ようかな」

 

 

 いい天気だし、昨晩は眠れなかったので、ここは昼寝をすることに決定した。

 あいにく布団や枕など贅沢なものはないが、どうせ昼寝なので必要はないだろう。

 

 外から感じる陽気と、頬を撫でる心地よい風を浴びていると、自然と瞼が重くなっていく。

 畳に仰向けに倒れ、腕枕をして眠る体制に入ると、いつの間にか自分の意識はなくなっていた。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「――シュン! く……ふああ」

 

 

 急に外からの風が冷たく感じ、くしゃみをしてしまう。

 しかしまだ眠いのもあってか、その後すぐに大きな欠伸が出てしまう。

 鼻をすすり、開きっぱなしの襖を閉める。

 

 陽は結構落ちてきたのか、外は若干赤みを帯びてきていた。

 軽く体を動かして眠気を吹き飛ばすが、脳がまだ働いていないのか少し気だるく感じる。

 

 

「――お腹すいた」

 

 

 そろそろ腹もすいてきたのか、腹の虫も鳴いてしまった。

 そういえば最近はろくなものを食べていなかったな、お金には困っていないことだし、少し外に出て食べてこようかな。

 

 そう模索している時に、丁度よく襖が開かれた。

 開けたのは使用人さんのようで、おぼんのようなものを持っていた。

 

 

「あら、起きられましたか……丁度よかったです」

 

 

 そう言うと、机の上におぼんを置いた。

 おぼんにはおいしそうな焼き魚と、つやつやと輝いている白いご飯と、いい匂いと共に湯気を上げている味噌汁があった。

 久しぶりのまともな料理を前にして、思わず涎を垂れそうになってしまった。

 

 

「どうぞ召し上がってください」

 

「い、いいんですか?」

 

 

 使用人さんが頷くや否や、箸を手に取り焼き魚に手をかける。

 と、その前に――

 

 

「いただきます」

 

 

 箸を一旦置いた後に、両手を合わせて言った。

 食材たちに対する感謝と、これを作ってくれた人に感謝の念を送る。

 

 再度箸を手に取り、今度こそ焼き魚に手をかける。

 身をとるときに出たパリパリという音と、香ばしい匂いに感動しつつ、ゆっくりと口の中へと持っていく。

 その味に感動しながら、次に白米を口の中へと持っていく。魚の味と相まって、一層おいしさが深まっていくのを感じる。

 

 

「こんなものしか出せなくてすいません。用意が出来なかったのでこんなものしか――」

 

「い、いえいえ! とてもおいしいですよ!」

 

 

 そう言い終わると、味噌汁を飲み干してしまう。

 味噌の風味が未だ口の中に残って、若干飲み干してしまったことを後悔してしまう。

 ものの数分で用意してくれた食事を完食してしまった。

 量は多いとは言えなかったが、十分に腹を満たすことが出来たので、満足である。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 再び食材と作ってくれた人に感謝の念を送り、箸を置くと、使用人さんはニッコリと微笑み、食器の乗ったおぼんを持って出ていった。

 それを手伝おうとも思ったが、この屋敷の勝手とかもよく分からない以上、逆に迷惑になると感じ、その行為に甘んじることにした。

 

 

「あ、食べ終わった?」

 

 

 使用人さんと入れ替わるように、妹紅ちゃんが部屋に入ってきた。

 まるで食べ終わるのを待っていたかのような言動だったので、内心申し訳なく感じつつも、久しぶりに食べたまともな食事の余韻につかってしまっていた。

 そんなことを知らずに妹紅ちゃんは自分の横まで歩いてきて、見下ろす形で自分の周りを眺めている。

 流石にそこまで観察されると、痒いと言うか、そんな慣れない感覚に陥り、食事の余韻がほどよい感じに打ち消されてしまう。

 

 

「な、なんでしょうか?」

 

「うーん……やっぱり普通ね」

 

 

 品定めをするような目つきで細部にわたって観察をしているようだ。

 服装に関しては、妹紅ちゃんが言うように、一般的な陰陽師が着るものと類似しているのだが、このご時世陰陽師はそこまで珍しいものでもないので、ある意味普通の服装なのだろう。

 

 

