Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――
その巨大なる両腕の顕現に誰もが目を見開く、真体、その名称は元々、ディオスクロイ兄妹やヨハンのサーヴァントであるピロクテテスのようなオリュンポスの神々、いわばギリシア神話に由来する者たちにゆかりのある名前である。
曰く、オリュンポスの神々とはすなわち、空より飛来してきた異星の機械船団であったという。それらがとある事情で地球に不時着し、そして、降り立った場所、アトランティスとかつては呼ばれた大陸にて文明の萌芽を生み出した。
真体とはすなわち、そうしたオリュンポスの神々が持ち得る本来の身体である。地球の環境に適応し、人間の信仰によって生み出された人間が理解できる身体ではなく、本来の宇宙を駆ける船団であった頃の姿。
その名をアーク・ザ・フルドライブは宝具の解放と共に口にし、機械の腕は何よりもこれが真体の再現であることを強調する。
「ですが、ネフィリムとはオリュンポスの神々ではなく、巨人の名、それを真体に関することの意味は何ですか」
「その通りだ、あれが真実、真体であるとすれば十二神の名を冠するはず。アーク・ザ・フルドライブ、いいや、ライダー。貴様はその名を以て我らオリュンポスの神話体系を穢すつもりか!!」
「そう勝手に勢いづくなよ兄ちゃん。俺にはそんな気持ちはさらさらないさ。俺の宝具は特殊でね、さまざまな逸話がかないまぜになって、今の姿を晒し出している。
だから、この真体ってのもあくまでも、俺と言う英霊の在りえたかもしれない可能性の一つに過ぎないのさ。お前さんたちの神々の姿を一時的に借りているに過ぎないんだよ」
アークはカストロの問いに真名を明かすことはせずに答える。仲間としての信頼は向けていても、自分の名を明かすことがこの戦いの中で不利に働くと考えている様子だった。
(アーク・ザ・フルドライブ、自分はサーヴァントと融合しているなんてトンチキなことを言い出す奴だけど、そんな状況になっている奴なんだから、その英霊の真名を隠しておくこと自体には意味があるのかもしれない……、真名前を知られてしまうことで、イレギュラーなアイツの手札を開示してしまうことになるのかもしれないし……)
「さて、じゃあ、ライダー。随分と暴れてくれたが、ここからは俺も相手になるぜ。何せ、これだけの代物を引っ張り出してきたんだ。見せびらかしているだけじゃ面白くないだろう」
「ならば――――ッ!!」
言葉が速いか動きが速いか、ライダーの騎馬が大地を駆け、アーク目掛けて文字通り跳躍して襲い掛かってくる。
無論、ライダーもその手には剣を握り、無防備に立つアーク目掛けてここまで、アヴェンジャーを苦しめてきた刃の一撃を放ち、それがアークを守護するように展開された巨大な腕と激突する。
「へっ、どうだい!」
「良いな、蹂躙するに相応しき強さを持っていると理解した」
真正面からの激突、質量の上ではアークが圧倒しているというのに、ライダーはそれで吹き飛ばされるわけではなく、発射された弾丸のように前へと進む意気込みだけで拮抗を続けていく。
「ぬんッ!」
「疾ッ―――!!」
続けて動く、もう一方の巨大な剛腕がライダーに迫れば、鋼鉄の腕を滑るようにして騎馬が動き、横合いからの鉄腕の攻撃を切り抜ける。
すると、騎馬が意思を持っているかのように跳ねて、鋼鉄の腕の隙間、アーク自身が立っている場所へと空中から飛び込んでくる。
だが、アークとてその程度の攻撃が来ることは察していたのだろう。両腕に装着した水銀の拳を以て受け止め、鍔ぜり合う最中に、態勢を立て直した拳が再びライダーへと襲い掛かる。
「ちょこざいなッ!」
そこで、ライダーはあろうことか跳躍をしてみせる。飛びあがり、騎馬と分離したライダーを尻目に騎馬はアークの横を通り抜け、ライダーも三角飛びの要領で、隙間を埋めるかのように動く巨大質量を避けきって見せた。
再び騎馬へと乗り上げたライダーは得意の反転によってアークの方へと向き直ると再び刃が激突する。しかし、それだけではこれまでの戦いと何ら変わりはない。
ニヤリとライダーが笑みを零し、瞬間、アークの肩へと放たれた矢が突き刺さる。
「ぬぅ―――」
「援護するぜ、ハーン!!」
「ふふ、別に一対一の決闘をするなんて誰も言ってはいないからね」
クビライたちの構える弓より放たれる矢が、アークの肩へと突き刺さり、アークの表情に苦悶が生まれるが、すぐに突き刺さった箇所を水銀の膜が覆う。
