Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
第5話「月華‐tukihana‐」①
――夢を見ていた、遥かな過去の記憶、己ではないどこか他人の抱いた夢を見るような感覚のままに、目の前に映し出される光景を何もすることができないままに見せられていく。しかし、それが全く知らない誰かの夢であるわけではない。
限りなく近い、しかして遠い人間の記憶―――初代灰狼、七星桜雅の記憶に他ならないことを。十九代の歳月を経たうえで、俺は知っている。
七星同士の血で血を争う生き残るための戦、生き残っても尚、日本にはもはや自分たちが生きる場所は残っていないと告げられて、大陸へと足を運んだ桜雅。
そして、後に偉大なるハーンと出会うことになる中国大陸へと向かう途上、嵐に塗れ、一族からも脱落者が出る中で、彼らは大陸を渡り、新たなる七星の系譜を生み出していくことになる。
長髪を首の付け根の辺りで、一つに纏め上げた鋭利な視線を誰もいない草原の先へと向ける男の姿は、敗残者として大陸へと渡って来たモノの姿には見えない。
桜雅は成り行きから大陸へと渡った七星たちの纏め役としての役割を与えられた。望んで得たモノなのか、押しつけられたものであるのか、完璧な彼の記憶を持っているわけではない俺には分からない。
分かることは結果として桜雅は崩壊しかかっていた七星たちを纏め上げ、大陸にて特異な存在としてその名前を馳せていき、やがて、ハーンに見いだされ、灰の狼の名を襲名するまでに至る。それだけが理解できる内容であった。
「兄様……いつまでも夜風に当たっていては体が冷えてしまいましょう。そろそろお戻りになられたら、どうです?此度の戦の兄様の働きを皆、祝福したいと申しておられますよ」
「はは、先ほどまでも散々に祝福されたであろう。それを言うならば、桜華、お前も同じであろう。七星の血を継ぎ、最も流麗な刀捌きをするそなたの刀を前にすれば、この身の敵を破壊することだけに長けた武技など、張子の虎もいいところだ」
「あら、そのようなことを言ってしまわれては、兄様を褒め称えていたハーンにまで、失礼ではありませんか?」
「ふむぅ、確かにそれを言われると弱い。我らはハーンがいなければ、このような戦場に再び立つことは出来なかった。今もこうして一族郎党総てが万全としていられるのも全ては偉大なるハーンの思し召しがあればこそだ」
「ええ、その通りです。ですから、あまり自分を卑下しては成りませんよ」
七星桜華、永い七星の歴史の中でも最高峰の才覚を持った女傑。桜雅が指揮能力にも長けた総合力の七星であるとすれば、桜華は単純な戦闘能力として目を見張るほどの七星であった。
その様はまるで刀が踊っているかのようである。流麗なその動きに見惚れた次の瞬間には首が飛ばされており、馬に乗っていないにもかかわらず、その足の動きは遊牧民族の行動に完全に順応する。
七星の一族を指揮する桜雅とその指揮の中で十全たる暗殺一族としての絶対的な力を発揮する桜華、二人はまさしく比翼連理、どこまでもどこまでも共に駆け抜ける。
実の兄妹であれども、彼らはその愛を育んだ。戦場で共に戦い、共に視線を潜り抜ける状況は何よりも、戦場の中で愛を育む土壌を築き上げた。
このままどこまでもどこまでも、ハーンと共に世界帝国を築き上げるために西へ、西へと進軍を果たしていくはずであった。
けれど、我々はその侵略戦争の結末を知っている。栄枯盛衰、奢れるものも久しからず、どれ程の才能を持ち合わせているモノであっても、老いに勝ることはできない。
偉大にして絶対なるハーンは命を落とし、そして桜雅と桜華の兄妹にとっても、終焉の時は訪れる。
「――――否、私はハーンと誓ったのだ。必ずこの世界全てをハーンの掌に収めて見せると」
桜雅の執念は凄まじかった、七星の力が魔術回路を通して、次代の血の中に混ざり合っていくのだとすれば、己のこの夢半ばで散ろうとしている願いをも次代へと残していくことができるのではないか。
