Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第6話「アゲハ蝶」①

 

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 世に世界の覇者と呼べる存在は複数存在する。古代を見れば、広大なヘレニズム世界を支配下に置き、極東まであと一歩にまで至ったアレキサンダー大王、世界帝国として以後の世界に大きな影響を与えたローマ帝国、宗教と言う面で見れば十字教やイスラムといった教えも世界の覇者と呼ぶにふさわしいだけの隆盛を誇ったと言えるかもしれない。

 

 ただ、地上最も陸路に置いて広大な範囲を支配した者と言われれば、その覇者はたった一人だけとなる。中原の北に生まれた遊牧民族、騎馬を従える者たちの中で史上最高峰の世界帝国を生み出した者、アジア世界とヨーロッパ世界を一つの世界へと繋げた偉大なる遊牧民族の絶対的侵略王。

 

 名をチンギス・ハーン、モンゴル帝国初代皇帝、蒼き狼の名を持つ数多の国を侵略し、滅びへと誘ってきた王こそが、七星側のライダーの真名である。

 

 ライダーはその名を隠すことなく、むしろ、示す事こそがこの場における最大の示威行為になるとばかりの態度を取る。

 

 『侵略王』とすらも呼ばれる、世界各国誰であろうとも一度は耳にしたことがあるであろう英霊、転じて本来の英霊召喚システムとしての意味合いを持つグランドサーヴァントに選ばれてもおかしくないほどの実績を持つその騎兵は、王たる風格を滲ませながら、レイジたちの前に立ち塞がる。

 

 最も、その姿を見て、レイジ以上に沈痛な面持ちを浮かべているのは彼のサーヴァントであるアヴェンジャーだった。

 

 チンギス・ハーンによって生み出された世界帝国、最高峰のカリスマを失った後に分裂を繰り返した中で無数の栄枯盛衰が生まれていった。アヴェンジャー、ティムールが建国したティムール帝国もそうした背景の中で生まれた国家である。

 

 言うなれば、チンギス・ハーンと言う絶対的な皇帝の下に生み出された国家の後継者の1人こそがティムールなのだ。

 

『おい、ティムール、貴様、まさか臆しているわけではなかろうな?』

「ハンニバル・バルカ……」

 

『時代が違う儂でも良く分かる。あれは化け物だ、戦士としても、指揮官としても絶大な力を持ち、己の本能、直感一つで勝利をもぎ取るための戦を実践できてしまう輩だな、儂やお前のような存在とは全く違う、生まれ持っての王となるために生まれた英雄だろうよ』

 

 ハンニバルから見ても対面するだけでいかにライダーが悍ましい相手なのかが良く分かる。もしも同じ時代に生きており、相対することが運命づけられているとすれば、きっと自分の不幸を呪ったであろうと思うほどに、あれは絶望的なまでの器を持っている。

 

『だが、そもそも、儂らは別に英雄として連中と戦おうというわけではあるまい。復讐者として、レイジ・オブ・ダストの共犯者として奴の復讐を遂行するための存在だ。貴様が王の矜持を持っていようとも、それを競わせるわけではないのだ。

 気後れなど馬鹿らしいではないか。こうしてあれほどの化け物を相手に出来ることを楽しんだらどうだ?』

 

『随分能天気でいいものだな、むしろ僕は今すぐにでも逃げ出したいよ、あんな化け物と戦うだって? やめてくれ、あんなのはまともに闘う相手じゃない』

 

 老人と青年の声を聴きながら、ティムールは一度息を吐いた。それは自分の中にある恐れ、あるいはこれより先に待ち受ける苦難を受け入れるための息であったのかもしれない。

 

「偉大なる大ハーンよ、我はティムール、貴殿が後に草原を駆け抜けたモノ、しかして今は貴殿に敵対する者である」

「その意味理解しておろうな」

 

「無論、言えることは唯一つ、貴殿に勝ち、我こそが草原の覇者であるとここに知らしめようぞ」

 

