Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『セレニウム・シルバ』――
――覚えているのは火の景色、何もかもが燃え盛り、何もかもが消えていく破滅の記憶。
――覚えているのは故郷の景色、炎に包まれる前に確かにあった懐かしい故郷の記憶。
ああ、決して脳裏から消え去ることがない凄絶なる記憶、どこまでも燃え広がるかつての故郷に咽び泣く。
無力を感じ、多くを奪われ、何一つできずに、逃げることすらも満足に許されずに終わりを迎えてしまった自分の姿をどうして忘れることができるだろうか。
忘れられるはずもない、忘れていいはずがない。忘れてはいけない理由がある。
問おう―――進む先に待っているのが地獄であったとしても、先へと進むことだけが立ち上がるための活力になるのだとすれば。膝を折らぬ限り、何度でも己の身体を突き動かす原動力へと変えることができると言うのならば。
それが、復讐や殺戮と言う愚かしいほどの間違いの先にしか、見出すことができないモノは一体どうすればいいのだろうか。
願いを叶えるために、笑顔へ辿り着くためには何があろうとも殺さねばならない奴がいる。そいつの願いを踏みにじり、噛み砕き、完膚なきまでに叩き潰さねばならない相手がいるとして……、そんな願いに端を発した行為に手を染めた者は、果たして幸福になれるのだろうか?
一度でも何かを失った者は、涙を呑んで総てを忘れるしかないのか?
故郷を、家族を、あの幸福を……笑顔に溢れていた日々を。残らず闇に葬り去られた不条理を、寛大な心を以て、俺は許さなければならないのか?
お前は正しい、賢いのだと称賛されて。これで良かったなどと慰めるなどと、そんなこと―――ふざけるな、認められるか。そんなお題目は糞喰らえだ。
だからこそ、見つけなければならないだろう。地獄の先に花を咲かせることができる方法を。闇の果てへと踏み入りながら、それでも再び追い求めた陽だまりへと辿り着ける道筋を。
目の前に立っている男の顔を忘れたことなど一度たりともない。あの日に俺達の村を襲撃した男、俺達から故郷を、家族を、幸福を全てを奪い、今もなお、そんな些末事は忘れてしまったと笑って答えるこの男をどうして許しておくことができると言うのか。
「ガキ、お前の名前は?」
「名前は捨てた。今の俺は、レイジ・オブ・ダスト、お前たち七星を滅ぼす、星屑の怒りだ!!」
「笑わせるねぇ、星屑の怒り? 七つの星から零れ落ちた屑星が、どうやって俺達以上に輝くっていうんだ。お前に出来ることはあの日のように吠え面かいて、地べたに這いつくばることだけじゃないのか?」
「あの日の俺と同じなのかどうかは、今からじっくり試してみればいい。対価は……お前の命で十分だ!」
「お前に出来るのか、俺を、ヴィンセント・N・ステッラを、お前のようなガキが、喰らうと、やってみせろよ、なぁ、バーサーカー!!」
「我―――粉砕せん!!」
それまで動きを止めていたヴィンセントの隣に立っていた巨躯が、ようやく出番を与えられたとばかりに雄たけびを上げて、宙へと飛び上がる。
巨体に似合わずに俊敏な動きをするそれは、俺が背中から剣を抜き去る機先を制しようと、戦略など一切なさげに見える突貫を以て飛び込んでくる。
「レイジ、お前はお前の復讐を果たせ。英霊の相手をするは英霊に任せておけ」
「信じていいな」
「それが我らの役割である限り……!」
短い言葉で互いの同意を受け取る。アヴェンジャー、ティムールはバーサーカーの相手をすることを引き受けると、その手に握った戟を以て、大地を砕くのかとばかりに叩き付けられるこん棒と激突した。
『むっ、こやつは……』
「知り合いか?」
『いや、知らんな。知らんが、知ってはいる』
『理解不能なことを言わないでくれ。こんな野蛮な争いに巻き込まれているだけでも辟易しそうなんだ』
