Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム・『グロリアス・カストルム』・領主別邸――
ある意味で運命とは、巡り巡って、出会うべき者たちを出会うべき場所へと配置する。たとえ、その出会いが当人たちにとっては望まないものであったとしても、その再会が再会するべきではなかったとしても、残酷に、悲劇的にその出会いを演出する。
まるで歌劇作家がその悲劇を演出するための場所がそこであるように指定するかのように。
「何の騒ぎですか……!?」
朔姫がリゼの同盟提案を受け入れると言葉にしようとしたのと全く同じタイミングで屋敷内に轟音が響き渡る。おそらくは、屋敷の入り口だろうか。
「………、地雷踏んでもうたな」
朔姫は何も運命論者を気取っているつもりはない。世界に怒る事象の総ては偶然と、その時々の人間の行動によって引き起こされる結果の連続でしかないと思っているし、神の気紛れだなんて言葉は神祇省に参加する者であるからこそ、あえて言うつもりはない。
よって、このタイミングでそれが引き起こされた原因が何であるのかといわれれば、自分の行動でしかないと察しがついた。誰が今、ここで騒動を引き起こしてしまったのかまで合点が行ってしまったのだ。
何せ、式神を放ったのは自分たちがこの屋敷に向かう直前、それが辿り着き、そして行動を始めて、この場で会話をしていた時間を考えればおのずと整合性は取れる。いやらしいまでに整合性が取れてしまうかこそ、もはやそうでしかないと理解できてしまうのだ。
「あー、すまんな、姫様。うちらとしても、誠に不本意極まりないんやけど、今回は運がなかったと思うしかないかもしれんわ、お互いに」
「運がなかった、それはどういう―――」
「言わんでもわかるやろ? こうなってしもうたら、収まりがつかなくなってしまうってことや」
言うが早いか、リゼや朔姫たちが座っている部屋の壁が破壊され、同時に颶風のように飛び込んできた一人の少年の刃が朔姫たちの対面に座るリゼの下へと伸ばされていく。
「―――――――」
「七星は―――全て俺が、殺すッ!!」
純粋なる殺意を込めての襲来、漆黒の風と化した襲撃者の姿に即座に反応をするべきだとリゼの身体に宿っている七星の血が騒ぐが、どうしてかリゼはすぐに反応することが出来なかった。むしろ、その飛び込んできた少年の姿に目を奪われて呆けてしまうような完全なる隙を見せるが―――、
「させるわけがないだろうッ!」
当然のように剣を抜いたヨハンの剣と漆黒の大剣が激突し、その衝撃で反対側の窓ガラスに亀裂が走る。刹那の迎撃、しかし、リゼを守るために隣に立つ騎士であるヨハンにとっては、その迎撃は造作もない。造作もないが、自分の胸の内で騒ぐ何かが生じたのだ。
(何だこの感覚、追い詰められているわけでもないというのに身体が警告を発している。何か、こいつと接触しているとまずいとでも言うような何かが……)
「お前も、七星か……?」
「だったら、何だ? お前は何者だ、お前が刃を向けた相手が誰であるのかくらいは知っているだろう!」
「知るか、誰であろうと関係ない。お前も、そして隣のソイツも、七星である限り、俺の敵だッ!! お前が連中に手を出してくれたおかげで探す手間が省けた。知らせてくれて感謝するぞ」
「はぁぁ……、いや、もう全部水の泡やわ」
鍔迫り合いから離れて着地し、怒りを滲ませた表情で大剣を握るレイジの姿に朔姫はため息を零す。直情的なレイジにここで七星との同盟の提案をされたのだと説明すれば、それこそややこしいことこの上ない状況が生まれてしまう。
要するに同盟締結は詰んだと言ってもいい。あとは、どれだけ早急にこの場から撤退することができるかどうかにかかっているのだが……
「君は……」
