正しい男性観の守り方   作:セミズ

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フラッシュフジドトウが実装されて嬉しい…
どのストーリーも好きです

それはさておき、今回の更新は没にしようと思ったけどお蔵入りも勿体なく感じたので結局投下した感じのネタです

『魔法使いさんと奇跡の一幕』
このシリーズにおいて、フジとトレーナーが距離適性をどうやって乗り越えたかのお話。伊達男とフジキセキでアプリ寄りストーリー書こうと思ったけど力尽きた

『寝ボケとるんとちゃうか』
このシリーズにおける、ある日のタマモクロスとオグリキャップのお話
思ったより話膨らませられなかった

『指輪と手記と距離感と』
こっちに投稿するには練り込み不足だから没ネタにしようとしたけど勿体なくなって投稿

『君と俺と星の距離』
同上


没ネタ『魔法使いさんと奇跡の一幕』『寝ボケとるんとちゃうか』『指輪と手記と距離感と』『君と俺と星の距離』

『魔法使いさんと奇跡の一幕』

 

 これはフジとクラシック三冠へ挑み始めたばかりの頃の話だ。

 

 フジの脚は完治し、皐月賞において彼女は期待通り勝利を得た。

 元より才能に溢れた彼女である。適切なトレーニング方針を示してやれば、三冠も夢ではない――と、そう思っていたのだが。

 

「距離適性……さて、どう伸ばしたものか」

 

 フジキセキというウマ娘の才能が最も発揮される距離はマイル。次が短距離。

 中距離はギリギリ戦えるが、長距離となると――控えめな表現をしても、苦しい戦いを強いられると言わざるを得ない。

 そしてこの問題は体質による面が大きく、ただ単純に鍛えてどうにかなるという話ではない。

 

 ――だからこそ、挑みがいがある。高いハードルを越えた先のカタルシスを、君と分かち合いたいんだ。

 

 だが、フジは三冠路線へ挑んだ。

 彼女の適性を最も活かせるマイルではなく、より困難な道を選び、奇跡を魅せる方を選んだ。

 普通に考えれば、より適性の合う路線を選ぶべきなのだろうが――俺も、見たかったのだ。

 フジキセキが困難を成し遂げ、幻を現実に変える様を。

 

「……時間がいくつあっても足りないな」

 

 そんな訳で、俺は今図書館で資料を集めている。

 彼女の脚の切れ味を更に磨き、距離適性を伸ばす。

 言葉にするのは簡単だが、実現するとなれば今まで以上に綿密なトレーニングプランが必須となる。

 フジからは魔法使いさんと呼ばれ、彼女の脚が治った際には周りからも奇跡を起こしたトレーナーだの囃し立てられたが、こればかりは残念ながら指パッチン一つで解決できる問題ではない。

 どんな奇術も仕込みから。如何に見てくれが優雅であったとしても、それは積み重ねられた修練という土台があってこそ。

 フジと一緒に夢を見て、奇跡を起こす――その為に、俺も知識を増やさなければ。

 

「……あ、待てよ。距離適性といえば……」

 

 三冠、そして距離適性。頭を巡らせていると、思い当たるウマ娘が一人いた。

 

「ミホノブルボンのトレーナーに話を聞いてみようか……」

 

 当初スプリンター路線で期待されていたミホノブルボンというウマ娘と共に三冠路線を目指したトレーナー。

 彼の話はきっと参考になることだろう。

 ある意味で敵同士である俺に、そう簡単に話を聞かせてくれるかは分からない。

 もしかしたらまた勢いに任せて、公衆の面前で土下座をするかもしれない。

 

「……まぁ、下げられる頭ならいくらでも下げるさ」

 

 険しい丘に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である。

 しかしレースまでの時間が限られている以上は、道を間違えるわけにはいかないのだから。

 俺は読み終えた本を棚に戻し、また幾つかの本を借りると、図書室を後にした。

 

 