「あ、そういえば父上が呼んでた……呼んでいました」

 

「ふ、不比等様が!?」

 

 

 妹紅ちゃんが父の名を出したせいか、誇りを持って言い直した。

 それに反応したくもあったのだが、内容が内容だったので、そちらのほうに興味を持っていかれてしまった。

 今朝会ったはずだし、何用で自分が呼ばれているのか見当がつかない。

 

 

「とりあえずついてきて、一応案内します……覚えてないでしょ?」

 

「あ、ははは」

 

 

 図星を突かれてしまい、苦笑いをしつつ立ち上がる。

 妹紅ちゃんが自分の三歩ほど先に行くようにして進んでいく。今のうちに道筋や、この屋敷のことを頭に叩き込んでおいたほうがいいだろう。

 自分の考えでも、最低明日までは居させてもらえると思うし、この屋敷の人にたびたび迷惑をかけないようにしないと……

 

 様々なものに目移りするようにキョロキョロしていて、ふと気がついた時には、妹紅ちゃんとの距離がどんどん離れてしまっていることにやっと気付き、早歩きで距離を詰める。

 しかし、今朝は疲れていたから考える暇もなかったが、やはりこの屋敷はとても広々としていた。

 使用人さんが何人いるかは分からないが、たとえそれを合わせたとしても広いことには変わりないだろう。

 

 

「ここです……『次から』は自分で来られるようにと父上が仰ってました」

 

「あはは、不比等様にも気づかれていましたか……うん?」

 

 

 妹紅ちゃんの言葉に違和感を感じつつ、不比等様に先読みされていたことに再度苦笑してしまう。

 それにしても、無理して言葉を難しく表現している妹紅ちゃんの謙虚さが、父である不比等様をどれほど思っているのかが、ひしひしと伝わってきている。

 自分には母親や父親という『概念』があまりよく分からないのだが、やはりいて当たり前の存在というものは、相当大切なものなのだろう。

 

 

「父上、無一殿をお連れしました」

 

「――入れ」

 

 

 襖越しに妹紅ちゃんが少し大きめの声で言うと、呟きのような小さな声が返ってきた。

 妹紅ちゃんは自分に入るように指示すると、一歩下がるようにして自分の背後に立った。おそらく先に入れと言うことなのだろう。

 

 なるべく失礼がないようにゆっくりと襖を開くと、今朝見たものと同じ光景が広がっていた……まあ当たり前なのである。

 自分がどこに行けばいいか困っていると、見かねた妹紅ちゃんが手を引いて、座敷の中央に座らせてくれた。嬉しい半面、情けなくて恥ずかしい。

 不比等様は、一段高いところからその光景を見ていたらしく、少し笑っているように見えた……恥ずかしくてしようがない。

 

 

「今朝方ぶりであるな、無一殿」

 

「はい……それで要件というのは――」

 

 

 恥ずかしさもあってか、早速本題を聞こうとすると、不比等様はそれを手で制し、深みのある眼光で自分を見つめてくる。

 無音が場を占め、外から聞こえる鈴虫の音以外何も聞こえてくるものがない。自分が何か悪い事をしたのではないかと、少し冷や汗をかいてしまう。

 

 

「無一殿は、どうやら陰陽道に通づる心得を習得していると聞いた。それは真か?」

 

「それは……陰陽道とは少し違いますが、概ねそう思っても構いません。ただ、陰陽道より――普通の陰陽師よりも、自分はとても非力と言っていいほどの力しか持っていません」

 

 

 考えが外れたことに安心しつつ、持っている力の説明をした。

 自分で自分が弱いというのはおかしな話かもしれないが、これは真実だし自分が強いとは思えないからこその発言だった。

 

 

「それでも、似て非なる力を心得ている事には変わるまい」

 

「は、はい、非力でありますが、微力を持っています」

 

「――ふむ」

 

 

 若干自分で何を言っているのか分からなくなってしまった。

 先ほどあからさまに自分のことが『弱い』と言ったはずなのに、反応が思っていたものとは違かったので、虚をつかれた感じになった。

 当の不比等様は、眼を細めながら相槌を打ったかと思うと、いきなり立ち上がった。

 

 

