Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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1年半も放置してしまい申し訳ありませんでした、今回から連載再開させていただきます!


第7話「ハルジオン」①

 ――夢を見ていた。その光景は漆黒の闇、何もかもが移ろいの中に消えていくのではないかと思えるほどの闇の中でほんの薄い光が瞬きのように光っている。

 

 その光に映っているものが何であるのかはもはや分からない。ぼやけた光景のように、靄がかかったそこには、いつかの日に置き去りにしてしまった何かがあるようにも思えたのだ。

 

 手を伸ばす、その光が消えないようにと願うようにして。でも、届かない。その光はもはや届くはずのない場所にまで向かってしまったかのように、伸ばせども、伸ばせども、そこに辿り着くことができない。

 

「…………」

 

 けれど、それは当たり前のことなのだ、ぼやけた靄の先に何があるのかを本当は知っている。あそこにあるのは自分が置き去りにしてきた過去なのだ。本当に幸福だった時間、今の自分を形成するために、すべて脱ぎ捨ててきた余分な記憶と感情、それらが自分の中に生じた後悔であるように残り続けている。

 

 だから、いつになっても忘れることができない、心の奥底に隠し通したはずなのに、ヘドロのようにぬめりとしたままこびり付いている。

 

 自分にとって正しかったことは何であるのだろうか、自分が本当に辿るべきだった道程とは果たして何であるのか……、ただの人間としての人生を送っているだけの自分にそんなものが分かるわけもない。もしかしたら、命を落とすその瞬間にようやく分かるのかもしれない。

 

 人間とは、その終わりに自分の生きた意味を理解する生き物であると、かつての靄がかった記憶の中で誰かに言われたような気もする。その時に自分の生きた意味をしっかりと見出すことができるように、人は日々の時間を懸命に生きていくのだと。

 

 では、自分はどうなのだろうか? 日々を懸命に生きていると言えるのだろうか。かつての幸福な時間に蓋をして、今の自分を肯定して、これこそが己であると定義する今の在り方を幸福であると言えるのだろうか。

 

 わからない、やはりそんなものは只の人間に理解できるはずもない。だって、今が正しいのか、間違っているのかもわからないのだから。

 

 多くの人は今の自分を正しいと言ってくれている、今のお前こそが使命を果たす素晴らしき存在であるのだと、今を繋ぎ、次代へと繋げる。それだけが七星と言う家に生まれたお前の役割であるのだと、宗家の人々は語っていく。

 

 何度も何度も命を殺めていく中で、お前は間違っていると聞かされた。そんな生き方は歪だと、そんな生き方で本当に幸福になることができるのかと彼らは口々に私を非難してきた。

 

 そうかもしれない、人倫に照らし合わせれば殺人稼業なんて許されるようなことじゃない。もしも、違う人生を生きていればそう思ったかもしれない。

 

 けれど、そうした人たちは須らく、私にどうすればいいのかを教えてなんてくれないのだ。じゃあ、幸福になるためにはどうすればいいのか、貴方は手を差し伸べてくれるのか?そんな人は誰もいない。自分でどうすればいいのかをまず考えるべきだなんて的外れなことを告げる人もいる。

 

 おかしな人だなと思う。自分にとって最も良いと思ったからこそ、今の人生を生きているのに、どうしてなんて考えるはずもないのに……首を飛ばした後も最後まで信じられないような顔をしていた。きっと、一生理解し合うことはできないだろう。

 

 間違っていると言われても、明確な答えが出ないのであれば、今の自分を継続していくしかない。結局はそれだけが自分に出来ることなのだから。

 

 夢が終わる、光は明滅していき、漆黒の闇だけが私の中へと残っていく。この在り方こそがお前の真実であると告げるように。この在り方からお前が逃げることなど絶対に出来ないようにと、身体の中に眠っている七星の血にそう言われているようだった。

 

「………ああ、おはようございます、フラウ」

「ますたぁ、起きた? とても、辛そうだったよ?」

 

「大丈夫ですよ、いつものことです、ええ、魘されているなんて、当たり前すぎて言われなければ忘れてしまうほどですから」

 

