正しい男性観の守り方   作:セミズ

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メジロドーベルと適切な距離感を保ちながら歩む日々(挿絵付き)

 『ベルとのバレンタイン』

 

 

 適切な距離感を保つことが大事。

 それは凡そ全ての人間関係に於いて言える事であり、勿論トレーナーとウマ娘の関係も例外ではない。

 

 では、適切な距離感とは具体的にはどのようなものか?

 

 これが中々に難しい。

 ビジネスライクな関係を望むチームもいれば、親密にお互いを支え合うペアもいる。

 例えば実力者であるメジロマックイーンとそのトレーナーは自分達の事を一心同体に他ならないと謳っている。

 対して同じく天皇賞制覇の記録を持つタマモクロスとそのトレーナーは、互いの関係について素晴らしいビジネスパートナーだと公言している。

 要するに何をもって適切と断ずるかは人それぞれであり、常にお互いの関係値を意識した立ち振る舞いを心掛けなければならないのだ。

 

 ……とまあ、前置きが長くなってしまったが。

 多分俺は、担当の子との距離感は適切に作れていると思う。

 

「……ほら。今日……アレだから」

 

 こうやって、バレンタインデーにチョコレートを貰うことができているのだから。

 

「ベル……! ありがとう……っ!!」

「……大袈裟だって」

 

 感極まって思わず涙ぐむ俺に、ベルは苦笑いを浮かべる。正直なところ、彼女からチョコレートを貰えるとは思ってもいなかった。

 最初はまともな会話も難しくて、お互いにとって心地良い距離感をゆっくりと模索していたあの頃が懐かしい。

 打ち解けてからは彼女のことを『ベル』と愛称で呼ぶまで心許されたが、まさかまさかチョコレートを貰えるなんて!

 

「一生大事にする!」

「いやいや、すぐに食べてよ……折角、珈琲に合うように作ったんだから」

「え! 手作り!?」

「そうだけど……味は、大丈夫だと思う。マックイーンにも味見してもらったし……うん……」

 

 受け取った赤いチョコの小包とベルの顔を交互に見比べる。彼女の頬は包みの色に負けずとも劣らない濃さに染まっている。

 恥ずかしがり屋で緊張しがちな彼女が、ここまでしてくれたのだ。

 これはもう世界一のチョコと言っても過言ではない。

 

 「……どう?」

 

 髪先をくるくると弄りながら俺の感想を待つベル。

 ベルの言う通り、彼女が作ってくれたチョコは俺がいつも飲む珈琲の味に非常に良くマッチしていた。

 角砂糖一つとスプーン一杯分のミルクを入れた珈琲。そしてベルの作ってくれたハート型のチョコレートを味わう。

 至福の時間と言う他に無い。

 

「すっごく美味しい……ありがとう……それしか、言う言葉が見つからない……」

「だから大袈裟だって……でも、喜んでくれたなら良かった」

 

 安心して胸を撫で下ろすベル。

 そんな彼女に、俺もちゃんとした礼を返さねばという気持ちが強くなった。

 

 「お礼はちゃんとする! 期待してくれ」

「いいよ、そんなの。これが普段のお礼みたいなものだし……」

「いやいや、こういうのはちゃんとしておきたいんだ」

 

 人間関係の距離感の維持というのは、お互い受取りっぱなしでは上手くいかない。持ちつ持たれつが大事なのだ。

 いやいや、いいって。

 いやいや、お礼を。

 暫くそんな押し問答を繰り返していたが、やがてベルの方から根を上げた。

 

「はぁ……わかった。それじゃ、期待してもいいんだよね?」

「ああ、何か欲しいものはあるか?」

「欲しいものって言われても……あ」

 

 ベルの耳がピンと立つ。思い当たるものがあるのだろう。

 メジロ家の彼女に恥じない担当トレーナーとして叶えてやらねば。

 

「何が欲しい?」

「欲しいもの……っていうか……やって欲しいこと……かな」

 

