Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第9話「星屑ビーナス」②

――グロリアス・カストルム――

「………、変わらないな」

 

 グロリアス・カストルムからの出立を間近に控えた頃合、レイジ・オブ・ダストは1人、グロリアス・カストルムの中を歩いていた。誰にも言わずに外に出たつもりだったにもかかわらず、周囲には誰かが見ているような感覚がある。

 

 霊体化したアヴェンジャーであることは間違いないが、おそらく朔姫の式神も周囲にいるのではないかとレイジは納得して行動する。昨日の今日だ。七星側がレイジたちを探して、この街の中を動き回っていたとしてもおかしくない。

 

 ましてやレイジは、マスターではないものの、ルチアーノに命を狙われている。ターニャによって手痛いダメージを与えられたルチアーノだが、あれで諦めるほど物分かりが良い性格ではないだろうとレイジもいずれ来るであろう決着の時の予感が強くある。

 

 ルチアーノとは、レイジか彼のどちらかの命が消えることがない限り、終わりはない。和解はない。レイジが七星の魔術師たちを許すことが出来ないのと同じように、ルチアーノもどんな理由があったとしても、レイジを許すつもりはない。

 

 ヨハンもルチアーノもいずれ対峙し、そして乗り越えなければならない相手であることは間違いない。復讐の道を辿ると決めた時からこの人生が修羅の人生であり、決して真っ当な末路を迎えることができる等とは思っていない。

 

「何故、突然街に出ることにした? 出立は間もなくだ、身体を休める程度でも十分に時間を潰すことは出来たはずだ」

『というか、普通に考えて有り得ないよね。僕たちの存在がばれているってのに、街の中をさまようとかさ? 自分が囮にでもなって彼らをおびき寄せるつもり? 君にその価値はあるだろうけれど、それって自分の勝ち目を考えての行動?』

 

「別にそんなつもりじゃない。ただ、少しだけ、ここの光景を目に焼き付けておこうと思っただけだ。次に辿り着くのは王都だろう。連中との戦いは避けられない。まともに街の風景なんて見ている余裕があるかもわからない。

 だから、覚えておきたかったんだ。当たり前の人々の営みって奴を。それすら忘れてしまったら、俺は本当にただのケモノでしかなくなるから」

 

 自分が復讐という原動力があるから戦い続けていられている自覚はある。レイジは狂戦士のように戦い続けているが、根底の精神性自体は決して他人に理解できない領域にあるわけではない。ありふれた人間が復讐という修羅を突き通すためにそうならざるを得なかっただけだ。不可能と思えるような七星殺しを貫徹するには、心の迷いなんて必要ない。そんなものは、自分を弱くする要素でしかないことを知っている。

 

 だが、同時に復讐にだけ凝り固まれば、人間として必要なことを忘れる。自分の村を焼き払った者たちと同じケモノになる。七星に向ける刃はそれでもいい。それでもいいが、それだけで良いと思う事が出来ないことが、いまだレイジを人間足らしめている要素であるともいえる。

 

(地獄の先に花を咲かせる。それが俺の最終的な目的だ。血塗られた復讐、あのルチアーノという男が俺に口にした言葉こそが、俺が向けられるに相応しい言葉だなんてことは分かっている。奪われた者が、奪い返そうとするだけの憎しみの連鎖の発露、その先に待っているのは新たな悲劇と憎しみが続くだけだって、そんなのは子供だって分かることだ)

 

 ルチアーノにヴィンセントを殺されたことを攻められたとき、悲しいほどに自分の心は冷め切っていた。そうなるだろう、いつかは自分に悪意や復讐心を向けられる時が来ることは分かっていた。ヴィンセントの命を奪った瞬間から、レイジはただ嘆いていることだけが許される被害者ではなくなり、彼らと同じ立場に成り下がったのだ。

 