「危うく騙されるところだった。ああそうさ、あんなところに貴族の娘がいるハズなんてないんだ。ちょっと頭を回せば理解できたはずなのに……、アンタのような人間がいればこの国も少しは良くなるかもしれないと思っていたのに……、まさか、アンタまで七星だったなんてなッ!」
「………っ!!」
レイジの言葉にリゼは苦々しい表情を浮かべる。彼は明確に七星に怒りを滲ませている。あの慰霊碑の前で彼が口にした平和を踏みにじる人間たちへ向ける憎悪の行き先がもしも、七星であったのだとすれば、それはこの国に住まう人である以上、リゼが享受しなければならないことだ。まるでわかったような口を利いておきながら、その当事者が平和を語る滑稽さ、笑えないのは事実だろう。
あの時は互いの素性を知らなかった。知らなかったからこそ、綺麗ごとを口に出来たが、今、事情を知ったうえで同じ言葉を自分は口にすることができるだろうか。
リゼが明らかな動揺を浮かべるその横で一発の銃声が鳴り響き、レイジは放たれた銃弾を大剣で払った。
「おい、小僧一つだけ答えろ。テメェはセレニウム・シルバで俺の兄貴を、ヴィンセント・N・ステッラを殺した男か……?」
静かな怒りの声を吐きだしながら、ルチアーノが問いを投げる。銃口を突きつけ、ほんの少しの引き金1つで弾け飛んでしまいそうなほど顔をひきつらせながら、レイジに問いを投げ、レイジはルチアーノを睨みつけるようにして答える。
「ああ、俺が殺した。奴は、俺の村を焼き、皆を殺した仇だったからだ」
「ならっ、テメェを殺す俺の敵討ちも許されるってことだよなぁぁぁぁぁ!!」
さらに銃声が鳴り響く。怒りに塗れたルチアーノの表情は鬼気迫るものであり、レイジを八つ裂きにしなければ気が済まないとばかりの態度であったが、レイジは構う事無く跳躍し、ルチアーノの懐に飛び込むと、銃を握る手を蹴り、銃が宙に浮くと、剣を握っていない手でルチアーノの首根っこを掴み上げ、そのまま床に押し倒す。
「て、テメ―――ひっ……!」
「敵討ちが許される? 馬鹿も休み休み言えよ。お前らはどれだけの人間の血でその手を濡らしてきた? お前たちの喜びの為に、お前たちの楽しみの為に、多くの人が涙を流してきたはずだ。それを自分たちが返されたら、敵討ちだと? ふざけるなよ、ゴミクズが。先に手を出してきたのはお前たちだ……!!」
「こ、殺すのか、俺を……兄貴のように……!! テメェがむごたらしく殺した兄貴のように、俺も殺すのか、殺人鬼!! テメェの事情なんて知ったことかよ、ああ、そうとも、俺達は生きるために人を騙す、傷つける、殺す。そういう人間だ、ゴミクズだろうな、だが、俺たちには俺たちなりの絆がある。それを土足で踏みにじったテメェに説教垂れる資格があるわけがないだろうが!!」
命を奪えば、レイジが死を迎えるまで呪い続けてやるとばかりの呪詛を吐きだす。
「テメェも俺達と同じ穴のムジナだ。1人殺せばもう止まらない。ほら、軽々しく殺せよ。地獄で兄貴と共にお前の末路を見守ってやる……ッ」
「―――――、俺は七星以外に興味はない」
しかし、レイジは剣を床から抜きとると、殺せと口にしたルチアーノのことを無視するように立ち上がる。レイジが仇としてその武器を振うのはターニャを攫い、村を滅ぼす原因を生み出した七星だけ、ルチアーノがヴィンセントと共に多くの人々の命を奪ってきたとしても、それはレイジには関係のないことであり、その為に彼が刃を振うことはない。
「テメェッッ、そんな道理が許されるわ――――がっっ!!」
レイジは容赦なくルチアーノの顎を蹴りあげると、脳震盪を引き起こしたのか、ルチアーノの意識は失われ、床に転がる。意識を奪わなければ吠えたり暴れたりするだろう。それはこれから七星殺しを行うレイジにとって邪魔でしかない。