 やって欲しい事。

 彼女のことだからそこまでの無茶振りは来ないだろうが、出来る限りの事は尽くそう。

 任せろ、と気合を入れて待ち構えていれるが、ベルが口にした事は以外とあっけない事だった。

 

「今度、お屋敷でお茶会をするんだけど……そこに……来て欲しい。トレーナーも」

「いいのか? 家族水いらずじゃなくて」

「トレーナーなら、いいよ……お婆様にも、紹介したいから」

「わかった」

 

 それがベルの望みなら勿論首を縦に振ろう。

 しかしメジロ家のお茶会。そこに俺が招かれた意味。

 これは即ち、教師の家庭訪問のようなものだろう。

 お婆様にトレーナーから見たベルの姿を沢山お話ししなければ。

 

 つい先日ベルにメジロのお茶会の作法を叩き込まれたのはこの為だったのか。

 うん! やっぱり俺は適切な距離感をこの上なく上手く作れているな!

 

【適切な距離感 Lv1 → Lv2】

 

 

 

 『ベルと福引』

 

 

 ある日、ベルと買い物に出かけた帰り──

 

「何だろう、あの人混み」

 

 いつもより人の賑わう商店街。どうやら福引をやっているらしい。

 特賞は温泉旅行券、一等は特上にんじんハンバーグ。

 しかし生憎福引券は持っていない。買い物ももう済ませてしまったし。

 折角だし福引券を貰うために珈琲の補充でもしておくかと話していると、そういえばとベルはバッグから一枚の福引券を取り出した。

 

「コレ、マックイーンにもに貰ってたんだった。きっとあなた達に必要になるものですわ、だって」

「へぇ……」

 

 それはまた、何ともタイミングの良い。

 有り難く使わせていただこう。

 

「でもアタシ、こういう時の運あんまり良くないから……トレーナー、引いてきてよ」

「え、でも俺もそんなでもないぞ。それにそれは君が貰ったものだろう?」

「うーん……」

 

 二人で悩んだ末、一緒に福引のレバーを回すことになった。

 その結果──

 

「おめでとうございます! 特賞温泉旅行券です!」

 

 ──見事! 最高の結果を引き当てた!

 

「……!」

「やったな!」

「この温泉旅館……もしかして……二人……アタシと……マックイーンはそのつもりで……?」

 

 スタッフからチケット入りの封筒を受取る。

 しかしベルは何処となくぎこちない。行先の温泉旅館について何か知っているのだろうか?

 耳と尻尾の動きからして、喜んでいることは間違いない筈だが。

 

「……ベル?」

「……あ、う、うん。そうだね、良かった」

「ああ。楽しんできてくれ」

 

 ベルに封筒を渡す。元より福引券は彼女が持っていたものだから、受け取る権利は彼女にある。

 

「……は?」

 

 しかしベルは封筒を受け取ろうとしない。そればかりか、眉根を寄せて睨まれてしまった。

 彼女にこの眼差しを向けられるのは久しぶりな気がする。

 

「いや、マックイーンやライアンとか、カワカミプリンセスと一緒に行くんじゃないのか?」

「…………はぁ。そうだよね。アンタならそう言うよね」

「……ベル?」

「ううん、何でもない。ねぇ、それ預かっててもらっていい?」

「俺が?」

「うん。まだまだ気は抜けないし。今年はエアグルーヴ先輩との対決に集中したいから」

「わかった」

 

 そういう訳で、ベルの温泉旅行券は俺が預かっておく事になった。

 きっとかけがえない友人との温泉旅行になる筈だ。大事に取っておかないとな。

 こんな大事なものを預かる役割を任されるということは、適切な距離感が築けている証拠なのだから。

 

 

 『ベルとファン感謝祭』

 

 

 ファン感謝祭は応援してくださる方々と直接触れ合い礼を言うことの出来る貴重な機会だ。

 毎年この日は多くの人が学園に訪れてくれる。

 更に今年はあの謎のカリスマ勝負服デザイナービューティー安心沢が来るという事で話題性は抜群。

 

