Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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正門からはランサー陣営とアーチャー陣営
裏からはアサシン陣営とバーサーカー陣営
タズミたちはこの危機を乗り越えることができるのか……


第2話「Progress」①

――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

 セレニウム・シルバ―――静かなる森と名付けられたその場所は、領地のほとんどを深い森に覆われており、セプテムと他国との国境近くに存在する、火種が無ければ何も起こらない穏やかな地という印象を抱かれている。

 

 霧のかかった夜、本来であれば何も起こることなく霧が晴れるのを待つばかりであったはずの日であるというのに、セレニウム・シルバはいまや、その名前に反するかのように雄たけびと喧騒、そして森の中に浮かび上がる炎のような光に包まれていた。

 

「見事、という他ないな。余と並び立つほどの王がいると聞かされた時には、いかほどの手合いかと思うたところだが、かの光を見れば、余も認めざるを得まい。セイバーよ、見事なる救世の光、余とは異なる王の在り方を以て、人類史に刻まれた者よ」

 

「救世主か、果たしてこのような場に呼び出されて、お前たちと共に肩を並べて戦っているこの姿が、儂の民たちが求めた姿であるのかは些かに疑問だがな」

 

「不服か?」

 

「極東の地より、我らの大地にまでその征服の途を伸ばした唯一無二の王たる『侵略王』に認められたこと自体は誇らしいことであると思っている。

幾星霜の時代を超え、もはや我らの時代が神話と歴史の狭間にあるとしても、この救世の剣はなおも輝きを忘れてはいない。民たちが紡ぎ続けてくれた儂の伝説を想えば、無様な姿はみせられまい」

 

「それでいい。それでこそ、余が自ら認めし王よ。貴様とこうして肩を並べられること、これもまた天寿の概念より解放されしこそ得られる娯楽であろう」

 

「一度限りだ、侵略王よ。此度の一戦を以て役目は果たしたものとする」

「構わん。余とて、並び立つ王がいるままに覇道を歩めるとは思っていない。セイバー、敵がたである七騎のサーヴァントを屠りしあとは、余自らが貴様の首に斬り飛ばしてくれよう」

 

 タズミ・イチカラーの居城、今まさにそこはセプテム王都軍と星灰狼が用意した人造七星の部隊によって包囲されていた。

 

 既に正規軍は正門へと攻撃を始め、裏側からは、マスターである散華とヴィンセントが城の内部へと突入、戦果を上げ始めている頃合だろうと灰狼は読んでいた。

 

 そうした軍列の最後尾、居城正面に展開するリゼ第一皇女を前線指揮官であるとすれば、こちらはこの軍の司令部にして、本陣である。

 

 鎮座するのは、この世界に召喚された二人の王、それぞれが侵略王と救世王と呼ばれる王たちは互いをけん制し合いながらも、純粋に双方の実力を認めることだけは忘れていない様子だった。

 

 開戦の号砲とも言えた光の一撃は、セイバーがその手に握る円筒状の剣によって放たれた一撃、救世王の逸話自体は灰狼も耳にしており、彼が侵略王とまで呼ばれたライダーに比肩しうる実力者であることを改めて痛感した。

 

(単純な攻撃力だけで見れば、我が王の軍勢すらも上回る一撃、我らがハーンとは対照的に己の光を以て、人々を統治した王、やはり、この聖杯戦争にて我らが王を勝者とするための最大の敵は彼か……)

 

 この本陣から居城までの距離は優に1キロは存在するだろう。霧かかった夜の闇の中、ましてや視界の先は険しい森なのである。その中で光を放った聖剣は、一切の誤差なく正門を吹き飛ばして見せた。

 

 まるでそれこそが神託であったかのように。どれほど伝聞や記録で見知っていた情報よりもなお凄まじい記憶としてその戦果を見せられてしまった以上、警戒を覚えるなと言う方が無理があるのだ。

 

「セイバー……」

 

