Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

31 / 89
第7話「ハルジオン」②

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 街は喧騒に包まれている。どこもかしこもお祭り騒ぎ、まるで今日に全てが終わってしまうと誰もが知っていて、とにかく騒ぐことが出来ればいい、そんな風に思って動き回っているのではないかと思えるほどに、誰も彼もが動き回っている。

 

「すごいね、人の数だけでもびっくりしちゃうのに、皆楽しそうにしてて」

 

「凱旋式なんてものをどうでもいいと思っている人間からすれば、うるさいだけだ。どいつもこいつも、誰もが楽しいと思って動いているだけなんだよ。明日になれば、みんな散り散りに好き勝手なことをし始める」

 

「もう、レイジはそうやってすぐに皮肉るんだから。そういうのは、レイジの悪い癖だよ?」

 

 その喧噪の中をレイジとターニャは共に手を繋ぎながら商業エリアの中を歩いていた。朔姫たちがわざと自分たちを引き離そうとしているのは十分に理解できることではあったが、レイジはともかく、ターニャとしては今の状況の中では、なかなかレイジと二人になる時間を確保することができるわけでもない。

 

目的がどうであれ、その時間を確保することが出来たのだから、今だけは様々なことを忘れて、この時間を楽しみたいと思ったのも事実である。

 

 最も、七星を見つけて倒すことを自分の生きる目的にまで昇華してしまっているレイジにはどうしても、純粋にこの時間を楽しむことはできない。あくまでも調査の一環、そのように考えているからこそ、緊張感が身体から拭えないのだろう。

 

 ただ、そんな自分の状況をレイジが全く理解していないのかと言えば、そうでもない様子だった。

 

「俺だって、ターニャとこうしていることができる時間を大事にしたい。だけど、連中はいつ襲ってくるのかもわからない。いつもなら、あいつらがいる。だけど、今は俺だけだ、

もしも、俺が失敗すれば、またあの時と同じことになってしまう。だから、どうしたって警戒してしまうんだよ……」

 

 レイジ自身とて、ターニャが自分と二人きりの時間を満喫したいと思っている気持ちは分かっている。ただ、状況が許さないという思いがレイジの中で強いのだ。

 

 何せ一度は失っている。自分の目の前でターニャを失ってしまった日のことを、村を焼かれたあの日のことを、一日だってレイジは忘れたことがないのだから。

 

 あれがもう一度起こるかもしれない。そんなことを言われてしまえば、レイジは警戒しすぎても仕方がないと思えるほどの様子を浮かべることも仕方がないことかもしれない。

 

「今は俺しかターニャを守ることができない。またあいつらが来た時に今度こそは倒さなければならない。そう考えるとどうしても気持ちを抑えておかないとって思ってしまうんだ」

 

「レイジ……、その、ごめんね、私だけはしゃいでしまって。レイジはこんなにもいろんなことを考えてくれていたのに」

「構わない。気持ちはわかる。俺がもっと強ければ……いいや、俺たちがもっと強ければ、か」

 

『ふん、辛辣なことを言ってくれるではないか、小僧』

『ま、実際勝てなかったのは事実なんだから仕方ないと言えば仕方ないけどね』

 

 アヴェンジャーの中にいるハンニバルと青年がレイジの言葉に声を漏らす。レイジが口にした言葉が自分たちへの揶揄であることは十分に理解しているのであろう。

 

 オカルティクス・ベリタスにおける戦い、あの場の戦いはアヴェンジャー陣営にとってはまさしく完敗というべき戦いだった。どれほど必死になって戦ったところで圧倒的な力の差によって蹂躙されたことは記憶に新しい。

 

 もしも、ターニャとセイバーの介入がなかったとすれば、どのような結末を辿っていたのか考えることも恐ろしいというところであった。

 

 レイジ自身も、そしてアヴェンジャー自身も再び彼らと対峙したときに勝てる保証は現在のところ、どこにもない。今のままで対峙をすればおそらくは同じ結果を迎えるだけであろうことは容易に想像できる。

 

「レイジ、お前はあの戦いの中で、成長を果たした。あれは、その場のひらめきによる気づきというような変化ではなかったように見えた。お前はあの時に何をした?」

 

