Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――
先ほどまで足音ですらも周囲に響き渡るような状況であった荒廃した街の至る所で騒がしい音が響いていく。それは往来を歩く人々の音ではない。それよりもなおも激しい戦いの音である。
「許せない、七星の、天然の、お前のように、我々も……」
「どうして、ちがうの。同じ人間なのに、どうしてぇぇ……」
怨嗟の声が響く。人造七星と呼ばれる存在たち、その中でも何らかの欠陥を持っていることによって、正式な兵士として採用されなかった失敗作たちがひしめく最中で、彼らは天然の七星と表現できる桜子に対して怨嗟の声を上げる。
許せない、私たちもお前のようになるはずだったのに、どうして自分はそうなることができないのかと怒りの声を上げて、ホンモノになることができる可能性に縋りつくために、まったく関係のない者たちへと襲い掛かる。
「疾っ――――!」
しかし、その怨嗟の襲撃は黒艶の双槍によって防がれる。桜子のサーヴァントであるランサーは、多勢に無勢の状況を意にも介さずに、荒廃地という広大なフィールドを生かして、敵手たちを翻弄していくと、槍の柄の部分で次々と人造七星たちを昏倒させていく。
「命は奪いません、桜子もそれは望まないでしょうから。もっとも、命を奪わないことが正しく救いになるとも限りませんが」
彼らは魔力を爆発させて、敵手を排除することに意識を向けなければ、まともに歩くこともできない。ふらふらと幽鬼のように佇みながら動いていくことしかできない失敗作、いっそのこと命を奪ってしまったほうが楽になれるのではないかとさえ思える。
「でもさ、この人たちだって生きたいんだよ。口ではどんなに今を悔やんでいるとしたって生きていること自体には執着したい。全部諦めることができるのなら、こんなことに手は出さないんだから。どれほどの不幸を与えられたって生きることを奪ってしまうのは違うと思うんだ」
「ほかのみんなと合流しよう。朔ちゃんの当てが外れることにはなったけれど、さすがにここで一夜を明かすのは危険すぎるよ……!」
例え、人造七星たちを屠ったとしても、すべてを全滅させることができたと保証してくれるものは誰もいない。眠っている間に奇襲を与えることが目的であるとすれば目も当てられないのは間違いないことだ。
(やっぱり、あちら側の七星たちは私たちが王都を目指していることを知っている。これから先も同じような襲撃が起こりえる可能性は十分にあるってことだよね……)
朔姫が懸念している様に、七星側は既にどこでもこちらを襲撃することが出来る状態にあるのではないだろうか。その上であえて、このオカルティクス・ベリタスまで自分たちを誘導してきたのは、間違いなく何かしらの思惑があるからに他ならない。
「どうして……どうして……どうして」
「お前は良いな、生まれた時から、その力が……」
「こんな姿になったのに、何も得られないなんて……」
口々に漏らされる言葉は桜子を相手にしたまさしく呪詛の数々である。例え、桜子にとっては何のいわれもない的外れな中傷であったとしても、口にされれば当然に思うことが出てきてしまうのは仕方のないことなのだ。
彼らは強制的に七星であることを運命づけられた。桜子のように目覚めて、その上で七星の力が自分の助けになってくれたわけではない。彼らにとって七星の力とはすべからく悪でしかない。忌々しく、そして打倒しなければ、自分の運命を変えることができない最低最悪の力。
「……ごめんなさい、なんて謝罪をあなたたちは必要としていないかもしれない。だけど、一度だけ謝っておくわ。私は貴方たちに心底同情する。だけど、その同情で私は私の人生を諦めることなんてできない。