「クック、愉快、愉快よなァ、灰狼よ! これほどの時代を下っても尚、余と同じく草原の民たちはこの世界を駆け抜けておるわ!!」

「王よ、此度は無粋なことは口にしませぬ。私もまた一人の戦士として、戦いに臨みます故」

 

 セレニウム・シルバの時のように、中座などと言う萎えることをさせるつもりはないと口にした灰狼の言葉にライダーの笑みはさらに深くなる。ああ、これこそまさしく自分が待ち望んでいた戦であると言わんばかりに。

 

「へっ、奴らの大将はやる気満々だ、こりゃ、骨が折れるぜ、アヴェンジャー」

「アーク・ザ・フルドライブ」

 

「力を貸すぜ、勝たなきゃならんのなら二人掛かりでもいいくらいだろう。あれは単独で倒すには些か骨が折れる相手だ」

 

 アークの背中で水銀が励起し、アークの両拳へと籠手として備わる。アヴェンジャー自身の実力を疑っているわけではない。アークが対峙し、倒しきることが出来なかったコンモドゥスを倒したのは他ならぬアヴェンジャーであり、彼の英霊の逸話を聞く限り、決して見劣りするような相手ではない。

 

 それでも念には念を入れなければ、目の前の相手を、『侵略王』を倒すことはできない。そう思わせるほどの圧を今もライダーは放っているのだから。

 

「マスターはマスター同士の戦いに集中してもらう。その代わりに、サーヴァントを倒すのは俺達の役割だ」

 

 口にするや否や、アークとアヴェンジャーが同時に地を蹴り、先手必勝であるとばかりにライダーへと拳と戟が飛びこんでいく。

 

「面白いッ!!」

 

 腕に剣を握ったライダーはそれを受け止め、乗馬する馬が雄たけびを上げるとともに、二人へと体当たりを企てる。

 

「ちぃぃ」

「やはり馬の扱い方は慣れたものだな。ライダーが自ら手綱を引かずとも、あれは己の思うままに動き、ライダーの益となる行動をとる」

 

 一度打ち合ってみて、アヴェンジャーはすぐに理解した。ライダーは元から、己が乗馬する馬を己の手で操るつもりは一切ない。自分の相棒である馬をどうして信用できないというのか、ライダーが何かを望まずとも最善の結果を出すと信じているがために、先ほどの一閃には一切の迷いがなかった。

 

「なるほど、城で戦ったランサーは限りなく自分と馬を一体化させることを是としていたが、奴はエキスパートであるとはいえ、その思想は真逆な訳だ。放し飼いでも自分に益を持ってくる。恐ろしいくらいの信用だ」

 

「我ら草原の民が、己の足を疑ってどうする。貴様たちは、ある日突然、自分の足が思う通りに動かなくなることを想起するか? ありえぬだろう、余も同じだ、こやつが余の意にそぐわぬことなど考えたこともないわ」

 

 絶対的な自信、そしてそれを実行に移すことができる胆力、それら全てが彼にとっては当たり前だ、強がっているわけでも、過小評価をしているわけでもなく、その状態のライダーに付いてくることが出来ないのならば、そもそもに戦う資格すらもないと口にしているに等しいのだから。

 

「ま、だからって、じゃあ諦めますなんて言葉を口に出来るわけじゃないのが辛い所でね、まずは引きずりおろすところから始めようか」

「ああ、その通りだな」

 

 ライダーの言葉を聞いて闘志が消え去るなどと言うことは絶対にありえない。むしり、この絶対的な強者をどのように引きずりおろしてやろうかと考えている所だ。

 

 その不遜な態度は決してライダーも嫌いなわけではない、己に向かってくる相手はいつだって彼にとっては面白き相手なのだから。

 

「良いな、弱きものを屠ったところでそれはただの狩りだ。狩るのであれば男よりも女に限る。連中の悲鳴はとくと心に響くものがあるからな。戦を標榜するのであれば、やはり強き男だ。力を誇り、頭を使い、相手を屠るという心意気を持つ者こそ、撃破し、屈服させるに足りると余は思うが故に、敵手たちよ、強くあれ。そうでなければつまらぬ」

 