 アヴェンジャーが問う。マスター同様にサーヴァントによって、一方的に蹂躙されるばかりだった彼からしても、最後にレイジが灰狼に対して与えた猛攻はレイジの持ち得る力をはるかに凌駕している様子だった。ティムールとテムジン、彼らの実力差以上にレイジたちの実力差は恐ろしいほどに差がついていたはずなのだ。

 

 しかし、それを覆した。ターニャという助力があったとはいえ、あまりにも驚異的であったといわずにはいられない。その理由は何であるのかを問う言葉にレイジは頭を横に振る。

 

「俺にもわからない。だが、まだ負けられない、まだ死ねないという思いが溢れ出した瞬間に、自分の中の何かが溢れ出してきたように思えたんだ。自分でも気づいていない内なる力が、もしかしたら俺にはあるのかもしれない」

 

 レイジの身体は、七星たちにとって弄りまわされていることもあり、レイジ自身も自分の身体がどれほどの力を発揮しているのかもわからない。自分が知りえない何かを実は持ち得ているという可能性は十二分にあると思ってもいいだろう。

 

 だからこそ、まだ戦えると考えられると同時に恐ろしくもある。いずれ、この正体不明の力に自分自身すらも奪われてしまうのではないかという恐怖と常にレイジは戦っていかなければならない。もっとも、そんな恐怖で今更レイジの足が止まるようなことはない。自分を失う恐ろしさよりも再び七星に屈服する恐ろしさの方がはるかに強いのだ。連中に再びすべてを奪われることになるくらいであれば、レイジは自分自身を全て燃やし尽くしてでも、持てる力の総てを解放する。

 

「だが、その力の使い方をお前は誤ることはないだろう。我も次は必ずかの大ハーンに勝利する。大ハーンに勝利することが出来なければお前の復讐を完遂することもできない」

「そうだ、次に会う時は必ず俺達が奴を倒すんだ……、見せつけてやるしかないんだよ、俺達の怒りを」

 

 レイジ・オブ・ダストと言う人間はそういう存在なのだ。アヴェンジャーもそれを理解しているからこそ、今更レイジに覚悟を問うようなことはしない。既にヴィンセントと灰狼、二度にわたる七星との戦いでレイジの覚悟は十分に理解しているのだから。

 

(そうだ、俺にもう一度、こんな時間が訪れるなんて思えない。地獄の先に華を咲かせるのだとしても、それはこれから数十年続くものじゃきっとない。自分の運命くらい自分が一番よく分かっている。もう一度、こんな穏やかな時間を送るなんてことはきっとできないんだ)

 

 七星との戦いがどんな形で決着を迎えようとも、そこでレイジは力を使い果たしてしまうだろうと自分でも思っているのだ。その果てにはほんの僅かな幸福が待っているかもしれないとしても、人並みの幸福を手にすることができるわけではないだろうと直感的に思えてしまう。

 

(だが、そう考えるのなら、逆にターニャが求めるように、ここでくらい少しは好き勝手にするべきなんだろうか……、ターニャはずっと七星に捕らえられていた。きっと幸せな時間なんてほとんどなかったはずだ。はしゃぐのはきっと、その反動みたいなものだろう)

 

 ターニャを連れ出し、こうして一緒に行動をしているのならば、レイジ自身にもターニャの求める幸せを叶えなければならない義務が発生するのではないだろうかとレイジは思う。ずっと待たせ続けて、死んだように生きてきた彼女の様子を思い出せば、確かに細やかな幸福を手にすることを阻むことこそが罪なのではないかとさえも思える。

 

 ならば、今は少しでもこのターニャとの時間を満喫することこそが、必要なことなのか、そう思い、握る手に力を込めて、彼女に声を掛けようとした時に、レイジは目の前で壁にぶつかった。

 

「おっと、危ないぜ、坊主。こんな所で余所見をしていると、誰に当たるのかもわからない」

 

 実際の所、レイジがぶつかったのは壁ではなかった。それは一人の男、トレンチコートと帽子を被った、過度な装飾品を身に着けた男は、やれやれと言った反応でぶつかったレイジに気をつけるべきだと言葉を返した。

 

「ああ、すまなかった」

 

