Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
第9話「星屑ビーナス」①
――グロリアス・カストルム・領主別邸――
生まれた時から私は王族であり、何不自由のない人生を送ってきた。男の子に恵まれなかった私の父と母は、新たな王を生み出すことが出来なかったことを嘆きながらも、いずれお前がこの国の女王になるのだと、私は小さい頃からそう言われ、そうなるのだと思っていた。
無邪気な子供は、いつかそうなると言われれば、その時には相応しい存在になることができるのだと漠然と思っていて、自分の知っている世界以外にどれだけの世界が広がっているのかなんて知る由もなかった。
生まれながらの王族、王宮の中の世界しか知らない子供、そんな子供がどれだけ歪で、どれだけ無知で、籠の中の鳥であるのかを本人だけは全く理解できていなかった。
自分の身体には七星の血が流れている。七星という存在を知ったのは10歳になるかどうかの瀬戸際だったか。自分の身体の中に流れ込んでいた魔力が大きくざわついて、不思議と他者を傷つける衝動に襲われた時だった。
わけもわからず、為政者としての教育をされてきた私は、自分の中に浮かび上がってきた殺人衝動にも似た渇望に、自分自身がとても醜い存在に思えて、自分自身が分からなくなって、泣きつくように父と母に相談した。
聞かされた話は夢物語のようなモノ、自分の祖先が暗殺一族であり、セプテムという国家の樹立にも深く関わっていたこと、そしてこれから成長をしていけば、この七星の力は強まっていき、歴代の王族たちは七星の血を抑制するためにあえて、近隣諸国家との対立や戦乱を定期的に行っていたこと、自分自身を律する方法を手にしなければ、いずれ自分もこの七星の血に呑まれることがあるかもしれないこと。
王都は生まれながらに国民たちとは異なる存在であり、絶対的に希少な存在であると思っていた。高貴な血を継いできた者であるという私の認識は、その時に大きく覆された。
けれども、乳はこの七星の血こそがこの国を生み出し、自分たちを王にしてくれた素晴らしきギフトであると口にしていた。その言葉は自分を信じ込ませるための言葉ではなく、心の底から信じ込んでいた言葉であったと思う。
「いずれ、我らが太祖より与えられた誓いを果たす時が来る。我々の祖先はその為にこの国を建国した。リーゼリットよ、間もなくその時が来る。七星の血を宿したお前もその日が来れば、王族ではなく七星の血族として誓いを果たすのだ」
私達は、セプテムの王族であり、同時に七星の血族である。すべては七星の祖先との遠い誓いを果たすために。七星としての自分を自覚した私に父は口癖のようにそう口にしてきた。父は心の底から、私の中の七星の血が覚醒したことを喜んでいたのだと思う。
私は無知な子供だった。だから、父の言葉を信じた。私が理解している正しい人間とは程遠い誰かを傷つけるために与えられた力、けれど、それが王族として国民と自分を隔てる証であるのならばそれを信じるしかないだろうと自分に思い込ませて、私は七星としての自分を肯定した。
そして14歳に差しかかろうとした頃、私は王都の中に存在するスラムの反乱鎮圧に同行することになった。父からすれば近衛兵士たちに守護させた私がスラムの鎮圧に同行することで、王族としての私の名前に箔をつけ、また七星としての血の覚醒をより促すつもりだったのだろう。定期的に行われるスラムの浄化は、王族にとってのガス抜きでもある。兵士たちにとっても、決して鎮圧任務は難しいものではなかったはずだ。
私にとっては初めての初陣、初めて、七星の血を用いての戦い、自分の中に湧き上がる経験したこともない感覚、理解よりも先に答えを与えられるように自分の魔術回路を血が汚染し、自分が取るべき行動を与える感覚が過り、私はその感覚に酔って行った。
相手よりも圧倒的な力を振って、相手を蹂躙していく行為はある種の快感だ。人が暴力的な衝動に快楽を覚える生き物である限り、それを否定することは間違いなく誰にもできない。体格では劣る私が大人を相手にも七星の血に従えば、相手を嬲り倒しにできる。私の命令1つで、兵士たちが動いて、私に悪意を向けてくる相手を倒してくれる。