 畜生を屠るために畜生へと身を堕とした。ルチアーノの言う通り、もはや自分はまともな死に方なんてできないだろう。けれど、ただ嘆いて、何も変えられない無力なバカで終わることだけは許せない。

 

 自分の人生がいかにクソったれであったとしても、自分の戦いがほんのわずかでも、誰かに、この国に、この世界に花を咲かせることができるのならそれで構わない。

 

 楽園へと昇るためのチケットは自ら手放した。既に地獄行きが決まっているのだ。今更自分の境遇を怖れる必要なんてない。

 

 もしも、怖れることがあるとしたら、復讐に身を焦がし続けたことによって、この平穏な街の風景すらも尊いものであるということを忘れてしまうことだけだ。

 

「俺もターニャや他の村の連中たちとこうして笑いあう日々が続いていたのかもしれない。どうでもいい、他愛のないような日常の出来事に笑って、悩んで、喜びを分かち合って、刺激なんて大してなかったけれど、毎日同じようなことの繰り返しだったかもしれないけれど、それを当たり前だと思える日々が続いていたかもしれないんだ」

 

 この街の人々だって、自分たちの平穏な日々がずっと続くと信じている。この街が突然、戦禍に晒されて、自分たちの日常が喪われるなんて考えているはずもない。人間は誰だって当たり前の平穏をありがたがったりはしない。失った時に初めてそれを尊いものであると理解するのだ。

 

 人々の当たり前に享受している平穏の姿を尊いと思うこの心こそが、地獄の中で自分を唯一保ってくれている感覚、この感覚すらも失ってしまったら、本当の意味でレイジはターニャの隣に立っていることすら許されない畜生へと変わり果ててしまう。

 

「不思議なモノですね、そんな穏やかな顔をすることもできるなんて。昨日の悪鬼のような戦い方をしていたのが嘘のよう」

「―――――」

 

 雑踏の中で、レイジへと語りかける声が聞こえた。フードを頭からかぶり、その容貌が見えない女性の声、けれど、声を聞くだけでレイジは話しかけてきた相手が誰であるのかを察した。

 

「お前……、何のつもりだ?」

「場所を変えましょう。お互いにこんな所で闘うことは望まないでしょう?」

 

(アヴェンジャー……)

『ああ、霊体化しているがランサーも控えている。戦闘に発展すればこの場は瞬く間に戦場と化すだろう』

 

 立ち止まって隣に立っている彼女は、レイジの返答を待つ。

 

「わかった。何処に行けばいい」

「付いてきて。この先に空き家になっている店舗があるわ」

 

「お前に従った訳じゃない」

「別にいいわ。君がむやみやたらに戦いを仕掛けてくるような奴じゃないってことが分かっただけでも収穫だから」

「……っ!」

 

 レイジは不愉快そうに舌打ちをする。この場を戦場にしたくないことはレイジの本心からの行動ではあるが、その気持ちを敵方に利用されたような形になってしまったことには、怒りを覚える。怒り散らすのを必死に我慢して、レイジは彼女の後をついていく。

 

 そして、フードを被った彼女が口にしていた空き店舗の前に来ると、彼女は静かにその半ば廃墟と化している店舗の中へと入っていく。

 

 扉が開き、彼女とレイジの二人が店舗の中に入っていくと、扉が閉まり、衆目の目に触れる状況ではなくなったことを確認し、彼女、リーゼリットはフードを脱いで、自分の顔をレイジへと振り向き、顔を見せる。それと同時にレイジも自分の武器である大剣の切っ先をリゼへと向けた。

 

「どういうつもりだ? 七星が、よくものうのうと俺の前に顔を見せることが出来たな」

「君のことを知るには君に会うしかないと思ったから」

 

「俺の前に姿を見せれば、どうなろうとも戦いに発展することくらいは分かっていたはずだ。あの時のようはいかない」

「そうだね、あの時は……お互いにお互いのことを知らなかった。それが、一番幸せだったのかもしれないけれど」

 

