東方劣化伝   作:籠の中の鳥

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今月の最新はこれで最後にしたいと思います。いよいよ私情が忙しくなったため、執筆がままならないと判断したからです。修正のほうも、途中ですが一時中断させていただきます。
読者の皆様には幾度も迷惑をかけてきましたが、今回もまた迷惑をかける結果となってしまいました。本当に申し訳ないです。
内容のほうも若干急ぎ足のように思えるものだったので、なにか不備などがありましたら感想などで言って下さるとうれしいです。今の環境であっても、感想くらいならを返せるとおもうので……

誤字やおかしい表現などがあったら教えてくれると嬉しいです。
感想・アドバイス・批評などなど随時受付中です。


第三十三生 その男 懐かしむ

 

 

 季節は移り変わり、夏から秋へと風変わりするとともに町の動きも慌ただしくなっていく。冬に備えるための準備に忙しなく動きを続けている。今年は例年になく豊作の年だったためか、作物などは容易に手に入れることが出来るため、昨年よりも楽に冬が越せそうだった。

 

 しかし、季節が変わったというのに未だに残っていることがあった。それは今でも巷を騒がせており、話題の持ちきりとなっている。その話を聞いたのは夏の初めころだった気がするが、その噂は収まるどころか日を重ねるごとに膨張していっている。

 町を歩けば嫌でも耳にしてしまい、正直聞き飽きてしまった。できれば他の噂とかを聞きたいのだが、その噂にかき消されてしまい、新しい噂は情報の海に溶け込まされてしまう。

 自分としては、話を聞くだけでも楽しいのだが、みんな同じ噂しかしていないので、町に出歩くのもあまり楽しくはなくなってしまった。おかしな術でもかけられてしまったのではないかと、真面目に調査をしてしまったくらいだ。

 

 その噂の内容は『美女』『形容できないほど雅な女性』『男なら一目見ただけで恋に落ちる』と様々であるが、一貫して分かるのは、それほどまでに美しい女性なのだというくらいだ。

 一目見ようと試みた人もいたらしいが、どうやら同じことを考えていた人が大勢いるらしく、その女性の周辺には常に人だかりができているらしい。もちろん、その女性を見ることはかなわなかったみたいだ。

 そこまで言われると見たくもなるが、正直手立てがないし、妹紅ちゃんの元から離れる訳にもいかないので、最終的に諦めることにした。もし今度暇が出来たのならば、妹紅ちゃんと一緒に見に行こうと模索はしている。多分無理なことだろうが、一応である。

 そう模索を続けていたら、思ってもいなかった機会が舞い降りてきた。でもそれは自分が思っていたものとは違うもので、自分の願いが全部叶うものではなく――

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 今朝、朝食の支度をしようと調理場に移動していた時、使用人さんに呼び止めら、すぐに不比等さんの元へ行くように言われた。

 いきなりの事で驚いたが、朝食作りはその使用人さんに頼み、不比等さんがいると思われる座敷に向かう。何用なのかは知らないが、不比等さんがすぐ来るようにと言っていたのだから、それほどの事なのかもしれない。

 とはいえ、今までこの屋敷に住んでから数年経つが、そこまで重要な話を聞いたことはなかった。小難しい話は多々あったが、大体は世間話だったり、暇つぶしに呼ばれたことだってあった。

 そう考えると、今回も大した話じゃない可能性が十分にある。それでも一応の事を考えて、最初は真面目に話を聞くことにしよう。前々回に真面目に入室したら、いきなり笑われてしまったが――

 

 

「失礼します」

 

 

 そう考えているとすぐに座敷の前までついてしまった。襖の前で一言放ち、相手の返事が来るのを待つ。

 小さな返事が聞こえたのを合図に、ゆっくりと襖を開ける。中には神妙な趣きの不比等さんが座敷の中央で鎮座していた。少々いつもと違う雰囲気な感じがしたのか分からないが、少し緊張気味に不比等さんの反対の座布団に腰かける。

 

 

「おはようございます、不比等さん」

 

