Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
七星桜子―――私と同じ、七星の家に生まれた女性、私と同じく日本という戦乱とは無縁の世界に生まれた七星の宿命を背負った女性であり、私とは全く違う人生を生きる女性。
彼女の話しを最初に聞いた時は、胸の中にざわつく何かを覚えた。ささくれのようにずっと胸に突き刺さっていた何かがヒリヒリと痛み出すような感覚、忘れていた古傷を抉りだされて、その上に塩を塗りたくられるような感覚だと表現すれば理解してもらえるだろうか?
要するに気分が良くなかったのだ。七星の家に生まれながらも、魔術師殺しの暗殺者としての人生ではなく、ごくごく当たり前の日常を生きてきた女性、自分と同じ年齢に差し掛かるまで、自分の運命を何一つとして知ることなく生きることが出来た彼女は、そのまま今に至るまで、七星の運命に巻き込まれることがないまま、自分の人生を謳歌している。
それは、どこまでも七星としては落第だ、愚かしいし度し難い。七星宗家は、堕落しきった分家の後継者を抹殺するように私に命令を下した。暗殺者たりえなくなった七星など血の無駄遣い、むしろ、七星の血を欲する者たちによって、七星の血を解析され悪用される可能性もある。早々に処断するべきであると七星宗家の人々は口々に声を上げた。
私はその命令を受けてこのセプテムに来ている。七星宗家の跡取りとして、宗家の意志を無碍にすることはできない。私は七星宗家の人間として生きることを受け入れた。七星の血を次代へと引き継ぎ、七星を絶やさないことこそが、生まれた時から、私に課せられた使命であったのだから。
それが当たり前であり、そうしない七星桜子を理解することができない。灰狼様が勝利することに対しての異論はない。私は宗家の命令でここに来ているだけであるし、私には聖杯に託す望みなんてものは存在しないのだから。
ただ一つ、たった一つだけ、七星桜子だけは私の手で殺す。これだけはどうしても譲れない。カシム様がロイ・エーデルフェルトを自分で倒すことに固執するように、私は宗家の命令として七星桜子をこの手で殺さなければならない。そうしなければならないと、私の身体が、心が、何よりも七星の血が望んでいるのだ。
誰を殺すとしても心がざわつくことなんてないと思っていたからこそ、この高揚感は久しぶりだ。セレニウム・シルバのお屋敷で首を切った時とはわけが違う。
七星桜子、私と似ているようで全く違う人生を歩んできた方、愛しの殺害対象、あぁ、どうか、どうか、そう簡単に殺されないでもらいたい。戦って、戦って、結局私には敵う事無く、道半ばで命を失うことに恐怖してほしい。そんな貴女だからこそ、斬る価値がある。だって、そうでしょう。これはきっと、同族嫌悪であり、嫉妬であり、踏み越えなければならない壁であると思っているから。
さぁ、やっと会う事が出来た愛しの貴女、尋常に殺しあいましょう!
「あっはははははは、素晴らしいですね、七星桜子さん。私、自分と同じ七星でこんなに拮抗した戦いをしてくれる人に初めて出会いました! さすがは神祇省に所属し、分家のことなど気にも留めていなかった我々宗家にまで噂が聞こえて来ただけのことはありますね」
「気にも留めていなかったのなら、最後まで無関心でいてくれればよかったのに! あと、今の私は七星桜子じゃなくて、遠坂桜子よ!!」
「ああ、そうでしたか? でも、関係ありませんよ。私達は生まれた時から七星の宿命を背負っている。七星の呪いは嫁いだ程度で失われるような甘い呪いじゃない。私達が命を終えるその時まで、私達を蝕む呪いであると、貴女も十分知っているはずでしょう!」
「――――ッ!!」
七星散華が握る長刀と桜子の魔術によって生み出された特定の形を持たない魔術剣が激突し合う。神祇省で磨き上げた式神に桜子自身の魔術を乗せることによって魔術剣として行使する戦闘スタイルによって無数の魔術剣を一斉に動かせているはずの桜子は、武器を一つしか持たず、実体を伴っているが故に攻撃手法が限定されるはずの散華に対して絶対的な優位を取れるはずであった。
桜子と散華のスペックと戦闘スタイルを聞けば誰もがそのように考えるだろう。しかして、実態はそのようにはならない。むしろ、特定の形を持たず、不可視の剣ともいえる桜子の攻撃を、まるでどこから来るのか見えているかのように散華は次々と回避し、桜子の攻撃の間隙を狙うようにして刃を振い、桜子が逆に咄嗟に魔術剣を自分の懐に生み出して防御をする始末。
より簡潔に状況を説明すれば、開戦当初から散華が押し続け、桜子は防戦一方の状態へと追い込まれている。あの秋津の聖杯戦争を最後まで息抜き、その後、神祇省で修業を続けてきた桜子が、である。
それだけでも、七星散華という少女が、どれほど人の域を超えた戦闘力を持ち合わせているのかよくわかるだろう。
(私の攻撃が何処から来るのかという未来予知が出来ているわけじゃないと思う。もしも、出来ているのなら、私の攻撃が来る前に潰しにかかる。それよりはむしろ、私の身体の動きを目で追って、その瞬間に身体が反応している。できるの!? そんな滅茶苦茶……、人間の反応速度じゃない……!)