流れていたはずの血は治まり、鉄風弾雨の戦場の中にて、いまだに両の足を力強く踏みしめながら、ライダーの配下たちを含めた戦闘に纏めて応戦する。
「いいぜ、上等だ、全員纏めて相手をしてやるから、掛かって来いよ!!」
アークが咆哮を上げるとともに、巨大な剛腕がさらに空中に二の腕の部分まで顕現すると、地面へと打ちつけるように拳が空からクビライたちの下へと堕ちてくる。もう片方の腕はアステロパイオスたちと戦闘を続けているスブタイとジュベの下へと。
「新手……!」
「やはり乱戦となるか」
「見事、我が配下たちも纏めて相手をするか!!」
「そのくらいのことができなけりゃ、わざわざ名乗りなんて上げやしねぇよ、なぁ、侵略王、あんたとて英霊の端くれだ。自分のマスターが蛮行を働いていることに思う所はないのかよ!」
アークの弾劾の意味はライダーも理解できる。此処に転がる無数の死に体の人間たち、それら全てが星灰狼の実験によって生み出された者たちだ。人類史を全て眺めたとしても、それを悪徳であると口にしない者はいないだろう。
偉大なる英雄としてそれを諫めないのかと口にするアークに口元より伸ばした髭を振り回し、ライダーは凄惨な笑みを零す。
「委細承知の上で弾劾無し!! 我が臣下が我が覇道を唱えるために為した悪徳を何故弾劾せねばならぬ。然りと笑ってその悪逆を背負う、それこそが王の在り方であろう。余は臣下たちへと褒美を遣わす、臣下たちは全身全霊を以て余に己の持てる力を差しだす。
なんらおかしな点はない。余は駆け抜ける最中の総ての悪逆を肯定する。説法を垂れるのならば、その暇を以て余の首を跳ね飛ばすがいい!!」
言葉での説得など最初から全て無駄でしかないと告げる言葉に、アークは舌打ちを鳴らす。あらゆる名を残した英霊たちが道徳に基づいた存在であるわけではない。英霊:チンギス・ハーンは己の覇道のために費やされるあらゆる悪逆を許容する。
己に逆らう者たちを焼き払い、文化を滅ぼし、女を陵辱する。対して己に付き従う者たちに最大級の賛辞と褒賞を与える。故にアークの言葉などまさしく馬の耳に念仏もいい所である。侵略王の名前で歴史に刻まれた英霊には道徳や倫理観など何の餌にもなりえない。
「ったく、清々しいくらいに言い切りやがって。ああ、仕方ねぇな、それもまた人間の在り方ってもんだ、人間なんて生まれた時から罪塗れ、一度は神様にも見放されて絶滅しかけたことだってある種族だ。誰もが素晴らしいだなんてお題目を唱えるつもりはねぇよ。来いよ、大将、まだまだ俺は戦えるぜ!!」
ライダー陣営側総てを巻き込んでの乱戦となったわけだが、当然に先ほどまで戦っていたセイバーもランサーも黙っていることはない。
ここまで鉄壁の守備と隙間なく来る攻撃によって突破口を開けずにいたスブタイとジュベを倒すために果敢に攻撃を仕掛けていく。
「その双撃、手数の上でも厄介だな、数多の戦を経験してきたが、これほどの槍捌きをする者には出会ったこともない。音に聞こえたサラディンか、西方のウィリアム・マーシャルか、どちらとも槍を交えることは出来なかったが、それほどの実力を持つと言えるか」
「当たり前でしょう、この私を倒した者はギリシア最高峰の英霊なのですから!!」
桜子に魔力を与えられ、潤沢な力のままに戦える今のランサーはスブタイに対してもジュベの援護を抜きさえすれば決して引けを取らない。
ましてや、今はポルクスも同時にスブタイに対して攻撃を仕掛けている状況だ、勝って当たり前の状況、されど、スブタイの心眼を持っているのではと思えるほどの隙のない防御に致命傷を与えることはできない。
個人としての武技であれば、間違いなくモンゴル軍最強、騎馬の扱いでこそ主のハーンに一歩譲るとしても、白兵戦で戦えば、すべてにおいてスブタイが勝利するであろうと互いに認めるところである。
ライダーを撃破する上で、このスブタイを突破しなければならないとなれば、ライダー撃破の難易度は一気に跳ね上がる。陣営を同じくした別の一級サーヴァントを相手にするなど常軌を逸しているとしか言いようがない。
しかし、それが現実、ギリシアでも名高き英霊二人を相手にしておきながら、スブタイはいまだに余裕を持った状態で戦えている。
ギリギリで釘付けにしていると言えば聞こえはいいが、逆に言えばそれ以上の何かを生み出すことが出来ていないということでもある。
(本来なら兄様やアステロパイオスと共にライダーを追い込みたいところなのに、この男が突破することを許さない)
(さりとて、私達が包囲を解けば、この男はライダーの援護に向かう。そうなればパワーバランスが一気に変わる……!)
