専属トレーナーに男性観を破壊されるウマ娘は多い、なんて。
そんな噂を聞いた時は、バカじゃないのって思った。
アタシの今の専属トレーナーは二人目だ。
一人目のトレーナーさんはベテランの女性トレーナーで、アタシを娘のように可愛がってくれた。
指導も適切で、この人とならきっとエアグルーヴ先輩を超えられるって、そう確信していた。
トレーナーさんが、急病で入院するまでは。
今のトレーナーは二人目。それも、男性。
トレーナーさんが、この人なら安心してアタシを任せられるからと連れて来た男。
アイツの支持を聞く理由はただ一つ。あの人が信頼する人だから、ただそれだけ。
本当に、ただそれだけ──だったら、どんなに良かったんだろう。
ただの義務として接してくれたら良かったのに。
淡々と、業績のためだけに、アタシを指導してくれれば、それで良かったのに。
アイツは優しかった。
指導は適切だし、アタシの事を気遣ってくれているのもわかる。
大事にされてるっていうのも、伝わってきて。
だからアタシは、わからなかった。アイツとどうやって接していけばいいのか。
アタシが負けても、ただ自分のせいだと言って、決してアタシを責めないアイツ。
そんなアイツに、アタシは、ちゃんと謝ることもできなくて。
頭ではわかっているのに、向かい合うと、言葉が、出てこなくなっちゃって。
アイツも、それをわかってくれているから、あまり強くは踏み込んでこなくて。
ねえ、トレーナーさん。アタシは、どうすればいいの?
一歩踏み出そうとしても、目の前が見えない。
そんな時、アイツがこう言った。
「ドーベル! 俺と文通をしてくれないか!」
何それ。どういうつもり? 今時文通?
正直意味がわからないし、おかしくてつい笑っちゃった。
……だけど、アイツが必死に考えて、歩み寄ろうとしてくれている。
男性が苦手なアタシでも、ゆっくりと歩幅を合わせて、進んでいけるように。
だったら、こっちも。
お互い、一歩を踏み出せないなら、半歩ずつ踏み出せば。
「……うん、わかった。やろうか、文通」
そう思って、アタシは彼と文通を始めた。
──と、そんな昔の夢を見た。
いや、趣味である少女漫画の執筆の最中、寝落ちしてみる夢がコレって。
何故かヒロインの顔が毎日鏡で見るそれに似てしまったり。
何度書き直しても、男性役の顔がどこぞの誰かさんに似てしまったり。
どうしてか描いている途中に恥ずかしさが爆発しちゃうから、手詰まりを感じている最中に見る夢がコレって。
「……いやいや。そんなんじゃ、ないでしょ……」
頭を振って気分を切り替え。中断していたシーンを再開。
主人公の女の子が、意中の人に愛称で呼ばれるようになるシーンだ。
「……そう、そんなんじゃ……」
不器用で、素直になれないヒロインに理解を示してくれる意中の彼。
不器用で、やり方が古臭くて、それでもヒロインのことをまっすぐに見てくれる彼。
不器用で、ゆっくりでも、必ずヒロインと前に進もうとしてくれる彼。
そんな『彼』に、『ヒロイン』が愛称で呼ばれるシーン。
しかし、しかしだ。
あろう事か、この時。
カリカリとペンを進めながら、アタシはつい魔が刺してしまったのである。
『──ベル』
「~~~~~ッ!」
『意中の人』の吹き出しの中に、自分の愛称を入れて、羞恥心で悶える。
あまりの恥ずかしさに机から退きベッドにダイブ。
埋まる穴が無いので代わりに枕に頭を埋める。
側から見れば奇行と呼ぶ他にない言動。感情を発散させるべくバタバタと手足を動かすと、ベッドの支柱がギシギシと悲鳴を上げた。
「……落ち着け、落ち着け、アタシ……」
メジロ家の淑女たるもの、常に優雅であるべし。
自分に言い聞かせ、ふと窓ガラスに映った自分の顔を見る。
「……ぁ」
そこに映っている表情には、見覚えがあった。
専属トレーナーと二人で話をしている時の、エアグルーヴ先輩によく似た表情。
理想の女帝、理想の杖。
誰よりもお互いを理解し合うあの人達と、同じ表情。
「そっか。恋してるんだ、アタシ。アイツに」
声に出すと、さっきまでの醜態が嘘であるかのように心が落ち着いた。
描きかけのページを引き出しにしまい、明かりを消してベッドに潜り込む。
目を閉じると高鳴る心臓の鼓動。熱くなる体温。
それもまた、心地良い。
うん、もう、認めよう。
これはもう、『そんなん』だ。
「……責任、取ってもらうんだから……」
何の? それはもう、決まっている。
アタシの男性観をぐちゃぐちゃにした責任を、だ。