Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――セプテム王都『ルプス・コローナ』正門砦――
モンゴル帝国――またの名をイェケ・モンゴル・ウルス、偉大なる初代皇帝チンギス・ハーンにより建国された歴史上陸路における最大版図を達成したこの帝国は恐るべき進撃速度で多方面作戦を展開し、モンゴル高原より東へ西へ進撃を続けた。
そんなチンギス・ハーンを支え続けた重臣たちを四駿四狗と呼び、子孫たちは大きく称えた。彼らこそがハーンの圧倒的な力の象徴、ハーンと共に世界を制覇する者たちの先駆けであると。
そのうちの1人にして、チンギス・ハーンのモンゴル高原支配時代から付き従ってきた戦士の1人こそが、四駿が一人、ジュベである。
かつて、モンゴル高原統一のための戦いに明け暮れていた時代に、彼はかつてのハーンと対立し、一時はハーンの命を奪う寸前にまで至った。敗北した彼をハーンは自らの真価となることと引き換えに助命した。総ては己を脅かすほどの実力を持つ者を己の軍に引き入れることによって戦力の大幅な増加を期待してのことであった。
その目論み通りにジュベはモンゴル高原統一戦争、そして金帝国、ホラズム朝と多くの敵を相手に奮戦し、常に勝利を重ねてきた。
「戦士ジュベ、偉大なる大ハーンより信任されし戦士よ」
「そなたは、七星桜雅といったか。遠き島国よりハーンの下に集った戦士、そなたとそなたの妹君の話しは私の耳にも届いている。敵である金の軍勢は精強だ。幾度となく漢の民たちを追い詰めてきた。貴殿の活躍、期待させてもらう」
「貴方は以前より大ハーンと共に戦場を駆け抜けてきたと聞きました。私はあくまでも新参者です。妹と共に大ハーンの目に留まることが出来たことは光栄でありますが、あまり、大ハーンのお考えを理解できていない面もあります。貴方から見て、大ハーンはこの戦いの果てに何を見ていると思いますか?」
「その問いを聞いた先に何を求める?」
「単純な興味以上のモノは持ち得ません。私は島国の生まれです。領土を広げるという概念はその島国の中にしかありませんでした。限られた資源の奪い合い、常に敵は内なる者たちであり、外に目を向けるということをしてきませんでした。
故にこそ、興味があるのです。この広大な大陸で、何処まで繋がっているとも知れぬ世界の中で大ハーンは行軍を続けて何を求めているのかと」
「大ハーンの考えはご本人にしかわからぬ。故に私自身が語るべきことは本来ないが、少なくとも我々は戦い続けなければならない人種だ。戦い続けることによって明日の食糧を得ることができる。戦い続けることによって、生きる意味を得ることができる。戦い続けることによって、我々は明日を見失わずに済む。戦が止まり、一つの地に定住すれば、我々は何をすればいいのかもわからなくなるのだ」
「それは、まさか……」
「信じられぬか? そなたたちの生きてきた島国と我々の生き方は違う。漢の民たちとも違う。貴殿らは一つの場所に留まり、その地を守ることを選んできたが、我らは違う。常に新たな戦場を求めてきた。もしかしたら、大ハーンは貴殿が想定しているような大きなことなど考えてはいないのかもしれない」
「つまり、生きるために戦っていると?」
「あるいはそれ以外の生き方を知らぬのかもしれない。であれば、大ハーンが止まることはない。あのお方は我らの王、皇帝、我らを導く者となった。我らが常に戦場を求めるのであれば、大ハーンは果てなき進撃を続けていくことだろう」
「それが理由、俄かには信じがたいが……」
「そうかね、私は貴殿らも決して理解できないわけではないと思っているが?」
「どういう意味だ、ジュベ殿」
「貴殿らも海を渡ってきた。その理由を聞けば、死に場所を求めているのだと。しかし、私からすれば貴殿らは死に場所を求めた死兵の顔などしていない。その表情にあるのは、己を必要とする世界を求めるための顔だ。