「へっ、大上段から言ってくれるぜ、強い相手を求めて自分が倒されちまうかもしれないなんてことは考えないのか?」

 

「であれば、あらゆる手を使い、その力を上回るだけのこと。まさか、余が生涯に一度の敗北も喫したことがないと思っているのか? そこまで余は万能ではない。多くの敗北、屈辱を経験してきた。されど、その総てを再起し、滅ぼしてきた。

 その結果こそが、『侵略王』という称号、慢心があろうとも、余の虚を突こうとも、余が生き続ける限り、余は貴様たちの前に立ち塞がり続ける」

 

「彼にはそれだけの実績がある。口にするだけであれば誰でも可能だが、実績までもが伴えば、それは彼の絶対的な事実だ。虚をつく程度で大ハーンを討てるのならば、彼はあそこまでの世界帝国を築き上げることは出来なかっただろう」

 

 言葉の応酬を続けながらも激突は続いていく。アークの拳の連撃が馬とライダーその双方に向かって放たれていくが、ライダーはアークの攻撃が全て視えている様に剣でそれを捌き、合間に挟まれていくティムールの戟による攻撃を、愛慕と己の身体を使って回避していく。

 まさしく、二人の攻撃が何処から来るのかが見えているようですらある。

 

 もっとも、ライダーに未来予知のようなスキルは存在しない。古代中華に存在していた鋼の騎兵たちであればまだしも、モンゴル草原に生まれた正真正銘の人間である彼にはそうした便利な力は持ち合わせていない。

 

 言うなれば、戦闘経験値から生まれる心眼、数多の修練を受けてきたわけでもなく、生きるために、部族を纏め上げ、自分たちの生きる場所を作るために駆け抜けてきた日々の中で培ってきた膨大な戦闘経験値が、自分自身へと襲い掛かってくる相手にどのように対処すればいいのかを、瞬きの合間にライダーへと教えてくれる。

 

 例え、どれほどの予測不可能な攻撃が来たとしても、その予測不可能を自身の経験値で持って、カテゴライズすることができる。

 

 侵略とはすなわち、相手の懐へと飛び込み、不測の事態を乗り越え、相手の予測を凌駕することで初めて可能となる行為なのだから、そうできなければ偉業を達成することはできない。

 

「昂って来るな、灰狼。戦場の空気を思い出すわ」

「然り、やはり我らは戦場の中にある時こそが最も輝く時でしょう」

 

 槍をまるで己の手の延長戦のように振う、灰狼の武技を前にして、レイジは防戦一方の状態を晒してしまう。

 

 ギリギリで蛇腹剣のリーチの長さで槍の軌道をずらしているが、それはあくまでも灰狼がそれ以上の深追いをしていないからである。もしも、灰狼が本気でレイジを殺すために猛攻を放って来れば、たちまち今の状況は変わっていくであろうことは明白だった。

 

 星灰狼、本来その名を襲名していた者から既に十九の代替わりを続けた果てにハーンを召喚した人物、星家という遺伝子操作に長けた家に生まれた身であり、現代に生きる魔術師ではあるが、彼は誰よりも七星の血を色濃く受け継いでいる。

 

 初代灰狼の記憶を知識を技術を血の遺伝という形で持ち合わせている彼は、戦乱から離れた時代の中でただ1人、傍らのサーヴァントと同じ代を生きて来たモノに等しい。

 

 無数の戦を経験し、多くの人間を屠ってきた血塗られた七星の時代を生きて来たモノの1人、ゆえにこそ、レイジと言う人間が怒りのままに放ってくる攻撃など怖れるに足らずとばかりに捌き、レイジをギリギリのところまで攻めていく。

 

 もしも、自分の攻撃を少しでも捌くことが出来なくなれば、その時がお前の最後であるとばかりにギリギリのところでレイジが何とか耐えられる状況を作っているのだ。

 

 それはレイジ側から見れば、明らかに遊ばれていると認識できる状況に他ならない。全力で戦えばすぐにでもレイジを破壊できるにもかかわらず、あえてそうすることなくレイジの実力を測っているのか、或いはそれ以外の目的があるのか。