「ああ、昨晩は夜遅くまで起きていたようだな。勤勉なのはいいが体に触らぬ程度でな」

 

「は、はぁ」

 

 

 自分が夜更かししていたのは確かだが、不比等さんに気づかれているとは思わなかった。それがどうしたと言う訳ではないが、何故そんな事を知っているのだろうか。

 

 

「いや、少し小耳に挟んでな……あやつのためとはいえ、それで体を壊されたらこちらが困るのでな」

 

「困る――ですか?」

 

「あやつがこれ以上うるさくなるのは勘弁願いたいのでな」

 

 

 多分妹紅ちゃんの事だろうが、自分が体を壊したらなぜ騒がしくなるのかが意味が分からなかった。けれど、それに相槌をちゃんと打ち、これから気をつけることを話した。

 それで納得したのか、不比等さんはゆっくりと頷き返したかと思うと、ジッと自分の顔を注視してきた。なぜかその顔が笑みで染まっていたので、少し不気味に感じてしまう。

 

 

「な、何ですか?」

 

「これまでの働きに免じて、一つ褒美をやろうと思ってな」

 

 

 その話を聞いた瞬間に、肩の力が一気に抜けてしまった。実はこの話は何回も聞いたことがあったのだが、その度に断ってきたのだ。理由として現状で十分に満足しているし、これ以上何かが欲しいわけでもなかったからだ。

 

 

「ハハハ! そんな顔をするな、この話を聞けば考えが変わるだろう」

 

 

 どうやら顔に出てしまっていたらしく、いつものように笑われてしまった。出会った当初はこんな会話が出来るとは思えなかったが、今では自分が固い言葉を使うと笑われてしまうので、若干崩して話すようになってしまっていた。それも不比等さんの計算だったとするならば、まんまと乗せられてしまったと言うところだろう。

 それにしても、今回の不比等さんはやけに明るく感じた。何かいい事でも、嬉しい事でもあったのだろうか。不比等さんの笑いに乗じて少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

「お前はいま巷を騒がしている噂を知っているか?」

 

「え、えっとそれは――」

 

「『なよたけのかぐや姫』といえば分かるだろう」

 

 

 まさか不比等さんの口からその言葉を聞けるとは思わず、眼を見開いてしまった。一方の不比等さんはその反応を見て口角を上げていた。

 しかし、この場でその話をするというのはどういうことなのだろうか。もしかしてまたそれ関連の噂をするのだろうか、それか不比等さんの実力を考えて一目見てきた感想をするのかもしれない。

 

 

「その姫とだな、婚約を考えておる」

 

 

 いきなりの告白に思わず噴き出しそうになる。それを寸でのところで押さえ、驚愕の表情を見せる。無理もない、噂程度でしか聞いた事のない女性と、使えている主人が結婚すると言う話しを早朝に聞かされたのだから。

 

 

「だがな、私以外にも求婚を考えておる輩も多い……まあそんな輩など眼中にはないがな」

 

 

 不比等さんはお姫様の姿を思い浮かべているのか、顔が緩みきってしまっている。それを指摘しようか迷っていたら、すぐにその顔は凛々しくなり、自分を睨むような勢いで見つめてくる。

 

 

「そこで一つ条件を出されてだな、それぞれ使えている従者を見せて欲しいだそうだ」

 

 

 ――へ?

 なぜそんなことを条件に出してきたのか意味不明である。それよりも一人一人お見合いしたりしたほうがいいような気がする。

 だが話を進めていくと、どうやらどれほどの器の持ち主を従者としているのかを見てみたいとの事だ。しかも条件はそれだけでなく、それを見た結果から新しい条件を提示してくるようだ。

 その話を聞いていると、男女間の付き合い方としては違うような気がして仕方ない。そのお姫様はとても我が儘なのだろうか。それで美しいと言うのだから想像がつかない。

 

 

「というわけだ、お主も丁度見てみたかったようだな」

 

「え?」

 

「私の婚儀にも一歩近づくし、お主も一目見れるのだから丁度よいだろう」

 

 