己を腐らせるような平和を拒絶したからこそ、貴殿らはこの大陸に渡って来たのだ。役目を果たせず死ぬことも、平穏で己を有用に活用できぬ世界もどちらも貴殿らは拒絶したのだ。己の力を欲する場所があればそこへ。我らと変わらぬ、貴殿らもまた戦いつづけなければ生きることの出来ぬ人種なのだ」
ジュベの言葉に桜雅は一度、目を伏せ、それからわずかにしてフッと笑みを浮かべた。
「確かにそうかもしれない。大ハーンに徴用されて以降、死に場所を求めるなどという気持ちは無くなった。今は新たな戦場を求めて実に充実している」
「それは素晴らしい。貴殿にも妹君にも期待をしておこう。大ハーンの遠征はさらに勢いを増している。されど、我々は人間だ。大ハーンもいずれは老いる。若き兵士たちの中には大ハーンは蒼き狼の化身であると口にし、永遠の生命を持ち合わせているなどという者もいるがね。ジュチ様やチャガタイ様たちは既に先の事も見据えているだろう。
私も可能な限りは大ハーンの覇道を見届けたい。願わくば、先へ先へ。我らの足が止まらぬ限り、見果てぬ大地を踏みしめて見たいものよ」
そう語るジュベの言葉は忠臣の言葉であり、同時にどこか遠くない死期を悟っての言葉であったように思えた。
それを証明するかのように、ジュベはチンギス・ハーンよりも早く、ホラズム朝との決戦の最中に病にて命を落とすことになる。戦場にて敵として出会ってから幾星霜、常に大ハーンと共に戦場を駆け抜け、その大帝国建国の礎を作った者は最後の最後で自ら、主の下を離れていくことになった。
もはや二度と叶わぬと思っていた再会、しかし、それは意外な形でめぐりこんできた。サーヴァントとして、第二の生を手にしたジュベは今、大ハーンの命令で王都正門の守備を任せられ、まもなく決戦に至るであろう空気を感じ取っていた。
「間もなく、か……」
「わかるのですか?」
「大きな戦の前とは、風の匂いが変わるものだ。このセプテムの大地も血を求めている。いずれか一方が滅びる定めのある戦が始まる予感を覚えているのだろう」
正門に併設された砦にて、彼方に広がる荒野を見下ろしながらジュベはまもなく敵勢力が襲来するであろう予感を覚えていた。
「今はまだ昼の頃合、攻めるにはあまりにも視界が良すぎる。おそらく、襲撃は今日の夜、と見るべきだろう」
「なるほど。では、準備をしておきましょう。幸い、国王より派遣された兵士たちは誰も彼もが精強です。並大抵の相手でなければ敗北することはないでしょう」
「………貴殿は本当に残るのか?」
「ええ、私はこの砦の指揮官です。指揮官が持ち場を離れるわけにはいかないでしょう」
「既に桜雅……、いや星灰狼より派兵された人造七星たちがこの砦の中には配置されている。彼らの指揮権は私にある以上、貴殿がここにいるかどうかは大勢に影響はしない。
国王とて、それを咎めることはないだろう。私から大ハーンに進言をしてもいい。此処に残ることが意味すること、人造七星たちを見ている貴殿であれば理解できないわけではあるまい」
人造七星たちはセプテムの通常兵士たちをはるかに凌ぐ戦闘力を持っている。それらの兵士たちが詰め寄せ、防衛を任されている以上、ここにやってくる相手の実力が理解できないセルバンテスではないだろう。
ジュベはこの砦に入って数日ではあるが、セルバンテスがセプテム防衛を任せるに足りる人材であることを確信した。もしも、生前に己の軍にいれば、傍に置くのも吝かではない相手であると。故にこそ、ここで命を散らすのを惜しいと考えたが……
「ジュベ殿、お心づかいは感謝いたします。ですが、私はやはりこの砦の指揮官なのです。かつて、リーゼリット様をスラムの賊たちに奪われた時、私は最悪の結末を予期しました。それは己の死ではなく、守るべき主の死です。結果的にリーゼリット様はスラムの少年に救われ、我々は事なきを得ました。結果よければすべて良しで片づけられるような話ではなかった。私はその時に誓ったのです。与えられた役目から逃げるわけにはいかないと」
