Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――
「さて、街の中もかなり探し回った方であるとは思っているが、中々人影を見つけることができないな」
「勘違いやったって風に解釈するのもアリと言えば、アリかもしれんな。うちらの誰にとっても確証があったわけでもないし、時間を区切ったんは正解やったかもな」
三方向に別れてから相応の時間が経過した。オカルティクス・ベリタスの中は、確かに荒廃をしているが、壊滅的な崩壊を迎えた形での荒廃と言うよりは緩やかな崩壊を迎えて来たという印象の方が強い。
故に建物などは現存している。居住区だったであろう場所、商業地区だったであろう場所、そして生産地区であった場所、すべてを回りきったわけではないが、どこも致命的な損傷を受けていたわけではない。
まさしくゴーストタウンと言うべきだろうか、人々が少しずついなくなり、この街は崩壊へと導かれていったのだ。それが間違いないと考えてくると、次に思うのは果たしてそんな街に残っている人間がいるのだろうかということである。
何かの災害で崩壊した街であれば、その復興を願って、根強く街の中に居座る人間がいてもおかしくはない、しかし、オカルティクス・ベリタスのように、もはやこの街の中では生きていけないと考えてしまった場所で、そのように最後まで居続けようとする人間がいるのだろうか。
いたとしても、かなりの少数であり、物好きだ。果たして出会ったところで自分たちに有益な何かを齎してくれるとは限らない。
「さっさと、寝床を自分たちで見つけて、休息した方が良かったりするかもしれんな」
「朔ちゃんの発想、完全に盗人の発想なんだけど」
「しゃーないやろ、家を捨てた連中の家に入ったところで住居侵入罪になりはせんわ!」
そもそも、住居の中が眠るために使用できるほどの清潔状態が保たれているのかどうかも怪しいのだ。魔力の節約のため、出来る限り、陰陽術による簡易的な休息場所の作成はしたくなかったのだが、この様子からすると、その労力を惜しむ方がストレス溜めてしまう可能性が高い。
「それにしても、故郷を捨てることになる……というのはあまりいい話ではないんだろうな。今では捨てられた街のように扱われているこの場所にもかつては生活をし、日々の幸福を願っていた笑顔があったはずだ。多くの出来事の結果として、こうなったとはいえ、それが喪われたことの意味を考えれば、決して楽な選択ではなかっただろうと思うよ」
「何や、随分と感傷的やないか。それは、自分も自分のいた家を捨てることになったからも関係しておるんか?」
「俺の場合は事情も特殊だ。そもそも、生まれた時から望まれて生まれたかと言われれば、まったくそうではなかった。一族はリーナにばかり期待を掛けていたし、勝手に成長をしていく俺は、彼女たちからすれば邪魔な存在であるのもいい所であっただろう。
だから、故郷を捨てたことについて思う所があるかと言われればほとんどないよ。むしろ、清々したくらいだ。思う所があるとすれば、精々がリーナの姿を見れなくなったことくらいか」
「ふぅん、望まれて生まれて、ちやほやされてきたうちとは真逆やな」
「朔姫は、もしも、自分の家を出なければならないと言われたらどう思う? まぁ、ある意味で今がその状況なのかもしれないが」
「せやなぁ、うちも色々と縛られ続けるものばっかりやったから清々する気持ちがあるのは本当の事やな。権力闘争に明け暮れている神祇省の中におるんは、ガキの成長には割と本気で最悪やから。
ただ……、うちは望まれて生まれてきた。きっと、ここに揃っている連中の中じゃ、間違いなく幸せな方やと思う。ちやほやされたし、大事にもされてきた」
生まれた時から姫と言う扱いで育てられてきた朔姫は細心の注意を払って育てられてきた。いずれは神祇省のトップに立つ者としての教育を与えられてきたわけだが、それだってある意味ではゆりかごの中で育てられてきたと言ってもイイだろう。
