Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『セレニウム・シルバ』――
最初からこの戦いは、私にとっての過去との清算の戦いであることは分かっていた。セプテムに集う魔術師たちのうちの半分は、かつて大陸へと渡った七星の祖先達の血を繋ぎ続けてきた者たちによって構成されている。
そもそも、このセプテムと言う国が、七星の血族たちが建国した国であると言うことを知らされた時も相応に驚きを覚えたものだ。
私が想像している七星と言う家はあくまでも日本の中に存在する、魔術師を狩るために歴史の闇の中に潜んでいる一族であると思っていたから。
まさか、日本を飛び出した分派の人々が大陸でそれほどの行動に出ているなんて想像も及ばないところであったのは間違いない。
ただ、既に彼らは元々の七星としての使命に準じるつもりがあるようには見えない。大陸に渡り、大陸の人々と同化をしていく中で、七星と言うルーツだけを保ちながら、彼らはそれぞれが独自的に成長を果たしてきたのであろうことは間違いない。
遠い遠い祖先様が同じであり、苗字が似通っていても感覚としてはまったくの他人であるなんてことは日本でもよくあることで、正直に言えば、今更、彼らに対して仲間意識を持つとか同族意識を持つとかそういうことはありえない。
私は私、私は七星流剣術道場の娘であり、神祇省の一員であり、今は遠坂蓮司の妻である。それだけが事実として残っていればいい。七星と言うルーツだけの関係よりも、私の為に七星の力と向き合う方法を教えてくれた朔姫ちゃんたち、神祇省との関係を優先する。
ただ、だからといって何も無関係でいられるわけでもない。私と同じ七星の魔術を使う魔術師たち、そして10年前から未だに決着をつけることもなく、自分の野望の為に邁進しているであろうことが間違いないと思える相手であるアフラ・マズダ。
私は私の人生を謳歌するために、母さんがかつて果たせなかった想いを果たすためにも、この聖杯戦争で決着を付けなければならず、その過程の中で、同じ七星同士の激突は避けられない者であろうことは自覚していた。
ヴィンセント・N・ステッラ、神祇省でも聖杯戦争のマスターの1人になるであろうと目されていたイタリア全体に根を張るマフィアの頭目にして、七星の血を繋ぎ、欧州で新たに進化を果たした暗殺一家としての側面を強く持つ。
初戦の相手として、決して楽に勝てる相手ではないと思っていただけに、目の前で起きたことには少々驚かされている。あの場にいた誰でもない私よりも10は齢が下であろう少年によって、ヴィンセントは討たれ、命を落とした。
最後に彼らの間で交わされた言葉の応酬はよくわからないし、成り行きで彼を助けるようなことになってしまったけれど、そこに安穏とした空気が漂うことはない。
振り向いた少年は、私へと視線を向けて、怒りとも憎しみとも言えない視線を向けている。けれど、身体の中に抑えようとしても抑えきれないほどの殺意が、今か今かと解放の時を望んでいるように見える様子だった。
「お前も――――七星か」
「そういう君も、七星の魔力を持っているね。事情を聞かせてもらえるかな?」
さっきの人造七星たちとの乱戦に飛び込んだ時から、彼の身体の中から私と同種の七星の魔術が生じているのは理解できた。敵も七星、こちらも七星、魔術の影が色濃くて嫌になっちゃうほどには、ここは七星で満たされてしまっている。
「お前もこいつらの仲間か?」
「………、さすがにそれは酷くない? 少なくとも私、君のことを助けたつもりではあるんだけど」
「お前が七星であると言うだけで信用できない。お前たちのような殺戮一族ならば、ヴィンセントを用済みであると片づけに来たとも考えられる」
「確かに私はヴィンセント・N・ステッラを倒しに来たことは事実だよ。でも、それは聖杯戦争に関わるから。私は日本の七星出身だし、こっちの大陸の七星の人たちのことは碌に知らない。勿論、君がどうして彼にそこまでの怒りを向けているのかもわからないよ。