後手に回る羽目になった桜子ではあるが、彼女とて秋津の聖杯戦争からここまで多くの修羅場を潜って来ただけのことはあり、防衛を行いながらも散華の七星としての能力を見極めるために思考を動かし続ける。
未来予知の類ではない、散華の動きは明らかに後手に回ったうえでの行動だ。桜子が何を出そうとしているのかはわからない。されど、桜子の身体の動き、あるいは視線、魔術の流れ、どんな要素でもいい。桜子の動きからほんの少しの先の未来を見通した瞬間に、七星散華の身体は動き、桜子の攻撃を回避、あるいは後の先を制するように攻撃が襲い掛かってくるのだ。
最初の激突から、押され気味だった桜子だったが、なんとか散華の攻撃に自分の攻撃を合わせる形にして、凌いでいくが、まさか、ここまで自分が後手に回されるとは考えていなかったのか、額に汗が浮かぶ。
「まさか、桜子があそこまで後手に回るとは。実力自体は桜子とさして変わらないように見えるけれど……、七星としての能力か」
「我ら七星が宗家に生まれた後継者たる、七星散華は、我々の誰よりも七星の血を色濃く受け継いでいる。先人たちが魔術師殺しとして研鑽を積み上げてきた技術、経験、そして継承という名の呪い、それらを誰よりも色濃く受け継いでいる。
故に―――技術と経験、そして執念によって与えられた『超反応』こそが、彼女の身体に宿る七星の血が生み出せし力、若年でありながら序列三位に名を連ねるだけの実力を持ち合わせている」
「そこまで褒めて、序列三位というのも些か矛盾しているように思えるが?」
「この序列は己と灰狼が聖杯戦争を勝ち抜くことができるかどうかを基準として定めたに過ぎない。七星散華はあくまでも個人としての七星の完成形といえるが、灰狼には、人造七星という力がある。そして己は――――既に、七星という存在の枠組みに囚われてはいない……!」
ドンッと大地を踏みしめる音が響く。人間大の身体をしておきながら、全身をボディスーツと黒のヘルメットで頭を覆っているカシムの足が大地に響かせる音は明らかに人間の重さによって引き起こされる音ではない。
(やはり、この男……)
そして、弾かれるようにロイの下へと飛び込むカシムの背中から火が噴く。比喩表現ではない、まるで小型の飛行機のエンジンが火を噴かせて飛翔するかのように、カシムの背中に生えた背部スラスターから火が噴き、人間では再現不可能な速度を以てロイへと肉薄するのだ。
そして、鋼鉄の拳を以て放たれる一撃にロイは自分の身体に流体魔術を使用し、滑るように攻撃を回避する。ロイの身体を掠めた拳はソニックブームを引き起こし、ロイの頬に擦過傷を作り、血が噴き出す。
されど、それはあくまでも衝撃の余波で生み出されたものだ、ロイが回避したことによってカシムの拳を受けることになった建造物の壁はまるで、隕石が落下した後の地面のように拳を叩きつけられた箇所を中心に衝撃が伝わり、ひび割れていく。そして、ツンとカシムが指を触れると、ギリギリで保っていた均衡を崩されたからなのか、あっさりと建物は崩壊する。
そこに刻まれてきた歴史も意味も、ただの拳1つで無意味へと追い落としたのだ。
「己もまた七星の血族として生まれた。しかし、さして己には七星の魔術師としての才覚が無かった。知識と発想はあってもそれを再現するための肉体がなかったのだ。
であればどうする? 答えなど一つしかない。己の理想たりえる肉体を手にする。鍛え上げたところで限界があるのならば、その限界すらも超える他ない。その果てに至ったのがこの身体だ。己は鋼鉄の衣を纏うことで己の理想を手に入れた。
これが七星を超越することを目指した序列第二位、カシム・ナジェムの姿である」
全身を鋼鉄の肉体へと改造し、最強の魔術師であるロイ・エーデルフェルトを越えることによって、自分こそが七星最強の魔術師であることを証明する。それこそがカシム・ナジェムの目的、生きる上での命題といってもいいだろう。
「己には七星散華ほどの才覚は持ち合わせなかった。だが、生まれたその時の才覚だけが全てを決めるわけではない。生まれたその瞬間に序列がつくなど、研鑽をつみ成長を果たす人間の性をバカにしているとしか思えない。
ロイ・エーデルフェルト、魔術の神に愛された男よ、お前もそうだ、お前という圧倒的な才覚を持ち合わせる男を凌駕してこそ、己は己の最強という夢を手にすることができる」