 七星散華が見る夢はすべからく漆黒の闇か悪夢か、眠るという行為はただ単純に体を休めるだけの行為に過ぎず、その中で見るものになど一々意味を見出していても仕方がない。

 

 かつての祖先の夢なのか、かつての昔に自分が置き去りにしてきた残照なのかすらも今となっては怪しい。きっと、自分はこれから先にもその答えを見つけることなど出来ないのだろうと、諦めて、それを探す事すらも忘れてしまっている。

 

「ますたぁは、フラウの手を握ってくれたのよ? なら、ますたぁは笑ってくれていないと悲しいわ。フラウはますたぁと踊りたいのですもの」

 

「ふふ、ええ、勿論ですよ、貴女がどんな存在であろうとも、私と貴女は一心同体、共に聖杯戦争に勝利をすることを誓い合ったではないですか」

 

 勿論、それはアサシンに対して告げる詭弁の類であることを散華は知っている。七星宗家より此度の聖杯戦争の勝利者は星灰狼であれとの命令を受けている。

 

 七星散華の想いがどうであろうとも、七星宗家の命令は絶対、殺人稼業の暗殺者に自分の心などいらない。与えられた命令を実行し、与えられた命令通りに人を殺していればいい。その他の想いなどもはや無用の長物であるのだから。

 

 けれど、召喚した彼女は純粋な少女だった。生まれた時から自分の運命を決めつけられ、どうしてそのようになってしまったのかもわからない。彼女はかくあるべしという願いの下に生み出されたのだからそれ以外の理由を知らず、彼女の願い以外の求める未来を知らない。

 

 ある意味でそれは生まれた瞬間から、七星宗家の運命を受け入れることを求められた自分と似通っている様に散華には思えたのだ。だからこそ優しい嘘を今でも口にしてしまっている。

 

「大丈夫ですよ、きっと、私達は幸福を掴みとることが出来ます。貴女はきっと誰とでも踊れるような立派な淑女になれるはずですから」

 

 アサシンと触れている掌が腐食している。魔力を常に注ぎ込み続け、治癒魔術を使い続けなければ、触れていることすらできないほどの毒の腕、触れるだけで彼女は相手を死に至らしめてしまう。そんな彼女が手を触れて誰とでもダンスを踊りたいと願うのは存在の矛盾と言われてしまっても仕方がないことだろうと散華も思う。

 

 七星散華は何も白痴の女性ではない。一般的な物事の在り方を理解しているからこそ、自分のパートナーが異常であることを理解し、もはや自傷行為にも等しいこのようなコミュニケーションでしか彼女と手を触れあえないことを知っている。

 

 しかし、それでも触れることを拒まないのだ。もとよりこの手は血塗られた腕、どれだけ汚くなろうとも、どれだけ腐って行こうとも、元の綺麗な腕に戻ることはできないのだから……。

 

「そう、私達は共にこの手を血に穢している。だからこそ、こうして触れあうことができる。貴女の気持ちを知ることができる。行きましょう、フラウ。私達の願いの為に、幸福を享受している者たちとの戦いへと」

「ええ、ますたぁ……」

 

 うっとりとした表情を浮かべてアサシンはコクリと頷く。歪みきった関係性ではあっても彼女たちは互いをとても大切に思っている。この想いの共有があればこそ、自分たちは扇情で舞い踊ることができるのだと心から信じているのだ。

 

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 グロリアス・カストルム――セプテムにおける第二の発展都市であるその地は、王国の中で国境からも離れ、王都ルプス・コローナからも比較的近い位置にあることから、城砦都市として発展を続けてきた。

 

 元々、この都市が作られた目的は王都守護のための前線基地としての役割を求められてのことであったが、国境線がセレニウム・シルバにまで伸びたことによって、かつての目的は徐々に失われていき、城砦としての機能と内部での長い日数を過ごすために強固に作られた都市機能によって、瞬く間に王都に次ぐ第二の都市となったのだ。

 