もしも、あの少年がいなければ、リゼはスラムの人間たちに命を奪われ、辱められていたかもしれない。結局、この前線砦に送られたセルバンテスは彼に再会することはなかったが、感謝を忘れたことはない。
「この身は既にあの日に処断された命です。リーゼリット様や国王を脅かす者たちを前にわずかでも盾となることができるのであれば、これほど本望なことはありません。ですので、お気遣いは無用です」
「そうか、では、指揮官として頼りにさせてもらおう」
数日前に、突如として前線砦に姿を見せたジュベと人造七星たちによって、セルバンテス以外の兵士たちはその多くが前線砦から離れた。
既にこの正門砦に控えている兵士たちのほとんどが人造な七星の兵士たちであり、セルバンテスはこの前線砦の指揮官であるとはいえ、既に実質的なリーダーはジュベとなっていることは言うまでもない。
その自覚を覚えても尚、自らもその結末を見届けようとするセルバンテスの態度にジュベは彼にとやかくいうことをやめた。覚悟を決めて戦場に望むのであればそれはもはや一人の戦士であり、人造七星であるかどうかなど些末事に過ぎない。
あの日に処断された命、それは捨て鉢になっているわけではなく、例え、命を失うことになったとしても、誰かを恨むつもりはないというセルバンテスなりの誠意の証であったのではないだろうか。
「来るがいい、大ハーンを脅かす者たちよ。貴様らが大ハーンともう一度相見えるに足りる戦士であるのかどうかを、この私が直々に見定めてやろう」
・・・
聖杯戦争なんてものに最初から興味があったわけじゃない。聖堂教会の代行者として与えられた命令をこなしたに過ぎない。本来であればバーサーカーが敗北した時点で、私の役割は終わりになるはずだった。王都に向かう連中と一緒に行動をしていたって、自分に手に入るものなんて、どれほどあるのだろうかと思わずにはいられない。
ただ、どうしても、徐々に徐々に放っておけなくなってしまった。ひたむきに復讐の道をひたはしろうとするその姿、自分の視界の中に移りこんでいる、常に泣き出してしまいそうな激情を必死に自分の心の中に隠して強がっている背中、悪びれたところで結局は生来の正しいあり方を捨てられずにいる態度、あぁ、自分にとっても弟のような存在がいれば、こんな感じだったのだろうかなんて思ってしまったのが運の尽き、ルシア・メルクーリアはその終着点のない旅路を未だに同行して進んでいた。
「はぁ……まったく、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。アンタのせいよ、アンタの」
今日の夕刻より始まろうとする作戦で大きな役割を背負うことになったルシアは自分の薬指に嵌めこまれた黄金の指輪を見てため息を零す。
彼女のサーヴァントであるバーサーカーの忘れ形見ともいえる聖遺物、さながら竜の血を浴びたかのように、この指輪と繋がっているルシアの身体はどのような攻撃を受けたとしても、回復してしまう。
実験をしたわけではないから、正確な耐久性までは分からないが、サーヴァントの必殺の攻撃を受けても再生することができるのは確認済みだ。自分がおごり高ぶったことで、突如として加護を失うなどといった恐るべき展開にならない限りは、おそらく今回の正門突破作戦の鍵を握る働きが出来るのは自分だけであると確信を持っている。もっとも、その確信を持ったところで恐怖心やどうして、自分なんかがという思考が消えるわけではない。
(私、何やってんだろうな……)
桜子や朔姫、ロイであれば、レイジの復讐の旅に同行しているのも理解できる。彼女たちは聖杯戦争として召喚したサーヴァントを持ち合わせているのだから、徒党を組んで協力し合うことに一定以上の意味を持ち合わせることができる。いまだに怪しい素振りを見せているが、どこかにサーヴァントを隠しているであろうアークも同じだ。
残っているエドワードと自分こそが一番、意味が分からない。どうして未だにレイジたちの旅に同行しているのかと聞かれれば、成り行きであるとしか言いようがない。