時代を経れば、必ずやこの崇高なる理想もいつかは翳りを迎えて、その姿を失っていくことだろう。大陸へと渡り、己たちを必要としてくれた、夢を見せてくれた、どれほどの恩を戦場にて返したとしても足りない。
この恩義を必ず世界制覇という形で残さなければならない。何代を経たとしても必ずや、必ずやこの願いを叶えて見せよう。
そのように願って、初代灰狼の意志は「星家」の子孫たちへと受け継がれていく。希望か或いはそれは呪いであるのだろうか、連綿と受け継がれてきたその願いは、十九代の時を経ることによって、ついに形を成そうとしている。
「だが、まだ完ぺきではない。ハーンを召喚し、セプテムを手中に収める手前まで来た。しかし、今の私には七星桜華がいない……」
七星桜雅にとっての比翼連理であった存在、桜華。彼女は桜雅のように己の記憶や願いを次代へと受け継いでいくことを願わなかった。己の意志は己1人のモノ、であればこそ次代を生きる者たちにはその時代の生き方や価値観によって生まれるモノが必ずあると彼女は思った。
だからこそ、あえてその祈りが受け継いでいくことはなかったが、灰狼はそれだけが初代の失敗であったと思っている。伝説に謳われるほどの存在、灰狼の名を襲名する以上、桜華の存在は必要不可欠であると言ってもイイだろう。
であればこそ、掴まなければならない。それを掴まずして、どうして灰狼の名を完全に受け継いだ等と言えるだろうか。
必ず七星桜華は己のモノとする、そうして初めて自分は初代灰狼の覇道を受け継ぐ存在になることができると言えるのだから。
「そのためにもアベルよ、我が弟に値する者よ、そう簡単に終わってくれるなよ、お前が力を解放すればするほどに、私の願いに近づいていく。お前はその為だけに生まれ、そのために生かされているのだから」
告げる言葉は何処までも冷酷に、何処までも、当人の心も事情も斟酌せずに、ただ用意された舞台に沿って動いていくだけなのかもしれない。
――夢を見ていた、そう遠くない過去の記憶、己の眼に刻まれた炎の記憶よりもほんの少しだけ前の記憶、まだ故郷が何事もなく、いずれ来る終焉の時のことなど一切知らないとばかりに誰もが平穏を享受していた頃の思い出を追体験するように夢を見ていた。
「ねぇ、レイジはどんな大人になりたいの?」
ふと、とある日にターニャが何気なくそんな問いを投げてきた。長閑な村である。牧畜と狩りによって生計を立てている村、農作物を育てている者もいて、王都へとその作物を送る一方で村の中の人間に自分の育てた作物を分け与えていた。
自助を続けて、誰もが助け合っていく世界、よく言ってしまえば、誰もが助け合いながら生きていく世界、悪い言い方をしてしまえば古いルールに縛られたこの空間の中だけでも生きて行けてしまう世界、そんな世界の中で昔からずっと生きてきた。
まだこの時は10を少し過ぎたあたりだったはずだけど、漠然と自分の将来は親の仕事をついでそれを守り抜いていくのだろうと思っていた。
別に今の生活に不満を持っているわけじゃない、日々の生活に変わり映えはなくても、迎える明日が全く同じ明日を迎えるわけじゃない。天候の変化や狩りの状況、そんなものに一喜一憂しながら、日々の恵みを戴きながら生きる時間は決して悪いものではなかったからだ。
「考えたこともなかったな、このまま、親の仕事を受け継いで、それで成長して、いつかは子供を産んで育てて、それで土に還る。漠然としてしか考えていなかったよ。
ターニャは?」
隣に座る少女、ウェーブがかったブロンドの髪をたなびかせる、俺と同い年の少女であるターニャ・ズヴィズダーへと問いを投げる。
ターニャ―の家は古くから牧畜を営んでいる。オヤジさんは自分の家にもレイジのような男が生まれてくれればと常日頃から憂いているけれど、ターニャの溺愛ぶりは相当なものだ、目に入れても痛くないとすら思っているだろう。
「私も同じかな、今は生きることで精いっぱいって感じ。毎日毎日、学ぶことが多すぎてね、私は生まれた時から、ちょっとだけレイジや他の人と違う所もあるから、まずは自分の身体をちゃんと使えるようにしなさいって」
ターニャは微笑を浮かべる。ターニャが口にしたその変化、彼女は生まれた時から、その瞳に特殊な力を備えていた。