自分たちが動けないこの状況こそが、最も戦いに貢献しているという事実、セレニウム・シルバにおける膠着状態にも似た状況をたった一人の英霊の軍勢だけで再現しているという荒唐無稽さこそが最も信じられないことであった。
アークの力だけではどうしても足りない、あとせめてもう一つ、何かしら、灰狼たちを出し抜くための力がない限りは、この場を切り抜けることができない。
「あまり時間を掛けている場合ではないな、俺も加勢しよう。後ろの獣共を動かすことになるかもしれないが、待っていて、誰かが犠牲になるようなことは避けるべきだ」
故に動くとすればやはりロイだ。パワーバランスの上での絶対的な強者の投入を以て、ライダー陣営側が戦力の総てを持ち出すとしても、出し惜しみをして切り抜けることができる状況ではない。
アークの真体による面制圧の攻撃によってライダーが召喚した四体のサーヴァントたちは戦闘に集中せざるを得ない。
此処でのロイの投入は決着を急ぐうえでも十二分な意味を持ち得る。そう思っての言葉であったが、
「いいえ、待ってください」
それを遮る声があった。
「結局、君の仲間が必死に戦ったとしても、君では私に勝てない。それが全てである以上、どれだけ必死に戦った所で全ては手詰まりではないかな、アベルよ」
「まだだ……!」
灰狼に必死に食らいつくレイジは、しかし、歴然とした力の差を以て、抗う事が出来ない。先ほどの僅かな驚きによって与えた傷を抜かせば、レイジが灰狼に与えたダメージはないに等しい。変幻自在の槍捌きは、下手な小細工もレイジ自身の魔力による七星殺しさえも届かせることはなく、総てを封殺していく。
鍛え上げたモノこそが最終的には勝利を掴む。普通に考えればこの世の摂理なのである。必死に努力をして修練を積んだ者に、付け焼刃の人間の刃が届くことはない。
努力が裏切らないという言葉は時に、成長を望む者を昂らせるための言葉として使われるが、血脈と言う生まれた時から与えられた才能に、悲願を叶えるための修練を積み続けてきた灰狼、対してレイジは七星の力を後天的に与えられ、その力に振り回されているに等しい状況だ。どちらが有利で、どちらが順当に闘えば勝つのか等いうまでもない事態なのである。
どれだけ精神論を口にしたところで、彼我の戦力差は生まれない。
「これ以上の戦いは時間の無駄かもしれないな。期待はしていた。殻を破ってくれると思っていたが、ただ痛めつけただけではこれ以上の変化を見込むことができない以上は、他の策を考えていくさ。ハーンと共に世界を支配していく中でね」
「まだだ、と言って、いるだろ……」
大剣を地面に突き刺し、なんとか杖代わりのようにして、ギリギリでレイジは持ちこたえている。しかし、それも限界が近いことは見るだけでも明らかだ。
もう一手、状況を変える何かがあれば―――
「うん、まだだよ、レイジ。まだ、終わっていない。まだやっていないことはあるんだから」
そう、故に変化を引き起こせるかもしれないクイーンがここにようやくその産声を上げる。何とか立ち上がっているレイジの横に並び立つように彼女は灰狼へと向かい合った。
ターニャ・ズヴィズダー、この聖杯戦争に集められた七人の七星の1人、序列は第七位、されど、それがそのままヴィンセントよりも弱いということにはならない。あくまでもそれは聖杯戦争開始における序列、いくらでもその後の変容次第では変わる可能性があるのだから。
「籠の鳥が声を上げて、どうするつもりだね、私に逆らうのか? それが今まであらゆることから目を背けてきたキミに出来るのか?」
「……、もう、貴方の言葉には耳を貸さない。私ひとりじゃできないかもしれないけれど、今、ここには私ひとりじゃない、レイジも……いてくれるから」
金髪碧眼の少女は、不敵な笑みを浮かべる序列一位へと震える身体に鞭を打ちながら声を上げる。