 確かにそうかもしれないが、どこでその話を聞いたのか知りたい。秘密裏に模索していたはずだったのだが――

 そういえば、使用人さんによく相談していたような――多分それだ。

 小さなため息を漏らし、不比等さんに言葉をかける。

 

 

「拒否は――」

 

「させんぞ」

 

 

 思った通りの返答が返ってきてしまい、再度溜息を漏らしてしまう。これ以上言い続けても不比等さんに言いくるめられてしまうのは目に見えている。ここは不比等さんの言うとおりに従ったほうがいいだろう。

 けれど、それでは妹紅ちゃんの世話が――

 

 

「あやつの心配は無用だ。すでに話は通してある」

 

 

 ――やはり不比等さんの方が一枚上手だったようだ。

 出発は明日の朝、案外距離は離れていないそうで、昼前には着くらしい。それはいいとして、これから明日の準備をした方がいいだろう。身を守れるだけの力が備わりきっていないので、札を多めに作らなければならない。

 それから数回言葉を交わし、苦笑いを浮かべつつ座敷から出た。そしてすぐに自室に戻ろうと思ったのだが、この場に似つかぬ苦しい悲鳴が腹から聞こえ、そそくさと朝食が用意されている部屋へと移動しはじめた。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 ――明朝、天気も清々しいくらいに晴れ渡っている。それはいいのだが、昨日から不機嫌な妹紅ちゃんの対応に追われていた自分の精神状態は、どちらかというと曇天に近いものだろう。

 話は通したが納得したわけではなかったようだ。不比等さんに物申したかったが、その時にはもう『後の祭り』、妹紅ちゃんの対応に忙しくて、不比等さんの元へ行くことはかなわなかった。

 なんとか妹紅ちゃんを説得しようとし、最終的に美味しいものを土産として持ってくることで落ち着いた。だけど、買い物をする暇なんてあるのか多少心配である。

 

 移動には馬を使うのだが、自分は馬になんて乗った事がないので徒歩で移動する事にした。お供の人に同乗するか聞かれたのだが、自分はそれを丁重に断った。性分なのかは分からないが、自分は歩きの方が好きらしい。

 案の定、馬の移動に歩きでついていけるはずもなく、途中で走りだしたのだが当然ついて行けず、最終的にお供の人の後ろに乗せてもらった――とても情けない。

 それとは別に、初めて馬に乗ったのでその速さに驚いた。風を肌で感じつつ、風と共に前進しているような感覚が妙に気持ち良く感じた。秋の肌寒さを忘れつつ、紅葉を楽しんでいたら、振り落とされそうになった。その時に変な声が出てしまい、道中不比等さんにからかわれ続けることになってしまった。

 

 ようやくついた頃には、日が丁度真上にまで登ろうとしていた。予定していた時間と誤差はほとんどなかったらしく、そのまま噂の女性の自宅に向かうようだ。

 このまま予定通り進むのであれば、ついたらすぐにその女性と見合いを始めるらしいのだが、実のところ先ほどから緊張していた。緊張する理由はなんとなく分かるはずなのだが、そのなんとなくとは別に、別の意味で心が揺さぶられていた。

 そんな変な感覚に疑問を抱いていると、前方に人だかりができているのに気がついた。そこが例の女性が住んでいるのだろうと容易に検討がついたのだが――

 

 

「フッ、緊張しているのか?」

 

「き、緊張ですか! 自分はそんな――」

 

「――愚問のようだな」

 

 

 また不比等さんに笑われてしまった。本当に最近不比等さんに遊ばれてる気がしてならない。そう分かっていても対策が思いつく訳もなく、今の今までからかわれている。自分にできる抵抗なんて頬を膨らませ、睨みつけることくらいしかできない。

 

 

「――ほれ、着いたぞ」

 

 

 不意に不比等さんが真面目な表情になりつつ、馬から降りた。それに習うようにお供の人たちも降り始めたのだが、自分は降り方なんて知らないので慌てて落馬するような形で馬から降りることに成功した……これは失敗と言ったほうがいいだろうか。