求められた才覚に相応しいだけの実績を上げてきた、その自覚は当然にある。八代朔姫は神祇省の中でも指折りの陰陽師としていずれは大成されるだろうと思われている。
ただ、それらすべてが自分だけの功績であるなどと朔姫も考えてはいない。
「だから、そういう育てて来てくれた連中にはそれなりの恩も感じ取る。自由を与えられたからってそのまま、羽を伸ばし続けるわけにはいかんわ。権力持ってるんはそれを行使しなければならん責任があるからや、それを見失ってしまうほど、ガキであるつもりはないわ」
「なるほど、良く成長している。そういう風に思うよ、純粋にね」
ガサリと、その時である、音がしたのだ。朔姫やロイ、サーヴァントたちとは全く違う方向からの音、そして、街の中に潜んでいるであろう小動物が上げるには少しばかり大きな音、その音に朔姫とロイは同時に反応し、ロイが瞬時のうちにその足音がする場所へと跳躍する。
「サーヴァントよか反応早くしておるん、普通に反則やろ」
「あまり驚かないでくれていい。俺達は旅の者だ。この街の中で、寝床に出来るような場所がないかを探していた。君はここの街の人間かい?」
一瞬にして、ロイが跳躍した先にいたのは、朔姫と同年代程度の少年だった。見るからにみずぼらしそうな服装をした少年は生活レベル由来なのか、血色も良くなく、腕や足も肉付きがいいとは言えない。端的に言えば、栄養が足りていないのだろう。
この街の人間であると言われれば、納得せざるを得ない容貌であった。
「…………」
ただ、少年はロイの問いに応えることはない。どこか虚ろな表情で、ロイの事にも気づいているのか気付いていないのか、分からない様子を浮かべている。
「困ったな、何も危害を加えるつもりは全くない。与えられる情報がないと言うのならばそこまでだし、もらえる情報があるのなら提供をお願いしたいと言う所なのだが……、あるいは親御さんはどこかにいるのかい? もしも、会わせてもらえるのなら……」
「………この街には何もない」
ポツリと少年が声を漏らした、酷く機械的で抑揚のない声に思わずロイは後ろにいる朔姫の方を見てしまった。こんな場所で見知らぬ人間に出会ったのだとすれば大なり小なり、何らかの感情を向けてくることは間違いない。
しかし、彼はやはり言葉そのものも虚ろな気配が見えて、何か機械とでも会話をしているような気分になってしまう。
(なんか妙やな……)
「姫、いつでも準備だけはしておいて」
「……うん!」
かくしてこの荒廃した街の中で人間と出会うことは出来た。何かしらの契機、そして間違いなくここから何かが起こることを想定して、朔姫はいつでも自分が動けるようにキャスターへと指示を出す。
藪をつついて蛇が出てくるのか、どうなのか……
・・・
「本当に、レイジ、なの……?」
「君こそ、本当にターニャ、なのか……?」
思わず、目の前にいる人物に対して息を飲んでしまった。不意打ちにも程がある。心の準備なんて全然できていないのだから、息を呑むのだって当たり前のことだ。だって、目の前にいるのは、俺がずっと再会したいと思っていた相手なんだから。
ターニャ・ズヴィズダー、俺と同じ村に生まれ、同じ時間を過ごしてきた少女、俺の記憶の中にいた姿とほとんど変わらない姿で、俺の目の前に現れた少女は信じられないような表情でこちらを見ている。
そして、きっとそれは俺も同じだ。ヴィンセントによって村を襲撃されてから、俺はずっとターニャと再会することが出来なかった。
ヴィンセントが村を襲撃した目的は恐らく、ターニャだ。連中はターニャの何かしらを必要としていて、彼女を連れ去るために村一つを焼き払った。
直接的な原因だなんて言うつもりはない。ターニャだって等しく被害者だ、もしも、ターニャがいなければ村が焼き払われることがなかったなんて言う奴がいれば、まずは俺がソイツを殴り倒している所だ。
「そう、だよ。貴方と一緒にあの村の中で生活をしていたターニャだよ。まさか、もう一度、会えるなんて……、もうみんな、いなくなってしまったのかと思って……、私、何を理由に生きていけばいいんだろうって……」