 

(こいつは、明らかに俺よりも実力が上だ。ヴィンセントなんて比べ物にならないほど、強い……)

 

「どうした、覇気が薄れてきているよ。俺のことが許せないんじゃないのか? 村を焼かれたレイジ・オブ・ダストはそのためにこのセプテムにまで足を運ばせてきたんだろうからね」

 

「何故だ……」

「ん?」

 

「何故だ、何故、お前は俺たちの村を襲った。ヴィンセントはお前に命令されたからやったと言った。特別な理由なんて何もないと口にしていた。やはり、お前は、人造七星の素体を手に入れるためだけに俺達の村を襲ったのか……!」

「否定はしないとも、ヴィンセントが口にしたのは紛れもない事実だ」

 

 レイジの問いに言葉を濁すこともなく、あっさりとこれが望みなのだろうとばかりに灰狼は答える。罪悪感なんて欠片もないのだろうと分かってしまうその態度に、レイジのはらわたは煮えくり返る思いだった。

 

「貴様が、貴様の気紛れが、俺たちの村を、俺の大切な人々を奪ったというのか、おまえがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒りのままにレイジが剣を振う。しかし、その攻撃を赤子の手を捻るような動作で、灰狼は捌いてしまう。まずは一度頭を冷やすべきではあるが、レイジの思考は怒りに染まりきっている。ヴィンセントを殺したことで、自分の中に渦巻いている激情に少しばかりの収まりをつけることが出来たようにレイジ自身も感じていた。

 

 少しずつでもあの日に折り合いをつけることができるはずだと……しかし、実際にはまったくそんなことはない。

 

 一度の復讐を実行した以上、最後まで復讐を完遂しなければ総てが嘘になる。踏み出してしまった一歩はもはや途中で止まることを許さない。後ろを振りむいて逃げ出してしまえばいい等と言う言葉は今のレイジには全く届かないのだ。

 

「憐れなモノだ、このような存在がアベルとは。カインとしてここまで不甲斐ないと、もはや他の方法を考えた方がいいんじゃないかとも思えてくるな」

「何をさっきからペラペラと――――!」

 

「ならば、更に一つ、君の村を襲うことにした理由を教えてようか。むしろ、こちらの方が本命であると言えばその通りなのだが、君が守ろうとしている少女、ターニャ・ズヴィズダーを確保するために君たちの村へとヴィンセントを派遣した」

 

「――――ッ」

「…………っ」

 

 目を見開くレイジと、目を逸らすターニャ、その反応が両者にとってこの情報がどういった意味を齎すのかを理解させてくる。

 

 知らない方がいいことだってある。知ってしまえば、疑念は確信へと変わり、そこには責任が付きまとってくるのだ。灰色の解決方法の総てが悪いとは言わない。

 

 誰かの生死に関わる問題ほど、詳らかにしなければならない反面、一度蓋を開けてしまえば決して引き返すことができない領域にあると言っても過言ではない。

 あくまでも予測が出来たことではあるのだ。レイジ自身もターニャが原因なのかもしれないということは予測できたことだ。ヴィンセントが口にした言葉を忘れたことは片時ですらもないのだから。

 

「直接的に手を下したのはヴィンセントだ、命令を下したのは勿論俺だ。しかし、その引き金を引くきっかけになったのは彼女だ、ターニャ・ズヴィズダーだ。であれば、君が怒りを向ける相手は果たして俺だけなのだろうか。そこをふかく――――」

「黙れよ!!」

 

 自分の身体が傷つくなどと言うことを度外視して、レイジの大剣が灰狼の槍へと叩き付けられる。大質量の剣を叩きつけられたことで、灰狼の槍が傾き、体制が崩されるとすかさず、レイジは特攻めいた勢いで灰狼へと破れかぶれに攻撃を繰り返していく。

 

「そんな眠たい戯言を聞きに来たわけじゃないんだよ! ターニャがいたから俺達の村が滅んだなんてことは有り得ないんだ。そんなものはお前たちが都合よく自分たちの罪をターニャに押しつけているだけだ」

「レイジ……」

 

