Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『セレニウム・シルバ』――
生まれたその時から己の人生には選択肢と言うものは存在していなかった。
ローマ最優の皇帝、元老院を尊び、市民に遍く愛されたインペラトール:マルクス・アウレリウス・アントニヌス。その子として生まれた己は最初からインペラトールになることが約束され、そこに己の意志が介在することなど微塵もなかった。
人は自分の生まれを選択することができない。歴代ローマ皇帝の中にはその血統主義を重んじるあまりに、あきらかに皇帝に相応しくなかったものが、インペラトールの位を継ぎ、元老院に疎んじられ、最悪の場合は記録抹消刑―――ダムナティオ・メモリアエに処される。
お前は余の次代を担うインペラトールになるのだ、父より幼少のころから常に告げられてきた言葉、それを保証するように年齢を重ねていくごとに父より与えられる称号と役割は増えていった。
傍から見れば、それは血統主義として当たり前の事であり、父より子に対する権力の委譲、身内を贔屓すると言う愛情の証明でもあったのかもしれない。
子は決して皇帝になることを望んで生まれてきたわけではない。さりとて、父の愛情の形を受け入れたくないと思っていたわけではないのだ。ローマ市民たちに愛され、元老院より理想の皇帝であると認められた父の姿を見た子は、己もまた同じように元老院と共にこのローマを統治する者へと至っていくのであろうと漠然と思っていたのだ。
順当に齢を重ね、父が病に倒れ、その生涯を終えると、子は父の願いどおりにローマ皇帝へと至った。ローマ皇帝とは、通常考えられる帝政の在り方とは少しばかり違う。
元老院より認められ、元老院より与えられる数多の称号と権限の集合体こそが、インペラトールあるいはプリンケプスと呼ばれる存在であり、のちにローマ皇帝と呼ばれる存在へと変わるのだ。
子は与えられた職務を誠実に為し遂げることを是とした。異民族との戦いに決着をつけ、ローマ市民たちの為の政策を実行する。絶対的な名君の次の時代には暗君が生まれる。
どの時代、どの国家であっても逃れることができない一定の法則性ではあるのだが、少なくともアウレリウス帝の子はその呪縛には当てはまらなかったのだと誰もが安堵していたのだ。一つの決定的な事件が起きるまでは―――
何も皇帝になりたくて生まれたわけではない。父より与えられただけだ。己は姉を愛していた。義兄を尊敬していた。であるというのに、何故、己は今、刃を向けられていなければならないのだ。
ローマ皇帝暗殺未遂事件、アウレリウス帝のもう一人の子である娘ルッチラによって手引きされた事件によって、彼は暗殺の露と消えるところであった。幸い、暗殺は未然に防がれた。ただ、何も爪痕を残さなかったわけではない。
彼は姉を慕っていた、家族として当然の如く愛情を持ち合わせていた。父より与えられた家族の愛をそのままに持ち合わせていた彼は、その信じられない所業を理解できず、同時にこうも考えた。皇帝という位がなければ、己は姉とこのような結末を辿ることはなかったのではないかと。
後の歴史家たちはこの暗殺未遂事件の前後によって、ローマ皇帝コンモドゥスの在り方は180度変わってしまったと言う。皇帝としての職務には一切関心を持たず、政治を任された近衛兵団の代表者は己の私腹を肥やすようになり、属州からは次々と非難の声が上がっていく。
元老院から怒りの声が上がれば、近衛兵団の代表者を処刑し、また新たな代表者を選出する。それでも元老院が声を上げれば、元老院の議員を粛清した。
そこには元老院を尊重し、市民に慕われるアウレリウス帝の血を引いた後継者の姿は何処にもない。だが、コンモドゥスは何も感じはしなかった。これこそが自分、最初から皇帝の位も、政治も何も興味などなかった。
冒険譚に憧れを持っていた。幼い頃に読み聞かせられたギリシアの英雄ヘラクレスの物語が特に好きだった、己もヘラクレスのような存在になることが出来れば、もっと自由に人生を謳歌することができるようになったのだろうか。
いいや、違う。己はインペラトール、ローマ最高の権力者、なれたらではない。己はヘラクレスになればよいのだ。
