Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『セレニウム・シルバ』――
そして、旅立ちの準備を始めてから数時間が経過した。翌日までこのイチカラ―城に身を潜めて休息を取ると言う選択肢も当然に考えられたが、その提案は朔姫によって却下された。
今の時間に出発をすれば、セレニウム・シルバを出るころには夜を迎えているだろうが、一刻も早く、この深緑の森より出ることを優先するべきであるという判断だった。
「ほんの少しでも居場所が特定されない場所を進んでおる方が、安全や。連中がこの城を監視しておるとしたら、寝静まった頃に再襲撃なんてろくでもないことが起こったら敵わん。さっさとここを出払うんが一番や」
朔姫の強硬的な方針に対して、誰もが文句を言う事無くその提案に従った。逆説的に言えば、誰もが七星の再襲撃の可能性を見殺していると言うことだろう。
もしも、奇襲で再び6陣営と戦うことになれば、ロイや桜子、レイジという新たな戦力を手に入れたとしても、何らかの壊滅的な被害を受ける可能性が非常に戦い。
結局、ファヴニールと言う強大な戦力を打ち倒したライダーとセイバーとは交戦すらしていない。それでも、今の惨状であったことは肝に銘じなければならない。
「別に俺のことは置いて行ってくれてもいいんだぞ、お前たちと一緒に向かった所で、足手まといになるかもしれないし、むしろお前たちに迷惑を駆けることになるかもしれない」
その出発の折り、他の仲間たちよりも早くに準備を済ませたエドワード・ハミルトンは約束の時間よりも30分は早く集合場所に来ていたであろう朔姫を見つけ、最後の警告であるとばかりに口にする。
エドワード・ハミルトンは死神と呼ばれ続けてきた男だ。魔術師の傭兵として幾つもの戦場を渡り歩いてきた。かつては聖堂教会の代行者として若くしてその最前線に立つまでの力を見せていたが、ことごとく地獄のような戦場の中で仲間を失ってきた。
多くの戦友を失い、ただ一人生き残って、戦場より帰還する彼のことを、いつからか、死神と揶揄する者たちが現れた。何度も何度も生き残るのではなく、奴がいるから、奴の周りの人間たちが死んでいくのだと。
それは所詮、結果論に過ぎず、エドワードが何かしらの厄災を振りまいているわけでもない。偶然が偶然を呼び寄せてしまっただけに過ぎないと言うのに……、いつからかエドワード自身もその不名誉な在り方を徐々に受け入れ始めてしまっていた。
だからこそ、今回も自分が傍にいることによってお前たちが全滅してしまうかもしれない、そんな意味合いを以て告げる言葉に朔姫は鼻で笑う。
「アホか、戦力は1人でも多い方がいいにきまっとるやろ、自分が死神言われてるんがそんなに気に食わんか?」
「………」
「どんな苦境に立たされても、生き残ることが出来ておるんなら、それは一種の才能やろ。つーか、うちらのこと舐めとんかお前。あんな、お前一人おるからって全滅するなんて生易しい連中やったら、とっくの昔に七星共に潰され取るわ、ミンチや、ミンチ! 」
「だが、しかしっ――――」
「アーチャーはお前のせいで消えたわけやない、むしろ逆やろ、あいつはお前の仲間を守る言うて、その身を犠牲にしたんや、あいつの奮戦を見て、それで自分のせいだなんてふざけたこと言うとるんなら、うちが一発ぶん殴ったろか……?」
片腕の拳を片手の掌で受け止め、ぱんぱんと朔姫は音を鳴らせる。勿論、本気で殴るつもりはないが、アーチャーに曲がりなりにも命を救われた者として、彼の名誉を乏しめるようなことはしたくない。
自己満足であろうと、贖罪のためであろうと、カスパールがエドワードの仲間たちを救うために戦い、そして命を散らせても仲間たちを守ったことだけは事実であると分かっている。朔姫が桜子とランサーの契約を成功させたことも、レイジが桜子の助力の下にヴィンセントを討つことが出来たのも、アーチャーの奮戦があればこそである。
「お前がいようがいまいが、うちらはこれから勝ちに行くんや! 辛気臭いこと言うてる暇があったら、自分に何が出来るか考えておけや。そして最後にお前に吠え面かかせたるわ、うちらのことを疑ってすいませんでした、死神だなんて自分の思い込みでしたってな!」