 ターニャは逸らしていた視線を少しずつ、戦場へと向けていく。灰狼の言葉は間違いない、ターニャと言う希少な存在がいなければ長閑な村にわざわざ「星家」が手を出して来るなどと言うことはなかったはずだ。

 

 もしも、自分がいなければ、お前なんかがいたからこんな悲惨な結末になった。レイジにそのようなことを言われたら、ターニャはその時こそ自分を罰しないわけにはいかないと思っていたのだ。

 

 彼にはターニャにその言葉を告げるだけの理由がある、彼には正当にターニャを憎むための理由がある。少しでもその罪悪感から目を逸らすために意識を外に向けていたのだが、レイジの言葉はターニャにとって慮外なほどに甘い言葉であることに他ならなかった。

 

「お前たちがいなければ何も起こらなかったんだ。ターニャがお前たちを招きよせたわけじゃない。お前たちが勝手にターニャを見つけて、彼女を奪おうとしたんだ。

軋轢はあったよ、偏見もあった。だけど、それを知っても、みんながターニャを受け入れるための努力を続けていたんだ。それは実るはずだったんだよ。それをお前たちが勝手に奪いに来たんだ。それを分かっていながら、何を部外者面している!!」

 

 怒りのままに振るう剣の合間に灰狼の槍が次々とレイジの身体へと突き刺さり、外傷を増やし、血を流していく。それでも、レイジは止まらない、止まれない。そんな言葉で足を止めることだけは絶対に許せないと、レイジ自身が止まることを許さない。

 

「お前たちは全員滅ぼす。ヴィンセントが口にしたお前以外の関わった四人の七星も全員叩き潰して……俺はターニャと共に地獄の先に花を咲かせるんだよ!!」

 

 裂ぱくの気合いと共に放たれた上段からの一撃が灰狼の防御を掻い潜り、彼の衣服を切り裂くと初めて外傷を与えた。もっとも致命傷と言うにはあまりにも物足りない一撃、しかしてレイジが初めて灰狼に外敵としての一撃を与えたことには他ならない。

 

「残る四人、ヴィンセントはそう言ったのか?」

 

「ああ、そうだよ。俺に関わった七星は自分を除いてあと五人いると。そのうちの1人がお前だろう、星灰狼!」

 

「それを否定するつもりはないが……、くく、なるほど、あと五人、か。ヴィンセントも悪辣なことをする。では、俺もその流儀に従っていくとするか」

 

 灰狼はレイジが知らない、ヴィンセントが口にした言葉の真意、あるいは真実を理解したからなのか、これまでの予定調和にはなかった状況を面白いとばかりに笑みを深める。

 

 レイジには何が面白いのかも理解できない。そもそも、これはヴィンセントと灰狼の身内側の話しであり、レイジに勿体ぶって誰であるのかを知らせようともしない嫌がらせの類だ。まったくもって馬鹿らしいが、外傷を受けたにもかかわらず、灰狼は笑ってレイジに芝居がかった言葉を口にする。

 

「確かにその通りだ、ヴィンセントが口にした残る五人のうちの1人、それこそがこの俺だ、星灰狼だ。お前の故郷を滅ぼし、人造七星へとお前を改造する手引きを行い、そして今また、お前の前に立ち塞がっている俺こそが、お前の討たなければならない相手だ。

 許せぬのならば来るがいい、呪われしアベルの名を受けし者よ」

 

「アベル……、ヴィンセントも同じ名前を口にしていた。それは俺の本当の名前じゃない。何を以て俺をアベルと呼んでいる!」

 

 再びレイジが先程の追撃であると剣を振りかざし、灰狼へと飛びかかる。灰狼は冷静に槍で受け止め、捌きながら、今度は此方がとばかりにレイジへと連撃を放っていく。その攻撃の流麗さにレイジは防御が間に合わずに、肩口や脇腹、そして剣を握る腕を突き刺され、防御がまるで間に合わない。

 

「アベル、それは血塗られた名前だ、創世神話に置いて、人類で初めての兄弟殺しを引き起こした人物、七星の力を受け継ぎ、しかし、その力で七星を滅ぼそうとしている。この名前がお前ほどに似合う人間はいないと思うが?」

