Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――夢を見ていた。
――覚えているのは炎の記憶、燃え盛り、苦悶の声を叫びながらも必死に生きるためにもがく人々の姿を、私はよく覚えている。
燃え盛る街、セプテム国の病巣にして必要悪のたまり場でもあったスラム街は、今や国家軍による浄化作戦によって、風前の灯へと変わらんとしている。
スラムに住む多くの人間たちは叫んだ。この現状を生み出したのはお前たちだと、この国の成立起源は歪そのもの、それが人間の歪みにまで及んでいるのだと。
『殺戮一族が!! お前たちの国に生まれたことが不幸の始まりだ!!』
『お前たちは我らの文化を奪った。土地を奪った。それだけでなく今度は命まで奪うのか!!』
『血塗られた皇女、どれだけ見目麗しくしていようとも、お前は悪魔だ!! あの王たちと何ら変わりはない!!』
燃え盛る街の中で幾度となく叫ばれた声、それを無視してこの身は、目的を遂行するためにその血塗られた手を振り下ろす。普通の人間だったら、きっと心が折れてしまうのだろう。自分の境遇を嘆いてしまうのだろう。
でも、私は七星だから――――誰かを殺めることを是として、それを受け継いできた一族の者として、心が擦り切れようとも、砕けるなんてことはない。この身の中に宿っている七星の血は冷酷に、機械的に、命令を実行していく。
為政者として、闘争者として、客観的に見れば理想的な在り方であるのかもしれない。情に流される事無く、自分の決めたことを無私のままに実行することができる。蓄積された経験は鍛え上げれば鍛え上げるほど、己の実力を底上げしてくれる。
そう、どれだけ心が冷え込んだとしても何も気にすることはない。私はセプテム国の皇女として、七星の血に連なる者として為すべきことを為しているに過ぎないのだから。
『奴だ、奴を殺せ――――王族だからって、怖れることはない!! あいつは大して実戦の経験もない! 俺達の意地を見せてやれ』
『どうせ死ぬのなら道連れにしてやるよ』
よって、それは七星の血というものを過信しすぎてしまっていた自分の過失なのだろう。
スラムの浄化作戦、七星の人間としてはあまりにも楽観的な戦い、それが逆に自分の人生の中で大きな節目になることをあの時の私は、何も知らなかったのだから。
「ん………」
「ああ、ようやく起きたか。随分と魘されていたぞ、昔の事でも夢に見たか」
「ヨハン、くん……」
「何度か声を懸けたんだけどな、いつになっても起きないし、魘されているし、まぁ、いつもの事かと思ったから、起きるまで待っていた」
「じゃあ、迎えに来てくれた王子様の声で目を覚ましたのかもね?」
「なら、ノータイムで起きてくれ。こっちだって王族にもしものことがあったら、罷免ものだ。特に加冠の儀をまもなくに控えた皇女にもしものことが会ったらなんて考えると、ゾッとする」
「ふふっ、ヨハン君の困っている顔を見たら目が覚めた。これなら、毎日魘されている方が目覚めがいいかもしれないわね」
「強がるなよ……、いい加減にさ、宮廷魔術師にでも頼んで、忘れたらどうなんだ。皇女がいつまでも過去の傷に囚われているなんて、反対派からすれば恰好の的じゃないか。過去の嫌なことを忘れられるのは人間の脳の特権だ。自分から苦しむなんて、どうかしてる」
「どうかしてなきゃ皇族なんてできない。スラムの事は忘れちゃいけないこと。あの日に私は一度死んで、生まれ変わったの。忘れることが人間の特権だとしても、忘れないこともまた人間の脳の特権。
それにヨハン君こそいいの?私がスラムのことを忘れたら、ヨハン君との出会いのことを忘れちゃうかもしれないんだよ?」
「むしろ、忘れてくれ。昔の事なんて忘れてくれた方が清々する」
「強がってるのは、ヨハン君も一緒だね♪」
