正しい男性観の守り方   作:セミズ

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ドーベルパートは全3話を予定しています


メジロドーベルとの適切な距離感の作り方及び男性観の守り方

  

 『声を、交わせないのなら』

 

 ウマ娘とは適切な距離感を保つ事が大事だと先輩に教わった。

 平たく言えば彼女達に入れ込み過ぎるな、未だ若い彼女達の男性観を壊してはならない、との事。

 

 入れ込み過ぎるな、とはどういう事だろうか。チーム制ならともかく専属トレーナーであれば生活の中心が担当の子になるのは当然の事である。

 そして男性観を壊すな、これも意味がわからない。

 いくら思春期の少女達が相手とはいえ、一介のトレーナーに過ぎない俺達が彼女達にそれほど影響を与える事ができるとは思わない。

 まぁ、何にせよ。

 

「……何?」

 

 俺の担当する彼女は、そもそもそれ以前の問題なのだが。

 

 メジロドーベル。恥ずかしがり屋で、人見知りで、特に男性が苦手なウマ娘。

 そんな彼女の担当を俺が任されている理由は、一重に彼女の前任者である専属トレーナーが急病で倒れ療養生活に入らざるを得なかったからだ。

 実績のあるベテラントレーナーで、それなりのご年配だった彼女。

 彼女はドーベルの事を「ベルちゃん」と呼び、またドーベルも彼女の事をとても良く慕っていた。

 

 そんなドーベルの前任者が病に倒れてしまったところ、現在フリーであり、尚且つ彼女と個人的に親しい仲である俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

 ドーベルも、「あの人の言う事なら……」と渋々ながらも俺の指導を受け入れてくれたわけだが……。

 

「ドーベル、さっきの模擬レースだけど、仕掛けるタイミングが少し早かった。あと全体的に焦りが見えた。本番が近くて焦るのはわかるけど、だからこそ落ち着いていこう」

「……」

「ドーベル。返事は?」

「……わかってる」

 

 ずっとこんな調子である。

 

 メジロドーベルは間違いなく優れた才能を持ったウマ娘だ。彼女が挑戦しようとしているエアグルーヴに勝るとも劣らない程の。

 だけど、このままでは俺は彼女の才能を引き出しきれない。

 男性観云々の前に、担当ウマ娘との信頼関係を築けないトレーナーなど論外である。

 

「次のチューリップ賞だけど、作戦は──」

「……いつも通り、でしょ。改善点もわかってる。何度も言わないで」

「あ、ああ……」

 

 次のレース。

 ドーベルの実力を十分に発揮できれば間違いなく勝てる勝負だ。

 しかし、俺は彼女とのコミュケーションが上手く撮れず、彼女は闘病生活にある前トレーナーへ勝利を捧げるのだと気負い過ぎてしまっている。

 全ての歯車が噛み合っていない。

 嫌な、予感がした。

 

 必ず、勝つから。

 

 そう言ってチューリップ賞に出走したドーベルの結果は、3着だった。

 敗因は仕掛けるタイミングが早すぎたこと。前回の模擬レースで指摘した点と同じだ。

 半ば暴走状態となった彼女はコース取りに失敗し、勝利を逃した。

 

 悔しい。勝てるレースを逃してしまった自分が。

 恥ずかしい。前任者の彼女の期待を裏切ってしまった自分が。

 情けない。ドーベルと信頼関係を築けず、彼女に十分な指導をしてやれなかった自分が。

 

「俺のせいだーーーー! 俺の、指導不足だーーーーー!」

 

 そしてその晩。

 俺は、校舎から生徒が帰宅し、周りには誰もいない事を確認してから、思いっきり大樹のウロに叫んだ。

 

 

「……何で、アンタは……」

 

 

 次の週。

 気持ちを切り替えてトレーナー室へ向かうと、既にドーベルがジャージに着替えて待機していた。

 

「いつもより早いな」

「別に。それより、早くトレーニングするんでしょ」

「ああ……」

 

 その日は、いつもよりもドーベルは素直に指示を聞いてくれた。返事も早い。

 しかし……。

 

「ドーベル、今日はここまでにしよう」

「……まだ、いけるけど」

「いや。明らかに疲労が残っている。これ以上はオーバーワークだ」

「……」

 

 これ以上負担を与えるのはドーベルの脚に良くないダメージを残す。

 そう判断してトレーニングを早めに切り上げたが、ドーベルは腑に落ちない顔をしていた。

 

 その後。生徒達が帰宅して、夜空に月が上る頃。

 気になってグランドを覗きに行くと、やはりドーベルが居残り練習をしていた。

 やはりチューリップ賞の敗北は悔しかったのだろう、少しでも力を付けたいという気迫が伝わってくる。

 しかしその走行フォームは乱れている。彼女のジャージに染み込んだ汗からも、身体の震えからも、明らかなオーバーワークであると見て取れた。

 