 自らの内に押し殺した殺意が爆発する寸前で何とか押し留めているような状態のレイジは憎しみの色を隠すことなくリゼへと向ける。リゼが直接的にレイジにとって仇であろうとなかろうと、彼女が七星である限り、レイジにとっては倒さなければならない相手であることに違いはない。

 

「今日、君とこうして会っているのは、君のことを知りたいと思ったから。知らなければいけないと思ったから。だから、戦うつもりはないよ。まずはそこを理解してもらわないと話が進まないだろうから」

 

「ふざけるな、お前の理屈なんて知ったことか。七星は全て俺の敵だ。敵が目の前にいる。お前にとっても俺は敵だ。だったら闘うしかないだろう…!」

「戦った結果として、この街の人たちを巻き込むことになっても?」

 

「お前、この国の皇女なんだろ? 自分の国民を巻き込むつもりか?」

「ええ、私は七星だから、必要があるのならそうすることができる」

 

 リゼは目を細めて、冷酷な魔術師殺しの一族としての表情をあらわにする。昨日の戦いでも決して見せなかったリゼの「七星としての顔」はレイジの背筋に寒気を走らせる。

 

ヴィンセントやヨハンのように直接的な戦意と殺意を向けてくる相手よりも、七星としての力を抑えつけつつ、いつでも発露させられるリゼの方が落差の分だけおぞましさを感じさせた。

 

「私は七星であり、同時にこの国の皇女でもある。あの慰霊碑の前で君に語ったことは確かに私の本心だよ。七星だからって、誰もが七星のことを肯定しているわけじゃない。私達が聖杯戦争の中で敵同士であったとしても、今この場では、その剣を下ろしてほしい。命乞いでも挑発でも何でもなく、1人の人間として君にそうお願いすることを、君は認められないかな?」

 

 先の一瞬に見せた七星としての顔はすぐになりを潜めて、元の穏やかな様子のリゼの表情に戻る。演技をしているというのであれば先ほどの七星としてのリゼの反応こそが演技なのだろう。

 

 リーゼリット・N・エトワールの素の性格は七星とは思えないほどに真っ当な人格を持っている。少なくともそれはレイジも理解が出来た。故に向けていた大剣を一度、背中のさやへと戻す。

 

『今日はやけに素直じゃのう。お主であっても、女に刃を向けるのは好まんか、ぬはは』

「黙れよ、そんなんじゃない。女だろうがなんだろうが、七星である限り関係ない。とこだろうと女だろうと、人を殺す時にはあっさりと殺すんだ。こいつらはそれをやってのける」

 

「偏見、なんて言えれば、楽だったんだけどね、君の言う通りかもしれないね。えっと……」

 

「レイジ、レイジ・オブ・ダスト。別に覚えなくてもいい」

「珍しい名前だね。この国ではあまり聞かない」

 

「だが、俺はこの国の人間だ。王都からは程遠い辺境だったが、平和でのどかな村だった。毎日毎日変わり映えのしない日々だったけれど、それで満足して笑っていられる優しさのある村だった」

 

「それを、ヴィンセントおじ様たちが滅ぼした」

「そうだ、俺とターニャ以外の全員が殺された。ターニャも俺も体を弄繰り回された。そして、ターニャはあの星灰狼という男に今も利用されている。お前の仲間にだ」

 

「………ごめんなさい」

「何故謝る。それは何のための謝罪だ?」

 

 ポツリと反射的に零れたリゼの謝罪にレイジの眉が動く。謝罪を求めてはいなかったし、リゼの口からそんな言葉が出てくるとも思えなかった。だから、どうしてそんな言葉を使ったのか、何故謝るのかをレイジは問う。

 

「君の言う通り、私は七星の血族、生まれた時からこの国の王族で同時に暗殺一族としての血を引いている。お父様はそれを素晴らしいことだと言った。私達はかつて七星の先祖がこの国を作ったからこそこうしていられる。いずれ、七星の血族としてその血の祝福に報いなければならないって」