朝から小気味よい会話をして、気分が落ち着いたところでベッドから体を置きあがらせる。魘されていたと言われただけあって、寝間着は汗で濡れていて、不快とまでは言えないけれども、気分としてはよろしくない。
この後の公務のことを考えれば、そんな姿で人前に出ることもできない。幸い、まだ時間は許される範囲であるし、一度湯あみをしてから、部屋を出るべきだろう。
先ほどから会話を続けている赤髪の青年、目元に隈を作ったパーマかかった髪の人物は、ヨハン・N・シュテルン、私、リーゼリット・N・エトワール付の護衛騎士である。
本来の護衛騎士が皇女の部屋の中に入ってくるなんてことは許されないこと、身分の違いから騎士の立場をはく奪されてもおかしくないけれど、皇女の特権として認めさせている。
ここは、この部屋の中だけは私の聖域、皇女としての仮面を被る必要もなく、ただのリゼでいられる場所だから、そこで畏まった態度なんて取ってもらいたくもない。
そうでなければ、護衛騎士の立場を与えた意味もないのだから。
「これから、湯浴みするけど、覗かないでね」
「覗くと思っているのか?」
「思ってないから言ってるの。意気地なし」
「立場を考えろ」
「立場がなければするんだ?」
「いいから、早くしてくれ。ただでさえ、必要最低限の接触にしろと言われているんだ。公務に遅れるようなことがあったら、僕が騎士団長に何を言われるのか分かったものじゃない」
からかい甲斐のある自慢の騎士と言葉を交わしながら、湯浴みの準備を進めていく。
本来であればメイドがやるべき仕事であるけれども、ヨハン君がいるこの部屋の中に他の人間を入れるほど、私も無粋じゃないし、これくらいのことは自分で出来る。
皇女だからって何であろうと人任せと言うのは少し都合が良すぎるから、自分で作業を進めていく。
ヨハン君も流石に分を弁えている。私としては……うん、飛び込んでくるくらいの気持ちでいてくれてもいいと思っているんだけどな。気を遣わなければいけないのは分かっているけれども、私が何の為に君を護衛騎士に取り立てたのかは考えてもらいたい。
「そもそも、ランサーに声をかけさせればいいじゃないか。僕よりも彼の方が騎士として遥かに上等だ」
「自分の仕事を放棄するつもり? 私は皇女として君に命令を与えたはずなんだけど」
「この部屋では、堅苦しいことは出来る限り考えないでほしいと命令したのも君だよ」
「随分、生意気になった」
顔だけ出して、抗議の視線を向けるとヨハン君は此方を見ることなく視線は窓の外へと向けている。
「君がそう望むのならそうする。従順な人形が欲しいのなら、なおのことランサーに頼んでくれ」
「ランサーなら、お父様に呼ばれて謁見中。聖杯戦争が近いのだから、私だけの都合で拘束は出来ないの」
ドキリとする言葉を口にする癖に、自分がどんな態度でいるべきなのかはまったく分かっていない様子がどうにも気に食わない。自分が認められていることにもっと気付くべきだと私は思う。
聖杯戦争……、ヨハン君との会話の中で出てきた言葉が、私の中で鬱屈とした思いを抱かせる。その意味をお父様から聞かされた時に、私は既に聖杯戦争から離れることを許されなかった。
頭から身体へと流れていく熱湯が、淀んでいた思考をクリアにさせていく。微睡んでいた方が幸せなんじゃないかと思うことはあるけれども、セプテムの第一皇女として、そんな弱い姿を見せることはできない。
(聖杯戦争は、私達セプテムの人間にとって大きな転機となる。お父様たちが口にしたこと、理解できないと言うほど、子供でいるつもりもない。結局、私達は七星、その運命から逃れることはできないんだから)
七星の運命がいよいよ私達に追いついた。生まれた時から漠然と伝えられてきた言い伝え、いずれ来ると言われてきた荒唐無稽なおとぎ話はよりにもよって、私とお父様の代で実現を迎えようとしている。