七星の血がもしも、私の中に存在していなかったとしてもこの誘惑に抗うことは難しかっただろうと思う。戦場という人の命が簡単に散ってしまう世界の中で浮かび上がってきた全能感、何もかもが私に味方をしてくれるという肯定感、狭い王宮という世界の中だけで生きてきた王女の人生観を歪ませるには十分すぎるほどの経験であり、きっと、父はこの経験を以て、自分が七星の血を完全に受け入れるだろうと思っていただろう。
勿論、私も同じように思う。もしも、この時に何事もなく予定通りに状況が進んでいれば、きっと私は自分が七星であることを当たり前のように受け入れただろう。
けれど、この時、スラム制圧作戦は私達の思う通りには進まなかった。私達はスラムの人間の、私たち王族への憎悪を甘く見ていた。
王族である私を狙って、決死の特攻をかけてきたスラムの住人達、そのうちの1人によって、私は連れ去られてしまった。
兵士たちの間に衝撃が走ったことは言うまでもない。王族である私が連れ去られただけでも大問題だが、もしも、私の命が奪われ、晒し者にされるようなことがあれば、兵士たちは全員処刑されることを免れない。
血眼になって兵士たちはスラムの中を駆けずり回ったと聞かされたのは王宮に戻ってからの話しだった。
結論から言えば、私は兵士たちに発見されて救い出された。私がスラムの住民たちに連れ去られてから2日後に、私は兵士たちに発見され、王族への反抗勢力も鎮圧されたことで、事なきを得ることが出来た。
空は既に赤みを帯びている頃、茜色の空へと変わった時分に、私はこれまで王宮の中で過ごしていた頃には体験したこともないような経験を続け、もう一度、私が住んでいる世界の中へと戻っていくことが出来た。
『君は……?』
『彼は、私を彼らから救ってくれた恩人です。彼もスラムの人間であることに変わりはありませんが、どうか寛大な処置をお願いします。彼がいなければ、私はこうして生きて戻ってくることは出来なかったかもしれません』
『別に、そんな大したことをしたわけじゃない。俺も巻き込まれてしまったから、一緒にいただけさ。あのままだったら、俺だって殺されていただろ? こんな掃き溜めでいつ死んでもおかしくなかったとしても無意味に死ぬのは嫌なんだ』
『そうだったのか、感謝をする。君が望めば、王への面会も叶うだろう。皇女を救ったのだ、スラムから出る理由には十分すぎるだろう』
『いいよ、俺にはここが似合っている。別に報酬が欲しくて彼女を助けたわけじゃない』
『そうか、こちらこそ君の善意に対して不躾な言葉を投げかけた。改めて感謝をさせてほしい』
『本当に一緒に来ないの?』
『ああ、お前こそ、俺なんかと一緒にいても仕方がないだろう。俺達は住む世界が違う。それは十分理解しただろ』
『でも……』
『なら、いつかまた来ればいい。スラムに立ち寄れば俺はいつでもいる。あんたがまたここに来るような奇特な奴なら、またきっと会うことができるハズさ』
『うん、そうだね……、そうするよ』
そうして、私達は別れていった。この日の体験を境にして、私は自分が如何に世界のことを知らないのか、七星の血が如何にこの国に対して悲劇を生み出してしまっていたのかを理解させられた。この日を境に少しずつ、リーゼリット・N・エトワールの人生観は、七星という血を汚らわしいものとして見ていくこととなる。
そして、一度目のスラム鎮圧の戦いから、4年の歳月が経過し、再びスラムの中での反抗が取り沙汰されるようになった頃、18歳となった私は再びスラムの鎮圧へと乗り出した。
その戦いの最中で、私はかつてのスラム鎮圧戦の中で、一度出会ったヨハン君と再会し、彼と協力することで二度目の鎮圧戦を乗り越えることが出来た。彼を自分の騎士として召し抱えたのはその時からである。
二度のスラムの戦いは私にとって決して忘れることのできない記憶、私という人間の根底を形成した記憶に他ならないからこそ、どうしても忘れることはできない。
どこまでいっても、私達は七星であることから逃げられない。この国を生み出した原動力であったとしても、今の私達に七星の血なんてものは本当に必要なのだろうか。
かつての祝福は今となっては呪いへと変わりつつある。ただ、その呪いに対して何をすればいいのか、私は未だに答えを見出すことが出来ていない。
・・・