 

 1000年も昔からずっと続いてきた誓い、いずれ、七星が世界を席巻するその日まで常に悲願とされてきた約束、セプテムの歴代王族たちもそれを是としてきたのだろう。

 

 けれど、リゼはそうは思えない。それが正しいと思うには疑問に思うことが多すぎる。

 

「でも、昔は昔、今は今。この世界は平和な世界になってきている。魔術師殺しの暗殺一族なんて存在よりも国民が願っているのは自分たちの生活を守ってくれる王族の方。他の七星の血族と出会ってよく分かった。

彼らは平和のために餓えた花を平気で踏みにじる。自分たちの目的のためなら、あっさりと花を無価値と断ずることができる。血の匂いが染みつきすぎてしまっていて、自分たちは異常者であることに気付けていない」

 

 誰だって生まれた時から誰かを害することを容認なんてしていない。多かれ少なかれ環境による成長や経験、学習によって、自分自身の歪みを増幅させていく。

 

そうした意味で言えば、灰狼、カシム、散華、ヴィンセント、彼らは暗殺一族七星の運命を受け入れたことで人生観、あるいは他者への接し方が定まったのだろう。

ヴィンセント自身は自分が七星であることに肯定的ではなかったが、暗殺一族七星の影響力を使って、ステッラファミリーの名を上げていた以上、彼もまた自分の運命を良しとしたということである。

 

「私も以前はそうだった。七星の血族として自分が誰かを害することを本能的に望んでいる感覚があることを自覚してからそれが当たり前だと思っていた。むしろ、普通の人と違う王族の証だと思っていた。ほんの些細なきっかけではあったけれど、変わるきっかけがあったから、目を覚ますことが出来た。怒ってしまったことを覆すことは私にはできない。だから、せめて、謝らせてほしいの。同じ七星として、皇女として」

 

「そんなものは、何の意味もない。お前が謝ったところで、俺はお前たちを許すつもりなんて毛頭ない。勝手にお前の感傷に俺を巻き込むな」

 

「巻き込むつもりなんて……」

「だったら、お前は何がしたいんだ?」

 

 レイジは憎しみとも憐れみとも違う、リゼの本心を問う。

 

「お前は七星を否定している。それが本心なのか、俺を騙したいのかは知らないが、本心で話をしているのだとしたら、なおさら、お前は何をしているんだ。連中を否定したい立場でいるのに、どうして連中と一緒にいる? 奴らの行動を容認している? できることはあるはずだ。お前が本当に七星の血を否定したいのなら、七星として行動している今のお前は酷く矛盾している」

 

「そんな簡単にはいかないわ。セプテムの王国自体が七星の血族に協力している。私が自分の想いのままに彼らを否定するようなことになれば、七星の血族を敵に回すことになる」

 

「そのために、お前はこの国を、国民を七星の血で穢させるつもりか? それは遠まわしな肯定だ。結局理由を付けて七星の連中を認めているに過ぎない。

奴らを否定したいのなら戦えよ。少なくとも、協力をしているなんて断じてありえない。あいつらは自分の私利私欲のために見知らぬ誰かを犠牲にするクズどもだ。何があっても許しちゃいけない」

「それは……」

 

「お前が七星を許せないって気持ちが嘘じゃないことは認めるよ。あの慰霊碑で語ったことだって決して嘘じゃないんだと思うことだってできる。少なくとも、星灰狼やヴィンセントのような瞳の濁り方をアンタはしてない。外道に堕ちた奴はそんな顔は出来ない。

 だけど、同時にアンタの語っていることはただの理想だ。安全圏にいるから好き勝手に言えるだけ。映像の世界の中の悲劇に憤りを覚えて、自分は世界をより良くしていこうと思っていると語るのと何一つ変わらない。お前がどれだけ高尚な綺麗ごとを口にしたところで行動しなければ何も変わらない。そして、人は痛みを知らない限り、動くなんてことはしない」

