Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・セレニウム・シルバ・イチカラ―城正門前――
――悪竜ファヴニール、その伝承は北欧神話、古エッダの伝承、あるいは戯曲『ニーベルンゲンの歌』に刻まれた英雄譚における人類によって討滅される悪しき竜の象徴である。
その竜の来歴は決して生まれた時から、邪龍であったわけではない。ラインの黄金――その正統なる後継者であったフレイズマルの子として生まれたファヴニールは兄弟同士の血みどろの殺し合いを経て、その黄金を己のものとすることに成功した。
肉親殺しの大逆を為す代わりに莫大な富を得たファヴニールはその代償を支払うように、その身を龍へと変える呪いを受けた。日に日に進行していくその呪いは、自分がなぜ肉親殺しを果たしたのかすらも忘れさせるほどの膨大な時間を使った果てに、彼を悪竜へと変貌させた。
この世の総てを支配するとも一説には囁かれるラインの黄金、それをせしめ、それを守り通し、己のものとし続けることこそが自分の存在意義であるようにファヴニールは洞窟の中でラインの黄金を守り続けた。人類が正当な理由を以てラインの黄金を奪還せんと来れば幾度となく、悪竜の咆哮を以て、その侵略を撃退してきた。
悪竜ファヴニール、人類が乗り越えるべき試練、いつからかそのような名を人々が囁き始めた頃であっただろうか……、その悪竜伝説に終止符を与える存在、ジークフリートが彼の前に姿を現したのは。
魔剣グラムを駆るジークフリートは決して圧倒的な英雄であるわけではなかった。ファヴニールにこれまでに挑み、そして散って行った勇者の中にはシークフリートに勝る勇者がいたかもしれない。
ただ、ファヴニールをしてジークフリートは挑んできた誰よりも勇者であった。人々の想いを汲み、己の恐怖に打ち勝ち、ファヴニールへと魔剣グラムを放つ姿は我執に塗れ、ただラインの黄金を守ることでしか己を保つことが出来なかったファヴニールを以てしても尚、眩しい姿であるように思えたのだから。
「己は――――、この身は人々の試練となり、滅ぼすがためだけに存在し続けるものであるのだな。それが我が宿命、我が業であるのだと」
死の間際にファヴニールは総てを理解する。己が肉親を殺め、黄金を奪ったこと、その財宝に目が眩んだ理由の総てが、黄金に刻まれた呪いにあることを。
黄金を手にしたモノの一族には必ず災いが引き起こされる、その呪いによって己は肉親たちを殺し、呪いにその身を蝕まれ、悪竜へとその身を変化させていった。
後にジークフリートもまたラインの黄金を手にしたことによって、その災いが降りそそいでいく。多くの者を沸かせたジークフリートを以てしても抗いきることが出来なかった呪い、言うまでもなく、その呪いに呑み込まれた己が救われるはずもない。
己が人類史に刻まきこまれたのは、ラインの黄金を守り、ジークフリートによって討滅される悪しき竜であるという事実だけである。
それが黄金であるのか指輪であるのかという差異はあれども、人類を脅かし、人類によって討滅される敵であることには何ら変わりはない。
故にこそ―――この場でファヴニール、バーサーカーが執るべき手段は一つしかない。
「宝具―――『
悪竜の咆哮が轟く。人間の姿から巨大な漆黒の竜へと変貌したそれは手始めとばかりに周囲に展開していた近衛兵たちへとその巨大な爪を放ち、口から森全体を燃やし尽くすのではないかと思えるほどのブレスを放つ。
「―――小癪な」