 お供の人が見かねて自分を立ち上がらせ、服についている砂埃を払ってくれた。そういえばこの服は出発前に渡された服で、何時も来ているような動きやすいものとは違い、なんとも上等なものらしい。『らしい』と表現した訳は、自分にその価値が分からないだけである。

 

 

「……流石に中でそのような失態は見せないように」

 

 

 流石の不比等さんも呆れ顔でそう呟いていた。ここから先でこういう行為をすれば、必ず不比等さんに迷惑になるだろう。それだけは絶対に避けないといけない。そう心の中で慢心している気を引き締める。

 不比等さんの存在に気がついた人たちが、怖気づいたのか分からないが左右に分かれ、いつの間にか入口までの道が生まれていた。それに驚きそうになったが、ここで顔に出すわけにもいかず、なるべく無表情を保ちつつ小さな門まで歩いて行く。

 どうやらお供の人は入れないようで、小さな門の前で立ち止まると、自分に忠告を残し、馬の元へと移動していった。忠告はありがたかったが、顔とは裏腹に緊張しきった精神状態の自分には、『火に油を注ぐ』のと同義であり、さらに緊張状態が高ぶっているように感じる。

 

 

「――我、藤原不比等、ここに到着、門を開いてくれ」

 

 

 不比等さんは一つ一つ言葉を区切りながら呪文のように小さな門の前で呟くと、右側の門が開き、そこから老けた男性が出てきた。不比等さんと自分の顔を見比べるように数回見た後、深々と一礼し、中に入るように促してくれた。

 自分は粗相のないように気をつけなければとの一心だったのだが、老けた男性――おじさんの顔を見たら、少しだけ気分が軽くなった。

 

 

「こちらでお待ちください」

 

 

 案内されるままついて行くと、そこにはすでに先客がおり、睨みつけるように自分達を凝視してくる。敵視しているように思えるその眼光に、すこしだけ恐怖を感じたが、不比等さんが用意されている座布団に深々と座るのを見て、慌ててその隣の座布団に腰かけた。

 慌てたことによる周りの反応は全くなかった。慌てたとはいえ、それは内心の話で、表に出さなかった。それでも自分は周りの反応に敏感になっていることから、ものすごく緊張しているのだろう。

 

 

「それでは、皆さま着いたようなので、彼女を連れて来させます」

 

 

 おじさんが一礼しながらそう言い、部屋から出て行った。どうやら自分達が来るのが一番遅かったようだ。しかし、不比等さんの様子を見る限り、悪い事をした感じが全く見てとれなかった。周りの人たちもそれには一切触る様子もないようなので、それに関しても少し安心してしまった。

 

 おじさんが出て行ってから一言も会話が生まれることはなかった。何を話そうのか思案しているのか、はたまた緊張しているのか分からないが、何のやり取りもなく、ただ無言だけがこの場を占めていた。

 そう言えば、自分以外にも他の人の従者がいるはずだ。そう考えて横目で確認すると、自分達と同じように二人並んでいるのが見える。その数は八人、となると不比等さんのような求婚者は四人、合わせると五人の求婚者がこの場にいることとなる。

 そんな自分の気を紛らわせるような計算をしていると、先ほどのおじさんがまた部屋に入ってきた。つまり例の女性、『なよたけのかぐや姫』の準備が整ったのだろう。

 

 

「――輝夜、入りなさい」

 

 

 おじさんが促すような口ぶりでそう言うと、ゆっくりと一人の女性が部屋の中へと入ってきた。その女性の一挙一動に感極まったのか、一人の従者らしき人が感嘆の声をあげていた。その女性が一段高い座敷に座り、見下ろす形で自分達を眺めている。その行動に今度は数人、従者の人が感嘆の声をあげている。

 

 その時に自分は思った。

 ああなんて美しいのだろう――

 ああなんて輝いているのだろう――

 

 そう思うことは――なかった。

 まったくそんな気持ちはなかった。

 美しいとか、綺麗とか、雅だとか、そんな感情は一切なかった。

 

 でも、それ以外の感情ならあった。

 でも、その感情はこの場にふさわしくはないだろう。

 