星灰狼と言う男はターニャから総てを奪い取った男だ。そして、人造七星としての力を与え、この聖杯戦争にまで巻き込んだ男、ターニャ・ズヴィズダーの人生に深く昏い影を落とした男に対して向き合うということ、それがどれ程の恐ろしさなのか、余人に走りえないだろう。
「アベルは私には勝てない」
「でも、戦ってる! レイジは私のせいで、村を、みんなを、自分自身も失った。でも、戦ってくれている。だから、私も目を逸らしているわけにはいかない、耳を塞いでいるわけにはいかない。あの日に後悔を覚えているのは、私だって同じなんだから!!」
村の中で誰よりも丁重に扱われ、明らかに他の人造七星とは扱いの違いを示され続けてきたターニャ、その様子を見れば誰であろうとも理解する。自分こそがあの村を襲った理由だったのだろうと。
そして理解してしまえばそこに生まれるのは果てしない後悔だ。もしも、自分がいなければ、もしも、自分が抗う事が出来れば……こんなことにはならなかったんじゃないかと。
震えて、自分の無力さに打ちのめされて、何もかもから目を背けようとした。いいや、実際に先程までのターニャは間違いなくそうだった。自分には何もできない、何もできないのだから、何もしない方がいい。自分が何かをすれば、また状況を悪くするだけなんじゃないかと心を閉ざし、総てを拒絶する様子を浮かべていた。
そんな彼女に差しのべられた手、自分と同じように、いいや、自分よりも遥かに弱い立場でも、失われていった命に、無念のままに散って逝った者たちに報いるために戦っている少年がいる。
それだけで十分だった、向こう見ずな夢を見るには十分すぎるほどの夢を与えられた。だから、戦える。足掻くことができる。
「レイジ、ごめんなさい、こんな姿になるまで何もできなくて。でも、お願い、私も一緒に戦わせて。二人で!」
「ターニャ……、いいんだな?」
「レイジだけに背負わせたくないよ。私もずっと辛かったんだ。苦しくて、ずっと後悔していた」
「そうか……なら、力を貸してくれ、ターニャ。俺たち二人で奴を、俺達を地獄に叩き落とした張本人にここで報いを与える!!」
先ほどまで、剣を杖代わりにしておかなければ立っているのもやっとの状態だったレイジの身体が起き上がる。ターニャと言う少女が立ち上がり、自分と共に戦うと口にしてくれたことがレイジの身体に活力を与えてくれる。
『そうだ、彼女こそがお前の比翼連理。彼女がいる限り、お前は何度でも立ち上がれる。その刃を研ぎ澄ますことができる。決して手放すな、お前に出来ない筈がない』
心の中で聞こえてきた誰かの声に、レイジは言われるまでもないと心の声で返す。もう、失わない。繋いだこの手を離すなんてことはしない。
「行くぞ、ターニャ!!」
「うん、私もレイジと同じ未来が見たい。その先にある花がみたい! だから、使うよ、私のこの魔眼を!!」
瞬間、先に動き出したのは灰狼であった。ターニャとレイジが完全に連動するよりも先にレイジを潰す。ターニャの精神的支柱がレイジである以上、レイジを先に潰すことで再び彼女の心を砕くことができるという合理的な判断を以て、此処までに何度も何度も下してきた槍術が再び牙を剥く。
「七星流槍術―――『彗星』」
最速の突き、七星流槍術に置いては、初歩中の初歩、されど、総ての基本であるその一閃をこれまでのレイジは受け止めることが精いっぱいだった。
しかし――――
「――――ッ」
「避けた!」
「行って、レイジ、魔眼『星脈眼』―――解放!!」
ターニャの右目が赤く光り、その右目の中にさながら枝別れしていく脈のような線が眼球に浮かび上がっていく。
それが灰狼とレイジの戦闘空間へと視線が向けられる。何か大きな変化が起こったわけではない。しかし、鍔ぜり合うレイジと灰狼の戦闘には明確な変化が生まれ始めていた。
これまで灰狼の防御を突破することが出来なかったレイジの攻撃が少しずつ、ほんの少しずつではあるが、着実に灰狼の防御を崩し始めているのだ。
