正しい男性観の守り方   作:セミズ

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正しい男性観の守り方(挿絵付き)

 ウマ娘とは適切な距離感を保つ事が大事だと先輩に教わった。

 何を当たり前のことを、と思ったがどうやら彼女達との距離感を誤り寿退職するトレーナーはそこそこいるらしい。

 何でも思春期のウマ娘達に理解を示し、最適なケアを施し続けることで彼女達が距離感を誤り、またトレーナー側も入れ込み過ぎて気が付いたら両想いになっていた、という事だとか。

 両想いならまあいいのでは、とは思うものの確かに人生経験の浅い女の子の男性観を壊してしまうのは良くない事だ。

 

 そこで俺は、敢えて駄目な男を演じる事にした。

 

 勿論トレーナー業には全力を出す。俺の担当する子は日本ダービーや天皇賞といった名高いG1で一着を勝ち取る程の才能を秘めたウマ娘だ。

 しかしそんな彼女の前で、敢えて寝癖の一部を治さなかったり、トレーナー室で寝落ちしている姿を見せたりと、わざとダラしない姿を見せるのだ。

 こうすることでトレーナーとしての役割は果たしつつも、彼女が俺を異性として意識する事は無くなる筈だ。

 ホラ。今もまさに、トレーナー室で寝たフリをしている俺を前にして、彼女が呆れて溜息を吐いて……

 

「……ふふ。やっぱり、貴方は私がいないとダメですね」

 

 ちゅ、と頬に柔らかな感覚。寝たフリを継続できたのは奇跡かもしれない。

 ……俺は何を、間違えた?

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 エイシンフラッシュ。

 俺の担当するウマ娘は非常に几帳面であり正確性を重視する子だ。そんな彼女だからダラしない男は恋愛対象外となると見込んだが、どうやら見当違いだったらしい。

 

『貴方には私がいないとダメ』

 

 そう思わせてしまった事が原因か。だとするならば、俺のした事は全て裏目に出ていた事になる。

 つまり、つまりだ。

 

『貴方にはもう私は必要ない』

 

 そう思わせればいいわけだ。

 答えを得た俺は早速次の日から身嗜みや立ち振る舞いを元に戻した。寝癖もジャケットの皺も無し、一般的な社会人としての身嗜みはバッチリだ。

 

「最近のトレーナーさんは清潔感を維持できていますね。どのような心境の変化が?」

「ああ。君のトレーナーとして相応しくありたいからな」

「……まぁ♪」

 

 よし、これでバッチリだ!

 

 

 

 

 ……何故だ。

 アレからもフラッシュは、俺から距離を取る気配が無い。むしろ近い。

 最近は気付いたら彼女が三歩後ろにいる事が多い。彼女の意図は読めないがこのままでは不味い事はわかる。

 何とか彼女の男性観を正常にしなければ。

 

 そこで、俺は考えた。

 ダメな自分とキッチリした自分。二つに共通するのは恐らく『大人らしさ』だと思われる。ダメな成人男性像と一般的な社会人男性としての立ち振る舞いを、彼女は気に入ってしまったのだ。

 つまり、今度は子どもらしい立ち振る舞いをすれば良いのだ。

 俺はわざと童話や絵本を彼女の前で読んだり甘いコーヒーを飲むようにした。食堂でのメニューもハンバーグやカレーなど子どもらしいものを選ぶようにした。

 まあ、本当に童話や絵本を読むことが趣味になってしまったのは予想外だったが、これで子どもらしさにフラッシュも幻滅してくれる筈だ。

 

「ふふ、そういったものも好まれるのですね。意外です。そして実は私、童話の読み聞かせが得意でして」

「そうなのか」

「ええ。ですから今度、是非お披露目の機会をいただけると♪」

 

 そして次の休みの日、彼女が俺の部屋で童話の読み聞かせを披露してくれることになった……何故!?

 

 

 

 

 いかん、本当にこのままではいかん。

 何が不味いって学園で少し噂になっている事だ。生徒達の間でデキる若奥様と紳士的な旦那様、だなんて揶揄われているのを知ってしまった。

 フラッシュも頬に手を当てて困ったように微笑むだけで、否定はしない。

 そして何よりも不味いのは、俺もフラッシュへの距離感を間違えそうになっている事だ。

 彼女が側にいるのが当たり前になりつつある。

 このままでは俺は彼女の男性観に取り返しのつかない事をしてしまう。

 

 考え抜いた末、俺は初心に戻る事にした。

 

 つまり、わざとダラシない姿を見せるのだ。

 それも彼女に迷惑がかからない範囲で、尚且つ彼女が愛想を尽かすような、致命的なやらかしをする。

 

「お疲れ様、フラッシュ。今日も良い走りだったよ」

「ありがとうございます。貴方の適切なトレーニングのお陰です」

 

 トレーナー室でいつも通りの会話を済ませ、帰り支度をする。

 そして俺は、彼女の目に付くようにわざと忘れ物をする。

 彼女に迷惑がかからず、尚且つ致命的な忘れ物──そう、俺の部屋の合鍵を、彼女の目に付くようにわざと置き忘れるのだ。

 

「あの、トレーナーさん。これを……」

 

 翌日、目論見通りフラッシュが部屋の合鍵を差し出してきた。自分の部屋の合鍵を置き忘れるようなダラシない男、幻滅すること間違いなし。

 そしてトドメはこれだ!

 

「あ、フラッシュが預かってくれていたのか。良かった、失くしたと思って焦ったよ……あ、そうだ。良かったらそのままフラッシュが預かってくれないか? 俺が持ってるより安心だからさ」

 

 自分の部屋の合鍵を他人に託す。この危機管理能力の無さ。間違いなく特大の減点対象だ!

 

 

 

 

 やれる事は全てやった。

 後は彼女が自然と俺から離れるのを待つだけだ。卒業後は俺なんかより良い男を見付けてくれるだろう。

 そして、数年が経ち—―

 

「新しい住居をピックアップしました。トレーナーさんが今後もトレーナー業を続ける上で、尚且つ私達が同棲をするに問題ない物件を選びました」

 

 ──え?

 

「ふふ。お義父様とお義母様へのご挨拶も円満に完了して安心しました。勿論シミュレーションでは完璧でしたが……やはり、緊張はするものですね♪」

 

 ──え?

 

「……既に。いえ、合鍵の管理を任されたあの日から、覚悟は完了しています。肌を磨き、貴方に相応しい身体を整えています……ですが、ここから先は貴方の口から聞きたいです」

 

 ──ああ。

 

 そして。

 俺は、愛しい妻と、我が子を得て。

 優秀なウマ娘を育てたトレーナーとして、講演会の依頼を受けていた。

 

「君達に、一つ言っておく事がある」

 

 大勢の新人トレーナーの前で言う事は、ただ一つ。

 

「担当ウマ娘との距離感は、絶対に間違えないようにすることだ」

 

 ──ふふ……貴方のお父様はね、本当は完璧に物事をこなせる人なのに……私の為を思って、敢えて隙を作っていたんですよ♪

 ──そうなんだー

 

 と。

 家を出る前の、妻と我が子の会話を、思い出しながら。

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