 そんな二人の王が水面下で火花を散らす状況は当然の如く本陣に異常なまでの緊張感を敷いている。この戦場に置いて本陣ほど安全かつ死から遠ざけられた場所はない。

 何せ、本陣にて待機をしている者たち二人こそがこの場における最強の戦力なのだから。

 

 ただし、そんな戦場の空気から解放されても尚、共に天を戴くことができない王同士がいる場所にいる者たちはその空気に慣れきっている灰狼以外は緊張感を覚えずにはいられない。

 たった一人、それ以外の理由でこの場に怯えを抱いている少女を除けば。

 

「此処にいる限り、キミに危害が及ぶことはない。君はセイバーの指示に従っていればいい。如何に七星の血族と言えども、キミが実戦で使い物になると考えるほど、俺も夢を見てはいない」

「……あなたに、心配される、謂れなんて、ない……」

 

「嫌われたものだな」

「あなたがッ、あなたがいなければ、私はこんな所にいない!!」

 

 灰狼の配慮など欠片も見えない言葉に、ウェーブかかったブロンドヘアの少女、ターニャ・ズヴィズダーは恐怖を押し殺して食って掛かった。

灰狼に逆らうことが何を意味しているのか分かっていたとしても、このような場にまで連れて来られて我慢が限界に達してしまったのだ。

 

 その叫び声にライダーはチラリと灰狼の側を向くが、灰狼は心配ないと目配せをし、ライダーは興味なさげに視線を動かした。

 

「そうだ、その通りだ。私がお前を見出した。名も分からぬ村の中で悠然と暮らしていた我らの末裔たるお前を、私が見つけ出し、意味を与えた。感謝こそされども、憎まれる理由は何一つとして見えないのだがな」

「私の身体を、弄っておいて、どうしてそんなことが――――」

 

「星家は記憶の継承、そして七星の血を扱うことに関しては七星宗家やナジェムを凌ぐ。我々は初代灰狼の悲願を果たすために存続を続けてきたのだから。私は私の一族として正しいことをしただけだ。

 七星の血を継承した者たちの中にはごくまれに七星の血に目覚めずに一生を終える者たちがいる。自分が七星であることすらも知らないままに。それは悲劇だ。

与えられた力も知らずに終わるなどと耐えることができるはずもない。だからこそ、私が目覚めさせたのだ、キミの中に眠る強大なる力を」

 

「そんなことを、望んでなんかいないッ!」

「望む望まないに関わらず、既に君は運命の輪の中に取り込まれている。もしも、それに抗いたいと言うのならば、戦うしかない。今の君には、それを果たすだけの力が与えられているのだから」

 

 それは結果が見え透いた上での誘導の言葉だ。ターニャが自ら戦うことを選択できる少女であるのならば、既にこの本陣は戦場となっているだろう。彼女はもはや戦う意志を持たない。戦う意志とはすべからく何かを掴むために生じるものだ。

 

 今の彼女には何もない。灰狼の下へと連れて来られる時に彼女は何もかもを失った。故郷も、家族も、そして大切な1人の少年も何もかもを失ってしまったからこそ、反撃の牙を向けることができない。

 

(さて、アベルは果たして到来するのか。それとも、どこかで野垂れ死んだか。願わくば予定調和を崩してもらえると助かるのだがね)

 

 誰に言うわけでもなく、灰狼は心の中でその到来を待ち望んだ。このまま何事もなく七星の勝利で終わるだろう戦場に波紋を呼んでくれる存在が来てくれることを、心から待ちわびるようにして願ったのであった。

 

・・・

 

 セイバーの放った光によって吹き飛ばされた正門、そこは既に混沌の坩堝ともいうべき戦場が広がっていた。王都より逆賊討伐の為に派遣された正規兵とイチカラ―家が聖杯戦争の為にジャスティンを通じて雇っていた傭兵たちが真っ向から激突を始めた。

 

 タズミの王都への侵攻は、朔姫やルシアには否定をされるばかりではあったが、侵攻を予定していたがために傭兵たちが臨戦態勢に入っていたという事実だけを考えれば、これは怪我の功名であると言えただろう。