成り行きであるというにしては随分と深く付き合ってしまった。このまま王都の中に共に突入することになるのであれば、もはや後戻りはできない。灰狼たちを倒して勝ち残る以外に生き残ることは難しいだろう。
「でもさ、放っておけないじゃん。あんなに必死に頑張ってる奴のことさ。視えちゃうんだもん、仕方ないよ」
ルシアには人間の感情が色として判別できるようになっている。よって、言葉で人を騙そうとしても、感情の色を見ることによってルシアには相手の嘘を判別することができる。もっともあくまでも色を見るためだけであるからこそ、万能であるとは言えない。その能力に頼りすぎてしまえば足元を掬われるのはルシアが一番よく分かっている。
いや、むしろ、その厄介事に首を突っ込んでしまっている段階で足元を掬われてしまっているのかもしれないが……、
「どうしたんだよ、黄昏れて。まさか、これからの突入、怖気ずいているわけじゃないだろうな」
「んー? どうだろうねぇ。私はレイジ君とは違って、成り行きで戦っているに等しいからねぇ。ま、当たって砕けろと思えるほどメンタルが強いって訳でもないわけ」
珍しいことに物思いにふけっていたルシアにレイジから離しかけてきた。相変わらず目上の人間への敬意の欠片も感じさせない言葉ではあるが、これがレイジらしいといえばレイジらしい。
「気分が乗らないのなら、さっさと連中に言うべきだ。半端な覚悟で戦いに参加されても迷惑なだけだ」
「なら、アンタが変わってくれる?」
「ああ、必要ならな」
「……、冗談、それでアンタに任せるようなことをしたらいよいよ私は自己嫌悪に陥るよ。此処まで来て何をやっているんだってさ」
ルシアに対して話しかけてきたのはレイジなりの気遣いなのだとルシアも勘付く。
此度の作戦で一番危険が伴うのはルシアだ。彼女は既にサーヴァントを失っている以上、どうしたって自分が身体を張るしかない。レイジなりに彼女の身を案じているし、もしも、ここでじゃあ、変わってくれと口にすればレイジは喜んで自分の身を身代わりとして差しだすだろう。勝率云々ではなく、自分が始めた復讐であるからこそ、その為に身を捧げることを欠片も躊躇していない。
分かってしまうからこそ、逆にルシアはその役目を与えるわけにはいかないと拒否する。適材適所、この役目はルシアにこそふさわしいことは本人が一番よく分かっている。
「なんだかんだ男の子だよねぇ、あんたは。向こう見ずであるように見えて、ちゃんと当たり前のことを当たり前にやろうとしている。それって、世の中の人間、誰もができるってわけじゃないのにさ」
「……? 当たり前のこと、なんて今更か? 俺は俺の復讐のために七星を滅ぼすことを決めている。それを俺は他人任せにする気はない。七星を滅ぼすまでの総てが俺の戦いだ。そのために身体を張るのは当たり前のことだろう?」
「そうだね、でも、世の中の人間ってのは誰もがあんたほど素直には生きられないんだよ。結局、世の中、当たり前を当たり前に出来るって奴が一番強いし、そういう奴が報われる世界じゃなきゃいけないって私は思うのよ」
他人の感情の色が見えてしまうからこそ、ルシアはどれだけこの世界が虚飾塗れであるのかということを知っている。自分を飾りたてようとする者、相手を蔑にしようとする者、もはや自分の感情と虚栄が別であることを理解することが出来なくなってしまっている者、無数のケースを見てきたルシアからすれば、レイジは特別な存在だ。
自分が決めた正しさに狂っているにもかかわらず、その狂気を正しく使おうとしている。ただ世界が滅びればいいと思っているわけではない。自分の行動に責任を持ち、より良き明日を模索しようとしているからこそできる行動である。
レイジは復讐という我欲の到達点を自身のアイデンティティーとしているが、同時に誰よりも誠実にこの世界の人間として、出来ることをやろうとしている。だからこそ、当たり前のことができる。何者にも染まらない真っ直ぐさとは羨ましいと思う。その感心がルシアの逡巡に決意を促していく。
