Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―城――
命を懸けた激戦の夜が明けた。誰にとっても険しく、誰にとっても出会いと別れを迎えることになった時間は過ぎ去り、小鳥たちのさえずる朝がやってくる。
昨日、森を覆っていた霧はすっかりと晴れてしまい、雲一つない快晴がセレニウム・シルバの空を支配していた。
「なんや、ほんまに。一日遅く、霧がかってくれればよかったんにな。ほんま、そういうん、うちは運がないわ」
そんな見晴らしよく森を一望できるイチカラ―城の屋上部分から、八代朔姫は外の光景を見ていた。黄昏ていると言ってもイイだろう。
イチカラ―城は一度崩壊を迎えた。ロイの魔術と桜子の斬撃、そして七星たちとの激戦によって、跡形もない形で崩壊を迎えたはずだが、その細部を異にしながらも、この日の朝を迎えた時には一定の城としての形を保っていた。
それを実行したのは朔姫とキャスター、そしてロイの三人の魔術によるものである。朔姫とキャスターの陰陽術と巫術を合わせる形で、半ばハリボテであることは否めないが、城の形を再現し、ロイの流体魔術によって魔術の流れを制御、魔術によって支えられた一夜城の完成である。
もしも、昨日と同じように攻め込まれでもしたら一瞬にして崩壊してしまう砂上の楼閣であることに間違いはないが、少なくとも雨風や外気を遮断するだけの効力はある。
あれだけの激戦を潜り抜けた後ならば、やはり休息だけでも取れなければこれからの活動に支障を来す。そう判断しての事であり、朔姫は警戒心を抱いていたことから、存外早く起きてしまったのだ。
「ふわぁぁ、いつもだったら、布団でぐっすりの時間やってのに。姫に見張りをさせておった方がよかったか?」
「そんなことを言っても朔ちゃんのことだから、すぐに起きてしまったんじゃない?」
屋上に新たな人影が映る。聞き慣れたその声に朔姫はため息を想わず零した。
「―――――、何や、やっぱババアになると早く起きてしまう言うんは本当やったんやな」
「なっ、いつも言ってるけど、私、ババアなんて呼ばれる年齢じゃないんですけど!」
「JKから見たアラサーは正真正銘のババアや、ババア。どんだけひらひらのスカート履いて若々しく見せておっても、うちみたいなギャルの肌年齢には勝負にもならんよ~」
「ギャル、ねぇ……朔ちゃんはどっちかっていうと、委員長タイプとかそっちじゃない?」
「はぁ~~? ほんま、見る目ないな、うちほど、悪が似合う女もおらへんで。うん? いや、別にギャルは悪やないな、じゃあ、ギャルの定義って何や?」
「知らないよ、朔ちゃんが自分で言い始めた事でしょ」
「あー、もうええ。桜子とくっちゃべってたらどうでもよくなったわ。いやぁ、お天道様が今日も見れて幸せやな~、タズミにも見せてやりたかったで」
努めて明るく振る舞うように朔姫は軽口を叩いてくる。その様子が自分の中に隠している感情を見せないようにするためであることを、相応に長い時間付き合っている桜子は分かってしまう。
「……ごめん、もっと早く到着できればよかったんだけど」
「減給や、減給。唯那によぉ言っておくかんな。ま、でも、最悪の事態は防げたわけやし、あの兄妹を召喚できたのは桜子の寄り道があればこそや。責めたてることばかりないやろ」
「……うん」
「むしろ、不甲斐なかったんはこっちの方や、タズミとジャスティンが役に立たんのはよぉ、分かっていたつもりやったし、姫の託宣で何か起こるってことも分かってはおったんよ。分かっておったんに、結局、このザマや。ほんま、自分に頭来るわ、もっと上手くやれておれば、ランサーだけじゃなく、バーサーカーやアーチャーも生かすことが出来たんやないかって」
朔姫にとっては、タズミに集められた同盟者程度に過ぎない。いずれは敵対する関係かもしれない。ただ、それでも仲間であったことは間違いない。
あの混乱する戦場の中で、逃げ出すこともせずに戦っていたのは、誰もが少なからず、ここで戦うことに意味があると見出したからだろう。
七星側の襲撃をどれだけの人間が予期していたのかなど分からないが、朔姫は何が起こると分かっていた側の人間だ。なら、知っていたなりの何かをするべきだったではないかと思う気持ちは離れない。
