Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第6話「アゲハ蝶」④

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

「想像以上に派手に戦ったようだな、灰狼よ、お前の中では想定内であったか、それとも連中は想定を超える戦いをしたか?」

 

「大多数は想定内であったよ、我々七星を相手にするというのならば、あれくらいはやってもらわなければならないと思う程度には実力を発揮していたと思う。もっとも、何人かはその評価を改めなければならないと思う様子ではあったかな」

 

 戦いは終わった、レイジたちはセイバーの介入によって戦闘を中座させられ、既にオカルティクス・ベリタスから離れている。

 

 結果として、荒廃都市における戦いは灰狼がレイジたちを彼らの本拠地である王都へと進ませる結果となったが、特段それを気にしている素振りはない。あくまでも戦力を正しく評価するためにこの場での戦闘を選んだのだ。

 

 彼らが自分にとって、どれ程の脅威になりえるのか、そしてアベルであるレイジの完成度はどれ程であるのか、それを確かめるために戦いを挑んだに等しいのだ。

 

「むしろ、ギリギリで持ち直してくれて安心したよ。あまりにも不甲斐なさ過ぎて、ここで命を奪ってしまってもいいんじゃないかと思いかけたところだった」

 

「珍しいな、お前が自分の造りだした計画を破綻するのではないかと思うようなことをするとは……」

 

 オカルティクス・ベリタスを訪れたカシム・ナジェムは、己の本来のたった一人の同盟者に言葉を掛ける。

 

 星灰狼とカシム・ナジェム、七星の序列第一位と第二位、此度の聖杯戦争の裏で起こっている出来事の本筋の多くを理解している者たち、灰狼があれほど執着しているレイジを殺そうとしていたことに、カシムは僅かばかりの驚きを示す。

 

 基本的に他人に対して、ほとんど執着と言う感情を向けないカシムが少なからず、感情を向ける相手こそが灰狼なのだ。

 

「やはり、カインの因子がそのようにさせるのかもしれないな。あれは自分の唯一無二の兄弟であり、そして俺がこの手で処分しなければならない相手、無意識にそう考えているのかもしれない」

 

「カインとアベル、創世神話における兄弟、世界最初の殺人者、か……」

「七星の次代を始めるに当たっての名としてはこれ以上ないだろう。アベルを殺し、世界を制し、ハーンの掲げる千年王国を俺は築き上げるつもりだ」

 

「そうか。好きにしろ、我が身には関係のないことだ」

 

 既に灰狼の言葉に興味を無くしたのか、カシムの反応は実に呆気ないものだった。ふぅとため息を零すと、灰狼はそこらかしこで呻き声をあげている欠陥品の人造七星たちへと視線を向ける。

 

「彼らの処分は任せてもイイかな?」

「失敗作である以上、ほとんど魔力の糧としても役に立たないがいいか?」

 

「構わない。ハーンの部下たちへと供給する魔力はあればあるほどにいい。今後は単独で動いてもらうこともあるだろう。その時に十全の力を発揮することができないとなれば、こちらとしても申し訳が立たないからな」

 

 灰狼にとって四狗たちはかつての同僚たちであり、ハーン直属に仕えた自身では越えられない存在として刻まれた者たちである。世代を超えて共に戦うことができる喜びに存外、灰狼は期待をしているのではないかとも思える。

 

「連中はこのまま見逃すか?」

「いや、確か次の城砦都市には皇女たちが詰めあわせているだろう。そこで散華嬢と共に襲撃を仕掛けてほしい」

 

「彼女は手加減できないぞ」

 

「その時はその時だ、あの街を突破すれば、次は王都に至るための最終防衛ラインにまで辿り着く。もしも、そこにまで来ることが出来たのならば、我々も改めて相手をすることを考えようじゃないか」

 

 もしもカシムや散華が物足りないと思うのであれば、自分のことなど気にせずに殺してくれて構わない、灰狼は自信の同志に対してそう告げる。

 