「ま、安心しなさいよ。今回は私が活躍して突破口を開くから。アンタをまた危険な目にあわせたら、私がターニャに何を言われるかわかったもんじゃないってね」
「だが……」
「適材適所。七星の魔力を無力化できるアンタには他の役目がちゃんとある。お互い、上手く立ち回ってあの門をくぐりましょう。信頼しているわよ、レイジ」
「ああ……」
そんな彼のひたむきさに少しは報いることができるように自分も頑張ろうとルシアは思う。成り行きでここまで付いてきてしまったことは事実であるけれども、総てが嫌々でここまでやって来たわけじゃない。少なくとも、この少年の道行きに少しは貢献してやりたいと年長者として想うから、今はそれだけでいいじゃないかと割り切る。
まもなく決戦の時間が来る。一筋縄では突破することができないであろう鉄壁の門を突破するための戦いの時が来るのだ。
・・・
間もなく陽が落ちる。正門周辺を夜の帳が支配し、当たり前の静寂が訪れるはずの正門の物見台部分でジュベは先に続く荒野を監視し続ける。
戦いが間もなく始まる、それを風も知らせている。この宵闇こそが、戦いの火ぶたを切る開戦の兆しとなると。
「人造七星たちを呼びつけろ。弓隊を配置につかせる」
「……? 何も変化はないように見えますが」
「これから起こるのだ」
ジュベの指示により、灰狼から派遣された人造七星たちは一斉に正門の上、弓隊を配置するために用意された高台部分へと一糸乱れぬ隊列で配置される。その手には魔力で強化された弓矢が握られており、通常の弓矢などよりも遥かに遠距離までを攻撃することができる。
しかし、その狙うべき相手の姿を見つけることができない。ジュベに命令されたから配置についたが、これでは、何をすればいいのかも―――――
「………魔力反応、3キロ先より魔力反応を検知!」
「では、戦争を始めよう。弓矢隊構えろ!! 先を考える必要はない、意味を理解する必要もない。貴殿らは迎撃兵器だ。ただ敵手を射抜くことだけを考えろ! 余計な思考など矢には必要ない!」
人造七星たちが敵手の到来に驚きを覚える最中、驚異的な視力でジュベは夜の闇の中でこちらへと迫ってくる人影を視認していた。
以前の偵察で放たれた式神を検知した時よりもなお容易である。何せ、自分たちの姿を隠し通す事さえしていない。
正門に向けて疾駆する二つの影を視界に収め、ジュベは己の弓を握り、矢を番える。
「さて、二人か……」
駆け抜けるのはアーク・ザ・フルドライブとルシア・メルクーア、たった二人の戦力を持って、正門を突破するために彼らは疾駆し、ジュベの弓矢が放たれると、アークの鋼鉄の腕が察知したように弾き返す。
「無論、迎撃が来ることを分かったうえでの行動、果たしてこれは陽動か、あるいはそれが最適解であると考えたからか」
矢を弾かれ、再び自身の矢を番える直前、ジュベには二つの選択肢が浮かび上がった。敵手の行動、明らかにこちらに発見されることを前提にした戦い方であるが、これは他にこちらへと潜入しようとする者たちを隠すための陽動であるのか、あるいは攻撃をされたとしても、耐久能力の高い者たちを使って突破することが最適解であると判断したのか。
どちらとも読み取れる。アークとルシア以外の人の気配を感じられない。以前の式神以上の隠密能力を持った相手がいるのであれば話は別だが、気付けないのであれば同じこと。
「射手たちよ、構うことはない。射程に入り次第、撃て。照準は―――私の放った方向だ」
無駄な考えはしない。射手としてここに配置されている以上、ジュベに求められているのは向かってくる相手の排除だけだ。それ以外の理屈は総て、怒ってから考えればいい。
「ぬぅぅぅん!!」
ジュベの弓に魔力が収斂し、力が弓から番える矢へと行き渡ると同時に、敵を破壊するための矢が放たれる。以前の式神を破壊した時にはその余波で山すらも砕いたほどの一撃がアークとルシアへと飛び込み、
「下がれ、ルシア……!」
「バカッッ、下がるのはあんただッ!!」