晩年のコンモドゥスがどのような精神状態であったのかはわからない。家族に裏切られ、皇帝としての役目を放棄し、彼は己が最も得意とした剣闘の試合に明け暮れた。ローマ市民はその皇帝が何らかの事故で命を落としてくれることを心の底から願っていたかもしれない。
だが、コンモドゥスは圧倒的な強さを誇った。誰も勝つことが出来ず、どのような猛獣であろうとも屠ってきた。まさしく最強のグラディエーター、獅子の毛皮を身に纏い、己をヘラクレスであると語る姿も、それだけの勝利を重ねて行けば滑稽というよりももはや恐怖だ。
ヘラクレスの化身であるはずもない男がまさしくヘラクレスのごときあり方でいる。その何と歪なことであろうか、近衛兵団も元老院もその姿に思わず恐怖を覚えたほどである。
結局、コンモドゥスは己の武技の師によって暗殺された。誰もが怖れ、ヘラクレスの化身であることを己1人で証明し続けてきた皇帝は、誰に理解されることもなく、誰に労われることもなく、その生涯を終え、元老院によってダムナティオ・メモリアエに処された。
最優の皇帝より生まれた子のあまりにも悲劇的な末路であると言えよう。
ただ、一つだけ誰にとっても明らかなことがある。それはコンモドゥスが絶対的な強さを持っていたこと。ローマに集められた剣闘士たちの誰が戦っても勝つことが出来ないほどの戦いの才覚に溢れていたと言うことであろう。
コロッセオという闘技場の中ではコンモドゥスはまさしく無敵だ、絶対に敗北しない。そんな概念こそが彼の宝具を生み出した。
――『
この宝具が発動すると、コンモドゥスと戦闘を行っている敵手はコロッセオの中にて、コンモドゥスとの一対一の戦いを強いられる。それはまさにローマの娯楽であったグラディエーターたちの血沸き肉躍る戦場であるかのように、勇猛名高きコンモドゥスとの決闘を強いられるのだ。
説明をすれば、たったそれだけの宝具である。恐るべき破壊力があるわけでもなく一撃必殺の搦め手を使うことができる宝具と言うわけでもない。
だが、目の前の偉丈夫を前にして、それが大したことのない宝具であるなどとどうして言えようか。
「我はコンモドゥスに非ず、我はヘラクレス、ギリシア最強の英雄に他ならず!!」
英雄伝説をこの場にて創り上げてきた。誰もこのコロッセオでコンモドゥスに勝つことは出来なかった。結局彼は暗殺でなければ殺すことが出来なかったのだから。
狂い、狂信的に己をヘラクレスであると信じ続ける、バーサーカーとして召喚されたことはあるいはコンモドゥスにとっては幸福であったのかもしれない。皇帝でも指揮官でもなく、たった一人の狂える英雄としての側面だけを求められている今の彼は、己が望み描いた存在へと己を侵攻することができるのだから。
「グガアアアアアアアアアアアアア!!」
己が持ち得る最上級の誇りをそのまま痛打の威力へと変えるとばかりに放たれた攻撃がアヴェンジャーの防御すらも突き破って、後方へと吹き飛ばす。
吹き飛ばされ、受け身を取ることもなく、倒れ伏すも、アヴェンジャーはすぐさま立ち上がり、跳躍し、頭蓋を叩き潰さんとするコンモドゥスの攻撃を間一髪に防ぎ通す。
『どうするつもり? 正直、単純な力比べじゃ三人の誰もアイツに勝ち目はないでしょ』
『ふむ、儂がローマに対して有利な逸話を持っているがために拮抗しきれているが、もしも、それさえもなかったとすれば、より圧倒的であったろうな。この場は奴にとっての勝利するための場所だ。ここで奴は決して負けない、勝ち続けるだけの存在として認識されておるだろうからな。どうするつもりだ』
「考えがある。こちらも宝具を使う」
『ほう……』
先ほどティムールはハンニバルに対して、力を貸すように告げていた。詳しくは聞いていないが、その宝具が関係あるのではないかと、直感的にハンニバルは悟った。
「おそらくこのままの状況を長く続けることはできないだろう。戦い続ければ消耗して、こちらが潰れるのは目に見えている。ならば、一撃で勝負を終わらせるしかあるまい」
「無駄なことを口走る。お前たちはヘラクレスに潰されるゥゥゥゥ!!」
もはや己をヘラクレスとして認識しているのか、ヘラクレスになりたいコンモドゥスであると自覚しているのか、バーサーカーの棍棒による攻撃はコロッセオが出来上がってからより苛烈さを増している。