 

 真っ向からぶつかり合う両軍であったが、士気の上で勝っているのは攻め込んでいる正規兵だ。金で雇われた傭兵たちにタズミの城を死守しなければならない理由はない。

 自分の命が危ないと言うのであれば一目散に逃げる、降伏する、そうした反応を少なからず浮かべる者がいるとすれば士気に大いに関わってくる。

 

 加えて、正規兵側の中には攻撃の中心となって戦うだけで指揮を上げていく者たちがいるのだから、手に負えない。

 

「ヨハン、キミはタズミ・イチカラーを探せ」

「ランサー、あんたはどうするつもりだ」

 

「私はここに残って、傭兵たちの相手をしよう。何、間違いなくこの正門前が最も過酷な戦場だ。この場所の戦いを制することが出来たモノこそが、そのまま勝利を手にする。ならば、この場における最高戦力である私が離れるわけにはいくまい」

 

「………」

「リゼの事は私に任せろ。それとも君は、彼女に手を汚させることを望むのか?」

 

「そんなこ―――――なっ!」

 

 ランサーとヨハンの会話に割り込むように透き通った殺気が飛び込んでくる。その殺気に反応し、馬上から槍を振い、飛び込んできた双槍の一線をランサーは受け止める。

 

 一瞬でも反応が遅れていれば、ヨハンの胴体が真っ二つに切り裂かれるか、ランサーの腕が吹き飛ばされていたであろうことは間違いない。それを受け止めるが出来るからこそ英霊なのか、ランサーは馬上での迎撃にもかかわらず完全に襲撃者との波長を合わせて見せた。

 

「貴方が七星側のランサーか」

「そういう貴殿はそちら側のランサーと見える。これはまた不思議な巡り合わせだ。

本来、同じクラスのサーヴァントと激突することなど聖杯戦争ではめぐり合うことができない。精々が他のクラスで現界した同じ武器を使うものがいるかどうかだ。通常の聖杯戦争とは趣が違うが、互いに技を競い合わせるのも悪くはない」

 

 純白の鎧に身を包んだ金髪の騎士に対し、漆黒の全身スーツと上半身には鎧を纏っている女戦士、活躍をした時代も生き方も異なっている二人だが、直感的に共にサーヴァントとしての在り方に忠実であろうとしていることは、一目見ただけで理解できた。

 飛び込んできた透き通った殺気もそれを受け止めた洗練された技も、心の中に二心を抱えたままに放てる技ではない。

 

 簡単に抜ける相手ではない状況であり、互いに互いの軍勢が周囲には無数に転がっている。一対一の戦闘を許してくれる相手ではないだろう。

 そうなれば、不利と焦りを覚えるのは双槍の女戦士の方である。刻一刻と自分たちの拠点が破壊され、兵士たちを徒に消耗している状況だ。

 

 タズミの目論みを考えれば一刻も早くこの場を立て直し、外の軍勢を追い払うために行動しなければならない。だが、目の前の騎士はそれを許さないだろう。

 

(ランサーが私との戦いを避けずにこの場に居残る理由は、私を此処に釘付けにするため。己が武勇を発揮することができない当て馬に宛がわれたとしても、主の勝利の為に動ける、理想的なサーヴァントですね)

 

 最も心の中で送ったその賛辞は敵方として対峙するには何処までも厄介な相手だ。出来る事なら、せめてもう一人でも、この状況を援護してくれる相手がいないかと願う所なのだが―――

 

「おう、ランサー、随分と苦しそうだな。流石にこの人数とその兄ちゃんを相手にするのは1人じゃ厳しいだろう。早速だが、武勲で貢献させてもらうが、構わんよなぁ?」

 

 そこに足を踏み入れたのは一人の男だった。スーツに身を包み、天へと昇りあげるように逆立った青の髪と己の手を覆った白手袋が目を惹く。

 