「俺は別に自分が最強であるなんてことにこだわりを覚えたことは一度もないんだが……、妄執もそこまで行けば立派な現実か。いいとも、来いよ、カシム・ナジェム。お前が七星最強を自負するというのなら、俺はお前の最強という鎧を完膚なきまでに破壊して、現実を思い知らせてやろう。俺はただ強いだけの男だからな」
かつて強さしか取り柄がないと口にした男の言葉にカシムの殺気が膨れ上がる。散華やロイ、あるいは桜子ほどの才覚を持ち合わせていなかったという言葉は決して嘘ではないのだろう。
全身を鋼鉄へと変えることによって、才覚というコンプレックスに対抗し、凌駕するための道を切り開いたカシムの努力と執念は恐るべきことであるとロイも自覚している。自覚したうえで、自分自身の肉体を強くなるために躊躇なく捨て去るその倫理観の欠如した行動は、七星の血が為せる技なのか、実に恐ろしいと感じるのだ。
(この男を放置しておけば、碌なことをしないのは間違いない。俺と七星との戦いは、既に終わりを迎えているが、俺を恨むあまり、エーデルフェルトの家に手を出されるのだけは困るからな)
手段を択ばない相手が、自分だけを狙うのならばまだしも、リーナが当主となり、これより新たな道を進んでいくであろうエーデルフェルトの家に手を出されることだけは看過できない。このセプテムの聖杯戦争で完膚なきまでの敗北を与えなければならぬと考え、ロイの手に魔力が宿り、即座に魔術が発動する。すると、カシムが立っている大地、そして周辺の空気が振動するように魔力が形成されて、まるで誘導弾のように次々とカシムに向かって攻撃が飛来していく。
「無論、その程度は対処できるとも」
その攻撃が来ることにカシムは何ら驚きを覚えない。両手の指を伸ばすと、その指の先端から魔術の弾丸が連射砲のように放たれていき、それが着弾した瞬間にロイの追尾弾の如き流体魔術による魔力の奔流が霧散する。
「魔術師殺しの七星の魔力を込めた銃弾」
「奇抜な魔術など必要なイ。原理は単純でも数を揃えれば貴様を圧殺することができる」
先ほどの拳を振って飛び込んできた姿がまるで幻影であったかのように今度は両腕から魔力弾の乱射が放たれ、ロイの周囲に次々と流体魔術によって隆起した大地がせり上がって来るが銃弾が直撃した途端に魔力が解除され、ほんのわずかな防壁にしかならない。
ロイ自身もその身を動かしながら回避を続けていくが、通常の実弾のように球切れになるという概念が、カシムの魔力切れでしかありえず、おそらく、そんなことが起こるような欠陥の改造をこの男はしていないだろうとロイは考える。
(先ほどの近接戦闘がフェイクであるはずもない。おそらく、こちらが懐に距離を詰めればその途端に近接戦闘へと変えるだろう。人間であれば、武器から徒手へと変えることへの時間的な隙が生まれるが、この男の戦闘方法からすればそのようなロスはほとんど生まれない。加えて―――)
「どうしたロイ・エーデルフェルト、逃げ回っているだけでは己を倒すことなど出来んぞ? 最強が、最強たりえる所以は常に相手を圧倒するが故ではなかったか?」
突如として、カシムの肩口が開き、そこから大口径のレーザー兵器が放射される。それもまた七星の魔力を込めた攻撃であり、カシムは移動しながらロイに向けてレーザー兵器を放ち続ける。
「ふふ、相変わらずカシム様はドッキリビックリですねぇ」
「何よあれ、もうあんなの人間じゃない……」
「いいんじゃないですか、人間かどうかなんてさして関係ないですよ。そもそも、七星に生まれた時点で普通の人間の生き方なんて望めないんですから。カシム様が七星としての役目を果たすために自分の身体さえも捧げたこと、私はとても素晴らしいことであると思いますよ。七星はそうでなければならない。貴女のように七星の宿命から逃げ続けているだけの方には分かりませんか?」
「別に私は逃げ続けているわけじゃない。ちゃんと終わらせて、自分の人生を生きたいと思っているから、ここに終わらせるために来たのよ!」
「それが逃げていると言っているのですよ、七星の宿命を終わらせることなど出来ません。そう考えているのは貴女が自分の避けられない運命を必死に必死に否定しようとしているからなだけです。どれだけ声を上げても、どれだけ必死に足搔いても、運命は必ず追いついてくる。七星という力は呪いであり祝福です。受け入れてしまえばとても楽になるというのに、貴女は目を逸らし続けているだけです。だから、ロイ・エーデルフェルトにも勝利することができなか――――おおっと!」