 なぜならこの感情は――

 なぜならこの感覚は――

 

 

 

 

 

 ――懐かしい

 ぽつりと、心の中でそう呟く。

 あり得ない感情だった。彼女と自分は初対面のはずだ。事実、彼女とは初めて会ったし、彼女のことなんて噂で聞いたことしかない。

 ではなぜ、こんな感情が巻き起こるのだろう。懐かしく思えるのだろう。なんで、自分は彼女を――

 

 

「――無一よ、感動するのはいいが、泣く事はあるまい」

 

「え?」

 

 

 不比等さんに言われて初めて気づいた。

 なぜか眼から涙がこぼれていた。それに気がついてすぐに拭きとったのだが、物凄く不比等さんに謝罪したくなった。なぜならこのような行為、不比等さんの顔に泥を塗るような――

 しかし、周りの反応を見る限り、なぜか悪くはなかった。逆に周りの従者が怒られているくらいだ。

 

 

「――そち、名前は?」

 

 

 彼女――輝夜様が、自分に対して言葉をかけている。

 言葉をかけられたことにまず驚き、不比等さんに目線を移したのだが、なぜか笑顔になりつつ、言われた通りにするよう小言で呟いた。なぜ笑顔なのかはさておき、緊張することなく、自分の名前を告げる。

 

 

「無一、と申します」

 

 

 簡潔にそう呟くと、輝夜様は微笑みつつ、隣の方にいる従者にも名前を聞き始めた。どうやら単純に従者たちの名前を知りたかっただけのようだ。それにまず安心しつつ、次に何の質問をされるかと、内心焦りながら待ち続ける。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 何回か質問と返答を返し続け、輝夜様は満足げの表情を見せる。質問と言っても、何か得意なことがあるのか、好きなものは何か、特技はあるのかとか、そんなものだった。

 正直言うと、緊張はしなかった。それ以上の『懐かしい』という感情に押しつぶされたのではないかと錯覚してしまうほどだ。実際、その御蔭で緊張しなくてすんだのだが、疑問だけ残る形となった。

 

 それから数時間ほど、不比等さんを含めた五人が話し始める。自分の武勇伝や、どれほどの財力を持っているだとか、どれほど自分がすごいのか、大体似たり寄ったりな話が続いた。

 その間自分は、色々考えながら輝夜様を見続けた。その行動がいかに恥ずかしいものなのか分からずにやっていたのだが、輝夜様は気にせず話を続けていた。そして気がついた時には今日の見合いは終わろうとしている時だった。

 

 

「輝夜よ、そろそろ頃合いじゃ」

 

 

 おじさんがそう呟くと、輝夜様は笑顔で立ち上がり、部屋から出て行こうとした。その途中で振り返り、最後の一言を残した。

 

 

「それでは――またお会いできれば……」

 

 

 その言葉で終わりだと思っていたのだが、まだ続きがあったらしく、一呼吸置きこう呟いた。

 その言葉を聞いたとき、多分輝夜様を除いたこの場にいる全員が驚いたと思う。それほど衝撃的な言葉で、それで一番驚いたのは絶対に自分だと言いきれる。なぜなら――

 

 

「――無一よ、少しお話を聞きたい。お主の話は誠に興味深かった」

 

 

 ここで自分はどう答えればいいのだろうか。不比等さんに聞こうとも思ったのだが、その不比等さんも驚いているようで聞けそうになかった。となると独断で返すしかないのだが――

 

 

「は、はい?」

 

 

 驚いて声が出せなくなっていたようで、返答はとても小さいものだった。それでも、その返答で納得したのか笑顔を見せた後、ゆっくりと部屋を後にしていった。おじさんは多少困惑しているようだったが、自分についてくるように手をこまねいた。

 

 

「……無一よ、粗相のないように」

 

 

 不比等さんは先ほどの驚きの表情とは別に、口角を釣り上げていた。何か目論見のようなものがあるのかもしれないが、今の自分はとりあえずついて行くことくらいしかできない。