「はぁぁ~~、アフラ・マズダと出くわした? 何、事後報告で済ませとんねん、めちゃくちゃ大事なことやないか!」
「あー。ごめん、昨日なサーヴァント戦とかマスター戦とかあったし、朔ちゃんたちも皇女様たちとの戦いがあったって聞いていたし、なんていうか、すっかり報告するのが抜け落ちちゃっていたって言うか、なんていうか」
「このド阿呆がっ!! 上司への態度がなっていないって常日頃から説教垂れておるの忘れたんか!」
七星散華、カシム・ナジェムとの遭遇、そしアフラ・マズダの出現から始まったサーヴァント同士の戦いは、アステロパイオスの宝具発動による機転で何とか撤退をすることが出来た。
ロイの奮闘もあって、カシムにも相応以上のダメージを与えることが出来たが、それで相手側が諦めるとはとても思えない。おそらく、ほどなくしてもう一度、自分たちが戦うことになるであろうことは、桜子もロイも予感として強く思う所であった。
「でも、朔ちゃんたちだって大変だったんでしょ? あっち側のランサーとアーチャーとの戦いで、アヴェンジャーの宝具で何とか撤退出来たって」
「まぁ、な。皇女様のランサー、ウィリアム・マーシャルの持つ宝具を使われて、こっちもギリギリだった。あのまま戦っていたら、どっちが勝っていたかまでは何とも言えんが、もしかしたら、誰かしらが脱落していたかもしれん」
「ウィリアム・マーシャル、ヨーロッパでも有名な騎士だな。プランタジネット朝イングランドに仕えた、英国を代表する騎士の1人か」
「あくまでも推測やけど、あいつの宝具はあれで終わりやない。王様の宝具を借りてくることができる言うんなら、ウィリアム・マーシャルは都合五人の王に仕えておる。誰よりも有名なんが、獅子心王リチャードとはいえ、他の王様にだって宝具へと昇華出来る逸話が全くないわけやない。あれだけ素のスペックが高いうえに、宝具を複数持ちとか、ほんま冗談やないわ。頭おかしうなるで、ほんま」
「意外な伏兵、というわけでもないか。セレニウム・シルバでもあれだけ暴れまわっていたわけだし。ライダー、セイバー以外にもそれほどの実力者がいるというのは頭が痛い話ではあるな」
「ですが、ライダーと違って、あくまでもランサーは1人だけです。如何に卓越した武技と、圧倒的な力を誇る宝具があったとしても、倒せない相手ではありません。真名が露呈した以上、そこから何かしらの対策を考えることもできるでしょう。何にしても、次は勝ちます」
「頼りにしているよ、ランサー」
「そう言っていただけると、少しは心の助けになります。昨日はお世辞にも桜子のサーヴァントとして、誇れる活躍が出来たわけではありませんから」
「何言ってんのよ、アステロパイオスが宝具を使ってくれたから、私達だってあの場を切り抜けられたんでしょ? 十分に私は貴女に助けられているわ。そんなに自分を卑下しないで、私たちはどっちも無事だったんだから、次はお互いに勝とう、絶対に、ね?」
「……はい」
セレニウム・シルバでタズミを亡き者にされた失態に続いて、桜子を危険に誘い込みかねないほどに、アサシンとキャスターの連携にしてやられてしまったアステロパイオスは、彼女なりに責任を覚えている。
アステロパイオスは責任感の強い性格であることは桜子も知っているし、何よりも個人的な事情からも彼女は、桜子を無事に蓮司の下へと帰らせることを契約したうえでの制約としている。
それなのに、彼女を危険に巻き込んでしまうとは不甲斐ないと自分を責めていたのは明白であったため、桜子としてもフォローを入れないわけにはいかなかった。
桜子はサーヴァント自身を自分を絶対に守るための使い魔として想っているわけではない。共に戦う仲間として、最後まで信頼を築いたうえで困難を乗り越えていきたいと思っている。
「ま、何にしても、ウチらがここにおることは、七星側にバレてしもうた。長居をしておるんも悪手、皇女様との同盟締結も出来なかった以上はさっさと見切りを付けて王都目指した方がええやろ。どうせ、どこをほっつき歩いても連中に見つかるんなら、こっちから喉元食らいついた方が気持ちええわ」
「リーゼリット皇女との同盟、か。姫としては、弁解してでも、同盟を結んだ方が良かったと思うんだけどなぁ~」