待っている人がいるから……!」
ランサーの攻撃を必死の形相で避けて、私に追いつこうとする者たちへと魔力で編んだ太刀による一閃を放つ。彼らは回避など考えることもなく、ただ一心不乱に私まで近づこうとしているだけだったため、それを避ける術を持たない。
正直に言えば、まったく相手になっていない。イチカラ―城のなかで戦った実戦投入される人造七星たちと比べてもお粗末が過ぎる。これではあまりにも……、
「いや、マジで馬鹿にされとるんやないか? 在庫処分一掃セールにしたって、もすこし、マシなモン連れてくるやろ、普通は」
瞬間、風に乗って複数の紙が舞い落ちると、それらが一瞬のうちに式神の姿へと変わり、倒れた人造七星の人間たちを縛りあげる縄の役割を果たす。
それを放った相手が誰であるのかを確認するまでもない。鮮やかなまでの手並みは、まさしく日本最高峰の陰陽師の仕業に違いないのだから。
「朔ちゃん!」
「あー、もう、マジで損したわ。時間かけずに素通りすればよかったんやけどな、やっぱ宿泊施設に使うための魔力ケチるもんやなかったな」
「まぁ、そう自分を卑下することもないだろう。彼らが待ち伏せをしていたのなら、他の場所でも同じようなことになっていたかもしれない。警戒しながら街を探索している時点で彼らを見つけることが出来たのなら、充分に及第点と考えることができるんじゃないか?」
そしてその後ろから風に乗るように自分の足元に魔力の流れを乗せることで移動してきたロイが姿を見せる。
「朔ちゃんたちが時間を待たずにこっちに来たってことは……」
「聞くまでもないことやな。桜子たちと同じや。連中に襲われた。もっとも、うちはあくびしていてもなんとかなる奴と一緒におったからな、特に苦しむこともなくここまで来ることが出来たわ」
「むしろ、ロイってば、姫よりも強いんじゃないかと思うくらいだから、ちょっと引くくらいに強いんですけど!」
「姫はうちらのサーヴァントの中じゃ最弱っぽいし、しゃーないやろ」
「最弱やないやい! 宝具を使えば、これでも結構戦えるんだから!」
相変わらずの二人の反応を見ていると、思わず先ほどまでの陰鬱とした気持ちが晴れていくような思いだった。
改めて朔姫やロイを始めとした仲間たちがいてくれている。例え、憎悪を向けられるようなことがあったとしても、彼らと一緒に立ち向かう事が出来るのならば、自分は自分を見失わずに戦うことができるだろうと改めて、今度の聖杯戦争は多くの仲間と一緒に戦っているのだということを実感する。
「それで、リーダー、どうするつもり? さすがにこのまま、ここで夜を明かすってのは厳しいと思うわよ」
「ま、そりゃそうやな、連中がこの街の中にどれだけ潜んでおるのかもしれんし、もっと厄介なんはこんな奴ら、最初からこの街の中に潜んでおったわけがないってことや」
「……? それってどういうこと?」
「さすがにちょっと考えればわかるやろ、うちらは確かに人の気配を感じて三方向に別れることにした。その人影だった奴らはこいつらであったのも間違いないやろ。
問題はその数や、うちらだけじゃなくアークたちの所にもどうせ、連中は姿を見せているはずよ。
普通に考えて、うちら全員が、こんだけの連中に全く気付かずに街の中をほっつき歩いていたなんて、そんな間抜けなことがあると思うか?」
「それは、確かに、朔ちゃんやロイがいる中で、少しでも敵意や殺意を忍ばせている相手がいたら、気付かないなんてことはないと思うけれど……」
「そう、そして、連中が自制を利かせられるとも思えんわ。あれだけの長い時間、ここらをさ迷い歩いても、見つけられんかった奴らがわんさかわんさか出てくるなんて、うちらが無能みたいやん。だからこそ、ここは色々とキナ臭いわけやよ」