(昔なら、何の疑問も持たずにその運命を受け入れることが出来た。でも、今は……)
心の中に巣食う迷いそのものが、私の想いの答えを出しているに等しかった。セプテムは私たちの国、私達が導いていかなければならない場所、それを……かつての約束が全てに優先されると言うのは些か乱暴が過ぎるんじゃないかと思わずにはいられない。
「私は、どうするべきなんだろう……」
呟く言葉に応えてくれる人は誰もいない。いいや、求める答えを返してくれる人はいるだろう。けれど、それが答えであるとは限らない。
皇女リーゼリットの出すべき答えとリゼの求める答えは違うのだから。
今日も憂鬱な一日が始まろうとしている。
・・・
公務はそつがなく進行した。皇女である私はあくまでもお父様の代理で、お父様が出る必要がない程度の公務を肩代わりしているに過ぎない。
国民たちは、私が顔を出せば、気持ちよく笑顔を向けてくれる人もいるけれど、貴族たちはむしろ、私しか顔を出さないことに対して不満を向ける者の方が多い。
このセプテムは成りたちからして、決して歓迎された生まれた国ではない。土着の民族たちを退け、侵攻によって定着した人間たちによって生み出された王国であるだけに、民族同士での対立は過去から常に日常と隣り合わせだった。
私達が謳歌しているこの日常だって、私たちの先祖たちが長い年月を費やしながら、少しずつ融和を繰り返していくことによって得られた平穏だ。その融和の最中で貴族となった者たちの中には、明らかに王族へと不満を持つ者たちもいる。
王族を倒し、自分たちがこの国の王にならんとする者たち、私達が七星の魔術師であり、簡単に追い落とすことができないと言う、それだけの理由で守られている薄氷のような平和。
「おや、リーゼリット皇女、公務ですかな、加冠の儀を間近に控えて精が出ますな」
「タズミ様……、いいえ、私など国王陛下に比べれば。少しでも国王陛下や皆様のお力添えになることが出来ればと日々精進をしておりますが、足を引っ張るばかりではないかと、若輩者の誹りを受け手も仕方がありません」
「何を言いますかな、皇女殿下に置かれましては、我々も幼少のころからよく知っております。貴女様の努力も愛国の想いも、我々はよく存じ上げておりますとも。国王陛下も加冠の儀を執り行う事が出来る年齢にまで成長されたことを、喜んでおりました。
あのような国王陛下の姿を見ておりますと、陛下もまた我々と同じ人の子であることを思い出し、一層陛下のお力にならねばと奮起するところですよ」
タズミ・イチカラー公爵、セプテム土着の貴族であり、古くからの魔術協会ともつながりを持っているセプテムにおける大貴族の1人である。そして土着の貴族であると言うことからも分かるように、彼は王族排斥派の最右翼の1人、ここで私に話しかけてきたのも嫌がらせ以外の何物でもない。
もっとも、それが分かっていても嫌な顔をしているようでは皇族の仕事など務まるはずもない。努めて笑みを零し、公爵と形ばかりの談笑へと花を咲かせる。
談笑に意味がないことなど互いによく分かっている。私達にとって重要なことは全く別の所にあるのだから。
「して、国王陛下から直々にお話を伺った訳ではないため、非礼をお詫びの上で聞かせていただきたいのですが、早晩行われる聖杯戦争成る儀式、皇女殿下も参加されるとのお話を耳にしました」
「事実です、聖杯戦争はこのセプテムの未来を担う者たちの決闘、国王陛下の名代として、私も参加させていただきます。若輩の身ではあれど、全力を尽くし、セプテムの輝ける栄光を手にして見せるつもりです。確かイチカラ―公爵様もご参加になられるとお聞きしておりますが」