「私を出汁にしてロイを値踏みするようなことを言うんじゃないわよ! あの時の私達は互いに全身全霊を出して戦った。その結果として私は彼に一歩及ばなかったけれど、じゃあ、私が七星の総てを使っていれば勝てたのかなんて分からない。それだけ彼は強い。見ていればすぐに分かるわよ!」
「ふふっ、貴女でもそこまで感情をあらわにすることがあるんですね」
「私だって普通の人間なんだから、当たり前でしょ。貴女、散華とか言ったかしら? まるで、私が貴方とは徹底的に違う存在であるようにでも思っているんじゃない? そんなことはないわよ、貴女と私だって同じなんだから」
「同じ……?」
ピクリと散華の眉が動く。何か聞いてはならない言葉を聞いてしまったような感覚、自分の胸の奥がざわつくような感覚を覚えてしまう。
「同じ、じゃない。私と貴女は違う。あまりにも違う。同じだなんて認められない」
ポツリ、ポツリと零れる言葉は、どこか擦り切れるような痛みすらも言葉から感じられる。
「フラウ!!」
「あら、ますたぁ、踊ってくださるのかしら? それとも、そちらのお方が今日のフラウの踊り手かしら?」
「ええ、踊ってあげてください。彼女もまた貴女と踊りたいと思っているでしょうから」
「まぁまぁ、それは嬉しいわ。フラウは踊ってくださるのなら、誰とだって踊って見せるわ。ねぇ、お姉さん、フラウの手を取ってくれるかしら?」
散華が声を上げると同時にどこからともなくその少女が姿を現した。一見何の変哲もない少女、されど、その病的な様子と漆黒のドレス、そしてこの場にあまりにも場違いな赤いバラが装飾されたストローハット、世界を見ているようで全く見ていない言葉の羅列は無関係の少女であるとは決して考えられず、彼女こそが七星散華のサーヴァントであることは間違いない。
(確か、朔ちゃんが言っていた。アサシンのサーヴァントは相手に触れるだけでその相手の身体を腐食させたって。その話が事実なら、あのサーヴァントに触れられるわけにはいかない。私と触れあえることをとても楽しそうに思っている所を無碍にしてしまうのはかわいそうではあるけれども……)
黒の和服をノースリーブとミニスカートに改造し、その上に真っ赤な羽織を着こんでいる散華と並ぶアサシンは、まるで本当の姉妹のようにすら見えるが、その二人ですらも実際の意思疎通が出来ているのかといわれるとかなり怪しいのではないかと桜子は考える。
散華はアサシンを利用しているだけか、あるいは分かったうえで本当にアサシンと踊らせたいと思っているのか。
(マスター同士の戦闘だけでも手こずっているのに、そこにサーヴァントか、ちょっとキッツイいけど、こっちにだって―――)
「マスター! 申し訳ありません、遅くなりました!」
心の中で手助けを願った瞬間に、二振りの槍がアサシンの手を掠めて、桜子へと触れることを阻むようにランサーが姿を見せる。しかし、神代に足を踏み込んでいるであろうランサーの双槍ですらも触れた瞬間に僅かな腐食が引き起こされている。
如何にアサシンという存在の腐食の呪いが凄まじいのかを物語っているようであった。
「セイヴァーの相手は大丈夫?」
「そちらはセイバーに任せました。マスターの、桜子の危機にはせ参じることが出来ずに、二度もマスターを失うのは私としても、さすがに御免こうむります」
「確かに。そんな経験を貴女にさせるわけにはいかないね」
タズミというマスターを失ったが後にマスターとなった桜子にとって、タズミと一緒にいた頃のランサーのことを深く知っているわけではないが、彼女がマスターを守れなかったことに深い後悔を抱いていたことは知っている。今度は自分がその悲しみを背負わせるようなことだけは何としても避けなければならないと思っている。
「キャスター……!」
『なんじゃ。妾もそろそろ手を出しても良いのか? そこの唐変木からはお前が手を出すと滅茶苦茶になるから手を出すなと言われておるのじゃがな』
「フラウの援護をお願いします。皇女のランサーと真正面から戦いあう事が出来たランサーの相手をフラウ1人に任せるのは流石に苦ですから」
『なるほど、なるほど、そちらと来たか。ふむ、それであれば、邪魔にもならぬから良いか』
「気を付けてくださいマスター、まだもう一体潜んでいます。おそらくあちらの男のサーヴァントが」