いかにルチアーノが裏社会の人間であったとしても、ここは聖杯戦争が行われる場、ただの人間が踏み込むことを許されるような世界ではないのだから。
「―――――ッ!」
対してレイジのこめかみを狙うように矢が放たれ、それを霊体化を解除したアヴェンジャーが受け止める。それを放ったのがヨハンの隣に立つ片足に包帯を巻いたブラウンヘアの青年であることを理解し、同時にヨハンの隣に避難したリゼの横にも金髪の鎧騎士が姿を見せる。
「これが、貴方達の答えということでよろしいですね、八代朔姫さん」
「ま、先に手を出したのはこっちやからな。まぁ、仕方ない。この狂犬の面倒はウチらが見るって決めてしもうたからな」
「ヴィンセントおじ様の命を奪ったことも秘匿していたんですね」
「嘘はついてはおらんかったけどな、レイジのことは聞かれんかったし」
「……女狐が」
「阿呆が、権謀術数っていえや!」
朔姫は苦々しい表情を浮かべるリゼに対して中指を突きたてて挑発の声を上げる。リゼたちとの同盟は喉から手が出るほどに魅力的な提案であったことは間違いないが、同時にレイジが何よりも嫌悪する七星との同盟を結ぶことを意味している。成り行きで同行しているとはいえ、自分たちはレイジの復讐に手を貸すことを認めた。利害の一致であろうとも、そこは変わらない。
七星との同盟はその約定への裏切りを意味する。それはレイジの登場で誰もが分かっていたのか、エドもルシアも、そしてアークも朔姫の中指を突きたてる態度に反論を口にすることはない。
「………残念ですね、貴方達とであれば共に目的を果たすこともできると思っていましたが、ええ、これは個人的な感傷に過ぎませんけれども、ヴィンセントおじ様の命を奪った相手と手を結ぶことは確かに出来ません、ヨハン君、ランサー、アーチャー、ここでセレニウム・シルバで討ち漏らしたキャラスター、そして、あの少年のサーヴァントを消滅させます…!」
「承知しました、マスター!」
「はッ、望むところだよ、あそこでつけられなかった決着をつけてやろうじゃないか、なぁ、アーク」
「応よ、今度こそ、その馬から引きずりおろしてやるぜ、ランサー!」
「それが出来るのならばやって見せるがいい、アーク・ザ・フルドライブ、そして、バーサーカーのマスターよ」
セレニウム・シルバにおける戦いで対峙した者同士、アークとルシアはその時に圧倒的な力で最後までその場に君臨し続けたランサーとの再戦に血が湧きたつ。
もしも、ここにアステロパイオスがいれば、ランサーとの再戦に心躍ったはずだ。敵でありながらもその技量、そして騎士としてマスターであるリゼを守ろうとする意志は絶対的であったこの騎士は味方にすれば心強いだろうが、敵として対峙するのであれば生半可な終わりは期待できない。
誰が口にするまでもなくアークは鋼鉄の腕を自身の腕に纏うように顕現させて、ルシアも自身の武器である二挺拳銃を握る。ランサーもまた白の槍を握る。
「あのライダーの腕、どうにも故郷の匂いを感じるけれど、やれやれ、あれの相手をしようにもこっちはこっちで見逃せない相手がいるってことか」
「ハミルトン、ウチらはレイジのフォローに回るで。放っておくとあいつ、無茶しかせんからな」
「了解だ、お姫。できればアークたちの援護があった方がありがたいが、ランサーを野放しにするくらいなら集中してもらった方がいい。俺は大して役に立たないだろうが、キャスターが迎撃に力を貸してくれるのならば、早々分が悪いわけではないだろう」
「うーん、姫もあんまり働きたくはないんだけどなー」
「せやかて、サボってられるほどの相手やないやろ、相手はギリシャ有数の狩人様や」
「カストロやポルクスのおかげですっかり、こっちの真名もバレてしまっているしな」