 アーク・ザ・フルドライブ、昨日、ランサーが顔を合わせ、その異質さを痛感した相手である。獣のようにその視線はギラついているが、全身から流れる戦意はむしろ潔白、足から地面に根を張っているかのように泰然自若とし、一切の危うさを感じさせない。

 

「次から次へと新たな連中が、数で押し切れ!!」

 

 正門を突破せんとする勢いのままに正規兵たちがアークへと突撃していく。先ほどのランサーのような人外じみた動きではなく、呑気に歩いてきた様子に場違いな相手であると踏んだのだろう。それがこの場における戦況の優勢から来る油断であったとすれば、それは致命傷になりかねないものであるといえよう。

 

「おう、来いよ。ただし、簡単に抜きされるだなんて思うんじゃねぇぞ!!」

 

 瞬間、アークの背後から銀色の液体のような固体のような何かがせり上がり、アークの腕を覆う装甲のように結合していく。

 

 その結合が完了すると同時に、アークは片足を地面に叩き付けると、震動一つに飛び込んできた兵士たちは怯み、その隙を穿つようにして、繰り出された拳1つで兵士たち数人の身体が正門から森の中へと吹き飛ばされる。

 

「衝撃波、一々一人ずつ相手にしていたら朝になっちまうよなぁ?」

 

 拳をクイと上げて、次の相手が向かってくるようにと挑発する。数で攻めればと考えた兵士たちが押し寄せてくるが、数の優位性とは同程度の実力同士の相手との戦いでこそ、その真価を発揮する。

 

 四方八方から、まずはアークを倒してやろうと鎧を着こんだ兵士たちが一斉に槍を、剣を、遠方から銃弾を一斉に放ち、撃鉄音と鉄がぶつかる音が正門前に轟く。たった一人の人間を狙い撃ちにするにはあまりにも大仰が過ぎる攻撃ではあるが……

「嘘……」

 

 思わず、驚きの声を上げてしまったのは、ランサーの後ろに共に乗っているリゼである。視界の先の光景、無数の剣と槍による攻撃、そして銃弾の数々総てが、アークの周囲に広がった銀色の幕のようなモノによって遮られていたのだ。

 

「ああ言っていなかったな、実は攻撃よりも防御の方が得意なんだ。だからよぉ、俺を抜き去りたいってのなら数だけじゃねぇ、本気で来いよ。この防壁を突破できると豪語して見せろ!」

 

 攻撃を止められた者たちへとアークの両拳が飛び、接近戦を仕掛けた兵士たちが次々となぎ倒されていく。

 何かしらの拳法を使っているのか、あるいは軍隊で教え込まれた戦闘技術か、これであると形容することができない、ただ多人数を圧倒することに適した動きだけで群がってくる兵士たちをなぎ倒していく姿は、まさしく一騎当千であり、リゼもランサーも瞠目するしかない。

 

「いったい何者なの、あいつは……」

「人間ではないのか、だが、サーヴァントにしてはあまりにも……」

 

 魔力の塊であるサーヴァントと同じようには見えない、どちらかと言えばマスターであるアークの正体を理解できないランサー陣営の主従だが、いつまでも驚いているわけにはいかない。

 アークと言う強力な戦力を得ることが出来たことにより、余裕が生まれたとなれば、自分たちが対峙している相手との関わり方が変わってくるのだから。

 

「はぁッッッ!!」

 

 一瞬にして、首下へと伸びあがってきた女戦士の槍に対し、ランサーは片腕で手綱を引くと馬があろうことか前方に走る。

 自殺行為に見えるそれだが、馬が突発的に飛びこむタイミングと同時に、片腕で槍を動かしたンサーは自分の首筋を貫くハズだった槍を、馬の勢いと遠心力で槍の柄で受け止めることを間に合わせ、次いで片腕で手綱を引くと、馬が雄たけびを上げて、身体が上を向き、攻撃を放った女戦士の身体を掠め、槍の先端がブレる。

 