しかし、その放ったブレスによって森ごと焼きつくすと思われた炎の波濤が一瞬にして凍結される。キャスターが地球儀のようなものが先端に取りつかれた杖を地面に叩き付けたことによって、バーサーカーのブレスによる延焼が防がれたのだ。
もっとも、暴威の化身であるバーサーカーにとっては、それは気にするべきことではない。悪竜へと変貌したファヴニールは等しく、目の前に広がる人間たち全てにとっての恐怖の象徴、翼を羽ばたかせて、その身体が空中へと浮かび上がっていく。
再び開かれた口から音が轟き、鎧を着こんで全身を武装している兵士たちが、次々と膝を折って蹲り、耳元に当たる部分を抑えていく。すかさず、再び口より放たれるブレスが、炎の効果を与えることがなかったとしても、空中より放たれる衝撃波として機能し、地面に立ち尽くす兵士たちを次々と肉塊へと変えていく。
その姿、まさしく圧倒的、ここまで優勢の空気を放ち続けてきたセプテム近衛兵士たちの間に、衝撃が伝播していく。自分たちは何と戦っているのか、聖杯戦争の仔細までを知らない兵士たちは、突然姿を見せた巨大な龍に、現代に蘇った幻想に対して、足が竦み、思わず逃げ出してしまいたくなる気持ちが浮かび上がっていく。
「まったく、龍退治なんてものは一度限りでもいいと思うんだけどな」
再び地上に向けて攻撃を放たんとしたファヴニールに向けて放たれた矢が突き刺さり、ファヴニールが動きを止め、その視線が放たれた矢の方角へと向けられ、攻撃を受けんとしていた兵士たちは命拾いをする。
放った相手はつまらないものを見るような表情でファヴニールへと視線を向ける。ヨハン・N・シュテルンのサーヴァント:アーチャーである。
「お前たち龍と言うのは常に人智を超えた領域で戦っている。城内はランサーに任せる。こちらは、お前を討つことを第一としよう」
言葉を放つと同時に次々と弓に矢が番えられ、ファヴニール目掛けて放たれていく。それらはすべてがファヴニールの身体、竜の鱗に覆われていない部分へと突き刺さっていき、やみくもに放ち、竜の鎧に防がれるなどと言う間抜けな結果には終わらない。
神代を生きた弓の使い手は、決してその放つ矢の精度を見誤らない。もっとも、アーチャーにとって、それはあくまでも、己の本質より分離した基本的な技術の延長戦でしかない。足元がおぼつかなく、およそ敏捷性という点で言えば、他のサーヴァントに有利を譲らなければならないサーヴァントにとっての強みは、また別の所にある。
最も、そうしたアーチャーを論じたところで意味をなさない可能性があることを忘れてはならない。
「コンナモノカ――――」
「………!」
「ふっ、いかんな、アーチャー。そなたの矢、想像以上に効いておらんぞ」
瞬間、ファヴニールが滑空した。空より地上へと滑らかに落下する軌道は周辺の木々をなぎ倒しながら、予備戦力として後ろに詰め寄っていた兵士たちを、ドミノ倒しにするようにして次々と轢殺していく。
そして、一定の距離を稼いだところで再び跳躍、銃撃の音が連続するが、当然の如く、ファヴニールには通じていない。あらゆる武装、あらゆる攻撃が暴虐の悪竜を前にしては通用していないのだ。
その理由たるは、ファヴニールが人間の姿から悪竜の姿へと変貌した際に発動した宝具にある。
『血濡れの簒奪者』―――ラインの黄金を奪い、血に塗れながらも災厄の象徴として君臨し続けたファヴニールの逸話を具現化したその宝具は、ファヴニールに対して生半可な攻撃の総てを無力化する力を与えた。
