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「かんぱーい!!!」
「乾杯」
カチンという音を鳴らした後、コップの中に入っているものを飲み干す。
中身はお酒ではなくオレンジジュースだ。お酒は飲めなくはないけど、今この時は酔いたくないから今回は自重している。
そして飯台を見渡す。
それはそれはとても豪華な――
白くて艶々なご飯と――
様々な具材が入っている味噌汁――
ホカホカと湯気を立てるローストチキン――
目出度い時に欠かせないタイのお頭に――
なぜこんな豪勢な料理が並んでいるのか、その答えは簡単である。
【えー、ただいま新しい情報を手に入れました! 月面ロケットは無事大気圏を突破し……】
永琳が開発した月に行くためのロケットが完成したのだ。
その第一陣が出発したことに対してのお祝いである。
ロケットを作っていることが分かったのは数年前くらいだったが、実物を見たのは数週間前くらいだった。
実物を見た時に、はしゃぎすぎて永琳に拳骨を食らったのはいい思い出……だと思いたい。
とにかく!
今日は本当に目出度い日なのである。
さっきまで永琳はテレビとかの収録だったそうだが、最後に残った収録だけはキャンセルしてきたそうだ。
理由を聞いたら『面倒くさかったからよ』とだけ言って、自分と一緒に料理を作り始めた。
聞いた時は少しびっくりしたけれど、自分が眠る前にお祝いできたことに喜んでいた。
それに、一緒に料理も作れたのでとても楽しかったし、料理の指摘もしてくれて勉強にもなった。
「それにしても、なんで月にいかないといけないの?」
「唐突ね、説明はできるけれど……貴方に分かるかしら?」
「そう言われると……うーん」
これは結構昔から思っていた疑問だったりする。
何故月に行く必要があるのか。
月に行って何をしに行くのか。
月に一体何があるのだろうか。
考えることだけだったらできるが、結果としては疑問しか浮かばない。
永琳が知っているから聞けばよかったのだが、頑張っている永琳に変な疲労を加えるのもなんだかなと思ったから聞かなかった。
だけど、今この段階だったら聞けそうだったので聞いてみただけであるが……
やはり内容は難しくなりそうだった。
「知りたいなら教えるわよ……もう今日は仕事ないしね」
「一応教えてください。自分が分かるかどうかは分かんないけど……」
「よろしい」
永琳は箸を止めて自分を見つめる。
自分も箸を止めて永琳を見つめる。
>――――――――――<
「最初はただの何でもないことから初まったわ……初まりは海よ」
お伽話を読むかのようにゆっくりと話す。
無一が真剣に、かつ楽しそうな眼を私に向けているのがよく分かる。
「そこで始まったのは一つの生存競争、食料を求め、自分の命を守り、種を繁栄させる」
皆生きたかっただけなのである。
ただそれだけ――
だがそれが始まりであり、序章であった。
「そして事が起こった。生きるために始まった、死にたくない一心で始まった」
始まってしまったのだ。
ただただ生きたかった。
ただただ死を拒んだ。
「捕食、弱肉強食、弱い者は死に、強いものが生きる……そんな世界になり始めた」
死を拒むために強きものは食らい――
生を掴むために弱きものは欺いた――
「そして年月を経て、一部の海の生物は陸上へと種を残し始めた」
海だけでは狭かったのか。
あるいは弱きものが逃れるために陸上へと歩を進めたのか。
私はその行動は賢かったと思える。
逃げるというのは悪いことではない。
勝つ見込みのないものと戦って死ぬよりは何十倍も得できる。
「しかし、そこでも死への恐怖、生への執着は尽きることはなかった…どうなったと思うかしら?」
「また…始まった?」
「正解」
心なしか……いや、無一の表情が少しずつ暗くなってきたのが分かった。
それが事の本末を見越してなのか。
はたまた意味もなく暗くなったのか。
「陸上に上がった生物もまた生への執着を強めた……そして、また負の連鎖は生まれることとなる」
それはとても醜かったのだろうか?
それはとても賢かったのだろうか?
今になっては私ですら分かることはできない。
分かりたくも……なかった。
「少しずつ、この世界――地球に異変が生じ始めてきた」
それはとても些細なことだった。
それは対処できないものだった。
今からではもう遅いのだ。
今ではどうしようもない。
もう諦めることしかできなかった。
もう戻すことはできないのだ。
「生への執着、死への恐怖、そんなものがこの地球に満たされ始めた」
いよいよもって無一の表情も強張ってきた。
それに伴って、私自身も表情がなくなってきたように思える。
そう思うと少し滑稽にも感じてきてしまうのは何故だろう?