 それを象徴するように、街の中にある商業エリアには多くの店で大行列が生まれており、道には絶え間なく人が行きかっている。この直前に訪れたオカルティクス・ベリタスとは真逆の様子にレイジたち一行は思わず言葉を奪われてしまった。

 

「セプテムに来てからずっと、ほとんど人がいないところばかりを通ってたからかもしれないけれど、びっくりしちゃった。まるで東京みたいだな……」

「うちがおるんやから、そこは京都言えや!」

 

 バチンと桜子の背中を叩きながら、朔姫自身もこの人だかりの多さには驚きを覚えていた。確かに此処が王都に比べて第二の都市であることは事前に知っていた。タズミの下へと招集する時には既に、セプテムという国の大まかな地理は把握していたし、おそらくセプテム全土が戦場になるのであれば、この街に訪れることは間違いないと思っていたからだ。

 

 しかし、ここは商業都市であるというわけではない。王都に比べれば、この城砦都市は居住区域としての側面が大きく、大規模な市場はどちらかといえば王都にこそ存在している。それは、何もセプテムだけの珍しい話ではない。

 

 第二の城砦都市を与えられた場所が急速な発展をすれば、王都を超すほどの成長を遂げる可能性が生まれる。王都以上に発展した街が何をするのか、言うまでもない、反乱である。自分たちこそが国を動かす存在であるなどと考えて、内乱を引き起こされれば二つの都市のどちらもが火の海になりかねない。

 

 だからこそ、この城砦都市はあくまでも人々が多くいるだけの都市なのだ。人が多くいるからこそ、商業は発展しているが、人口以上の膨れ上がりを見せることはない。

 

 そんな街なのである、日ごろから、ある一定の数以上の人々の広がりを求めることなど出来ないのではないかと朔姫は思う。

 

 しかしながらこの数は異常だ。日本における夏祭りのように人々が無数にいる、これほどの人間が日ごろから往来に飛び出しているのならば、この街こそが王都と呼ばれていてもおかしくないだろう。

 

「ねぇ、おじさん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」

「何だ、お前さんは?」

 

「旅人よ、このままルプス・コローナにまで向かおうと思っていて、その道すがらに此処に立ち寄ったの。そういう人って多いでしょ、この街は」

「何だ、王都への旅人か、ああ、お前のような連中は決して珍しくない。此処にいる奴らもそのうちに同じように出発していくだろう。だが、一団で向かうのなら今はお勧めしないぜ」

 

 ルシアが往来で座り込みながら酒を飲んでいる中年の男性に話しかけると、男性は獣欲に塗れた視線でルシアを見ながら言葉をかけている。あわよくばなどと考えているのかもしれないが、万が一のことがあっても、色で相手の感情が分かるルシアが後れを取るはずもなく、一行はルシアに情報収集を任せることにした。

 

「どうして、今はお勧めしないのかしら?」

 

「おいおい、旅の者だからって、この街の中の状況をわかっていないのか? そんなもの、この国に今、リーゼリット皇女がいらっしゃっているからに決まっているじゃないか。あと数時間でリーゼリット皇女が凱旋されるのだ。此処の街の連中は一目それを見ようとお祭り騒ぎって訳だ!」

 

「――――リーゼリット皇女が……!」

「―――――ッ」

「レイジ!」

 

 すぐさま、足を動かそうとしたレイジの腕をターニャが掴む。その足を進めようとしたレイジが何をしようとしているのかを、察知したからだろう。

 

「離せ、ターニャ。リーゼリット・N・エトワールは七星だ、七星は総て殺す。奴がこの街にいるのならば……」

「ダメだよ、何も策無しに飛びこんだら、レイジが捕まっちゃうだけだよ!」

 

『確かにな、皇女などと言う立場の人間だ、護衛とておろう。チンチクリン1人で飛び込んだところでたかが知れているわな』

『僕たちと皇女様、民衆がどちらを支持するのかなんて結果を聞かなくても理解できる。そんなところに自分から飛び込むのは流石にね……』

 