朔姫はどうだとばかりに胸を張って宣言する。勿論、朔姫だって総てが全て無傷のままに終わりを迎えることができるはずもないとわかっている。分かったうえで、朔姫はそんな未来だってあるだろうと強がりを示して見せる。
これからここにいる者たちを率いるものとして、朔姫には多くの責任がのしかかってくる。下手をすれば、仲間たちの誰かに死ねと命じなければならない時が来るかもしれない。大を生かすために小を切る。生き残るためにタズミを切り捨てたことだって否定はできない。だから、またその時が来れば朔姫は同じ決断をしなければならない。
「ま、それでも、どうしようもないって時には、うちがお前に良い死に場所をくれてやるわ、文句あるか?」
「別に最初から文句なんてないさ。ただ……そうだな、俺は死に場所を探している。自分の歩んできた人生に終わりを与えることができる場所を無意識に探しているんだろう。
お前たちと共に生き残ることができるのならば最上だが、もしもの時は……、その言葉を信じよう」
エドワードは思う。どうして自分は此処まで生きているのだろうかと、死ぬべき時はこれまでに何度もあった。しかし、結果としてエドワードは生き残りつづけてきた。そこに意味があるのかと問いただすようにこの数年間、さまざまなところを彷徨ってきた。
聖杯戦争に参加したのだって、死に場所を探しているのが半分、意味を探しているのが半分であったのかもしれない。此処まで生き残りつづけてきたことに意味があると、誰かに証明してほしい。そうでなければ、ここまで生き残って来た甲斐がないと思うから。
エドワード・ハミルトンは自分が納得できる最後を求め続けているのだ。
ふと腰に下げたホルスターに装着された拳銃へと視線を向ける。アーチャーが使っていた銃、マスケット銃であったはずのそれは、エドワードに所有権が移った時には拳銃の形へと変わっていた。結局、放置することもできずに持ち出したのはアーチャーへの義理からだっただろうか。
(アーチャー、お前が俺に託してくれた四発の銃弾、精々有効に使わせてもらうが、あまり期待はしないでくれよ、俺はこれまでも失敗し続けてきた男なんだから)
ここで諦めてしまっても良かったが、朔姫の強引さに乗せられたことについては否定はできない。旅を終えるにはもう少しだけ歩んでみてからでも悪くはないのかもしれない。
「ま、よろしくだ、リーダー。俺はお前の決定に異論を挟むつもりはないし、同行する以上協力は惜しまない。だから、死神なんて異名を蹴り飛ばすことができる采配を期待するよ」
「アホか、そんなん自分でなんとかせぇや、それができると見越しておるから連れていくんや。こっちこそ傭兵の実力期待させてもらうからな、エドワード」
「エドでいい、親しい連中にはそう呼ばれていた」
エドワードは自然と笑みを零していた。不思議なことに他人と会話をしていて笑みのようなものを浮かべたのはいつ以来のことだっただろうか。
城の方から声が聞こえてくる。他の者たちも準備が整ったらしい。であればいよいよ出発の時である。
「此処からが始まりや……」
今日に生き残ったことを無駄にしないための旅が始まる。長く険しい旅が……
・・・
「ねぇ、ちょっと寄り道をしていってもいいかな?」
イチカラー城を出てから、ほどなくしてルシアは断られること覚悟の提案を口にした。今の一行の目的は一刻も早くセレニウム・シルバを抜け出すことにあり、寄り道をするなど、本来であれば言語道断である。
「ダメや……と言いたいところではあるんやけどな、ちなみに、どこに行きたいんや、観光地なんてここらにあらんやろ」
「まぁ、さすがにそういうのは、ね。ほら、ここって国境が近いでしょ。だから、慰霊碑が設置されているんだよ。昔から、ここらは侵略戦争で何度も何度も争われていたような場所だったんだろうね。やろうとしていることなんて気休めもいいところさ。慰霊碑のところで少しだけでも、あの城の中で犠牲になったやつらを弔ってやりたいってだけ。
お姫様がダメっていうんなら、従うよ。どっちが正しいことを言っているのかは言われなくてもわかっているつもりだからさ」
彼女自身も言うように、余計な寄り道をしている場合ではないというのが正論である。何せ、いつ七星側からの襲撃を受けるかもわからない状況、いまとて、実際にはどこかから監視をされているかもわからあいのだから。