「それで弱くなるような英霊じゃないだろう、アンタは。臆することなんてないさ。半分は生き残ったマスターだけだ。怖れるほどじゃない」
アーチャーに声をかけたヨハンは最初の一太刀を防いだレイジへと視線と殺気を向ける。レイジにどんな理由があろうとも、リゼに刃を向けた時点で、ヨハンの中でレイジは倒さなければならない相手だ。
七星のマスターである前に王女であるリゼの護衛騎士として戦場に立つヨハンにとって、何よりも大切なことはリゼの命を守り抜くこと。リゼと共に歩んでいくことを決めた時から、ヨハンにとっての至上命題であり、あらゆるものに優先される。リゼを守ること以上に優先される事態などありえない。ありえないというのに、ヨハンは何故か、レイジという存在から目を逸らせずにいた。
(何だ? さっきから、僕の中の何かが警告を発している。リゼに刃を向けたアイツが、襲撃者でしかない筈のアイツの存在がどうにも胸の奥をざわつかせる。何か、何か大切なことを忘れているかのような……いや、まさか……)
思い当たる節が全くないわけではない。心がざわつく理由の出所には思い当たる節がある。ただ、目の前に立つ黒の襲撃者の存在は知らない。このような小さな少年と自分たちに関係性があるとは思えない。
(いや、考えたところで仕方がないか。こいつはリゼを襲ったテロリスト、七星に恨みを持つ理由に同情することは出来たとしても、それがリゼを危険に晒して良い理由にはならない。ヴィンセントがこいつの村を襲ったのならば、それは命を奪われて然るべき理由だろうさ。いつだって、因果は巡る。自分の行動はいずれ自分に必ず返ってくる)
であればこそ、ヨハンはリゼが命を狙われることは理不尽であるという他ない。村を焼くための命令をわざわざ王族であるリゼや国王が命令するはずもない。あのスラムを浄化するための戦いだって大きな葛藤を抱いていた隣に立つこの王女が、どんな理由があればこれほどの恨みを抱かれる暴挙に力を貸すだろうか。
どれだけの正統性があったところで、レイジの主張はリゼやヨハンにとっては通り魔的な行動に他ならない。同情したとしても排除しなければならないのは目に見えている。
「そういえば、聞くのを忘れていたな、赤髪の男、お前も七星か?」
「ああ、不幸にも望んでもいないのにそのような力を与えられてしまったひとりだよ。だが、生まれの不幸でお前のような狂人に命を奪われる道理はない。来いよ、リゼには指一本触れさせない」
「お前の決意など知ったことか。七星はすべて喰らい尽くす。お前も、お前の隣の女も、七星である限り……俺の敵だ!!」
互いに向けるべき言葉は向け終えた。本来であれば両勢力が手を結ぶことも出来たであろう場所で花開くのは後には引けない戦いの開幕だけ。
それもまたこのセプテムにおける聖杯戦争の運命であったか。あるいは……、何者かの策謀が動いているのか。それは誰にも分からないまま、両勢力の戦いの火ぶたは切って落とされた。
――セプテム・『グロリアス・カストルム』・郊外――
時に、英霊とは本人の逸話とは無関係な全く別の要素を含んだうえで召喚されることがある。それは人々の間で囁かれてきた伝承がその英霊の核となる部分に触れあうような形でその真実の姿を覆い、虚飾によって彩られる。
かつて秋津市における聖杯戦争にて、バーサーカーが人々の恐怖の形を食い物にして自身の本来の姿を虚飾したように、ライダーが翼ある蛇の神話を己に重ねあわせたように、本来持ち得ない筈の属性を人々の認識を糧としてその身に背負い込み、サーヴァントとしての一能力として使用することは決して珍しいことではない。
俗に―――無辜の怪物、英霊にして預言者ザラスシュトラもまたそうした側面を持ち合わせる。