「俺も、だよ。もう一度会いたいってずっと思っていた。会えるって信じてた。だけど、まさかこんなに早く再会が出来るなんて正直、考えていなかった」
連中がターニャを必要としている以上、もしも再会するとすれば、それは連中のアジトか何処かではないだろうかと思っていた。最悪の想定だってしていた。彼女ともう二度と再会できないかもしれないと言う覚悟だって、現実となればそれを薪にして、七星を滅ぼすための力へと変えるつもりだった。
だから、本当に不意打ちだったのだ、ルシアが言っていたように、期待をしていない時にこそ、本当の運命の出会いは起こると言うのもあながち嘘ではないのかもしれない。
「どうして、ここに……?」
「あの森で戦いが起こっていて、そこに私も連れだされて……、その後にここにきて、なんとか逃げて……」
「奴ら……!」
それはつまり、ターニャをセレニウム・シルバの戦場に連れ出したと言うことだ。何のために連れ出したのかは知らないが、ターニャの眼のことを考えれば、連中が碌でもない目的のために連れ出した可能性は十二分に想像することができる。
ターニャが連中の目を盗んで逃げだしたとしても、奴らが気付けばすぐにでもここまで追いかけてくる可能性は高い。
「ターニャ、一緒に行こう。君はここにいちゃいけない」
「レイジ……?」
「俺は君を助けるために此処に来た。俺たちの村を壊した七星たちに復讐し、君を救う。そのために地獄の底からこの世界に舞い戻ってきた」
レイジ・オブ・ダストにとって地獄の先に花を咲かせるためには、ターニャ・ズヴィズダーがいてくれなければいけないんだ。
君がいてくれるからこそ、君と言う最後の希望が残っているからこそ、俺はまだこうして、ただの復讐鬼にならずに済んでいるんだから。
何もかもを無くしてしまったけれども、まだ失くしていないものがこうして目の前にある。もう一度やり直すことができるんだって思えるから。
「ターニャ、さぁ、行こう」
手を伸ばす。誰かに手を伸ばすなんて行為をしたのはいつ以来だっただろうか。ずっとこの手は誰かを害するためだけに使われてきた。憎き敵を滅ぼすためだけに使われてきた腕を、誰かを救いだすために使う。
『なんだ、あの小僧、あのような顔と態度を浮かべることもできたのではないか。まったく、復讐の鬼のような態度を見せていたと言うのに、な!』
ハンニバルが嬉しそうな声を上げる。レイジと言う人間がただ復讐を果たすためだけに生きているわけではないことを知れて、嬉しさを覚えたのだろうか。
『意外だね、あんたは復讐以外にブレるようなことがあれば、見限るもんだと思っていたよ』
『勿論、復讐を果たすためにはあらゆるものを切り捨てて、己を破壊のための武器へと変えなければならない。しかしな、あの小僧はそこまで強くはあるまい。
弱い己を復讐に駆り立てるために必死にさまざまな鎧で己を武装しているだけだ。脆くて儚くて敵わん。儂らのマスターであると言うのならばブレない軸を持ってもらわねばならんだろう』
「それが、あの少女であると?」
『女の為に武器を取る。復讐や国家のためといった理由と並ぶ、人類の普遍的な闘う理由であろう。いかに戦うことを忌避する者であったとしても、守るべき者のためであれば戦える。あの小僧に復讐の炎だけではなく、守るべき者の為に闘う炎が備わるのならば、それは歓迎するべきだろう』
『そういうものなんだ、僕にはよくわからないことだけれどね』
『お主はいつも冷めておるな』
『別にボクは君たちのように戦うための存在って訳じゃない。戦うためのモチベーションなんて知らないし、それで実力が変わるなんてことは思ってもいない。
ただ、僕はこの状況そのものが妙だと思っているよ』
アヴェンジャーの中にいる青年の人格は、ターニャと言う存在に着目する。なるほど、ここでレイジにとっての思い人と再会できることは素晴らしい。
レイジ自身のモチベーションを最大限にまで高めてくれる存在に彼女がなると言う言葉も理解できないわけではない。ただ、問題は、何故、彼女がここにいたのかだ。