「勝手にしゃべるのは結構だが、戦の邪魔はするな。我が潰れれば貴様らも道連れだ」
「貴様、強者。我、ヘラクレスが討つに相応しき強者、滾り、渇望、破壊する!!」
己の最初の一撃を受け止めたことに喜びを覚えたのか、バーサーカーはアヴェンジャー目掛けて次々と棍棒による殴打を繰り返していく。それは単純な攻撃に過ぎない。
兵士たちを率いて、騎馬を駆けて、大陸の戦を続けてきたティムールからすれば、あまりにも原始的な殴るだけの初歩的な暴力衝動。人間だけが持ち得る技術や武術といったものを完全に無視したプリミティブな本能任せの戦い方と言っても過言ではない。
しかし、こと人間同士の戦い、特に白兵戦において、絶対的な法則が存在する。それは、基本的な体格差、大きく、太いものこそが相手を凌駕する。単純な力量差をも覆すほどに身体的な特徴というものは、暴力によって相手を制する戦場において意味を成す。
ティムール自身もその身長や体格は、通常の成人男性と比べても遥かに大きいが、目の前のバーサーカーの背丈はそれをも遥かに凌駕する。筋肉量という面においてもめざましく、まさしく戦闘者として生きていることこそが正しいと言わんばかりの様子である。
それがいまや狂戦士として、見境なく攻撃をしてくると言う事実、それは圧倒的なまでの破壊力へと結びつくことに疑問を呈する者はいないだろう。
『ふん、力任せで戦い方の良さも何も評価できん存在ではあるが、であればこそ恐ろしいか』
『さっき、こいつは自分のことをヘラクレスって口にしたけれど、それが真名?』
『さて、ギリシャの大英雄ヘラクレス。そやつが実はこのような脳みそまで筋肉に侵されているような奴であったとすれば、少しばかり残念ではあるがな』
「ヘラクレスは、絶対ッッ!!」
狂っていてもこちらの口にする言葉をある程度は理解しているのか、癇癪を引き起こしたかのように、バーサーカーはさらに殴打を連続させていく。圧倒的な破壊力のある一撃を、自身の肉体一つで何度も何度も攻撃に転用させていく姿に、アヴェンジャーは己の得物を使って防御を続けていくほかない。
暴乱の嵐がいつ収まるともわからない中で迂闊な攻撃をすれば、この英霊は自ら攻撃を受けた上でアヴェンジャーを潰しにかかるだろう。
「単純な身体能力1つでここまでの脅威になることができるか、このような者たちがまだ6体もいる。安い復讐ではないな」
『望むところであろう、安い復讐になど付き合う道理もなし』
「それもそうか……!」
がむしゃらに振われていく攻撃に捌きつつも、アヴェンジャーは巧みにその場を動きつつ、バーサーカーとヴィンセントの位置を離していく。
此処が森の中である以上、いかにバーサーカーが令呪を使えばすぐにヴィンセントの下へと戻ることが出来たとしても、心理的なプレッシャーを与えることができる。
幸いなことにレイジなアヴェンジャーの戦闘など気にも留めていない。目の前の復讐対象を破壊することだけに集中しているのであれば、アヴェンジャーもレイジのことを気になど留めない。
己が始めた復讐なのだ、己で決着をつけることもできないようではこの先が思いやられる。契約を果たしたとはいえ、歪な召喚のされ方をしたのも事実、であればここらで一度、レイジ・オブ・ダストという少年の真価を見届けておくことも悪くはないと、珍しく、三人の英霊の意見は一致していた。
「サーヴァント同士の争いではこっちに分があるな。お前の英霊、どこのどいつだ。既に14のクラスはすべて埋まっているはずだが、それともセイヴァ―のような特殊クラスか?」
「お前に話す道理が何処にある!」
「おいおい、しけたことを口にするんじゃねぇよ。少しは話を盛り上げてくれなきゃ、こっちだってやる気にならないだろうが。お前が灰狼の言う『アベル』だっていうのなら、なおさらだ。盛り上げたいのなら、相応のことをしなくちゃ盛り上がらないぞ」