「……、朔ちゃん!」
改めて声を掛けられ、振りかえれば、バッと両手を広げる桜子の様子が見える。
「何しとん?」
「今なら私以外、誰も見ていないんだから。吐きだしたいことがあるのなら、胸を貸すよ。弱音を吐いても、泣いてもいいじゃない。朔ちゃんだって神祇省のお姫様の前に人間なんだから」
ニッコリと笑ってさぁ、どうぞと歓迎する様子を見せる桜子に朔姫はハンと鼻を鳴らす。
「ハッ、そんなもんせんわ、ガキちゃう言うとるやろ。泣いたところでいなくなった連中が戻って来るんか? 失った者が帰って来るんか? 来ないやろ、泣きごとビィビィ言っている暇あったら、次に何やるんか考えんが先決や!」
「そんなストイック過ぎない?」
「七星の連中はうちらがどこにいるのかを完全に理解されとる。早々にここから動きださんとまた攻められるのがオチや、動けないほどに消耗しているとまで思われたら、今度こそ全力で攻められる。ハッタリかますんなら、準備をして動かなあかんやろ。
泣くんなんていつでもできる、やることやりきって、全部終わるか、どうしようもなくなった時にすればええんや」
バッと立ち上がり、朔姫はいつまでも此処で時間を潰している場合ではないと考えたのだろう、城の中へと戻っていくことを決めた様子だった。
立ち上がった時にゴシゴシと服の袖で目尻の下を拭ったのをあえて、桜子は見ないふりをした。
「これから先も、お前の力が必要なんは間違いない。キリキリ働いてもらうで桜子」
「それは勿論、そうでなくちゃここまで来てないよ」
「……そうこなきゃな」
眩い朝日の先に誓う。この悔しさを今度は叩きかえす番であると。やがて再び来るであろう戦いの時に、同じ轍を踏まないために、今度こそは勝利するために、立ち上る陽が自分たちの行く先を示していると願うのであった。
・・・
燃えるような情景が浮かんでくる。それは怨嗟の声、それは忘れることのできない記憶の欠片、それは無力であった己の人生の象徴、どこまでもどこまでも追い立ててくる。きっと、死を迎えるその瞬間まで忘れることができない、レイジ・オブ・ダストの原初風景。
その中で嘲笑う影がある。己の手で村を焼き、己の手で俺から大切な人を奪った相手、しかし、その男の存在がまるで影絵のようにくっきりと浮かんでいながらシルエットに包まれている。
まるで役目を終えたからこそ、もう描写をしておく必要がないとばかりに。
ああ、そうだ、だって、俺は―――ヴィンセント・N・ステッラをこの手で倒したのだから。あの日の惨劇の象徴はもはやいない。地獄を生み出した男は、俺がこの手で地獄送りにした。
あと五人……、ヴィンセントが自ら告解した奴の共犯者たる七星ども、奴らを全員殺し尽くすまでは、俺は立ち止まるわけにはいかない。眠りを得たとしても、これがどれ程の安らぎであったとしても、俺は立ち止まるわけにはいかなかったから。
さぁ、目覚めろ―――、例え、何が待っているとしても……。
「―――――――!」
「お、やっと起きたか。このまま目覚めないんじゃないかと思ってたわよ」
「――――ッ!!」
「おっと、随分な挨拶じゃないか、少年。すこぶる元気なのは良いことだが、目覚めてすぐさま、女の顔を殴ろうってのは少々いただけないな」
目覚めてすぐさま、俺の視界に二人の人間の顔が映った。1人はクリーム色の髪をしたシスター服の女、そしてもう一人は蒼い髪の獣のような眼光をした男。衝動的に振り上げた拳はあっさりと男によって止められ、手を離させようにもがっちりと掴み上げられた手を自分の意思で動かすこともできない。
そこで遅れる形で自分の記憶を思い出す。ヴィンセントを倒した時に加勢してきた女、七星の魔力をその身に纏い、七星流剣術と言うものを使っていた女と対峙して、それから俺はどうなったのか全く記憶にない。
意識を失っていたのか、それともあるいは、記憶を奪い取られてしまったのか。分からないが、状況的に考えてもこの場所があの女の仲間たちの拠点であることは間違いないだろう。
「誰だ、お前たちは……七星、あの女の仲間か」