最近ではその力も安定してきている様子ではあるけれども、物心ついた頃の彼女はその力が暴走してしまうことも良くあり、村の中ではターニャのことを危険視する声も強く上がっていたらしい。
ターニャの両親は必死に村の人々を説得して、根気強くターニャと向き合い続けてきた。そのおかげもあってか、今のターニャの状態は落ち着いていて、村の人々もターニャのことを受け入れてくれている。
中には心のない言葉を吐きだす人もいるけれども、ターニャも折れることなく日々を生き続けている。
生きることで精いっぱいという言葉はそこから出てきた言葉なのだろう。ただ漫然と毎日を生きている俺よりも遥かに彼女の方が世界の中で生きていくには困難も大きいはずだ。
こうして平和な時間を生きていると俺が思っていたとしても、ターニャはその裏で、俺の知らない苦しみを覚えているかもしれない。能天気な言葉を口にしていられるのは自分がその苦しみを体験していないからだ。
「でも、レイジが言っていた当たり前のように過ぎていく日々って、私はとても素敵だと思うな。何かやらなくちゃいけないことがあるとか、力を持っているのは運命だとか、そういうのに憧れる人もいるかもしれないけれど、私はこの村のように長閑な世界の中で、ただ世界を感じながら生きているだけでもいいんじゃないかなって思えるんだ」
当たり前の日常、俺達が謳歌しているはずのそれをターニャが何処まで楽しんでいられるのかは正直な所、俺にもよくわからない。そもそも、人の心なんて、いちいち気にしているわけでもないし、ターニャはあくまでも家が近い幼馴染の関係でしかない。
同じころに生まれて、同じように育ってきた。勿論、俺とターニャでは生まれの違いはあるけれども、生まれてきてからの多くは互いに共有しているとは思う。そんな互いだからこそ、こうして何気ない時間の中で弱音を吐きだすこともできる。
「難しいことは俺にも分からないが、こうしてほしいとかってことがあるのなら、遠慮せずに言えよ。なんでもかんでも叶えることはできないけどさ、お前の文句を聞いてやることくらいはできる。どうにもできないことを少しだけどうにかできることに変えることはできるかもしれない」
「レイジ………」
「大丈夫だ、世界がどうだろうとも、きっと上手くいく。この世界はそこまで、生きている俺達にとって酷い世界であるはずがない。自分に恥じないように生きて、自分に恥じないような時間を過ごして、少しずつ成長して、そうして立派な大人になることが出来たら、見えてくるモノも変わってくるのかもしれない」
村の大人たちが、俺達とは違うものを見ている様に。俺にもああした時間が来るのだろうと漠然と思っているけれど、そうなるにしたって、今の自分がそっくりそのまま身体だけが大きくなったところで、同じようになれないことは分かっている。
「だからさ、頼ってくれていい。お前が頼ってくれれば、それだけ俺も成長することができるかもしれないし、少しはお前の助けになることができるかもしれないから……」
「ふふっ、ありがと、レイジ。うん、困ったときは、頼らせてもらうね」
照れを覚えながら、本当はお前の助けになってやりたいんだってことを言いたかっただけなのに、それを素直に言う事が出来ないから、自分が成長できるだなんだと理由を着けなければ、まともに言う事も出来ないでいる。
ああ、まったく、自分でも笑ってしまう位の穏やかな時間、この日常がこれからもずっと続いていくんだろうと漫然と思っていた時間――――でも、それは、唐突に終わりを迎えてしまったから。
長閑な世界は何処にもない、変わらない日常は消え去った。漫然と大人になっていくなんて自由は許されない。命を燃やして走りつづけなければ―――これより先に辿り着くことはできない。
「…………、ああ、そうか、夢を見ていたのか」
「魘されていたぞ」
「眠れないよりましだ。何度も何度も悪夢を見た。寝る事すら許されないんじゃないかと思っていたこともあった」
「………そうか」
連中は寝静まっている。勿論、何か起こればすぐにでも反応できるように各々がサーヴァントを見張りにつけているのだろうが、アヴェンジャー以外にこちらに反応する者は誰一人としていなかった。