 アヴェンジャーの中にいるハンニバルと青年もレイジの突発的な行動には否定的な見解を強めた。これより凱旋が行われる中で襲撃でも仕掛けようものなら、この国総てを敵に回すことになる。

 

 聖杯戦争における戦いから皇女暗殺未遂犯へと動きがシフトしてしまえば、桜子たちも纏めて、セプテム国軍から追われることは間違いない。

 

 それは決して良くない、リゼと戦闘を繰り広げることになったとしても、それは、聖杯戦争の範疇の中での戦いという形式を保たなければ、強大な国家という単位を相手にこの少ない人数で戦争を引き起こさなければならない。

 

 勝てるはずもないのは誰にとっても明らかだ。

 

「七星がこの街の中にいる。それを見逃すなんて馬鹿げている。連中の1人でも戦力を削らなければライダーとの再戦で勝つことだって難しくなる、だから、今は―――!」

「落ち着け、アホ。誰も、見逃すなんていうておらんやろ。ただ、お前の直情的なやり方じゃどうにもならへんいうておるんや。頭冷やせや」

 

 コツンとレイジの頭が朔姫のチョップで叩かれ、レイジは朔姫を睨みつける。しばし睨みあっていた二人だが、すぐさま朔姫はニヤりと人の悪い笑みを浮かべはじめた。

 

「よぉし、わかった! なら、レイジ、お前には今からターニャとのデートを命じるわ!」

「なにッ!?」

「えっ、デートって……」

 

「拒否権はあらへんよ~~、何せ、リーダーであるウチ直々の命令やからな~、お前らはこの街の中ぶらぶら歩いてショッピングデートでもしたれ。青臭いクソガキどもにはお似合いやろ!」

「お前もガキだろ!」

「あぁ? うちはえーんよ、権力者やからな!」

 

 などと、街の喧騒に負けず劣らずの喧騒をあまりにも下らない理由でわめきたてるレイジと朔姫、実際の所、朔姫の語る言葉には間違いはない。ここでレイジが騒ぎを起こすくらいであれば、レイジとターニャには束の間の二人きりの時間を過ごしてもらったうえで、自分たちがリゼに対処する。

 

 朔姫にとってもリーゼリット皇女と言う存在は決して簡単に扱っていいものであるとは思っていない。彼女と敵対しているのはあくまでも聖杯戦争の敵陣営であるからという事実がまず存在していて、何も憎しみ合っているというわけではない。

 

 勿論、タズミやジャスティンの命が奪われる直接の原因を作ったのは攻め込んだリゼかもしれないが、あの二人に関しては相応以上に同情の余地がなかったことも朔姫は十分理解している。実際、聖杯戦争と関係ない所でも謀略を繰り返していただろうし、ジャスティンなど生き残っていたら何をしでかしていたかもわからないのだから。

 

(皇女が話しの分かる奴なら、ライダー陣営に対抗するための方法を考えてくれる可能性はある。最終的に敵対するにしても、連中を倒すために力を貸してくれるのなら一時的な同盟を求めるんは決して悪いことやないはずや……)

 

 凱旋でリゼがこのグロリアス・カストルムの街の中へと出てくるのであれば、これ以上ない好機だ。良くも悪くも彼女は此方の顔を把握している。凱旋の中でこちらが一塊になっていれば、注目せざるを得ないだろう。

 

(そして、注目したところで、うちらに対して即時に攻撃なんて手を出すことはできへん。聖杯戦争のマスターではなく皇女として立ち回っている限り、それは禁じ手に近いからな)

 

 あくまでも思考の中での考えに過ぎないことは分かっているが、朔姫の中でも希望が全くないという断定はしない。リーゼリット・N・エトワールは目的のために手を結ぶことができる唯一の七星であろうと思う。

 

 だからこそ、好戦的なレイジが傍にいれば破談にされかねない。交渉が決裂した上での破談であれば、朔姫も受け入れることはできるが、交渉をしようとしたところでオシャカにされてしまうのであれば、それはさすがに看過できない。

 