カシムにとっては次の戦いで見える相手と戦うためだけにこの聖杯戦争に参加したにも等しいのだ。灰狼の策などで戦いを下手に制限させてしまえば、へそを曲げられてしまうかもしれない。

 

「君たちが連中と戦っている間にこちらは戦力を整える。少なくとも、あと四人はマスターが必要になってしまったからね」

「わざわざ揃えるのか。人造七星の魔力炉がある以上、お前が全てを統括した方が纏まりが良いようにも思えるが?」

 

「合理的に考えればそうだろうが、ハーンはおそらく彼らにも自由行動権利を与えるだろう。俺は別系統の命令を下すかもしれない。そうなった時に全て、俺を通すとなれば気持ちが良くないこともあるだろうということさ。何、当ては付けてある」

 

 チラリと灰狼が視線を向けた先にいたのは、先ほどまでレイジと戦闘を繰り広げ、歯牙にもかけられることなく倒れ伏す結果に陥った青年の姿である。

 

人造七星の欠陥品、まともに魔力を練ることもできず、戦力として数えることもできないからこそ、放逐されたが、灰狼は何を想ったのか、他の人造七星たちには目もくれずに彼だけを治療するようにカシムが連れてきたキャスターへと告げたのだ。

 

「まことに不思議なことをするものよな、このような小僧を使って何を企む? 他のマスター共の誰一人にすらもこのような小僧では及ばんだろう」

 

「ああ、理解しているよ、キャスター。しかし、こちらにもこちらの事情がある。これより先にレイジ・オブ・ダストと戦っていく中で、彼の存在は必要な存在となるだろう。君もこのままで終わらせるつもりはないだろう?」

 

「………ゆる、さない。あいつ、だけは……、ぜったい、に……」

「―――スブタイ将軍!」

 

「呼んだか、灰狼」

 

 灰狼の声に、先ほどまでアステロパイオスとディオスクロイ兄妹を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた戦士であるスブタイが姿を見せる。

 

先ほどまで文字通りの死闘を繰り広げていたというのに、本人の様子は至って平静。ずっと待機をしていたと思うほどの余裕さすらも出しており、先の戦闘が彼にとってはさして苦に成るものではなかったことを示していた。

 

「今後、将軍たちには単独行動を願う時が生まれるでしょう。総てに私が対応することはできません。故に貴方がたそれぞれにマスターを立てたい。将軍、貴方には彼を」

 

 そこでマスターにすると口にしたのは驚くべきことに欠陥品扱いされていた彼である。スブタイもその言葉の深い回さを理解したのか眉をひそめる。

 

「それは逆に己に、あれの子守りをしろと言っているようにも聞こえるが?」

 

「ええ、聡明な将軍に隠し事は出来ません。魔力は十二分に流すことを保証いたします。その上で、彼の面倒を見ていただきたい。他の四狗たちに任せられることではありません。偉大なるハーンの右腕にして、絶対的強者である将軍にであればと思う次第です」

 

「―――世辞はいい。ハーンより灰狼の末裔よ、貴様の命令を聞くようにと仰せつかっている。それが貴様の命令であるのならば従おう。だが……、最後まで面倒を見切ることができるのかどうかは己ではなく、そやつ次第だ。役に立たねば置いていく。肝に命じさせておくがいい」

 

「御意に、感謝いたします、スブタイ将軍」

 

 戦場では悪鬼の如き戦いようを見せるスブタイではあるが、寛容さを欠片も持ち合わせていないわけではない。あくまでも敵には容赦はしないが、味方であると認めたモノには一定以上の敬意を持って接する。

 

「灰狼の末裔よ、ゆめゆめ忘れるな。己の夢に溺れ、ハーンの足を引きずるようなことの無きように」

 

 最後に灰狼へとくぎを刺すようにして、スブタイは再び霊体へと戻った。最後に掛けられた言葉に思わず灰狼はため息を零す。なるほど、見透かされているものかと……。

 

「ところで、彼女の調子はどうだった?」

 