「まさか、こんな奴らと一緒に行動することになるとは思ってもいなかったが……都合がいいと言えばそこまでだ。必ず連中を倒す、そしてターニャを助ける」
夢の中で見るのはいつだって燃え盛るあの原初風景だった。ターニャとあの幸福な時間のことを思い返すなんていつ以来のことだっただろうか、少しだけ心が安らいだ。
地獄のような世界の中でまだ縋ることができるものがあるのだと、思う事が出来ただけでも行幸なのかもしれない。
そして、あの幸福な姿を見ることが出来たからこそ、ターニャを何があろうとも救いださなければならないと思えるのだ。
「ターニャとは、誰の事だ?」
「大切な人だ……、命に代えても守らなければいけなかった。俺が力になると決めていたのに、俺はヴィンセントにターニャを良いようにされることしかできなかった」
『何じゃ、女か。小僧もずいぶんとませておったのだな』
『あんた、結構言動が愉快だよな』
「その少女がまだ生きている保証はあるのか?」
「連中が俺たちの村を焼いた目的の一つはターニャを確保することだった。ターニャは生まれつき、俺達とは違う特異な力を持っていた。連中があれを必要としていたのならば、ターニャを生かしている可能性は高い。もしも、その力を奪うだけで良かったのなら、ヴィンセントがあの場でターニャを殺していてもおかしくなかったはずだ」
あの炎の中の記憶だけは今でも鮮明に残っている。間違いなくヴィンセントは、ターニャだけは特別扱いをしていた。他の人間たちがどのようになろうとも、ターニャだけは生かして確保する。その気持ちが先行していたことは間違いないと思う。
だから、連中にとってターニャは生かしておかなければならない相手だ、淡い希望であることは否定できないが、俺を助け出したあの男はターニャが生きていることを確信しているような素振りを見せていた。
諦めない、例え、最悪の結末をこの目で見るために歩みを進めているのだと言われたとしても、それで諦めきれるはずがないんだ。
だって、ターニャがいてくれなければ、地獄の先に花を咲かせるなんてことは到底できるはずがない。彼女にだけは笑っていてほしいと思うんだから。
「ならば、何があろうとも見つけだせ、手放さないことだ。お前が目指す、地獄の先に花を咲かせることは復讐だけでは決して果たされない。お前にとって、そのターニャと言う少女の腕を掴むことが出来なければ、とても最後までは戦えまい」
あるいは、ターニャを失ったことによる捨て身の特攻か、もはやターニャの生きていない世界などに未練はないと突貫をすれば、一人か二人は道連れに出来るかもしれない。
だが、それは連中の中で、俺たちの村を直接手を出すことを命令した奴に実行しなければ何の意味もない。まだ自暴自棄になるには早すぎる。それを実行するのは何一つとして打つ手が無くなった最終段階でいいはずだ。
(待っていろ、ターニャ、必ず……必ず、俺がお前を助け出す。あの時の約束をちゃんと果たして見せるから……)
・・・
「んっし、改めて、うちらはこれから七星共に一泡吹かせるために、王都へと向かっていく。既に2日、セレニウム・シルバを出てから時間が経過しとる。ここまでに連中が手を出してこなかったんは、不幸中の幸いと思っとけ」
「ま、ここで敵に手を出されちゃったら、ウチらも危ない所だもんね★」
「アホか、お前がキリキリ働くんやろ! 自分がマスターみたいな態度してんじゃねー!」
「あ痛っ! 何すんの、暴力反対だよっ!」
「ほーら、ちびっこガールズ共、騒ぐなら話し合いが終わってからにして~、話しがいつまでたっても進まなくなっちゃうわよー」
「誰がちびっ子ガールズやねん! ま、ええわ。そんで、王都に向かうまでの道のりが当然、なーんもない荒地ってわけやない」
「王都に向かうまでの道のりの途上には、それぞれ都市があるってことだね」
朔姫が広げた地図を確認しながら、ロイは地図に表記された記号に一つずつ手を触れて数を確認する。
「そや、うちらかて、休息を挟みつつでなくちゃおちおち王都まで進軍はできひん、そのためには休息を取るため、あるいは情報収取するための拠点を確保することを前提として動いていかなあかんことになる」