 

「私が、奪われる痛みを知らないから、綺麗ごとを口にできると、君はそう言いたいの?」

「他にどんな解釈が出来るんだ? 奪われれば痛いんだよ、その痛みはどれだけの時間をかけたって忘れることはできない。古傷のように疼くんだ。何もできない自分を苛むんだ。

 奪われた奴はそんな痛みをこらえながら生きていくか、その痛みに殉じる覚悟をするかのどちらかだ。綺麗ごとなんて口にしている暇もない。俺達は……必死なんだよ」

 

 レイジとて、リゼの語ったことが正しいことは分かっている。でなければ、彼女の言葉を綺麗ごととは口にしない。誰だって理想が無ければ世界を変えられないことは分かっている。あの慰霊碑でリゼが語ったように戦乱によって荒れ果てた大地にだっていつかは花が咲く。その花の尊さを理解して、平和を繋いでいくことが大事であるというその主張にはレイジも賛同できる。

 

 けれど、彼女はただの皇女ではない。皇女であり同時に七星なのだ。レイジからすれば現状を打破する力を持っていながらも、リゼは理想を語るだけで何もしようとしていない。何もかもを奪われて、修羅の道であるとしても抗い続けるしかないレイジとは違い、彼女は何も奪われていない。生まれ持っての奪う側である彼女には奪われる側の苦しさなど分からない。

 

 所詮は自分の感性の中での正しさと過ちを判別して語っているだけに過ぎない。もしも、リゼが七星によって大切な誰かの命を奪われて、それが七星の宿命のためであったなどと言われれば、もっと事態を重く受け止めているはずだ。そうしたアクションをすることがないことこそ、レイジからすればリゼの態度が偽善でしかないように受け止められる原因であった。

 

 リゼは皇女である。ある意味でこの国の行く末を決定することができる立場にある。変える力を持たないからこそ、強硬策に打って出るしかないレイジとは異なり、自分自身の努力1つで世界を変えるだけの力を持っている。

 

 なのに、どうして動かない。今の世界が間違っていると自分自身が認めているのであれば、リゼはその世界を変えるために動くべきだ。

 

 この一瞬にも世界のどこかで、世界の矛盾によって押し潰されている誰かがいるかもしれないというのに、迷っているだけで、間違っているかもしれないと心の中で想っているだけ行動しないのであれば、リゼの正しさが弱者に届くことは有り得ない。

 

「七星が正しいわけではないとアンタが思っているとしても、行動しないのなら、俺にはあんたと灰狼が違うだなんて思えない。体の良い言葉を告げているだけだ。そんな奴のことを俺は信用することはできない」

 

「それでも……、それでも、私は、私なりの正しいと思うことをしていくしかない。君からすれば甘いとしか思えないことかもしれないけれど、決断もできない愚鈍に思われるのかもしれないけれど……」

 

 レイジの言葉にリゼははっきりと反論を口にすることが出来ればどれほど楽だったろうかと思ってしまう。安全圏から綺麗言ばかりを口にしているだけの愚か者、レイジが端的に評した自分の姿はリゼの胸に深く突き刺さった。

 

 自分でも自覚がなかったわけではない。無力な自分を呪っていたし、灰狼たちの思惑にこの国が巻き込まれていることへの反感を誰よりも抱いているのはリゼ本人だ。けれど、何もしていない。何もできていない自分に一番辟易としているのはリゼ自身なのだ。

 

 ヨハンはそんなリゼの気持ちを分かったうえで、敢えて口にしない。それがヨハンの考える騎士の在り方であると信じているから。

 

「久しぶり、だよ。そこまでストレートにお説教をされたのは」

「別に説教をしたつもりはない。俺は当然のことを口にしただけだ。それを説教などと感じるのなら、お前は随分と甘い世界で生きているんだと言わざるを得ないな」

「そうかもね、返す言葉もないよ」

 

