東方劣化伝   作:籠の中の鳥

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大変投稿が遅くなってしまい、皆さまに迷惑をかけてしまったことを、最初にお詫びさせていただきます。
理由につきましては、私情が忙しかった、とだけ書かせて頂きます。事細かに書けないことはどうかお許しください。
流石にここまで遅くはなりませんが、少しペースが落ちると思います。それも私情が忙しいとだけ書かせて頂きます。
なるべく善処しますので、それでどうかお許しいただければ幸いです。

誤字やおかしい表現などがあったら教えてくれると嬉しいです。
感想・アドバイス・批評などなど随時受付中です。


第三十五生 その男 伺う

 

 

 目覚める。

 『時計』の存在しないこの場において、時間の基準は太陽の位置から推測したものしかなく、漠然としか知りえることはできない。

 起きる目安は体内時計、大体この時間に起きれば、朝の仕事をほどよい時間帯までには終わらせる事もできるだろう、ようするに勘でしかないので、偶に寝過す事もある。

 

 布団を片付けると障子を開き、朝の陽気を部屋の中に取り入れる。

 その朝日を体中で受け、脳に朝である事を再確認させる。だが、寝起きであることには変わりないので、大きな欠伸を一つしてしまうのは仕方ないだろう。

 本日も晴天、だが季節的に少し肌寒いので、若干身震いをしてしまうが、慣れてしまえばどうという事もない。そのうち慣れることに期待しつつ、朝一番の仕事をすることにしよう。

 

 廊下を歩いている最中に庭から小さな鳴き声が聞こえ、そこに視線を向けると小さな猫が庭の中央で大きな伸びをしていた。

 微笑ましくそれを見ていると、猫がそれに気づいたのか、物凄い速さで奥の草むらの中へと隠れてしまった。若干残念だが、朝からいいものを見たような気がして、気分は悪くない。

 そこで肝心の仕事をしに行く事を思い出し、慌てて廊下を走る。だが、廊下が滑りやすい事を忘れており、その後どうなったかはお察しである。

 

 痛む顔面を抑えつつ、目的の部屋へと慎重に歩いて向かう。

 何度目になるか分からない部屋に到着し、障子を開くとそこには気持ちのよさそうに眠り続けているお嬢様がいた。

 綺麗な黒髪が自慢のそのお嬢様の横に座り、肩を叩くことによって朝である事を知らせる。しかし、それで起きることは数える事しかなく、当然のようにお嬢様は起きることはなかった。

 溜息を吐き、次の段階に移る事を決意する。とはいえ、そんな大層な事をするわけではなく、至極普通の行動であるには違いないだろう。

 

 

「お嬢、朝ですよ」

 

 

 それが毎日のように続く日常の始まりだった。

 それが今まで続いてきていた日常のはずだった。

 

 それが崩れた出来事がなんなのかは分かっている。

 それがどんな価値を含んでいるのかも分かっている。

 

 そのはずなのに自分には分からない。

 そのはずなのに自分には理解できない。

 

 ある日を境に狂ってしまった。

 ある日を境に壊れてしまった。

 

 どちらが本当なのだろうか。

 どちらが偽物なのだろうか。

 

 分からない――

 わかんない――

 

 自分は――

 自分は――

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 目覚めは悪くはない。

 だからといって良い訳でもない。

 どちらかと言われれば決して良くはないと答えるだろう。

 

 最近の目覚めはいつもこうだ。

 胸の中にモヤモヤとしたものが渦巻き、どうしようもない気持ちになってしまう。

 

 実は一貫して変わらない部分が存在している。

 その事実を知ってなお、自分はそれを受け止める事が出来ない。

 知りたかったはずの真実の切れ端を見つけたはずなのに、頑なにそれを拒んでしまっている。

 

 夢だ。

 毎日のように夢を見るようになったことだ。

 夢を見ること事態は些細なことでしかないが、その内容は起きた後でも鮮明に、しかも的確に、忘れることなく覚えてしまっている。

 