「こちらには複数のサーヴァントがいる。最速で王都まで進軍をして、攻撃を仕掛けることも可能だろう、人間の静寂な行動範囲を基準にするからそのような面倒事を考えなければならない」
「ちょっと、兄様……!」
カストロが朔姫の提案に反論を口にする。セイバーの速度は光速、この場から王都へと一直線に突き進めば、半日もかからずに王都における戦闘を可能とするだろう。本当の意味で奇襲を行うのであれば、サーヴァントを使った電光石火な戦い方をするほかない。
合理的な発想であることは間違いないが、朔姫はその提案に思わずため息を零した。
「確かにそれは当たり前に思いつく作戦や、何せ、七星共もサーヴァントの力借りて、うちらに奇襲を仕掛けて来たんに間違いあらへんやろうからな。けど、だからこそ、その最も手っ取り早い方法を取ることは危険や」
「当然に敵もその最も合理的な方法を理解し、警戒をしているからか」
「そう、やられたらやり返される。連中かてそれくらいわかっとる。だから、あえて、うちらは最も敵に狙われやすい方向での進軍を続けていく。そうすることで、連中が痺れを切らして先に手を出してくる状況を作るんや。連中にも気が早いのと遅いのがおる。全員の足並みが揃わな、逆にこっちが各個撃破できる機会が生まれるかもしれん」
「しかし、それに反して連中が再びいっせいに押し寄せてくるかもしれないぞ?」
「その時はその時、やらなあかんことは変わらん。全力出して生き残ることだけ考えればええやん」
朔姫はニヤリと笑みを浮かべた。七星のマスターたちを相手にそれがどれ程困難なことなのかは闘っていた彼女だってわかっている。
ただ、実際にはそうするしかないと言う話なだけである。何をしたって、ここから先は覚悟が問われる闘いが迫ってくるのだから
「さて、話しを戻すで、うちらが王都へと最短で向かう上で通かせにゃならんのは、そう多くはない。これから向かうオカルティクス・ベリタス、その先の中核都市、そして、王都に入る為の最大の関門ともいえる城塞リベルタス・マクシム、これらを通過すると同時に休息のための拠点として、うちらは王都へと足を進めていく」
朔姫が指でつついた記号はあくまでも、最低限度のモノを指示しているだけである。より安全な行動を目指すのであれば、多くの都市を経由するべきだが、七星側の行動から考えてもゆっくりとした進軍など何の意味も持たない。
七星と言う一族である彼らが勝手に内部崩壊をする可能性は限りなく低いのだから。
そうなってくれば、結局のところは本拠地へと無理のない範囲で辿り着くほかない。
「もしも、敵が襲撃をかけてくるとすれば、この拠点内でのことが多いように思えるな、なんとなくだけど、まったく何もない場所でいきなり攻めてくるってよりは、こういう休息の時こそ狙われやすそうだなって」
「ま、桜子の懸念も最もやろ、今後は休息を取る時には必ず誰かが見張り番として、周囲の状況を確認することとしたい。でないと、有事の際に全員でくたばっておるなんて笑い話にもできないことが起こってまうかもしれへんしな」
「了解だ、ここまでの話しをした以上、早速次の街に向かってことでいいんだろ、お姫様よぉ」
「せやな、オカルティクス・ベリタス、そこまで規模は大きくない都市や。なおかつ、セレニウム・シルバ同様に国境に近かったこともあって、それほど大きく発展することを望めなかった場所でもある。おそらく、情報収集なんてできるはずもなく、なんとか宿をもらうのが精いっぱいやろうな」
「それでも宿を借りることができるかもしれないのは大きいんじゃない? ここまで姫様たちの陰陽術で仮の寝る場所は確保しているけれど、やっぱり建物の中で眠れる方が安心するものだしさ。それに結構こういう時の方が良いものに出会えるかもしれないよ」
「運命論的な考え方だな」
「あら、エドワードはそういうのは信じないの? こういうのって結構バカにできないものよ? 期待してない場所でこそ、本当の意味での運命的な出会いはあるかもしれないってね」