「要するに……、誰かがこの街に彼らを招き入れた、ということでしょうか?」
「思えば、タズミんとこにあいつらが攻めてきおった時もいきなり姿を見せて来たに等しかった。今回も同じなんやとしたら、連中には自由気ままに戦力を目的の場所へと放りこむことができるっちゅうわけや、最悪も最悪やな。うちらがどこに身を隠して、連中を欺いておったとしても、見つかった時点でアウトってことやん」
「あるいは、そこらへんも全てわかったうえであえて遊ばれているかのどちらかだけどな。最初から本気でつぶす気でいるのなら、それこそ寝込みを襲えばいい。それをしなかったということは少なくとも、連中には、こちらを最大効率で倒さなければならないという発想を持ち合わせていないということにもなる」
「実力を、見られていると考えてもイイのかもしれませんよ。改めてあの城の戦いを生き残った私達の実力を確認する。そのためにあえて彼らを放った。敵側からすれば、ほとんど消耗なく、使い潰せる存在として見られているでしょうから」
「アステロパイオスの言う通りかもしれないな、でなくば、最初から勝負が見えている連中をぶつける意味もない。いかに畜生な人間どもであっても行動には理由が伴うものだろう」
アステロパイオスの言葉にカストロも同調する。この場に人造七星たちを遣わした者たちは、ある程度の情報収集を目的としていることは間違いないだろうが、果たしてそれだけで彼らをぶつけるだろうかという疑問もあるし、やるならもっと早くいくらでもチャンスはあった。
それを振り切ってまでここで攻撃を仕掛けてきた理由とは一体何であるのか……。それこそ、ロイが言うように遊ばれているのかもしれないと考えることも自然な流れの一つであると言えるのかもしれない。
「憎、らしい。何故、きさまら、だけが……我々にも、才能が、絶対的な才能があれば……」
「…………」
呻く男の下にロイが歩いていく。その態度はいつもの飄々としているロイとは違い、どこか陰があるように桜子には見えた。
「君たちの境遇には同情するさ。それで何かが出来るわけでもないが、義憤くらいは覚えておこう。ただ、その上で忠告するが、才能を持ち合わせているからと言って、幸福な人生を生きることができるわけじゃない。才能を持つ者には持つ者なりの不幸と言うものがある。それしか縋る物がなかったのだとしてもよく覚えておくべきだと俺は思っているよ」
「理解、できない」
「そうだろうね、俺もキミの苦しみを理解できない。与えられなかった者の苦しみだけは、俺は一生かけても理解することができない。だからこそ、平行線のまま、俺達は互いの正しさと善をぶつけるしかないんだ。結果として、君は負けた。それ以上にもはやこの場を取り繕う言葉はないよ」
同情をすると口にしながらも敗北した以上はお前に責があるのだと告げるロイに、震える男はしかし、それ以上は何も言うことがなく意識を失い、式神によって捕らえられた。
「連中をどうにかできるんかは神祇省とも掛け合ってみるつもりや」
「お願い出来るかい?」
「どうにもできへん可能性の方が高いけどな」
「それでも生きたいという願いに報いてあげることこそが必要なのだと俺は思うよ。運命に何もできずに押し潰されることほど、人にとって辛いことはない」
自分自身の境遇にも照らし合わせて、望まない人生を送る羽目になった彼らに一番思う所があるのは、実の所ロイなのかもしれない。才能を持つ者と持たざる者、その違いはあるにしても……、ロイは他人と隔絶した何かを持つ人間がこの世界で生きていくことがいかに厳しいものであるのかを知っているのだから。
「たぶん、レイジ君たちも……戦っているよね?」
「十中八九、そうだろうね。まずは全員で合流、その上でこの街を出るってところかな」