だから、事情を聞かせてほしいの。七星の宿命とか、殺す事しかできないとかそういう関係になりたくないと思ってるから」
「関係ない、七星である限り、お前は俺の敵だ。俺がお前に欲しているのは一つだけだ、お前も俺の村を焼き、大切な人たちを奪った者の1人であるかと言うだけだ」
少年は大剣を構える。その剣は先ほどの戦闘を見る限り、鞭のような形状に分かれる状態にも変化することは分かっている。
(種が割れているのなら、式神と私の七星流剣術で封じることはできると思う。何にしても彼をこのままにしておくわけにもいかないし、事情を聞かないと、どう動けばいいのかもわからない)
目の前の少年は七星の敵対者ではある。ならば、自分たちにとってはどうなのか、聖杯戦争の相手側である自分たちと手を取り合うことができるのならば、危険な人物であったとしても、手を取り合うだけの理由がある。
半壊してしまったタズミ陣営にとって、マスターの1人を倒すことが出来るだけの実力者は喉から手が出るほどに欲しいのだから。
けれど、もしも、彼が無差別にただ殺戮を求めて、戦いを挑んでいるだけなのだとしたら、此処で自分が止めなければならないと思うから。
「七星は俺が全て――――」
「はッ!!」
しかし、勝負は一瞬でついた。満身創痍の状態で私へと飛び込んできた少年の剣を弾き、護符を彼の身体に触れさせるとその護符がスタンガンのように電流を放ち、一瞬で彼の意識を奪う。
さっきまでの戦いが終わって緊張の糸が解けてしまったのか、呆気ないほどに早く終わってしまった戦いは、逆に彼が七星の魔術師として未だに完成していないことを意味しているのかもしれない。
もしも、本当の意味で七星の魔術師として完成しているのだとすれば、護符の攻撃を受けても、七星の血がバックアップのように機能して、戦闘を継続させようとしてくるだろう。
(もしかしたら、彼もさっきの人たちのように……)
ヴィンセントは彼らのことを人造七星と呼んでいた。神祇省の伝手で聞かされた話によれば大陸の七星は、独自に七星の血を、七星の血族以外にも分け与えて戦力にすることができるように研究を続けていると聞かされた。
その結果が人造七星であるとすれば、私が思っている以上に、こちら側の七星は、大きな規模で活動をしているのかもしれない。
(真正面から戦えば、負けないと言う自負はある。だけど、問題は私たちの七星の血をどんな人間にも分け与えることができると言うこと。あくまでも、あたしは遠坂桜子でしかない。国を動かすことも軍隊を動かすこともできない。ただ、目の前の相手と戦うことしかできないあたしには、目の前しかカバーすることはできない)
いかに私やロイが圧倒的な強さを持っていたとしても、私達は個人でしかない。軍隊を相手にすることはできないし、国家と対峙するなんてことは出来ない。
もしも、本当に人造七星が実践段階にまで至っているのだとすれば、数で押し切られる可能性は非常に高い。
「………、私が思っている以上に、大陸の七星は厄介なのかもしれないな」
「さすがに力尽きたか。無理もない、相手のマスターを倒すことに最後まで腐心した。二度目の戦いを継続するほどの力など残ってはいないだろう」
ガサリと、その時に森の中から歩いてくる足音が聞こえた。ランサーは私のすぐ近くで霊体化している。相手の少年と会話をしていた鎧を着こんだ偉丈夫、それが敵方のサーヴァントであることは、その立ち位置からすぐに分かった。
ただ、朔ちゃんたちの側は既にロイ以外のマスターが揃っていると聞いた。刀を構えるけれど、驚くほどに姿を見せた相手からは殺気も戦意も感じることが出来なかった。
ただ、それでも相手がサーヴァントであることに変わりはない。先ほどまで霊体のままに状況を伺っていたランサーが姿を見せ、私の目の前で双槍を構える。
「貴方は何者ですか?」
