二兎追う者は   作:ポピパすこすこ侍

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おたえが好きな一般人です。どうぞよろしくお願いします。


01.畢竟、馬鹿は夢を見る

 誰もがきっと夢を見て生きていた。例えば大金持ちだとか、プロの野球選手だとか、最近で言えばゲームの実況者だとか。

 そしてそういう夢を見ている内は、誰だって皆幸せ者だ。そんな未来を思い描かけるのだから。そんな未来を迎える為に、脇目も振らず走り続けられるのだから。

 そう、夢を見ている内なら。皆、幸せに生きてきた。生きてこられたんだ。

 

 時間は有限だ。夢を見た。直に覚める。

 未来を思い描く。時は進む。日は沈む。じゃあ未来って何時だ? 明日? 来週? 来月? 来年? それとも数年後? 

 大人になったら〜、なんて抜かして、大人になったお前の周りにあるのは一体何だと言うのだろう。勿論()()()()()()がいることなんて知っている。でもそれは極僅か。本当にひと握りだけで。大半は何も得られずに、何をしたのかも分からないまま、図体の方ばっかり大きくなって漸く気付くんだ。

 自分は特別なんかじゃない、ってね。

 

 けどどうして──

 

「白鷺先輩! 好きです! 俺と付き合って──」

「──ごめんさない。気持ちは嬉しいけれど、無理なの」

 

 ──自分はそうじゃないなんて、そんなことを思ってしまったんだろう。

 

 高校生になったらモテまくって、美人な先輩と付き合う。高校生になったら、なんて。笑ってしまう。

 

 憧れの先輩に告白して、思いっきりフラれた。

 というか俺、そもそもモテてなかったや。

 

「と言うか……私とあなた、初対面よね?」

 

 俺──有澤凪、高校一年生の夏。生憎の目覚めは、最悪の心地だった。

 

 *

 

「はぁ〜、もう無理だ。死のう……」

「これでお前何回死んだ? いい加減立ち直れっての」

 

 ぺちりと頭を叩かれる。呆れ気味のソプラノボイスは耳を撫でるみたいに過ぎ去って、そのままご機嫌そうな声音に変わった。「ほら、水だぞ〜」なんて盆栽相手に語りかけている幼馴染は、俺のことなんか気にも留めていないご様子だ。

 

「有咲はいいよなー。盆栽はずっと傍に居てくれるし。……でもなぁ、白鷺先輩は動くんだぜ!?」

「んなもん当たり前だろ!! てか先輩とウチの盆栽を比較するなよ……」

「だな。先輩は凡才じゃなくて天才だし」

「剪定バサミ持ってくるわ」

「ごめん今のは普通に俺が悪かった」

 

 場を温めるに至らない俺のギャグセンスを許してくれたのか呆れただけか、有咲は大きく溜息を吐いて縁側にどっかり腰を下ろした。隣をてしてしと叩いている。どうやら座れということらしい。大人しく従った。

 

「つーか、そもそも告白自体に無理があるし。白鷺先輩は芸能人なんだから」

 

 分かっている。彼女は高嶺の花だ。整った顔立ちに浮かべる優しげな微笑みは、見る人を惹き付ける。かく言う俺もその一人だ。

 そんな白鷺先輩に「無理」とハッキリ言われてしまった。俺ももう無理。めっちゃやむ。

 

「そりゃそうだけどさ……。でもほら、俺だって頑張ってるんだから、そろそろ報われたって良くないか?」

「因みに、具体的には?」

「足速くなるように毎日走ってた」

「小学生かよ!」

「それだけじゃないぜ。他にも──」

 

 語って聞かせようにも、「あー、もういい。わかった」と手をひらひら振って遮られる。どうやら話を聞く気はないらしい。

 

「そもそもそれを相手に押し付けても……。結局は相手次第だろ」

「正論で殴ってくるなよ、泣くぞ?」

「泣いとけ、ばか」

 

 それだけ言い捨てると、立ち上がって部屋の方に消えていく。

 微かに風に揺れる松の針葉が、真新しい緑に満ちていた。降り注ぐ陽の光を浴びて薄らと輝く青葉は、これからの季節に向けて伸び伸びと生命を謳歌している。

 

「いいよなぁ、お前らは」

 

 口をついた言葉に、我ながら苦笑いが漏れた。盆栽に話しかけるなんて俺も有咲に影響されてんのかなと、少し思考が脇道に逸れたところで有咲が戻ってきた。

 お盆に二人分のお茶とお菓子を乗せて、俺の隣に腰掛ける。

 

「……ばーちゃんが、持ってけって」

「おう、ありがとう」

「まぁ、次があるだろ。……私でいいなら、愚痴くらいなら聞いてやるから」

 

 そういう有咲の頬は少し赤い。多分、慰めようとしてくれているんだろう。昔から素直じゃないけど、こういう時の優しさは人一倍なのが彼女だった。

 

「ありがとうな、有咲」

「二回も言わなくていいし」

 

 そんな優しさが、何とも身に染みる。差し出されたお茶を一口啜ると、少し元気が湧いてきた気がした。まぁ依然としてショックは残ってるけど。

 

「そうだな、クヨクヨしたってしょうがない。初対面だったし、こうなったのは仕方ないよな」

「おう。初対面なら──って、はぁ!? 初対面!?」

「……え? そうだけど」

 

 何か驚いたように俺に振り向く。持っていた煎餅が地面に落っこちてしまっていた。勿体ないな。

 