『七星たちから偶然逃げてきた先で、偶然レイジと再会する。感動的だね、素晴らしいよ。だからこそ、出来過ぎに感じてしまうね。何か最初から、ここでレイジに見つかるようになっていた。そのように言われたとしても納得できてしまう何かがあるように思えるんだ』
『疑り深いな』
『あんただって、思っているだろ』
『実際のところはな、水を差すようなことを言わんでおいただけだ』
何かが仕組まれている。そんな風に感じるのも致し方ないほどの偶然に塗れている。レイジはそうした偶然を運命として流したいだろうが、アヴェンジャーはある種の他人であるがために、そうした感性の意味ではかなりドライである。
「ターニャ、どうして、この手を取って―――」
「ごめん、レイジ、それは、できないよ」
「―――――――」
ターニャが口にした言葉はレイジにとっても予想外の言葉であった。はっきりとした拒絶、レイジの差し出した手、ターニャを地獄から掬い上げるために磨き上げてきた腕を、ターニャは取ることを拒絶したのである。
「どう、して……?」
だから、その予想外にレイジは上手い返しをすることもできずに、ただ理由を問うことしかできなかった。
どうして、そんなことを言うんだと言う言葉に、ターニャは視線を泳がせる。何かに怯えているような様子に―――
「誰だ!!」
レイジがすぐさま反応し、声を上げると、それは小屋の外、そこにまるで風景を見ているかのような無機質な様子でレイジとターニャを見つめている男女の姿があった、
あまりにも人間としての性器を感じさせないその姿は、ただ、見られているだけであると言うのに、どこまでも不気味で、何か歯車が大きく外れてしまっている、そんな風に思わせるには十分な有様であった。
「ダメ、レイジ、逃げて……、その人たちは」
対して、そんな男女の姿にターニャは顔を引きつらせる。まるで、その存在達に出会ってはいけないように、追われている存在に見つかってしまった、そんな風にすら見える反応を示すのであった。
・・・
「人影、人影っと……!」
ルシアはちらちらと周囲を見るものの、やはり人影が見つかるような様子はない。他の仲間たちがどうなっているのかもわからずに無為な探索を続けているのだと思ってしまうと途端に意味のない行為に思えてきてしまうため、なんとしてでも手がかりを見つけたいと躍起になっているのだ。
「そういえば、ルシアさんは相手の色が見えるって言っていたけど、相手の心を読んだりとかはできるんですか?」
「んー? できないよぉ、今の桜子さんが穏やかな心情をしているのは分かっても、どうしてそういう信条をしているのかまでは分からない。要は大体の辺りをつけることはできるけれど、それがどうしてなのかについてまでは分からないみたいな、そんな感じかな」
「逆に、使い勝手が悪くて不便そう……」
「あはは、まぁねぇ。別に欲しくて手に入れた力でもないし、生まれ持った力なんだから、付き合っていくしかないよ。見たくないものを多く見てきたのは事実だし、そりゃ、もう少し、あと一歩役に立つ能力だったらどんなに良かったのかって思うけどさ、何事も使いようってね」
相手の感情の色だけが見える、視えなければ相手の様子から観察する、あるいはすれ違いを以てしても、分かり合うことができるかもしれないが、なまじ色が見えてしまうだけに、相手の嘘や悪感情と言ったモノを正体が分からないままにその外郭だけが分かってしまう。厄介なことこの上ないと言う所だろう。
ルシアの幼年期の苦労は桜子も聞いているだけでも想像に余りある。多感な子供の時代に理解できない何かが自分の中にあることに困惑しただろうし、理解した後でも、他人の感情に振り回されるばかりだったはずだ。
こうして、チームを組んでルシアが朔姫やレイジと言った扱いづらい悪ガキ連中の相手も問題なく行う事が出来ているのは、そうした特殊な力によって振り回され続けてきたことによって、他人との距離の取り方、付き合い方というものが長けているからなのかもしれない。