 力任せに柄を倒し、さらに前方から揺さぶりを掛ければ、女戦士は、この先に空中で態勢を崩される最悪の展開を待っていると踏んで、自ら馬を足蹴にすると、大きく後ろへと跳躍して下がる。その額に浮かぶ汗は、予想以上の目の前の騎士が馬上戦闘と言うものに慣れきっているがためか。

 

「驚きました、まるで人馬一体、貴方たちは心が通じ合っているかのように動くのですね」

 

「人馬一体、それは最高の褒め言葉だな、ランサー。私は彼と共に戦場を駆け抜けてきた。私は確かにランサーの英霊として召喚され、彼は宝具に昇華するほどの逸話を併せ持っているわけではない。しかし、私がただの槍の名手であると言う理解であるのならば、早急に認識を改めた方がいい。私を此処から引きずりおろす事も出来ない相手に、私を討つことは出来ぬのだから」

 

 言葉から伝わってくるのは絶対の自信、騎士として主に忠誠を捧げながらも、自分の持ち合わせている実力には最強であると言う自負を感じさせてくる。

 

(ああ、彼は戦士だね。私や彼らと同じように自分の力に絶対の自信を以て、自分こそが最強であると信じて疑わない戦に己の誇りを捧げた存在。私達との違いは戦士としての自分を曝け出しているかどうかでしかない)

 

 騎士と言う立場であればこそ隠した激情、それを、武技を通して感じれば感じるほどにかつての大戦争を駆け抜けた戦士としての血がランサーの中で強まっていく。

 それこそ、何もかもを投げ出して、目の前の強者たる騎士を屠るためにぞの全身の力を使い切りたい。強者たる戦士であれば決して抗うことはできないその欲求に湧き上がる心に、ランサーは深い呼吸を上げて、落ち着かせる。

 

(私はタズミ・イチカラ―のサーヴァント。主の命はこの正門にて侵入してくる者たちを排除せよとのことであった。私の持ち味を生かすのであれば、この正門よりも目の前の森の中での戦闘に終始するべきだが……、それは主の名に逆らってまでするべきことではない)

 

 如何なる戦場でも自分の持ち味を最大限に生かすことができる戦場が与えられるわけではない。むしろ、そのような場面を与えてもらえることの方が少ないだろう。

 主命は果たす、そして勝利する。これより先の聖杯戦争を考慮するのであれば、ここでこのランサーは仕留めておくべき相手だ。

 

「よぉ、ランサーの嬢ちゃん。顔に焦りが張り付いているぜ。睨むよりも笑っておけ」

「ひゃっ――――な、何をするんですか!」

 

 パチンと思いきり背中を叩かれて、視界が一気に開けた。いつの間にか敵の兵士たちを相手に戦っていたはずのアークが隣に立ち、獣じみた笑みを浮かべていた。

 

「いやなに、随分と思い詰めていたみたいだからな。戦いに集中するのはいいが、それで視野が狭くなるんじゃ逆効果だろう。苦悩が顔に出ているようじゃ、それこそ勿体ない。不敵に笑っておけよ、せっかくの別嬪が台無しだぜ」

 

「あなたは……本当に真面目なのかふざけているのか分かりませんね」

 

「おいおい、俺はいつでも本気も本気だ。いまだって、ここから巻き返そうと思っている。そのためにはアンタの力が必要なんだよ、日和られているんじゃ困っちまうから、気合を入れてくれよ」

 

「…………ありがとうございます、それと昨日、信用ならないと口にしたことは謝罪します。目の前でそれほどの力を見せられれば、私も文句の一つも付けられませんから」

「構わねぇよ、長い付き合いになるかもしれないんだ。改めて、まずはここを突破しようぜ!!」

 

 改めて双槍を構え、拳を合わせ、ランサーとアークは目の前の敵対者たちへと視線を投げる。決着がつかなかったとしても、ここで戦い続けることが無意味な訳ではない。

 正門から敵が来襲するのであれば、足止めを続ける限り、タズミが脱出するための時間の確保、他のマスターやサーヴァントが行動をするための時間を稼ぐことができる。

 