「うちらがどのように動くにしても、力試し程度に監視されておる可能性は十分にあるしな。精々やりたいようにやってやろうやないか」
七星たちが何を望んでこの場で人造七星たちをけしかけてきたのかは結局のところ分からない。力試しのつもりかあるいは本当に倒せると思っていたのか。意図が掴めない以上は、持てる力を振り絞るしかない。今だ合流することが出来ていない三つの最後の一つ、レイジたちの下へと彼らは足を急がせる。
そうして、向かう先の戦場、レイジがターニャを見つけ出し、連れ去ったその場の戦いは、やはり三つの中で最も大きな戦いへと至っていた。
「ちっ!!」
「はぁあああああああ!!」
銃声と激突の音が鳴り響き、群がってくる者たちが吹き飛ばされ、身体に風穴を開けられ、次々と倒れていく。しかし、倒れた瞬間に置きあがり、再び攻撃を仕掛けてくる。
まるで屍兵のようなその姿に思わず戦闘を続けているエドワードとアークも辟易する。
「気迫が違うな、何が何でもレイジの野郎を捕まえたいって気持ちが前面に出ていて、諦めようって気持ちになる気配がない」
「殺さなければ止まらない。ある意味で無敵だな。どれほど痛みを与えられても憎悪と言う理由が脚を止めない理由として連中を突き動かしていく。戦場に置いてもっとも恐ろしいのは、圧倒的な敵兵ではなく最後まで倒れない兵士だ」
「自分の事かい?」
「まさか。俺は単純に倒れることが出来なかっただけだ。本当に倒れない奴と言うのは、存在しているだけで恐ろしいものだったさ」
幾たび傷を受けても、どれほど攻撃が届いても、それでも倒れることなく動き続けてくる敵など恐ろしいという他にないだろう。味方の損耗を計算する上での合理的な判断が出来ない相手、そういうものこそが戦場では最も恐ろしい。
故にこそ彼らは恐ろしいとまではいかずとも厄介な相手なのだった。エドワードもアークもレイジも、おそらく単独で戦えば彼らに敗北することなど万に一つも有り得ない。
ただ、足止めとしてはこれ以上ないほどに厄介だ、目的意識がはっきりとしており、この先のことを考えていない彼らは必死に食らいついていく。
アークもエドワードも個人的な恨みや大義を以て彼らと戦っているわけではない。あくまでも遭遇戦であり、彼らの境遇や見た目もまた容赦なく殺戮をするにはどうしても躊躇しなければならない様子だった。
それを以て、彼らのような存在を配置したのだとすれば、敵側の黒幕はどこまでも悪辣な存在だ。人間がどのようにすれば戦いを躊躇するのか、それを良く理解したうえで手を出してきているのだから。
もっとも、ただ1人、レイジに群がってくる者たちだけは、吹き飛ばされ、全身を打ちのめされ、そして血を流しながら倒れていく。
「どけぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぐっ、ぎああああああ」
「やめろ、やめてぇぇぇぇ」
「なんで、おまえ、なんかにぃぃぃぃ!!」
片手でレイジが振う蛇腹剣の攻撃が次々と人造七星の実験体たちを切り裂き、彼らは自分たちを動かす推進力すらも失ってしまったかのように地面に倒れ伏していく。
彼らは元々、自分たちの身体に流れている不完全な七星の血によって、強制的に自分の身体を励起させているに等しい状況である。レイジの攻撃によって七星の血が機能不全となってしまえば、動きを封じられるのは道理であり、まさしく芋虫のように地に這いつくばることしかできない。
「ぐ、ああああああああああ!!」
そうしてレイジへと怨嗟の声を上げ、群がってきた者たちは1人、また1人と潰されていく。どうしようもないほどに彼らではレイジに勝つことはできない。