「過ぎたことを今更、後悔したところで何も出てきやしねぇよ。第一、同盟を結んだところで、あっちのルチアーノだったか、アイツがいる限り、あっさりと進んだかどうかも怪しいさ。どうあったってレイジとアイツが分かり合うことはできねぇし、レイジも七星側のマスターたちと手を結ぶなんてのは願い下げだろうしな」
「だね、むしろ、私が特別って感じだし」
「今更、あのクソガキ放逐するんも目覚め悪いしな。そもそも、ガキを人質にしてるようなヤクザを味方にするんはウチもさすがにボーダー越えやし、縁がなかったと思うしかないわな。あのお姫様自体は個人的には嫌いやなかったけど」
「朔ちゃんがそういうのなら、きっといい娘なんだろうね」
「アホか、使いやすいと思うてただけや。それより、桜子、お前、大丈夫なんか?」
「え、何が?」
「何がって……、七星宗家と顔を合したんやろ。そんなん、思う所だって出てくるはずやろ」
桜子にとって、七星宗家という存在はある種別格の存在である。大陸に渡った七星たちとは異なり、もしかしたら、ほんの少し運命が違えば、自分も同じ道を進んでいたかもしれない七星散華の存在は、桜子にとっては劇薬であることは間違いないと朔姫も思っている。
否応でも七星という存在と向き合わなければならないし、七星宗家は分家とはいえ、七星の運命に抗おうとしている桜子のことを敵視しているのは神祇省の情報網でも伝わっていた。朔姫としても、いずれ、散華と桜子が激突し合うことは分かっていた展開であるとはいえ、精神的な面で負担を覚えていないのかを気にかけているのだ。
そんな朔姫の心遣いに気付いてか、桜子はにっこりと笑みを浮かべて、朔姫に後ろから抱きつく。
「朔ちゃ~~ん♪」
「はぁぁぁ!? いきなり抱きつくな、暑苦しっ、キショいわ、近寄んな、ババア!! ふんぎぃぃぃ」
「朔ちゃんってば、口では悪いことをいっつも言ってるけど、大事なとこでは本気で心配してくれるもんねぇ、私、そういう朔ちゃんのこと昔から大好きだよ~」
「だっ、から、暑苦しいいうとるやろ、ウチは女と抱き合う趣味はないわ、ボケぇぇ!!」
朔姫は桜子に後ろから抱きつかれて、離せ離せともがいているが、小柄で華奢な朔姫に学生のころから剣術道場で鍛えている桜子を引きはがすことは出来ず、むぎゅむぎゅとぬいぐるみを抱きしめるように頬を擦り付け、親愛の証をアピールする。
朔姫をしばしハグして、むぎゅーとしたことに満足したのか、身体を離すと、朔姫は疲れ切ったように放心状態で倒れ伏した。
「くそったれ、このゴリラぁぁ」
「えー、朔ちゃんがじたばた動くからじゃん」
「あはは、朔ちゃんってば、もう疲労困憊って感じだし☆」
「い、いいのでしょうか? なんだか、止めるべきとも思いましたが……」
「じゃれ合いだろ、どっちも分かってるさ」
生真面目なアステロパイオスは桜子を止めるべきだったのかと頬をかき、アークはゲラゲラと笑って気にすることはないと口にする。
昨日の戦いで、誰もが身体も精神も披露している。小難しい対策や現実的にどのように立ち回っていくのかを考えることも必要ではあるが、今は身体と心を休めることも必要だ。朔姫の気遣いは、桜子の心に届いているだろうし、鬱陶しがっていても朔姫にそこまでの強引な行動が出来るのも桜子しかいない。
長年連れ添ってきたからこそ、言葉にしなくても互いに分かる付き合い方というものがある。朔姫が桜子よりも年下であっても、桜子を指示する側として不満なく従っているのも互いに信頼があればこそだろう。
「羨ましいと言えば羨ましい光景さ。こういう時に男ってのは自分で自分を奮い立たせるしかない」
「まぁ、ね。強すぎるとそこらへん、転んでも自分で立ち上がらなくちゃいけないって思うしかなくなる。強すぎるってのも考えものさ」
そんな二人の様子を見ながらアークとロイはやれやれと言った言葉を吐きながら、互いに互いの苦労を労う。頼るよりも頼られる側である二人は容易に心の弱さを吐きだす機会はないが、だからこそ、理解できることもあるということだろうか。
「ありがとね、朔ちゃん、私のことを心配してくれて。でも、大丈夫だよ。私は七星であるからこそ、過酷な運命に囚われることになったけれど、七星だったからこそ、多くの人に出会う事が出来た。自分の人生を自分で決めることが出来た。