「ああ――――――、順調だよ、アベルとの同調も問題なく進んでいる。今しばらくは彼に預けておこうではないか。そうすることが、我々の計画を最も早く進展させることになるだろう」

 

 目論んだ二人にしかわからない言葉を口にする灰狼とカシム、聖杯戦争とは全く関係ない領域にて企むそれは、着実に彼の望むように動き続けているのであった。

 

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』周辺――

「んで、連れて来たんはええけど、実際どうするつもりや、この娘は七星側のマスターなんやろ?」

 

「どうもこうもない。ターニャはアイツらの所にいるべきじゃない。アイツらはターニャの魔眼を利用したいだけだ、あそこにいたら間違いなく不幸になる」

 

「子犬拾ってきたみたいな口調で言うなや、気持ちはわからんでもないけど、実際にセイバーのマスターであることに変わりはないやろ……」

 

 オカルティクス・ベリタスからの撤退、あの場における最善を尽くして、都市からの撤退を果たし、追撃の手がないことを確認したレイジたちは改めて現状の分析を行う。

 

 オカルティクス・ベリタスで出会った相手、星灰狼とライダー陣営。間違いなく別格の相手だった。ライダーとマスターだけであれば数の優位を持ち出して倒すことが可能であったかもしれないが、あの召喚されたサーヴァントに匹敵する武将たちを同時に相手にすることは無策のままではあまりにも厳しい。

 

 よっての撤退、そこまでは良かった。問題は、その撤退をすることに貢献してくれたとはいえ、ターニャ・ズヴィズダーと言う厄ネタになりかねない存在を一緒に連れてきてしまったことに対して、どのように対処をするべきなのかと言うことであった。

 

「えっと、ターニャちゃんだよね。さっきはレイジ君を助けてくれてありがとう。私は遠坂桜子、一応、七星の一族には当たるんだけど、レイジ君と一緒に戦っているの」

「七星の……」

 

「そいつは大丈夫だ、連中とは敵対しているし、俺の復讐の邪魔をしてくる様子もない。少なくとも、騙すつもりならこれまでに幾らでも手段はあったはずだ」

 

 七星の名前を聞いて怯えるターニャに対して、レイジが桜子の擁護を口にする。初めて出会った時には、警戒心を剥き出しにしていたレイジだったが、共に行動をしている愛に心境の変化が生まれていた様子だった。

 

「レイジがそういうのなら……」

「うん、ありがとう。それで、ターニャちゃんの右目、さっきの戦いで使っていたのは……」

 

「『星脈眼』、そういや神祇省で資料を漁っておる時に見たかもしれんな。七星の一族にごくまれに発症しえる魔眼、宝石級の力を持つ魔眼で、それを使いこなす奴は無双の力を得ることすらも夢じゃないとかなんとか……」

「知ってるの、朔ちゃん!?マジ、いきなり語り始めたけど!?」

 

「七星の血ってのは遺伝子や魔術回路に自分の経験や記憶を上乗せしていく。それが何代、何十代と重ねていく中で、その魔力が蓄積していき、一点特化のようにその膨大な知識量を蓄えた眼が発現するらしい。

『星脈眼』、相手に最善の行動をさせることを阻害させる眼、戦闘領域そのものを支配し、自分に有利な状況を生み出すための眼、その魔眼の力は間違いなく聖杯戦争の中で有用に働く、ま、連中がその娘を自分の手元に置いておきたかった理由もわからんでもないな」

 

「ターニャをものみたいに扱うな」

「おま、ほんまに面倒くさいわな、何にでも噛みつく思春期のクソガキか、ああ、いや、クソガキやったな」

 

「お前もガキだろ」

「んだとぉぉ、おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 両腕をブンブンと振り回してレイジへと殴りかからんとするのを後ろから桜子に羽交い絞めにされてなんとか収めさせられる。

 

 ターニャの重要性は理解できたが、やはり腑に落ちない点があることも間違いないことだった。

 

「彼女が七星のマスターとして重宝される理由は分かった。だが、少し違和感を覚える点もある。それほどの有用性がある彼女を、何故、あっさりと我々に引き渡した?」

 