 ベルも以前ビューティー安心沢にデザインしてもらった勝負服を纏い、ファン感謝祭に臨んだのだが──

 

「良い! 良いわぁ! とってもビューティーよあなたたち!」

 

 ──何故か、俺までベルと一緒にビューティー安心沢の前に立たされている。

 それも、ベルの勝負服と対になるようなタキシードを着せられて。

 

 事の発端はこうだ。

 ビューティー安心沢は真っ赤なリムジンで学園に到着すると、真っ先に俺とベルの元を訪れた。

 

「うふふ!ドーベルちゃんったら前よりも更にビューティーよ! そして! そのビューティーなる輝きを引き出しているのは……あなたね!」

 

 ウマ娘のスタートダッシュに匹敵する程の機敏な動きで俺を指差すビューティー安心沢。

 正直言って変人の類だが良い仕事をするのは間違いないので対応に困る。

 

「キュピーンときたのよ! トリプルティアラの時のドーベルちゃんの顔に! 女のコが可愛くなる方法、ドーベルちゃんがそれを知っているのはあなたがきっかけに違いないわ!」

 

 どうなんだろうか、とベルに視線を向ける。答えは無くただ目線を逸らされた。

 

「そして! 今日という日はそんなあなた達をもっともっと輝かせるための日になるのよ!」

 

 そんな俺達を置いてきぼりにして安心沢がパチンと指を鳴らすと、恐らく彼女のお付きのスタッフであろう黒服を着た女性がキャスター付きのハンガーラックを押しながら現れた。

 それに吊るされていた衣装は、もう言うまでもないだろう。

 

「時はビューティーよ。老いるのはあっという間。そうなる前に、今こそあなた達のキラメキを披露する時だわ!」

 

 そんな風に安心沢に背中を押されて──押し出されて──俺とベルは、この格好でファンの皆様の対応をする事になった。

 生徒達や来場者には概ね好評のようだが、ベルの頬は赤く緊張しているようだ。大分克服してきているとはいえ彼女は恥ずかしがり屋で人見知りである。

 

「少し休もうか?」

「……もう少し、頑張らせて」

「分かった」

 

 トリプルティアラを獲得した事でベルは一躍有名になった。そのお陰で彼女との交流を望むファンも多い。中には距離感を間違えてしまうファンもいるかもしれない。

 そんな時こそ、ベルと適切な距離感を築いている俺の出番だ。何かあればすぐ対応できるように俺は彼女の傍に立ち続けた。

 しかしベルは、最後まで俺の手を借りる事なくファンとの交流をスムーズにやり切った。ベルの見事な対応に、ファンの方々もより一層ベルを応援してくれると言ってくれた。

 ……まあ、一番側で一番多く彼女の笑顔を見る事ができたのは俺なのだが……そこはファン最古参かつ彼女のトレーナーの役得として許していただきたい。

 

【メジロドーベルのやる気は絶好調をキープしている】

【適切な距離感 Lv2→Lv3】

 

 

 

『ベルと夏合宿』

 

 

 夏合宿は能力を向上させる絶好の機会だ。

 自然豊かでありながらも過酷な環境で身を鍛え、お休みする時も海でリフレッシュできる。

 トレセン学園の名高いG1ウマ娘は殆どがこの機会を利用して大きく成長している。

 俺とベルもその例に漏れず、過酷な環境下で更に能力を伸ばすべくトレーニングに励んでいた。

 しかし合宿中常に全力を出していてはすぐに力尽きてしまう。何事もメリハリが大事だ。

 

「今夜、お祭りがあるんだって」

 

 そんなワケで、毎年合宿所の近くで開催されている夏祭りは生徒達の間で息抜きとして話題になっている。ベルが羽を伸ばしたいというなら勿論断る理由は無い。

 

「わかった。マックイーン達と一緒に行っておいで」

「うん……トレーナーも、来るよね?」

「ちょっと他のトレーナーとの打ち合わせがあるから。その後にね」

 

 そう告げて友達と一緒に夏祭りに向かう彼女を見送ったものの、大分打ち合わせが長引いてしまった。

 