「わけのわからないことを口にするな、俺はアベルなんて名前じゃない!」
振るわれる大剣の攻撃が幾度も幾度もヴィンセントに向けて放たれていく。
対してヴィンセントは、自身の懐に忍ばせていた仕込杖でそれを受け止める。質量の差では全く釣り合ってもいないと言うのに、レイジの攻撃を受け止めるその姿は、明らかに異様であるが、レイジはそれを疑問に思うよりもなお、攻撃の手を緩めないことを選択する。
「これ、結構すごいだろう? 金にモノを言わせて選ばせた最高級の素材をカシムの旦那の錬金術でさらに強化させた、世界で最も硬い仕込杖だ。俺はカシムの旦那や散華ちゃんのような七星の血に選ばれたわけでもなし、ヨハンのように修業を積んでいるわけでもないからな、最低限護身が出来ればそれでいいのさ」
「随分と軽口だな、自分の手の内がないことをそんなに軽々しく口に出来るのは自信の表れか」
「そりゃそうだろう、いくらお前がアベルだろうと、素人相手に本気になっちまったら、それこそ七星の名折れだ。それとも、お前、まさか、奇襲を仕掛ければ、俺が本気でビビッて逃げ出すとでも思っていたのか?」
仕込杖が動き、レイジの上体が揺れる、すぐさま剣を振わんとするが、剣が木々の間に引っかかり、さらに体制を崩すと、ヴィンセントは仕込杖を離し、目にもとまらぬ速さで忍ばせていた拳銃を手に取ると、レイジ目掛けて躊躇なく銃弾を放つ。
「ぐっ……」
「痛みは覚えるようだな、そりゃいい。殺しがいがある」
そのまま、さらに銃弾を放ち、レイジの腕と足に多数の銃創が生まれ、出血が彼の身体を染め上げていく。
「がぁあがぐぅ……」
「ステッラファミリー頭目、ヴィンセント。俺はマフィアの頭目だ、俺のことを邪魔だと思っている人間なんて、星の数ほどいる。いつだって命を狙われているんだよ、当然、準備が出来ていなくても対応しなくちゃならん、そりゃそうだな、対応しなけりゃ俺は死んじまうんだから。
テメェのような素人以上の奴が襲ってきことも何度もある。部下の命を捨てたこともあるし、逆に助けられたこともある。分かるか、小僧。お前ががむしゃらに俺の命を狙った所で、俺からすれば驚くべきことでもない、日常の中の出来事に過ぎないんだよ」
「俺にとってはおまえらと関わったことは日常なんかじゃない」
「運が悪いと思え。そんなこと、この世の中には幾らだってある」
「運が悪かった、だと……?」
意味が分からない、理解が出来ない。この男はどうして、そのような言葉を当たり前のように口にすることができるのか。
奪われれば苦しいのだ、辛いんだ、心が張り裂けそうなんだ。どうしようもなく吐きだしたいほどの辛さがあって、それを必死に心に押し留めなければいけなくて、地獄の中で生きているような気持ちなのに……
それなのに、この男は……、それを当たり前のように受け入れろとそう口にするのか。
「お前は、悪魔だ……」
「今更だろ、俺のために何人殺してきたと思ってる」
銃で撃たれ、痛みを伴っているはずの身体、血を流し、冷たくなるはずの身体に再び力が籠っていく。拳に握る力が戻ってくる。どうしようもなく、許し難い存在に、同情の余地など一遍もない悪魔を相手に、滾る心は今や最高潮へと至り始める。
別に殺人が許されて良いことであるなどとは微塵にも思わない。俺がこれからする所業によって涙を流す人間がいることなんて、自分で体験したことなのだから、想像の余地は幾らでもある。それが人間として正しくないことも分かっている。
だけど、それでも……、許せないだろう。故郷を焼かされて、家族を殺されて、総てを失った元凶の男がそんなものは知らない、自分は悪だとふんぞり返っている姿など、どうして許していられるんだ。