あの10年前の聖杯戦争の時から、私はちゃんと自分の人生を肯定しようとって決めてる。どんなことがあっても、私は自分が生まれてきたことを否定するようなことだけはしないようにって。それが自分の命を犠牲にしてでも、私の生きる世界を守ってくれたお母さんに私が出来ることだと思ってるから」
七星散華に七星の宿命から逃げていると言われたこと、桜子も確かに事実だろうと思う。自分が生まれて来た時から身体に宿っている七星の血は今でも桜子に七星としての役目を果たせと囁き、桜子はずっと身体の中に宿っているその衝動に抗っている。楽なことではないし、それが自分の出自から逃げていると言われれば確かにその通りだと思う。
今の桜子が七星桜子ではなく遠坂桜子として名乗っていることも七星宗家からすれば、七星を捨てたと捉えられても仕方のない話である。
それでも、桜子は母が世界を守るためにその身を犠牲にしたことを知っている。自分の子供たちの為にその決断をしてくれた母を想うたびに、桜子が普通の人間として生きられるように過酷な運命から遠ざけようとしていた父と兄を想うたびに、桜子は運命を受け入れることだけは正しい選択ではないと自分の中に流れる血に抗ってきた。
自分が七星以外の生き方で幸せになることこそが、家族が自分に望んできた幸せであると桜子は正しく受け止めているし、七星の一族である桜子を魔術師としての名門でありながら受け入れてくれた主人のことを心から感謝しているし愛している。
あの秋津の聖杯戦争を経験しなければ、散華の言葉に強く揺さぶられていたかもしれない。自分は本当はどのように生きればよかったのかと自問自答していたかもしれないが、少なくともどのように生きればよかったのかという点において、桜子が揺れることはない。
「今回は不覚を取ったけれど、次は絶対に負けないよ。七星の血の宿命に抗うことは決して間違ったことじゃないって、勝って証明してみせる。私がこの聖杯戦争に参加したのは、七星の運命に負けないためでもあるんだから」
「いっちょ前の口を利くようになりおって。なら、次は絶対に負けんなや、七星宗家がナンボのもんじゃ!」
「ナンボのもんじゃ~☆」
確かに散華は強敵だ、あの超反応を攻略する糸口を見出すことが出来なければ、桜子に勝利はないだろう。
だが、勝てなければ自分が命を失うことになる。その結末を認めることだけは絶対にさせてはならない。自分の帰りを待ってくれている人たちがいる。桜子と散華のどちらが正しいのかなんて桜子にはわからないし、そこに優劣をつけるようなことをするつもりはない。
ただ、勝たなければならない理由があるから、勝つ。それだけのことだ。
・・・
「よっす、アヴェンジャー、そっちは1人で考え事かい、あ、っていうか、1人って訳でもないのか」
「ルシアに、エドワードか。何か用か。生憎とマスターであるあの小僧は近くにはいないが……」
「いや、レイジに用があってここに来たわけじゃない」
「そそ、まずは、昨日の戦いで助けてくれてありがとうってね。ああ、でも、宝具を使ったのはあんたの人格じゃない方のサーヴァントなんだっけ? なんだかややこしいね」
「いや、構わん。我々はこの身体の中で三つの魂が同居している状態だ。言葉を受け止めるのは三人同時に行うことができるし、それに―――――このようにある程度であれば人格を変えることもできるしのぉ!」
「ほぅ、確かに離し方や空気が一瞬で変わったな」
「浮かんでいる色も変わったね。うん、アヴェンジャーとまともに会話をしたのって今回が初めてだったかもしれないけれど、確かに魂が三つあるってのも嘘じゃないみたいだね」
「嘘をつく必要性もないしな。あの脆弱な小僧を生き残らせることを考えれば、お前たちとの協力は必要不可欠じゃしな。儂の宝具であるアルプス越えは魔力を大幅に使う故に乱用することは出来んが、ここぞという時の役には立つ。
もっとも、儂の真価は電撃戦ではなく持久戦じゃがな、がっはははははははは」
「古代ローマをたった一人で翻弄し続けた稀代の戦略家ハンニバル・バルカ、確かにこれほど味方にして頼もしいと思える存在はいないだろうな」
「儂の身体までついてくれば余計に頼りがいがあったのじゃがなぁ」