ゾロアスター教の開祖、最古の一神教とも呼べる拝火教を生み出したその人物は本来、神の教えを伝えるための存在であり、善悪二元論世界を生み出した人物に過ぎなかった。その広大な原初の宗教を生み出した功績だけでも彼は英霊に祭り上げられるに相応しき存在であるが、もうひとつ彼を構成する上で外すことができない要素がある。
超人思想――ドイツの啓蒙家ニーチェが書き記した永劫回帰の思想に基づいた著書の主役として描かれたザラスシュトラ、あるいはツァラトゥストラは、本来のゾロアスター教の開祖としての側面とは全く違う側面を英霊として召喚される際にあてこまれた。
英霊としての別側面でありながらも、本来持ち合わせるはずがない側面、そうした危うさの上に成立したその力であるが、彼にとって有益な武器になることは言うまでもない。
「何が起こっているの……?」
「兄様、これは……!?」
「時間が巻き戻っている、いいや、全く同じことを我々は演じさせられているのか!?」
「然り、この身は永劫回帰の物語に綴られし主役を演じた身であれば、このような使い方もできるというもの。もっとも、私自身にはあまり実感がない代物ではあるがね、自分であって自分ではないものが演じた歌劇を再演しているだけに過ぎない。よって、不完全だ、私がザラスシュトラではなく、ツァラトゥストラとしての側面が強く浮き出ればまた違った形になったであろうが」
『それは困るな。私が君にも留めているのは、私の物語を紡ぎ、この世界に表した存在としての君なのだから』
「というわけだ。僭越ながらお付き合いを願うよ、一騎当千の英霊たちよ」
ザラスシュトラが一つの書物を解き明かした瞬間、ザラスシュトラを倒すために動いたセイバーとランサーの攻撃がループするように続けられ、ザラスシュトラの動きもまたループする。
本来、ザラスシュトラとセイバー、ランサーの間にはこれだけ肉薄した状態であれば決して拭い去ることのできないほどの戦力差が生まれ、あっさりと決着がついてもおかしくない筈だというのに、先ほどからセイバーとランサーは定められた演目を延々と踊り続けているかのように、状況が進展することがない。
壊れたテープがずっと同じ内容を流し続けるかのように、永劫回帰の法理に囚われたサーヴァントたちはそこから抜け出すことができない。
「ロイ……!」
「先ほどからセイバーに魔力を送っているが自力で脱出することができる気配が見れない。おそらく、セイヴァーの宝具を使われてしまった時点で、あの強制的な回帰状態から抜け出すことが出来ないのだろう。令呪を使えば無理やりにでも引きはがすことができるだろうが……」
「発動条件と効果範囲が不明瞭だって言うのがネックってことだよね」
果たしてザラスシュトラの使った永劫回帰の法理は相手を指定して発動する力なのか、あるいはザラスシュトラを中心とした何らかの空間に入った瞬間に引き起こされるのかが分からない。例え、令呪を使って三人をザラスシュトラから引きはがしたとしても、対象を指定して発動させる術式を使っているのだとすれば、全く意味がない。それこそ、三画のうち一つを無駄打ちさせてしまうことになる。
「くっ、不甲斐ない。このような当たるはずもない攻撃を何度も何度も……!」
「バカにしてくれる! 俺達に躍らせるばかりのお前は神を気取っているつもりか!」
「それはさすがに業腹が過ぎるだろうセイバー。私にとっての絶対なる神は既に定まっている。私は自らが取って成り変わろうなどとは思っていないよ。そのように考えてしまうのは、既に君が神の座から零落したからかね? 人の身へと甘んじてしまったからこそ、神へと返り咲きたいという気持ちを抑えられずに、私に投影していると?」
「貴様!!」
「兄様落ち着いてください、怒ったところで無意味です。むしろ、隙を晒してしまうだけですよ!」
「まったくですね、むしろ、私達はもう少し自由に動けてもいいはずだというのに、身体の自由が全く効かない、なんて……!」