大儀なんてないことは百も承知。所詮は俺の自己満足、それでも、分かる。この男だけは生かしておいてはいけない。生かしておけば、第二、第三のレイジ・オブ・ダストを生み出すことになる。
「うあああああああああああああああ!!」
身体の怒りに呼応するように、俺が握る大剣の刀身に軋みが奔る。同時に、その連結部分が解放され、大剣の真の姿を晒し出す。
「なにッ――――」
「切り裂けェェェェェェ!!」
世に蛇腹剣というものがある。刀身の中に細かな刻みをつけることによって、それらが連結部分から蛇の身体のように伸び、奥行きを混ぜた形で三次元的な軌道を果たす剣の事である。もっとも、理論上は使用することができると考えられていたとしても実際には夢物語であると言う風にも捉えられている。
連結部分と言う箇所を一本の剣の中に造ることは明らかに構造的な欠陥を呼び起こすだけである。刀が錆びて、摩耗することによって、刀身が崩れ、凸凹になった箇所から腐敗が始まるのと同じように、一つの形を成した鋼に対して、手を加えることはそのまま剣の構造的な欠陥として生じる。
なおかつ、仕手としての戦い方にも大きな影響が出る。蛇腹剣が通常の剣よりも奥行、そして範囲的な広さによって敵手を破壊するための武器である以上、仕手にはその剣に付与されるだけの遠心力が負担として掛かってくる。
鎖や鞭といったものを自由自在に扱うにしても、剣を扱うのとは全く別の鍛錬が必要になることは言うまでもなく、巨大な剣を縦と横に振るう膂力があるからと言って、それらの武装を自由自在に使う事が出来るのかは全くの別の話し。
故に、本来であれば理屈の上でしか使いこなすことはできないと考えられている剣であり、ヴィンセントはそのような武器を使う相手のことを知らなかった。
対策を持ち出すよりも先に、ヴィンセントの身体に巻きつくように剣の刃が突き刺さり、肉を抉りながら、彼の身体より鮮血が空へと上がる。
「……っ、ぐぅ、てめぇ!!」
「舐めているからそうなる。言ったはずだぞ、今の俺はあの時の俺とは違うと」
再び振るわれる俺の剣は、大きく弧を描きながら、ヴィンセントの真上より、その牙をむき出しにしていく。
当然、ヴィンセントは仕込み杖での防御を選択するが、その動きを見越していたとばかりに、剣の軌道を変え、無理矢理に真上から左に軌道が動き、左上から斜めに振り堕ちる軌道へと変わり、ヴィンセントへと襲い掛かっていく。
この剣はそこらで拾った剣じゃない。俺の身体の中に刻み込まれた七星の魔力を使用することによって起動する、いわば、この蛇腹剣の状態は通常の人間がこの剣を使った所で、その形態へと変化させることはできない。
あくまでも七星の魔力を注ぎこむことによって変化する魔術を前提にした剣であり、奴の握っている仕込杖と恐らくは同じ材質で作られているために強度としても決して見劣りするものではない。
何故、同じ材質の剣を俺が偶然持っているのか、何故、七星の魔力を前提にする武器を、七星に縁もゆかりもないはずの俺が持っているのか、それも今更な話しだろう。何であろうとも使い潰してやるとも。俺を侮ってこのようなモノを与えたことを必ず連中には後悔させる。
「ぎぃ……」
肩を切り裂かれ、思わず仕込杖を握る腕を震わせるヴィンセントは、自分の額に汗が浮かんでいることを自覚したようだった。先ほどまでの頭上から俺を見下すような様子から、自分の命の危険が迫り始めてきていることを自覚し始めたのかもしれない。
当然だ、そうでなければ困る。俺はお前を殺しに来たのだ。あの日の罪を清算させるために来たのだから。お前からすれば日常茶飯事の悪事の一つに過ぎなかったとしても、俺達は人生を歪められた。未来を夢見ていたであろう仲間を失った、俺たちの成長を楽しみに、日々を生きていた故郷の大人たちの嗚咽の声はいまでも耳から離れない。