「……フジにはとても、見せられないけどな」

 

 フジには余計なことに気を回してもらいたくはない。

 俺は『魔法使いさん』でなければならないのだから。

 

 

 ◆

 

 

 種も仕掛けもございません。

 それは多分、マジックショーを見たことがある人なら誰もが一度は聞いたことがあるんじゃないかな。

 勿論私――フジキセキも何度も聞いた覚えがあるし、何度も口にしたことがある。

 トレーナーさんだって同じ筈。

 私達は魔法を見せて、みんなを驚かせて、そして笑顔にする。

 勿論、実際には種もあるし仕掛けだって考えているけれど、それを観客に悟られてはならない。

 種と仕掛けがバレた瞬間から、それは魔法ではなく手品になってしまうのだから。

 

「あ、ロブロイ。トレーナーさんを見なかったかい?」

「あ、ハイ。さっきまでそこにいましたよ」

 

 ある日のこと。

 トレーニングプランについて彼に相談しようと図書室を訪れたけれど、どうやらすれ違いになってしまったようだ。

 

「あ、あの……クラシック三冠、頑張ってください!」

「ふふ、ありがとう。どんな英雄譚にも負けない奇跡をお見せするよ」

 

 応援してくれるロブロイに礼を返し、トレーナーさんにチャットアプリで連絡をする――前に。

 

「……ねえロブロイ。トレーナーさんが借りていった本はこの棚にあったやつかな?」

「はい。他にもレースの資料や、過去にダービーや菊花賞で優勝したウマ娘について調べていたみたいですね」

「成程ね……」

 

 アタリを付けてロブロイに聞いてみたけど、予感は的中していたみたいだ。

 私の距離適性から考えると容易とは言い難いクラシック三冠への道のり。

 かつての私なら、『魔法使いさん』ならきっと何とかしてくれるって思っていただろうけど。

 

 

「……トレーナーさん。君はやっぱり、魔法使いさん(手品師)じゃない」

 

 

 ロブロイに確認させてもらった貸出履歴からしても、彼が借りた資料はそんなにすぐに読み終わるものではない。

 だけど多分、彼はすぐに適切なトレーニングプランを組み立ててみせるのだろう。

 何でもないような顔をして、努力の跡だって見せないつもりなんだろう。

 でも、私は知ってしまった。彼の素顔を。

 恥も外聞も仮面も投げ捨てて、人に頭を下げて、自分が出来ることをして、私の脚を治してくれたその努力を。

 

 

「だけど、間違いなく……私に、魔法(奇跡)を見せてくれる人なんだろうね」

 

 

 だったら私も、全力で答えよう。そして彼に返せるものを、返そうじゃないか。

 私は改めてロブロイにお礼を言って、図書室を後にした。

 

 

 

 

『寝ボケとるんとちゃうか』

 

 

 みんなと出会ってから、もう何度目の春がやってきたのだろうか。

 そして最後にこの桜並木の道をみんなと歩いたのは――もう、何年も前のことだろうか。

 あの頃に比べると随分と寂しくなったけど、もう慣れてしまった。

 私一人でも、道に迷うことはなくなった。

 

「タマ。久しぶりだな」

 

 そして辿り着いた目的地――とあるお墓の前で、私は手を合わせる。

 皺の増えた手と、白い部分が増えた髪の毛。

 私も、もしかしたらもう少しでそっちに行くかもしれないな――なんて言ったら、多分タマに叩かれてしまうだろう。

 

「そっちでは元気でやっているか?……なんて、聞くまでもないんだろうな」

 

 私の呟きに返事をするように、風が吹いて桜が舞う。

 灰色の墓石が、ピンク色に彩られていく。

 

「……そういえば、言っていたな。もし自分が恋をしたなら、桜の下に埋めてもらって構わないと」

 

 見上げた先には立派な桜の木。

 そしてこの石の下には、タマと、タマが愛したとある男性が眠っている。

 