「確かにね、さっきまでの戦い、別にあっちは戦闘を継続させる気になればさせることだって出来た。戦場そのものを支配してしまうようなものをもっているのなら、こっちに奪われるなんてもっとの外。もっと必死に抵抗してきたっておかしくなかったと思うけれど」

「それは、儂があの場に介入したからであろう」

 

 霊体を解除し、その姿がレイジたちの前へと現れる、サーヴァント:セイバー、黄金色に輝く鎧と兜を纏った壮年の男性、その体躯は2メートルを優に超え、立っているだけでもその威容を感じさせるほどであった。

 

「セイバー……」

「あんたが、セイバー……、あの黄金の光の主か……」

 

 ルシアは姿を見せたセイバーに対して敵意の視線を向ける。彼女にとってはセイバーは自分のサーヴァントの仇と呼んでもいい存在である。

 

 ただ、セイバーがいなければバーサーカーが敗北することはなかったとは限らない。七星側のサーヴァントたちの性能を知れば知るほどに、あの場でバーサーカーの力に頼り切り、安易に戦場へと飛びこませた自分の浅慮差を恥じる想いでもあるからだ。

 

 セイバーもこの中でただ1人敵意を向けるルシアに何を憎まれているのか察しがついた様子だった。

 

「女よ、そなたがあの邪竜のマスターか……」

 

「生憎なことにね、さっきは助けられた。あんたがいてくれなかったら、もっとひどい状況になっていたかもしれないって想いは私も持っている。だけど、感謝をするつもりはないかな。なんとか、貸し借りなしってところ?」

 

「貸し借り無しと口にするのであれば、こちらから言うことはない。恨まれて然るべきことをしたという自覚自体はある。最も聖杯戦争での出来事だ。逆の立場であれば同じようなことをしたのは火を見るよりも明らかであろう」

 

「まぁ、ね。私だって、あの場でアンタたちを倒すためにバーサーカーの宝具を解放したわけだし」

 

 だからこそ、単純な憎悪だけで物事を語りきることはできないのだとルシアも十分に分かっている。強い方が勝つ、結局はそれだけのことであり、セイバーとバーサーカーの戦いはセイバーに軍配が上がった。結局はそれで終わってしまうだけの話しなのだ。

 

「それで、お前の目的はなんだ、セイバー。お前は七星側のサーヴァントだろう。どうして、ターニャを逃がすようなことをした?」

「不服であったか?」

 

「そうじゃない、感謝してもいいと思っている。だからこそ、理解が出来ない。お前は何がしたい。聖杯戦争に勝つだけならば、奴らの味方をしている方がはるかに楽だろう。お前の立場からターニャをこちら側に明け渡す理由が全く見えてこない」

 

 むしろ、あの場でセイバーがライダーに手を貸すような事態になっていたとすれば、レイジたちが状況を切り抜けるための手段は一切喪われていたかもしれない。

 

 それほどまでにギリギリの状況であった。セイバーの判断1つで首の皮が繋がったといってもいいだろう。だからこそ、不可解であるという言葉は至極真っ当な判断だ。

 

 問われ、セイバーはふむと、口元の髭を動かしながら、

 

「いずれ、ライダーとは決着を付けなければならない。あれは我らの故郷を蹂躙した者であり、同時に世界を壊す悪そのものだ。善神の加護を信じる者として滅ぼさなければならない。であれば、いつまでも味方をしていることも潮時と言うことだ」

 

「なら、うちらの味方になってくれるんか?」

 

「いいや、儂の目的はあくまでも聖杯戦争の勝利だ。お前たちにも連中にも迎合するつもりはない。最終的に勝利できればそれでいいのだからな。ただ、我がマスターは貴様たちの下にいることを望むだろう」

 

 ターニャとセイバーには他の陣営ほどの意思疎通が叶っていないのではないかと思えるような空気を放っていた。実際の所、ターニャもセイバーに対してはあからさまな警戒心を発露しているし、セイバーもターニャを気遣っている様子はほとんど見えない。