「俺はいいと思うけれどな。確かにさっさと拠点を離れるべきなのは賛成だったが、もはや離れてしまった今となれば、どこにいようとも大して変わらない。常に襲撃されるかもしれないという可能性を考慮しておけば、少しくらいの寄り道はしてもかまわないんじゃないか?」
ロイはルシアの提案を後押しするように告げる。例え、どこにいたとしても、襲撃されるときは襲撃されるのだから、それを気にしていても仕方がないという反応である。
圧倒的な強者であるロイならではの考え方であるといえるかもしれないが、間違っているかと言われれば、必ずしも間違っているとも言えない。
「マスターの言うことにも一理あると我々も考えます。ここには少なくとも、五体のサーヴァントがおり、誰もが襲撃されるかもしれない可能性を内包して立っています。
であれば、相手の襲撃があったとしても対応すればいいだけのこと。一度目の攻撃は私と兄さま、そしてランサーが防げないことはありません」
マスターであるロイの言葉に同調するようにして、ポルクスも肯定の態度を浮かべる。兄であるカストロはその横でふんと鼻を鳴らしているが、特段反対している素振りでもない。
「レイジ、君はどう思う……?」
「俺は………行きたい。ここは俺の故郷じゃないが……、少しだけいなくなった人たちに伝えたいことがある」
桜子の投げかけにレイジは意外なことに同調の反応を浮かべた。基本的に、周りと歩調を合わせるつもりもないとばかりの様子であっただけに、聞いた桜子が逆に驚く反応を浮かべてしまった。
「何を驚いている。お前が聞いてきたんだろう」
「え、あ、うん、ごめん。レイジ君はさっさと向かうとかいいそうだなとおもっていたから」
「ああ、そうさ。だけど……、今回ばかりは特別だ。伝えなければいけないことがある」
復讐に取りつかれたように、常に七星を滅ぼすことだけを考えている様子だったレイジ、ヴィンセントという敵を討ったことを報告したいと思う様子は、普通の人と何ら変わりはない。
レイジは決して地獄の悪鬼ではなく、運命によって翻弄された結果として、そのような態度を取る他なくなっている。
それを理解しておかなければならない。今のレイジは、ほんの少しだけ運命が違えば、自分がなっていたかもしれない可能性の一つなのだから。
「はぁ……、しゃーないわな。うちとしては、積極的にええと言い難いところではあるけど、気持ちの整理が大事なこともまた事実ではあるしな。時間をかけない程度で、行こか」
朔姫が意見を曲げたおかげで特に言い争いが起こることもなく、慰霊碑へと向かうことが決まった。
――セプテム・『セレニウム・シルバ』・慰霊碑――
あくまでも一時的に寄り添って、この戦いでいなくなった者たちを弔うと言うだけである。何せ、タズミもジャスティンも崩れたイチカラ―城から死体が見つかったわけでもない。サーヴァントたちは姿が消滅してしまい、遺骨のように残る物があるわけでもない。
あくまでも、当人たちの気持ちを整理するための場所なのだ。この場における犠牲を忘れることなく、されど、引き摺らないために過去のモノとして折り合いをつける。
お前たちの死を背負って自分たちは進んでいくのだとそれぞれが心に刻み付けるように。
「人間、ってのは不思議なモノだよな。生物ってのは死んじまえばそこまでだ、いくら次代に種を継いだとしても、それはあくまでも遺伝子を繋げただけに過ぎない。
だってのに、人間ってのは朽ちた後でも、残された連中がそいつの遺志を継いでいく。出来なかったことを果たすために動いていく。いなくなった故人を偲んで祈りを捧げる。
生物としてあまりにも歪なことだ、いない存在に魂を引かれることになるってのに、それを嫌だと思う事もない。理性があるってのはそういうことなんだろう」
「タズミの意思まで継ぐってのはどうかと思うけれどね」
「確かにタズミ卿のやり方が正しかったとは言えない。あのまま生き残ったとしても、俺達の間で争いが起きていた可能性だって否定はできないだろう。
だが、同時にあの人がいなけりゃ俺達が集まることもなかった。数奇な運命だったとしても、結果を創りだしたのはあの人だ。だから、せめて聖杯戦争に勝つくらいのことはしてやらねぇとな」