 いつもであれば警戒心をあらわにするレイジだが、この喧騒の中で余所見をしていたのは自分であり、相手に迷惑をかけたのは自分であると明白であったことからも素直に謝罪の言葉が口から出た。

 

 もしも、この場に朔姫たちがいれば、レイジの様子が明らかにおかしいなどと吹聴したことだろう。

 

「よく見て動かないと駄目だぜ、坊や。いくら子供だからって、親の手を引かれずに歩き始めた時点で、おまえさんには責任ってもんが生まれてくる。それを見逃して、好き勝手にやっていれば、そのうち、お前さんが不幸になっちまうからな」

「ああ、肝に銘じておくよ、本当にすまなかった」

 

 男は決して市井に生きる只の人間ではない様子だった。そのようなアドバイスもぶつかってしまった男が、大なり小なりそうした当たり前の平和を享受する以外の状況を受け入れて生きていることを意味していると言っても差し支えはないだろう。

 

 もしも、そのような世界を何一つとして知らなかったのであれば、そのような言葉が出てくるはずもない。七星以外の存在と面倒事に巻き込まれるのは御免である。

 

 レイジは七星を倒すことに対しては見境がないが、別に誰彼かまわずに総てを敵に回すつもりはない。セレニウム・シルバの頃であればそうした傾向が見れたかもしれないが、今は隣にターニャがいてくれていることで、そうしたむやみやたらの暴走癖もそこまで尾を引いている様子はない。

 

「ああ、分かってくれれば別にいいのさ。兄ちゃんたち、旅の者かい?」

「………わかるのか?」

 

「そりゃあ、分かるよ。格好だってこの街で見かけない格好だ。それにこの街にもともと住んでいるのなら、それこそ物珍しそうな様子なんて浮かべないだろう。このまま王都に向かおうとしているのなら、凱旋式でも見た後にはサッサと進んだ方がいい。ここらは物騒になるかもしれないからな」

 

 それはどういう意味なのかと問いを投げようとしたときには、既に男は手を振ってレイジたちの前から歩き去っていく。名前を名乗る様子もない相手、しかも、ただぶつかっただけの相手にいつまでも意識を向けておく必要もないだろう。

 

「行こうか、ターニャ」

「うん……」

 

 ただ、どこか釈然としない何かを感じたのも事実だった。何か、先ほどの人物には遠からずにもう一度再会することになるのではないか、そのような漠然とした何かを感じることになるのであった。

 

・・・

 

「やれやれ、柄にもないことをしちまった。俺も思っている以上に干渉に浸っているのかねぇ」

 

 レイジたちとは真逆の道を進む先ほどの男は、先ほど自分が柄にもないアドバイスをしたことに対して自分自身を皮肉するような言葉を漏らす。

 

 平時の彼であれば問答無用でぶつかってきた相手など恫喝を起こして、搾れるものを搾り取る悪辣ぶりを発揮するものだが、やはり、通常の自分よりも今の自分は感傷に浸っているのだろうと理解をした。

 

「兄貴がいなくなって命なんてもんが簡単に無くなっちまうってことがわかっちまったからな、どうしてもおっかなびっくりになっちまう。前はこんなことはなかったんだがな」

 

「ルチアーノ様」

「ん、どうした?」

 

 トレンチコートを着込んだ男に対して、傍に黒のコートを着込んだ男が近寄り耳打ちをする。グロリアス・カストルムの闇の中に蠢く者たち、彼らはステッラファミリー、レイジにとっての仇であったヴィンセント・N・ステッラによって形成されたイタリアン・マフィアたちである。

 

「そうか、オカルティクス・ベリタスを出た連中がこの街の中に入ったか、そりゃぁいい。兄貴の仇をすぐにでも消し飛ばすことができるな、くく、あはははははは」

 

 ルチアーノは先ほどとはまったく印象の違う笑い声をあげる。狂気に塗れ、命を金の種程度にしか考えていない獰猛なマフィアの幹部としての顔を覗かせるのだ。その目的など言うに及ばずだろう。ヴィンセントの命を奪った敵、義理の関係であったとしてもルチアーノが家族を奪われたことに変わりはない。

 