 

 あくまでも契約しているパートナー、その程度でしか互いを見ることが出来ずにいる。そんな風にも思える様子だった。

 

「よって、聖杯戦争の大勢が決するまで、我らは互いに相互不可侵を結びたい。貴様たちか、あるいは侵略王か、そのどちらかに軍配が決するまで、儂はお前たちに対する戦闘行為を行わないことを誓おう」

 

「それをわざわざ今の状態で信じろって言うの? 虫が良すぎない?」

「ターニャを預ける、それでどうだ?」

 

「自分のマスターを預けるってのは随分と大きく出て来たね」

「そちらを信頼しての提案だ。お前たちはターニャに、我がマスターに手を出すことはないだろうとの核心を覚えている。そうではないか?」

 

「当たり前だ、もしも、そんな奴がいるとすれば、俺がこの手で殺してやる」

 

 セイバーはニヤリと笑みを浮かべる。レイジのその言葉が聞きたかった。まるでそのような反応を浮かべたのだ。

 

「それでいい、いずれ、お前たちと雌雄を決するその時に、我がマスターを連れ戻しに来よう。その時には全力を以て相手をしてくれ、七星に挑む者たちよ」

 

 いずれ、自分たちは必ずぶつかり合う時が来る。しかし、その時まではあえて戦うつもりはないという言葉を最後まで貫き通してセイバーは再びその姿を霊体へと変えていく。この場で、争えばもしかしたらセイバーを倒しきることが出来たかもしれない。

 

 しかし、逆にこちらが返り討ちに合う可能性すらもある。ましてや、先ほど命からがらの状況を助けてくれた相手に刃を伸ばすことができるほどの恩知らずはここにはいなかった。

 

「レイジ……、その、私、ここにいても、いいのかな?」

「ターニャ……」

 

「私の存在は何処にいたとしても誰かに迷惑を掛けざるをえない。きっと、レイジたちと一緒に居たら、レイジたちの力になるよりも、レイジたちに迷惑を掛けることになると思う。それでも――――」

 

「それでも、なんて聞くまでもない。俺はずっとターニャと再会して、ターニャと一緒にこの先の世界に花を咲かせることだけを望んできたんだ。それ以上の事なんてない。だから、ターニャは此処にいていいんだ。いてくれなきゃ俺が困る」

 

「……レイジ」

 

 この時に、ターニャは再会してから初めて笑みを浮かべたのかもしれない。安心しきったように、ようやく自分の羽を休める場所を見つけることが出来たように、ずっと心のどこかで彼が助けに来てくれるかもしれない可能性を今日まで捨てずに待ち続けていた意味は確かにあった。それを理解したからこそ、自然と涙が零れてきてしまう。

 

「あれ、おかしいな……ここは笑った方がいいはずなのに、どうしてかな、涙が……うぅ、レイジ……レイジィィィ!!」

 

 ここまでずっと一人の孤独に耐え続けてきた反動が来たのか、ターニャは突然泣き始め、レイジの胸元へとその身を寄せる。そこで泣きわめく少女は星脈眼などという特殊な力に運命を惑わされた少女ではなく、年相応の1人の少女にしか見えなかった。

 

「さて、どうする? お姫様、あんな姿を見せられると、私としたって、セイバーのマスターだから、連れていくのは危険だってのは言い難いなってところなんだけどさ」

 

「ふん、今更過ぎること聞くんやないわ。あのガキを連れ歩いておる最中はセイバーとの戦いを避けることができる。クソガキが戦うのに十分な理由を確保したうえで、七星側のサーヴァントを1人考慮に入れなくていいんや。連れていく理由なんてそれだけでも十分すぎるやろ。精々連れまわしてこき使ってやればええんや」

 

「朔ちゃん、それは聞こえちゃうよ?」

「構わへん、構わへん、うちらこそが恩人、ぬがぁぁ」

 