「……っ!」

 

 疲労からか、ドーベルの姿勢が大きくブレた。踏ん張りが効かず、足が縺れる。

 

「ドーベル!」

 

 慌てて駆け出し、倒れそうになったドーベルを受け止める。

 疲労状態にあった彼女は、素直に俺に身体を預けた。

 

「ごめん、ドーベル。俺の指導不足で……」

「なんで……」

「え?」

「なんで……アンタは、アタシのせいにしないの?」

 

 ゆっくりと、辿々しく。

 

「わかってる……つまらない意地張ってるのは自分の方だって……トレーナーの指示を無視して、オーバーワークして、倒れかけて……アンタが必死に考えてるのだって、わかってる筈なのに……」

「ドーベル……」

「なのに、なんでアンタは……」

 

 それでも、ドーベルは感情を言葉にする。

 

「何でって言われてもな……ドーベルを信じてるから、としか」

「……何それ」

「メジロドーベル。君は素晴らしい素質を秘めたウマ娘だ。だから、そんな君の力を引き出せないのは、俺のせいなんだよ」

 

 俯くドーベル。長い髪が垂れて、その表情はわからない。

 髪の隙間から微かに覗く、頬を伝うものは、汗か、それとも。

 

「……ごめん……なさい……」

 

 ぽつりと、彼女は謝罪の言葉を口にした。

 

 男性が苦手だからと、コミュニケーションを怠っていたのは俺だ。

 ドーベルに合わせた指導方法を考えず、彼女を追い詰めてしまった。

 

「……ゴメン。少し、一人にさせて……」

 

 

 それから、少し経って。

 ドーベルは、少しだけ素直になった。

 

 今までは俺から声をかけていたが、彼女から話しかけてくれる機会も僅かに増えた。

 しかし、やはり遠慮がちというか、何かを言おうとして、そのまま言葉を飲み込んでしまうことの方が多い。

 

 そんなドーベルとコミュニケーションをより円滑にするにはどうすればいいのか。

 悩んだ俺は、メジロマックイーンとメジロライアンに頭を下げて話を伺った。

 彼女を輝かせる為に、俺はどうすればいい? 俺に何ができる? 

 

 答えを知るには、俺一人で考えても無理だからだ。

 

「うーん……ドーベルもトレーナーさんの事が嫌いってわけじゃないんだよね」

「ええ。指導内容をよく復習していますし、あなたの事もよく評価していると思います」

「それでもやっぱり、対面すると緊張しちゃうのかなぁ」

「そこが難点ですわね……」

 

 人見知りで、男性が苦手。

 頭でわかっていても、俺と二人きりの状況だとどうしても緊張してしまう。

 コミュニケーションが辿々しくなってしまうのもそれが原因だ。

 どうにかして、俺に慣れてもらわないといけない。

 

 そして、足りない頭で考えて、思い付いた手段が一つだけあった。

 

「ドーベル! 俺と文通をしてくれないか!」

「……は?」

 

 彼女は眉根を寄せて俺を睨む。

 何言ってんだコイツ、と。口を開かずともその視線が雄弁に語っていた。

 

「ドーベルのトレーナーとして、ドーベルの事を知りたいんだ」

 

 コミュニケーションを取りたいが、対面すると彼女は緊張してしまいがち。

 であれば、その前段階として文通をして、お互いの人となりを知り、彼女に俺を慣れてもらう。

 それが俺の考えた結論だ。

 

「何それ、今時文通って……」

 

 その時、ドーベルが微かに笑った。

 俺の前では、いつも眉根を寄せて気難しい顔をしていたドーベルが、である。

 

「……うん、わかった。やろうか、文通」

 

 そして俺達は、夜な夜な文通を始めた。

 寝る前にその日の出来事や、自分の趣味のことや、共通の話題のことを書き記して、トレーナー室では封筒を渡すだけ。

 そして自分の部屋で内容を確認して、返信を書き記す。

 今時珍しいという言葉を通り越して、最早絶滅危惧種となりつつある便箋と封筒による言葉のやり取り。

 

 

 これがまた、意外と上手くいった。

 

 

「ねぇ、昨日のことは本当?」

「昨日のこと?」

「エアグルーヴ先輩のこと! 手紙に書いてたじゃない! 先輩が駄洒落の本を読んでたって──」

 

 少しずつお互いの人となりを知って、彼女は俺に慣れてくれたらしい。

 文通でのやり取りの内容をきっかけに、会話が広がるようになった。

 少しずつ会話のぎこちなさも減って、廊下ですれ違った時にも自然に会話ができるようになった。

 

 そして。

 

「はい、珈琲入れたよ」

「ありがとう」

「角砂糖一つと、ミルクはスプーン一杯分だったよね?」

「ああ。覚えてくれたんだな」

「別に。こんなの、見てたら気付くよ」

 