「その人格で身体を得たところで全盛期って訳じゃないでしょ? そもそも、あんたの戦い方なんてレイジは絶対に従わないよ? 指揮官の指示に従わない大将がいる状況なんて、あんたを最大限に活用できるとは思えないね」
調子に乗るハンニバルを皮肉るようにもう一つの人格である青年の人格が表に出る。身なりはアヴェンジャーそのままの状態で反応だけが変わっているだけに何とも言えない気分にルシアとエドワードは晒される。
「アヴェンジャーには三つの人格があると聞いた。いつも表に出ている人格とハンニバルの人格、そしてもう一人があんたか」
「そうだね、エドワード・ハミルトン。魔弾を受け継いだもの、先の戦いでの魔弾の使い道は実に有効だったよ、ただ、あまり乱発するものではないと思うよ。君だって、何もできずに運命に撃ち抜かれるのは嫌だろう?」
「…………」
「ルシア・メルクーア、君は逆にもっと自分自身を有効活用するべきだね。使い方次第で、ファブニールから受け継いだ不死性は大きな意味を持つ。先のランサーとの戦いでも、君がその身の使い方を考えていれば、ランサーに想定外の一撃を加えることが出来たかもしれない。まぁ人間、誰だって死の恐怖に打ち勝つというのは何よりも難しいことであるのは分かっているよ。僕もその経験はあるからね」
「嫌な感じ、あんた、絶対に性格悪いってよく言われるでしょ」
「まぁね、僕は基本裏切り者扱いだからさ。でも、嫌われることを怖れていないからこそ、言えることもある。そういう意味では向こう見ずなレイジのことは嫌いじゃない。彼がどんな末路を辿るのかまで含めて、見届けたいと思っている。だから、信用はしてくれて構わないよ。今回は、マスターを裏切るつもりはないから」
「そこまで言うなら、真名くらい教えてくれてもいいんじゃない? 信頼の証ってもんを立てるくらいはさ」
「それはないかな。誰も知らないからこそできることだってあるだろうし、下手に知られて対策を立てられるようなこともされたくない。良くも悪くも、想定外のことを敢行するのなら誰も知らないっていうのが重要だったりするものだからね」
協力はするし、信用はしてくれていい。ただ、素性を明かすつもりはないという態度の、三人目の青年の声をしたサーヴァントにはルシアもエドワードも不信感を拭うことはできないが、先ほどのアドバイスも決して彼らを危険に誘い込むことではなく、むしろ、今後の戦いを考えれば、想定をしておくべきことであるという好意に基づいた言葉であることは理解できた。
(ま、確かにそうなんだよね。バーサーカーの能力を指輪の力で一時的に手に入れても、私自身が踏ん切りがついていない。そりゃ、不死身を使いこなすってことは死ぬこと前提の無茶な作戦が出来るってことで、一歩間違えればそれで終わりなんだから、躊躇するのなんて当たり前なんだけどさ……)
しかし、桜子やロイ、朔姫のようにサーヴァントがいるわけでもなく、アークのように生身でサーヴァントと戦うことができるわけでもないルシアにとって、ニーベルングの指輪は起死回生の一手を担う事が出来る力であることは間違いない。
今のままでは、ライダー陣営だけでなく、ランサー陣営たちに勝利することができるかでさえも怪しいことを考えれば覚悟を決める必要が出てくるのは間違いない。
「まぁ、僕のことを信用できるかどうかを考えるのならば、彼女のことももっと疑ってかかるべきなんじゃないかな? レイジのさ、一緒にいる娘、ターニャだったっけ? 僕からすれば、あの娘の方がよほど怪しいよ」
「彼女についてはレイジも認識しているし、これまで俺達に不審なことをしてくる様子もなかったと思うが?」
「そうじゃな、お前さんの天邪鬼な深読みでしかないんじゃないか?」
「闘う術には秀でていても、人を見る目が全くない爺さんは黙っていてくれないかな。僕からすれば怪しいことばかりさ。星灰狼が僕たちに彼女を預けていることも、敵方であるセイバー陣営がルチアーノとの騒動の時に姿を見せなかったことも、彼女があの土壇場で突然、七星の魔術を使いこなしたことも、何もかもが不自然だよ。そういう風に誘導されているんじゃないかってね」
「でも、あの子の感情の色は、不自然な色は出していないよ。あの子の表情や反応と何も矛盾していない。確かにあのいけ好かないライダーのマスターが何かを企んでいるのは間違いないと思うけどさ、それでターニャを疑うって言うのはちょっと違うんじゃない? って私は思うよ」