「ターニャを巻き込むな。次に不穏なことを言ったら、叩き潰すぞ」

「おらぁぁ、クソガキ!! 一回、お前には上下関係ってもんを教えてやらなあかんみたいやな!!」

 

 小石を額に当てられた朔姫の怒りの声が周囲に響き渡っていく。しかし、難所を切り抜け、王都へと近づいたこともまた事実なのだ。ここまで来た以上は次へと進んでいくしかない。

 

「次の目的地、必ず通る場所は『グロリアス・カストルム』、ここは間違いなく住民が住んでおる、連中もそうそうデカいことはできへんやろ」

「そうなってくれるといいな~」

 

 などとこれより先の事へと既に思考を切り替えていることは悪くない。生き抜いていくにはそうした力も必要であることは言うまでもないのだから。

 

「アーク・ザ・フルドライブ、あの宝具は何だ?」

 

 その喧噪の最中でカストロはアークへと問いを投げる。

 

「ネフィリムは巨人だ、我らが神ではない。であるというのに、貴様は真体を展開して見せた。あれはどういう仕掛けだ、そして貴様は誰だ……?」

 

 信用ならないものを信用するつもりはない。カストロのアークに対する反応は決して間違ったモノではない。自分たちの敬愛する神の名前を勝手に使われた、それだけでも神話を生きる時代の存在である彼らは怒り狂う所だが、なんとか平生を保っている。

 

「真名は今は言えないな、来たるべき時が来たら明かすつもりだ。それにしたって、そう遠くないだろうしな」

 

 最もそれが聖杯戦争が終わるまでにリミットが来るのかと聞かれればそうでもない。明かすべき時までにアークやカストロが無事であるとも限らない。だから、その言葉には実際のところ明かせないという意味合いが強いのだ。カストロはアークの言葉に気に入らないという様子を浮かべるが、

 

「だが、信じては貰いたい。この場での俺は紛れもなくアンタたちの味方だ。敵対する理由もない。俺は今回の戦いで改めてレイジの戦いに最後まで付き合うことを決めた。あいつが七星と戦い続ける限り、今の状況が崩れることはねぇよ。信じてもらいたい、今はそれしか言えないな」

 

「信用は出来ん、だが、そもそも、俺は人間など最初から信用はしていない。お前が下手なことをしないかどうか、継続して監視されていることを自覚しておけ」

 

「ああ、そうしてくれ。下手なことをしようものなら、そうして止めてくれるような奴がいれば安心できる。思っているよりも面倒見がいいじゃねぇか兄神さまよぉ」

「単純に貴様を信用することができないというだけだ、他の意味などない」

 

 そうかい、そうかいと笑って受け流すアーク。真体を己の宝具として使用したこと、何故、そのようなことができたのか、アーク自身には大きな謎が多く付き纏っている。だが、同時にアークが信頼できる仲間であることも間違いないのだ。

 

 結局のところは、彼が語る時を待つしかない。強大な七星との戦いがこの先も待ち構えている以上、互いに互いを信頼しながら戦っていかなければ立ち行かないのは目に見えているのだから。

 

(ライダーの配下の槍使い、スブタイ、といいましたか。凄まじい技量だった、セレニウム・シルバで出会ったランサーと言い、つくづく、この聖杯戦争で出会う槍遣いは猛者ぞろいですね)

 

 アステロパイオスは、神話の世界に生きていたわけでもなく、自分たちと同じように圧倒的な力を誇っていたスブタイの脅威を改めて認識する。恐るべき相手だった、正規に召喚されたサーヴァントにも引けを取らないほどに。アークが先に宝具を抜いていなければ、自分の対軍宝具を使ってでも、状況をリセットする他なかった。

 

 ライダー:チンギス・ハーン、そしてその配下の兵士たち、彼らを一度に相手にしたとしても恐らく太刀打ちすることはできない。

 

 ライダーは間違いなく今回の戦いが全力であるわけではなかった。持ち得る戦力の内、自分たちの精鋭だけを持ち出して、質でこちらを圧倒しようとしていたであろうことは間違いない。大帝国を築いた騎馬民族の王、紛れもなく彼には本来の対軍宝具が備わっていることだろう。