 桜花賞を前にして、ついに俺とドーベルは打ち解けられた。

 桜花賞に出走するウマ娘達のデータを確認していたら、ドーベルが珈琲を淹れてくれたのだ。しかも、俺の好みの味まで覚えてくれていて。

 

「今度こそ、勝つぞ」

「うん」

 

 前までの彼女なら、桜花賞のメンバーには勝てなかったかもしれない。最善を尽くしても2着だっただろう。

 しかし今のドーベルなら、俺達なら、きっと勝てる──そう確信して、俺達はミーティングを始めた。

 

 

 

『これがアタシのルーティーン』

 

「ルーティーンって知ってるよね?」

 

 桜花賞で勝利を勝ち取り、次のレースに向けて励んでいたとある日のこと。

 トレーナー室でプランを組んでいると、ドーベルがそんな事を言ってきた。

 

「うん。それが?」

「エアグルーヴ先輩、ストレスが溜まったら掃除をして発散するんだって」

「へぇー……でも掃除って、自分の部屋を?」

「それがね。担当トレーナーの部屋を掃除してるんだってさ。トレーナーさんもそれを理解してるからわざと散らかしてるんだとか」

「ほー……それは、なんというか」

「変わってるよね」

 

 クスリ、と彼女は小さく笑った。

 

「それで考えたんだけど……アタシのルーティーンって何かなって」

「うん」

「こうして、アンタに珈琲を淹れること」

 

 コトリ、と俺の前に置かれるマグカップ。偶然休日の日に鉢合わせたデパートで、彼女にプレゼントしてもらったもの。

 

「角砂糖は一つ。ミルクはスプーン一杯分。この珈琲を入れないと、何だか落ち着かなくて。別にアタシ、珈琲党じゃないのに」

「え、落ち着かなくなるの?」

「うん。だから、責任取ってよね?」

 

 責任とは、具体的に何だろう?

 そんな事を考えながらも、彼女の微笑みが綺麗だからまあいいかと、俺はドーベルが淹れてくれた珈琲の味を楽しむことにした。

 

 

『メジロの格式』

 

 お上品なティーセット。それは今までの俺の人生であまり縁が無かったもの。

 そして格式高い道具には、格式高い取り扱いというのが必要になるもので。

 

「ほら! 持ち手に指を通さない! やり直し!」

「何で俺が……」

「トレーナー!返事は!」

「はい!」

 

 何故か俺は、彼女にティーセットのマナーを叩き込まれていた。

 いや一般的に社会人に求められるマナーは理解しているつもりだったが、何故かドーベルがいきなりメジロ式マナー講習会(参加者俺一名)を開催したのだ。

 

「……こんなんじゃお婆様に紹介できないじゃない……」

「お婆様……? 近々会う予定でもあるのか?」

「っ! 何でもない! それより最初からやるよ!」

「はい……」

 

 その後も、俺がメジロの作法を完璧にマスターするまで講習会は続いた……。

 

 

『呼ばれたい名前』

 

 メジロドーベル。彼女と共にトゥインクルシリーズを駆け抜け、トリプルティアラを制覇した翌週のこと。

 

「ドーベル、次のトレーニングプランだけど……」

 

 ドーベルに声を掛けても、返事を返してくれない。何故だろう、また俺が何かしてしまったか。

 

「ドーベル? ドーベルさん?……あの、メジロドーベルさん?」

 

 眉根を寄せて、目線を左右に泳がせて。何か逡巡しているような、まるで出会ったばかりの頃のような。

 根気強く話しかけていると、ドーベルは突如「……むんっ」と気合を入れるように拳を握り、覚悟を決めた様子で口を開いた。

 

「……ベル」

「え?」

「ベルって、呼んでほしい。トレーナーに」

 

 ベル。

 それは彼女の前任者の、彼女の呼び方。

 その呼び名が許されたということは、つまり。

 

「ああ、わかった! ベル! よろしくな、ベル!」

「~~~ッ! あんまり連呼しないで!」

 

 照れた様子のベルに背中を叩かれる。めちゃくちゃ痛い。多分くっきりと指の形が背中に残った。だが、それ以上に嬉しい。

 あの──あのドーベルから、愛称で呼んでくれとまで信頼されるようになったのだから。

 

「あ……」

 

 そういえば、ふと思い出す。

 担当ウマ娘とは適切な距離感を取るように、と先輩に言われていた事を。

 

 これは、つまり──俺は、適切な距離感を作ることに成功したのではないだろうか?

 

「ベル、ありがとう……」

「な、何……急に」

「いや……俺達、理想的な関係を築けたなって」

「~~~ッ! もうっ!」

 

 そして、照れ隠しの大きな紅葉が背中にもう一つ。

 しかし、これもまた。

 

「ベルの信頼の形だな!」

「もう! アンタってヤツは──!」

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