「おうおう、言ってやれ。こやつは基本的に世の中のことを斜に構えているからな。何事にも否定から入らなければ気が済まんのじゃ!」
「別にそんなつもりもないけどね。僕だって物事の素直な受け取り方くらいは知っているつもりだよ。ただ、不安はあるってところだよ。僕も僕でれっきとしたサーヴァントだ。レイジの良く末を見たいって気持ちも嘘じゃない。その上で、マスターに害を加えるかもしれない存在を疑う気持ちを持つことは必要なことだろう?」
それが真っ当な英霊には感知できない程度の匂いであったとしても、自分にはどうしたって漂ってくることを否定することはできない。ターニャという存在は否応にも劇薬になる。それを手放すことをレイジが認めない限り、常に付きまとってくることは否定できない。いずれ迎えるであろうセイバー陣営との戦いも含めて、いずれは出さなければならない結論を先送りにしていることは言うまでもない。
もしも、レイジが七星のマスターたちを倒すという初志を貫徹するのだとすれば、ターニャだけを特別扱いすることはできない。躊躇しないこと、徹底した七星への復讐心こそがレイジの強さの根底にあるものだとすれば、その利己的な線引きはレイジ自身にとっても己の足元を掬う事態を生み出しかねない。
(あるいは、それこそが星灰狼の狙いだなんて考えるのは流石に考え過ぎかな。彼にとって、そこまでレイジを特別扱いする理由なんてないだろうしね)
どうしても拭えない違和感、けれど、それに答えを出すことは現時点ではできない。けれど、予感はあるのだ。ターニャの存在こそがレイジにとって致命傷になる引き金になるのではないかと。
・・・
『昨日は災難だったようですね、リーゼリット皇女殿下。まさか、凱旋パレードの為に立ち寄ったグロリアス・カストルムで彼らと鉢合わせて戦闘になるとは。連絡をいただければ、すぐにでも、人造七星を向かわせたのですが……』
「問題ありません。彼らは私とヨハンの二人で撃退に成功しました。あのまま戦っていても、勝敗はこちらに傾いたでしょう」
『さすがは、まもなくこのセプテムの王冠を被るお方だ。私も強き皇女殿下と肩を並べることが出来て嬉しい限りです。ですが、本当によろしいのですか、彼らはまだグロアス・カストルムに潜んでいるかもしれない。人造七星を投入すればしらみつぶしにでも、彼らの居場所を見つけることもできるでしょう』
「この街で戦闘を行うつもりはありません。この街はセプテム第二の都市、多くに国民が住まう街です。無差別に街を荒らすようなことになれば国民たちは何が起こったのかと不安に駆られることでしょう。ましてやサーヴァント同士の戦いが起これば、この街そのものが戦場となりかねない」
『ですが、それは王都であろうとも同じでは?』
「まさか。王都であれば侵入すると同時に、こちらの近衛が動きます。貴方の人造七星と合わせれば、彼らに潜伏先を与えることもないでしょう。そもそも、彼らは王門の突破は出来ません。王門で手こずっている所でこちらが一方的に蹂躙すればいい。人造七星をわざわざこちらに向かわせるような手間を取らせる必要はありませんよ、灰狼殿」
『なるほど、過ぎた言葉でした。我々は彼らを蹂躙する側、何をしようとも王都に待っていれば彼らが来るのだから放逐しておけばよいとのことですね。ええ、確かに利には適っております。皇女殿下がそのように仰られるのであれば、私には異論はありません』
「凱旋パレードが終わった以上、私達も早々にルプス・コローナへと戻ります。王都にて会いましょう、灰狼殿」
『ええ、良い旅路を』
王都ルプス・コローナにてリゼたちの帰りを待つ星灰狼との会談を終えたリゼはため息を零す。
「全部見透かしているんでしょうね……」
リゼが灰狼の思惑に対して翻意を抱いていることも、灰狼との最終的な決着をつける際の手札の一つとして、レイジたちをあえて逃がした上で追撃を行わなかったことも、おそらく灰狼は理解している。
合流した散華の話しを聞く限り、アサシン陣営およびキャスター陣営も昨日の同時刻に戦闘を行っていた。ある意味でいつでも、リゼたちの戦闘に介入することが出来たともいえる。それを実行しなかったのは、リゼたちの動向を見守る為だったからではないだろうか。そんな風にリゼは捉えてしまった。