「アヴェンジャーのサーヴァント」
「アヴェンジャー……? そのようなクラス名は聞いたことがありませんが……」
「少しばかり来歴が特殊なのだ、この身体にも我以外に二人のサーヴァントが内包されている」
『ああ、まったくだ。別に好き好んで貴様らと一緒の身体になりたかったわけではないと言うのにな!』
『珍しく意見があったね、僕も同感だよ。無理矢理ツギハギのようにされているなんて英霊としても恥もいいところだ。さっさと解放してもらえるのなら、ここで戦いが終わってくれた方がいいかもしれないね』
「え、っと、どこからともなく声が聞こえてくる……?」
「そういうことだ、我らは三人で一人のサーヴァント。そして、この少年、レイジ・オブ・ダストのサーヴァントでもある。最も、貴様たちにも七星と呼ばれる者たちにもどちらにも与していないのが現状ではあるが……」
「イレギュラーに召喚されたサーヴァント、そのように捉えるのが一番でしょうか。しかし、疑問が残ります。どうして、そこの少年、レイジと契約をしているのですか。もしも、イレギュラーな存在であれば、彼と契約をすることが出来たのはどうしてですか?」
「縁が結ばれたからであろう」
「縁……?」
「我らはそれぞれが復讐に身を窶した者たち。故にこそ、復讐者のサーヴァントとして呼び寄せられた。そしてこの少年もまた七星への復讐の為に、その命を燃やして戦っている」
「どうして、そこまで七星を倒すために……」
「それは少年自身に己で聞くが良い。個人の復讐の理由など余人が語るべきことではない」
「であれば、貴方に問いましょう。彼は我がマスターに襲い掛かろうとしました。それが認識の違いであれ、本来の復讐の相手として認識しているのであるのかは判然としませんが、この場において貴方は我々と敵対するつもりですか?」
事情を理解し、残るはこの場で意識を失ったマスターに寄り添うサーヴァントの目的だ。少なくとも、私はこの子と顔を合わせたことはない。自分の人生で復讐を望まれるようなことをしてきた覚えもないし、間違いなくこの子に復讐の気持ちを抱かせるまでに至ったのは、大陸側の七星の策謀があればこそであると思う。
目を覚まして、ゆっくりと話をすることができるのなら、それを理解してもらうこともできると思うんだけれど、出会い方が出会い方だっただけに、もしかしたらこじれてしまうかもしれないなぁ、そうなったら嫌だなぁ。
などと、頭の中で考えていると、アヴェンジャーが私たちへの興味を示した。
「こちらからも一つ問いたい。貴殿らは、かの七星と呼ばれる者たちと戦っている。そのように認識して良いか」
「事情は何も理解していないと?」
「ランサーのサーヴァントよ、貴殿の言う通りだ。我々はイレギュラーであるが故に聖杯戦争の最低限の知識しか与えられていない。我々が知りえる情報は、この地に14体のサーヴァントが集い、それらのうちの1騎だけが聖杯を手にすることができると言うだけだ」
『さしずめ、貴様らは七星との対抗勢力と言うことでいいんじゃないか?』
「そうね、今の聖杯戦争は大きく二つの勢力に別れている。セプテムの王族派と七星のマスターたち、そしてそれに対抗するために呼び寄せられた魔術師たち、私達は後者。さっきまでも森の向こうで交戦が繰り広げられていたわ」
『かっははは、どうりで戦の匂いがすると思ったのだ。これほどの濃厚な戦の匂いだったのだ、さぞや派手なモノであったのだろうよ』
アヴェンジャーの中にいる老人のようなしわがれた、けれど肉食獣のような鋭さを持った声を上げる人物は、匂いだけで戦いの経歴すらも分かるような反応だった。どんな英霊なのかはわからないけれど、おそらくは高名な戦場の英雄だったことは間違いないと思う。
「―――ふむ、であれば、表面上だけでも我らと貴殿らの目的は一致すると考えても良いか」
「正直に言えば、このセレニウム・シルバでの戦いは私達の完全敗北、なんとか七星側を退けたとは言えるけれど、これより先がどうなるのかはわからないわ」