戦術も戦略もない、ただ自分の膂力を生かしただけの殴り込み、英霊と言うにはあまりにも暴力性しか存在しえない光たりえる存在にはなりえない。
だが、それ故にこそ恐ろしいのだ。狂戦士はただその暴力性だけを以て英雄になった。それ以外の何も持ち合わせていなかったとしても、ただ破壊をするだけの存在として、恐るべき英雄にまで上り詰めたのだ。
ティムールやハンニバルとは異なる、彼らは英雄と呼ばれるに値するだけの功績を上げ続け、英雄と呼ばれるに相応しい実績を持ち合わせている。
コンモドゥスにはそのようなモノはない、徹頭徹尾、ただ破壊を齎してきただけだ。力だけで英雄になったからこそ、その得意なフィールドで戦っている限り、決して勝利することはできない。
『もっとも、儂らよりも先にあの小僧がくたばってどうかの方が問題ではあるがな、バーサーカーのマスターは小僧よりも遥かにやり手であったぞ』
「ああ、だが……、奴は見下している。レイジ・オブ・ダストの怒りを、復讐に燃やす心を……、それを正しく評価できぬのならば、それは間違いなく死地へと飛び込む要因になる」
そう、アヴェンジャーがバーサーカーの宝具に囚われている最中にも、レイジとヴィンセントの戦いは続いている。ティムールやハンニバルが懸念をしている様に、確かに、レイジはヴィンセントには及ばない。
潜ってきた修羅場の数が違う、七星の力の習熟度が違う、何よりも常に戦いにおける意識が違う。何を取ってもレイジではヴィンセントには勝てない。復讐に塗れてその先を見ようともしないような雑魚1人など、ヴィンセントの前には敵ではない。
ヴィンセントの七星としての魔術は、暗殺者として徹底的にその気配を断つ術、己の気配を消す、視線誘導によって相手の死角を突く。一撃を防がれたとしても即座に次の死への誘いを放つ。
マフィアのボスとして常に前線に出るわけではないヴィンセントが持つ奥の手であるからこそ、成立する。逆に言えば、マフィアのボスと言う今の立場ですらもヴィンセントからすれば、自分の能力を際立たせるための武器である。
確かにこの場に集った七人のマスターの中でヴィンセントは弱い。灰狼のように従えている兵がいるわけでもなく、個人技でカシムと散華、ヨハンには敵わない。リゼの能力も自分にとっては厄介である。
だから、確かに彼らの中では弱い。弱いが、それがレイジと比較したうえでの弱さに繋がるとは限らないのだ。地べたに這いつくばっているのはレイジ、見下ろしているのはヴィンセント。それがこの場での力の差だ。どう足掻いても敵わない力量の差だ。
「決意1つで誰もが英雄になれるのなら、世界はもっとわかりやすくなっていただろうな。だが、現実はそうじゃない。悪は悪らしくのさばるのさ。そして、お前らのような奴を食い物にして生きていく。世界ってのはそうできている。だから、俺は勝ち馬に―――」
「うるさい……ッ!」
瞬間、地を這うようにレイジの蛇腹剣がヴィンセントの身体へと動き、両足のすねを削り上げる。
「ぎぃぃ、テメェ」
「御託はいらない。お前ら悪がのさばる、そんなことは知っているんだよ。それを許せないから、俺はもう一度戻ってきた。お前たち全員に報いを与えるために」
大剣の刀身が黒く染まる。まるで何物をも呑み込んでしまう漆黒の黒であるように、蛇腹剣として分かたれた刀身の一つ一つが闇の光を放っている。
「星脈拝領―――憑血接続開始………、ここに七星の血を解放する!」
ズシンと、レイジの身体の中で撃鉄が落ちる音がする。自分の中そのものが他の何かに変貌するような感覚、まるで自分の身体を他の物が操っているような歪な感覚がレイジ自身を呑み込まんとする。
「ぐぅぅ、うぐぅぅぅ!!」
『殺せ、目の前の魔術師を殺せ』
『七星を喰らえ、同族にして魔術師である奴を喰らえ』
『壊せ、貴様の衝動のままに総てを破壊しろ……!』
身体の中で次々と怨嗟の叫び声が木霊していく。それら一つ一つが、人造七星として不完全なレイジの身体の主導権を奪ってしまわんと、心の中に強く強く叫び声を上げていく。
「……うるさい、これは俺の復讐だ!! 部外者が勝手に騒ぎ立てているんじゃねぇよ……!!」