ただの矢ではファヴニールの身体を貫いても痛みを与えることはできない。どれほど首を刎ねるに相応しい攻撃を放ったとしても、胴体と切り離されることはない。
攻撃として成立しながらも、一定以上の攻撃力を持たない力の総てを無力化する宝具は、あくまでもファヴニールと言う存在を規定するためだけの宝具である。
しかし、それは大軍を相手にする攻撃力を誇る宝具を持つサーヴァントに対してファヴニールが不利であるという理由になるだろうか。己の身体と持ち得る攻撃力だけで大軍を相手取ることのできる、正真正銘の災厄を前にすれば、並の兵士たちは怯えることしかできないのだから。
「行ける、バーサーカーに十全の仕事をさせるために令呪まで切ったけれど、それでこの窮地を乗り越えることができるのなら安いもんだ」
自身のサーヴァントが消耗も考えずに暴れまわっている状況では、自身が戦闘に用いるほどの魔力をねん出することはできない。
正門前の戦いはファヴニールの出現によって大きく混乱し、軍隊的な行動をとることは一切できずにいた。散発的に戦闘意思を明確に残した者は少なく、崩壊しかかっている戦線は既に逃げ出す兵士を出すまでの始末。状況を打開するための一手として、これ以上ない成果を上げたことをルシアは喜ぶが、あくまでも当面の危機を乗り越えるための一手を放ったに過ぎない。
この城から彼らを撤退させるには、これ以上に軍を壊滅させなければならないだろう。
「結局、暴れまわることでしか状況を変えることができないっていうのは悔やまれると言えば悔やまれるんだけどさ!」
聖職者として、自分から破壊を選択することになっている現状をルシアは悔やむが、命あっての物種、とかくこれが聖杯戦争であると言うのであれば、命のやり取りが少なからず生じるのは致し方ない面があると解釈することも出来よう。
「判断としては別に悪いってことはないだろう。バーサーカーがいなければ劣勢を覆せなかった。教えこそが聖職者にとっての第一義であったとしても、それを破った末に救えた命があったことを、誇ることを俺は咎めたくはないな」
戦闘に参加することができないルシアを守るようにして、突破を試みる兵士たちの相手をするのはアーク、ルシアと本人を守るようにして周囲に展開する銀の流動体は、さながらそれ自体が巨大な盾のようであり、兵士たちの攻撃をやはり通すことはない。
「あんたって確か、ライダーのマスターでいいんだよね? あの与太話本当だったの?」
「あん? 見てわからねぇか、嘘なんて一言も口にしてねぇよ!」
自分自身の心臓部分をアークは指差し、ルシアは何が言いたいのかを計りかねて、首を捻る。
「俺は不撓不屈のフルドライブ。俺自身がマスターでありサーヴァントだ!!」
「冗談ならどれだけよかったことか……」
「冗談ではないんだがね、ランサーの嬢ちゃんはそこらへん認めてくれたぜ?」
「あの堅物女戦士ちゃんが!?」
「応よ!」
自信満々に反応されると、ルシアとしてもバカにできるモノじゃない、タズミの傍にいるところで何度か話をした程度ではあるが、ランサーは冗談を好むタイプではない。まったくの頭でっかちと言うわけではないだろうが、どちらかといえば放蕩を嫌うタイプだろう。そんな彼女が信じたとなれば真実なのか、よほどペテンが上手いかだが……、
(確かにコイツ、出会った時からなんだか色も変なのよね。透明っていうか、何もないっていうか……、誰だって心の中に何かの色は持っているはずなのに、どういう人生を辿ればこんな色になるっていうの……?)