 

「知ったことか、俺の復讐を、お前たちの都合で勝手にレッテル張りしているんじゃない!!」

 

「むしろ、カインの方が良かったか? 俺達を滅ぼす事の出来る呪われし名前として」

「だからッ、これ以上勝手に俺の可能性をお前たちで勝手に決めようとするんじゃねぇよ!!」

 

 痛みを怒りが上回る、灰狼の攻撃は凄まじい、手傷を負った所で全く本気でこちらに攻撃する素振りはなく、やはり何かを狙っている様にレイジが死ぬかどうかの瀬戸際の攻撃を続けている。だからこそ、レイジは何とか耐え凌いでいる。

 

 それがどうしても許せない。レイジの仇であることだけを標榜すればいいというのに、わざわざレイジを煽り立てるような言葉を何度も何度も口にしてくることがどうしたって許せないのだ。

 

 何もかもを理解したような顔で、レイジの怒りも復讐心も全ては自分たちの掌の上であるというな口の利き方がどうしたって怒りを増幅させる。

 

挫けるわけにはいかないと足を踏ん張らせてくれる。敵に塩を送られているなんてことじゃない。これは憤りだ、ここまで強くなったというのに、いまだに自分は遊ばれている。歯牙にもかけられていない。その事実がどうしたって許せないから、痛みなどと言うものに負けている場合じゃない。

 

「まだだ……まだ、終われない」

 

 ようやく見つけた、ヴィンセントを殺し、その裏に潜んでいる自分が打たなければならない相手をようやく見つけることが出来たのだ。だから、何があろうとも、絶対に倒さなければならない。

 

 だから、だから、だから―――――

 

「落ち着け、クソガキ。そんなに茹った頭しとったら、まともに闘うこともできへんやろ」

 

 思考が己の内側へと入り込もうとした瞬間に耳に響いてきた言葉にレイジの意識は強制的に外へと向けられ、同時に、灰狼の槍が自分ではない攻撃を受け止め、それが連続して押し寄せたことによって、彼はレイジから交代することを余儀なくされた。

 

「少し、時間をかけ過ぎたか?」

「はッ、団体様のご到着や!!」

 

 その声と同時に、自分の横に並び立つ者たちの姿を確認する。声を上げた朔姫だけではなく、共にいたロイやキャスター、そして桜子たちまでもが勢ぞろいしている。

 

「ごめん、レイジ君、時間がかかって!」

「…………、お前たち」

 

「お姫様がさっき言ったけど、少し頭を冷やした方がいいよ。酷い顔をしている。ガールフレンドが見ている前で猶更さ」

「別に、ターニャはそういう相手じゃない」

 

「あ、ターニャって言うんだ、この子。あんたには勿体ないくらい可愛いと思っていたのよね。どういう関係なのか滅茶苦茶聞きたいわ」

「レイジから根掘り葉掘り聞きだすためにも、まずはここを突破せなあかん。なぁ、星灰狼!」

 

「ほう、名乗らずとも俺の名前を知っているか」

「当たり前や、大陸に渡った七星の中でももっとも有名やろ「星家」と言えば。その当主たちは、必ず星灰狼の名前を継承する。他の七星の連中が誰であるのかを知らなかったとしても、お前のことを知らん奴なんざ、モグリやモグリ!!」

 

 朔姫が事前に収集した七星側の情報の中で最も警戒をしなければならない相手のうちの1人が、星灰狼であった。

 大陸より渡った七星の直系、ただの暗殺一族でしかなかった七星を世界中に散らばらせるための直接的なきっかけを生み出した張本人、もしも、灰狼という名を襲名した人物が、中華に渡ることが無ければ、このセプテム自体が生まれていなかったかもしれない。

 そうした歴史を紐解いていけば、目の前の相手を最重要人物として意識することは至極真っ当な発想であると言えよう。

 

「世界征服なんて、いまどきガキだって考えやせんぞ。ほんまに七星共の世界を生み出そう思ってるんなら、普通に馬鹿としか言いようがないわ」

 