 夢の中の主人公は自分――と似た男性。

 その主人公は自分以上にバカで、間抜けで、どうしようもない奴で、常識知らずの愚か者だ。

 そして必ず、その男性の近くには一人の女性がいた。その女性を見るたびに、自分は輝夜様と会った時と同じ感覚を思い出してしまう。

 だが、決まって男性の名前と女性の名前は雑音のせいで阻まれてしまい、聞こえることは一度もない。

 それでも、二人の顔を見ることはできた。それが推論の信憑性を変動させていく。

 

 男性の顔は、どう見ても自分と変わらないのだ。

 そこから出される推論は、この夢は記憶の一部ではないかということ。

 そしてこの女性は、輝夜様が言っていた『彼女』ではないのかということ。

 

 頭では分かっている。

 分かっているのだが、それを良しとしない自分がいる。

 

 夢の中の男が本来の自分だとしたら、今この瞬間の自分はいったい何者なのか。

 もし全てを思い出したら、自分は一体どうなってしまうのか。消えてなくなってしまうのだろうか、それとも――

 

 総評すると、今日の目覚めは――

 

 

「――はぁ」

 

 

 良くはない。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「では無一、道に迷わぬようにな」

 

「――善処します」

 

 

 もはや恒例となってしまった輝夜様への貢物配達、屋敷の中で一番暇にしているのが実は自分だったりするので、この役をする羽目になってしまった。

 おかげで妹紅ちゃんと会えない日もできてしまい、数えて十日以上会えない日もざらにある。それほどの頻度で貢物を運びに行っているのだ。

 不比等さんは不比等さんで、政治などの仕事で手一杯のようで、一緒に行くことは稀である。だが、不比等さんの思いは嘘偽りのないものなのは確かである。

 

 頻繁に輝夜様に会いに行くのはいいのだが、妹紅ちゃんの世話をすることが出来なくなってしまった。

 本人は平気なように振舞っているが、強がっているのが簡単に見てとれる。自分の時間をなるべく削り、妹紅ちゃんと接する機会をなんとか作り上げるのが精一杯なのが現状である。

 しかも最近では立ちくらみも起こるようになり、休まなくてはならないと頭では分かっていても結局できずにいるのだが――

 

 愛用の馬にまたがり、ゆっくりと出発する。

 この馬もやっと自分の言う事を聞くようになり、少しの遠出も楽になったのだが、頻繁には出来ないし、遠出と言っても輝夜様に会いに行く時くらいしか遠出しないのであまり意味はなかったりする。

 

 風を直に受けつつ、目的の屋敷へと向かう。

 すでに何十回も同じ道を通っているので、もはや道に迷うことはないだろうが、油断して怪我などしないように用心だけはしておこう。

 

太陽の陽気に当てられたのか、若干睡魔に襲われ、大きな欠伸をしてしまう。

 それを察したかのように、馬は速度を落とし、自分を気遣うように一瞬目をこちらに向けた。

 嬉しくて思わず頭を撫でてあげると、満更でもなかったようで速度は今まで以上に速くなる。その速度は今まで自分が感じた事のないような速さで――

 

 

「うえぇ!? ちょ、まっ――」

 

 

 ――振り落とされるのも仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 落ちた時に痛めた腰を撫でつつ、前へ前へと進んでいく。

 心地よく感じていた風も、今となっては邪魔としか感じられない。大体痛みのせいなのだろうが……

 

 ようやく輝夜様の屋敷が見えてきた。

 馬から降り、専用の馬小屋に誘導させる。この馬小屋は不比等さんが用意したのだが、ここに来るためだけに作った様なものなので、あまり綺麗だとは言えないものだった。

 なので自分は輝夜様と会った後、毎回のようにここの掃除をするようにしている。仕事ではないのだが、ここで待たされる馬達の事を考えると、やったほうがいいのだろうと使命に近いものによって行っている。