何よりも、ああ、そうだ。お前が俺達に追いついた時に、ターニャをお前に奪れたあの瞬間に感じた屈辱を、二度も覚えるわけにはいかないだろう。
身を引き裂かれるような苦痛は一度で十分だ、今度はそれをお前に返す。お前と言う絶対的な悪に対して、俺はこの刃と身体を以て復讐する。それができないのならば、お前の言う通りだよ、俺は所詮屑星でしかないのだろうさ。
そんな己を呪ったから、どうしようもなく運命は自分たちを追い詰めていくから、だからこんな地獄から這い出るためにも、お前たちを一人残らず潰してやらなくちゃいけないんだ。
俺のような人間をもうこれ以上増やさないために、俺の心に決着をつけて、前に進むことができるように。何よりも、この先には、地獄の先にだって花が咲くんだってことを証明するために。
「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」
けれど、それがこんなにもあっさりと終わるはずもなく、先ほどまで俺を完全に見下していたヴィンセントの空気が、反応が大きく変質していくことを理解させられた。
「悪かったよ、小僧、いいや、レイジ・オブ・ダストだったか。どっちでもいい、俺は確かにお前のことを舐め腐っていた。あの時のお前の事しか知らなかったし、アベルという力の意味もはっきりと自覚していなかった。
だが……、ああ、俺もそれなりの修羅場は経験して乗り越えてきた自覚はある。お前はここで潰しておかなければ地獄の果てまで追いかけてくる。そして、その因果が俺の命を奪いかねないと、俺の第六感が告げている」
「ようやく、本気を出す気になったか」
「何を嬉しそうにしていやがる、これから後悔するのはお前の方だよ、俺に七星の血を使わせたことを後悔しながら死んでいけ!」
瞬間、これまで俺の行動を嘲笑いながら、まともに動くことをしなかったヴィンセントが自分から動き出す。一歩、二歩、素人の動き方じゃない。音を殺し、気配を殺し、ほんの瞬きの瞬間には、既に勝負を終えているであろう暗殺者の一閃が俺の首下へと襲い掛かる。
「――――――――ッ!!」
勘付くことが出来たのは紛れもなく運であるとしか言いようがない。それでもヴィンセントが抜き出した仕込杖の中の刃は俺の首下を切り裂き、もしも、気付いていなければ、今頃、俺の頸動脈は完全に切り裂かれ、失血で意識を失っていただろう。
「あらら、一撃で決めるつもりでいたのに、随分と危機察知がいいじゃないか。ヨハンに見切られた時のことを思い出すぜ」
再び姿を消したかのように、ヴィンセントの姿を見失う。そして、一撃を放つ瞬間、今度は背後から、俺の心臓目掛けて背骨と肋骨を貫くことを前提とした一撃を放たんとし、咄嗟にわざと身体を前に倒す。
それが自分の態勢を崩す行動になるなんてことはわかりきっているが、そうでもしなければ、完全に刺突の態勢に入った相手を避けることはできない。
「へぇ、やるねぇ、そこまでやるとわかって、こっちも手を出しているんだがな」
前へと倒したはずの身体を背後から思い切り掴み上げられ、自分の意思ではなく、相手の無遠慮な勢いを以て地面へと叩き付けられる。
「ごぉ――――」
土の味が口の中へと広がっていく。あまりにも見知った味すぎて、何の感慨も分からなかったことが幸いした。
すぐさま、上から振ってくる刃を紙一重で避けると、上体のバネを生かして、攻撃を外したヴィンセントへと頭突きをかまして、再び大剣へと戻った剣で、ヴィンセントへと一刀を放つ。
「しぶといじゃねぇか、この野郎」
「当たり前だ、こんな簡単に死ねるのなら、あの日に、お前たちに命を奪われている」
「まるで害虫だな、何処からともなく姿を現して、排除しようとすればいつまでも居座っている。うざったらしいことこの上ないぞ、テメェは」