 ルチアーノは元から天涯孤独であった。マフィアの構成員であった父に巻き込まれる形で、ルチアーノ以外の家族は全員が死に、幼いころに、ヴィンセントの父である先代の頭目に拾われた。10も年齢が離れたヴィンセントであったが、ルチアーノにとってはたった一人の兄のように慕い、ヴィンセントがファミリーを継いでからは、常に側近としてヴィンセントを支え続けてきた。

 

 今回の聖杯戦争は七星の戦いであり、お前を巻き込むつもりはない。そのようにヴィンセントが語った時に、ルチアーノはわずかばかりの違和感を覚えたのだ。いつもであれば自分の命を最優先にするヴィンセントが懐刀であるルチアーノを呼び出さないなどということがあり得るのかと。

 

 ヴィンセントなりの気遣いがあったのかもしれない。もしも、ルチアーノを連れて行けば、命を失いかねないことになるかもしれないと。結果的にルチアーノを死神から遠ざけたことによって、ヴィンセントが死神に見初められることになってしまった。

 

 もしも、もしも、もしも、あの時に、あの時にと、何度も何度も浮かんでくる言葉はどうしようもなくルチアーノの心を苛んでいく。

 

 心を癒すためには、自分が報われるにはやはり敵を討たなければ済まされないのだと思うのだ。たとえ、ヴィンセントが命を奪われても仕方がないような自業自得の存在であったとしても、家族なのだ、大切な人だったのだ。命を奪われても仕方がなかったなんて言う客観的な理由を受け入れるわけにはいかないのだ。

 

 だから、何があろうとも、ヴィンセントの命を奪った相手を殺す、殺して、潰して、その死体すらも曝け出す。地獄へと落ちていったであろう己の兄への手向けとして……

 

 けれど、ルチアーノもまだ気づいていない。先ほどにすれ違った相手、自分自身が旅の安全を願って声を掛けた相手こそが、ルチアーノにとっての不倶戴天の敵であることを知らない。

 

 しかし、そうであったとしても縁は結ばれてしまった。これより後に、まもなく、彼らは互いの素性を知り、争いあうことになる。奇しくもレイジがヴィンセントに抱いた感情と全く同じ感情を抱いた存在こそが、レイジの刺客として姿を現してくる。

 

 その因果の糸は決して解れることなく、どちらかが倒れることがない限り、決してほどけることはないだろう。

 

・・・

 

「随分な騒ぎやなぁ。数日前に国境で大きな戦いが起こったとは思えんわ」

「むしろ、そういう時だからこそじゃないか。いつだって戦争の根源的な恐怖から人を遠ざけるのは熱狂だ。人は人を熱狂させることによって、人々を戦いに駆り立ててきた。これも同じだ、戦いを正当化するためのツールに過ぎないんだよ」

 

 喧噪の大通り、これより皇女であるリーゼリットが凱旋をする予定の大通りには無数の人だかりができており、どこもかしこも王都でこの数日後に加冠の儀を迎える次期国王の姿を見ようと、誰もが押し寄せているのだ。

 

 その中の誰もが皇女に興味を持っているわけではない。ただ単純にバカ騒ぎをしたいと思っているだけの民衆も無数にいることだろう。だが、そんな人たちの群れがいたとしても、これだけの人間が集まっているという事実自体が重要なのだ。

 

 皇女にはそれだけの人望があるということをパフォーマンスとして示す。王族に対して反感を抱いている者たちにも、その在りようが伝わるのだとすれば、これほど意味のあることはないだろう。国威発露、この国はエトワール朝のまま、これより先も続いていくということの何よりの証明になるのだから。

 

「これだけの人間がいてくれるのならば、行列の中でもかなり近づきやすくなるだろう」

「もっとも、連中だって下手人が出てくるかもしれないことには相当気を遣っているだろうけれどね」

 

 人だかりはそこらかしこにあり、誰がどこにいるのかを正確に把握することができるものなど市井の中にはいない。これほどの人間が集まるパレードの中では歴史上幾度となく襲撃事件が引き起こされてきた。木を隠すなら森の中というわけではないが、これほど下手人が隠れるのに適した場所は存在しない。

 

 最も朔姫たちが襲撃をするという考えは一切ない。このような場所で戦いを繰り広げることになれば、まず間違いなく大きな犠牲が出ることになり、皇女を襲った襲撃犯として、彼らに公的な手段を使って追い詰めるための大義名分を与えることになってしまう。