 

(少しずつでもライダー陣営の戦力を削っていくしかない。彼らがレイジに執着をしているのならば、再び戦うこともあるでしょう。今回は初めてその様子を見せられて困惑しましたが、次は必ず……)

 

 自信に肉薄する実力を持っていたスブタイ、そしてリゼのランサー、共に強敵である。

 しかしアステロパイオスとてギリシア世界にて強者として戦っていたことは事実であると自負している。

 

(何よりも私はギリシア最強の英霊と戦う誉れを与えられた者、簡単に負けてしまうのでは、彼に、アキレウスに申し訳が立たない。槍使いたちの戦いは必ず私が制して見せます……)

 

 その決意を心の中で新たにする。再戦はそう遠くないうちに来ることだろう。

 

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 セプテムの中核都市、グロリアス・カストルム、その街は一言で言えばお祭り騒ぎのような様子を見せていた。その理由はこの街に皇女であるリーゼリット・N・エトワールが訪れたからである。

 

 リーゼリット皇女を虐殺皇女であるなどと声をあげる者もいるが、多くの国民は真摯に民たちに向き合い、長年の懸念であったスラム問題の平生にも尽力した彼女を称賛している。王都で行われている政治劇など多くの国民には関係がない。

 

 単純に言えば加冠の儀を間近に控えた見目麗しい皇女が、自分たちの都市に来てくれた。それだけで人々にとっては十分に嬉しいのだ。セレニウム・シルバより王都へと戻る途上での出来事であるとはいえ、この中核都市に足を運んだのは単純に休息をとるためというばかりではない。

 

「うああああああああ、何だよ、ありえねぇ、信じられねぇ、どういうことだよ、皇女様。なんで、なんで、ヴィンセントの兄貴が殺されなくちゃいけねぇんだよ!!」

 

 だが、そんな街中のお祭り騒ぎと反するように、リーゼリットやヨハンが休息をとる領主の館にて涙流す男がいた。

 

 金髪の髪の毛を無造作に垂れ流しただけの決して小ぎれいであるとは言えない男、しかし、その身に纏っている装飾品は黄金色に光り、その装飾と中身がちぐはぐなイメージを抱かせる。

 

 彼の名はルチアーノ・N・ステッラ、セレニウム・シルバにてレイジに討たれたヴィンセントの義理の弟にあたる人物であった。

 

「くそ、どうしてだよ、兄貴ィィ!! ああ、わかってるよ、兄貴がとんでもない悪党だったことなんて、これまでに多くの連中に涙を流させたことなんてわかってんだよ!!

 けどよぉ、けど、こんなのはないだろ、俺らの見てない場所で勝手に死んでるんじゃねぇよ、ツラも見れねぇままに、賊に八つ裂きにされたかもしれねぇ、そんなのってないじゃねぇかよ……!」

 

 おめおめとルチアーノはステッラファミリーの狂犬と恐れられる様子などみじんも感じさせない、子供のように必死に泣きじゃくる。理屈の上では因果応報が過ぎたかもしれないとわかっていても、折り合いをつけることができないのが人間だ。

 

 リゼもヴィンセントが決して認められた人間でないことはわかっていても、彼に華を添えることを躊躇しなかった。人間の感情は合理的な話だけではない。わかっていたって涙を流す、彼がここに来た理由も当然に分かっている。

 

「リーゼリット皇女、頼む、俺に兄貴の敵を討たせてくれ!!仕方がないなんて言葉で片付けられねぇ。俺の気が収まらねぇんだ!!」

 

「ルチアーノ、気持ちはわかりますが、相手は我々と同じくサーヴァントを持っています。人間だけで向かったとしてもおそらくは……」

 

「知るかよ、そんなこと!! 言ってるだろ、理屈じゃないんだよ!俺の命なんてなくなったとしても、敵を討たなきゃいけないんだよ!!家族だったんだ!大切だったんだよ!!」

 