「アーク、雑兵を抑えつつ、あの騎士へと仕掛けることは出来ますか?」

「ネズミを何匹か中に入れることになるかもしれないが、可能だろうな」

 

「であれば、助力を。まずはあの馬上から彼を引きずりおろします。彼を倒す事さえできれば、この場の戦いは――――」

「ランサー、時間を掛け過ぎているんじゃないか。外からの狙撃はあらかた終わったよ。まさか、キミがまだその場に居続けているなんて驚きだ」

 

「そういうな、アーチャー。こちらはサーヴァントとの戦闘もしている。一朝一夕に終わらせられるほど、生易しい相手ではないとも」

 

 正門よりゆったりとした足取りで歩いてくるのは弓を携えた男性だった。ブラウンヘアの短髪に、クラス名に恥じない巨大な弓、そして片足に包帯を巻いたやせ形の筋肉質の青年はランサーのように全身をくまなく鍛え上げているわけではない。

 しかし、無駄を剃り落し、鍛えるべきところだけを鍛え上げたその姿は視認するだけでも、実力者であることを理解させてくる。

 

 だが、そうした見た目の問題とは別の所で、ランサーはその姿にどこか懐かしい空気のようなものを感じる。もしやと思う気持ちが自然と口から言葉をこぼれ出した。

 

「あれは――――」

 

「へぇ、まさか同郷から召喚された英雄がいるとはね。いや、同郷と言うのともまた違うが、僕はギリシア、キミはトロイア。直接的な面識はまったくないけれども、双槍を握る女戦士の話しはオデュッセウスからも聞かされたことがあるよ」

 

「貴方も、あの戦争に参戦した者ですか」

 

「君が戦い続けていた時よりもほんの少しだけ後の話しではあるけれどもね。ランサー、僕も参戦しよう。あまり長引かせていては、キャスターがしびれを切らしてしまう。そうなると、皇女も困るだろうし、僕のマスターとしても面目が潰れる。

 彼の在り方は君と同様に僕も気に入っている。そろそろ優勢を固めるとしよう」

 

「構いませんね、マスター」

「ええ、アーチャーが力を貸してくれるのならば心強いですから」

 

 七星側への新たなる参戦者、ランサーにとってもアークにとっても慮外の出来事ではない。こちら側が徒党を組んでいるのならば、相手側が徒党を組んでいるとしても、何ら不思議なことではない。

 そうなる前に、他のサーヴァントと連携を図ることができるランサーを撃退することが出来れば最善であると考えていたのだが、敵の手の方が早かったとなれば、更なる苦戦は免れない。

 

「ま、だからといって降伏する訳にもいかんし、ここで戦うと決めた以上は受け入れるべきリスクだわな」

「そう言ってくれるだけ助かりますよ。それに……どうやら、私達の命運もまだ繋がっているようですし」

 

 零したランサーの言葉の意味が発現するようにして、空中より落下してくる陰がある。それは正門と森へと続く道の合間へと降り立った一つの黒い影、人間の気配と言うよりも、人間に擬態した何かであるようなそれは地上に降り立つと、目の前に展開している兵士たちを睨みつけ、つまらなそうに呟く。

 

「騒々しいな、これだけ数がいれば、狙いを定める必要もないか。俺には相応しい戦場かもしれない」

 

 降り立った者の言葉は酷く陰鬱で、しかし、明確な圧があった。漏れ出している殺気、決して隠すことができない目の前の存在達を食い荒らしたいと言う衝動、それら全てが自分たちへと向けられているものであることを待機していた兵士たちも察する。

 

 城の内部へと入り込んでいる兵士たちはその視線を直接受けなかっただけでも幸運であったかもしれない。

 

 ルシア・メルクーアが召喚したサーヴァント、バーサーカーにとっては敵も味方も関係ない。本来の観点で考えれば、人間とは彼の視点で言えばすべからく滅ぼすか喰い尽くすかのどちらかしか選択肢に入れるべきではない存在なのだから。