 

「なおかつ、相手はあのランサーとアーチャーだ。戦闘を中座させるといっても、奴らはこっちを完全に潰す気で来るだろう。そうなりゃ、いよいよ勝って終わらせるしかなくなる」

 

「そして、私たちはあの二騎の恐ろしさってのを良く刻みつけられている。とくにランサー、あの皇女のサーヴァントはヤバいね。戦闘をすることになったら、全員でかかって初めてなんとかできるレベルだよ」

 

 セレニウム・シルバの城での戦い、正門に攻め込んできたランサーを相手に、ルシアやアーク、そしてアステロパイオスは大苦戦を強いられた。たった一人で複数の英霊たちを相手に立ち回ったあの姿を、もしも、アーチャーとの連携でのうえで戦ってくるとすれば、実に恐ろしい戦いになるだろうと思えるのだ。

 

 もっとも、逆にこの状況の中で味方にできるとすれば、皇女だけであるともいえる。灰狼がライダーによる聖杯戦争の勝利を目論んでいるとすれば、ランサー陣営と最終的には対立関係になる可能性は非常に高い。漁夫の利を狙う流れとなってしまうが、自分たちだけであの強大極まりないライダー陣営を打倒することができるとは、朔姫たちも自惚れてはいない。

 

 勝つためにあらゆることをする、そうであるのならば、ランサーとアーチャー陣営をこちら側に引き込むことでさえも当然に考えなければならないだろう。

 

「来たよ……」

 

 ルシアの言葉と同時に、ドッと周囲が沸き立ち始める。それが開かれた大通りの凱旋のためのスペースに踏み込んでくる者たちが来たことを意味していることはその歓声からも十分に理解できた。

 

 皇女リーゼリットと護衛騎士ヨハン、聖杯戦争にも参加し、セレニウム・シルバにて戦いを繰り広げたものたちが、まさしく国の英雄であるかのように人々に歓迎されながら歩いている。

 

 別に憎しみを覚えているわけではない。リーゼリットとタズミの争いはこのセプテムにおける覇権争いとしての一面が色濃く出ていた。例え、聖杯戦争として戦いあっていなかったとしても、いずれは、互いに滅ぼしあう関係になっていたのではないかと思える間柄であったのだ。

 

 軽装な騎士甲冑に身を包み、一言、姫騎士とでも呼べるような姿のリゼと騎士団の正装を纏うヨハン、お似合いのパートナー同士であるといわれてもおかしくないその様子に、単純に朔姫たちはその様子を綺麗だなと思ってしまった。

 

 もしも、彼女たちが聖杯戦争に参加していなかったとしても、彼らは互いに潰しあわざるを得ない運命にあったのではないだろうか、

 

(ま、そもそも、ウチらはタズミの私兵ってわけでもないしな。そこのところで恨みなんて抱いてもしゃーないしな)

 

 さて、あとは実際の所、あちらが気づくのかどうかという所にかかってくる。朔姫たちから動きだせば、明確に反逆者の烙印を押されてしまう可能性が高いため、リゼかあるいはヨハンがこちら側に気付くことに期待するしかない。

 

 もっとも、決して分の悪い賭けであるとは言えない。何せ、ルシアやアークについてはセレニウム・シルバでの戦いでも顔を合わせているのだから、その時のことをまっさらに忘れていない限りはおそらくこの釣り針には気付くのではないかと踏んでいる。

 

 そもそも、気付いてくれなければ困ると思っているのだが……、かくして、どのようになるのか、朔姫たちが凱旋パレートを見物している周辺にまでリゼとヨハンが進んできたとき、先に反応を浮かべたのはヨハンであった。

 

「―――――――」

 

 声には出さない、しかし、視線は間違いなく朔姫たち、特にアークとルシアへと向いており、リゼに対してそれを気付かせないように声を押し殺しているように見えた。

 

 その反応だけでも、ヨハンがこの凱旋式の最中に行動を起こすことはないであろうと踏めた。だが、それではダメなのだ。この街に只いるだけであるということが分かるだけでは、居場所を知られるだけで、不利になるのは朔姫たち、そこでもう一歩踏み込んだ展開を引き起こしてくれるとすれば、それは―――