「よっと……」

 

 待ち合わせ場所に指定された場所は、高台にある境内。

 その石段に腰掛けてベルを待っていると、5分も待たないうちに彼女は駆け付けてくれた。

 

「ごめん、遅くなった」

「ううん。大丈夫」

 

 俺の隣に腰を下ろして、楽しそうに夏祭りの出来事を伝えてくれる彼女。

 綿飴製造機で顔よりもデカい綿飴を幸せそうに頬張るマックイーンの写真や、射的で緊張し過ぎて銃身をへし折ったカワカミの逸話などなど、話を聞いているだけでこちらも楽しくなる。

 

そして、少し経つと轟音と共に夜空に大輪の花が咲いた。星々に勝るとも劣らない色鮮やかな光。

この境内はベルがエアグルーヴに教わった絶好の花火スポットなのだとか。

ちなみに今は俺達しかいない。ベルにこの場所を教えてくれた彼女は生徒達の安全確認のためトレーナーを連れて浜辺に行ったらしい。

 

「ねぇ、また来よっか」

 

最後の花火の打ち上げが終わり、ベルが腰を上げて石段を降りる。

 

「そうだな。来年もまた合宿はある」

「そうじゃなくて」

 

 ベルがこちらに振り向く。数段下に立つ彼女と、まだ腰掛けたままの俺。

 目線の高さを合わせて、彼女は口角を上げた。

 

「二人で、来ようよ。合宿じゃ、なくて」

 

 

『ベルへの手紙』

 

 

 エリザベス女王杯。

 俺とベルの3年間が試されるレース。

 ベルが、エアグルーヴに挑むレースだ。

 女帝の背中を追い続けて来たベルは、果たして女帝の背中を超える事は出来るのか。

 

 そして、ベルが越えるべき壁はエアグルーヴだけじゃない。

 カワカミプリンセスもまた、ベルと切磋琢磨してきた手強いライバルだ。

 

 俺は、ベルと歩んで来た三年間は決して彼女達に劣るものでは無いと信じている。

 だが──

 

「……大丈夫、絶対勝つ……!」

 

 ──ベルは、明らかに気負い過ぎていた。

 

 思い出すのはチューリップ賞のあの頃。

 前任トレーナーを想い、気負い過ぎて暴走してしまったあのレース。

 あの時は、言葉を交わしてもベルには届かなかった。

 彼女と心を通じ合わせた今、緊張を解くために俺がするべき行動は。

 

「ベル、これを」

「?……何これ」

 

 控室で落ち着かない様子のベルに一枚の封筒を渡す。

 彼女が怪訝な顔をしながらも開封すると、そこには一枚の便箋。

 

 『大丈夫。落ち着いて実力を発揮できれば、今の君なら勝てる。

  君を、信じている。』

 

 それは、そんなありふれた激励の言葉を乗せた、一枚の手紙。

 

「……ごめん、何これ?」

「ベルに何て言葉を掛けようか思い付かなくて……そしたら、思い出したんだ。声を掛けられないなら、昔みたいにやろうって」

「それが……これ?」

 

 足りない頭で必死に考えた結果がこれだ。

 口ではなく、文で言葉を伝える。

 だがしかし、俺は失念していた。

 あの時と違って、そもそも伝えるべき言葉の選び方がわからないのだから。

 お陰で随分と陳腐なメッセージになってしまった。

 

「ふふっ……何それ、今更文通って……」

 

 だけど、ベルは笑ってくれた。彼女の肩に入っていた力が、確かに抜けた。

 

「うん、頑張るよ。絶対勝つから、見てて」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 『ベルのクリスマス』

 

 

 12月後半、クリスマス。

 ベルと過ごした三年間もついに終わりを迎えようとしている。

 外には雪が降り積り、街は煌びやかな明かりに包まれている。

 

 そんな中、俺は一人寂しくトレーナー室で業務に追われていた。

 