「馬鹿であるのかどうかを決めるのは君ではない、世界とこれから先の未来だ。そして一つだけ訂正をしてもらいたいな、俺が目指しているのは七星の世界ではない。我らがハーンによって統治される世界だ。

 七星もセプテムも全てはハーンに傅く者たちなのだから」

 

「噂通りのイカレポンチで安心したわ。レイジやないけど、おまえみたいな狂人はここで退場してもらった方がええわ」

 

 この場にはアヴェンジャー、アークを含めて五人のサーヴァントが集っている。いかにライダーが圧倒的な力を持ち、絶対的な知名度によってステータスを増しているとしても、たった一体の史実に沿ったサーヴァントであることに変わりはない。

 

 神話に名高きセイバーとランサーを擁し、そこにキャスター、アーク、アヴェンジャーが加われば力押しで対処することもできるだろう。

 灰狼からすれば、レイジと言う獲物に対して何らかの目的でこの場に現れたのであろうことは間違いないが、それが結果的に灰狼の命脈を断つことになる。

 

 勝つためなら手段を択ばない、それをセレニウム・シルバで先に実践したのは七星側だ。如何に強い相手であったとしても数で囲むことが出来れば、決して対処することができないわけではない。

 

 それを灰狼も理解したのであろう、荒廃した町の中で、いよいよ自分の命運に陰りが差そうとしたその時に、灰狼は笑みを零す。

 

「さまざまな勘違いをしているようだから、言っておこう。少なくとも私は、勝てる状況の戦でなければこのような博打的な行動を起こさない。君たちが何人出て来ようとも、私と大ハーンの身で対処することが可能である。そのように解釈したからこそ、我々は今、ここに立っているのだ」

 

「然り、貴様たち歴戦の英雄たちと矛を交えるこの時こそ我が至福の時。その時に踏み込んでおきながら、既に勝利を手にしているような素振りは些か無礼が過ぎようぞ」

 

 ガギィン、鉄と鉄がぶつかり合う音が響くと共に馬のわななく咆哮が轟く。同時にドシンと音を立てて、灰狼の横に彼のサーヴァントであるライダーが降り立つ。

 

 そこで理解する、ここまでの音の総てがライダーによって引き起こされた音であり、アヴェンジャーとアークの二人を以てしても、やはり決定的な痛打を侵略王に与えることが出来ていないのだと。

 

 さながら、その姿はオカルティクス・ベリタスの中に置いては、この街を侵略に来たモノそのままである。週に倒れている人造七星がこの地を侵略者から守るために戦ったのだと言われても、何も知らない者たちからすれば十分に信じることが出来てしまうほどに、ライダーはこの周囲の風景に溶け込んでいる。

 

 数多の都市を壊し、数多の文明を滅ぼし、世界を駆け抜けた王、英雄としての逸話のスケールの違いがそのまま強さに直結しているのだとすれば、あのセレニウム・シルバで戦ったどの英霊よりも、目の前の騎兵が強いことも頷けるが、それでも数と言う要素は単純にして、最も圧倒的である。同条件の兵士たちを指揮する戦いであればまだしも、神話に名を岐山者たちまで藻を取り入れた戦いとなれば―――

 

「灰狼よ、そろそろ奴らにもこの戦の楽しみを教えてやるとしようか」

「御意に。ハーンがそれを願うのならば彼らもまた応えるハズでしょう」

 

「ならば、行くか。かつての草原を駆け抜けた我が精鋭たち、貴様らも血に餓えておろう。夢を捨てきることが出来てなかろう。ならばこそ、再び集え。このテムジンの下に!!