ルシアが心の中で疑問を提示した折に、大きな轟音が響く。それが外で戦闘をしているバーサーカーによって生じた音であることは明らかだが、この城そのものに大きな震動を引き起こすほどの衝撃が起こることはルシアにとっても、他の誰にとっても想像はしていなかった。
それはひとえに……、ファヴニールがこの城壁に身体を叩きつけられたからに他ならない。
「何だ、あれは……?」
思わずアークが零した言葉に、ルシアも瞠目する。粉々に破壊された正門からは森の先の景色が良く見える。再び飛翔を始めたファヴニールの眼前に立ち塞がっているのは巨大な戦車のようなモノであった。
しかし、戦車と呼ぶにはそれはあまりにも驚異的で、あまりにも豪勢であった。
その戦車を引くのは馬に非ず、牛にも非ず、あまつさえ、人ですらもない。
その四つの車輪の役割を果たしているのは、光の鎖によって繋がれた四匹の幻獣たちである。
――グリュプス、スフィンクス、雪獅子、そして麒麟。それらの幻獣を従えるは、厳重に守護された国を次々と征服・破壊をし続けてきた『侵略王』と呼ばれる男に他ならない。
その宝具こそが、彼の征服の象徴、侵略王のチャリオットを鎖によって引いていく各地の聖獣、あるいは伝承の獣たちはそのまま、侵略王の侵略そのみで受けたことを意味している。
中央アジア、中近東、南アジア、中国、それらを蹂躙し続けたからこそ、得られた征服の成果ともいえる宝具を駆り、この場に絶対的な破壊を齎す七星側の総大将ともいえる人物の到来は絶対的な優勢へと傾き始めていた状況を、再び膠着へと引き戻すきっかけになりかねない。
『王よ、出過ぎた真似であることを承知で進言させていただきます。此度の戦に置いては、王には後ろにて控え、各人の戦働きを見ていただきたく思っておりました。王が出ずとも、キャスターや他の者が――――』
「そう言うてくれるな灰狼。余とて、心躍らぬ戦であれば前線に任せておこう。攻城戦など、かつての大遠征の折に幾度となく経験してきておる。時代が過ぎ、城が変容したとしても、根本は何も変わらぬのだからな。
しかし……、しかしだ、龍は無かろう。我が覇道にて龍と見えたことはなし。であれば、喰らうてみなければ、気が済まぬわ」
『………、それ以上の言葉を用いたところで、貴方が気を変えることはないと、私の中の初代灰狼も告げております』
「さすがは我が臣下、よく心得ている」
『王よ気の向くままに。されど、これはあくまでも前哨戦、ここで傷を負うことは愚策などあると理解していただきたい』
「無論だ、何、戯れにはちょうどよかろう。我ら人を屠るこの獣と、我が従えし獣たち、どちらが勝るのかをな」
そのまま、まるで空中に道があるように、それぞれの獣が翼を以て空を闊歩し、ライダーへと狙いを定めたファヴニールが真っ向から激突する。
四体の獣と真正面から激突しておきながら、ファヴニールは一切怯むことなく、首を引き上げ、翼をはためかせ、それぞれの獣を破壊してやらんとばかりに爪を振り回していく。
だが、激突をした瞬間に僅かではあるが、ファヴニールの身体に裂傷が刻まれたことをライダーは見逃さなかった。これまでの兵士たち、そしてアーチャーが放った攻撃のいずれもがファヴニールに明確な痛みを与えることが出来ていなかったことと比べれば、間違いなく自分たちの攻撃は通用している。
「さすがは我が覇道を象徴せし獣たち、良いぞ、この戦、勝ちの目が見えてきおるわ」
血塗られた簒奪者はファヴニールへと向かってくる総ての攻撃を無力化することができるわけではない。あくまでも、攻撃と論じるに値しない力を無力化すると言うだけであり、目の前の聖獣たちに激突、そして宝具にまで昇華したライダーの戦車の激突は、災厄の邪龍を以てしても簡単に無力化できるほどのものではない。
「くく、楽しんでおるではないか。さては、後ろで戦を眺めておって、昂ってきおったな」
「活躍の場を奪われたか」