 

 

「じゃあ行って来るね」

 

 

 馬にそう呟くと、ブルルと返事のようなものを返してくれた。

 貢物の入っている中ぐらいの箱を担ぎ、馬小屋を後にする。だが、屋敷からそう距離もなく、一瞬のような速さで屋敷の門にたどりつく。

 そして門を数回叩き、毎回来るおじさんを待つのだが、今日に限って中々来ることはなかった。

 もしかしたら丁度よく留守にしているのかもしれない。輝夜様は屋敷から出ることはないだろうが、おじさんやおばさんは外での仕事があるはずだから、屋敷にいない事も稀にあった。

 

 悩んだ末、一旦門を押してると、呆気なく開いてしまった。どうやら閉め忘れていたようだが、今回に限っては好都合だろう。

 そう思いつつ中に入ろうとしたが、勝手に入っていいのだろうかと足を半分踏み入れた時に思い直してしまう。

 うんうんと唸っていると、後方から声をかけられ、振り返ると――

 

 

「――こ、こんにちは」

 

「はぁ……入るならさっさと入りなさい」

 

 

 おじさんが溜息を吐きながら優しく自分の目を見つめていた。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 おじさんとは結構仲が良くなっていたりする。

 ご老体のせいで出来ない事が増え、色々と不便にしていたらしい。

 自分はただここに貢物を届けるだけでは、なんとなく失礼な感じがして、度々仕事を手伝っていた。

 まあ流石に慣れていない仕事は何度も失敗したりしたが、そこは数に物を言わせるがごとく量をこなし、少しずつ上達して――いればいいな。

 

 輝夜様に貢物を渡しに来た事を伝えると、少し茶でも飲んでいくようにと言われ、居間へと案内された。

 流石に善意を断るわけにもいかないし、丁度よく喉が渇いていたりもするので、喜んでそのご厚意に甘える事にした。

 

 待っていると、おばさんも帰って来たようで、自分の顔を見に来てくれた。

 笑顔で挨拶すると、相手も笑顔で挨拶を返してくれた。そして、温かいお茶を出してすぐに部屋から出て行ってしまった。おそらく家事がまだ残っているのだろう。

 手伝うか迷ったが、おばさんがそれを察していたのか、部屋を出る前にここから出ないように釘を刺されてしまった。もはや自分がどう動くかも知りつくされてしまったのではないかと錯覚してしまった。

 

 

「あ、あはは」

 

 

 苦笑いしつつお茶を飲むと、溜息をしながら今度こそおばさんは部屋を後にした。

 おばさんが用意してくれたお茶は何時飲んでもおいしいのだが、特別な入れ方をしているわけではないらしい。

 それでも今度教わるのもいいかもしれない。妹紅ちゃんに極上のお茶を出せるようになれば、少しは機嫌が良くなるかもしれない。

 

 

「無一、輝夜がお呼びじゃよ」

 

「え?」

 

 

 度々ここには来たりはするし、手伝いなんかもしたりしていたが、輝夜様に呼ばれることはあまりない。

 大概呼ぶ時は暇つぶしか、あるいは――

 

 

「わ、分かりました」

 

 

 お茶を一気に飲み干し、おじさんに案内されつつ廊下を歩く。

 もうこの屋敷の構造も分かったりするのだが、先に行くのは失礼なのでおじさんの後ろをゆっくりと歩く。

 

 輝夜様がいるであろう部屋の前に着くと、おじさんは一言二言残し、仕事をしに行ってしまった。

 前までは自分が何をするか分からず、警戒するように部屋の前にいたのだが、今となってはかなり信頼してくれているようだ。

 しみじみそう思いながら、襖に手をかけ――

 

 

「……」

 

 

 そこで思ってしまった。

 先ほどの自分の考えに対して異議を申したくなってしまった。

 

『かなり信頼してくれているようだ』

 

 そう自分は思った、思ってしまった。

 まるで計画していたかのようなものに聞こえる。なぜ自分はそう考えてしまった?