「私からしたら、七星の血だって随分扱いづらい力だと思うよ。下手をすると、力に飲まれちゃうなんてさ。迂闊に使うのも本当だったら躊躇うところじゃん? そこらへん、怖いとか思ってないの?」
「怖いとは思っているよ、当然ね。だけど、助けられてきたことも何度もあるから。それに、10年前と違って、今は安定しているんだ。ロイが私に掛けてくれた魔術の影響でね」
10年前の聖杯戦争で七星の血を振り払うと言う桜子の願いはロイとの最終決戦で散ってしまった。もちろん、それは聖杯戦争の結末である以上、どうしようもなく覆しようがない出来事であったのだが、ロイはそんな桜子に一つの魔術を掛けた。
流体制御の応用により、桜子の身体の中に宿っている七星の血の活性抑圧の魔術である。実際に秋津の聖杯戦争の最中で、桜子は一度、七星の血に呑まれかけ、実の兄である櫻一郎を手にかけるギリギリまで迫ってしまったことがある。
桜子が今も七星の血に染められていないのは、彼女の不断の努力の外に、ロイの魔術による影響があることは間違いない。
「だから、七星の魔術師としては総ての力を発揮できているわけじゃないんだ。力をセーブした状態、それでも、神祇省で修業をした分、10年前に比べれば今の方がはるかに強いけれどね」
「ふぅん、なるほどね、ロイ・エーデルフェルトが桜子を見ている時に、暖色の色を浮かべているのも何となくわかるわね。エーデルフェルトと七星の2人なのに、落ち着き払っているって言うか、対立もなさそうに見えたけれど、そういうところなわけか」
ルシアは納得した様子の表情を浮かべていた。チームとして団結できている分には問題ないが、やはりチームワークの上で桜子とロイが協調できているという点はかなり大きい。他の仲間たちが、急造のメンバーである状況の中でこの二人だけでも、以前からの面識を持ち合わせ、互いの癖を理解していると言うのは、これから王宮に向かっていく旅路の中でも、重要な要素になることは間違いないであろうからだ。
「あれ、もしかして……」
「ええ、何か気配を感じましたね」
ルシアとアステロパイオスが同時に反応する。それは一つの小屋、おそらく住居であろうその場所に視線を向けた二人は、その中に人影があると断定したのだろう。
「マスター、よろしいですか?」
「うん、なるべく脅かさないようにね」
最初の顔を合わせた時に、こちらに恐怖を覚えられてしまったら、その後の話しを展開することも難しくなるだろうと考えて、桜子はランサー、ルシアと一緒に小屋の中へと向かう。
その小屋の扉を開けば、そこは薄暗い照明1つ点灯していない部屋だった。その中に体育座りで虚ろな表情のまま、こちらを見ている少女の姿を見つけた。
思わず桜子はごくりと息を呑む、彼女はこんな場所で何をしているのだろうか、ここに住んでいる? それにしてはあまりにも生活の気配を感じることができない様子であり、さながら、自分たちと同じようにここに迷い込んできてしまったような様子だった。
「えっと、貴女はここの家の人、でいいのかな?」
「…………」
少女は答えない。答えるために反応するのも嫌なのか、それとも言葉を話す事も出来ないのか……じっと、桜子たちの方を見ているばかりだった。
「もしかして、お母さん、お父さんは不在かな?」
「そんなの、いない……」
「え……?」
ポツリと機械的な声が帰ってきた。抑揚がほとんどない、さながらインプットされた言葉を返しているような態度、それでいて、視線だけは絶えず桜子やランサーの方を見ている。その異様さにランサーは自然と何も知らない少女へと応じる態度から警戒心をあらわにする。
「どうして……? どうして、あなたは、そんなに平気な顔をしているの?」
「どういう、こと……?」
「変わらないのに、貴女も私も、変わらないのに。貴女は天然、私は人造、たった、それだけなのに……」
むくりと少女が立ち上がった。ふらふらと幽鬼のような様子で桜子たちの下へと近づいてくる。