「有言実行とは、流石だな。タマ」

 

 更に一際、強い風。

 私にはそれが、タマの力強いツッコミのようにも聞こえた――

 

 

「――という、夢を見たんだが」

「あんなオグリ。ツッコミどこしかないのはボケとして成立せぇへんのや」

 

 

 ◆

 

 

「んなこと言われてなー?……ったく、調子狂うっちゅーねん、ホンマ」

 

 オグリの話を聞かせてやる相手は、電話の向こうにいる家族。

 寮に備え付けの電話のコードを指にくるくると巻き付けながら、思い返すのはさっき言われた言葉。

 

 ――大体な、ウチとトレーナーはそういうんとちゃうで! ビジネスパートナーや!

 ――? 私は、トレーナーとは一言も言っていないが……。

 

「確かにな? ウチとトレーナーはいわば人バ一体一心同体一連托生以心伝心っちゅーやつやで?

 でもな? オグリの言うような関係とはちゃうからな?……ちなみに、今のツッコミどこやで」

 

 あんなこと言われたせいで折角のボケもキレが悪い。

 電話の向こうでチビ達が反応に困る顔が浮かんだわ。

 

「……ん? トレーナーに会いたい? ま、今度行く時会わしたるわ。挨拶したいって言うとったしな、アイツも。

 ……あ? 姉ちゃんのカレシの顔見たい? だからちゃうって言うとるやろボケ!」

 

 思わず受話器を叩き付けそうになった。ここが自室で電話がウチのケータイやったらブン投げたかもしれん。

 

「……大体、アイツがウチのことそんな目で見とるとは思わんわ……ったく」

 

 もしトレーナーに、ほんのちょびっとでもその気があれば今頃――と、一瞬でも想像しかけた未来を首を振って掻き消す。

 

「寝ボケとるんとちゃうか、ウチ」

 

 

 

 

『指輪と手記と距離感と』

 

 

 トレーナーたるもの、ウマ娘とは適切な距離感を保つべし。

 何度聞かされたかも覚えていないこの言葉。

 新人研修でも講演会でも理事長からの挨拶でも度々聞かされ、今ではトレーナーと入力すると予測変換で『適切な距離感』と出て来るレベルだ。

 彼らが繰り返し言い含めるのも理解は出来る。俺達トレーナーは一人のウマ娘だけを担当するわけではないのだから。

 トレセンのウマ娘は多感な思春期の少女だ。お互い入れ込み過ぎてしまうのは余り宜しくないだろう。

 

 という訳で俺は、トレセンの外に恋人がいる──と、そう思わせる事にした。

 ダミーの指輪を左手の薬指に付ける。所謂匂わせというヤツだ。

 これで担当の子が掛かり気味になる事はあるまい。

 

「よーし! 今日もがんばるぞー!……ぉ?」

 

 早速、俺の担当の子──マチカネタンホイザが指輪に目線を向けて目を丸くした。どうやら効果はあるようだ。

 よし、俺も頑張るぞ!

 

 ◆

 

 ・とあるウマ娘の手記

 

『ビックリしちゃった! トレーナーさんが指輪付けてるんだもん』

 

『最初は恋人がいるのかなって思っちゃって、胸がズキズキしちゃって』

 

『でもトレーナーさんは毎日私に付き合ってくれてるし、そういうことするヒマは無いと思うんだけどなぁ』

 

『お休みの日とかお出かけの時もそういう相手とかいないはずだし』

 

『有り得るのは桐生院さんとかたづなさんだけど、そしたらあの人達も指輪付けてるはずだし』

 

『ウソなのかな』

 

『でもウソだとしたら 何でそんなウソつくんだろう?』

 

 ◆

 

 俺の策は見事に効果を発揮しているらしい。

 あれからタンホイザが掛かり気味になるような感じはない。

 

「でね! 昨日後輩の子達と喋ってたんだけど──」

 

 トレーナー室に向かう途中、こうして一緒に階段を歩きながら笑顔を見せてくれるタンホイザ。

 そして、誰にでも優しい彼女を隣で見ていて、ふと思う……そもそも最初から指輪を付ける必要もなかったのでは?