 

「―――令呪を以て命じる!!」

 

 先行するサーヴァントに追いつくように、アークやランサーと同じ場所にまで辿り着いたルシアは自身の手の甲に輝く令呪の光を翳しながら声を上げる。

 

「宝具の解放を。貴方の真の姿を見せてやりなさい、ファヴニール!!」

 

 ここからが反撃の時、その漆黒の竜の力を以て、この場に襲い掛かってくる総てを破壊し尽くせと言外に告げられた声によって、

 

「是非もない。我は悪竜――――総てを喰らい滅ぼし尽くす災厄に違いないのだから」

 

 正門と森の間に立つ漆黒の人間の姿をしたもの、その背中から翼が生え、腕が脚が、次々と人間の大きさとは思えないほどに肥大化していき、爪が顕現していく。

 

 そして、胴体と首より先の顔までもが人間の顔から、竜のそれへと変貌を重ねていく。

 

「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 天へと吼え上げるような雄たけびはまさしく、この場に顕現した北欧神話に名高き邪龍の咆哮に他ならない。災厄の悪竜として人々に滅びを齎し、ラインの黄金を握り続けてきた存在は、このセレニウム・シルバの地にて再び崩壊の蹂躙を果たすであろう。

 

「ほう、面白い。奴らも中々のものを揃えておるではないか」

 

 兵士の誰もが、その異常極まりない事態の中で動揺を重ねていく。逆賊の城を攻めている最中に降り立った人間が突如として竜の姿に変貌したなどと、ただの兵士たちからすれば恐怖以外の何物でもない。

 されど、魔術を知るモノにとってはこれほど興味深いこともない。

 

「興味が乗ったか?」

「面白いとは思うておるが、妾が手を出すまでも無かろう」

 

 マスターに戦うのかと問われたキャスターは首を横に振る。確かにあれは強大なサーヴァントだ。通常の聖杯戦争にて召喚されれば間違いなく、最強の一角として他の陣営に対して恐怖の象徴として機能するだろう。

 だが、最強を有しているのは何も、タズミ側だけではないのだ。

 

「妾が動かずとも、あれほどの獲物を放逐しておけるほどひ弱な英雄ではなかろうに。それでも及ばぬと言うのであれば、その時は、ふむ、一つ、妾の錬金術を享受してやろうとするか」

 

・・・

 

「ぐっ……、まさか、正門だけとは思っていなかったけれど、こちらにもサーヴァントが配置されていたっていうのは、警戒が足りなかったな」

 

「ふふっ、それは残念でしたね。でも、警戒をしていなかったと言うのであれば、それはそちらが悪いと言わざるを得ませんね。だって、間違いなく、この局面はどちらの陣営にとっても決戦。攻める側なら、何があろうともここで城を落とすつもりで生きます。なら、伏兵の1人や2人配置されて然るべきではありませんか?」

 

「まったくぐうの音も出ないような正論だな……」

 

 誰もがすぐさま、正門に向かった訳ではない。状況を確認し、正面からの戦いではなく援護を以て、この戦況を変えようとする者たちもいた。

 

 エドワード・ハミルトンとアーチャーは外から攻撃を続けている相手を自分たちの持ち味である遠距離からの攻撃によって無力化することを目論んだ。正門からの襲撃はあまりにも多く、その総てに対応できるほど、エドワードもアーチャーも戦巧者ではない。

 

 正門前で当たり前のように戦っているランサーやアークも二人からすれば異次元の強さを誇っている存在だ。まともないっぱしの傭兵でしかないエドワードと元が狩人でしかないアーチャーにとって、軍勢を相手に戦うと言うのは抑々の発端からして間違っている。

 

 よって、支援へと動く、狙撃であれば自分たちの有用性を示すことができると、その為の必要地点へと向かっていたさなかである。

 

 音もなく、されど一瞬のうちに刃がエドワードへと向かわんとした。それを咄嗟に守ったアーチャーの判断はエドワードがどのように考えるにしても間違った行動ではなかっただろう。主を敵より守る、その選択はサーヴァントとして当たり前なのだから。