「マスター、後ろへ。彼女はどこかおかしい」
「まともじゃないね、あの子、感情の色が全く見えない!」
ランサーだけではなく、ルシアも警戒の色をはっきりと浮かべる。明らかに目の前の少女は初対面であるはずの桜子に対して敵意を浮かべている。最も、敵意を浮かべているのはいい、何らかの理由があるのだろうと理解できるからである。
問題は、その敵意がはっきりと言葉に出ているにもかかわらず、彼女の感情が見えてこないのだ。さながら、プログラミングされた文章をそのまま口にしているかのような様子、人間としてあまりにも不気味極まりない。
ランサーは桜子を抱えて、後ろに下がると、少女は小屋の外へと出て、どこにいたのか、小屋の周囲に次々と人の姿が見えてくる。
その誰もが少女のように幽鬼じみた動きで近づいてきており、誰も彼もがまともな様子を浮かべていない。
「寂れた街でゾンビ映画の再現はさすがにB級過ぎない?」
「どうして、どうして、どうして、どうして、私達は貴女のようになれないの? 苦しかったのに、辛かったのに、なれるって信じていたのに、どうして、どうしてぇぇぇぇ」
「貴方たちは一体何を言っているの!?」
「われ、われは――――じ、人造七星、お前たちの、ような、純正に憧れ、されど、失敗した、ただ、力、だけを与えられた、存在……」
「人造七星……、あの森の中で出会った!?」
桜子の脳裏にセレニウム・シルバで戦った者たちの姿が過る。しかし、彼らと目の前の彼女たちを比較しても、どこか不格好が過ぎるように見える。さながら、彼らは―――
・・・
「貴様は、貴様はぁ、成功品、プロトタイプ、貴様が、貴様がいなければ、我々は、生まれたなかったのに……!!」
「貴様らは何を言っている。ターニャを追ってきたのか?だったら、邪魔をするなよ。俺は彼女を連れていく。もうお前たちの所に一秒だって彼女を置いておくつもりはない」
「レイジ……」
「しら、ない。お前たちの事情など、知らない。その小娘も同じ、お前と同じ成功作」
「おまえたちが、いなければ、我々は……」
「憎い、恨めしい。望んで、なかったのに、どうして、どうして……」
口々に機械的に言葉を紡いでいく者たちは、まるで声を出すことによってシグナルを送っているのではないかと思うように、少しずつこの場に集まっていく。
その意思は間違いなく俺とターニャへと向けられている。言葉があまりにも機械的であるため、伝わりづらいが、言葉の端々からは間違いなく俺たちに向けての怒りや憎悪といった感情が見え隠れしている。
「われらは、しっぱい、した。おまえたちのように、なりたかったのに」
「かってに、連れ去られて、こうなった」
「くやしい、くやしい、くやしい、どうして、あなたたちだけ……」
「われ、われ、だって、人造、七星なのに……」
「人造七星、そうか、貴様らも、あの地獄の実験の犠牲者か……」
レイジは、口々に呟かれる怨嗟の言葉からようやく彼らが何者であるのかを理解した。
人造七星、ヴィンセントによって連れ去られ、そして無理矢理に改造された俺や、同じように拉致されて、やはり身体を改造された者たちの名称、ヴィンセントが口にしていたのと同じように、こいつらも俺のことを試作型と口にしている。自分で自覚があったわけではないが、なるほど、俺は連中たちの中でも最初期に実験をされたと言うことか。
あの時にヴィンセントは俺に実験に役に立つ等と言う言葉を口にしていた。まだ人造七星の実験が実用段階に至っていなかった時期の言葉であると考えれば、なるほど、納得が出来る。
そうして、こいつらは―――
「ああ、そうか、お前らは失敗作と言うことか」
「しっぱい、ではない。われ、われのじんせいは、しっぱいなどでは―――」
「とりもどす、われらのせいを、灰狼様は、貴様らを、とらえれば」
「再び、実験の機会を……」
何を連中に言われたのかは知らない。体のイイ何かの取引を受けたのかもしれないが、こいつらの様子を見て、思う。連中が俺達を倒したからってこいつらに何かをくれてやるなんてことはまず間違いなく有り得ない。