だが、喝破の声が一つ響き、その騒ぎ立てる声がレイジの中で抑え込まれる。前面に出てきたくて仕方がないと言う様子ではあれども、レイジの怒りはそれを凌駕する。ただ殺したいだけの残留思念如きが、己の復讐を邪魔するなどとどうして許しておくことができるだろうか。
『そうだ、お前はそれでいい。その怒り、その本能こそが七星の原初。目的など些末事だ。お前の憎悪を見せてみろ』
「言われなくてもそのつもりだ!!」
そんなレイジの身体の中で、ただ一つだけはっきりと聞こえてきた声にそこで見ていると告げて、レイジは再び足を踏み出す。
その声が誰のモノなのかなど知らない。知る気もないのだから追及する必要はない。今はただ、果たすべき復讐を果たすための力に己の身を委ねるだけだ。
「ちっ、死にぞこないが……!」
対するヴィンセントは足元を削られたことによって、レイジが復帰するまでの時間を与えてしまった。無論、ただで済ませるつもりはない。あそこで立ち上がれるようなゾンビをこのまま見過ごせば、命をいつ狙われるのかわからないのだから。
足の痛みを七星の血の後押しによって無理矢理に忘れて、ヴィンセントは今度こそレイジの命を奪うための動きを開始する。いまだにレイジは自分を捉えきることが出来ていない。
(人造七星風情が調子に乗りやがる。いくらお前が特別な人造七星だからと言って、俺達のような天然ものに勝るなんて考えているんじゃねぇぞ!!)
次こそは殺す、そうして飛びこまんとしたヴィンセントの身体に痛みが奔り、ヴィンセントは咄嗟にレイジの懐に入る直前で方向を転換する。
レイジが反応した、いいや、ありえない。如何に七星の血に目覚めていたとしても、レイジの反応速度が劇的に変わるには七星の血を完全に使いこなしていなければならない。
だからこそ、その要因は別の所にある。距離を離し、高速の世界の中で思考を働かせるヴィンセントはそこで気付く。レイジの周囲にまるで結界の中に動いていく蛇腹剣の存在を。まるで刀身一つ一つが意志を持っているかのように蠢き、レイジの周辺を守護するように動いているのだ。
素人の少年にそれが出来るか、いいや、できるだろう。七星の血と言うバックアップがあれば、これくらいのことは容易に可能とする。
「お前を倒すための手段を考える必要はない。お前は近づかなければ俺を殺せないんだろう。だったら、近づいてこいよ、その時がお前の終わりだ」
夜闇の中で燦然と輝く深紅の瞳、まるで血の眼であるように決して逃さぬと声を上げるようにヴィンセントを睨みつけている。
「七星の血を完全に使いこなしていると言うよりは、七星の血を暴走させているって言った方が早いか。はッ、楽しめるじゃねぇか」
強気な言葉を口に出したが、ヴィンセントにとっては、鬼札を切られたに等しい状況であった。ヴィンセントの戦闘スタイルは基本的に仕込杖だ。他の戦闘スタイルを確立していないわけではないが、生憎とこの場に持ってきてある装備は仕込杖だけであり、あれでは下手な銃弾を放ったところで防がれてしまうのが関の山だろう。
(頼みのサーヴァント様は勝手にあっちのサーヴァントを潰すために宝具を発動しやがった。おかげで、こっちは今でも魔力を持っていかれてばかりだ。クソッ、バーサーカーとして使い勝手がいいと思っていたのに、土壇場でかまされちまったか……)
元々、聖杯戦争になど欠片も興味はなかったヴィセントからすれば、狂化しており、下手な理屈を口にしてこないバーサーカーほど楽な相手はいないと思っていた。しかし、この土壇場にて、自分自身に100%魔力を注ぎこむことができない状況は、逆にヴィンセントを追い込みかねない
『どうした殺せるだろう。我が身を厭うな。斬らねば何も始まらない』
『我らの存在は魔術師を殺すためにある。その傷を怖れるな、その死に怯えるな』
「へっ、黙ってろよ亡霊ども。俺は七星の宿命なんてもんに呑まれて死んでいくなんて絶対にごめんだからな。コイツを殺して灰狼かリゼの下で甘い汁を吸うのさ!」
ヴィンセントが攻撃をしてくる事無く、何かを探っているあるいは次の手を決めかねている状況は、当然に対峙しているレイジにも理解できる。
優位を取っている相手が待つ場面でもない。いくらかの負傷でも押しきれると考えているのならば、やはりこのまま徹底的に責めてくるだろう。それができないのであれば……、理由は言うまでもない。