そこまでして感情を高ぶらせる必要などなかったはずである。
演説をしている時なんかはもっと静かに淡々と――
スタジオで説明している時は機械的な表情で――
テレビ中継されていた時なんかは無理に自分を繕っていたり――
そう考える。
ふと考える。
それとなく――
なんとなく――
意味もなく――
『なぜだろう?』
そんな考えが一瞬頭をよぎる。
無一が次の言葉を待っているのが見え、なるべく慌てた様子を見せずにいい放つ。
「地球は――穢れてしまった」
一息入れてコップに入っているお酒を口に含む。
水のように喉を通るそれは、なぜか逆に喉を乾かしているように思えた。
それを促すように、もう一度コップを傾ける。
「その穢れは私たちにも影響を及ぼし始めた……どういう影響だか分かるかしら?」
「うーん……自分たちもその『セイゾンキョウソウ』に巻き込まれてきたのかな?」
「そうねぇ……半分正解としておきましょう」
確かに生存競争に巻き込まれたという表現もあながち間違っていない。
生きるために狩りをして――
死なぬように延命処置を――
延命処置と聞くと笑えてくる私がいる。
何せ『何億とも生きて』いる私たちが何故延命する必要があるのか。
わたしはこの考え自体が穢れてしまった原因であると推測する。
もしこのまま穢れが進行してしまったら……答えは言わずもがなである。
「私たちも穢れ始めた。その穢れから逃れる方法が――」
「月?」
「正解、よく分かったわね」
無一が強張った表情から一転、純粋な笑顔で満ち溢れた。
こう見ていると、とても『私とそこまで年齢が離れていない』とは思えない。
言うなれば、無一は子供っぽさが抜けないといったところだろう。
「月は一遍も穢れていないことが研究で分かったのよ。まさかいつも私たちが見上げていたのが、まさか唯一の逃げ場だなんてね」
それもそうだろう。
まさか目の前にあったガラクタが一級品のお宝だったり――
まさかいつも目にする植物が秘薬に必要なものだったり――
まさか買い物に寄って会った人物が指名手配犯だったり――
「そして、その手筈として行われたのが……あれよ」
テレビに映っているロケットを指さすと、無一はその手を伝ってテレビを見る。
私の一挙一動に関心を持って動いている無一を見ていると笑みがこぼれてくる。
「説明はこれでおしまい。冷える前に食べてしまいましょう」
>――――――――――<
永琳の話はとても難しい。
それが今説明を聞いた感想である。
永琳にはとても悪いかもしれないけれど、半分以上理解できなかった。
なので、自分の中で整理をしてみることにした。
えっと、最初に海の生き物たちがいて――
それが生きるために食べることになって――
そのうち皆がいろいろ食べ始めて――
陸に上がって楽園だと喜んで――
皆それでも食べて――
食べて――
食べて……
たべて
タベテ
タベテ?
「無一?」
「ひぁい!!?」
「私の説明…分かったかしら?」
「えっと……皆でワーイ?」
永琳が頭を抱えているのが見なくても分かった。
溜息をはくのも、はく前から分かっていた。
行動する前から分かるのはとてもいいことだろう。
しかし、分かっても悲しくなることとはこういうことを言うのだろう。
とても空しくなってくるのがだんだん分かってきた。
「まあ、とりあえずこれだけは覚えておいてほしいわ」
永琳は自分に何か封筒のようなものを渡してくる。
それを受け取って中身をみると、何かのチケットが中に一枚入っていた。
「えっと――月面行きロケットC-13区間A-2番席?」
内容を理解するのにしばらく時間がかかった。
少しずつ内容を理解してくると、顔が徐々に笑顔となっていく。
「これって……ロケットのチケット!?」
「そうよ、これから3年後のチケット」
「3年?」
「まだできていないロケットの予約……できるのは私くらいよ?」
そいって永琳も同じチケットを見せる。
そこには――
「月面行きロケットC-13区間A-1番席!」
「隣の席よ、行く時が暇にならないように……まあ私の溜息は絶えないと思うけれどね」
自分のチケットを再度見直す。
月面行きロケットC-13区間A-2番席――
永琳が持っているチケットを見る。
月面行きロケットC-13区間A-1番席――
自分がロケットの中で永琳に話しかけているのが分かる。
永琳が自分に対して溜息をはいている姿が目に浮かぶ。
それはとても遠いようで――
それはとても近いようで――
遠近感がなくなるというのはこう言うことを言うのだろうか?
多分意味も違うし使い方も違うのだろう。
でもこれだけは分かったし、誰にも否定されたくなかった。
「永琳と一緒だね!」
>――――――――――<
「ええ、そうね」
無一の言葉に反射的に答える。
それは席が一緒だということなのか――
これからも一緒だということなのか――
分からないけれど、これはこのままでいいのかもしれない。
知るのが野暮だし、知っても関心が生まれることもない。
当たり前なのだ。
無一との日常が。
何年――
年十年――
何百年――
何千年――
何万年――
何億年――
どれだけ一緒にいたか分からない。
数えれば出てくる数字だが、それこそ野暮である。
なぜ私が無一という人物にここまで入れ込むのかは分からない。
分からないし、答えは出すことが出来なかった問題である。
好きか嫌いか――
どちらと聞かれれば嫌いではない。
では好きなのか――
答えは好きではない。
そんなものなのだ。
私にとっての無一は――
だがと、私は一冊の本を取り出す。
本を開く。
しおりが出てくる。
しおりが出てくる。
二つのしおりが出てくる。
何故二つか。
答えは考えるまでもない。
私は本を閉じる。
無一を見ると、ウトウトと頭を動かしている。
難しい話を聞いて、難しい問題を考え、難しい難題を答えたのだ。
まあ眠くなっても仕方ない。
けれど、眠るのであればここではなく自室で寝てほしい。
風邪でも引かれたら、迷惑がかかるのは私なのだから……
「ほら――」
そして、私の日常はこれからも続くのだろうな――
運命の分かれ道
突然の別れ
唐突すぎる決別
理解不能な状況
戻すことのできない過去
嘆き悲しみ泣き喚きつくし
ぶつけ切ることのできない感情
衝動衝迫情動激情興奮逆上欲動欲求
「イキル
シヌ
シンデ
イキテ
ワラッテ
オコッテ
ナイテ」
誰もいない。
誰も答えない。
誰も話さない。
誰も――
「××」
問いかけには誰も――