「そこまでにしておけ、感傷任せにとびかかりでもしたら、こっちだって対処しなくちゃいけなくなる」

 

 感極まったルチアーノがリゼに危害を加えないようにヨハンがあえて牽制の言葉を口にし、ルチアーノはブルブルと震えだす。

 

(私はこんなときにどんな判断をすればいいんだろう、仕方ないものと割り切ろうとしていた。でも、私だって悔しい気持ちはある。でも、もしも、オジ様が昔の因縁によって命を奪われたのだとしたら、復讐はさらなる憎しみの連鎖を生むだけなんじゃないだろうか)

 

 そう思わずにはいられない面があるのは確かだ。聖杯戦争の中で起こった犠牲、ヴィンセントの死を悪であると断じれば、リゼもまたタズミを討ったこと、あるいはあのスラムで多くの人間を殺めたこと、そのすべてに報いを受けることを認めなければならない。

 

『―――大丈夫、きっと全部うまくいく』

 

 脳裏によぎるのはあのスラムでの記憶、それを思い出すこと自体が自分の心が弱まっているのではないかと思ってしまうが、

 

「いいではないですか、復讐は認められるべきです。所詮、私たち人間は殺し、殺されの世界にいるのですから」

 

 部屋の扉が開き、新たな声が響く。その主、七星散華の言葉にリゼの眼が揺れる。

 

「散華さん……」

 

「命の奪い合いは七星の領分、それが必要であれば、刃を向けることを厭わない。理性で抑えようとしたところで、私たちの殺人衝動を抑えることなんてできるはずがないんです。だから、皇女殿下、彼らはここを訪れる。その時には、ぜひとも、彼とともに私たちにも襲撃の許可を」

 

「この街で一戦交えるつもりですか……」

「だって、セプテム全土が戦場でしょう?それとも貴女はセレニウム・シルバは許してここは許さないと。そのような反応をするのですか?」

 

 引き金はすでにひかれている。ならば最後まで覚悟を決めるべきだろうと散華はリゼへと問う。リゼはそれに目を伏せて……。

 

「ヴィンセントおじさまの敵については理解しました。ですが、他の参加者に対しては一度、私に預けてはもらえませんか?」

 

「預けて何かあれば?」

「その時は、ええ、聖杯戦争をするときでしょう」

 

 散華は笑みを深める。次なる戦いの火種は既に燻り始めていた。

 

第6話「アゲハ蝶」――――了

 

次回予告

「ますたぁは、フラウの手を握ってくれたのよ? なら、ますたぁは笑ってくれていないと悲しいわ。フラウはますたぁと踊りたいのですもの」

 

「離せ、ターニャ。リーゼリット・N・エトワールは七星だ、七星は総て殺す。奴がこの街にいるのならば……」

 

「拒否権はあらんよ~~、何せ、リーダーであるウチ直々の命令やからな~、お前らはこの街の中ぶらぶら歩いてショッピングデートでもしたれ。青臭いクソガキどもにはお似合いやろ!」

 

『しかして、それこそが君の旅の目的かね?君は何をするためにここまで来たのだ、初志を忘れてはならない』

 

「見つけてほしいとでも言わんばかりの態度、さすがに感心しませんね。タズミ卿たち側のマスターたちが揃いも揃って何の用ですか?」

 

「最初から俺達が戦うことなんて決まりきっていたことだろう。七星は総て殺す。それが誰であろうと、だ!!」

 

「初めまして、だな。ロイ・エーデルフェルト。お前とこうして顔を合わせることができる日を、待ち続けたぞ」

 

「七星桜子、ロイ・エーデルフェルト、君たちは我らが神の客人だ。我らが絶対たる善神の降臨をその眼で見届けなければならぬ。それこそが君たちに与えられた配役なのだから」

 

「行きましょう、ヨハン君。私と君で、この状況を打開するのよ!」

 

第7話「ハルジオン」

 




次回は、一週間お休みいただきます。リアルの都合次第ではもう一週間も休むかも……(執筆自体は進めているのでご安心ください)

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