それが何か、レイジが新たなことをし始めたのかと言えばそうではない。むしろ、変化を起こしているのは灰狼だ、これまで歯車がぱちりと合わさるようにレイジへと攻撃、防御どちらにしても最善の攻撃を繰り出し続けてきた灰狼の行動にブレが生まれ始めている。
まるで、最善の行動ではなく、あえてレイジに攻撃を与えるような隙間を生み出す行動を選択しているような、そんな行動を灰狼が取っているために、実力差で及ばないレイジが抵抗を続けることが出来ているという奇妙な構図が浮かび上がっているのだ。
「なるほど、これが彼女の魔眼か。この身で受けてみると、やはり厄介だな、星脈眼というものは!」
「喰らえェェェェェ!」
「疾―――ッ!」
「まだだ!!」
「――――ッ!!」
レイジの蛇腹剣が灰狼の腕を切り裂き、槍の軌道が大きく逸れる。七星の魔力を減衰させられたことによって、槍の一撃に備えることができる質量が変わり、動きが大きくブレたのだ。
まだ終われない、終わらせられない、裂ぱくの気合いを口にして、レイジは全く対抗できなかった灰狼に喰らいつく。その要因として最も意味を持っているのはやはりターニャの魔眼であると言えよう。
『星脈眼』―――七星の血によって生み出された七星の術師だけが持ち得る魔眼、数多の戦闘経験値を蓄積した魔力によって起動するその瞳は、対象として睨みつけた相手に対しての戦闘行動に干渉する。
言わば膨大な戦闘経験値の中から勝利できる道筋を模索し、それを招きよせるのだ。結果として、その眼に魅入られた相手は、最善ではなく、戦う側にとって有利な選択の手を無意識に選んでしまう。
もしも、意識的にそれに気づいていたとしても、因果律そのものが調整されている以上、望むべく最善の手段を行使することはできない。言わば、常態的なデバフが付与されているとでも言えばいいだろうか。
相手の行動を予測し、相手を上回る技を以て相手を封殺する七星の一族の中でも異端中の異端、魔力を斬って相手を無力化するのではなく、視線を合わせた時点で相手を弱体化させるという極地、それこそがターニャ・ズヴィズダーの力である。
彼女自身に戦闘の経験と呼べるものはなく、戦闘力だけで計測すれば紛れもなく、七星のマスターたちの中で最弱と言えるが、そこに同じように七星殺しの戦闘スタイルを持つレイジが加わることで一気に爆発力を発揮する。
「七星流槍術――『流星』!!」
灰狼はレイジから一度距離を離すように跳躍し、空中から槍の刺突を放つ。空中から放たれることによって生じるエネルギーも含んでの攻撃、それがレイジの身体へと突き刺さると同時に灰狼は魔力を錬成することによって新たな槍を浮かび上がらせ、追撃へと入る。
「弱体化をさせられていたとしても、依然として有利なのは此方だ。消耗している今の君では―――」
「まだだッ!!」
ああ、そうだ、終わらせない。御託はいい、実力差なんて知ったことか。ターニャが力を貸してくれているのに、それで決めきることが出来ないのだったら、どうしてここに自分はいるんだと全身に力を漲らせる。
「くっ、レイジ……」
『更なる力を望むか、よかろう、ならば、持っていくがいい』
ターニャの苦悶の声と自分の身体の中から聞こえてくる声、その二つに押しだされるようにして、レイジの身体が前へと進む。
槍を振わんとする灰狼の懐へと飛び込み、灰狼が横薙ぎに払った一撃を頭一つの差で回避し、蛇腹剣を展開し、槍を握る手に蛇腹剣が突き刺さると、わずか1秒に満たない時間の間に大剣へとその形状を変化、七星の魔力が阻害された状態であることを理解し、そのまま大剣を全力で叩きつける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
迸る絶叫、これで終わりにするという思いを全身に乗せて放たれた攻撃は、灰狼の魔力で生み出された槍を真っ二つに破壊し、肩口の部分にレイジの大剣が突き刺さる。