蛇腹剣によって創られた即興の結界、そしてヴィンセントが気づいているのかは知れないが、もう一つの切り札、それらが純然に機能しており、形勢は既にヴィンセント有利の状態から抜け出している。
(サーヴァントを呼びだす気配もない。いいや、呼び出せないのか。奴の性格からすれば、俺を殺すことができるのなら、容赦なんてしない筈だ。それができないのならば……)
アヴェンジャーがバーサーカーを抑え込んでいるか、或いはすでに倒したのか、どちらとも知れないが、契約をしたサーヴァントは自分の復讐の為に全力を注いでくれている。
ならば、自分もそれに応えるべきだろう。全身全霊をかけて、ここでこの男との因縁に決着をつける。
「無様だな、ヴィンセント・ステッラ。格下であると散々バカにしていた奴に追い詰められる気分はどうだ? 悔しいか? お前が今までに踏みにじってきた奴らはみんなそのように思っていた。その報いを今度はお前が受ける番なんだよ……!」
「勝ったつもりになっているんじゃねぇぞッッ!!」
ヴィンセントは自身の中にある七星の血を燃焼させて、再びレイジの下へと飛び込んでいく。無論、その先にあるのは自身の肉体をも傷つける茨の道である。
しかし、ヴィンセントはあえてそれを選択した。それを選ばないことはレイジの優位性をここではっきりと証明することになり、もはや後に退けなくなる。
(一撃だ、一撃で決める。俺も奴も七星の血によって強化されていることに変わりはない。経験値の上では俺の方が勝っている。であれば―――)
「――――ッ!!」
蛇腹剣が動き、ヴィンセントの身体を刻み、肉を抉っていく。腕も足も腹も肩も顔も髪も無差別に切り刻んでいく茨の世界が如く、ヴィンセントは行動1つするたびにのた打ち回りたくなるような激痛が走るが、それでも、足を止めることはない。
死ねば終わりだ、生き残らなければ始まらない。分かっていれば、足が止まることはない。七星としての力を持ってすれば、例え、傷を与えられたとしてもその能力の優劣によってレイジを破壊することができる。
所詮は、七星の固有の力を発現させることもできない人工物では、ヴィンセントの足元に及ぶことも―――――、
「終わりだ、ヴィンセント、お前は、自分の力を過信し、俺の怒りを軽視し過ぎた」
七星の血による自身の魔術の力が喪われる、いいや、違う。これは少しずつ、少しずつ、奪われていたのだ。
動かないレイジと周囲に展開し続ける蛇腹剣とその速度を凌駕する自分、決して変わらない状況の中で、自分自身が劣化し続けていることをヴィンセントは気付くことが出来ず、それがこの場における決して拭い去ることができない致命の隙となった。
「俺は――――七星を殺す七星、お前たちと言う星から生まれ、お前たちの輝きを喰らう星屑の怒りだ!!」
レイジの魔力によって動かされる蛇腹剣、それら一つ一つの刀身にレイジの七星としての魔力が流され続けている。七星を殺すことに特化した魔術、すなわち、七星の血によって発現する力を強制的に奪い去り、その力を喰らう。
たったそれだけ、汎用性など欠片もなく、ただ七星の魔術を使うものだけに対して特化した魔術は、あまりにも尖りすぎているが故に、ヴィンセントには突き刺さる。
何せ、彼は、戦闘者としては二流、七星の魔術を使うことによって、その魔術に縋ることによって、レイジを抑え込んでいたのだから。
速度を失い、気配を晒したその姿を復讐の輩と化した少年は決して見逃さない。
・・・
「壊す、壊す、壊す、何故、壊れないッ!!」
「……………!」
そして、もう一つの戦場、コロッセオの中の戦いは、むしろ一方的な様相を見せていた。一対一の戦いを強いられ、膂力も耐久力も反応速度に置いても、何もかもが上回ったコンモドゥスを前に、アヴェンジャーは全身から血を流し、ギリギリ命を繋ぎとめているような状態にしか見えなかった。
むしろ、攻撃を続けているコンモドゥスからすれば不思議で仕方がなかったであろう。何故、目の前の鎧の男は倒れないのか。ここまでに幾度となく破壊のための一撃を放ってきた。