『ひっひ、そう警戒せんでも良かろう、ランサーよ。妾とてただ己の力を過信しておるだけではないわ。お主を相手取るにあたって姿を見せぬまま、お主を崩すことができるとは思うておらんよ。もっとも、邪魔程度であれば幾らでもできるがのう』
言うが早いか周囲に次々と魔法陣が浮かんでくる。周辺一帯を埋め尽くしてしまうのではないかと思うほどの規模で展開するその魔方陣から、ランサー目掛けて次々と魔力によって形成された砲撃が迫る。
「この程度ッ」
『おお、そうよな、一騎当千、そして速度を重視するタイプの戦士であるお主にその程度の攻撃は大した脅威ではなかろうよ。構わぬ構わぬ。邪魔立てしかせぬと言ったであろう? 必要なことは妾が無差別に攻撃をしておるということよ』
「……っ、マスター!」
「ランサー、私のことは気にしなくていい、集中して!」
キャスターもセレニウム・シルバでの戦いの全容は水晶玉から観察をしたことで理解をしている。その中で、ランサーが迎撃のために出撃をした隙にマスターであるタズミの命が奪われたことも当然ながら理解をしているのだ。
その時に覚えた後悔こそが、ランサーを桜子の下に辿り着かせたのだとすれば、それは当然に利用されてしかるべきだ。サーヴァントが如何に一騎当千であったとしても、その一騎当千の戦闘力を封じることさえできてしまえば、格下のサーヴァントであったとしても大物食いを狙うことは十分にできる。
「さぁ、フラウと踊ってくださるかしら? お姉さん」
その砲火の最中を踊るようにアサシンはランサーへと近づいてくる。アサシンには攻撃が当たらない……のではなく、キャスターが意図的に操作をすることによって、当たらない状況を生み出しているのだろう。本人は姿を見せることもなくただ無数の魔方陣を敷くだけによって、あっさりとランサーとアサシンの戦いの定石を塗りつぶすその手法、実に恐るべきという他ない。
「さぁ、さぁ、さぁ」
「くっ、捌き切れなっ、あっぐっ、あああああああああああ!」
ランサーの手にアサシンが触れた瞬間に、ランサーは悲鳴を上げる。アサシンが触れた箇所、槍を握る上腕部が突如として煙を上げながら腐食を始め、アサシンはその様を見てニコニコと笑みを浮かべている。
「あぁ、素晴らしい、素晴らしいわ、踊ってくださるお姉様、もっと、もっと踊りましょう、振らが触れても崩れないお姉様……!」
腐食をしていることに気付いていないのか、あるいは気付いたうえで喜びを覚えているのか、アサシンはランサーの悲鳴など聴こえていないかのように握る手の力を強める。その腕の力は通常の女性程度のモノであるため、歴戦の戦士であるランサーからすれば、決して振りほどくことができない程度の相手ではないのだが、腐食の力がそれを邪魔する。
「……っ、いい加減にしなさいっ!」
腕が使えない以上は仕方ないとばかりに、ランサーは自分の身体から魔力を放出して、無理矢理にアサシンを引きはがす。アサシンは吹き飛んだが、動きを止めたその瞬間に、無数の魔方陣が一斉にランサーへと照準を向けて砲撃を行う。
「きゃああああああああ」
「ランサー!」
『ふっふっ、余所見はいかんぞ、余所見は。お主は一応二人の相手をしておるのじゃからな。アサシンに触れずに攻撃をしなければならないとしても、その手法など幾らでもあるわ。姿も見えず、気配も分からない相手と触れれば、それだけでその身を裂かんばかりの痛みを与える相手、同時に相手取るのも楽ではなかろう?』
「ええ、思った以上に……手ごわい。ですが、桜子を守るのは、サーヴァントである前に、私と契約してくれた彼女を守りたいからです。それを不利であるとは、私は認めません……!」
『くっく、健気よのぉ。では、その誓いに殉じるがいい』
――グロリアス・カストルム・領主別邸――
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「疾――――っっ!!」
「そこぉぉぉ!!」
鋼鉄の腕と白亜の槍、そして黒の二挺拳銃が真っ向から激突していく。セレニウム・シルバでの因縁再び、リーゼリットと契約しているランサーとアーク、そしてルシアは領主別邸の中で戦うにはあまりにも狭すぎるとばかりに、最初の激突で壁と窓が吹き飛び、次いでレイジたちとヨハンの戦闘につられるように建物そのものが半壊したことで、強制的に外へと出て戦うこととなった。