「がぁっ――――!」
「このまま終わりにしてやる!!」
そのまま袈裟切りに半身を真っ二つに切り裂くとばかりに力を籠めるが、灰狼は逆の腕によって顕現した槍をレイジへと振い、完全に攻撃だけに注力していたレイジは側面に鈍器を叩きつけられて、身体を吹き飛ばされる。
「ぐぁぁぁぁ!」
地面を転がり、すぐさま受け身を取り、灰狼を睨みつければ、灰狼は切り裂かれた側の肩口を押さえ、荒い息を吐いてる。
完全に命を狙うために放った技ではあったが、それさえも防がれた。しかし、ダメージとしては決して安くないものである。先ほどまでは出来なかったことが、この瞬間に出来るようになったことにレイジは全身の力が跳ね上がっていくように思えた。
(やれる、今の俺なら、ターニャと協力した俺ならば、コイツの命を奪う事が出来る。ようやく、ここまで来た。あともう少しで俺は―――)
「なるほど、アベルとしての価値くらいはあると思った方がいいか、訂正するよ、レイジ・オブ・ダスト、その実力は決してハリボテではないということを」
蓄積されている魔力を回復に費やしながら、灰狼はレイジがただの狩られるだけの獲物ではなかったことを再評価する。ターニャと言う援護があってのことであったとしても、灰狼の戦術眼はレイジの変化を見逃しはしなかった。
(明らかに行動の幅が広がっている。反応速度も先程よりも明らかに速い。おそらくは、彼の中で何らかの覚醒が引き起こされたとみるべきだろう)
覚醒、七星の継承者の中でも時折引き起こされる身体能力の爆発的な上昇、歴史に名を残す七星の仕手であれば誰もが一度は経験するであろう、己の限界を超える力の発現である。
先ほどまでのレイジであれば、いかに灰狼が弱体化をしていたとしても、一刀を浴びせるなどと言うことは出来なかったはずだ。七星流槍術を極め、過去からの継承された戦闘経験値を持つ灰狼を相手取るとは、七星の達人級を相手をすることに等しいのだから。
それをほんの一瞬とはいえ完全な形で凌駕した、そして、なおも「まだだ」と声を上げて力を求める強欲竜の如きあり方、ああ、全く何とも恐ろしい存在ではないか。
「故にこそ―――どこまで引き上げることができるのかが気になってくる」
レイジ・オブ・ダスト、アベルとして選ばれた少年と序列七位の少女、彼らが共鳴し合うことによって何処までその力を引き延ばすことができるのか、あるいは自分に肉薄するのか、この命を刈り取るまでに行くのか、確かめてみたい、確かめずにはいられない。
策略家としての展望、武人としての高揚感、そして灰狼自身の大願へ向けた確かな期待感、それら全てが膨らみ続けて、留まることを知らない。生まれてから今日に至るまで常に与えられるものを享受し、己の求めるものを手にしてきた灰狼がここまでの高揚感を覚えるというにこそ意味がある。
ああ、何と素晴らしいのか、これこそがハーンが提唱した血わき肉躍る戦いの先に待つ光景であるというのであれば、実に素晴らしいではないか。
「レイジ……」
「ああ、分かっている。あいつはまだ戦うつもりだ」
そして、退けない理由があるのはレイジたちとて同じだ。灰狼と言う存在に対して半端な決着など絶対にありえない。故郷の村を滅ぼした相手をこのまま放逐などと言うことは有り得ないのだから、どちらかが死ぬまでこの決着がつくことはない。
ライダー陣営との戦いとて同じだ、どちらかが中座などこのまま有り得ないだろう。何があろうとも絶対に倒す。その気迫を向けて、昂っていく灰狼に対抗しようとする最中で―――
「いいや、ここで中座だ。星灰狼、そして侵略王よ。お前たちの目的は、あくまでも戦力偵察であったはずだ」
瞬間、その声が響くと同時に、大地そのものを砕くのではないかと思うような黄金の光が舞い落ちる。それは、この場で戦いを引き起こしていた総ての勢力の意識を集めるものであり、同時にその黄金の光がいつでも自分たちを狙う事が出来るという証明でもあった。