 毎回見る夢と照らし合わせてしまい、いよいよもって自分という存在が怖くなってしまった。こんな自分がはたして自分でいいのだろうかと……

 

 

「――はやく入りなさい」

 

 

 部屋の中でしびれを切らしたのか、輝夜様の声が聞こえてきた。

 慌てて襖を開くと、そこには書物に何かを書きとめている輝夜様がいた。当たり前のことなのだが、安堵のため息を吐いてしまった。

 すると、その溜息を何かと勘違いした輝夜様は睨むような視線を向けてきた。

 

 

「何かしら? 私に呼ばれて不満でもあるの?」

 

「え……? あ! いや、そんなんじゃなくて――」

 

「――面倒くさいからもういいわ、さっさと座りなさい」

 

 

 弁解しようとしたが、その前にこれ以上面倒になるのはそれこそ面倒と感じたのだろう輝夜様は、手招きをしつつ中へ入るように指示した。

 どうするか迷ったのだが、途中で迷う必要もない事に気づき、さらに慌てて机を隔てて輝夜様の反対側に座る。

 

 

「何か聞きたいことは?」

 

「……と、いいますと?」

 

「鈍いわね……悩み事でもあるんじゃない?」

 

「――なぜ知ってるんですか?」

 

「さあ、なんでかしら」

 

 

 うまい具合にはぐらかされてしまい、輝夜様の真理を知るまでには至らなかった。

 しかし、悩み事があるのは事実である。なぜ知っているかは分からないが、輝夜様に聞けば、答えが分かるかもしれない。

 

 

「自分が自分なのか、過去の自分が本当の自分なのか、分からないんです」

 

「ふーん」

 

「あ、あの……自分は真剣なんですが」

 

「あらそう、私も『それなり』に真剣よ」

 

 

 本当に掴みどころのないお姫様である。

 おじさんやおばさんも苦労しているのではないかと心配したが、よくよく考えれば、輝夜様はお二人を大切に思っている事を思い出した。

 これは盗み見たわけではないが、輝夜様がおばさんの肩を満面の笑みをしつつ叩いているところを見たことがあった。流石にあれが演技にも見えるはずがない。

 

 ――閑話休題。

 先ほど自分が言ったことは、嘘偽りないもので、自分が一番恐ろしく思っている事である。

 今一番怖いのは、自分が変わってしまう事、変わってしまったことだ。

 過去の自分に戻ってしまう怖さと、変わってしまった現在の自分の愚かさ、その二つがどうしても受け入れられない。

 戻るかどうかも怪しいのだが、それによって今の自分を失ってしまうかもしれない。今の自分が消え去ってしまうのではないかと、怖くて仕方ないのだ。

 そして、過去の自分から今の自分になってしまったこと、これがどうしても愚かしく感じてしまう。

 どうして変わってしまったのか、なぜ『あんな』ことを考えてしまう自分になってしまったのか、それがどうにも煮え切れないでいる。

 

 

「まあ貴方が『それなり』に悩んでいるのは分かったわ、でもまさかここまで当たるなんてねぇ……」

 

 

 考え深げに頷く輝夜様だが、こっちは何が何だか分からない。

 一体何が『当たっていた』かなんて分かるはずがない。聞きたいところだが、その前に輝夜様が口を開いてしまった。

 

 

「どうでもいいじゃない、そんなもの」

 

 

 どうでもいい、輝夜様はそう言い捨てるとまた書物に何やら書き進めていた。

 一方自分はどう反応すればいいのか困ってしまった。この場合怒ったほうがいいのか、それとも冷静にその意味を聞いた方がいいのか。

 

 

「それって……どういう意味なんでしょうか」

 

 

 無難に質問をすることにしたが、それを聞いた輝夜様は大きな溜息を吐いてしまった。

 多分理解しきれていない自分に対しての溜息なのだろうが、分からないものは仕方ないと自分は割り切ってしまう。

 