 レイジの言葉を断片的に聞くだけでも、レイジの生きてきた現実が地獄のようなモノであったことはリゼにも分かる。村を焼かれ、幼馴染を奪われ、誰かを頼ることもできずにリゼよりも遥かに年下の少年が復讐者になるほかなかった事実、それはこの国の為政者として重く受け止めなければならない事実であり、安全地帯にいた自分にはどうしたって理解できない壁があるのだろう。

 

(あのスラムの人たちのように、私と彼には隔絶した世界観が広がっている。私達は分かり合うことができるかもしれないのに、現実は悲しいくらいにその理解を阻んでくる)

 

 自分も同じ経験をすれば彼らの気持ちを理解して同じことが出来るのだろうか。それでも、何もできないのか。結局、経験をしていないリゼにはその答えを出すことができない。人は誰しも経験したことでしか物事を語ることができない。相手の気持ちを完全な形で理解できる人間なんていないように、世界の正しさを、本当の意味での善と悪を語ることができる人間などこの世界には存在しえないのだ。

 

「あんたが俺に何を求めようとも俺のやることは変わらない。俺は七星を殺す。この聖杯戦争に参加したすべての七星を殺し尽くすまで俺は止まらない。それは、他ならぬアンタもだ。アンタの気持ちを理解したうえで、俺はアンタを殺す」

 

「それが君の、地獄の先に花を咲かせる方法だと本気で思っているの?」

「わからない。だが、俺にはそれ以外の方法が分からない。分からないけれど、立ち止まっている暇もない。だから、進むだけだ。後悔なんて死ぬ瞬間にすればいい」

 

 それが自分の決めた道、正しいか間違っているのかなど二の次で自分はそれを遂行するためだけに此処に存在しているのだとレイジは言葉と態度でリゼに示す。

 

 どれだけ言葉を尽くしたところでレイジの心を変えることはできない。総ては過去に起こってしまったことであるが故に。もしも、レイジが止まることができるのならば、リゼと朔姫たちは今頃手を取り合えていたかもしれない。それすらもできないからこその平行線。

 

 結局の所、リゼが知りたがっていたレイジという存在との対話の果てには分かり合えない隔絶と突きつけられたリゼ自身の現実が浮き彫りになっただけであるとも言えた。

 

 リゼが内心で求めていたものが何であったのかは彼女にしかわからないし、レイジに届くことはないだろう。二人はあくまでも敵同士、いずれ聖杯戦争の中で決着をつける他ないのだ。

 

「これ以上話すことがないのなら、俺はもう行く。アンタがこれからも七星として俺の前に立ち塞がるのなら、俺はアンタを殺す。皇女だろうとなんだろうと関係ない」

 

「それでも……、それでも、私は私の信じることを貫くよ。君からすれば、愚かしいと思うかもしれないけれど」

「……勝手にしろ」

 

 もはや互いに語るべきことは語り終えたというようにレイジは背を向ける。このままでリゼを七星の1人として倒すことが出来れば最善かもしれないが、外には無関係の人々が多くひしめいている。彼らを犠牲にすることを厭わないようになれば結果的にレイジも七星の行う残虐と同じ行為を繰り返していることになるからか、ここでリゼと雌雄を決することはしない。

 

「俺はこの場で戦う気はない。だが、お前が俺を逃がすつもりがないのなら、逃げるつもりはない」

 

「さっきまでの私の話を聞いていて、それでもここで闘うって言う選択肢を取ると思ったの?」

「いいや、お前が皇女としての自分と七星としての自分のどちらを選ぶのかと思っただけさ」

 