「難しいことを考えているのが、顔に出ているぞ」

「ほっとけ、根暗傭兵。よっし、やっぱ、レイジとターニャは別行動や。アヴェンジャー、そいつらが妙な行動をしてこないか、見張っておけよ」

 

「おい、ちょっと待て。俺はまだそれを認めたわけじゃ―――」

「ま、そう言うんじゃねぇよ、いいじゃねぇか。再会してまだ日が経っているわけでもないだろ、俺らがいるんじゃ、話せない思い出話だってあるだろうし、たまには羽を伸ばして来い。戦うことばかり考えているんじゃ、それ以外のことを何も考えられなくなっちまう。お前の目指す先はそうじゃないだろ?」

 

 ポンとレイジの頭をわしゃわしゃとし、アークが朔姫の命令を聞くように諭す。朔姫相手にはギャンギャンと騒いでいたレイジも、アークが諭す形で同じ言葉を口にすれば、仕方がないとばかりの反応を浮かべる。

 

「悪いようにはしねぇよ、お前が七星への復讐を果たした先にこそハッピーエンドを向かることができると口にしたからこそ、俺はお前に協力すると言った。だが、突っ込むだけじゃどうしようもないのは、オカルティクス・ベリタスでも学んだことだろ?」

「……ああ、分かった。とりあえずはお前たちに任せるよ」

「レイジ……」

 

 レイジが落ち着きを取り戻してくれたおかげで、ターニャも安堵の息を零すことが出来た。レイジの怒りがもっともなことであったとしても、幼少のころから一緒に過ごしてきた相手がずっと誰かに対する復讐の炎を燃やし続ける姿など見ていて、気持ちがいいものでないのは当たり前のことである。

 

 ターニャは知っている、レイジは誰かを殺めるような気性の人間ではなかったことを。男性らしい強さを子供ながらに持っていたけれど、とても穏やかであの長閑な村の中で平和な日々を享受することに何の疑問も抱いていなかった。

 

 悪夢のような悲劇の変化がなかったとすれば、今もあの村の中で日々、健やかな日々を過ごしていたのだろうと思うほどには……。

 

「ねぇ、レイジ、私、あっちを見て回りたい」

「おい、ターニャ、いきなり、どうした!?」

 

「だって、こんなにも大きな町に来たことなんてなかったんだもの。こんなにもたくさんの人がひしめいて、お祭り騒ぎのようで、どんなところに人が集まっているのか、興味が尽きないわ。だから、レイジ、ダメ……?」

 

 ターニャはおずおずと、懇願するような声でレイジへと返答を求める。当然、そこにはこの場からレイジを引き離すための方便が含まれているのだが、見様によっては涙目で懇願するような態度の彼女に、レイジは思わずうっ……と強く言いたいことを言う事も出来ずに、

 

「ああ、分かったよ。俺もこう言う所に来たことはない。どんな連中がこんなばか騒ぎをしているのか、ツラを見るのも悪くはないと思っていたさ。こいつらが七星の監視をしている間くらいなら、ターニャに付き合うよ」

「やったぁ! レイジ、ありがとう!」

 

 花のような満面の笑みを浮かべたターニャにレイジは後頭部に手を当ててはぁ、とため息を零す。そんなレイジの姿に朔姫とキャスターはぷぷと面白いものを見るような反応を浮かべ、その視線にレイジは思わず振り向き、ギロリと睨みつける。

 

「なんだよ」

「別にぃ?」

「レイジも、可愛い所があるなと思って☆」

 

 騒ぎ立てるうるさい女子の反応を浮かべている二人にレイジは鼻を鳴らして、ターニャの手を掴むと雑踏の方へと足を進ませていく。

 

これ以上、ここにいると間違いなく面倒事に巻き込まれると悟ったのだろう。そういった反応は流石にここまで一緒に旅をしてきただけに十分に理解できる様子だった。

 

「さて、狂犬はあっちに行ったし、うちらはうちらで作戦立てて、皇女様にお目通しできるようにせぇへんとな」

 

 レイジたちが自分たちから離れた今の間隙を狙って朔姫たちも凱旋式のために動く必要がある。先ほどの思惑を通すためには、まず第一として、朔姫たちがリゼによって発見される場所にいなければ意味がない。