 

 ただ、不幸なことに目の前の相手は奇襲だけで済ませられる相手ではない。

 

 七星散華―――七星宗家の次期当主にして、はるばる極東の地よりその武力を買われて、聖杯戦争の参加者として来訪した少女である。

 

 無感情に揺れる瞳は、エドワードを撃ち漏らしたことにも、サーヴァントを一閃をもって、瀕死に至らしめた箏にも頓着していない。

 

「では、改めてマスターの首を奪うとしましょうか」

「させると、思うのか」

「私は今、とても安心しているんです。どうしてか、分かりますか?」

 

 無感情のように見えた少女が突然笑みを零す、笑う顔を見れば少しは反射的に笑みを向けられた相手も気を緩めるところだが、無表情から突然浮かべられた笑みはむしろ底知れない寒さを与えられさえもする。

 

「だって、七星の刃は魔術師を斬るための刃です。そこに魔術を乗せているとはいえ、それがサーヴァント相手にも通じると分かりました。これで、私の仕事の幅はさらに増えるでしょう。ええ、サーヴァントだから殺せない、なんて七星らしからぬ発想をしなくてもいいんですから。ほら、とても嬉しいことじゃないですか」

 

 思わず、エドワードは言葉を失いかけた。目の前の少女が何を言っているのかわからない。まるで狂人と会話をしている様に話がかみ合っていない。

そもそも人間がサーヴァントを殺すと言うその発想自体が本来であれば持ち得ない筈であるのに、彼女はそれを当たり前の事であるかのように口にする。

 

「狂っているな」

「ええ、そうだと思います。私は狂っています。もう、とっくの昔に正気でいることを捨てました。七星の魔術師に必要なことはこの身に流れる七星の血にその身を委ねること。自我なんて、七星として最適であるために最も不要なパーツですから」

 

 自分は七星の魔術師としてあれればいい、他の何もかもが必要ない。そう言わんばかりの態度を浮かべる彼女が再び刃を振り下ろす。アーチャーがもう一度動けばアーチャーは次を耐えきることはできないだろう。そうすれば、三度目でエドワードは斬られ、全てが終わる。どちらにしても、詰みの状況だ。

 

(だが、これで今度こそは終わることができるかもしれない……)

 

 心の中で僅かな安堵をエドワードが覚えた時であった、

 

 エドワードの周囲を囲むように出現した紙の式神が散華の刃を受け止めて、それ以上先へと進ませようとしない。

 

「ったく、ネズミの一匹や二匹いてもおかしくないやろうと思っておったが、よりにもよって、お前かい、七星散華……!」

 

 その戦場に割って入るのは、八代朔姫とキャスターであった。しかし、朔姫の表情は決して明るくはない。むしろ、出会いたくもない相手に出会ってしまったような反応であり、対して散華はぱあっと明るい表情を浮かべた。

 

「ああ、貴女は京都大陰陽連の八代のお姫様じゃないですか。そうですか、貴女もこの聖杯戦争に参戦していたんですね。異国の地で誰も知らない相手ばかりでちょっと不安だったんです。

 でも、お姫様に会えてよかった。八代のお姫様の首を取ることが出来たら、当主様もお喜びになるでしょう」

 

「会って、すぐさま殺害予告とか普通に笑えんわ。これだから、七星の連中は困るんや」

 

「仕方ないじゃないですから、あなたほどの陰陽師が私の目の前に姿を見せるなんて、私の中の七星を刺激するだけですよ。ああ、我慢ならない。すぐにでも貴女と言う魔術師を喰らいたい!!」

 

 殺意は透明に、鋭利に、破滅を誘う魔術師殺しの刃は新たな獲物を見つけ出して、喰らうための刃を研ぐ。逃走は許されない。勝って、場を諌めるほかにない。

 




咆哮を上げる悪竜はこの状況を変える存在となりえるのか……

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