「だったらフラれて当然だろ! 寧ろ初対面で告白とか何考えてんだお前!?」

「……いや、考えてみろよ。俺男子校で、白鷺先輩は女子校。接点なんてある訳ないだろ」

 

 逆に接点があると思っていたのか。有咲や先日俺が告白してフラれた先輩──白鷺千聖先輩は、私立の花咲川女子学園に通っている。名前の通り女子校だ。

 対する俺は公立の海湳高校という男子校に通っていて、言ってしまえば互いに正反対の成り立ちや校風の学校だ。

 

「……あのさ、前から気になってたんだけど。モテたいって言ってる癖に何でお前男子校に通ってるんだ?」

「高学歴がモテると聞いて」

「本末転倒だろ! バカなのか!?」

 

 頭が良いとモテるという話は有名である。俺の通う学校は全国的にもかなり名の知れた進学校なので、それを狙った進路選択だったのだが。

 

「失礼な。言っとくけど俺、君より頭良いぞ」

「くっ、何でこんなヤツに……」

 

 悔しげに毒を上塗りしていく有咲。こんなヤツって何さ……。

 それに何も無策で男子校に入った訳ではない。

 

「それに、別に男子校でもいいんだよ。俺には有咲がいるからな」

「──ッ!? おま、急に何言って……!」

 

 さっきまで叫んでいた剣幕は何処へやら、顔を赤くして黙り込む。成程、己の浅慮を恥じたか。そうさ、俺は考え無しに動いている訳じゃない。

 

「君に花咲川の娘を紹介してもらえばいい!」

「……」

 

 我ながら天才である。

 高学歴という金色の看板を引っ提げつつ、女子校故に他の男に唾を付けられていないような女の子(美少女)とお付き合いをさせて頂くのである。

 嗚呼、何たる天才的閃き。見ろ、さしものツッコミ大明神有咲も完璧すぎて何も言えないようだ。

 

「だから頼む! 俺に可愛い女の子を──」

「──死ね」

「えっひどい」

 

 とんでもない罵倒が飛び出した。怒らせてしまっていただけらしかった。

 乱暴に開けて取り出した新しい煎餅をバリッと噛み砕いて、仕事終わりのサラリーマンがビールのジョッキを傾けるようにお茶を煽る。深い溜息を吐いて、「……知ってたけど」なんて呟いた。それで彼女の中では感情を咀嚼してくれたようで、呆れたように琥珀色の瞳を細めて言う。

 

「つーか、凪は女子校に夢見すぎだって。そんなにいいもんじゃないかもしれないじゃん」

「いや、それに関しちゃ心配してないよ」

「何で?」

 

 依然として細められたままの目だけど、俺の言葉に呆れとは別の色が宿った。でも本当に、そこに関しては確信している。

 

「だって、有咲がすっげー楽しそうだからさ」

「……」

 

 中学の頃、有咲は不登校だった。

 部屋に籠りっきりで、パソコンやゲームに齧り付く有咲に俺は何もしてやることができなかった。

 そんな彼女を変えてくれたのがバンドで。初めにバンド始めたからなんて言われた時はそれはもう驚いたが、照れくさそうにそっぽを向きながら「……友達に誘われて」と告げる姿を見せられたら、もう俺は何も言えなかった。

 

 キーボードを練習する有咲。友達について嬉しそうに話す有咲。急ぎ足で学校に駆けて行く有咲。

 全部、高校に入ってからの変化だ。

 

「そんな学校がいいもんじゃない訳ないだろ」

 

 些か幼馴染としては不甲斐ない面もあるけど、それはそれとして。

 

「まぁだから無理にとは言わないけど。せめて有咲の友達くらいには会ってみたいなとは思ってるかな」

 

 これは付き合うという願望云々より、俺の好奇心の方が強い。……話が脇道に逸れてしまった。

 

「……ほんっと、たまにすっげー恥ずかしくなること言うよな、お前」

 

 顔を赤くして、有咲はそんな憎まれ口を叩く。湯呑みを持つ手をモジモジと動かしながら俯く。そして暫くしてから、「いいよ」と呟いた。

 

「会わせてやるよ、私のバンドメンバーに」

「いいの? や、言っといてなんだけど」

「どうせいずれ会うことになるだろうし。今日この後ウチで練習するし。ちょうどいいだろ」

 

 そう言えば、よく蔵で練習をしていると聞いた。あそこは壁も厚くて音漏れしないし、狭くもない。

 

「お茶片付けてくるから、ちょっと待ってて」

「わかったー」

 

 そう言って、有咲はお盆を持ってまた部屋の方に戻って行った。その背中は少しだけ、嬉しそうだった。

 手持ち無沙汰になって、空を見上げる。ひっそりと浮かぶ白色の入道雲が、何だか兎みたいな形に見えた。透ける陽光が眩しくなって、目を細めた。

 

「……いいよなぁ」

 

 夢見がちなバカ野郎に、それは少し眩し過ぎたらしい。

 解っていてもまだ多分、諦めきれていないのだ。

 

 ──大金持ちに、プロの野球選手に。そんなたった一握りの特別な人間になれるのは誰だ? 

 

 ──それは俺だ、と。

 

「──あの、有咲いますか?」

「──はいっ!?」

 

 いきなり声を掛けられて、思考の海から引きずり出された。しかもめっちゃ至近距離から。

 腰掛けた俺を見下ろしながらそう言った少女。濡れ羽色のしっとりとした長髪。鸚緑の美しい瞳。白い肌に、すらりとした体付き。紛れもない美少女が、俺をじっと見つめていて。

 

 その美麗な謎の少女に、俺はただ見惚れて黙っているだけだった。




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