アークとルシア、共に荒事には慣れており、一度は対峙するランサーとの死闘を潜り抜けた者たちであるが、それであっても、目の前の敵が脅威であることに変わりはない。
「ちっ、相変わらず、馬の上から、それだけの身のこなしができるモノかよ」
「私とこの愛馬はまさしく人馬一体、己が肉体を自由に動かすことが出来ぬ者などいないでしょう。以前の戦いでも言ったはずですよ、私をこの馬から引きずり落すことが出来ないのであれば、勝利することはできないと」
「それが出来れば苦労しないっての! アンタを馬から引きずりおろすことが出来た時なんて、それこそ、勝ちを確信した時だけだろうさ…!」
鋼鉄の腕を持ったスーツ姿の男と二挺拳銃を握るシスター、対峙するは白亜の鎧を着こんだ騎士、もはやファンタジーか何かのような絵面ではあるが、生半可な実力の持ち主が彼らの戦いに飛びこめば瞬く間に命を失いかねないほどの戦いが展開されている。
「対策何かあるか?」
「それがあったら苦労しないってね。ただまぁ、指輪のお陰で随分と耐久力は増しているよ。自分の身体を捨て身にすれば、少しは肉薄できるかも、なんてね」
「はッ、それは確かに面白い話だが、生憎と女を盾にして、勝利を勝ち取る趣味はねぇよ」
「恰好つけてくれるね、それで勝てれば最高にカッコいいんだけど!」
「バーサーカーは既に倒した。しかし、アーク・ザ・フルドライブと言いましたか。貴殿のサーヴァントはいまだ、この状況になっても姿を見せない。貴方がたのサーヴァントで、未だにその正体を掴むことが出来ていないのはライダーだけ。貴殿がサーヴァントのマスターであることは間違いないはずだ。アーク・ザ・フルドライブ、貴殿は何をした。ライダーは今、どこにいるのです?」
「さて、別に隠しているつもりもないんだが……、わからないならわからないままでいいんじゃないか? おまえさんだって、真名を明かせと言われておいそれと明かすわけじゃないだろう?」
「気を付けろ、ランサー。その男が使っているその鋼鉄の腕は、僕たちギリシアの神々、オリュンポス十二神が使っていた力とかなり似通っているように見える。問答などする必要はない。さっさと倒すに限るぞ」
ランサーの動きを見図るためにあえて、対峙をする二人の下へと後方より放たれた矢が飛来し、着弾した瞬間に爆発する。
レイジたち側の戦闘を続けているはずのアーチャーの矢が届いてきたことにアークとルシアは驚くが、すぐにアヴェンジャーが追撃の攻撃を放ち、アーチャーはアヴェンジャーの攻撃を受け止めつつ、無理矢理に矢を放っていく。
「僕は他のサーヴァントのように身軽に動くことができるわけじゃないが、その代わりに随分と身体が頑丈でね、我慢比べでもするかい、アヴェンジャー? お前の矛と僕の身体、どちらが先に根を上げるのか、試してみるのもいいだろう?」
「ああ、構わんとも。我がマスターの命令は最初から、お前たち全員を倒す事なのだから」
「まぁ、僕たちはお互いにサーヴァントだ。いずれは最後に誰か一人が勝ち残らなくちゃいけない運命にあるからね。だが、僕からすればお前のマスターは異常だよ。あれを咎めないのはお前も復讐者のサーヴァントであるからか?」
「否、クラスなどどうでもいい。我はマスターの、レイジ・オブ・ダストの決意と執念に心を動かされたがためにである。アーチャー、そも、お前とて今の身の上であれば、いずれランサーに譲らなければならないことは分かっているはずだ。それを理解しても尚、戦っているというのならば、我からすればそれもまた理解の範疇を越えている」
「まぁ、確かにそれはそうかもしれないな。此度の聖杯戦争に僕の勝ちはない。聖杯に賭ける願いだって大したものがあるわけではないけれど、勝ちを求めているサーヴァントからすれば理解が出来ないというのもそれはわかるさ。とはいえ、僕もマスターの願いは極力叶えたいと思っているからね」
「そうか、それならば我々は共に同じだ」
ランサーと戦っているだけでも互角の状況をギリギリで保っているのが精いっぱいであるアークとルシアに対して、アーチャーまでもが戦って来れば間違いなく戦況は悪化する。アヴェンジャーにとって必要なことはアーチャーにランサーの援護をさせないために釘付けにすることだけだ。
弓兵でありながらも類まれな耐久力を持ち合わせ、アヴェンジャーと真っ向からぶつかり合う弓兵をなんとか凌ぐには、その方法しかない。数が多いからこそ取れる手法であるが、その手法が最善であることは間違いない。