 

 何があっても、こちらから目立つようなことをしてしまえば、即座に自分たちはテロリスト扱いされてしまうことは間違いないだろう。

 

 手法としては違和感なく群集の中に自分たちがいるということをリーゼリット皇女に認識させなければならない。

 

「皇女様から手を出してくれれば御の字だけど、この街を巻き込むようなことはできれば避けたいところだよねぇ」

 

「むしろ、街そのものを敵に回すようなことになれば、背中の危険を常に気にしていなければならなくなる。レイジに諭したことではないが、やはり俺たちを見つけ、皇女に他の場所に移動するように仕向けさせることがベストだろう」

 

「せやなぁ、ただ、なんにしても皇女とあの護衛騎士、連中とは戦いになるかもしれんと割り切っておいたほうがええわ。ま、こっちには経験者もおるし、アーチャーのことをよく知っておるセイバーもおるしな。なんとかなるやろ!」

 

 戦闘になった場合にカギを握るのはやはり、白兵戦に長けているランサーであると言わざるを得ないだろう。ランサーは敵のランサーと一度交戦をし、手の内を知り尽くしている。セイバーもアーチャーとかなり近しい関係性であったことから、互いにイーブンな状態ではあるものの、他のサーヴァントが相手をするよりも優位に戦える可能性は跳ね上がっていると言えよう。

 

 総合的に判断したとしても、二騎の有用性は言うまでもない。彼女たちをいかにうまく扱うかによって、リーゼリットとヨハンとの戦いに大きな変化が生まれてくるだろう。

 

 ロイと桜子、マスターとしても優秀である二人であるからこそ、重要性は誰もがよく理解している。

 

『―――しかして、君たちが向かうべき場所はどちらであるかな?』

「え――――――?」

 

 その瞬間のことであった、桜子の耳に確かに誰かの声が届いたのは。

 

『確かに、君や彼がここで争いあうべき相手は、彼ら二人であるのかもしれない。あるいは、君たちを切望している者たちか……、しかして、それこそが君の旅の目的かね?君は何をするためにここまで来たのだ、初志を忘れてはならない』

 

「誰……、誰が声を……」

「おい、桜子、どうしたんや!?」

 

 朔姫が声を上げるが、桜子は頭を押さえ、直接自分の頭の中に届いてくる何者かの声に耳を傾けるばかりだった。

 

『君の始まりの目的は何であったのか、どうしてこの異郷の地に旅立つことを決めたのか、よく思い出してみるがいい、そしてそれを思い出すことができるのであれば、今から私が指示をする場所へとくるといい。我々は誰であろうとも拒みはしない』

 

「おい、桜子!!」

「――――――私、行かなくちゃ」

 

 ようやく反応した桜子は、突然、どことも言えない方向へと視線を向けて、おろしていた膝をもう一度立ち上げる。

 

「ごめん、朔ちゃん、ちょっとだけロイと別行動をさせてもらってもいいかな?」

「はぁ!?」

「本当にどうしたんだ、桜子。さっきから様子がおかしいぞ?」

 

 ロイもさすがに桜子がおかしい反応をしていると気づいたようで、どうしたのかと声を上げるが、桜子は神妙な表情を浮かべていった。

 

「声が聞こえたんだ、直接頭に、あいつの、絶対善神の声が……」

「…………!」

 

 その言葉でロイと朔姫は、この街の中で誰に狙われているのかを十二分に理解することができた様子だった。

 

「初志を貫徹したいのなら、お前が向かうべき場所は違うだろうって。見たことも聞いたこともないのに、私の頭の中にこの街の光景が浮かんできた。たぶん、そこにあいつが、アフラ・マズダが待っているんだと思う」

 

 アフラ・マズダ、かつて秋津で行われた聖杯戦争における黒幕、桜子にとってもロイにとっても因縁深き相手であり、桜子がこのセプテムに足を運んだのもすべてはかの善神との決着をつけるためであった。

 