「うーん、七星の仲間とかと言えば、それは違うかな。私ら、どっちかっていうと敵対している側だし、昨日もボコボコにされかかっていたわけだし」
「お前さんと、お前さんのサーヴァントがバーサーカー陣営を打倒したってのは聞いている。取り逃がしちまった連中を倒してくれたのには心底感謝しているさ」
「意味が、わからない。何故、お前たちは七星と敵対している。どうして俺を助けた? あの女は七星の魔力を持ち、七星の剣術を使っていた。そんな奴が、どうして七星と敵対している!?」
連中が正しく俺の認識が間違っているのか、あるいは俺の認識が違い連中が正しいのか、あの女を見ていなければ信じる事も出来たかもしれないが、少なくとも、奴を知っている限り、下手な言い訳など聞かされても信じることはできない。
ヴィンセントを殺した俺は七星の連中からすれば邪魔ものであることに間違いはないだろう。だったら、騙し討ちでも何でもして処分してしまった方が速いだろう。
だったら、こっちだってやられる前にやった方が―――
「落ち着け」
「―――――痛ッ!」
バチンと眉間に叩き付けられた痛みに、身を乗り出そうとした機先を制され、思わず男を睨みつける。ただ、それで眉間に何があったわけでもない。本当にただ弾かれただけという様子だった。
「変に警戒すんな、デコピンって奴らしいぞ。気付けにはいいもんだっただろう」
「よく言ってくれる。結局は俺を黙らせるために手を出そうとしたんじゃないか」
「はぁ……、あのなぁ、お前さんがこっちの話しを落ち着いて聞く気がないからまずは落ち着かせようとしただけだ。こっちが叫ぼうが宥めようが、お前さんは止まらんだろう。だから、まずは気を逸らした。それだけだ」
「………あんた、随分と暗い過去があるんだね。とっても淀んだ色をしている。黒いわけじゃない、悲しみに全部塗りつぶされてしまいそうな色」
「お前に、何が分かる!」
「分からないよ。人生なんて自分で口にしてくれなくちゃ何もわからないさ。最も、辛いことをわざわざ聞くのが趣味でもない。ただ、シスターだからさ、悔やむ思いを聞いてあげることはできる。それだけだよ」
「………」
昔、村にいる神父とシスターに説法を喰らったことがあったのを思い出した。眠たい言葉を口にされて、ガキだった頃の俺は何を言っているんだか半分も理解することは出来なかったけれど、なんだか二人の話しぶりを聞いていると、少しだけ落ち着くような気持ちになれた。もしも、本当に辛いことがあったのなら、その時は此処に来ようと思う事が出来る程度には信頼をしていたんだろう。
最も、その教会もヴィンセントたちの襲撃によって灰燼と帰したことを忘れたことはないが……
「アヴェンジャーは……?」
「ここにいる」
声が聞こえると、二人の後ろ、部屋の扉近くの壁に背を預けた鎧姿の男が姿を見せる。バーサーカーを討伐した後からの記憶はないが、アヴェンジャーの様子に変わりはない。こいつらが本当に俺に何もしていないと言うのはあながち間違いではないのかもしれない。
「アヴェンジャー、こいつらの言っていることは、本当か?」
「すべてが事実かどうかは我の口でも断定は出来ぬ。しかし、彼らがお前を助け、休むための場所を与えたのは事実だ。そのための救助行動は意識を失っていたお前に変わって、私が同意した」
「………そうか」
わずかな沈黙の後に言葉はするりと口から出てきた。勝手なことをするなと口にしたいところでもあったが、逆に言えばこいつが同意をしたのなら、少なくとも全く信用できない連中ではないと言うことでもあるのだと思えてしまった。
信頼をしているのかどうか、自分でもよくわからないところではあるのだが、少なくとも、アヴェンジャーは俺の復讐に協力してくれた。それだけでも、信用するには十分であると思った。
「話を聞く気にはなってくれたか?」
「ああ……聞くだけなら、な」
「素直じゃないねぇ、少年。子供はもっと素直でいた方がいいもんだよ」
「誰が子供だ、俺はレイジ・オブ・ダストだ」
「本名?」
「偽名だ、七星を潰すための名前、それ以外の総ては捨ててきた。今の俺は、アイツらを殺し尽くすためだけに生きている」