「構わぬわ、妾は戦いになど興味はない。いかに龍を目の前にしたところで、妾が浮かべる感慨などありもせぬ。あれはそもそも、人によって打倒されたもの、人に乗り終えることができるモノを超えるからこそ、錬金術師には意味が生まれるのだ。そうは思わぬか、カシム」
「真理だ、容易く踏み越えることができるモノを追い求める理由は何処にもない」
「お主とはまことに、気が合うのぉ。そうとも、掴めぬと分かっているから追い求める。妾たちは錬金術師、誰よりも人の欲望を肯定するものたちであるのだからな」
四匹の聖獣と黒き災厄の竜の激突、これまで一方的に兵士たちを蹂躙するばかりであったバーサーカーを相手取る存在が現れたことで、タズミ陣営側が一方的な蹂躙劇を行うと言う流れは断ち切られ、再び膠着状態が周囲を支配しようとしていた。
「ライダーに助けられたな、いかにアーチャーやキャスターがいようとも、北欧の竜に暴れられたのであれば、こちらとしても損害を出さずに終わらせることは出来なかった」
「くっ、此処を抜くことさえできれば、バーサーカーの加勢に向かえると言うのに……」
「それはできない相談だ、同じ槍兵同士として、マスターが後ろで見ている最中で、無様な姿は見せられない。双槍を振う女戦士よ、私がいる限り、貴殿が状況を変える鍵になることは起こりえない」
「―――――ッ!!」
バーサーカーが正門の外で、徹底的に兵士を叩くと言う状況が成立すると同時に、双槍の女戦士はランサーの抑え込みへと入った。バーサーカーを主攻とし、兵士たちを叩き続ければ、軍団を引かせることができるかもしれないと言う目算を以ての行動だった。
敵の中核であるランサーを自分が抑え、或いは倒すことが出来れば十分に勝算を見込める状況だったと言うのに。更なるサーヴァントの出現によって、その目算は崩れ始めている。
並のサーヴァントであれば、既に抜けているだろうと思えるほどに双撃を振い続けているが、いまだにランサーは馬上から次々と攻撃を受け止めた上で、迎撃を奮ってくる。
(痛感してはいましたが、このランサーの白兵戦闘、槍兵としての単純な技量は私を超えている可能性すらある。徹底的に鍛え上げてきた槍の武術、馬上戦闘と言う不安定な状況でこそ真価を発揮する戦い方、どこであろうとも同じ力を発揮することができるのだとすれば、これを脅威と言わずに何というのか……)
この城の中では真価を発揮することが出来ていない自分と、自身の武練と技術、そして愛馬というそれぞれが独立して自分自身だけで成立するからこそ、目の前の相手は強い。搦め手で抜かせてくれるほど甘い相手ではないことは分かっていたと言うのに。
「それに――――時間を使って得られたものがあるのは、何もキミたちだけではない」
「え―――――」
ランサーがその言葉に反応した時に、彼女たちの戦闘の背後、アークとルシア目掛けて飛び込んでくる影があった。
「我―――最強也!!」
「はッ、いきなりとは随分な登場じゃねぇか!!」
壁を突き破るようにして、上層階より人間の身体の半分ほどの大きさの棍棒が襲い掛かってくる。アークの防護膜がそれを受け止めるが、ここまで無数の攻撃を受け止め続けてきたそれを以てしても、衝撃を殺しきれず、アークとルシアは弾かれ、思わず床に身体を投げ出される。
「……っ、平気かシスター」
「大丈夫だけど、ちょっと正直考えたくないんだよね、まさかここでさらにサーヴァントが投入されるとか、そんなのってアリ……?」
「アリだろう、俺たち七星は、此処でお前さんたちを徹底的に潰すつもりでいるんだからな」
緊迫した空気など関係なし、話しを聞くつもりもない狂戦士とは裏腹にそのマスターはこの戦場で必死に闘うすべての者を嘲笑うようにして優雅にステップを踏んでくる。
ヴィンセント・N・ステッラとそのサーヴァントであるバーサーカー、まさに血の匂いを嗅ぎつけてきたハイエナのように、最も戦力が増えてもらっては困ると考えられていた戦場へと当たり前のように姿を見せた。
獅子の毛皮を身に纏い、古代の華美な服装に身を包んだ身の丈2メートルはあるであろう大男は、鼻息は荒く、歯ぎしりをしながら、獲物となるであろう相手へと視線を向けて喜色満悦となる。