一度距離を取る。此処までの戦闘でこの男に距離を離したところであまり意味はないと分かっているが、それでも一度は離れておかなければ次に何が飛び込んでくるのかもわからない。
(ヴィンセント・N・ステッラ、この男の魔術はおそらく隠遁か何か。俺が奴の行動を読み取ることが出来ないのは、行動に移る一瞬に、何らかの魔術を作用させることで、俺の視界から離れることができるようにしているからだ。そして自分の身体の危機察知が反応した時には既に命を奪う段階にまで入っている)
この身体の中に仕込まれた忌まわしい力がなければ、ヴィンセントの術中にはまって、あっけなく命を落としていたであろうことは間違いない。
恐るべき力だ、これでマフィアの頭目? 馬鹿を言え、こんなものはただの暗殺者だ。気配を殺して、相手の急所を狙える位置にまで近づき、防がれたのなら、すぐさま次善の手を打つ。それがあまりにも、スマートに決まってしまっているから、誰にも気づかれずに為し遂げることができる。
「そう警戒した顔をするなよ、俺なんて、今の七星の連中の中では弱い方だよ。七星ってのは元々暗殺一族だ。魔力を断ち切ることだけが注目されているが、それはそれとして殺しの技術を磨きに磨いた奴らだっている。俺たちステッラに流れる血はそうした暗殺に特化したものだ、散華ちゃんが一番似通っているが、あんな天才と一緒にされたらたまったもんじゃない。
俺の技術は―――あくまでも人間の延長上にしかないんだからな」
「随分とおしゃべりだな、そんなことまで口にすることが不利になるとは思わないのか?」
「不利になることはないだろう。こうして戦ってみて分かった。お前は戦いの素人だ」
「………!」
「俺達に対抗するための力を与えられたのは間違いない。サーヴァントなんて特級の物まで連れてきて、そんな外見だけ取り繕った姿でいられるのも驚きに値するさ。随分と俺に対する怒りを燃やしているのもな。
だが、お前は元々戦うために生まれてきた存在じゃない。戦いに慣れているわけでもない。与えられた力をただ振り回しているだけだ。それじゃあ、勝てんよ。他の連中の所に向かった所でお前に与えられるのは無残な死だけだ」
「だから、どうした」
「責任を取ってやると言っているのさ」
「責任だと……?」
「お前をここまでにさせちまった責任さ。あの日に俺がお前に手を出さなければ、ここまでお前が苦しむこともなかっただろう。だから、その責任を取って今度こそは殺してやる。それでツケは終わりにしようぜ」
ヴィンセントがまるで慈悲を押し付けるような言葉を口にしたことに、握る剣の柄を破壊してしまうのではないかと思うくらいに強く握りしめる。何だ、この男は何を言っている。何を勝手に自己完結している。
お前に殺されることが俺の救い? 誰がそんなことを言った、誰が望んだ。勝手にお前の理屈で俺と言う存在を推し量るなよ、虫唾が走るぞ。
「馬鹿なことを、言うな……、お前に救われる道理なんて微塵も存在しやしない」
「そうかい、悲しいねぇ。復讐に塗れた連中なんてみんなそうだ。最後まで恨み節を語って死んでいく。辛いよなァ、復讐塗れで先のない人生なんてものは」
「そうだ、だから、お前を殺すんだよ、この先へと進むために」
我が物顔でまるでそれこそが俺にとっての救いであるとばかりに語る男が許せない。どれだけ手を尽しても、かつてと何も変わっていないとでも言わんばかりに、この男は俺を見下ろしている。そんなことが許せるか、凌駕するって決めたんだろう。でなくちゃ、あいつらにまで笑われる。自分を許せなくなる。
力を籠めろ、レイジ・オブ・ダスト、お前は……七星を滅ぼすための存在なんだろう。此処で躓いてどうする。こいつを滅し、そして残る七星たちも全て倒すとお前は決めたんじゃなかったのか。
「お前だけじゃない……、俺の中にだって、忌まわしい七星の血は宿っている。お前たちが与えてくれたこの忌まわしい血がな」