もっとも、サーヴァント同士の戦いがそれで問題なかったとしても、マスター同士の戦闘はまた別問題である。前線で戦うのはレイジとヨハン、そこに対して援護をするのが朔姫とリーゼリットであるが……、
「っ、があああああ」
「剣術の才能はまったくないな。ないというよりも学んでいないと言った方が正しいのか。我流で使える武器を使っているだけのような奴に負けるほど、王国騎士団で学んできた戦い方は安くはない」
「あっちゃぁ、レイジの奴のメッキ、完全にはがれておるわ。あいつ、執念はホンモンやけど、そもそも技術とか体格とかの上ではまったく話にならんからな」
「援護をしたいところだが、王女がこちらを監視している以上、それも難しいか」
「ほとほと厄介な能力やで。指揮官としてはこれ以上ない能力かもしれんけどな」
戦い始めて、早々にレイジとヨハンの戦闘力の格付けは済まされようとしていた。我流で戦い方を学んだだけであり、大剣と蛇腹剣を扱いながらも、太刀筋が分かりやすいレイジと腐っても王国騎士であることへの自負を抱いているヨハンであればどちらが剣技において実力があるのか等言うまでもないだろう。
最初はレイジの執念に圧され気味であったがヨハンではあるが、あくまでも通常剣術を以てレイジを圧倒する。七星としての魔術云々の前に剣士としての修練を積んでいるヨハンにとって、見せかけの力しか持っていないレイジはさして恐るべき存在ではなく、灰狼との戦いでレイジが見せた圧倒的な爆発力はこの状況では全く見られない。むしろ、執念だけで食らいついているレイジの方がここでは悍ましいとさえいえるだろう。
そしてもう一つ、レイジを不利にさせている要因はヨハンを援護しているリゼの存在である。リゼの能力である感覚共有は、七星の魔術を介することによって自分とリンクした相手に自身を通して見たあらゆる情報を相手に受け渡すことができる。大軍を相手に正確な指揮を行う上で重要な能力であり、この場における戦いではレイジとの戦闘に集中せざるを得ないヨハンに対して、視線を交すことなくリゼの状況を伝えることができる。
加えて、リゼもまたヨハンの感覚を共有することができる。二人で一つの感覚を共有し、視野や戦闘状況の把握をさらに広げることができる。言うまでもなくそれはランサーやアーチャーに対してでもある。司令塔であるリゼ自身が認めた存在であれば、彼女を通して全員が状況を把握し、適切な行動をとることができる。
リンクした者たちがそれぞれ、歴戦の強者であればあるほど、この力は大きな意味を持つ。ランサーにしてもアーチャーにしてもヨハンにしても自分自身の行動だけであれば、並大抵の相手に敗北することは有り得ず、問題があるとすれば突然の不意打ちであるが、それを感覚共有を使用することによって、未然に防ぐことができる。
(お姫様の能力は厄介やな、味方側の強化、あるいは指揮能力による力の底上げってところか……、七星個人としての実力はレイジと戦っている騎士君に遠く及ばんやろうが、こと聖杯戦争に関してだけで言えば、明らかに王女様の方が厄介や)
セレニウム・シルバでの戦いを朔姫は思い出す。サーヴァントという一騎当千の存在が敵方にいながらも、王国軍は一糸乱れぬ戦闘を繰り広げることが出来ていたし、なおかつ、戦況の変化にも即座に対応していた。
あちら側にライダーとセイバーという超破格の存在がいたからであると言えばそれまでだが、そこにリゼの能力が合わさっていたのだとすれば、納得できないことはない。
「あかんな、ほんまに逃した魚は大きかったかもしれんな」
だからこそ、朔姫は惜しむ、もしも、リゼと手を結ぶことが出来ていれば、自分たちをさらに一騎当千の戦士へと変化させることが出来たかもしれない。総てが後の祭りであると言えばそれまでなのだが、敵として倒すにはあまりにも惜しい。
「ちっ、俺の銃弾も悉くが弾き返されている」
「姫さんがこっちにガンたれて、騎士君がそれに反応してってところやろうな、さっき、アークたちんところにアーチャーが攻撃を放ったのも、わかっておったからやろ。分断作戦はほとんど役に立たんと思った方がええ」
数の有利は勿論、手数の多さによる押し込みであるが、それと同時に少数の相手を連携させないという効果もある。敵を分断し、連携によるパフォーマンスを発揮することができない間に相手を封殺するという戦い方であるが、逆に封殺されているのは朔姫たち側である。