コロッセオの中で己の攻撃に耐えきれるものなどいなかった。己はヘラクレスなのだから、凡夫に防げるはずもなく、人も獣もあらゆる存在がこの地に血を流してきたと言うのに。
「何故だッ!!」
「ローマのインペラトール、かの世界帝国を統治した者でありながら、貴様はその程度の事も理解できぬか。狂った英霊という型に嵌められていようとも、戦場にて戦いあう者であれば、この程度の理屈は語られずとも理解できる者であると思っていたのだがな」
「我に頭を垂れろ!!」
ティムールが放った言葉を、己を罵倒する言葉であると判断したのか、コンモドゥスはこれまで以上の渾身の一撃をティムールに向けて放ち、それがティムールの頭上の鎧に直撃し、脳天を揺さぶる。
「ニィィィ………、!?」
完全に頭蓋を破壊した。そう確信を覚え、獅子の毛皮の下で喜悦の笑みを浮かべたコンモドゥスはそこで喜悦よりもなお悍ましき恐怖のような感情を覚える。
朽ち果てていると言うのに、目の前で頭蓋を潰されたはずであるのに、こちらを睨みつけている男に対して本能レベルでの恐怖を覚えたのだ。
「首を垂れる? 馬鹿を言え、我は王、数多の同胞たち共に草原を駆け抜けた王、我が異国の王に首を垂れるなどと、例え、それがもはや国さえも失われた未来の時代であろうとも、許されるはずもなかろう……ッ!! 恥を知らずに、王であることを放棄した貴様に我の怒りを理解することなど出来るはずもなし!!」
その時の事である、コンモドゥスは己の腕に巻きつく鎖のようなものが突如として出現したことに気付いた。その鎖が何処から発せられたものなのか、それはアヴェンジャーの背後、そこにコロッセオの中には存在しえない異形のモノが生じていたのだ。
「ギィ……ッッ!?」
それは棺である、漆黒の棺、コンモドゥスの腕に巻きついた鎖はその棺の蓋が決して開かぬようにと厳重に巻きつけられた鎖であったのだ。
だが、コンモドゥスに巻きついた鎖はその数をさらに増やしていき、反比例するように、棺の周囲に巻きついている鎖が徐々に緩められ、棺の蓋が開いていく。
コロッセオの空気は明らかに変わり始めてきていた。その棺の蓋を開くこと、それそのものがこの熱狂によって支配されたコロッセオそのものにまで影響を与えてしまうかのように。
「我が身は所詮は只の人、只人に民たちの世界を恒久に守ることなど不可能である。いずれは栄枯盛衰の如く、我が愛した国も民も、我が為したように異なる何者かによって蹂躙されることとなるのであろう。
しかしてその不条理を許せぬと、我が民と国に手を出すのであれば、それは我の怒りに触れると、我は己の棺にそう刻み込んだ。例え、肉の檻を失っても、我が愛せし民たちを、同胞たちを守る王たりえんとするために!!」
災厄の扉が開かれていく。決して開いてはならない、暴いてはならない。それは王の眠りを許す棺であり、それが開かれることはすなわち、王の眠りを妨げるものの到来を意味するのだから。
「第二宝具――――『
開かれた棺より怨嗟の声が巻き起こる。それは巻き突いた鎖よりコンモドゥスの身体を汚染するように黒い呪いとして押し寄せてくる。
鎖より伝わってくる呪いはまるで呪印のようにコンモドゥスの身体を汚染していき、その呪いが身体を伝わった箇所から、これまでのティムールと全く同じように傷が次々と開き、コンモドゥスの身体を内側から破壊していく。
「ぬぐっ、ぐおおお、うがあああああああああああああああああああああ!!」
『何が起こっているんだい、あれは?』
「我が宝具の効能は、宝具を発動するまでに我が受けた傷をそのまま敵手へと返す。ローマのインペラトールよ、貴様は実に強靭であった。およそ真っ向からの激突であれば、我は決して貴様に勝利することは出来なかったであろう。しかし、貴様の力には、己しかない。徹頭徹尾己の為だけの空虚な力、それでは我を砕くことは出来ぬ」
『よく言うわ、儂の宝具のバックアップを受けておらなければ、宝具を発動するよりも先に貴様の身体が砕けておろう』
「フッ、恩に着る、ハンニバル・バルカ」
ティムールの宝具、『
使い勝手と言う意味では、決して良くはないが、それが完璧な形で決まれば、劣勢を一気に覆すための一助にもなりえる。