けれども、彼らはレイジを許せない、自分たちと同じ人造七星でありながら、自分たちと異なり、まっとうに動き回ることができる、ただそれだけの、しかもあまりにも根本的な理由があるからこそ、彼らは命を失うかもしれないとさえ思える状況にも足を止めることができない。
レイジの人生にどれほどの苦難があり、そのために破滅の道を突き進んでいるのだとしても、彼が人造七星として完成しているという一点だけで許すことができない。
自分たちとレイジ、客観的にみればどちらが災厄を振りまいているのかを理解しているとしても、やはり翻すことはできないのだ。
「くっ、ターニャ、絶対に離れるな」
「れ、レイジ……!」
「許さない、お前を。また奪うのか、俺たちか!!」
しかし、その中でただ1人だけ諦めることなくレイジへと食らいついてくる相手がいる。
ひときわ、レイジに対して敵意をむき出しにして、ターニャを奪い取ろうとする男は死に物狂いの表情で攻撃を仕掛けてくる。レイジよりも5~6歳程度は年上の青年は、痩せさらばえ、まともに立つことさえもおぼつかない様子であるというのに、レイジに対しての憎悪はこの中でも人一倍に強い。
「邪魔をするな、俺は、ようやくターニャを見つけることができた。もうお前たちのところになど置いておくつもりはない!」
「彼女は、お前の所有物ではない。奪うな、俺たちから、二度も奪おうとするな!!」
「意味の分からないことを、お前たちに付き合っている暇はないんだよッ!!:
再び蛇腹剣が彼の身体を切り裂く、それで七星としての魔力が断絶されるはずなのに、彼はほかの人間たちとは異なり、喰らいつくようにして、ぼろぼろの身体を動かして、レイジへと迫っていく。
「お前が憎い、お前が憎くて仕方がない!」
「的外れだな……」
「何……?」
「お前たちとの境遇の違いに怒りを覚えるのも理解はできるさ。だけど、真に恨むべきは俺じゃないだろう。その怒りをぶつけるべき相手は、七星どもであるはずだ……。連中がいなければ俺達が苦しむ必要なんてなかった。お前たちだって、そんなに苦しい思いをしなくてよかったはずだ!」
レイジは彼らの涙を理解できるが、同時に憐れに思えてしまう。自分たちを良いように弄んだ人間の言葉を信じる他ない在り方に、信じることでしか自分たちは救われないと思っている有り様に。
「俺達を倒して、連中に渡せば自分たちが解放される? 違うだろ、本当にやらなければいけないことは、そんな境遇へと落し込んだ奴を打倒することだ。納得して、理解できた様子を装って、連中に尻尾を振った先に何が残っているんだよ! それでお前たちは裏切られたら、また世界を呪うのか? 自分の選択を再び誰かを呪うための理由にするのか!?」
「うるさい、お前に何が分かる!」
「わかるさ、俺だってお前たちと同じように奪われたんだから! だけど、俺はお前たちのように連中に屈したりは、しないんだよ!!」
無謀な突貫を再び始めた相手に蛇腹剣ではなく、大剣の状態を以て叩き付ける。
まさしく、鈍器が激突したかのような衝撃を受けたことで、直撃を受けた頬は変形し、噴き飛ばされた体は地面を数バウンドかして、明らかに人体の限界を踏み越えたような挙動でピクピクと震えている。
「あ、あ゛あ゛あ゛………」
二度と立ち上がれないのではないかと思えるほどの様子を浮かべる青年は、しかし、その瞳に燃える憎悪の色だけは消えることがなかった。レイジを絶対に許せない、そしてレイジの傍にいるターニャからも目を離そうとしない。
自分たちとは異なり、人造七星の完成版ともいえる二人の存在を絶対に許してはおけないとばかりの様子はどこか執念深さの権化のようにすらも見えてくる。
「だが、それでもお前たちが向かってくるのなら、俺を許せないというのならば、好きなだけ向かって来いよ、ただし、五体満足で生き残ることができるなどと思うなよ……!」