「お前たちは数で押し切ることができると思っていたんだろうが、逆だよ。リゼがいる限り、どれだけ数がいようとも、俺とランサー、アーチャーがいればリゼを守りきることはできる」
「うるさい、できるできないじゃないんだよ、やらなくちゃいけないんだ!」
「俺は別にヴィンセントのことを殺されたとかなんだとかでお前を糾弾するつもりはない。お前を罵倒できるほど、俺はまともな人生を生きてきたわけじゃないからな。だが……、リゼに手を出す奴は、どんな理由があろうとも、俺の敵だ。お前の復讐にどんな正統性があったとしても、俺にとっては知ったことじゃない!」
「ぐっ、ぐあああああああああああ」
純粋なる剣技で追い詰められるレイジは得物の大きさでは勝っているはずなのに、ヨハンの剣を押しのけることが出来ず、逆に大剣を弾かれ、身体が大きく後ろに仰け反る。その一瞬の隙を狙って、踏み込んだヨハンの切っ先がレイジの喉元へと放たれるが、そこに魔力障壁が張られ、レイジへとあと一歩、刃が届かない。
「レイジの事、やらせないよ!」
「向こうのキャスターか。さすがにサーヴァントの術を破りきることはできないか」
レイジの命を奪いきるための最高の機会であったが、さすがにそう簡単に勝負を終わらせることはさせてくれない。キャスターによる防御結界はいかに七星の血を用いた刃であっても完全に破壊することは出来ず、レイジを守り抜く最後の防壁として機能した。
(それに、こいつと戦っていると、うまく七星の力を使用することができない。追い込まれているわけではないから、多少の差でしかないが、さっきもそれが通っていれば……)
「くっ、よくもやってくれたな……」
「諦めろ、お前では俺には勝てない。リゼを狙った下手人である以上、お前を放逐することはできないが、結果の見えた戦いをこれ以上続けたところで仕方がないだろう。さっさと降伏しろ」
「するかよ」
「そうか、なら、騎士としてお前を討つだけだ」
ドクドクと七星の血が滾る。自分の身体の中で殺人が容認されたことに喜びを覚えるように、早く血を吸わせろと主張して来る。自分の身体の中に流れる七星の血ほど汚らわしいものはないとヨハンは思うが、この血こそが、自分に絶対的な力を与えてくれる。リゼを守り抜くために必要な力であるのならば、ヨハンはこの血を使うことを厭わない。
その手を汚すのはリゼではなく自分だけであるべきだと思うからこそ。
『ちょっと、僕らのマスター、まずいんじゃない?』
「レイジ……!」
「気を逸らしたねッ!」
「ぬっ、がああああああ」
ヨハンによる猛攻でレイジに危機が訪れたことを悟ったアヴェンジャーが反応し、周囲の状況を把握しきっているアーチャーがすかさずアヴェンジャーに向かって剛弓を放つ。
アヴェンジャーの身体が吹き飛ぶ、続けてアーチャーはランサーと真正面から激突を続けるアークとルシア目掛けて矢を放つ。弓矢を放った瞬間、周囲の状況を確認することもなく放たれる矢はまさしくクイックドロウの極致、普通であれば気付かないであろう攻撃だが、自身に迫る感情を色で判断することができるルシアは自身へと降りかかる殺意に対して即座に反応し、
「アーク!」
「応とも!」
鋼鉄の腕で防ぐと同時に、着弾による爆発から身を守るためにルシアを担いでアークが跳躍する。その判断はこの一瞬の隙を狙う戦いの中で間違いなく、正解の選択肢を選んだはずであった。
しかし――――
「我が王よ――――偉大なる獅子心王よ、貴方の力をこの一時、臣下たるウィリアムにお貸し戴く!!」
白の槍、その穂先に瞬くのは星の光が如き力、跳躍したアークとルシアは奇しくも朔姫たちのいる方向へと跳躍し、その穂先の向かう方向にはレイジたち全員が密集する状況、
「私の能力によって、ランサーは周囲の状況を把握し、そして、この一手を打つ。敵対したとなれば、倒さなければならないのが聖杯戦争。ランサー、貴方の宝具をもって、彼らを吹き飛ばしなさい!!」
「Yes,MyRoad―――『
瞬間、眩き光と共に、周囲を焼き払う光の奔流が押し寄せる。槍から放たれる超高温のビーム兵器とも呼べるものによって、真正面にある者すべては焼き払われる運命に処されるのであった。
それこそが、強大無比たるアンジュ―帝国の栄光の証、帝国史その名を刻み、五人の王に仕えた騎士の中の騎士、プランタジネット朝イングランドを支えし重臣、ウィリアム・マーシャルの宝具の一つに他ならなかった。