ドクンと身体の中が励起する。本来持ち得ていなかったはずの血が解放を今か今かと待ちわびている。早く眼前の敵を殺すために解放しろと叫んでいる。
ああ、うるさい。すぐに与えてやるよ。奴の血を――――ッ
・・・
「おお、我が圧倒なりしはヘラクレスの力、ギリシアに名を轟かせ、世界にその勇名を刻みこみし、絶対的な勇者であろう!!」
レイジとヴィンセントの死闘が繰り広げられている横で、アヴェンジャーたちとバーサーカーの戦いはまさしく一進一退の攻防が繰り広げられていた。当初の戦いから見えていたように、常に攻撃の起点になっているのはバーサーカーである。
原始的な本能による攻撃、相手を破壊することだけを前提とし、己の鋼の肉体に刻まれる傷など一顧だにしないという態度のままに、ダメージの総量を以てアヴェンジャーを敗北へと至らせんとしている。
『ジリ貧だな』
『そんなことを言うならあんたが戦ったら?』
「そうしたいのはやまやまだが、ティムールは儂にその座を明け渡したくはあるまい。この中で単一的な戦闘力で見れば、儂よりも奴の方がはるかに強いからのぅ」
『じゃあ、あんたは文句をつけているだけじゃないか』
『そうでもない。確証とまではいえんが、バーサーカーの真名に心当たりがある』
アヴェンジャー:ティムールが表層人格としてバーサーカーの攻撃を受け続けている間にも、内部人格に宿っている老人の人格は、狂えるバーサーカーの攻撃とその僅かな言語から、相手が誰であるのかについての予測を立てていた。
完全な看破を行えたわけではないが、老人はその仮説に決して疑いを持ってはいなかった。他の英霊であればまだしも、こと、目の前のバーサーカーからは匂い立ってくるのだ。腹立たしいほど、憎からしい気配が。
かつて、己を生涯をかけてまでも打倒を誓いながらも、最後にはその総力を以てして敗北せざるを得なかった者たちに連なる魂であることがどうしても臭ってくる。
「ヘラクレスは最強、故に我―――最強也!!」
「馬鹿を言え、貴様はヘラクレスではなかろうが」
「――――――――――」
身体はそのままに、表層人格としてあげられる声が変わる。ティムールではなく老人の声を以て、狂える英雄に、己の真実を叩きつけるために。
「ヘラクレスとはギリシャ第一の英雄、勇猛果敢であり、数多の神話に影響を与えた勇者であろう。奢るなよ、贋作が。貴様からは匂って臭って仕方がないのだ。
儂が挑み憎んだローマの匂いが立ち込めておる!! 誰の認識を阻害出来ても、この儂の、
鉄と鉄の激突する音、そして、ここまで常に攻撃の面で優勢に立ち続けていたはずのバーサーカーがティムールの攻撃によってたたらを踏み、後ろに下がる。気合の面において、明らかな動揺を誘われたのは間違いない。
ハンニバル・バルカ、アヴェンジャーの中にいる老人が口にしたその名前は、ヨーロッパと言う世界がまだ開かれるよりも以前に、ヨーロッパの基礎を生み出したローマがいまだ帝政ではなく、共和制であった時代に、ローマの敵として君臨した存在である。
世界各国で多くの軍師と呼ばれる者たちが生まれ、後世に置いてその実力を評価され、比較されてきた。あらゆる時代の軍師たち、将を集めて、その戦略・戦術の面で争わせれば、誰が勝るのか。
とある歴史家は語った。それはカルタゴの名将ハンニバル・バルカであると。
父より与えられたローマ打倒の宿願、前人未到のアルプス越え、幾度に渡るローマ軍との戦いでの大勝、何よりも敵国であるローマの中で数年間に渡り、本国に帰還することなく保ち続けた補給線の維持は今の時代になっても尚、ハンニバルの謎であり同時に彼を恐るべき名将であると断定する大きな理由となっている。