凄まじい強制力である。英霊三人、しかも、セイバーもランサーも神代にほど近い時代を生きた英雄である。ギリシア神話に名を刻んだ者たちといっても過言ではない彼女たちを抑え込んだうえで、動きを完全に制限する。それだけでも、いかにザラスシュトラが規格外の英雄であるのかが良く分かる。
「せ、セイヴァー、ここまで私達の動きを封じておきながらそれ以上のことは何もしない。それは傲慢さゆえなのか、それとも何もすることができないのか、どちらなのですか……?」
意を決するようにしてアステロパイオスがセイヴァーへと問いを投げる。ここまで翻弄されているにもかかわらず、あえてまったく手を出してこないのは余裕の表れではなく単純にセイヴァー自身も永劫回帰の法理を使った以上、逆らうことができないのではと。
「さて、まさか、自分も同じような状態になる宝具を自ら使うなどと、正気の沙汰ではないと思うが?」
「私もそう思いました。ですが、何も貴方が勝利を目論んで動いているのではなければ、その前提条件は崩れます。例えば、何らかのタイミングを見計らうために時間稼ぎをしているとか……!」
「……ふっ、敏すぎる女というのも考え物だな、ランサー。しかし、気付いたところで今更、何もかもが遅い。君たちが我々とこうして相対することを望んでいたように、彼らもまた君たちとこうして顔を合わせることをずっと望んでいたのだから」
「彼ら――――!?」
「ふふ、本当に揃っていますね。さすがはセイヴァーさんです!」
「他の連中は総てリーゼリット王女たちの方へと向かったか。都合がいいとはまさしくこういう時を言うのだろうな。協力に感謝するぞ、セイヴァー」
その言葉が聞こえると同時に、セイヴァーと対峙するセイバーとランサーの間に割って入るように新たな交戦勢力が姿を見せる。
その姿に桜子もロイも目を奪われ、言葉を失う。何故ならば、その二人はサーヴァントではなく人間であるからだ。いや、片方はただの人間であるとは言えないかもしれない。全身を黒の鎧、あるいはボディスーツと呼ぶべきものに身を包んだ長身の男性と、黒髪ボブヘアに黒と赤の和服を着こんださながら死神のような出で立ちの少女、どちらも異様な空気を醸し出しながらも、戦士として付け入る隙がまったくない佇まいで二人の前に姿を見せる。
「何者だ、お前たちは……?」
「こうして顔を合わせるのは初めてだったな、ロイ・エーデルフェルト。己はカシム・ナジェム、此度の聖杯戦争に集められた七星の一族が一人であり、序列は星灰狼に続く二位、ただ愚直に最強の七星を求める存在である」
「フフッ、私も初めてではありますが、ずっとずっと会いたいと思っていたんですよ、七星桜子さん。 私は七星宗家が次期当主、序列第三位の七星散華、桜子さん、貴女と違い、七星に総てを捧げた女です♪」
「七星、宗家ッ……!」
殺意を浮かべながら向けられる笑みと共に聞こえてきたのは桜子にとってもいずれは出会うであろうと思われていた相手だった。
七星宗家、分家である桜子の家系とは異なり、日本に残った本来の七星の血を受け継ぎ、次代へと残し続けてきた家系、時代を経るごとによって、暗殺一族としての存在意義を薄れていった桜子の家系とは異なり、宗家は魔術師狩りの暗殺一族『七星』であることに拘り続けてきた。その噂は神祇省で修業を積んできた桜子の耳にも届いている。
新たなる当主になるであろう散華は桜子が七星に覚醒した頃とほとんど変わらない年齢でありながらも、かつての桜子を凌ぐほどの実力を持ち合わせた当代きっての使い手であると。
(こうして対峙しているだけでもわかる。にこやかに笑ってはいるけれど、あまりにも死の匂いが強すぎる……、一体、何人、命を奪えば、ここまでに匂いを醸し出すことができるようになるの……?)