「……何のつもりだ、セイバー」
「先ほど言った通りの意味以上のモノはないが? それとも、ここで一戦交えたいか、侵略王よ?」
その黄金の光が消え去った瞬間、戦場の中央にその男は立っていた。侵略王であるライダーよりもさらに齢を重ねたであろう姿、白髪交じりでありながらもその眼光は一切の衰えを見せない、一目で侵略王に並ぶ王の器を持ち得ると理解できる相手、セイバーと口にした以上、彼が七星側のセイバーであることは間違いない。
「あの光、ファヴニールを倒した……!」
その光にはルシアも見覚えがある、セレニウム・シルバの戦いで彼女のサーヴァントであるファヴニールを討ち取る決定的な一撃となった光、それを放った相手こそがあのセイバーであるとすれば、その言動からしても間違いなく、侵略王と並ぶレベルの相手だ。
「これ以上の争いはどちらかの命を以て鹿終わりを迎えることができない。この場でそこまでの結末を求めるか?我がマスターにその結末を求めるというのであれば……、儂もお前たちに対して一戦を交える覚悟を持たなければならないが……?」
もしも、このままターニャと戦う選択を続けるのであれば、自分もこの戦場に参加する。しかも、ライダー陣営の敵対者として、それを告げた意味は言うまでもなく、灰狼とライダーに退けと命じるに等しいものだった。
「………、灰狼よ、退くぞ」
「ハーン……」
「まだ、セイバーと相打つ時ではない。こやつらに加えてセイバーまでもなどと、さすがの余もそこまで夢を見てはおらぬ」
ライダーの騎馬が跳躍し、灰狼の横へと立つと、スブタイとジュベも撤退をし、控えていた二人の戦士も一斉に攻撃を止める。
アークはそこに追撃をしない。ここでライダー陣営と戦っているこの状況自体が鬼門なのだ。撤退をすることができるのならばそれに越したことはない。彼らを倒すにはあまりにも準備が足りないのだから。
「逃げるのか、星灰狼!!」
「ああ、アベルよ、お前を怖れることはなくともセイバーとは戦いたくない。君の勇気に呼応して、立ち上がってくれたセイバーのマスターに感謝することだ」
「俺はお前を逃がすなんて――――ごほっ!」
「レイジ、ダメ、これ以上はレイジの身体が持たないよ!」
いまだ、戦いを継続するという意志を向けるレイジだが、その口からは喀血し、意識も靄がかかったように揺らいでいく。ここまで繋いできた意識がいよいよもって、途切れかけているのだ。
「レイジ・オブ・ダスト、仇を討ちたいというのなら、王都ルプス・コローナまで来るといい。君たちが俺達の追撃を免れ、そこまで来ることが出来たのなら、その時は再び雌雄を決しようじゃないか」
そう告げるとともに手を振ってライダー陣営はオカルティクス・ベリタスから撤退していく。灰狼は気紛れ程度に視線を下に向けて、
「君も付いてくるか?」
あの最後までレイジに抗っていた人造七星の青年に声を掛け、彼も首を縦に降る。灰狼より魔力を与えられた彼は、身体を引き摺りながら、灰狼たちと共に帰路へとつく。
その姿をレイジは見ていることしかできない。ほんのわずかに肉薄することは出来た。けれども、まだあまりにも遠い。星灰狼を討つにはあまりにも乗り越えなければならない壁が多すぎる。
「……アヴェンジャーのマスターよ、我がマスターを託す。ゆめゆめ大事にすることだ」
告げて、セイバーもまたその姿を消す。マスターと共に行動をするつもりはなく、あくまでもターニャをレイジたちへと預けるような言葉と共に。
「終わった、の……?」
桜子の呟く言葉はあまりにも呆気なく幕切れしてしまった戦いへの素直な感想だったのかもしれない。オカルティクス・ベリタスにおける遭遇戦は……どちらの陣営にも大きな被害を出すことなく終わりを迎えた。
しかし、これが次なる戦いへの前哨戦でしかないことを誰もが理解しているのであった。