「完全な敗北、でもない」
「ん……?」
「レイジ・オブ・ダストはマスターを、そして我らはバーサーカーを打倒した。であれば、完全敗北と言うには少しばかり誇張が過ぎるであろう。サーヴァントを一騎失えば、連中とて、全く無視できるダメージと言うわけではなかろう」
驚いた、アヴェンジャーは既に、自分たちの戦果を私達の戦果と同様であると判断した前提を基にして会話を進めている。それはつまり、先の言葉と併せて、私達と行動を共にしたいと言う思いの表れなのだろう。
私がそれを察したのを理解したのか、アヴェンジャーはさらに言葉を続けていく。
「我々は何かしらの拠点を持つわけでもなく、仲間あるいは同胞、同盟者と呼べるものも現状、何一つとして持ち合わせてはいない。貴殿らが認めてくれるのであれば、行動を共にすることこそが、これより先の最善であると我々は考えるが、どうかね?」
「私達と一緒に、七星と戦う、貴方はそのように言うのですか? 突然姿を現して、何の目的を持っているかもわからない貴方たちを」
ランサーは当然の警戒を浮かべる。先ほど主を失った直後であると言う事もあって、気が立っているのは間違いない。一方的に条件を突きつけられているだけに等しいのは確かにその通りではあるけれども。
「少なくとも我々が七星と敵対しているのは先ほどの我がマスターの戦いを見れば、理解はできると踏んでいるのだが?」
「まぁ……確かにね。怒りにだって持続性がある。それを超えてしまったら、萎んでしまうだろうけれど、少なくとも彼はその気持ちを持続させ続けている。並々ならぬ思いがあるんだろうなってことはよく理解できるわ」
問題はその並々ならぬ想いと私達の行動が一致するかどうか、私達は彼の復讐の為にこの場に集まったわけじゃない。一歩間違えれば、その復讐に付き合わされて、望んでいない路へと進むことになりかねない。
ならばいっそのこと、彼のことは忘れてここで互いに知らなかったふりをするのも一つの手ではあるだろう。冷静に、何も変わらないことを望むのならば、それも選択の一つとして決して間違ってはいないだろうと確信を覚える。
ただ……、これはあくまでも直感に過ぎないけれど、七星と戦うこの聖杯戦争の中で、七星を憎み戦う少年とイレギュラーのサーヴァントと出会う。
それがまったくの偶然とは思えない。運命論者を気取るつもりは毛頭ないけれど、この世界にはそういう偶然に似通った策謀が渦巻いていることを今の私は知っているから。
(アフラ・マズダ、きっと貴方は今の私達の状況をつぶさに観察しているんでしょうね。高い何処にいるともわからない空から、私達が何を選択するのかを見守り続けている。困難を与えること自体が自分の役目であると思っているんでしょうけれど……)
自分は、遠坂桜子はそんな神様気取りと決着をつけるために此処に来ている。あからさまな罠であるように思うことであっても、彼に届く手掛かりになる可能性があるのならば、放逐しておくわけにはいかない。
「朔ちゃんに、なんて言われるかわかったものじゃないけれど……、仕方ないか。どんな物事にだって絶対の後悔なんてあるわけもない。この出会いにだって、良い意味での変化はあるはずだし」
「マスター?」
「アヴェンジャー、私達の拠点に貴方たちをお連れします。ただ、あくまでも判断は私の上役につけていただきます。もしも、そこで反抗的な態度を取るようであれば、私達は貴方がたを排除することに一切の躊躇をしません。それでもよろしいですか?」
「賢明な判断だ、では、その言葉にまずは甘えるとしよう。我が主も、精根尽き果てかけている。まずは休ませねば、話しも次に進むことは無かろう」
復讐者という聞き慣れないクラスのサーヴァントでありながら、その態度や言動はかなり落ち着き払っているように見えた。
もしも、レイジ、君だけだったとしたら、ここまでスムーズに話を進めることは出来なかっただろうと思うから、彼の存在はレイジ君にとって必要な相手なのかもしれない。