ああ、そうだ。人間の時の名前なんてものは既に憶えてもいないんだよ、アイツらを殺し尽くすことが出来れば他の何物もいらないって俺は誓いを立てて来たんだから。
レイジ・オブ・ダストの復讐はヴィンセントを殺したことで始まりを迎えた。まだまだ終わるわけにはいかない。倒さなければならない奴がまだ複数もいる。
こいつらが本当に七星と敵対しているのだとすれば精々利用してやるだけだ。それに、あの女、七星の剣術を使うあの女がどうして、七星と敵対しているのか、それを知ることが出来れば、より七星について知識を得ることができるかもしれない。
そうした打算的な思いも含めた上で、俺は連中の話しをひとまずは聞くことを選んだ。最短距離を突っ走るためには、ただ、相手を破壊することだけを考えているのではだめだ、俺には情報が足りない、力も決して連中の総てに勝っているわけではない。おそらくこれからヴィンセントを上回るような相手と戦うこともあるだろう。
その時にこいつらの援護があれば、奴らを殺すために有用かもしれない。そう思えば、話しを聞き、使えるかどうかを判断することくらいは別に何の苦労を感じることもない。
そうだ、利用してしまえばいいだけだ、元から修羅の道を駆け走ると決めていたんだから、それを怖れる必要はない。どれだけ人道に背いていたとしても、俺には為し遂げなければならない責務があるんだから。
・・・
朔ちゃんと別れ、屋上から、仮の廊下へと足を進めた私は、そこで見覚えのある顔に出くわす。見覚えがあると言っても、顔を合わせたのは本当に10年ぶり、その間に色々と大人びたと言うか、互いに老けたと言うべきか、かつてよりも大人としての落ち着きと色気を放つロイ・エーデルフェルトはその屈託のない笑みだけは、かつてのままに、私のことにも気づいた様子だった。
「やぁ、桜子」
「ロイ、昨日は助かったよ。即興で話も合わせることが出来なかったのに、流石だね」
「俺の方こそ、まさか、このセプテムでお前ともう一度再会することになるとは思っていなかった。いや、あるいはそう心のどこかで思っていたから、俺は聖杯戦争を受け入れたのかもしれないな。
七星桜子であれば、必ず、聖杯戦争に何らかの形で参加する。そういう風に信じている所があったから、タズミ卿の誘いに乗ったのかもしれない」
「まぁ、今の私は神祇省側として参加しているからね、自分が聖杯を獲得するって腹積もりはあまりないんだけど。もしも、獲得しても朔ちゃんに渡しちゃうと思うし」
「そうなのか? 俺はてっきり、君は10年前の聖杯戦争で叶えられなかった願いを叶えるつもりでここに来たんだと思っていたが」
「……、10年経てば変わることだってあるわ。それと! 今の私は七星桜子じゃないわ、遠坂桜子だから」
「遠坂…?」
「結婚したの、1年前に、聖杯戦争から戻ったら、色んなしがらみ取っ払って挙式を上げる予定、です!」
ロイはハトが豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべていた。私が結婚したなんてことを言われると思っていなかったのかもしれないけれど、10年経っているんだから、ライフスタイルだって変わる。
どこぞをずっと放浪したような人と一緒で何も変わっていませんでしたみたいな反応をされても困るんだけどな。
「そうか……、おめでとう。リーナが子を設けたことは知っていたが、そうか、桜子もか。参ったな、10年前は妹のような存在だったのに、いつのまにか一人前の女性に成長しているんだから」
「ていうか、やっぱり10年前は妹のようなものだと思っていたんだ……」
「お前が七星でなければ、もっと良い関係が築けたと思っていたんだけどな」
「いいよ、リーナさんにめちゃくちゃ因縁つけられていたかもしれないし。七星だったからこそ、手加減抜きでロイ・エーデルフェルトと戦う事が出来たんだから。そう思えば、七星であったことも悪いことだとは思わないよ」
「変わらないな」
「ええ、変わったものもあれば変わらないものもある。私達の本質自体は10年前から何にも変わっていないわよ」
この10年をどのように生きて来たかで、多少の変遷は辿って来たと思うし、私は私なりに大人になることが出来たと思う。ただ、だからといって私たちの中身はまるっきり変わってしまった訳じゃない。