アークは慰霊碑の前でタズミに勝利を誓う。決して認められるような人格の持ち主ではなかった。むしろ、ここにいる誰よりもタズミとジャスティンは不穏を蒔き散らしている存在であったと言えよう。しかし、奇妙な縁を作ってくれたことには感謝しなければならない。
「俺はなんだかんだ、死線を潜り抜けたお前たちと一緒にいる方がいいからよ。そのきっかけを作ってくれた人には感謝しないといけないと思うのさ」
「ま、それでタズミの願いが叶うわけでもないんだけどさ!」
「眠れ、タズミ、ジャスティン。そして、命を懸けて戦ってくれたサーヴァントたち。うちらはお前らが作ってくれた明日の先へ行く。綺麗ごとは言わん。今度は勝って、お前らにその報告をしたる」
朔姫も手を合わせるようなことはしない。ただ、気持ちだけは連れていく。その表明だけはしていく様子だった。
「ま、こんなもんでええんとちゃうか、いつまでもここで気持ちを偲んでおってもしゃーないし、そろそろ先へ―――」
「お前たちは先に行け。俺はもう少しだけ此処にいる」
「あぁっ!?」
思わず朔姫がレイジの言葉に素っ頓狂な声を上げる。それもそうだろう、やるべきことを果たしたのだから先を急ごうと口にしているのに、先に行けと言う意味不明な態度を理解できなかったのだから。
「もう少しだけ、ここにいたい。だが、お前たちを付き合わせるつもりはない。だから、先に行け。すぐに追いつく」
「……我らからも願う。問題を引き起こすつもりはない」
レイジの言葉を後押しするようにこれまで、押し黙っていたアヴェンジャーが頼み込む。朔姫はため息を零し、勝手にせぇやと呟くと、我先にと足を進めて行ってしまった。
「朔ちゃん、拗ねちゃったの~?」
それにキャスターが続き、一人また一人と足を進めていく。最後に桜子が心配そうな表情でレイジを見たが、ランサーに背を押され、先へと足を進めていくことを決めた。
自分とアヴェンジャー以外に誰もいない場所、慰霊碑は何も言う事無く、ただそこに佇んでいるだけである。
ただ、この時間だけは自分一人でしたかった。彼らが共に戦う者であったとしても、この瞬間だけは誰にも邪魔をされたくなかったのだ。
「……、今更こんなところで何を言っても、何も変わらないし、戻ってくることもないってわかっている。だけど、言わせてくれ。
みんな、仇は取ったよ。皆を苦しめて、俺達の故郷を奪ったヴィンセントは地獄の底に堕とした。完勝ってわけにはいかなかったけれどさ、ようやくやれたよ……」
アヴェンジャーは黙してレイジの独白を聞く。よくやった、あるいは報われたと口にすることは簡単だが、レイジがそのような言葉を求めていないであろうことはよく分かっている。
「必ず、他の五人の七星も全員、地獄に堕とす。皆の命を奪った罪を償わせる。
だから、どうか見ていてくれ。今はまだ、どうすればいいのかもわからないけれど……必ず、その先に、こんな地獄のような世界の先に花を咲かせる方法を見つけ出して見せるから」
復讐をすればそれで終わりであるわけではない、それではただ、自分たちを虐殺したヴィンセントたちとやっていることは何一つとして変わらない。
七星たちを断罪し、このセプテムに、そしてレイジ自身に花開く未来を見出さなければ、自分の本当の意味での復讐は終わりを迎えることができない。
その未来が見えないままに進んでいることを否定はしない。冷静な大人であれば無謀であるし、答えが見つかるかもわからないような行動にどうして打って出ているのかと苦言を呈するのかもしれない。
しかし、冷静に答えを探してみようなどと考えていたら一歩を踏み出すことができない。自分自身の怒りのままに、この許せないと言う激情を原動力として進んでいくからこそ、俺は今も戦えている。
もしかしたら、進んだ先には実際に何もないのかもしれない。本当の意味で徒労でしかなくて、無駄だったと思う羽目になるのかもしれない。
だけど――――それでも、なんだよ。俺はまだ、その後悔を覚える地点にまですらも辿り着けてはいないんだから。
そこに辿り着くまでには、俺はずっと、まだだと叫んで走って行かなければいけない。俺が今も生き残ってここにいる意味があると信じているから。
「――――誰だッ!?」
その時、背中に聞こえてきた足音に反射的に振り向く。ギリギリで自分の剣を抜くことはしなかったが、敵襲の可能性はある。もっとも、アヴェンジャーもいるこの状況の中で奇襲を仕掛けることは、ほとほと難しいと思うが……。