隠す事も出来ないほど、死の匂いを撒き散らしているにもかかわらず、当人はニコニコと笑みを浮かべていることもまた恐ろしい。どこか感情の制御すらも遥か彼方に放り投げてしまっているのではないかという態度、自分よりも10歳弱年下であろう少女が浮かべる笑みとして、これほど末恐ろしいものはない。
「私、ずっと夢だったんです。私と同じ七星の血を引き、かつての聖杯戦争を生き残った桜子さんと七星の血と魔術を駆使して、殺しあうことが。私と同じ七星の血を引く貴女と演じる殺し合いはきっと、とっても楽しいだろうなって。このセプテムに渡ってから、貴女がこの聖杯戦争に参戦したと聞かされた時からずっとずっと待ち望んでいたんですよ。私と桜子さん、どちらが七星として、魔術師殺しとして上なのか、それをはっきりとさせる時が来ることを」
「熱烈なラブコールは嬉しいけれど、私、七星としての自分に誇りを抱いていたりとかしないんだけどな。七星最強とかそういうのは自分から辞退をするって言うか、優劣を競いあうつもりもないんだけど、そう言っても、見逃してくれる空気じゃない、よね?」
「ええ、当主さまからは七星宗家として、桜子さま、貴女を殺すようにと命令を受けていますから。神祇省に身を隠して、なかなか手を出すことができませんでしたが……、聖杯戦争の最中であれば、いくらでもやりようはあります」
「覚悟はしていたけれど、戦いは避けられないか。いいよ、そういうことなら、私も覚悟は決めてきている。もっとも、そうやすやすと命を奪われるようなことはしないけれどね!」
「ふふっ、それでこそ、桜子さまです。そんな貴女であるからこそ、斬りがいがある。斬る価値がある」
散華の言葉には、七星宗家として、七星の血の宿命から逃れようとしている桜子を粛正しようとする意味合い以上に散華自身が桜子に何らかの執着をしているようにも感じられる。ただ仕事として命を奪おうとしている以上の何かを胸のうちに抱えているように思えるが、その感情の源泉は桜子にも判断できない。刃を交えた上で理解する他ない。
(殺しあいたいわけじゃない。でも、黙って殺されるわけにはいかないんだよね、私には帰りを待ってくれている人がいるんだから……!)
最愛の夫の姿を瞼の裏で思い浮かべて、桜子は不可視の魔術剣を顕現するためのイメージを湧かせていく。刀身すらも持たない七星の魔術によって生み出される剣こそが桜子の持ち得る武器、対して散華は彼女専用に鋳造されたであろう刀が武器、似ているようで似ていない二人の戦いは運命に導かれるように始まりを迎える。
そしてもう一つの因縁も花開こうとしている。
「ロイ・エーデルフェルト、10年前の聖杯戦争にて、七星桜子を破り、聖杯を獲得した勝利者、現状、もっとも、世界最高峰の魔術師に近い者。この聖杯戦争にて、貴様とこうして顔を合わせることができる日を待ち望んでいたぞ」
「顔を見たこともない相手だけにまったく覚えがないが、昔、出会ったことでもあるのかな? 七星の知り合いは桜子しかいないと思っていたんだが」
「問題ない、己と貴様は初対面だ。己が一方的に貴様を意識をしているだけだ」
「理由は聞かせてもらえるのかな?」
「―――貴様が最強であるが故に」
あっさりと、とてもシンプルな答えを全身を装甲外郭に身を包み、顔すらもヘルメットで覆った男、カシム・ナジェムは告げる。ロイ・エーデルフェルトを強烈に意識しているのは、ロイという存在が実力として最強格の魔術師であるからだと。
「七星の本懐は魔術師を排除すること。我らの存在意義とはそれすなわち、あらゆる魔術師を葬ることができる力、あるいは技術といってもいい。七星として生まれ、魔術師殺しの宿命を背負った己の立場を享受した。