なんにしても……溜めこんだ息をフゥっと吐きかえす。
「……戻ろうか、ランサー。色々なことがあったけれど、この場の戦いはこれで終わりを迎えるだろうから」
「はい、承知いたしました、マスター」
夜の森にかかった霧が晴れていく。やがて迎えるであろう朝を歓迎するように、この森に集ったマスターたちにとっての長い長い夜は、ようやく終わりを迎えようとしていたのであった。
・・・
「面目もないね、本当に。君の力になると口にしていたのに、ここまで役立たずのまま終わるとは、我ながら情けない」
「言うな、喋れば傷に触るぞ」
「慣れているね」
「嬉しくもない。こんなものに慣れたくはなかった」
イチカラ―城における戦いもまた終わりを迎えた。襲撃を仕掛けてきた七星たちは撤退し、生き残った者たちはようやく、緊張の糸を解き、この夜を乗り越えることが出来たことを互いに祝福する。
ただ、それでも別れを迎えなければならない者もいる。アーチャーのサーヴァント、カスパールはその身体を黄金のエーテルによって覆われ、最後の力を使い果たしたとばかりに身体を横たわらせて、消滅の時を待っていた。傍らにはマスターであるエドワードがいる。
これより聖杯戦争を共に戦い抜くサーヴァントが消滅の憂き目にあっていると言うのに、エドワードは驚くほどに嘆く様子を見せていなかった。動揺する様子もなく、むしろ、それを当たり前のことのように受け入れている節すらも見えた。
そこにあるのは、どこまでも慣れきってしまった戦場の香り、隣に立った戦友が自分残して命を散らしていくエドワードにとっての日常、幾度も幾度も死に損なって戦友たちの死を見届けることしかできなかった男であればこそ、目の前の相棒の死を嘆くこともなく受け入れるしかなかった。
「なら、出来ればもっと悲しんでほしかったな。短い時間ではあったけれど、僕は君と友誼を結ぶことが出来ていたんじゃないかと勝手に思っているんだけどな」
「結んでいたさ。だからこそ、静かに送り出すんだ。下手に嘆けば、消えていくお前に余計な未練を残させる」
「………、ありがとう。でも、それは余計な気遣いだ、エドワード。僕はさ、これでも結構満足しているんだ。大して役に立つことは出来なかったようだけれど、全く何もできなかったわけじゃない。少なくとも、君の仲間を守ることは出来た。君を生かすことが出来た。君はそれを呪うかもしれないけれど、僕にとっては紛れもない祝福だ」
アーチャー、カスパールは思う。己と言う英霊にとっての望みとは何であるのか、逸話にも刻まれたかつての所業をやり直す事かあるいは、悪魔に魂を奪われないほどの強さを身につけることか。いいや、違う、違うのだ。カスパールが英霊と言う存在になってまでも得たかったものは違う。
「悪魔に友を売った僕が、君の仲間たちを守るためにこの魔弾を使ったんだ、これほど誇らしいことはない。どこまでも自己満足であったとしても、それで何かが救われるわけではなかったとしても、僕はこの結末に満足している。だから、いいんだエドワード。
僕が身勝手に、君との時間を美化しているんだから」
語り明かすほどの交流を持つこともできなかった。実際の所、彼らは互いに互いのことを理解していると言えるほどの仲になることは出来なかったかもしれない。
それでも、意味だけはあった。此処に存在する意味があったのだとすれば、そこには僅かばかりではあっても救いがある。
「エドワード、これを……」
カスパールは己の銃をエドワードへと渡す。さながら自分がそこに存在していたと言う軌跡を残すかのように。
「僕の銃弾だ、まだあと4発分残っている。使うか、使わないか、どう扱うのか、それはすべて君に任せる。君にとってどうしても必要になった時には迷わず使ってほしい。此処で消える僕が大事に抱えていても何の意味もないからね」
「魔弾、か……」