警告はした。それでもお前たちがまだ戦うことを止めないというのならば、お前たちの命が尽きるまで相手をしてやるとレイジは告げる。
ある種の憐れみと同情からくる言葉だったのかもしれない。ほんの少し運命が変わっていれば、彼らのように怨嗟の言葉を投げかけ、セプテムの国の人間に牙をむいていたのはレイジだったかもしれないのだから。
どれだけ言葉を尽しても、その憎悪を止めることが出来ないのなら、徹底的に叩き潰してやるしかない。その上で背負っていくしかないのだ。彼らの怨嗟をも七星へとぶつけるために。そうすることでしかこの場の戦いを治めることが出来ないのだとすれば……、
「随分と白状じゃないか。彼らもまたキミと同じく犠牲者であると言葉にしたその口で、彼らを屠ると口にする。結局は、君もまた自分の復讐以外のあらゆることは些末事であると思っているに過ぎないんじゃないか?」
「――――――!」
「ダメ、レイジ、すぐに逃げて、その人は!」
カツンと言う靴の音が響き、人影が姿を見せると同時にターニャが声を上げ、握る手に力が込められる。
その繋がった手からは彼女の震えが感じ取れる。これまでの人造七星たちとの戦いでも怯んだ様子を全く見せなかった彼女が明確に、恐ろしさを覚える相手の声が響いたことを意味していた。
「お前は、誰だ――――?」
「初めましてだね、アベルよ。私は星灰狼、君が追い求めて止まない七星の一族の1人だ」
ゾワリと、レイジの背中に悪寒が迸った。目の前に立つ黒髪の男、中華の伝統衣装に身を包んだ男は、不敵に笑みを浮かべ、あえてレイジに手を出せるような隙を見せている。
もっとも、レイジの全身が警告している。迂闊に飛びこめば、その瞬間に、レイジの全身は砕けて終わりを迎えるだろうと。
(なんだ、こいつ……ヴィンセントとも違う。丸腰で何も持ち合わせていない筈なのに、ほんの少しでも飛びこめば、そこで終わってしまうような、そんな予感を覚えてしまう……)
それが彼我の実力差より生まれる危険反応より生まれた、戦うことを拒絶する感覚であることをレイジは理解できない。
いや、理解しようとしてないだけなのかもしれない。それを一度でも認めてしまったら、灰狼を相手に立ち向かうという行為自体を取ることが出来なくなってしまうから。
末端から震えが徐々に、ターニャからレイジへと伝播していくような思いだった。ヴィンセントを前にしては、震えなどよりも自分の大切な人々を殺し尽くしたという怒りが勝っていた。きっと、他の七星を相手にしてもその気持ちが崩れることは変わりないと思えていた。
けれど、ターニャと言う大切な少女を見出し、その手を繋いだことによって生まれた生存への願いは、レイジに一時的にではあれども、生への執着を呼び起こさせた。
自然と生まれた星灰狼と言う真なる七星の実力者に対する恐怖、それに気づいたのか、灰狼は笑みを零す。
「なんだ、もっと見境なく飛びこんでくると思っていたのだがな。そういう意味では後先を考えない彼らの方がよほど猟犬としては優秀であったともいえるぞ。
まぁいいさ。ならば、少しはやる気になるような言葉を口にしてあげようか、レイジ・オブ・ダスト」
「何故、俺の名前を知っている?」
「白々しいことを口にしないでくれ、ヴィンセントを殺したのは君だろう」
「貴様……ッ」
「恨んでいるわけではないさ。聖杯戦争の最中で命を落としたのだから、ヴィンセントだって本望だったはずだからね。彼が君と戦い、敗北をしたのなら、それは彼が弱かったのがいけなかっただけだ。ただ、何をどう言い繕うとも、君が我々の敵であることに変わりはないだろう」