 

「意味なんてないわ。そのうち記憶なんて戻るのだし、その時まで待でばいいのよ」

 

「で、でも……それでは……」

 

 

 待つ、それが輝夜様の答えなのだろう。

 でもそれでは答えになっていない。今の自分がどうなるかも分からないのに、ただ待つだけなんて出来るはずがない。

 

 

「不満?」

 

「……怖いんです、自分じゃなくなるのが、このまま何もしないで待つなんて出来ないです」

 

 

 本音をぶつける、変わる自分が怖い、変わってしまった自分が怖い、これ以上変わるのが怖くて仕方ない。

 もしかしたら今の自分が本来の自分じゃないかもしれない、グルグルと思考が回り、本来の論点さえも見失ってしまいそうになる。

 

 

「呆れた、『彼女』から聞いた貴方はそんな弱虫ではなかったわよ?」

 

「……」

 

 

 まるで知っているかのような口ぶり、知っているはずがないのにそんな風に話せる輝夜様に、自分は何とも言えない気持ちになってしまう。

 過去の自分が何なのか分からない、今の自分ですら分からなくなってきてしまった。そんな中途半端な状態の自分には、その言葉は心の奥深くに突き刺さるのが痛いほどよく分かる。

 現状では何もすることもできない、いや何もないと言ったほうが正しいだろうか。自分にできるのは、ただ時が経つのを待つことくらいしかできないのだろう。

 それがたまらなく怖く、恐ろしく感じてしまうのは、己を信じることが出来なくなってしまったからではないだろうか。

 

 自分には何も残っていない。

 あるとするならば、あると仮定するならば、あると断定するならば――

 

 

「答えを教えたほうがいいかしら?」

 

「いえ……自分で探してみます」

 

「強がりね」

 

「だって自分ですから」

 

 

 ――今はまだ分からない。

 けれど強がって見せよう、踏ん張って見せよう、虚勢を張って見せよう――

 いつか自力で見つけて見せる、たとえどれだけ失敗を重ねようとも、失態を重ねようとも、努力が実を結ぶと信じ抜いて見せる。

 

 それがどんな結果を招くかは、その時にならなければ分かるはずがないだろう。だからこそ恐れ、怖がり、目を背けたくなる。

 けれど決して目を背けてはいけない、歯を食いしばりながら現状を受け入れなければならない、それがどんな結果になろうともだ。

 

 

「……まあいいわ、それよりもそろそろ本題に入らせてもらうわね」

 

「へ?」

 

 

 今までこれが本題だと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

 よくよく考えれば、これは自分の問題であって輝夜様の問題ではない。悩んでいるのを見透かされ、助言を与えてくれただけだ。

 輝夜様が自分を呼んだ理由は、自分に助言を与えることではなく、他の何かであるらしい。

 しかし、その見当がつかず、首を捻ることくらいしかできないのが現状である。多分だが結構重要なことである可能性が高い。

 理由としては、今まで輝夜様が自分を呼んだことは数えることくらいしかない。その時はおじさんを手伝えとか、料理を作れとか(不評)だったが、今回はなんというか雰囲気が違かった。

 

 

「彼らにある課題を出したのは分かるかしら?」

 

「えっと……難題の事ですか?」

 

 

 そう、輝夜様は求婚者五人にある難題を渡した。

 聞けばどれもが無理難題であり、手に入れることすら叶わない代物ばかりであると言う。不比等さんもそれに悩まされていたが、数日後にそれを探しに行く旅に出ると聞いていた。

 

 

「それよ、まあ手に入れるのなんて無理でしょうけど」

 

「それって……」

 

「まあ最後まで聞いて頂戴、一応その事は貴方の主人に言っても構わないわよ」

 

 