 担当ウマ娘が掛かり気味になるケースなんてのは稀だし、ある種の思い上がりでもあるのでは?

 タンホイザはみんなに優しいし、可愛い笑顔を見せてくれる。掛かり気味だったのは俺の方なのでは?

 そう思うと途端に指輪を付けるのが恥ずかしくなってきた。だけど半端に終わるのは良くないし、少なくともタンホイザの担当でいるうちは続けようと思う──と!

 

「で、そこでダイヤちゃんがスイッチを──っ!?」

「タンホイザ!」

 

 階段から足を踏み外しそうになったタンホイザを慌てて止める。

 咄嗟のことだったので思いっきり抱き締めるような体勢になってしまったが、怪我もないようで何より。

 

 ◆

 

 ・とあるウマ娘の手記

 

『やっぱりトレーナーさんの指輪はウソだと思う』

 

『恋人さんがいるにしては、食生活とか変わってないし。この前お部屋にお邪魔した時もそういうの無かったし』

 

『色々と無防備だし』

 

『じゃあ何で? そういうファッションなのかな?』

 

『っていう風に考え事しながらお喋りしてたら階段で転びそうになっちゃって』

 

『そしたら、トレーナーさんに抱きしめられちゃった!』

 

『すっごくドキドキした! 今日は眠れないかも』

 

 ◆

 

 今日は何と素晴らしい日だろうか。

 ついに、ついについに! タンホイザが G1での勝利を勝ち取った!

 

 最近のタンホイザはいつも以上にやる気に満ち溢れていて、空回りする事もなくなった。

 あと何というか、前よりもさらに可愛くなったというか……リボンの色とかアクセサリーがちょくちょく変わってたりして、変化が楽しみになっている。

 

 ……話が逸れたが、とにかく嬉しい。

 接戦でゴールしたタンホイザとハイタッチして、思わず彼女を抱きしめてしまった。

 完全に勢い任せの行動だったが、タンホイザが相手なら問題はないだろう。

 指輪のお陰で、そういう対象として見られる事はないはずだし。

 

 ここがゴールではないが、とにかく今日は盛大に祝おう。

 俺は新しいチューハイの缶を開けた。

 

 ◆

 

 ・とあるウマ娘の手記

 

『イクノ式恋愛メソッドは凄い!』

 

『友達に相談したら恐らくそれはあなたの気を引くための行動でしょうって言われて、凄くビックリしちゃったけど』

 

『そしたら私も、もっともっとキレイでカッコいい姿を見せなきゃ!って張り切れた』

 

『そしてついにG1勝利! ぶい!』

 

『トレーナーさんも抱き締めてくれたし、私がリボンとかシャンプーとか変えるたびに気づいてくれるし……これって、そういうことだよね?』

 

『トレーナーさんも立場があるから、あまり踏み込めないだろうけど』

 

『今はまだ、ガマン……だよね?』

 

『……うん。トレーナーさんもハシャギ過ぎてたし、もしかしたら明日は二日酔いになっちゃってるかもしれないし』

 

『明日はお休みだけど、トレーナーさんの部屋にお邪魔しちゃおっかな』

 

 ◆

 

 三年間の疲れを癒す温泉旅行。今までずっと忙しかったが、久しぶりにのんびりできる。

 そう思っていたのに。

 

「タンホイザ!落ち着いてくれ!」

「わかってる!大丈夫だよトレーナーさん!」

 

 俺を布団に押し倒したタンホイザは間違いなく掛かってしまっている。

 どうした!? 何があったんだ!?

 疑問と混乱は尽きないが、とにかく鋼の意志だ!

 

「! そうだ、タンホイザ! この指輪! 俺には好きな人がっ」

「うんうん! それって私のことだよね!?」

 

 何で、どうして!?