 今、再び我ら蒙古の帝国を築かんがために!!」

 

「なっ、凄まじい魔力の圧」

「これは……固有結界、いや、ちゃう。それとは似ておるけど……」

「来るぞ!!」

 

 今ある世界に対抗するように異なる世界の法則が流れ出す。それが世界を侵食し、呑み込んでいくモノこそが固有結界、大ハーンの心象風景を再現したかつての世界を再現するものであったかもしれないが、此度のそれは少しばかり趣が違った。

 

 浸食は最小限に、世界は壊れることなく今尚も現在の状況を維持し続けている。ただ、それで全く変化がなかったわけではない。世界へと生じた異物、本来であれば世界を揺るがすほどの大質量の魔力を内包した存在が聖杯の力を拠り所に、この場に召喚されたのだ。

 

「お呼びでしょうか、大ハーン」

「久方ぶりの戦場、まさか死してもこのような場所に呼ばれるとは」

「再び殺せるのか、敵を、民を、それは素晴らしい」

「遠き西の十字教の世界、再びここに舞い戻る。しかし、かつてとは違う、今ここには大ハーンがいる」

 

 そう変化はほんの一握り、極小の変化を以てそれは精鋭として集められた。ライダーと灰狼の傍らに立つのは、ライダーと似通った武装に身を包んだ四人の戦士であった。三人の男性と一人の女性、しかし、纏う気配はライダーにこそ劣りはすれども、波の兵士たちなど全く意にも介さないほどの圧をもってここに姿を見せる。

 

 そしてその背後には、セレニウム・シルバの戦いでファヴニールと激突を果たしたライダーの戦車をけん引する四匹の幻獣が立ち並ぶ。

 

 圧巻、あるいは壮絶とでもいうべきだろうか、ライダーの外にここには4人と4体、他の七星によって呼び出されたサーヴァントたちに負けず劣らずの存在が出そろうという悪夢のような出来事が一瞬のうちに実行された。

 

「我が第一宝具『四駿四狗』、我が精兵たちよ、我が獣たちよ、共に戦場を駆ける栄誉を再び授ける。これは我らが果たせなかった世界制覇のための先駆けだ。かつてのように駆け抜けろ、かつてのように蹂躙しろ、さすれば、我らが夢は此度こそは叶えられん」

 

「さすがにこれは笑ってしまうな、サーヴァント級の幻獣4体と、サーヴァント4体の同時召喚、とは……」

「さ、朔ちゃん、これって姫たちの数押しが崩れちゃったんじゃ……」

 

「さすがにこんなもん想像できんやろ、どんな魔力持っておったらこれを実行できるって言うんや……」

 

 目の前に広がる悪夢のような光景、揃えられたライダーの戦力たちを前に、レイジたちの戦いは一転して、絶望的な様相を見せていくことになる。

 

 此処を勝利する、あるいは切りぬけなければ、この先の未来はない。分かってはいる、分かってはいるが、その道はあまりにも遠すぎる……

 

「レイジ……」

 

 そんな絶望的な最中でも、彼女はやはり立ち上がることが出来ずにいた。引き金を自分の手で引くことにいまだ躊躇を覚えていたのだ。

 




サーヴァントステータス

【CLASS】ライダー

【真名】チンギス・ハーン

【性別】男性

【身長・体重】172cm/65kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】

 筋力C 耐久D 敏捷A+

 魔力B 幸運A 宝具A+++

 

【クラス別スキル】
騎乗:A+
 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。
 ただし、竜種は該当しない。

対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】

カリスマ:A
 大軍団を指揮する天性の才能。
 最高峰の人望と恐怖による支配。

軍略:B
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

早駆けの乗法:A
 騎馬民族に伝わる、特殊な乗馬技術。
 騎乗物の敏捷性、持久性を向上させ、さらに本人の騎乗時中の魔力消費を抑える効果がある。

【宝具】
第一宝具
『四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:200人
チンギス・ハーン最大の頼みであり、彼の大帝国を築き上げた世界最強の騎兵軍団。
世界からの修正を最小限に留める為に異界の入り口のみが範囲内で高速移動を続けている。言わば移動する固有結界。具現化される世界は何処までも続く蒼天と草原。通所はその固有結界の中から、彼が最も信を置いた四人の部下と四体の幻獣を召喚する。
 彼らは膨大な魔力を肩代わりすることによって単独のサーヴァント、あるいは幻獣として単独の活動が可能となり、ハーンの絶対の将として敵を屠ることができる。
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