「我、最強―――英雄ヘラクレス、故に、貴様ら―――全て砕く!!」
「ヘラクレスって……!」
ルシアは背中に嫌な汗が伝うのを覚えた。ヘラクレス――ギリシャ神話に名高き大英雄、十二の試練を乗り越え、ギリシア世界における人間と神の血を引いた最大の英雄とも呼ばれる存在である。
その手に握っている巨大な棍棒、偉丈夫ともいえる身の丈は確かに、その真名がヘラクレスであると呼称されたとしても、何ら違和感はないほどの貫録を持ち合わせている。
狂戦士であることから、色は鈍く、ダブついてしまっており、彼の本質がどんな存在であるのかはどうにも判然としないところではあるが……、もしも、相手がヘラクレスであるのだとすれば、この場においては致命的もいいところだ。
真名は明らかにならずとも、これまで無数の猛攻を全て捌き続けてきたランサーとバーサーカーを相手に戦闘を継続することができるライダーやアーチャー、兵士たちと言う戦力を数えなかったとしても、これほどのものがひしめき合っている中で、狂戦士とかしたヘラクレスの出現など、到底対応できるものではない。
「ギリシャ最高の英雄を狂戦士にか。単純な力の常勝って意味なら、機能としては上等なんだろうが、実際の所はどうなんだ? 英雄ってのは自分で考え、自分の経験に基づいて戦うものだろう? 正気であればこそ、強さを発揮できる。そこのランサーのようなタイプだな」
悲観的なモノの考え方をしてしまっているルシアとは対照的にアークは平時と変わらない態度で言葉を続ける。むしろ、マスターであるヴィンセントに向けて問うような態度を崩さない。
「そう考えれば、ヘラクレスをバーサーカーとして召喚するってのはどうなんだ? あれだけの英雄を狂化させれば、それだけ出力の上でも負担の幅は大きくなる。ましてや、そいつが本当にヘラクレスなら、さっきの奇襲はより高度な方法で実践されていたはずだ。気配すら読むことが出来たかもわからん。
どうだ、バーサーカーのマスター、俺はあんたの戦術を宝の持ち腐れか何かだとしか考えることが出来ないんだがな」
「へっ、随分な口を利いてくれるじゃないか。確かにその通りだ、本気で聖杯戦争を勝とうと言うのなら、ヘラクレスをバーサーカーに押し上げるのは愚策だ。その暴走の手綱を引くことができるほどの優秀な魔術師か魔力タンクでもなければ、こちらが干からびておしまいさ。
けどな、英霊、サーヴァントなんてもんは所詮は駒であり、使い魔だ」
ヴィンセントは口角を釣り上げて笑みを浮かべ、それからタップダンスをするように、その場でステップを踏む。
「俺はそもそも、この聖杯戦争の最終的な勝利者になりたいと思っているわけじゃない。お前らだって見えるだろう、あの空中で戦っている偉大なる侵略王の姿が、英雄シークフリートもかくやと言わしめた悪竜ファヴニールを相手に真っ向から戦えている、あの英雄こそが此度の聖杯戦争の勝利者となる。
俺は灰狼の手駒であり、同盟者さ。侵略王がこれより始める覇道の先駆けとして邪魔者を徹底的に磨り潰す。それでおこぼれをもらう。その為に戦っているんだ、ある程度のリスクを度外視して、強い英霊をさらに強くするってのは俺からすれば、当たり前の発想じゃねぇか?」
「なるほど、ようく理解できたぜ」
ヴィンセントの口から漏れ出てきた言葉に、アークは拳を強く握る。声色こそ、さきほどまでと何一つ変わらない様子がうかがえるが、表情や仕草には拭いきれない怒りが込められている風に見えた。
「お前さんが偉大な先人たち、英霊と言う存在に何一つ敬意を持たないクソ野郎だってことがな」
「敬意を持つ必要があるか? 所詮は過去の存在だろ。今の歴史を創るのは今の時代を生きる者たちだ。英霊たちが過去にどれほどの偉業を積んだとしても、召喚されなければ世界に干渉することはできない。
サーヴァントと言う言葉は言いえて妙だな、どれほどの悪逆非道、王侯貴族であろうとも、召喚され令呪に操られれば、その王冠を奪い去られる。滑稽だ、栄枯盛衰も甚だしい。