 若干の困惑と疑問、そして最初から最後まで感じていた懐かしいという感情、いずれもその答えを見いだせないが、自分にはそれを考える時間すらない。

 不比等さんに行って来る事を伝え、輝夜様を見失わないように急いで部屋を出て行く。その途中で物凄い視線を感じたのだが、意識し始めたら怖くなりそうなのでなるべく無視するようにした。

 着かず離れずの距離を保ちつつ、おじさんの後ろを歩き続けると、すぐに目的の場所についてのか、輝夜様は部屋の中へと入り、自分に入るように伝えた。

 

 

「じいや、御苦労さま、終わったらすぐに呼ぶから今は下がってて」

 

「……」

 

 

 納得いかないような表情だったが、一言自分に変な事をしないように言い、不比等さん達がいる部屋の方へと戻っていった。多分外まで案内するんじゃないかなと勝手に想像する。

 それを見送っていると、すでに部屋の中に入っている輝夜様に呼ばれているのに気付き、なるべく慌てないように部屋の中へと入る。中は掃除がいき渡っているらしく、埃が全く見当たらない。

 そして部屋の中央に輝夜様が座っており、その前に座るように手で伝えてきた。それに反応してすぐに目の前に座ったのだが、その時に初めてここまで近くまで移動している事に気がつく。

 座敷にいた時よりも鮮明に彼女の顔を見ることができ、表情の一つ一つ読み取ることが容易になる。だがそれは相手も同じなので、自分が変な事をしないように一層心を引き締める。

 

 

「フフ……」

 

 

 なのだが、ここまで近づいたせいなのか、懐かしい感情がさらに高まり、口調が緩みそうになってしまう。しかしここで口を滑らせれば、不比等さんに迷惑が――

 

 

「無一」

 

「うん」

 

 

 ――素で『うん』なんて言ってしまった。

 ああ、不比等さんにどう弁解すればいいのだろう、どう謝罪しなければいけないのだろう、というかどう謝っても足りない気がしてならない。そういえば妹紅ちゃんのお土産を忘れていたな、帰りに忘れずに買わないとな。

 現実逃避を試みるも、現実がなくなることはない。なぜなら目の前にいる輝夜様は本物で――なんか言っている事が支離滅裂になってきた。

 

 

「――そうね、一つ確認したかったの」

 

 

 だが、輝夜様は何も言わず、逆に相手も口調を緩めていた。それはまだいいのだが、それと同じくらいに、いやそれ以上に輝夜様の雰囲気が変わった気がしてならない。

 先ほどまで感じていた、清楚なものとは完全に違う。そしてこの雰囲気を自分はよく知っていた。さらに言うならば、この場ではありえない雰囲気に違いなかった。そうそれは――

 

 

「貴方は――」

 

 

 その雰囲気に変わった瞬間、自分は思わず立ち上がりたくなるが、輝夜様の眼光の鋭さに、身動きが出来なくなってしまっていた。

 『蛇に睨まれた蛙』そんな言葉が適任だろう。こんな時に何考えているのだろうか。いや、こんな時だからこそ思い出してしまった?

 そして次の言葉を聞いた時、自分はどう反応すればいいのか分からなかった。その時の輝夜様の表情は、それから見てとれる感情は――

 

 

「『あの』無一なの?」

 

 

 ――殺気だった。

 

 

 






 私は歓喜してしまっていた。
 それこそ運命的な出会い、ほとんど零に等しい確率の賭けに、私はそれにめぐり合うことが出来たのだ。ただの気まぐれが、まさか本命を見つけることに至る。なんて数奇な運命なのだろう、なんて運がいいのだろう。

 その顔――
 その声――
 その姿――
 その髪――

 私が追い求めていた彼なのだ。
 私がこの穢れた地上に落とされ、真っ先に会いたい人物が、目の前にいるのだ。
 確証があるわけではない。ただ、私の勘が言っている。彼で間違いないと、彼が彼なのだと――

 そして、彼に思う感情は一つだけ――
 彼に会ったら、彼に会えたのならば、絶対にやりたいことが一つだけ――


 やっと――

 そう、やっとだ――





 ――やっと殺せる


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