 ベルは手伝うと言ってくれたが断った。

 こんな大事な日を、俺の仕事の手が遅いなんて理由で潰すわけにはいかない。

 それにこれは小耳に挟んだ話だが、今日はメジロ家でパーティーがあるらしい。

 猶更俺の手伝いなんかで彼女の時間を潰すわけにはいかない。

 

「ふー……」

 

 夜の19時になって、漸く業務が一段落着いた。

 少し休憩してから帰るか。ノートPCを閉じてそう独りごちるとトレーナー室のドアが開く。

 

「やっぱり、まだ残ってた」

「あれ? メジロ家でパーティーやるんじゃなかったのか?」

 

 キッチンで料理の練習をするベルの姿を何度か見掛けたので、てっきり今頃みんなベルの料理に舌鼓を打っている頃かと思ったのだが。

 

「そのつもりだったけど。気付いたら味付けが誰かさん好みのものばっかりになっちゃったから」

「?」

「角砂糖は一つ。ミルクはスプーン一杯分……そんな珈琲が好きな人の舌に合うような味付けのものばかりになっちゃって。こんなんじゃお婆様にお出しできないよ」

 

 そしてベルが運んで来た料理の数々。

 チキンやサラダ、ケーキ等々オーソドックスなクリスマスのメニュー。

 彼女の言っていた通り、それらは全て見事に俺の好みに合致していた。

 有り難みに涙が止まらない……!

 

「ありがとう……人生で最高のクリスマスだ……」

「だから、大袈裟だって……それに、これを最高だって思われたら困るよ」

「え?」

「来年も、再来年も、その先も……ずっとクリスマスはあるんだから」

 

【適切な距離感 Lv3 → Lv4】

 

 

 

『ベルとの温泉旅行』

 

 

 忙しかった日々も一段落付いた頃。

 ベルが珈琲の準備をしながら、こう声を掛けてきた。

 

「ねえ、アレ確かトレーナーに預けてたよね?」

「アレ?」

「温泉旅行券。福引で当てたやつ」

「──ああ! アレか!」

 

 レースに集中したいからと預かっていたあの券。確かに色々と落ち着いた節目である今ならちょうどいいタイミングかもしれない。

 引き出しに仕舞っていた封筒を取り出し、ベルに渡す。

 

「お土産よろしくな」

「……アンタは、お土産選ぶ側だけどね」

「え?」

 

 何と、ベルが温泉旅行に誘う相手はメジロ家のメンバーでも友人のカワカミプリンセスでもなく、俺だった。

 

「……俺でいいのか?」

 

 もっと、旅行を楽しめる相手がいるんじゃないか?

 そう聞いて帰って来た答えは──

 

「……アタシじゃ、ダメなの?」

 

 勿論、そんな筈は無い。

 こうして、俺とベルの温泉旅行が始まったのだった。

 

 

 ……

 

 

「ふぅ……いいお湯だったね」

 

 温泉で疲れを癒やし、ベルと部屋の前で合流する。

 

「ちょっとのぼせちゃったかも……ねぇ、ちょっと付き合ってよ」

 

 ベルに連れられて旅館の周囲を軽く散策する。夕食の時間まではまだ少し余裕があった。

 温泉で火照った身体に、外の空気が程よく心地良い。

 空を見上げれば、少しづつ星の輝きが見え始めていた。

 

「……どうして、俺を誘ってくれたんだ?」

 

 返事は無い。

 その代わりに、ベルの身体がふらりと俺の方によろめいた。

 慌てて腕を差し出し、彼女を受け止める。

 

「大丈夫か!?」

「うん、平気……アンタが、受け止めてくれたから」

「そうか……」

 

 ベルは膝を伸ばして立ち上がる。その手は、俺と繋いだままで。

 

「……アタシがこういう事できるのは、アンタだけだから」

「ベル……」

「……うん。まだ、のぼせてるみたい……もうちょっと、お散歩付き合ってくれる?」

「わかった」

 