「驚いた。まさか、私の外にも慰霊碑に足を運んだ人がいたなんて。慰霊の最中に驚かせてしまって、ごめんなさい……」
声を掛けてきたのは、一目見て高貴な家の出であるのだと分かるほど、整った女性であった。見目の麗しさも相当であるが、纏っている衣装自体もここらへんの人間が着込んでいるモノと同じではない。
衣装の素材における価値の差なんてものに興味はないから、詳しくはないが、どこかの貴族の令嬢だろうか、彼女は俺が慰霊碑に祈りを捧げているように見えたのだろう。それを邪魔したことに謝罪をしている様子からも、育ちの良さが滲み出ている。
俺は慰霊碑の前から退き、首を振って足を進めるように促す。ペコリと一礼すると彼女は慰霊碑の前に進み、花を添えた。邪魔をしてしまったように困った表情を浮かべる彼女に、離すつもりはなかったのに、口を開いてしまう。
「いや、大丈夫。もうやるべきことは終わったから……、あんたも慰霊の為に?」
「ええ、近しい人がセレニウム・シルバで無くなりまして。慰霊碑に祈りを捧げたところで何にもならないなんてことは分かっているんですけれど、どうしてもいてもたってもいられなくて……」
「気持ちは分かる。知り合いが言っていたよ、こういうのはそこに何かがあるじゃない。ケジメをつけるのが大事なんだって……」
さっさと、ここから退散するべきことなのは分かっている。ただ、どうしてか自分から話の先を繋げてしまった。
「ケジメ、ですか。難しいですね、頭ではいつか別れが来るのは分かっているんです。でも、突然の出来事だと難しいですね。まるで奪われてしまったかのような気持ちになります。おかしな話、いつかはそうなるかもしれないなんてことは分かっていたのに」
「……別に、変な話しじゃないだろ。大切な人を喪えば悲しい。そこにどんな理由があったって、それは人間として当たり前の話しだ。突然いなくなれば悲しいし、戦争や身勝手な理由で命を奪われれば理不尽に思うことは当たり前だ。
この国だって、ここに刻まれた慰霊碑にはさまざまな人の想いがあったはずだ。残された人たちはここで祈ることしかできない。祈って、戦争の悲惨さを、人の命を奪われることの辛さを、噛みしめる」
「そうした犠牲の上に、今のこの国があることを忘れてはいけないですね。平和な世界が生まれ、花が咲き誇る。そうすることが、残された人たちに出来る事ですから」
「でも、その花を人はまた吹き飛ばす」
「え……?」
「いくら綺麗に花を添えても、地獄の中にある限り、人は簡単にその花を吹き飛ばす。今のセプテムがそうだ、この国は狂っている」
七星によって支配され、連中の思惑を叶えるために国民の不安をよそに対外戦争の準備を企てている国をどうして平和だと言えようか。その仮初の平和の裏で苦しみ喘いでいる人がいることを忘れてはいけないんだ。
「………確かにそうかもしれません。国民の多くはセプテム王家の行為に疑問を覚えています。例えそれがこの国の未来のためであったとしても、歓迎はしないでしょう。
花を吹き飛ばす行為であると言われれば、否定はできないと思います」
「だから、もう一度花を咲かせる方法を見つけなくちゃいけないんだ。地獄の中でも花を咲かせる事が出来るんだってそう思う気持ちを忘れたら、人は悪魔と何も変わらなくなってしまうから」
俺のやろうとしていることなんて結局は只の復讐だ。誰かのためになんて高尚な言葉を口に出来るようなモノじゃない。それでも、俺の行為で何かを変えることができるのなら……、そんな風に思ってしまうこと自体が七星を分かりやすい悪にしたいだけのエゴなのかもしれないけれど。
「ふふ……」
「何が可笑しい」
「いいえ、この国の現状を厳しく言われたうえで、私と同じような考えを持っている方にこんな所で出会うと思っていなかったので。いいえ、こんなところだからなのかもしれませんね。ここは過去を振り返り、未来へと思いを馳せる場所、でしょう?」
「……あくまでも、知り合いの言葉だ。俺には関係ない」
きっと、彼女は失った人の想いを継いで、光の道を歩いていく。そういうことができる女性だと、少し言葉を交わしただけでもわかる。俺とは違う。俺のように地獄の底でも必死に足搔く奴にはできない輝きを放つことができるハズなんだ。