「恥ずかしながらその通りでございます。しかし、我が方の参加者たちは既に集い始めているが故に、皇女殿下は我々とは対の側にいる模様。皇女殿下に置かれましてはゆめゆめ無理をすることの無きようにお願いします。皇女殿下の命はセプテムの発展に必要不可欠なのでありますから」
「ありがとうございます、公爵。しかし、先ほども言いましたように、私も全力を尽くすつもりです。その上で敗退した暁には、頼らせていただくこともあるでしょう」
「そうですな。何にしても、皇女殿下もお気をつけていただきたい。どうにもキナ臭い話が耳に飛び込んでくるのですよ、国王陛下が周辺諸国との安定のために行っている軍備増強、聖杯戦争に合わせて、どうにもよろしくない者たちがこの国に入り込んでいるとのうわさも聞きます」
「それは魔術師たちと言うことですか?」
「ええ、あるいは……国王陛下の信を得た者たちであるのかもしれませぬな。しかして、先ほども申しあげたように国王陛下も人の子、であれば、信を置けるものが必ずしも、このセプテムに繁栄を齎す者であるかどうかはわかりませぬ」
ああ、それはこの地へと来訪してきている七星の魔術師たちのことを言っているのだろう。彼らからすれば、この聖杯戦争を通して、私達ごと七星の魔術師を葬り去ることができるのならば、それに越したことはない。
「いけませんよ、公爵。それ以上は国王陛下の不敬に当たります。もとより我々はセプテムの繁栄を手にするために、清濁を併せ持つ覚悟を以て聖杯戦争を開始することを誓い合ったはずです。もしも、我々を脅かすような存在が生まれるのであれば、それは私達王族、あるいは公爵たち貴族によって誅されるべき、そうではありませんか?」
「………、確かにその通りでありますな。互いに気を付けるとしましょう。寝首をかかれるようにな。くはははははは」
耳障りな笑い声を轟かせながら、公爵はようやく私の視界から消えてくれる。挨拶1つでここまで時間を潰すことができると言うのはある種の才能なんじゃないだろうかと思えてしまう。
「セプテムのため、か……」
ただ、公爵の口にすることの総てが的を外した言葉であるわけではない。
(裏切り者であることに間違いはない。私達はこれから私たちの愛したセプテムに騒乱を放とうとしている。この地に集った英霊14騎、一騎当千の力を持つと言う英霊がそれだけの数を揃えて、果たしてどれだけの被害が出るのかもわからない)
公爵が口にするように、外から訪れた七星の人間たちは決してセプテムの状況に対して深入りして手加減をするなどと言うことはしないだろう。自分たちの目的のためにはあらゆる犠牲を強いる。魔術師とはそういう存在であることは私もよく理解している。
正しいこととは何であるのだろうか。定められた運命に従うことが正しいのであるとすれば、今、ここで抱いているモヤモヤとした焦燥感は、私にとって覚えるべきではない感情と言えるのだろうか。あるいは……信じているモノにこそ裏切られることこそが私たちの運命であるのだろうか。
(嫌な想像をしている、物事を悪い風に考えてしまうのは私の悪い傾向ね)
思わず頭を抱えてしまいそうになる。見えている答えを自分で必死に見えなくしているようなそんな感覚……
「ヨハン君やランサーたちの様子でも見に行こうかな」
現実から少しでも逃げ出したい、そんな思いを胸に、足を進めていく。
・・・
セプテム宮殿での中庭、そこに剣戟の音が鳴り響く。ぶつかるのは二つの剣、騎士の名を襲名する者たちは互いの武威を披露するように戦意を叩きつけ、赤髪の青年が勇猛果敢に飛びこむが、純白の鎧を纏った金髪の騎士を相手にあっけなくその攻撃は弾かれてしまう。
「くそっ――――」
「良い太刀筋だった。初めて出会ったころに比べれば格段に身体の動かし方が備わってきている、成長しているよ、ヨハン」
「あんたに勝てなくちゃ意味がない」