「ある意味、復讐心だけで全てに牙を剥けることが羨ましいのかもしれないね」
リゼはレイジのことを思いだす。彼の言葉は敵対者として、自分の知る者の命を奪った相手であるというのに、痛いほどに胸に突き刺さった。
七星という存在を決して是と認めていないリゼにとって、この聖杯戦争で犠牲になる者たちは国家が命を奪ったにも等しい。タズミとて、国家への反逆芯を露わにしていなかったとすれば、悲しい犠牲者の1人として扱われていただろう。
レイジの怒りを正当なモノであると思ってしまうのは、七星の血を是とする父や灰狼への反発心からなのか、あるいは心のどこかでリゼはレイジのように自分の心の中に抱いている感情をはっきりと吐露することができる相手に憧れを覚えてしまっているからなのだろうか。自分がどうするべきなのか、自分がこの聖杯戦争にどのように向き合うべきなのか、実の所、リゼはいまだにはっきりと答えを見出すことが出来ていない。
「私も同類、本当にそう。その通り過ぎる。所詮、聖杯戦争の参加者から見れば、私は王族でも何でもなく、ただの七星のマスターでしかないんだから」
きっとこの国の人間たちはどんなことであってもリゼを肯定するだろう。傍に控えるランサーもヨハンも、そしてリゼを利用している灰狼たちも結局のところはリゼを否定しない。今の操り人形のようなリゼこそが最も使いやすい存在であるのだから。
だから、あんな風に罵倒されることは久しぶりのことで、本当であれば気分を悪くして然るべきであるというのに、どうしてか一刻も早く記憶から消し去ろうと思う事が出来なかった。
彼は何があったのだろうか。彼があの慰霊碑の前でどうして、あのようなことを口走ったのか。どうしてかはわからない。けれど、知らなければいけないと思った。
あの日、スラムの中で過ごした2日間で、自分の価値感が粉々に破壊された時のように、どうしてか彼と向き合わなければならないと思ったのだった。
「言いたいことは理解できますが、危険ですよ。彼はマスターの顔を見れば、どこであろうとも戦いを辞さないでしょう」
「うん、分かっている。だから、お願い、危なくなったら守って、騎士として」
「はぁ……、まったく、その破天荒さはジョン王を思い出します」
「自分がバカなことをしようとしているのは分かってる。でも、私はこの国の皇女だから、向きあわなくちゃいけないんだッと思う。例えそれが憎しみでしかなかったとしても……」
受け止めなくちゃいけないんだと思ったから、リゼはランサーに自分の護衛を頼み込む。レイジと顔を合わせて話をするために。
「少しでも危険を感じたら、私はすぐにヨハンやアーチャーと合流します。令呪で命令されようとも従いません。それでよろしいですね?」
「……ごめんなさい」
謝るくらいなら最初からやるなとはリゼ自身も思っていることだが、こればかりは仕方がない。
「リゼ……、そろそろ出発の準備ができる。君はどうだい? ……、リゼ?」
しばらくして、リゼの部屋をノックしたヨハンはリゼからの返答がなかったために、同意を得ることなく扉を開けた。すると、ヨハンはそこで瞠目する。部屋の中からリゼの姿が無くなっているのだ。
そして、机の上には書置きが一つ残されていた。
『確かめたいことがあるので、少しだけ留守にします。すぐに戻るから、心配しないで』
「あ、あのバカ皇女……、本気か……!?」
書置きを見て、ヨハンはわなわなと震える。リゼとはもう数年来の付き合いだ。彼女が昨日の戦いを経て、何を感じていたのかは何となく察しがついている。よって、ヨハンはすぐにでも、リゼを探し出すために動き出す。
「アイツを顔を合わせることは、君を不幸にさせるだけだ、どうして君はそれが分からないんだ、リゼ……!」
結局の所、いつだって自分の気持ちは彼女には届かない。そんな呪いじみた事実に歯噛みしながら、ヨハンはいなくなったリゼの後を追うのであった。
このリゼを攫ったスラムの連中の方がタズミより実力ありそう。
感想などあれば気軽に書いていただけると嬉しいです!
細かい話や更新情報などはTwitterをご参照ください。
https://twitter.com/kooldeed