「意外と意地が悪いね、君」

「捨て台詞の一つでも吐かなきゃ七星を見逃す自分を納得させられないだけだ。だが、忘れるな、リーゼリット・?・エトワール、お前が何を理想にしようとも、何をしようとするにしても、俺はお前を七星として殺す。生き残りたいと考えるのならば、踏み止まっていないで、前に進め。それができないのなら、次は剣を鞘に収めるつもりはない」

 

 レイジは自分でもどうしてそんな言葉を口にしたのかもわからないアドバイスのような言葉を口にしながら空き店舗から外へと出ていく。

 

 次に会う時は互いに敵同士、どうあっても、和解なんて甘い結末はないと告げた上で、彼らの道が互いに分かたれていく。セレニウム・シルバの時に同じ場所で同じ気持ちを共有しながらも、共に歩むことがなかったように。このグロリアス・カストルムで互いの正体を知ったうえで、二人の道は再び分かたれていく。

 

 そうしてレイジは建物の中から出て、霊体化したランサーを除いてただ1人だけこの場に取り残されたリゼはポツリと言葉を漏らす。

 

「お前が何したいんだ……か。本当に、その通りだね。柵も何もなく、ただ自分の目的だけに邁進する君だからこそ、見透かされてしまうんだろうね」

 

 レイジに自分の理想を貫くなんて強い言葉を使ったけれども、それだって、自分を奮い立たせて維持しておくための言葉に過ぎないのではないかと思う。

 

 皇女として、七星の血族として、1人の人間として、いまだリゼは自分の答えを完全に見出すことは出来なかった。

 

・・・

 

「本当にこんなことは、もうやめてくれ。本当に肝を冷やした。ランサーがいたとはいえ、一国の皇女が勝手に市井に出ていくなんて聞いたことがない……!」

 

「だから、それはもう何度も謝っているでしょ。ヨハン君もしつこいなぁ」

「しつこいくらいじゃないと、君は何度でも、おなじことをやらかすだろう。それに、よりにもよって、あの狂犬のような奴に会いに行ったなんて信じられない。一歩間違えれば戦闘に発展していたかもしれないんだ」

 

「ふふ、いいではないですか、ヨハン様。少なくとも、リーゼリット皇女はこの通り無事であるわけですし。それにリーゼリット皇女様も、七星の血族です。もしも、戦闘に発展したとなれば、ご自分の力で切り抜けることも出来たと考えているはずですよ。ヨハン様が騎士として、憤りを覚える気持ちも理解は出来ますが、リーゼリット様のことを森羅してもいいのではないですか?」

 

「黙っていてほしい、七星散華。この人は、結構、自由人なんだ。言い聞かせておくくらいでちょうどいい」

「そうですか。仲がよろしいんですね、お二人は」

 

 まるで痴話げんかのような反応でいる二人に散華はニコリと笑みを浮かべる。侮蔑の感情で二人を見ているわけでもなく、ニコリと笑うその様子は桜子を前にしてみせたような病的な執着心は何処にも見られず、年齢相応の少女から女性へと変わる頃合特有の美しさと柔らかさを兼ね備えた表情に見えた。

 

「ヨハン君の気持ちも分かっているから大丈夫だよ。もうこんなことは二度としないから。あと、お父様にも黙っておくわ。散華さんもそこはお願い」

「はいはい、分かりましたよ。私はあくまでも部外者ですから。役目の邪魔にならないことに口を挟むつもりはありません」

 

 馬車に乗りあわせて王都へと戻る途上の会話は、暗殺一族七星の血族である者が三人もいる状況であるにもかかわらず、とても穏やかな空気であった。むしろ、リゼとヨハンにとっては、散華とこうして行動を共にするのは初めてのことであり、戦闘に置いては凄まじいほどの力を発揮する彼女がとても穏やかである様子にどうにも居心地が悪いような気持ちだった。

 

「ふふっ、なんだか意外ですか? 私が大人しくしているのが。そのようにお顔に書いてありますよ、お二人とも」

「えっと、ごめんなさい。七星宗家の生まれである散華さんに対して抱いていたイメージと少し違うなと思って」

 