「その運命が良い方向の運命ならいいがな」
エドワードは悲観的に告げる。何せ、彼らがこのまま出くわす可能性の高い運命はどちらかと言えば、七星側の者たちとの出会いと言う最悪の方向に舵取りをするかもしれないものであるのだから。
もっとも、それを警戒したところで、ただ単純にオカルティクス・ベリタスを素通りする判断を下すだけになる。宿の確保、期待薄ではあっても情報収集を想うのであれば立ち寄るべきであろうと言う判断をエドワードも自然と考える。
「レイジ君もそれでいい?」
「好きにしろ、お前たちの行動に一々口を挟むつもりもない。最後に七星共を殺し尽くすことができるのならそれでいい」
「不平不満イエスマンみたいやな、こいつは……、素直に朔姫様の考えていただいた最高の提案を飲みこみます、これ以上の提案はできません! くらい言うたらどうなんやか」
「頭の螺子が遂に外れたか?」
「んだと、こらぁぁぁぁ」
などと、声を上げる朔姫であったが、方針としては各拠点を巡りながら、王都を目指していくと言う方向で決定づけられた。
勿論、この方針そのものが賭けでもある。短期決戦と持久戦、本来の定石で言えば、前者を選ぶのが当たり前の判断であることは言うまでもない。それを覆してでも、長期的な視野で方向性を考えたのは果たして正解であったか不正解であったか。
最も不正解であるからと状況を嘆くだけで終わるはずもない、ここから先は生き残ることができるかどうか、本当の意味での聖杯戦争は既に始まりを迎えているのだから。
「じゃあ、行くとするか。次の街、オカルティクス・ベリタスへと」
・・・
――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――
「これは、思ったよりも酷いね。入っただけでもなんとなくわかっちゃうくらいには露骨っていうか……」
「廃墟、とまでは言えないかもしれないが、人の気配が途絶えた建物が数多くあるな、既に居住の形態を為していないのかもしれない」
セレニウム・シルバに続く、王都と国境を繋ぐ街―――オカルティクス・ベリタス、レイジたちが最初にその街へと踏み込んだ時に感じたことは、荒廃しているという感想であった。
建物とは生物ではないが、生きている存在の影響を多々受けとるものである。手入れが行き届いていない建物と言うものは激しい経年劣化や、周囲の景観の停滞、煩雑化を招く。ほとんど手入れがされていないであろう建物群たちは、どこもかしこもひび割れを引き起こし、枝場の先から草が生え外壁を覆ってしまっている。
かろうじて無事な建物もいずれは同じような末路を迎えていくことだろう。
一言で言ってしまえば、既にこの街は死を迎えている。あるいはこれから死を待つだけの瀕死の街と言えるだろうか。
「国境付近の街ってのはよくこういうことがあるんだよね。昔から外敵に晒されているような場所に位置していると安心して生きていくことができない。生活コミュニティを置いている人たちは何とか生きていこうとするけれど、それだって安全な場所で生きていくことができる権利には敵わないものさ。
なんとなくだけれど、この街の住人達は何かしらの大きな出来事で全滅したとかじゃなく、少しずつこの街から離れて行ってしまったんじゃないかな?」
一人、また一人と言うように住民の流出を止めることが出来なかった街、セレニウム・シルバはセプテムの中でも有数の貴族であるタズミ・イチカラーという絶対的な領主がいたからこそ、ある程度の恩恵を受けることが出来たが、タズミ自身が辺境の総てに己の統治を行き渡らせていたとは思えない。
ましてや、この辺境の小さな街である、そこに手を加えるかどうかと言われれば、王家としても現状維持が精いっぱいであったのではないかと推測できる。
結果として人々はその場所を離れ、新たな生活コミュニティの構築に奔走した。時間の経過とともに街は廃れていき、いつからかこのような状況が生まれたと考えればそう難しい話でもない。
単純な一言で言えば、ここは忘れ去られていく街であると言うことだ。いずれは地図以外の何物にも記憶が残らない場所であると言えよう。