変わらないものがあるからこそ、ああして突然の再会でも、自分たちの持ち味を分かったうえで、その先を狙う事が出来る。君なら/貴方ならこのくらいはできるだろうって要求することができる。
「聞くまでもないことだが、相手は遠坂蓮司君か?」
「うん、ロイたちと聖杯戦争を終えてから1年くらいして、七星の血と付き合っていくための修行と自分自身の鍛錬の為に神祇省に入ったんだ、朔ちゃんとはその時からの付き合い。それで、5年くらい秋津の街を離れていて、帰って来た時に蓮司に言われたの。
修業をした君に勝ったら告白させてほしいって、何それって話しだよね、もう自分で勝った後のことを言っているんじゃんって」
あの時のことを桜子は今でも覚えている。別にそれで動揺したとか、答えが決まっていたとかそういうことは問題じゃなかった。
10年前の聖杯戦争の時に蓮司が口にした言葉の意味を知っているからこそ、秋津の街に帰ってきた自分に、その言葉を向けた蓮司の覚悟と決意を誰よりも理解していたのは桜子だ。
「それで、七星桜子は負けてしまった、と」
「うーん、負けてしまった、っていうのはどうかなぁ。最後まで勝つつもりで戦っていたのなら、結果は分からなかったよ。でも、負けてしまってもイイかなとは思えたんだよね。
この人になら、これからの自分の人生を委ねてもイイと思えるだけの強さがあの時の蓮司にはあったから」
もしも、本当に命を懸けての戦いであったならば、桜子はあらゆる手段を使って蓮司の命を奪う事が出来たかもしれない。でも、それは違うし、自分が神祇省に旅立つ前の蓮司の姿を良く知っている。
何も桜子とて、再戦をするまで遊んで暮らしていたわけではない。10年前の聖杯戦争の頃よりも、神祇省に入り、魔術の扱いは格段に上手くなり、神祇省の陰陽術と七星流剣術を組み合わせた新たな戦い方を習得もした。
聖杯戦争の頃に比べれば雲泥の差があるほどの成長をしたその桜子を相手に、蓮司は肉薄したのだ。どれほどの修練と研鑽の時間を積んだのかもわからない。
いつ帰ってくるのかもわからない、もしかしたら心変わりしているかもしれない、遠坂の当主として慣れない役目を背負いながらも、自分の生活も続けていかなければいけない蓮司が桜子に追いつくためにどれだけの努力が必要であったのかをその戦いで桜子は理解できたのだ。
「こんなにも私のことを想ってくれる人がいる、それはきっととても幸せなことで、七星として、魔術師としての強さよりも、優先するべきことだろうと思ったの。
魔術師として負けたかどうかはわからないけれど、男女の戦いでは、私はすっかり白旗を上げましたと。戦いが終わった後の告白なんて二の次だよね、あんなに熾烈に想いはどんな言葉よりも胸に響いたモノだったもの」
そこから今日に至るまでにも色々とあった。神祇省としての修業の日々を抜けたとしても、桜子を貴重な戦力として求める声は決して止むことなく、蓮司と交際を続けた2年間も神祇省としての任務を帯びて戦っていた。
ようやく、腰を落ち着けることが出来たのが2年前、元服を果たした朔姫自ら、京都大陰陽寮の会合にて、桜子を神祇省の任務から外すことを提案したことでようやく、慌ただしい時間は終わりを迎えたのだ。
そして1年、ようやく籍を入れることができる段階になったところで、セプテムにおける聖杯戦争の気配の感知が重なったことで、今を迎えるようになる。
結局、挙式も上げることが出来ていないまま、慌ただしく時間が過ぎてしまったが、それも今回で最後だ。この聖杯戦争を区切りにして、七星桜子として駆け抜けてきた日々は終わりを迎えるのだろうと言う想いがある。
「今回のセプテムの騒乱の裏に、アフラ・マズダが潜んでいる可能性を神祇省は危惧している。私がここに来たのも全てはその為、アイツとの決着を着けなくちゃ、七星桜子の役目は終われないから」
アフラ・マズダと言う神は直接的ではないにしても、常に桜子の人生の中に暗い影を落とし続けてきた相手だ。もしも、これより先に新たな人生を築いていくのだとすれば、その暗い影を振り払わないわけにはいかない。