そもそも、言葉そのものまでもが侵されている状態のこいつらを救う手だてが本当にあるのかもわからない。
(それでも、分かるよ。お前らは縋るしかないんだよな、強大な力に縋って、なんとか救いを得るしかない。それしか自分を救うための方法はないんだって思ってる。その気持ちは痛いほどに分るんだよ、でも、分かるからこそ、お前たちに負けてやるわけにはいかない)
「―――レイジ!!」
瞬間、人造七星の連中目掛けて、銃弾と、大きな水銀の雪崩のようなものが落下し、俺達と奴らとを分断する。
「何をしている、さっさとその情ちゃんを連れ出せ。戦闘になったら、おちおち会話をしている場合じゃなくなるぞ!」
「アーク、お前……」
「大切な相手なんだろ! だったら、取りこぼすな、運命がお前に二度も微笑んでくれるなんてのは思い上がりだ。手を離しちまったら、二度と会えなくなるかもしれないぞ!!」
「………っ!」
アークの言葉に自分の中の覚悟が決まった。この状況の中で何が正しいのかなんて、俺にも分からない。分からないから、今の自分の心に素直になることを選ぶ。
「ターニャ!」
「れ、レイジ、ダメ、私は――――」
「いやだ、離さない。もう二度とお前を離したりなんてしない!」
「レイジ……」
「今度こそは守るんだ、約束した時のように、今度はもう負けたりなんてしない……!」
あの日の屈辱を胸に、ここまで来た。すべては奪われたターニャを助けるために、例え、この手を取ったことで、ターニャに恨まれるようなことになったとしても、この手を離す事だけはしたくない。
「にが、さない」
「かならず、捕まえる」
「灰狼様の下に、連れていく」
連中の声が聴こえ、アークの攻撃が消失すると、ゆっくりと連中が俺達を追うように動きを始める。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ、あががががが」
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
口から噛みあわない音を吐きだしながら、連中の身体が膨張し、分厚い筋肉と肉体が与えられていく。改造手術の弊害なのか、どいつもこいつも同じように身体を変質させていく連中は変化を完了させると、先ほどまでの幽鬼のような足取りが嘘のように、走る俺達の速度に追いつかんと追跡を始める。
「ちっ、連中、本性を現しやがったな」
「レイジ、あれはなんだ?」
「人造七星……、セレニウム・シルバの戦いでも姿を見せた、後天的に七星の力を与えられた連中、一言で言えば改造人間だ」
自分で口にして、最悪なモノだと思ってしまう。それはそのまま、自分にもかえってくる言葉だと言うのに、これ以上にしっくりくる言葉はないと思えるほどであるのだから。
「なるほど、そして連中は俺達を倒せば、その身体を元に戻してくれるかもしれないことを期待しているということだな。期待が何処までできるのかはわからないが」
「胸糞悪いことこの上ないな、人の命を何だと思っていやがる」
「それが七星だ……、連中にとってはこの聖杯戦争に勝つことが出来れば、何をしてもいいと思っているんだろう」
存外、アークとエドワードが人造七星に怒りを向けたことに安心を覚えた。二人も連中の所業を認めてしまったらどうしようかと思えてしまう所があったから。
だから、後は、この手を握り、震えている彼女をどうにか落ち着かせることが出来ればと思うばかりで。
「レイジ、ダメだよ、私がいたら、レイジたちの迷惑になる。私のことはいいから、置いて逃げて……!」
「ダメだ、それはできないし、認められない。何があろうとも、必ず連れ出す。俺はお前を守ると決めたんだから」
おそらく、追手はこいつらだけじゃない。ターニャを連れ戻すために七星が動き出してくる可能性は十分にある。上等だ、だったら、ここでヴィンセントに続いて新たな墓標を刻んでやる。ターニャに見せてやるさ、もう俺はあの時の俺じゃないんだってことを。