 その後は、色々なことを話した。

 出会った時のこと、レースのこと、先輩のこと、友達のこと、そしてこれからのこと。

 お互い話が止まらなくて、このままじゃ喉を傷めちゃうねとベルが言ったので、途中から旅館のメモ用紙を使って手紙で言葉を交わした。

 夕食に舌鼓を打ち、温泉から上がって大分経つのに、俺もベルもずっとのぼせっぱなしだった。

 

 メジロドーベルとの間に、かけがえのない絆を感じたひとときだった……。

 

 

 

 『ベルとのこれから』

 

 

 こうして俺とベルの3年間は終わった。

 ベルの前任者のトレーナーの病気もすっかり良くなったが、寄る年波には勝てぬと引退する事にしたらしい。

 

『それに。今のあなたよりベルちゃんを任せられる人はいないわ』

 

 最後にそう言って、彼女はトレセン学園を去って行った。

 

 そして、俺とベルは今──

 

「ああ……! どうしようトレーナー! どうしよう……!」

「お、おお落ち着けベル!」

 

 ──盛大に、テンパっていた!

 

 事の始まりは、カワカミプリンセスが開催したお茶会のお誘いを受けたこと。

 この3年間で彼女も怪力の制御方法をある程度学び、途中まではつつがなく進んでいたのだが。

 

『やっぱりお二人は運命のお相手ですのね! 素敵ですわ~~~~ッ!』

 

 と、お茶会に参加していた俺とベルのやり取りに何やらおかしなものが見えてしまったらしい。

 興奮した彼女はティーセットを叩き割り、その結果として俺とベルは紅茶でずぶ濡れ。

 既に紅茶が冷めていたので幸いにも火傷は無く、破片等で怪我をすることもなかった。

 

 勿論それだけならこんなにテンパる事はない。

 問題は、この後だ。

 

「ドーベル! お婆様がいらっしゃいましたわ!」

 

 突然、メジロのお婆様が学園を訪れたのだ……!

 

「え……ええ!? このタイミングで!?」

 

 そう。前々からベルが口にしていたメジロ家のお婆様がおいでなすったのだ。

 ちなみに以前開催されたお茶会では結局お婆様に急用が入ったとかで、顔合わせをする事は叶わなかった。

 その後もタイミングを逃しに逃し、挨拶も出来なかったのだが──まさか、向こうからお出でになるとは。

 

「どうしよう! 紅茶塗れのファーストコンタクトとかご無礼にも程があるよな……!?」

「わ、私のせいで! かくなる上は腹を掻っ捌いてお詫びを~~~!」

「落ち着いて! 今から寮に戻って着替えるのは時間が無いし、今すぐここで着替えられるのは勝負服くらいしか……あ」

「……あ」

 

 顔を合わせる俺とベル。

 閃いた内容は、きっと同じ

 

 

「うん……メジロ家のお婆様にご挨拶だからな……勝負服を着るくらい気合い入れても、おかしくない……よな?」

「うん…………多分…………」

 

 ちょうどトレーナー室に保管していた衣服。それはビューティー安心沢の仕立てたウェディングドレス風の勝負服と、それの対になるようにデザインされたタキシード。

 場違いだと言われれば頷くしかないが、紅茶塗れの衣服でお出迎えするよりはマシ……の、筈。

 

「メジロ家の作法は……大丈夫だよね?」

「ああ。徹底的に叩き込まれたからな」

「じゃあ……行くよ」

 

 こうして、俺とベルはお婆様の元へ歩き出す。

 きっとこの先も、色んな嬉しいことや苦難が待ち構えているんだろう。だけどきっと、ベルとなら乗り越えていけると思う。

 

 お互いの存在を感じる距離で、二人一緒に歩幅を合わせる。

 これが、俺と彼女の適切な距離感に違いないのだから。




といったところで一旦このシリーズは終わります
他に書いたネタも有るには有りますが、ちょっとここに投下するには練り上げが足りないので……
気が向いたら恐らくまた書くと思います

当シリーズを最後までお読みいただきありがとうございました

ご参考までによろしければ。どのお話が良かったですか?

  • エイシンフラッシュ
  • フジキセキ
  • タマモクロス
  • メジロドーベル
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