瞬間、正門砦より放たれた雷の如き一矢がアークの前に立ち塞がったルシアの身体を直撃する。直撃した瞬間に人体を破裂させるような爆発音が響くと同時に煙が立ち込める。
まさしくミサイルでも飛んできたような勢いの爆発ではあるが、それ以上に問題となるのは、ルシアだ。先の爆発、至近距離で爆弾が爆発したに等しい衝撃であり、まともに考えれば人間一人が生き残ることができるような爆発ではない。
即死で当然、生き残っていたとしても五体満足などということは有り得ない。それほどの爆発に巻き込まれながらも……、
「そらね、あんな爆発を防いでいたら、あんたの鋼鉄の鎧だって砕けちゃうかもしれないでしょ? だから、ここは私に任せなッ……!」
爆発の最中、煙が晴れた先にいたルシアは一度、肉体を完全に破壊されていた。しかし、まるで血液が一瞬で凝固するように、肉体が巻き戻しを引き起こしたかのように、肉片から、再び肉体が構成されていく。ニーベルングの指輪が光り輝き彼女の身体を復元していく様子は、不可逆的な破壊など、彼女に対して引き起こせる者はいないと主張しているかのようですらあった。
「大丈夫なのか?」
「何のために私がここに志願したと思っているのさ。いくよ、ここからさらに攻撃が激しくなっていくだろうから」
まだ初手、アーチャーであるジュベの攻撃を受けきったに過ぎない。アークとルシアは再び進撃を開始し、まもなく、雨の如き、人造七星による射撃が始まったのであった。
「ぬおおおおおおお!!」
今度こそは自分の番であるとばかりにアークが鋼鉄の腕を盾代わりにして人造七星の攻撃を受け止めながらも進撃を止めない。
「攻撃受け止められているね!」
「ああ、だが――――」
再び、雷撃のように破壊の矢が放たれる。人造七星による攻撃を受け止めていたアークに向けて放たれた矢の一閃が再び、ルシアが身を挺してアークを庇ったことによって防がれる。
『ルシア、アーク、お前ら二人には決死の陽動を任せたい。おそらく、連中の砦には、サーヴァントだけやなく人造七星共も出張っているはずや。あの巨大な門を最大限に有効活用するんやったら数がいる。
いかにサーヴァントが陣を張っておったとしても、数が足りなきゃそこまでや。間違いなく連中は、人造七星による数の暴力に打って出てくる。だから、お前らはウチらの本当の目論みが連中にバレへんように、全身全霊をかけて、無理矢理、突破を図れ!』
『そりゃ、つまり俺達しか連中の攻撃を防げないから、俺たちだけで何とか攻略をするように見せなくちゃいけないってことでいいのか?』
『ああ、本来、ウチら全員で束になって掛かるべきやろうが、ウチら全員じゃ逃げ切れへんから、なんとか防御力の高いお前らだけで突破を図ろうとしている、それしかウチらには突破の方法がない……なんて連中に思わせることが出来れば上等や。ちゅーわけで、お前らは徹底的に敵の攻撃をうけまくれ。肉の盾になれ!』
『聞けば聞くほど酷い作戦、要するに私らの我慢比べってことじゃん』
『失礼なこと言うな! ウチは役目を遂行できると思っておる奴にしか命令せぇへんわ。最初から失敗すると思って作戦を投げるなんざ、三流のすることやろ!』
もしも、アークとルシアがその陽動の役割を果たすことが出来なければ、朔姫たちの目論みは成功せず、仮に成功したとしても2人の命はない。
この陽動の趣旨は徹底的に迎撃側の認識をアークとルシアに集中させること、最初から二人には半ば捨て石のような役目を背負ってもらうことを命令しているに等しいが、朔姫は二人ならばそれでも成功させ、生き延びて帰って来るであろうと想定している。
いいや、信じていると言えばいいだろうか。
『七星共は魔力を遮断する自分らの魔術を使ってくるはずや、ルシア、お前は何があるかわからへんから、七星共の攻撃は出来る限り避けろ。逆にサーヴァントの力任せの攻撃はルシアが受け持て』
「………だね、文句の一つも言ってやりたいところだけど、それが一番いいってわかるもん」