「決めた! お主を妹紅の『護衛』と命ずる!」

 

「――へ?」

 

 

 素っ頓狂な声を漏らしてしまったが、それでも自分は何が起こっているのかを把握しきれていなかった。

 いや、言っていることは分かるのだが、それが自分に対して言われているものだと、頭で理解しきれそうにない。

 隣にいる妹紅ちゃんを横目で見ると、すでに知っていたのか平然としている。

 

 

「理由は詮索する必要はない。だが、拒否することは構わない」

 

「は、はぁ」

 

 

 必要はないとは言っているが、多分自分なんかが立ちいってはいけない話なんだと思う。

 推測、憶測の域ではあるが、言うとおりにした方がいいだろう。

 

 それはさておき、急にそんな話を言われても困ってしまう。

 自分としては住む場所が出来て嬉しくもあるのだが、迷惑にならないかが心配である。

 

 

「衣食住は保障するし、もちろん金も払う」

 

「うっ」

 

 

 実のところ、お金がなくて困ってもいた。

 旅をするのはいいのだが、お金を手に入れる機会などめったになく、三日三晩なにも食べない事もざらにあった。

 

 

「――や、やらせていただきます」

 

 

 お金ではなく、どちらかというと食事の方に目がくらんでしまった。

 食料がお金で買えることくらい知っているが、それを調理できるかと言われると……首を縦に動かすことはできないだろう。

 

 しかし、『護衛』なんてやったこともないし、やりきれるかどうか少し怖かったりする。

 昨晩はうまくいったが、あれは運が良かっただけで、次の機会もうまくいくとは一概に言うことが出来ない。

 

 

「『護衛』とはいうが、簡単に言えば『お目付け役』と考えてもらって構わん」

 

「え? それはどういう――」

 

「娘は少しばかり好奇心が旺盛だと言えば分かるだろう」

 

 

 なぜか納得できた。

 その反応をみた妹紅ちゃんが、自分の背中に手を回し思い切り抓ってきた。とても痛いのだが、表情に出すわけもいかず、必死にこらえる。

 

 

「今回の一件で懲りたとは思うのだが、一応を思っての事だ」

 

「――家族想いなんですね……あっ! いや、その」

 

 

 不比等様の前だと忘れ、素の言葉を思わず出してしまった。

 言ってから気づいたので訂正しようもないはずなのに、手を動かしつつ、さっき言った言葉を取り消そうと焦り始めてしまう。

 

 

「フッ……お主に頼んで正解のようだ。もう下がってよい、ゆっくり休むといい」

 

 

 そう言いながら立ち上がり、不比等様は部屋から出て行ってしまった。

 部屋に残されたのは未だに取り消そうと必死になっている自分と、それを呆れ顔で見つめる妹紅ちゃんだけだった。

 

 この部屋に不比等様がいなくなったことに気づいたのは、退出してからおよそ一刻ほどたった時に、妹紅ちゃんにまた抓られた時だった。

 そんなことを尻目に鈴虫は鳴き続け、今宵の夜も少しずつ更けていくのだった。

 

 

 




「……ここまで良くしてもらっていいのかな?」


 縁側に座りながらそんな事を呟いてしまう。
 使用人さんが笑顔で徳利と杯をもってきてくれて、縁側でぜひ飲んでくれとまで言われてしまった。
 丁度今夜は満月のようだし、手入れのされた庭も相まって、風流だなと意味をそこまで理解していない言葉を呟いてしまう。

 盃に写る満月がまた綺麗だなとシミジミ感じつつ、それを一気に煽る。
 能力の作用か分からないが、自分はそこまで酔うことはない。とはいえ、流石に限度はあるし、そこまでして酒を飲みたいわけでもない。
 けれど――


「――寂しいな、一人だと」


 それを紛らわせるように、もう一度杯を傾ける。
 いつも隣に誰かが居た気もする。現にそういう記憶もある。
 それとは別に、忘れてしまった記憶にもそんな事があったのかなと、悲しく思い返してしまう。

 どうやれば記憶が戻ってくるかは分からない。
 自分にできるのは、ただ酒を煽ることで気を紛らわせる事だけで……


「――うまいのになぁ」


 なんだか不味かった。



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