サーヴァントってのは純粋な戦力だ、俺にとっては聖杯戦争と言うビジネスチャンスを生かすための道具に過ぎん。英霊の矜持に基づいた忠義や友情ごっこは余所でやってくれ。俺は俺のうまみを得ることが出来れば、それで十分すぎるからな」
「………、アーク、あんたがあいつを鼻持ちならないって思った理由、私もよく分かったよ。あいつは英霊に対して敬意を払う者であれば、見過ごしておけるような奴じゃない」
「そうだな、あいつが本当にヘラクレスであるのかどうかは置いておくにしても、あんな野郎に呼び出されて、狂戦士へと変貌させられたとありゃ、解放してやるのも一つの救いなのかもしれない」
ルシアもアークと同様にヴィンセントへの拭いきれない嫌悪感を覚える。
あれは我欲のために生きる存在だ、誰かの願いの為に闘うことを装う事が出来ても本質的には自分の為だけにしか戦うことができないタイプであるがために、ルシアやアークとは相いれない。
所詮、それは数多ある人間の心の持ちようの違いでしかないのだろうが、人間は相反する人間の主張の総てを鵜呑みすることができるほど、洗練されてはいない。
「なんでもいいぜ、俺は。実利主義や理想や主張は好きにしてくれ。俺は俺が稼げればそれでいい。俺が最も得する展開になるのなら、それで十分だ。灰狼と侵略王に手を貸すことが最も利があると思っているんだ。否定したけりゃ、その現実を覆して見せろ。出来るとは思わないけどな」
「そんなものはわからないでしょ。あんたたちがサーヴァント総出で戦っているとしても、それはこっちも同じ。誰か一人でも倒しきることが出来れば、一気に状況を覆すことだってできる。あんたたちの大将のようなサーヴァントだってファヴニールを完全に制することが出来ているわけじゃない。だったら―――」
「だったら勝てる? 悪いな、シスター、それは目算が甘い。残念だが、お前たちが考えている以上に、もう状況はお前たちが覆せない状況にまで来ているんだよ」
ルシアやアークたちは知らない。既に城の攻撃が開始された段階でジャスティンは死に、アサシンが消滅に追い込まれていることを。
その二人を追い込んだ七星散華とアサシンによって、今度はエドワードとアーチャーが標的とされ、再び重傷を負わされていることを。
その場にキャスターと朔姫が向かった以上、もはやここに更なる増援が現れることはない。この場における状況変化はこれにてすべてが終わったと言うことになる。
守る側はランサーとアークとルシア、攻める側はリゼとランサー、ヴィンセントとバーサーカー、サーヴァントの数で言えば互角であり、マスター同士の戦闘が発生しなければ、どちらが有利であるのかを一概に語ることは難しいだろう。
それでも、ヴィンセントは自分たちこそが有利なのであると語る。それは決して変わらないのだと。
「シスター、あんたはさっき、あの龍と我々が互角の状況にあると言ったな。であれば、それは大きな誤解、そしてあんたたちの読み違いだ。
この地に立っている王は―――侵略王だけじゃない」
「――――其は解放の光なり」
その言葉は、拡声器を使っているわけでもなく、空より放たれた言葉でもなく、されど、このセレニウム・シルバに集う多くの者が同時に耳にした。
それは宣戦布告のようであり、同時に悪竜に咽び泣く人々を救済する天の声のようであり、同時に激突するライダーとバーサーカーにとっての攻撃宣言でもあった。
「ふん、ここまでか……!」
『王よ、戯れの時間はこれにて』
「わかっておるわ、暫しの戯れ楽しませてもらったぞ、龍よ。貴様との決着、最後まで果たしたかったが……、我が臣下よりの願いである。貴様がこれより先もここに存在するのであれば、改めて決着をつけようではないか」
四匹の聖獣たちが咆哮を上げて、再びファヴニールへと激突し、ファヴニールが怯んだ瞬間に、チャリオットが反転し、ファヴニールの元より、離れていく。
「ナンノ……ツモリダ……」