だから、この場で言葉を交わした俺達の運命が、再び交わることはない。ただ、同じ思いを抱いているという言葉だけは少し嬉しかった。
自分の中の出鱈目な理屈を少しでも肯定してもらう事が出来たように思えたから。
「行くのですか?」
「ああ、もう会うことはないだろうけれど、あんたと少し話せたのは楽しかったよ。できるといいな、あんたなりの花を咲かせることが」
「私も、昔、知人に言われたことがありますから。諦めずに走っていれば、きっと上手くいくと。子供のおとぎ話のようですけれど、どうしてもそれが忘れられなくて、貴方と話していて、それを思い出しました」
「そうか……」
「私――――リゼと言います、貴方は?」
名前を名乗った相手に、答えるべきかどうか少しだけ悩んだ。どこから自分自身の情報が洩れるかもわからない中で、本当であればそれは告げるべきではないのかもしれないが……
「レイジ、レイジ・オブ・ダスト」
「……さようなら、レイジ君。もしも、また縁があるようであれば、貴方と言葉を交わしたいね」
「ああ……」
生返事であることを自覚しつつ、リゼに言葉を返して、俺は連中の下へと足を進めていく。きっと、もう二度と会うことはないだろうと思う相手に背を向けて。
けれど、数奇な運命は俺たち二人を決して離そうとはしない。
そう、思い返せばこれが出会い。
レイジ・オブ・ダストとリーゼリット・N・エトワール、いずれ、聖杯戦争という舞台で互いを滅ぼすべく戦う者同士の初めての出会いだった。
――セプテム・荒廃都市『オカルティクス・ベリタス』――
「ヴィンセントについては残念だったね、彼とはもう少し上手く関係を続けられるとも思っていたのだが」
「白々しいのぉ、最初からこうなることは分かっておったのではないか。ヴィンセントと例の小僧が戦っておることを知っても、そなたは救援の一つも送るつもりがなかったではないか」
「それは違いますよ、キャスター。私はヴィンセントを信じただけであり、アベルと言う存在の力がどれ程のモノであるのかを確かめなければならなかった。彼がヴィンセントを倒せるのか、あるいは敗北するほどにしか覚醒することが出来なかったのか。俺は俺の大願を果たすために、それを見極めなければならなかった。それだけです」
セレニウム・シルバの国境を超えて、星灰狼とカシム・ナジェム、そして、彼らの一団と共に王都へと足を進める羽目となっているターニャ・ズヴィズダーはヴィンセントの死について言葉を交わしていた。
リゼはヴィンセントを厭い、彼に花を手向けることを選んだが、灰狼もカシムもそのようなことはしない。
あくまでも聖杯戦争、誰が何処で脱落するのかはわからない。そこに一々感情を向けていたのでは、これから始まる前哨戦を越えた聖杯戦争の本番で生き残っていくことはできないだろうと考えている。
「本音を言えば、ヴィンセント率いるステッラファミリーの経済力と渉外能力にはずば抜けた物がありました。ここまでギリギリ保ってきたセプテムの対外情勢はヴィンセントの死を以ていよいよセプテムにとっては望まぬ方向に進んでいくでしょう。この国もまた避けられないところに進んでいこうとしている」
「しかし、聖杯戦争が終わりを迎え、余が敵対する国家総てを飲みこめば済む話だ」
「ええ、その通りです、ハーン。ヴィンセントの死は確かに我々にとっては痛手ではありましたが、取り返せぬ痛手ではない。むしろ、最初からそうなるべくしてなった死であると言えましょう」
ヴィンセントの死は織り込み済み、灰狼の中の本音とは結局そこなのだ。
彼がアベルと呼んで憚らないレイジの完成度を確かめるための試金石、最初から脱落させるために配置された打倒されるべき存在、もしも、レイジが最初に狙うのが誰なのかと言えば、それは彼の村を焼いたヴィンセントであることは間違いないと分かっているからこその配置だ。
ヴィンセントは確かに聖杯戦争での勝利を目指す事無く、敗北することを前提に灰狼かリゼ、どちらかの情勢が良い方に付くことを考えていた。
それはあくまでも自分が生き残ることを前提とした動きではあったが、大義や主張よりも自身の利益を優先する在り方は、何を誘導させれば思い通りの動きをしてくれるのか、灰狼にしても実に予想がしやすかった。