 

「ごめんなさい、止まって、ヨハン君も」

(――――かかったか……)

 

 ヨハンの前の馬が止まる、すなわちリーゼリットの馬が止まり、その視線は完全に戦闘を繰り広げた者たちへと向く。

 

 そのまま、リゼは馬から降り、その場に集っている民衆たちが騒ぎ声を上げる。どうして、ここで立ち止まったのか、一体何事があったのか、その反応に誰もがリゼの行動に視線を向けざるを得ず、

 

「セレニウム・シルバではお世話になりました。皆様のご協力もあり、こうして私たちはこの街で凱旋式を行う事が出来ました。突然姿を消した時には驚きましたよ」

(話を合わせろってことか……)

 

「いやぁ、皇女様にもう一度会いたい思うてしまってな……」

「ふふ、ありがとうございます。では、私達が滞在している屋敷まで凱旋が終わり次第ご案内させていただきます。くれぐれも、今度は途中で姿を消したりなどしないでくださいね」

 

 大衆たちに聞かれてもいいような物言いで、敢えての釘差しをした上で自分たちとの会談の場を設けるつもりがあることをリゼは告げる。

 

 彼女にとっても聖杯戦争の相手である朔姫たちをここで放置しておくような選択肢は考えられないということなのだろうか……、何にしても朔姫たちにとってもこの展開は決して悪いことではない。これにて第一段階はクリア、レイジたちがいない状況の中で、どこまでやれるのか、ここからが腕の見せ所であると言ってもイイだろう。

 

・・・

 

 どこへ向かえばいいのかなどと言ったことは正直なところ分からなかった。頭の中に響いてきた声だけが手がかりと言う状況で、どのように相手を見つければいいのか、考えたところでわからないと判断した桜子とロイは自分たちの運命が相手を見つけるであろうことに賭けた。

 

 実際、頭の中に声まで響かせて呼び出している以上、相手が何があろうとも、こちらに接触したいと考えているのは明白、であれば、好きに彷徨っているだけでも出会う事が出来るのではないかとさえ、思えている。

 

「いつかは出会うと思っていたが、まさか、あちらから声を掛けてくるとは正直思っていなかったな」

 

「そうかな、あいつの行動を思い出してみれば結構有り得るかなとも思うよ。あいつは自分の目的を達成するために動いているっていっておきながら、かなり愉快犯的に行動している時もあったし、今回だって呼び出しておいて、何の目的もなかったなんてことになるかもしれない」

 

 善神アフラ・マズダ、かつての聖杯戦争の元凶であるかの存在は、悪戯に人を惑わし、その錯乱の中で人が見せる行動にこそ、善が宿ると判断すれば、一切の躊躇なく、対象に対しての不利益が生じる行動を止めることはない。

 

 今回の桜子たちを呼び寄せた行動が何を意味しているのかは判然としないが、下手をすれば、ただ桜子たちが自分と顔を合わせた時にどのような反応をするのか、それを知りたいからこそ呼び寄せたなどと言うふざけた理由かもしれないのだ。

 

「ロイは、あいつともう一度対峙することになったら、どうするつもり?」

 

「………わからない、というのは答えにならないかな? 野放しにしておけないという気持ちはある。だが、同時にあれが本当に我々に対処できる存在なのかもわからない。桜子の母が聖杯に願いを捧げることでアイツを封じたように、根本的に奴を打倒するなどと言うことは不可能なのではないかとさえ思えている」

 

「…………」

 

 それは確かに桜子の中でも浮かび上がっている疑問ではあるのだ。アフラ・マズダは打倒できる存在なのか、サーヴァントとして現界しているのならば、打倒の手段はあるだろう。聖杯戦争と言う土俵の上でカテゴライズされた相手であれば何ら問題はない。

 

 ただ、アフラ・マズダはそうしたカテゴリーの中に存在しているわけではない、聖杯の中に閉ざされた本物の神として顕現を目論んでいる。

 

 もしも、あれが真実、神としてこの世界に降臨した時に果たして自分たちはどのようにすれば対抗することができるのか……、ロイの懸念も最もである。

 

「大丈夫だよ、世の中、大体のことは何とかなる。それが、どれだけ困難だったとしても、最後にはなんとかなるもんだよ!」

 