己から飛び込んできておきながらも、戦力の差を理解して撤退を果たそうとしているのかとファヴニールは殺意と本能に支配された脳で考えるが、彼我の戦力差が遥かにあるとは考えづらい。
むしろ、あのまま戦闘を続ければ、こちらが損傷過多になっていた可能性すらも考えられる。であればなにか―――そう考えた矢先である。地上より伸びあがる円筒の光を視認したのは。
「救世の光―――彼の光こそ、我らが乗り越えねばならぬ偉大なる王の放つ輝き」
『ええ、あれは正道の光、人々が願った救済の光、我らが目指す覇道の対極にあるもの、善神の加護を受けた勝利の剣』
「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」
眩き円筒の光が収束していき、それが一条の光となったことをファヴニールは理解できただろうか。
その眩き光が垂直に昇り上がっていた光が収束すると同時に、己に向かって、その溜めこまれた光のエネルギー総てが光熱よなって己に襲い掛かってきたことを、彼は理解できただろうか。
「ウオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
絶叫――――黄金に見初められ、絶対的な防御力を与えられたはずのファヴニールが一切の抵抗をすることも許されずに、その身を崩壊へと導かれていく。
その熱たるや圧倒的、邪龍をかつて滅ぼした天魔の剣に勝るとも劣らないその光は、救いを待つ誰もが願った絶対善に見初められた救済代行者の剣。
「宝具―――『解放せし、救済の剣(キュロス・シリンダー)』!!」
サーヴァント:セイバー、その真名は―――キュロス2世、アケメネス朝ペルシャ建国王、旧約聖書に刻まれた解放の王にして、救世主と呼ばれた古代オリエントに名を刻んだ救世王。
そして―――、
「おお、素晴らしき光かな、キュロスよ。我らが神もその光を喜んでおられる」
絶対善神アフラ・マズダを崇拝し、ゾロアスター教をアケメネス朝の国教とした人物でもある。
光の奔流に呑み込まれ、悪竜がその羽ばたく力を失い、地上へと落下していく。人々を救済し、光を齎す絶対神の加護を受けた剣の前に、おとぎ話の如く、神話になぞらえながら、邪龍はその役目を終えていく。
それは同時に―――、タズミ・イチカラー陣営の敗北が決定した瞬間であった。
サーヴァントステータス
【CLASS】バーサーカー
【真名】ファヴニール
【性別】男性
【身長・体重】218cm/159kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷E
魔力B 幸運E 宝具A
【クラス別スキル】
狂化:C
敏捷と幸運を除いたパラメーターをランクアップさせるが、言語能力を失い、
複雑な思考が出来なくなる。
【固有スキル】
黄金の指輪:EX
アンドヴァリの呪いを受けた黄金の指輪。近づくものは敵味方の区別無く破滅の運命をもたらす。
変化:A++
竜種に姿を変える。本来魔法の領域にも迫る所業だが、バーサーカーは黄金の指輪の呪いによってこれを可能にしている。ただし、このスキルを使うことによって狂化による思考制限が本格化し、マスターの命令を受け付けることが無くなる。
【宝具】
『血濡れの簒奪者』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大捕捉:1人
バーサーカーの全身を覆う、ラインの黄金の一部である赤黄金の竜鱗の甲冑と兜。自らに向けられた
あらゆる魔力を飲み込み、その防壁をより強固なものに変える特性を持つ。また竜に相当する強靭な耐久性によってAランク以下の攻撃を一切通さない。これを突き破るにはその吸収力を上回る出力を誇る大魔術か、この宝具のランクを越える神秘をぶつける以外方法が無い。エーギスヒャルムはバーサーカーが所持していた財宝の一つであり、見たものは恐怖に囚われるという事から戦場に赴く戦士の被る物ではないと言われた。