「さて、その上でだが……」
チラリと灰狼は自身が乗る馬の背に乗せられ、沈んだ表情を浮かべるターニャを一瞥する。
「ハーンよ、私は、このオカルティクス・ベリタスにターニャと共に残ることを進言します」
「―――ほう、その理由は?」
「城での戦いでは王を満足させるほどの戦いを果たすことができませんでした。敵手のバーサーカーとの戦いでは、王に身を引くようにとまで口にする始末、その汚名を雪ぐ機会を与えていただきたいと思います。
おそらく、連中は城を出るでしょう。あそこにいれば、自分たちの居場所を我々に教え続けるも同義ですから。そして、セレニウム・シルバから、王都へと向かう道行の中で、最も近い都市がこのオカルティクス・ベリタスです」
「つまりは、我えらが敵の顔を見るために踏みとどまると」
「まだ、戯れが足りないと思いましたが、いかがでしょうか…?」
などと口にするが、実際の所は灰狼より次の戦場の指示をされているに等しい。あくまでも臣下の態度を取り、ハーンを立てているが、やはり指揮の優先権を持っているのは灰狼である。
七星を、そして偉大なるハーンを率いて、聖杯戦争の終わりまで駆け抜ける。それが星灰狼の望みこれより先の道行きなのであるから。
「フッ、お前はそれ以外にも何か思惑を持っているのだろうが、少なくとも余が戯れ足りないのも事実。して、灰狼、この地にも身体が馴染み始めてきた。そろそろ、スプタイたちをこちらに呼び寄せるとしよう」
「御意に、彼らをも揃えた、最大至強のハーンの軍勢を以て、彼らを迎えるとしましょう」
「………」
その灰狼の言葉をターニャは不安げに見つめる。しかし、それで何かが出来るわけではない。彼女は何処まで行っても籠の中の鳥でしかないのだから。
その籠より解放してくれる誰かがいなければ、大空に羽ばたくことはできない。いかにセイバーが圧倒的な力を持っていたとしても、今ここで戦いあうには、少しばかり情勢が悪すぎる。故に今の立場に甘んじるしかない。
(でも……、もしかしたら……)
七星と戦い、それでも生き残った彼らであれば、もしかしたら……自分をその籠の中から解放してくれるかもしれない。
そんな期待を寄せる表情を浮かべるターニャ―を尻目に灰狼は笑う。
(レイジ・オブ・ダスト、アベルの継承者。見事、ヴィンセントを討ち取ったか。であれば、私もお前の成長度を確認しなければならないだろう。いずれ、自らお前を討ち果たすカインの役目を背負った者としてな)
次なる激戦の地は荒廃都市オカルティクス・ベリタス、その地にて、レイジたちは、かつての世界最強の軍団たるハーンの軍勢たちと相見えることとなる
第4話「Reason」――――了
次回予告
「兄様……いつまでも夜風に当たっていては体が冷えてしまいましょう。そろそろお戻りになられたら、どうです?此度の戦の兄様の働きを皆、祝福したいと申しておられますよ」
「はは、先ほどまでも散々に祝福されたであろう。それを言うならば、桜華、お前も同じであろう。七星の血を継ぎ、最も流麗な刀捌きをするそなたの刀を前にすれば、この身の敵を破壊することだけに長けた武技など、張子の虎もいいところだ」
「ねぇ、レイジはどんな大人になりたいの?」
「大丈夫だ、世界がどうだろうとも、きっと上手くいく。この世界はそこまで、生きている俺達にとって酷い世界であるはずがない。自分に恥じないように生きて、自分に恥じないような時間を過ごして、少しずつ成長して、そうして立派な大人になることが出来たら、見えてくるモノも変わってくるのかもしれない」
「あら、エドワードはそういうのは信じないの? こういうのって結構バカにできないものよ? 期待してない場所でこそ、本当の意味での運命的な出会いはあるかもしれないってね」
「せやな、ババアはババア同士で行った方がええで。一緒に行かれて平均年齢あげられたら叶わんしなー」
「まさか、本当に、レイジ……なの?」
「一緒に行こう、俺は君を取り戻すために此処まで来たんだ! 君が生きてくれているのなら、君を守るのが俺の役目だ!!」
「初めましてだね、アベル―――いいや、レイジ・オブ・ダスト。私は星灰狼、大陸における七星の首魁にして―――キミの村を襲うように命じた張本人だよ」
第5話「月華-tukihana-」