彼がその生涯で明確な敗北を喫したのは、ローマ最大の英雄の1人であるスキピオ・アフリカヌスとの一戦のみ、それですらも既に国と国の謀略によって敗北が決定的と戦う前からわかった中での戦であった。
生涯に渡って、ローマの打倒を願い、その願いを叶えることなく、そしてハンニバルの死と共にローマは世界最強の国家への足を止めることなく進んでいく。
ハンニバルでなければわからない、彼ほどの執着を持つ者でなければ、その偽装を見出すことは出来なかったかもしれない。
「知識は与えられておる。スキピオたちの子ら、名高き哲人皇帝アウレリウスの子、己をヘラクレスと同一視し、そしてその生涯を剣闘による戦いへと費やした皇帝、貴様はヘラクレスではない、インペラトール・コンモドゥスであろうよ」
「―――――否!!」
これまで、こちらがどんな言葉を口にしたとしても、まったく意に介していなかったはずのバーサーカーが初めて反応を示す。ハンニバルによって示されたその真名を絶対に否定するとばかりに。
「我はヘラクレス、ギリシャ最大の英雄、アウレリウスの子に非ず、ルッチラの弟に非ず。我は―――脆く弱きインペラトールに非ず!!」
周囲の空間が軋む。森に覆われたセレニウム・シルバの中でアヴェンジャーとバーサーカーの周囲を歪んでいき、空間変容が始まる。
『これは――――固有結界』
「ふん、コンモドゥスめ、宝具を使用する気か」
空間が変わっていく、景色が変わっていく。そこにあるのは絢爛豪華な円状の闘技場、誰もいない観客席に覆われながら、見世物として用意された舞台の上で戦うという目的のために用意された施設。
ローマ市民にとっての娯楽、コンモドゥスが何よりも愛した場所、皇帝以上に彼の才能を発露させた戦場がそこにはある。
ローマに置いて、それは――――コロッセオと呼ぶ。
「―――『
アヴェンジャーとバーサーカーを呑み込んだそこはコロッセオ、ローマの奴隷階級であった剣闘士たちがしのぎを削り、時に獣と争った武技の晴れ舞台である。
そして、第17代ローマ皇帝コンモドゥスが生涯において最強を誇った戦場である。
『これはまさしく決闘じゃなぁ』
『笑い話じゃないけれどね』
「構わん、屠ることに変わりはない。ハンニバルよ」
『ん、何じゃ』
「いざという時には貴様の宝具に頼る、我が宝具はあまり使い勝手が良くないのでな」
ここに連れ込まれた以上、どちらかが敗北しない限り解放されることはない。この戦場とはすべからく決闘場であるのだから。
【CLASS】バーサーカー
【マスター】ヴィンセント・N・ステッラ
【真名】コンモドゥス
【性別】男性
【身長・体重】198cm/121kg
【属性】混沌・狂
【ステータス】
筋力A+ 耐久B+ 敏捷B+
魔力D 幸運D+ 宝具B
【クラス別スキル】
狂化:A
筋力と耐久を2ランク、その他のパラメーターを1ランクアップさせるが、理性の全てを奪われる。
【固有スキル】
精神汚染:A
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。
蛮勇:B
後先を省みない攻撃性。
同ランクの勇猛効果に加え、格闘ダメージを向上させるが、
視野が狭まり冷静さ・大局的な判断力がダウンする。
心眼(偽):C
第六感による危険回避。
【宝具】
『狂騒絢爛の闘技場(コローニア・コンモディアーナ)』
ランク:B+ 対人宝具
一対一の剣闘試合を強制する円形闘技場型の結界。
円形闘技場での闘いで一万二千を超える剣闘士達を葬り去った逸話の具現。
バーサーカーが対象から向けられる敵意を認識すると自動的に展開され、自身と対象を結界内に取り込む。
闘技場内では剣闘士として相応しく、“一対一”で“正面”から戦闘する事が強要される。
また結界の境界には内外の出入りを禁ずる概念の障壁が張られており、結界を跨ぐには、闘いの決着をつけるか、結界そのものを破壊する必要がある。