「使うかどうかは君に任せるよ、だが、使うとすればその意味を噛みしめた上で使うんだよ、あと3回は素直に使っていい、だけど、4回目は……キミだって言うまでもなく分かっているだろう」
悪魔ザミエルとの契約の末に生み出された七発の銃弾、6つは狙った存在に必ず当たる銃弾、しかし、最後の銃弾だけは当たることと引き換えにその者にとっての命を引き替えにする銃弾、それを託すことの意味は、エドワードの生存を願う気持ちと、彼に相応しい終わりを与える気持ち、それが同時に存在すればこその想いであったのかもしれない。
「キャスターのマスター」
「何や、詫びろ言われても謝らんぞ、こっちだって色々と必死だったんやから」
「はは、そんなことは言わないさ。ただ、エドワードのことをよろしく頼むよ、知っての通り、彼は少しばかり不器用だからね、君のような明るい子が一緒にいてくれた方がいい」
「誰が騒がしいや、余計なこと言うな、言われんでもこのままじゃ済まさん、お前にも助けられたからな、願いの一つや二つくらいは聞いたるわ」
「それはありがたいね。君のような子がいてくれるのなら、僕も安心してこの満足と共に消えていくことができるよ」
黄金のエーテルが輪郭すらも消え失せていく。もはや人の形も保つことが出来なくなりながらも、アーチャーはその意識だけは、エドワードへと向けながら、これより彼らが向かっていくであろう困難な旅路を想う。決して楽ではないだろう、願いが叶うかどうかも分からない。けれど、どうかその旅路に幸福あれと。
かつて、友を裏切り、後悔の果てに命を落とした一人の青年は、ほんの少しだけ報われたような満足感を浮かべながら、消滅していった。
「ったく、勝手に期待して、重いもん残していくんやないわ。そんなん言われたら、無視するわけにいかなくなるやんか……」
「アーチャー……、結局、また俺は生き残ってしまった訳だ」
傷跡を残したかったわけではない。それでも結果としてカスパールの消滅によって、残った者たちは多かれ少なかれの傷跡を残されることになった。そこから何を考え、何を得るのかはそれぞれの心の中に何を残したかによって、なのかもしれない。
・・・
「逆賊タズミ卿の討伐、そして聖杯戦争における敵方勢力への先制攻撃はおおむね成功であったと言っても良いでしょう。皆さま、ご協力いただけたこと感謝します」
「わざわざあらためて感謝をする必要もないだろう、皇女殿下。我々はタズミ卿の宣戦布告に応じて、彼らと一戦を交えたに過ぎない。聖杯戦争は始まりを迎え、そして彼らは我々を御しえなかった。これが聖杯戦争である以上、彼らもその結末を受け入れてもらわなければならないからな」
セレニウム・シルバ領内における辺境、深々とした森林地帯を抜け、セプテム王都であるルプス・コローナへと向かう途上にて、七星側勢力は撤退後の戦力の立て直しと状況整理の為に、一度野営を展開することとした。
既に動員した近衛兵士たち及び人造七星たちはこの場にはいない。キャスターの働き掛けによって彼らは元いるべき場所へと戻されており、ここにいるのは聖杯戦争のために集った七星のマスターたちとそのサーヴァントたちだけである。
口火を切ったリゼの感謝に対して、灰狼はそれを当たり前であると語った。ある意味で、彼ら二人のスタンスをこれ以上なく象徴しているやり取りであるとも言えよう。
リゼにとってセレニウム・シルバの戦いは国内における権力争いの一環として行われた。すなわち、王族に反抗する勢力に対しての綱紀粛正、タズミと言うスケープゴートを以て国内の安定を願うことが前提にある。
対して灰狼はセプテムの内情になど一切興味はない。あくまでも聖杯戦争の相手としてタズミたちと事を構えているだけに、戦力としてリゼたちが戦い、消耗してくれているのであればそれ以上に求めることは何もないと考えている。
互いにその主張の違いは理解しているものの、それを殊更にあげつらうようなことはしない。あくまでもそれは分かったうえで受け入れておくものであると理解しているのだ。