 かなり複雑な気分だ。

 つまり不比等さんは輝夜様と結ばれることは万に一つとしてないと言うことだ。それを伝えてもいいとの事だが、そんなことをはたして面と向かって話す事が出来るだろうか。

 

 そして、輝夜様の口ぶりからすると、これも本題ではないようだ。

 これ以上の話があるとするならば、自分には見当がつきそうもない。それに、元々輝夜様の考え自体よく分からない節があるので、なおさら分かるはずがなかった。

 

 

「そうねぇ……本題から話した方がいいかしら?」

 

「えっと、話しやすければどちらでも」

 

「そう、なら本題から話すわね」

 

 

 輝夜様は咳払いをし、書物から手を離す。

 鋭い眼光が自分を射抜くが、その視線から殺気を感じることはなく、どこか寂しさのようなものを感じる事が出来た。

 何が寂しいのか、なぜそんな目をするのか、それは輝夜様の口から答えを聞くしかないだろう。

 

 そして告げた。

 その宣告を聞いた時、自分に出来ることは、驚くことだけだった。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

 

 不比等さんの屋敷に戻る頃には陽は沈みかけ、夕焼けが辺りを照らしていた。

 しかし、今の心情から見たその光景は、夕焼けから闇に支配される夜までの猶予にしか感じることが出来ない。

 そんな後ろめいた考えをしながら屋敷の廊下を歩いていると、後ろの方から声をかけられた。

 

 

「無一、おかえり」

 

 

 そこには妹紅ちゃんが佇んでいた。

 久しぶりに会えたような気がして、嬉しいはずなのに素直に喜べそうになかった。

 それよりも、現状の整理ができそうになく、むしろ最悪の方向に進みそうなのをどうするかを考えるので精一杯であった。

 

 

「お嬢、元気にしていましたか?」

 

「……昨日会ったじゃない」

 

「え? そ、そうですね。いやはや疲れでどうも頭が回らないようで――」

 

 

 なんとかいい訳が出来たが、あまり怪しまれないようにした方がいいだろう。

 妹紅ちゃんは日に日に賢くなってきているので、自分が何か悩んでいるのを見透かされてしまうのも、ないとは言えなくないだろう。

 

 

「……あまり無理しないようにね」

 

「――善処します」

 

 

 どうやら気づかれることはなかったが、今後はもっと気をつけたほうがいいかもしれない。

 それに疲れているのも事実なので、休む時はしっかりと休むようにしないと、体が持たなくなってしまうだろう。それだと、別の問題が生まれて、さらにややこしい事になるのが目に見えている。

 

 

「それでは、自分はこれで」

 

 

 二言三言、話をした後、自分の部屋へと足を向ける。

 今日中に不比等さんに話すか決めなければならないし、もう一つの問題についても考えなければならない。

 多分もう一つの問題については、自分にはどうしようもない事だろう。けれど、輝夜様が話してくれたのだ、自分が出来ることをしよう。

どれが最善で、どれが最悪なのか、それはやってみなければ分からない。無知な自分はそうやって成長してきた。今回は、『今回こそ』は、何とかして見せる。

 もう一つの問題、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――輝夜様が月に帰ること、だ。

 

 






「……それは真か?」

「はい、直接聞かせていただきました」


 一晩考えた結果、自分は話すことに決めた。
 それがどんな結果を生むか、それは不比等さん次第だろう。


「そうか……なるほど、それなら色々合点がつく」


 どうやらそこまで驚いてはいないようだ。
 まずそこに安心し、次に発する言葉を待って――


「それで無一よ、旅に必要なものは揃っているのか?」

「……え?」


 予想外、その言葉に尽きるだろう。
 振られると分かっている恋、不比等さんはそれでも諦めない、その姿勢は自分には考えられなかった。


「なぜ――」

「お主になら話してもいいだろう。奴と……妹紅と親しいお主なら」


 聞かされた真実――
知ってしまった嘘――
 その話を聞いた自分は――





 ――どうすればいいのか分からなくなってしまった。

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