気持ちの高ぶりがそのまま拳を強く握る力へと変わるのを見て、ロイはふっ、っと息を零した。
「今回は俺もいる。俺は敵対者ではなく味方として、お前の隣に立っている。頼ってくれていい」
「ロイ……」
「この聖杯戦争には自分自身の力を確かめるために参戦するつもりだった。俺の願いは前回の聖杯戦争で叶えられてしまったからな。だが、聖杯に掛ける願いはなくとも、俺にも戦う理由くらいは生まれたようだ。桜子、俺は君を生かすために戦おう。
俺たちの運命に介入し、好き勝手に動いてくれたあの神に今度こそ一泡吹かせるために、何よりも大事な妹分に、幸せを掴んでもらいたいからな」
「……格好つけてる?」
「勿論」
「ありがと。今回は遠慮なく頼らせてもらうよ。私だけじゃ、どうしたって対処できない相手ばかりだろうから」
この先、改めてあの七星たちと戦うことになれば、激戦は必至、ヴィンセントのように自分だけで勝てると思える相手ばかりではないはずだ。必ずロイや他の仲間たちの力が必要になってくるはずだからこそ、素直に助力を口にする。
ロイは聞くべきことを聞いたからと、先にその場を後にする。一夜明けても、まさか、こんな親しく、何の警戒心を帯びることもなく、もう一度ロイと会話をすることになるとは桜子も思っていなかった。
「変わらないものもあれば変わるモノもあるってことなのかな……」
「マスター、お一人のようですので、少しばかりお時間をよろしいですか?」
ロイがいなくなったことで、廊下に一人きりになった桜子へと声を掛けてきたのは、彼女とサーヴァントとして再契約を果たしたランサー、アステロパイオスだった。
流麗な肩まで伸びた黒髪と切れ長の目尻、それでいて決してキツくはならない柔和な笑みを零し、そのスタイルを強調する黒いボディスーツに身を包んだ女性は、桜子からしても見惚れるくらいに美しい女性だった。
かつて契約していたカール・マルテルが女性でありながら男性と見間違えるほどの凛々しさを見せていただとすれば、アステロパイオスは平時にあっては、女性としての魅力を十全に発露した戦士らしからぬ女性であった。
もっとも、そんな相手が七星側のランサーとあれほどの激突を繰り広げることができるのだから、当然見た目で全てを判断することはできない。
神代に生きた英霊である以上、彼女はその内部構造からして、通常の人間とは異なっている部位があるかもしれないのだから。
「申し訳ありません、昨夜は立て込んでいたもので、正式に挨拶をしてもおりませんでした。改めて、貴女のサーヴァントとして戦働きさせていただきますアステロパイオスです。
窮地を救っていただきありがとうございます。このご恩は戦働きで代えさせていただきます」
「待って、そんなに畏まらなくてもイイよ、私はそんな偉い人間じゃないし。むしろ、もっとフランクに接してもらった方がいいかな」
「よろしいのですか?」
「うんうん、むしろ、アステロパイオスさんみたいな美人さんに畏まられると、私、何者って感じだし! マスターとサーヴァントって括りはあるかもしれないけれど、これから一緒に戦っていくことに変わりはないんだから、上とか下とかうちは考えない方針でいきたいの」
「ありがとう、ございます。その、容姿まで褒められるとは思っていなかったので、若干照れくさくなってしまいますね。生前はあまり、そういった役割を求められたこともありませんので……ふふっ、何にしてもありがとうございます。では、私も桜子と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「うんっ、よろしくね、ランサー」
差し出した手を握り返してくれたランサーに改めて桜子は親愛の情を浮かべる。かつて契約をした黄金の騎士とはまた異なる相手だが、きっとうまくやっていくことができるだろうと不思議と確信を覚えることが出来た。
「先ほど、セイバーのマスターとの込み入った話を盗み聞きしてしまいました。桜子は愛する人と契りを結ばれているのですね」
「あー、改めて言われるとこっちもこっちで照れくさいけど、そうだね、好きな人と結婚することが出来たと言う意味なら、間違いないね」