 最悪の想像は自分の頭の中にも過っている。しかし、それを想像したところで何の意味もないと桜子は思うのだ。どれだけ考えたところで自分たちは戦っていくほかない。突然圧倒的な神様の力に祝福されてなんてことは、もう自分たちにはないだろうということも分かる頃合の年なのだ。

 

 生まれ持った才能を互いに持ち合わせたロイと桜子であっても、この世界で完全に総てを自由にできるのかと言われればそんなことは有り得ない。此度の聖杯戦争でさえも二人がいれば勝利が出来るなどと言う生易しい状況ではないことは、オカルティクス・ベリタスの戦いを見れば明らかなことである。

 

「誰か、来るな……」

 

 そして、ある意味で、待ち人なのかあるいは探し人なのか、待ちかねていた者が現れる感覚をロイは覚え、桜子もロイの向いた方向へと視線を向ける。

 

 そこに何時から存在していたのか、現れた男は白いロープに身を包んだ人物、紺色の長い髪をたなびかせるその姿は、見る者が見ればみすぼらしさすらも感じさせるが、どこか神聖な出で立ちがそのように感じさせない。しかし、同時にどこか胡乱な空気を纏っており、まだ会話をしていない桜子もロイも、彼を信用して会話をすることは危険ではないかと思った。

 

「よく来たね、遠坂桜子、ロイ・エーデルフェルト、我が主の導きの下に、こうして君たちと出会えたことを心から歓迎しよう」

 

「我が主、か。お前はアフラ・マズダの関係者と言うことでいいのか?」

 

 ロイと桜子の背後にセイバーとランサーがそれぞれ姿を現し、いつでも戦闘をすることのできる体制へと入る。自分の命がいつ狙われてもおかしくない、そんな状況でありながら、男はクスリと笑みを浮かべた。

 

「然り、私はセイヴァ―、救世主のサーヴァントとして呼び出され、我が主を顕現するためにあらゆる英知を駆使する者だ。我が主より何度もその名を聞かされていた君たちこうして顔を合わせることが出来たことを幸運に思おう」

 

「別に、私達は顔を合わせたいと思っていることはなかったけれどね。貴方が何のサーヴァントだか知らないけれど、アイツの協力者である時点で、私達とは相いれないと思っているし。それで……、私達をここに呼び寄せたのはどんな理由があって? 悪いけど、私達だってそこまで暇じゃないんだよ」

 

「実際の所、私は君たちに用事らしい用事はないのだ。必要としたのは主なのでな」

 

 瞬間、セイヴァ―と名乗った男の頭上が光り輝く。そして、魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣の中から巨大な一つの瞳が浮き上がった。桜子とロイは息を呑む、それが自分たちへの攻撃ではないことはすぐに理解できたが、その異様な空気には覚えがあった。

 

 そう、かつて、秋津市で行われた聖杯戦争でも同じような光景に出くわしたことがある。その時のことを思い返せば、その瞳が誰のものであるのかは二人にとって確認するまでもない。

 

「アフラ、マズダ……ようやく、再会できたわね」

 

『やぁ、久しぶりだね、桜子、ロイ。私にとっては瞬き程度の時間であったが、君たちにとってはどうであっただろうか。何にしても、こうしてまた再会することが出来たことを、まずは寿ごうじゃないか』

 

 これまではただ声を届けることしかできなかったはずの相手が、瞳を顕現させるまでに至った。まだ瞳だけ、なのか。あるいはもう瞳をなのか、時間的なリミットは分からない。しかし、少なくとも、10年前よりも危機的な状況に至っていることは間違いないであろう。

 

『では、暫し、旧交を温めようじゃないか。君たちとて、私とセイヴァ―に聞きただしたいことがあるのではないかね?』

 

 せっかくの機会なのだからとでも言いたいかのように十年前からのいいやそれ以上よりも昔からの因縁を肴として絶対神との語らいが始まりを迎えようとしていた。

 




ルチアーノ、めっちゃかませっぽいんだけど、君、大丈夫?

感想などあれば気軽に書いていただけると嬉しいです!


細かい話や更新情報などはTwitterをご参照ください。

https://twitter.com/kooldeed
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。