 とにかく、なんでもいいからタンホイザを落ち着かせないと──

 

 

 ・とあるウマ娘の手記

 

『二人っきりで温泉旅行』

 

『トレーナーさんは私が好きで』

 

『私はトレーナーさんが好きで』

 

『それで、温泉に誘ってくれるって』

 

『もう、そういうこと……だよね?』

 

 ◆

 

 

 ──マチカネタンホイザと、かけがえのない絆を感じるひとときを過ごした……。

 

 

 ◆

 

 

 

 そんな、夢を見た。

 

 

 朝、キッチンから漂う香ばしい匂いとフライパンがジュウジュウ焼ける音で目が覚める。

 朝食は当番制で、今日は妻の番の日。しかし手持ち無沙汰なもので、ついキッチンへと足を運んだ。

 

「おはよう。手伝うよ」

「おはよー。それじゃあ食器の準備お願い!」

 

 口付けを交わし、妻──タンホイザの言う通りに皿を用意する。

 フライパンを持つ彼女の指と、皿を並べる俺の指には同じ銀色の煌めき。

 彼女の現役時代はこんな日々が来るなんて思いもしなかった。トレーナーと教え子として間違いなく適切な距離感を作れていた筈なのだから。

 

「いただきます」

「いただきまーす♪」

 

 二人揃えて手を合わせ、食事をとりながら今日の予定を確認する。

 タンホイザがサブトレーナーとなってくれたお陰で、うちのチームは実に効率的に回っている。

 あの頃は、トレーナー業を疎かにしないようにする為の距離感だと思っていたが……。もしかしたら、こういう在り方を含めての適切な距離感なのかもしれないと、ふと思った。

 

 

 

『君と俺と星の距離』

 

 危機ッ!専属契約の距離感を誤るウマ娘とトレーナーが急増しているッ!!由々しき事態だ!ウマ娘達の男性観を守らねばッ!!!──と、理事長は扇子を振り翳しながら捲し立てた。

 距離感だの男性観だのと言われても今一ピンと来ない俺としては、はぁそうですか──と生返事を返した訳だが、そんな俺に理事長は扇子の先を突き付けてこう告げだのだ。

 

「そこで! 君に調査を頼みたい! 結果を残し、尚且つ担当ウマ娘と適切な距離感を築いている君こそが適任だ!」

「えぇ……」

 

 新人研修や定期的な講習会で度々耳にする、適切な距離感という言葉。

 しかし適切な距離感というものは人によって異なるもので、例えそれが行き過ぎたものだとしても、当人達にはわかりにくい。

 そこで他のトレーナーを客観視する者が必要だ、と理事長は考えたらしい。

 

「──で、俺達に白羽の矢が立ったらしいけど……どうしようか、ベガ」

「私に言われても……」

 

 眉を八の字に、口をへの字にして困惑を露わにする俺の担当ウマ娘──アドマイヤベガ。

 友達からはアヤべさんの相性で親しまれている彼女がこういった表情を浮かべるのは、大体がテイエムオペラオーに絡まれている時である。

 

「……まあでも、頼まれたからにはやるしかないんでしょ?」

「ごめん。ベガは何か心当たりある?」

「心当たり……あ、そうだ」

 

 着いてきて、とベガに案内されて向かった先はとある神社。よく彼女が星を観に来るところだ。

 二人並んで石段を登る。他に参拝客はいないようらしく、境内は俺とベガの二人きりだ。

 

「ここ……ちょっと前に噂になってて。好きな人と一緒に登って一番星を見つけると、恋が叶うんだって」

「へぇ……でも、俺達しかいないな」

 

 理事長の言うように距離感を誤るウマ娘とトレーナーが増えているのであれば、その噂をアテにして来た人影の一つや二つくらいは見つかりそうなものだが。

 やはり理事長の杞憂ではないのだろうか。途中でマチカネフクキタルとそのトレーナーとすれ違ったが、彼女達が度々神社を訪れているのは有名な話だ。

 