「私だって現代日本に生まれた女ですから、七星宗家の後継者として仕事はこなしますし、宗家に恥じない生き方をしているつもりですけれど、性格までのあらゆる全てが宗家に相応しいかまでは分かりません。お二人が七星の血族よりもこの国の皇女と騎士を優先している様に、仕事をしていない時の私は、あくまでも、私ですから」

「不快にさせてしまったのなら謝るよ」

 

「いいえ、自分が他人にどう見られているか思われているのかについては自覚がありますから。冷酷な暗殺者と思われるのは仕方がないことです。七星宗家に生まれた以上、七星からは逃れられません。リーゼリット様とて同じでしょう。貴女も王族の生まれからは逃れられない」

「そうかもしれませんね、私も自由に生きたいと思ったことくらいはありますから」

 

「そうしてヨハン様を困らせていると?」

「ヨハン君は苦労性ですから」

 

「おいおい、勘弁してくれ。本当に頭を悩ませているんだ。まもなく加冠の儀が来るんだ。火遊びは大概にしてくれ」

 

 女二人の会話を聞きながら、ヨハンは頭を抱える。勿論、他愛もない話に過ぎないが、皇女であるリゼを国王より任せられているヨハンからすれば内心生きた心地がしない。

 

(何よりも、あいつと接触をしようとしているって言うのが気がかりなんだよ。あいつと君が出会うことにいいことなんて一つもない。入れ込み過ぎれば、あいつは必ず君を不幸にする。そんなことにはさせたくないんだ)

 

 伝えてしまえば楽になるのかもしれないが、ヨハンの中には躊躇がある。リゼのためではなく自分自身の為に伝えないことを正しいことだと思っている節があることを理解しているだけにヨハンとしても苦しい所ではあった。

 

(自由、か……)

 

 そして、ヨハンが内心で想う所があるようにリゼも内心でレイジと交わした会話のことを思いだしながら、以前にスラムでの出来事を思い出す。

 

『お前が皇女だろうがなんだろうが知ったことじゃない。ここでは自分の出来ることをやるしかない。身分なんて関係ない。大丈夫だ、きっと上手くいく。俺がお前を連れて行ってやる』

 

(懐かしいことを思いだしてるなぁ。あんなに他人に意見をされたのなんて久しぶりだったから、思い出しちゃったんだろうなぁ)

 

 後少しで10年にもなる話だ。今更思い出して感傷に浸っている方がおかしなことだろう。あの頃から時間も随分と経過している。彼とはあれっきり再会していないし、もしも、あのまま成長していれば自分よりも少し上、ヨハンくらいの年齢に差し掛かっているのではないかと思う。

 

 再会したいと思う気持ちはあっても、二度と会うことはないだろうとリゼも内心で分かっている。もしも、再会できたとしたら、自分はその時になんて言うんだろう。自分はこんなにも成長したと言えばいいのだろうか。

 

(あんまり成長していない気がするんだけど……)

 

 自分は彼に対して胸を張って成長することが出来た。変わることが出来たという事が出来るのだろうか。

 

『あんたは結局何がしたいんだ?』

 

 レイジに告げられた言葉は胸に刺さる。本当にその通り、成長したなんてまだ言えない。まだ自分は何も為し遂げることが出来ていない。

 

 どうしてか、かつての彼にレイジの存在を重ねながら、リゼは自分の中に浮かんでいるやりきれない気持ちを誰に言うことができるわけもなくモヤモヤとした気持ちのまま、王都へと向かうための馬車は進んでいく。

 

 もう一度レイジと再会した時に、自分たちはどのような結末を迎えることになるのか。予想できる方向性にあえて蓋をしながら、いずれ戦場になるかもしれない王都へとリゼたちは帰還を果たすのであった。

 

 




リゼはこの後、多くを失ったとしても同じことが言えるンゴかねぇ……


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