ヴィンセントの命を奪ったことを咎めるつもりは一切ない。ただ、敵であることに変わりがない以上、激突はどうしたってやむを得ない。それがたとえ、仕組まれた上での戦いであるとしても灰狼はその役割に殉じていく。
「だが、そのような眠たい言葉は君にも俺にも必要ないだろう。唯一つ、俺とキミの間にあるべき事実は――――君たちの村を焼き払うようにヴィンセントに命令したのは俺だ」
「――――ッッッッ!!」
「レイジ!!」
瞬間、レイジの身体がまるでバネのように飛びあがり、ターニャと繋いでいた手すらも離して、大剣を以て灰狼へと飛び込む。その大剣の一撃を灰狼は懐から取り出した槍を以て受け止める。
「随分とやる気を出したようだな、こんなにも早く本当の仇に出会えるとは思っていなかったか?」
「殺す、貴様だけは何があろうとも、絶対に殺してやる!!」
「ふむ、さて、気付いているのかな、今の君は先ほどまで、君が高説を口にしていた彼らとさほど変わらない様子でこちらに手を出していることに」
「うるさい、知ったことか! どうでもいいんだよ、そんなことは!! ただ、お前だけは殺す、何があろうとも絶対に殺してやる!! ヴィンセントの後を追わせてやるから、おとなしく、その首を差しだせェェェェェェェェェェ!!」
憎悪に塗れ、怒りのままに武器を振うレイジの攻撃を灰狼はまるで演武をするように受け止めていく。怒りに任せて攻撃を繰り出すレイジの攻撃はあからさまに精細さを欠いており、灰狼にとっては気配だけで攻撃を受け止めることができる。
「こいつ、ヴィセントよりも……」
「確かに、俺もカシムや散華に比べれば武力で劣ることは認めざるを得ないが、さすがにヴィンセントよりはあるさ。この身には偉大なる初代灰狼の血が流れているのだからな。
七星流槍術―――『彗星』ッ!!」
「ごっ――――――」
槍を構える態勢に入り、レイジが怒りのままに飛び込んだ瞬間を狙って、槍がまさしく弾丸のように放たれる。その突きの一撃が直撃した途端に、レイジの肩口が破壊され、筋肉や骨までもが寸断され、レイジは痛みに地面へと崩れ身悶える。
「ぐっ、がぁぁぁぁ、ごっ、おっ……」
「どうした? 君は俺達を殺すんじゃなかったのか?ヴィンセントを殺し、復讐を始めた以上、そこで這いつくばっている理由はないだろう。先ほどは彼らの無念も自分が持っていくなどと叫んでいたな、どうした? 自分の言葉を果たすために、今、君は何をするべきなんだ? レイジ・オブ・ダスト」
灰狼が脚を進ませようとした瞬間、灰狼の目の前に水銀が槍のように伸びていき、灰狼は足を止めることで鼻先を掠めるだけに留まる。
「よぉ、あんたがここの大将か。早々に顔を出してくれるなんて気前がいいじゃねぇか。けどよ、そんな簡単にチェックメイトとはいかないだろうが、あんたの手駒は俺達が封殺したぜ?」
声を上げたのはアーク・ザ・フルドライブ、エドワードと共にレイジに群がってくる以外の人造七星たちを倒し、既に全員が命を奪われずに意識を失っている。
まさしく完全制圧をされた灰狼とレイジへと憎悪を向ける青年以外は軒並み全員が無力化されてしまったことは間違いない。
「やれやれ、困ったものだな、彼ら如きを無力化した程度でそこまでの顔を浮かべられては困る。私はあくまでも君たちの実力を見るために彼らを放ったに過ぎない。出来損ないであるとはいえ、君たちにどれほど抵抗するのか、それを見るだけでもある程度の実力と言うものは理解できるからね。
セレニウム・シルバでは、皇女たちに任せていたため、そうした細かいところができなかった」
「ならば、彼らはあくまでも囮に過ぎなかったと?」
「むしろ、本当に勝てると思って、投入していたなどと考えられるのは心外だな、私はそこまで夢見がちではない。君たちが皇女たちを退けてここにいることを正しく評価しているつもりだよ」