「そうだね……折角だし、星を観ていかない?」

「そうだな」

 

 ちょうど夕方と夜の間の時間帯。人気の無い境内で、二人一緒に見上げた空には、一番星が煌めいていた。

 

 ◆

 

 次の日。

 他のトレーナーの調査を任されていても、やる事は変わらない。世紀末覇王や怒涛と並び立ち、また上の黄金世代の相手をするには日々のトレーニングが重要だ。

 そんな訳で今日はジムで基礎トレーニングを積んでいるのだが、何とベガからいつもよりハードなものに挑戦したいとの申し出があった。

 彼女のやる気を尊重し、限界を超えるべく挑んだトレーニングを終えた頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。

 

「お疲れ様、ベガ」

「はぁ……ぁ、……ありがとう……」

 

 一日のメニューを終えたベガにタオルとドリンクを渡す。元々ストイックな一面もあった彼女だが、何故今日はより一層やる気を出してくれたのか。

 最後までやり通せばわかる──と、ベガはそう言っていたが。

 

「ここのジム……こんな、七不思議があるの。満月の夜に、最後まで残っていたトレーナーとウマ娘は結ばれるって」

「そうなのか……」

 

 しかし辺りを見渡しても残っているのは俺とベガだけ。理事長の言う事が正しければもっと遅くまでトレーニングを続けるチームだってある筈だ。

 途中からベガと他の子の根比べのようになっていたが、やはり理事長の考え過ぎではないだろうか?

 

「……っ」

「大丈夫か?」

 

ベンチプレスから立ち上がろうとしてフラついたベガを支える。トレーニングで体温が上がっているのだろう、彼女の頬は赤い。

 

「……ええ。支えてくれるだろうって、思ったから」

「そうか」

 

 その言葉にベガからの信頼を感じて頬が緩む。

 出会ったばかりの頃は、ストイックな面が強過ぎてオーバーワークとなっていた彼女。例え一人でも勝ってみせる──それが彼女を支える強さでもあり、同時に儚さでもあった。

 今とあの時との違いは、俺と彼女の距離感だろうか。

 あの頃の彼女なら俺に肩を借りることもなく、心配の言葉も大丈夫の一言で流していただろう。

 

「ごめん……もう少し、休んでからでもいい?」

「勿論」

 

 二人きりのジムで、ベガに肩を貸しながら彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。そんな俺たちを、丸い満月だけが見守っていた。

 

 ◆

 

 また別の日。

 ベガに誘われてやってきたとある喫茶店。

 そして俺達が座るテーブルのど真ん中でその存在を主張するは、どデカイパフェ。

 ウマ娘の食事量が成人男性の一回分を上回ることがあるのは有名な話であるが、このパフェはそれ一つで一食分を補えそうである。

 

「初恋キャロットパフェDX、お待たせしました!」

「お、おおぅ……凄いでかい……」

 

 フルーツとアイスと生クリームとにんじんによって彩られた巨大なパフェ。

 それはさながらバベルの塔か。色とりどりの具材は天の川のようである。

 

「これを二人で食べきったウマ娘とトレーナーは恋愛が成就するって噂があって……」

 

 ベガもそのサイズ感に圧倒されながら店内を見渡す。

 しかし俺達以外でコレを注文している客はいない。所詮噂は噂に過ぎず、そんな噂に惑わされるトレセン学園生はいないということか。

 

「な、成程……」

 

 しかし噂の確認は済んだとはいえ、注文したからには食べきらねばならない。

 俺とベガは天皇賞春に挑む心持で、スプーンに手を伸ばした。

 

「……ご、ご馳走様でした」

「……うぷ」

 