灰狼は愚直に聖杯戦争の勝利に向かっての邁進だけを考えている。リゼはそんな灰狼に最終的には勝利を明け渡すように父より厳命されている。
それが正しいのかどうかは別としても、皇女であるリゼは受け入れざるを得ない。彼女はそういう立場で生きてきたのだから。
「私は楽しかったですよ、想像よりも歯ごたえのある方が多かったですし、興味が湧く人にも出会う事が出来ましたから」
「己にとっても上々であった。此度は皇女殿下に任せていたが……、次の機会には是非とも、我が研究の成果を発揮したいところだ」
散華とカシムにとっては、とても有意義な戦いであった様子が言葉からも感じ取れる。彼らにとっては、圧倒的な実力差の中で楽しめる相手を見出すことができるかどうかが全てにおいて重要であったが、そういう意味では、後から参戦した遠坂桜子とロイ・エーデルフェルトの存在は実に素晴らしいものであった。
「……ヴィンセント、戻ってこないな」
ポツリとヨハンが呟く。合流地点として指定した場所に拠点を移してから既に1時間が経過しようとしているにもかかわらず、この場に集っている七星は6人、最後の1人であるヴィンセントの姿は依然として見えない。
「ヴィンセントおじ様の事ですから、大丈夫でしょう。あの人はどんな窮地であっても、抜け出して生き残る、そうしたバイタリティを持っている方ですから」
「生き汚さは実に七星らしいからね」
リゼの褒め言葉にヨハンも褒めているのかどうなのか怪しい言葉を乗せて語る。王家の付き合いとしてヴィンセントと関わりの深い彼らにとって、ヴィンセントほどこうした乱戦の中で生き残るすべに長けていると考えられる者はいない。
彼であれば不安は何一つないだろうと言う信頼の証と言えばいいだろうか。そうしたものを持ち合わせているからこそ、王家と関わり深く、その上で裏社会の中で生き抜いてきたのだから。
故に戻って来るとの確信を覚えていたが、
「ヴィンセントなら戻ってこぬぞ。あやつは、二度とお前たちの前に顔を見せはせぬ」
カツンと杖が地面を叩く音と共にキャスターが姿を見せ、興味なさげな声でそう告げた。
リゼは背筋に嫌な汗が流れる感覚を覚えた。幾度か人生の中で経験したことがある、聞きたくもない何かを聞かなければならなくなってしまった時の感覚だった。
「……どういう意味ですか?」
「ん? そのままの意味よ。ヴィンセントとバーサーカーは合流地点へと向かう最中に、連中の1人によって討ち取られた、もはや死体であると言うことだ」
「―――――!」
「バーサーカーも既に消滅しておる。まったくもって情けないことだ、あれほどの勝利を重ねておきながら撤退の時に敗北をするなどと、あまりにも笑えぬわ」
「不思議に思うことでもないけどな、あの贋作ではいずれどこかで躓いていたはずさ」
「アーチャー…!」
「事実を言ったまでだよ、そして実際にそうなった」
コンモドゥスに対して決して良い感情を抱いているわけではなかったアーチャーの言葉をヨハンは制するが、それで何かが変わるわけではない。
「ヴィンセントおじさまが、死んだ……」
どだい、これは戦争なのだ、タズミやジャスティンが討たれたのならば、七星側とて無敵であるなどとどうして言う事が出来るだろうか。
「残念です、ヴィンセント様。せっかくこの異国の地で知り合うことが出来たと言うのに、でも、死んでしまったのなら仕方がありませんね。死者が甦ることはありませんから」
散華の言葉は惜しむ想いを発露しているが、悲しむと言うよりは割り切ってしまっていると言う方が強い印象の言葉だった。
その事実、その意味、それをリゼはこの時にようやく理解したのかもしれない。あの時のように、あの二度にわたるスラムでの戦いの時のように、命を懸けた戦いの最中にいるのだと、改めて理解し、自分にとって身近な人物が唐突に命を奪われたことを実感は薄くはあれども、理解させられることとなったのだ。