「貴様はァ………どこまで、どこまで、俺達を虚仮にすれば気が済むんだ、ッッッ」
「無論、総ては我が大願を叶えるために。それ以外の総ては些末事に過ぎない。では、場は温めました、ハーンよ。これより改めて聖杯戦争を始めると致しましょう」
「――――良いだろう、灰狼よ。我が敵として対峙するに相応しき戦士たちよ、よくぞ、この地に参った」
その瞬間に聞こえてきた声に、その場の誰もが息を呑んだ。ただ言葉を発するだけ、単純な生態動作を行っただけにもかかわらず、その場の誰もが動き出すことを躊躇ったのだ。
言霊という圧、ただそこにいるだけで敵対者を威圧するだけのカリスマを持ち合わせた存在は黒の髭をたなびかせながら、愛馬に跨った姿でレイジたちの前へと姿を見せる。
「お前が……そいつのサーヴァント、か?」
「然り、与えられしクラスはライダー、我が真名はチンギス・ハーンなればこそ。我が敵対者となるべき者たちよ、猛るがいい。余を楽しませるに足りるだけの力を示せよ」
『チンギス、ハーン……だとぉ……!』
『大物の登場だね、そして、君としては僕たち以上に思うところがあるんじゃないのかい、草原の覇者たるティムール』
「…………、まさか、このような形で大ハーンと顔を合わせることになろうとは」
ぽつりとつぶやいた言葉、それを耳にしたのか、ライダーはアヴェンジャーへと反応を向け、何かに気づいたようなしぐさを見せる。
「ほぅ、貴様、余と同じか。その出で立ちは突厥の部類か」
「当たらずとも遠からずと言っておこう。我はアヴェンジャー。大ハーンよ、こうして出会えたことの幸運を祈り、同時に敵対することの不運を呪おう。
偉大なる我らの導き手、草原の民に世界を教えた偉大なる王よ。貴方の命を奪わねばならぬこの導きに」
「ほざくな、小童が」
両者の告げた言葉がどこまでも彼らの対立を明確化する。サーヴァントとマスター、それぞれがそれぞれの因縁を持つ者同士の戦いがいよいよ幕を開けようとしている。
「レイジ、ダメ、あなたでは、その人には……」
その渦中に置かれながらも、彼女はいまだに自分がどうあるべきなのか、そのスタンスを見出すことができていなかった。
第5話「月華-tukihana-」――――了
次回予告
「クック、愉快、愉快よなァ、灰狼よ! これほどの時代を下っても尚、余と同じく草原の民たちはこの世界を駆け抜けておるわ!!」
「王よ、此度は無粋なことは口にしませぬ。私もまた一人の戦士として、戦いに臨みます故」
「貴様が、貴様の気紛れが、俺たちの村を、俺の大切な人々を奪ったというのか、おまえがぁぁぁぁぁぁ!!」
「憐れなモノだ、このような存在がアベルとは。カインとしてここまで不甲斐ないと、もはや他の方法を考えた方がいいんじゃないかとも思えてくるな」
「かつての草原を駆け抜けた我が精鋭たち、貴様らも血に餓えておろう。夢を捨てきることが出来てなかろう。ならばこそ、再び集え。このテムジンの下に!!
今、再び我ら蒙古の帝国を築かんがために!!」
「あのスブタイって槍使い、とんでもない化け物だね。元は普通の人間の武将でしょ? なんで、あのセイバーとランサーとまともにやり合えているのさ!」
「俺はアーク・ザ・フルドライブ、ハッピーエンド至上主義者だ。仲間がそこを目指すと叫んだってのに、伸ばす手がないんじゃ片手落ちだろう!!」
「ターニャは必ず連れていく。もう、一秒だってお前たちの下になんて置いておくつもりはない。彼女と一緒に探すんだ、お前たちに滅茶苦茶された人生を取り戻すための方法を。お前たちを滅ぼしたその先に、未来があるって信じているんだ、止まれるわけがないだろ!!」
「私もレイジと同じ未来が見たい。その先にある花がみたい! だから、使うよ、私のこの魔眼を!!」
第6話「アゲハ蝶」