コンモドゥスに対してそれが功を奏したのは、決してティムールだけの力であるとは言えないだろう。むしろ、アヴェンジャーとして己を構成している他のサーヴァントたちの力があればこそ、相打ち覚悟の宝具にある程度の安全弁を確保した状態で戦う事が出来るのだ。
大きく形勢が変わろうとしている。コンモドゥスは全身から血を流し、額は割れたように血を流しながら、呻いている。先ほどまでの暴れに暴れ、総てを破壊してもまだ足りないと言う様子で身体をふらつかせながら、棍棒を矢鱈めったらに振り回す。
「ぐぅぅぅぅぅ、己だけ、己だけで十分、ヘラクレスはこのようなことで崩れたりは、せぬ!!」
『あそこまでやられて、宝具を使ってまでも、自分のことをヘラクレスであると疑わないんだね』
『いいや、疑わぬのではない。そう思わなければ精神を保っていられんのだろう。奴からは皇帝としての矜持が見えぬ、儂が対峙してきたローマの戦士たちの誇りが見えぬ。奴は本当に自分しかないのだろうさ』
「孤独の強さを極めた存在、それを否定するつもりはない。貴様がただの戦士であったのならば、それは貴様が誇るべき強さであっただろう。
だが、貴様は王であった、国を統べる存在でなければならなかった。ここに立つべきものではなかった。それを最後まで理解できぬからこそ、狂わざるを得なかったか」
「勝つ、勝つ、勝つ、我は無敵、我はヘラクレス、我は――――ただ1人の最強也!」
「最強などと言う言葉にはまったく興味がない。だが、王であった者としてお前に敗北するわけにはいかぬ。王としての格の違い、味わいながら消えていくがいい、バーサーカーよ」
『そもそも、ローマの敵たる儂がいる時点で、奴に勝算など一欠けらもないのだがな』
(我らの身体に変調はない。であれば、レイジ・オブ・ダスト、貴様もまた奮闘をしているのだろう。まもなく、我らの決着はつく。その時にお前が何を為しているのか、お前の決意が本物であるのか、それを我らに示して見せるがいい)
「ぬっ、があああああああああああああああああああああ!!」
コロッセオの柱すらも響かせるほどの絶叫、たった一人の最強を目指し続けてきた剣闘皇帝は、身体中をズタズタに切り裂かれながらも前進を辞めない。脚を止めたその時は己が消滅する時であると分かっているのだ。
対してアヴェンジャーは急速にその身体の傷が癒されていく。ティムールにとっても裏技も裏ワザであるのだが、この際、そうした野暮を言うつもりはない。
「終わらせるぞ」
草原の王と世界帝国の王、復讐の仇花、その最初の代理戦争はいよいよ終わりへと一直線に突き進んでいく。
【CLASS】アヴェンジャー
【マスター】レイジ・オブ・ダスト
【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/???
【性別】男性
【身長・体重】170cm・59kg
【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B
魔力C 幸運B 宝具B
【クラス別スキル】
復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。
忘却補正:C
復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。
自己回復(魔力):E
現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。
【固有スキル】
軍略:A+
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。
戦闘続行:C
執念深い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。
アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。
????:A+
【宝具】
第一宝具『???』
ランク:B 対軍宝具
第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。
第三宝具『???』
ランク:A+ 対地形宝具
第四宝具『???』
ランク:B+ 対人宝具
第五宝具『???』
ランク:EX 対概念宝具