「これじゃあ、情報を収集するなんてこともできないかな……」
「いや、そうでもないと思うぜ」
ルシアの言葉にアークが反応し、周辺をチラチラとみる。何かが蠢くわけでもなく、ただ荒れ果てた街の中に風が差し込んでいるだけである。
「うん、確かにまばらに人の気配がありそうだね~、隠れているのかな? それとも何かに怯えているのかな?」
アークの言葉に反応して、キャスターも周辺を伺う。アーク一人であれば気のせいであると言いたくなるところでもあるが、キャスターも同様にこの街の中に人の気配がすると告げたのであれば。荒廃し、人の気配などとうの昔に消え去ったであろうこの街の中で、まだ潜んでいる人間たちがいるのかもしれない。
「宿を探すという意味でも、人がいるのなら早々に見つけるべきでしょうね。あまり時間をかけていては、逆に彼らを刺激しかねないかもしれません」
「となると、みんなで一緒に探すよりも分散したほうがいいのかな?」
「せやな、数も数やし、三方向に分かれるか。ロイ、セイバー、お前らはウチと姫と一緒に来てもらうで」
「構わないがいいのか?何かあった時にはほかのバックアップに入るべきとも思うが」
「へっ、最重要人物はウチやからな、最強戦力でがっつりと固めて、ウチの安全を図るってわけよ」
「朔ちゃん、タズミと変わんねー」
「バカ言うなや、ウチの方が数倍聖人やろ!!」
キャスターと朔姫が再びワイワイと騒ぎ始めたがロイとしては、それ以上何かを言うことはなく、話が推移するのを見守っている様子だった。
最も、そうした人選の問題でロイが不平不満を言うこともない。誰であろうとも、ロイは周囲に合わせることができるし、パートナーが誰であろうとも単独で状況を打開することができる。このメンバーの中でただ一人、パートナーを選べと言われたら、ロイを選ぶのは至極まっとうな判断であるといえよう。
「いいんじゃない、お姫様は私らのリーダーなんだし、手足に問題があったとしても、立て直しはできるけど、頭が潰されちゃったら、大きく支障が出てくるんだしさ。
そういうわけなら、私は桜子さんと行こうかなー」
「ひゃあ、わ、私……?」
いきなり、手を掴んできたルシアに桜子は素っ頓狂な声を上げるが、その反応も含めてルシアは楽しそうに笑みをこぼす。
「そうそう、ランサーも一緒にガールズチームの方が話に華も咲かせることができるだろうしさー」
「せやな、ババアはババア同士で行った方がええで。一緒に行かれて平均年齢あげられたら敵わんしなー」
しっし、と朔姫が手で払うようなしぐさを見せる。その相変わらず態度の悪い様子に桜子はため息を零すが……チーム配置としては文句はなかった。
ルシアとエドワードについてはサーヴァントがいない。もしもの状況になった時にルシアとエドワードのコンビに敵が攻めてきたなどとなれば、それこそ冗談抜きで最悪の事態になりかねない。
よって、ルシアのもとに桜子とランサーがつくというのは、決して悪い選択ではない。そうすることによって、最後の一つはエドワードとレイジ、そしてアーク、戦力としては十分な配置が見込めるのだから。
「んじゃ、俺がレイジとハミルトンの面倒を見ればいいか? 最も、ガキの面倒を見るなんて言ったら、どっちにも文句を言われちまうかもしれないけどな」
「まったくだ……」
「俺はなんでもいい」
「やれやれ、戦力としては厚いかもしれんが、協調性は最下位かもしれんね、これは」
こちらもやれやれといった様子ではあるが、アークはことさら態度に文句をつけるようなこともなく、レイジとエドワードの面倒を見ることを受け入れる。
大人の余裕というべきか、最後に選択権なく選ばれたことに対しても不満を言うことなく、むしろアークに子守されるような立場と判断された二人に対して慮るような態度を浮かべた。
「なら、これで決まりやな、みんなに連絡用の式神を渡しとく。何か連絡の必要があるときにはそれを使ってもらうで。何もないに越したことはないけど、何もないとは限らへんからな……」
含みを持たせた言い方を告げながら、この場で三方へと別れて動く。オカルティクス・ベリタス―――その荒廃した世界の中には何が眠っているのか……