「いかに君が手練れであったとしても、私はサーヴァントだ。おいそれと簡単に勝たせるわけにはいかないとも。それに君の本質は別の所にある。生命が掛かった状況の中でこそ発揮される真価は模擬戦では発揮されない。訓練で満点を取ることができる人間よりも本番で潜在能力を発揮できる存在の方が私が恐ろしいと思うが」
「反論はしないよ。僕はそうやって今日まで生きてきた。だけど、聖杯戦争が始まる以上、自分の生死が掛かっていなくちゃ本気を出せないなんてのはナンセンスだ。それじゃあ、リゼを守り通すことも、彼女の願いを叶えることもできない」
「心配せずとも、彼女は私が必ず守って見せるとも」
「リゼの護衛騎士は僕だ……!」
尻餅をついて、無抵抗な姿であると言うのに、今にも飛びかかってきそうなほどの気迫を籠めてヨハンは、リゼが契約したサーヴァント:ランサーに向けて言い放つ。
そこにあるのは今の自分の立場への固辞と執着心だ。実力が伴っていないから諦めろなどと言われて簡単に首を縦に触れるほど、自分の心は安くはない。そのように宣言しているようにも聞こえ、ランサーはふぅと息を零した。
「負けたよ、君の彼女に対しての気持ちは十分に理解した。それが騎士道であれ、恋慕であれ、主に仕える者として護国の剣となる気概に変わりがないことを改めて認識したとも」
「僕の気持ちなんてどうでもいい、どうせ何かが成就するなんてない。今、こうしているだけでも奇跡のような巡りあわせの結果なんだ。だったら、それに縋るしかない。無い物ねだりをする気はないさ。殺人鬼が騎士なんて呼ばれるようになったんだ。上等だって受け入れなくちゃやっていけないさ」
ヨハン・N・シュテルンにとって、この世の総ては絶えず地獄だ。生まれた時から持ち得てしまった人を殺すために特化した業は、その時から彼の人生を決定づけた。
生きるために殺し、死にたくないから命を奪ってきた。そんな地獄のような時間に比べれば、今の時間がどれ程恵まれたモノであるのかを彼は忘れてはいない。
リーゼリット・N・エトワールは命の恩人であり、自分の見たことのない世界を見せてくれた導き手だ。縋って執着して何が悪い。他人の夢に自分の生き様を掛けて何が悪い。
「君は臆病で死を厭うているのに、強くなろうとする意思に一切の躊躇がない」
「当たり前だ、死にたくないからな、これしかできないんだ。だったら、極めるしかないだろう」
「手加減はしないぞ」
「誰がしろって言った……!」
再びぶつかり合う鉄と鉄の音が中庭に響いていく。その様子は連日のように続いている。リゼのサーヴァントとして召喚されたランサーはその鎧と剣の捌き方からもわかるように中世に生きた本物の騎士である。
ヨハンからすれば遥かに格上の存在であり、半ば二人の関係は知らず知らずのうちに師弟のような間柄であった。もっとも、互いにそれを真正面から指摘すれば否定するのだろうが。
ヨハンの強くなりたいという思いはランサーにとっても好ましいものである。その気持ちの原動力がどんなものであれ、行動そのものに貴賎はない。己のマスターを守るために修練を積みたいと言うことに、断る理由が何処にあるのか。
「君はどんなサーヴァントを召喚するのか決めたのか」
「どんな奴でもいい、結局は戦うための武器だ。巧く使える奴ならどんな奴でもいいさ」
「そう一方的なモノでもないと思うが……、キミが召喚する相手であれば、無道へと走る存在ではないだろう」
鍔迫り合いながらも互いに向ける言葉にはある種の軽口が乗せられていた。いずれ、状況が進行すれば、互いに敵対し合うかもしれない者たち同士であると言うのに、そこにはある種の共感が見出されていた。
「まったく……、自分のマスターよりも他のマスターと仲良くなっているなんて、失礼なことね」
そんな二人の様子を遠目から眺めるリゼは、思わずため息を零してしまう。別に本気で苛立っているわけじゃない。