であればその先に何を求める? 簡単だ、どんな魔術師であろうとも屠ることができる圧倒的な力、七星としての本懐を遂げることこそが己がこの世界に生を与えられた意味、ロイ・エーデルフェルト、聖杯を掴み、現代魔術師の最高峰に位置する男、お前を凌駕し、屠ることこそが、己の存在意義を満たしてくれるのだ」
「随分と面白い考え方をするな。顔を隠しているのも何か理由があるのかい?」
「自分自身という個に興味はない。圧倒的な魔術師を屠ることこそが己の存在意義であるが故に。その存在理由のために己はあらゆる手を尽くしてきた。その結果が今の身体である。この鋼鉄の肉体こそが己の覚悟であると知れ、ロイ・エーデルフェルト」
無機質な機械音声、それはカシム・ナジェムという人物の正体を知られないために行っていることなのだとロイは解釈していた。ヘルメットも自分の正体を隠すためであると。暗殺一族として自分の顔を隠し、正体を知られないことは十分に理解できる範疇の理由であるが、カシムと会話を続けている中でロイは自分が想像している以上の覚悟と執念を目の前の無機質な鋼鉄の男が抱いているのではないかと感じ始める。
グルグルとヘルメットのガラスコーティングされた素材の下で全方位を見渡すことのできるモノアイが動く。
「多くの言葉はいらない。明確な理由も必要ない。ロイ・エーデルフェルト、七星を倒すことで己の存在を確立した男よ、今度は己が貴様を倒すことで己の存在意義を確立する」
「まったく、厄介な男に目を付けられたな。悪いが桜子……、加勢をすることはできないかもしれない」
「いいよ、お互い様だからさ」
ロイにとっても、桜子にとっても、対峙した相手は恐らく楽に勝てる相手ではない。人造七星のような量産品ではなく、一騎当千を体現した真なる七星の強者を二人を前にして、ほんの少しの油断はそのまま命取りになる。
増援も玲人たち側の戦闘も行われている以上は見込めない。勝つか撤退するか、どちらにしても、自らの手で道を切り開かなければ、この先はない。
第7話「ハルジオン」――――了
次回―――第8話「激動」
次回は1日お休みして、5月1日更新となります!
【CLASS】セイヴァー
【マスター】
【真名】ザラスシュトラ
【性別】男性
【身長・体重】190cm/70kg
【属性】混沌・善
【ステータス】
筋力D 耐久D 敏捷C
魔力A 幸運A+ 宝具A
【クラス別スキル】
救世者B
数多の人を救った事を表すスキル。
セイヴァーはこの世全ての善と悪の闘争を語り、人々を導いた。
【固有スキル】
対神性B
神性を持つ者を相手にした際、そのパラメータをダウンさせる。
Bランクの場合、英雄であれば2ランク、反英雄であれば1ランク低下する。
神の選別者:EX
数多に存在した神を選別し、ただ一人の神を最高の存在に値すると定めた、一神教
の原典となる開祖の力。
神の如き存在にも己の力が効力を発揮する。
無辜の怪物:C
人々の認識によって付与された後天的なスキル。ニーチェの著書によって刻まれた
本来の彼とは異なる超人としての彼を定義するスキルである。
【宝具】
第一宝具
『ツァラトゥストラはかく語りき』
ランク:B+ 対人宝具
哲学者フリードリヒ・ニーチェ著作におけるザラスシュトラの同一存在、ツァラトゥストラの存在、そしてニーチェが記した超人思想と永劫回帰に端を発した宝具。
古代ギリシア以降に全世界に蔓延っていた"神"という思想の後ろ盾を破壊し、人の思考のパラダイムシフトを引き起こしたともいえる宝具であり、ザラスシュトラの周囲に存在する者たちに際限のない同一行動を強制する。
効果自体はザラスシュトラの魔力に応じた領域のみに限定されるが、神性を持ち得る者には通常以上の効力を発揮する。これを破るには確固たる自我を持ち絵、己の法理で世界を塗りつぶすほどの強烈な意志力が必要となる。
第二宝具
『???』
ランク:EX 対界宝具