「ふふっ、それはとても素敵。こんな言い方は貴女に重荷かもしれないけれど、運命を感じてしまいます。私は――――愛する人に討たれた英霊ですから」
「えっ……?」
「トロイア戦争で、アステロパイオスを討ったのはギリシア軍のアキレウス。誰でも知っているイリアスに刻まれた事実、でも、私が男でないように、どうして私がアキレウスとの戦いに打って出たのかは知らない。アキレウスと言うギリシア最強の英雄を前にして、私達パイオニア軍だけで勝利をすることは不可能、ほとんど死ににいくようなモノであると誰もが思ったことでしょう」
アステロパイオスの襲撃によって確かにアキレウスは負傷した。しかし、それだけであり、本来トロイア軍に合流し、主戦力の1人となるべきだったアステロパイオスをトロイア軍は足止めのために使い潰したに等しい状況となった。
「あまり知られていないことですが、私はトロイア戦争より以前からアキレウスのことを知っていました。まさかその時には戦争になって互いに敵軍同士になるとは思ってもいませんでしたけれどね。
私はパイオニア軍の将として戦わざるを得なかった。だから、自分の死に場所と命を預けるに足りる相手は自分で選んだ。身勝手であっても女として、彼を誰かに討たれることも、自分が彼以外の誰かに討たれることも許せなかった」
だから、自分はトロイア軍にとって決して良い選択をしたわけではなかった。アステロパイオスという英霊は自分の想いに殉じて、その結果として愛する男の手で討たれた。
「アキレウスは、貴方の気持ちを」
「―――知っていましたよ、知ったうえで彼は私との決闘に応じてくれました。私は全力を振い、彼も全力でそれに応じてくれた。ですから、結果がどうであれ、私は誇らしいの。彼が並み居るトロイアの軍勢の中で、私との決闘を誰よりも困難であったと口にしてくれたことが。私は彼にとっての並み居る将の中の1人ではなかったのだと、証明してくれたから」
「………なんとなくだけど、分からないわけじゃないな。自分の好きな人がいなくなった後も頑張っていることは嬉しいし、いなくなってしまった自分の事を覚えていてくれるのならそれに越したことはない。もしも、私が同じ立場だったとしたら、うん、同じことを選んでいたかもしれない」
大勢よりも何よりも自分の気持ちを優先するのだとすれば、アステロパイオスの判断を間違っているとは桜子は言いたくなかった。理屈とか正しさとかじゃないんだ。
女の恋は理屈じゃ言い表せなくて、愛した相手に自分を見てほしいと思えて、自分のいなくなった後でも幸福を願えるのだとしたら、それはきっと……、本当に愛していたと言う証明になるのではないか。
「そんなわけだから、私は、私が出来なかったことを実現した貴女の未来を守りたい。私とアキレウスでは叶えられなかったことを、叶えた貴女がこの聖杯戦争の後に幸福を描けるように、私は全力を尽くして桜子の槍となりましょう」
「ありがとう。重くないよ、気持ちは分かるもん。昔の私は分からなかったかもしれないけれど、今の私は重荷になんて感じない。むしろ、もっと深く聞かせてほしいかも」
「本当ですか! 私も実は桜子のお話もっと聞きたいと思っていました」
笑う桜子と目を輝かせるように反応するアステロパイオス、凛々しい顔だけじゃなく、こんな顔もできるのなら、きっと自分たちは上手くやって行けるだろうと強く思う。
かつてとは違う主従関係というよりも、同年代の女性同士のような間柄だったとしても、それを悪いとは思わない。堅苦しいものがないのはありがたいことだ。
「じゃあ、時間も早いし、コイバナしようか」
「ええ、是非!」
などと、互いに自慢できるほど多くを経験しているわけでもないと言うのに、二人は意気投合して足を進めていく。
新たに迎えた森の朝はまだ早い。同じように彼女たちの聖杯戦争もまだ始まったばかりなのだから。
マルテルとの師弟コンビもよかったけど、アステロパイオスとの友人のような関係も好き、10年後の桜子は本質は変わらないまま落ち着きを持っていていいですね。
Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
https://twitter.com/kooldeed