「しゃーない、桜子、ロイ、お前らはその呼ばれた方へ行けや」

「朔ちゃん、でも……」

 

「うちら神祇省にとっても、奴を見つけることは目的の一つや。こっちはこっちで上手くやるわ、だから、奴の尻尾、必ず掴んで来いよ!」

 

桜子とロイをこのタイミングで別行動にさせられることに意図的なものを感じる面もないわけではないが、朔姫は決断をした。ここで保身に走る方が、後々を考えれば失敗に終わる。そのように思えたからだ。

 

「心配するなよ、こっちにも俺を含めて二体サーヴァントがいる。持ちこたえることは十分にできるからよ!」

「それ、姫も戦わなくちゃいけないやつ!?」

 

 苦難が多く待ち受けていることを理解の上で彼女たちは送り出そうとしてくれている。その思いを受け止めて、桜子は頷く。

 

「うん、ありがとう、みんな、お願いするね!」

 

・・・

 

「さて、盤面は思うように整理されてきたではないか」

「己にとってはどちらでもよかったが、ロイ・エーデルフェルトとの戦いに無粋な邪魔が入らないことは良しとみるべきか」

 

 喧噪渦巻く街並みを見下ろし、建物の屋上から、桜子たちの様子を彼らは見守る。一人はロープを着込んだ女性、もう一人はヘルメットとボディスーツを着込んだ男性、その目立ちすぎる服装でありながら、彼らに気づくものは誰一人としていない。

 

 七星側キャスター陣営、カシム・ナジェムとキャスター、セレニウム・シルバの戦いにおいては、ついぞその力を発揮することなく戦いを終えた者たちは、この場における戦いを予感しながら、今はまだその欲望開放する時ではないと時期を待ち続けている。

 

「まぁ、よいではないか。皇女たちに気を巡らせるのも面倒であったというもの。宗家の娘だけの方が我らも気軽であろうよ」

 

「口が過ぎるな、キャスター。興奮を抑えられんか?」

「くく、それを言うでないわ、我が主よ」

 

 キャスターはとても楽しそうに笑っていた。万事が万事を他人事のようにして、薄ら笑みを浮かべているこの女性サーヴァントが、珍しいほどに楽しそうな笑みを向けているのだ。

 

「聖杯戦争、さして魔術師共の欲望をかき集めるための戦と思えば、面白みがないものであると思っていたが……いやはや、まったく、面白い。灰狼の奴も随分と酷なことをしおる。いや、調整をしたのはそなたであったか」

 

「人造七星の研究はこの身を至上のものへと引き上げるために必要不可欠であった力だ。その過程で生まれた物が何に使われようとも己には関係ない」

「そう言うてくれるなよ、恨まれておるぞ、そなたは」

 

「恨むのであれば恨めばいい。それで事を荒立てるのなら、こちらも容赦はしない。元より、怨み程度で足を止めるのならば、全身を機械に変える苦行に耐えることなど出来ぬだろうよ」

「確かに……狂気もそこまでに至れば、最早芸術よのぉ」

 

 芸術、確かにカシム・ナジェムと言う人物は一つの芸術と表現してもいいのかもしれない。全身の肉と骨を全て人工的に生み出されたものへと切り替えた。それでも動けるように己で己を調節した。

 

 そうした言葉を聞くだけでも、彼が常軌を逸しているのは明らかである。自分の欲望を叶える為であれば、人倫の及ぶ範囲など平気で蹴散らすその在り方は七人の七星の中でも最も異常であると言えるのかもしれない。肥大したエゴに突き動かされる形で彼は自分が目的とする獲物とようやく相見えることができることに喜びを覚える。

 

「いよいよだ、ロイ・エーデルフェルト。貴様の圧倒的な魔術の才覚が勝るか、我が七星の英知が勝るか、ここでその決着を付けようではないか」

 

 己はただ、それだけのために此処にいるのだと告げて、機械の身体は今暫し、静寂を保つ。来たるべき決戦の時に備えて。

 




新たなる都市、そしてついに動き出した前作の黒幕は何を目論むのか……


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