 そして何とか時間をかけて間食したものの、これは相当なカロリー摂取となったことだろう。

 明日のトレーニングでキッチリ絞らねば……。

 俺とベガはゆっくりとした足取りで、それぞれの寮へと戻っていった。

 途中でオグリキャップと遭遇したので、軽く会釈をした。

 

 

「この初恋キャロットパフェDXを頼みたいんだが」

「あ、すいません。たったさっき完売してしまって……」

「――なん、だと……?」

 

 ◆

 

 毎年恒例の夏合宿は格段に能力を上げるチャンスだ。

 しかし普段とは違う環境ということで、浮ついた生徒が何人か出て来てもおかしくは無い。

 そんな訳で俺とベガはトレーニング後に夏祭りを楽しみながら軽く見回りをしたが、流石天下のトレセン学園というだけあって不埒なウマ娘は見当たらなかった。

 途中でエアグルーヴとそのトレーナーが二人きりで浜辺に出掛けているのを見かけたが、副会長である彼女が間違いを起こすはずもない。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「一つ、思い当たる場所があって……来てくれる?」

 

 ベガに手を引かれて来た場所は、浜辺で少し歩いた先にある岩場。

 暗い足場でベガが怪我をしないように気を付けながら、彼女に案内されるがままに腰を下ろす。

 

「来る前にちょっと調べたんだけど……ここに二人で来たウマ娘とトレーナーはずっと一緒にいられるんだって」

「なるほど。でも、俺達しかいないな」

「そうね……この星空も、二人じめ」

 

 辺りを見渡しても俺達だけ。

 ベガに言われるがままに顔を上げると、夜空は煌びやかな星々で埋め尽くされていた。

 理事長が不安視するウマ娘とトレーナーが見当たらない今、この景色以上に優先するものがある筈もなく。

 さして広くもない岩場で寄り添いながら、俺達は天体観測を始めた。

 

「あ、こと座」

 

 見上げた空で真っ先に見つけた星座。一等星の輝きが、俺達を照らしている。

 

「そういえば、昔の人って星を道標にしていたらしいな」

「有名な話ね」

「だからさ、今思ったんだけど……俺が適切な距離感を間違えずにいられたのは、ベガのおかげじゃないかなって」

 

 アドマイヤベガという一等星の輝きがあったからこそ、俺は最初の三年間を走り抜ける事が出来た。

 更に理事長が危惧するような関係にならずに済んでいるのも、ベガだからこそだ。

 彼女という存在が導になってくれたから、ここまでやってこれた。

 

「何そのクサいセリフ……でも。私も、そうかも」

「ベガも?」

「一人でもやってみせる。例え一人でも……ずっと、そう思ってたけど……違った。あなたが道標だったから。迷っても、道を外れる事なく歩んでこれた」

 

 お互い見上げているのは星空で、顔は見ない。

 だけどきっと、同じような表情を浮かべているのだろうと、手のひらを重ねて何となく思った。

 

 ◆

 

「──というわけで理事長、最近は距離感を間違えるウマ娘とやらはいないようでした」

「安心ッ! ご苦労だったな! 些細な礼であるが受け取ってくれ!」

 

 報酬として渡されたのは温泉旅行券。有り難く受け取り、早速ベガへと券を渡した。

 

「君に受け取って欲しい。俺は殆ど何もしてないからさ、友達とでも行ってきなよ」

「……トレーナーは?」

「うん?」

「トレーナーは、予定空いてない?」

「いや、大丈夫だけど……また、何か噂があるのか」

 

 ううん、とベガは首を横に振って。

 

「私が、行きたいの。あなたと」




『魔法使いさんと奇跡の一幕』
書きながら思い出したのはブルース・オールマイティ

『寝ボケとるんとちゃうか』
感想欄の夫婦桜っていうコメントで思い付きました

『指輪と手記と距離感と』
下手な匂わせってマチタンはすぐに見破ってきそうですね

『君と俺と星の距離』
トレーナー→アドマイヤベガの呼び方はアヤベさんになるのか下の名前をとってベガになるのか気になります

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