ただ、ヨハンの闘う理由は言うまでもなくリゼだ。彼はリゼの理想を叶えるために戦うことを決めた。本人から直接に言葉として伝えられなかったとしても、長い付き合いなのだから、様子を見ているだけでもそれは分かってしまうことだ。
(他人に信じてもらう事が出来ているのに、自分自身がそれを本気で信じることが出来ないのなら、それは酷い裏切りなのかもしれない)
この国に生まれた人間として、この国の皇女として、七星の血の運命を呪う者として、ただ宿命のままに聖杯戦争を戦いぬくことが正しいことであるのか、リゼにはどうしても答えを見出すことができない。聖杯戦争が始まってしまえばなし崩し的に総ては終わりへと向かってしまうのだろうか……
「よぉ、リゼお嬢ちゃん。浮かない顔をしているな。理由は分かるが、皇女がそんな顔をしていたら宮殿の人間たちが訝しむだろう。笑顔を見せておけよ、作り笑いだろうとなんだろうとな」
「ヴィンセントおじ様……」
声を掛けられて漸く近づかれていたことに気付く。本当に気が抜けていたのだと思わず自分の無防備さをリゼは恥じるが、その相手が窮地の人物であるだけに、反応は決して毒々しいものではなかった。
黒いストライプのスーツの下に赤いシャツを着こみ、整った髭と三白眼が特徴の男性。眩いブロンドヘアは一見すれば、この宮殿の中で異質な存在であることをこれでもかと言うほどに主張しているのだが、不思議とそれを感じさせない空気を醸し出している。
ヴィンセント・ステッラ、セプテム王家の暗部と深いつながりを持つシチリアンマフィアに連なる人物、そしてリゼやヨハンと同じく七星の血に連なるモノである。
「考えても答えなど出ないさ。結局、最後は強い方が勝つ。そして灰狼は紛れもなく勝つための布陣を敷いている。リゼお嬢が自分を貫きたいのならそれを踏み越えるしかない」
「貴方は、どう思っているの?」
「俺達ステッラは勝ち馬に乗る。星の悲願が果たされるか、リゼお嬢の願いが勝るのか、どちらでもいいのさ。忠義も大義もない、所詮、金に餓えたただのハイエナに過ぎないからな」
軽薄に、けれど、自分たちの利益が備われることだけは絶対にない選択ができる強かさを彼らは持っている。伊達にヨーロッパに根付いた七星にて最も繁栄をした者たちであると言うだけのことはあると言うことか。
「おっと、いつまでも世間話をしている場合でもなかったか。今日の用事はリゼお嬢様ではなく、国王陛下に対してだった」
「お父様に? 聖杯戦争の事ですか」
「ああ、その通り。最後の1人がようやく到着したんでな。自分たちの計画にご執心の灰狼やカシムの旦那に代わって、俺が案内をしていると言う訳さ」
「あら、その方がリーゼリット皇女殿下様ですか。お美しい方ですね、やはり一国の皇女ともあると、一目見るだけでも気品を感じます」
「―――――――」
突然声が聞こえた。気を抜いていたわけでもないのに、その聴こえてきた声の主が自分たちの傍に来ていたことにリゼは全く気付くことが出来ずにいた。
東洋人であろう少女は自分と同年代か或いは少しばかり下の年齢か、着崩したような和服に身を包んだ黒髪の少女は、笑って挨拶を口にした。
「お初にお目にかかります。七星宗家より代表してまいりました、七星散華と申します。長いお付き合いになるかもしれませんが、何分田舎ものですので、不作法は寛容な心で見ていただけると嬉しいです」
そう底冷えするほどに感情のない笑みを浮かべる少女だった。もしも、心を殺して人を殺めるだけの機械になるのだとすれば、こんな風になるのだろうと思えるほどの。
役者は揃いつつある。それが聖杯戦争の始まりが近いと言うことの何よりの証拠である。
時間はない、すべては定められた運命のままに流れて行こうとしているのだから。