自分が捨て鉢にされたことに対して怒りの言葉の一つでも口にしてやりたいところではあるが、実際に朔姫の提案は正しい。これ以上なく用兵として正しく、他の策と組み合わせた場合、この役割はアークとルシアにしか採用することができない。
華麗に攻撃を避けながら、砦を目指すなんて言う他に意識を向けかねない策ではだめなのだ。愚直に身体中に矢を受けても必死に辿りつかんとするその意地こそが、迎撃手たちを釘付けにする。あと少しで獲物を刈り取ることができると確信した時にこそ、敵は大きな隙を晒すのだと相場が決まっている。
『痛覚遮断の術式使ってやっても構わへんで。特にルシア、お前、痛みで泣き叫んでも知らんぞ』
『んんっ……いや、別にいいよ。だって、痛みで泣きたいのは私だけじゃないでしょ?』
『はッ、後で泣き叫んでもほんま笑い倒したるわ』
朔姫と事前に会話をして想定していた状況に近づきつつあることを二人は理解し、自分たちがその役割を達成していることは理解できる。いまだ、砦に辿り着くまでには1キロほどの距離があり、休む間もなく次々と七星の魔力を込められた矢が降り注いでくる。
「嫌になるくらい遠いね、辿り着いたところで逆に戦いになっちゃうんでしょ?嫌だ、嫌だ。もう勘弁してくれって感じ」
「だが、途中下車の旅じゃないぜ?」
「ええ、だから、覚悟を決めて突き進むしかないってね。行くよ、止まったら流石に気持ちが途切れそうだわ」
「応ともよ」
正門からの一斉射撃に一度は足を止めていた二人だったが、再び正門に向けての進撃を開始した。それを確認したジュベは眉をひそめる。
「同時にこちらへと向かってくる気配はない。本気であの二人だけで突破を図るつもりか?」
ジュベからすれば自殺行為もいい所であった。人造七星といえども、サーヴァントに伍するほどではないだけで十分に敵対者を脅かす意味はある。彼らが使っているのは単純に弓だけであり、矢そのものは七星の魔力を介して生み出された魔力弾である。その魔力弾一つ一つに相手の魔力を遮断する七星の魔力が与えられているのだ。
一つ一つであれば、ここまで進撃してきた彼らを留めるには弱々しい力かもしれないが、それも数が合わさって行けば暴力的な力へと変わる。
ジュベからすれば、この二人を陽動に使って本隊を別に動かしているのは筋であると考えられた。いいや、まともな発想をしている指揮官であれば当然にそれを実行する。
何せ、如何に彼らが圧倒的な耐久力と防御性能を持ち合わせていたとしても消耗はするのだ。こちら側の攻撃を全く意に介さないのであればそもそも、この時間まで進撃を待っていた理由が見当たらない。
よって、彼らに絶対的な無敵性は存在しないと踏んでいるが、その挙句がこの無策なまでの突撃であるとすれば、あまりにもお粗末であると言わざるを得ないだろう。
「買いかぶりすぎていたか。だが、それで容赦をする理由もない」
大ハーンが自分をここに配置した結果として対峙する相手がこの程度であるのかという落胆を覚える意味もあるが、僅かに生じたその感情をあっさりと排してジュベは進撃するアークとルシアを完全に排除することへと意識を傾ける。
相手側が何を考えているにしても中核戦力、特に大ハーンとの決戦で謎の鋼鉄兵器を展開して進撃を阻んだアークを倒せることは、相手がどんな思惑を抱いていたしても実行するに越したことはない。
次々と放たれていく弓矢、それを身を挺して二人は突破していく。ただ先へと進むだけと言ってしまえば簡単な話に聞こえるかもしれないが、実際のところは常に痛みとの戦いだ。ジュベの一撃で砕けかねない雷撃のごとき一矢も、人造七星たちによる数の暴力のごとき矢もそのどれもが、ほんの少しの変化が生じることによって、アークとルシアの命を奪いかねないほどの勢いであった。
まさしく今、この瞬間、彼らの攻撃のすべてがアークとルシアに集中している。人造七星たちは攻撃の一部へと組み込まれ、ただ自分たちは目の前の敵手を滅ぼすためだけの存在へと変わり、その指示を行うジュベもアークとルシアを倒すことこそが、この場の戦いを突破するうえでの重要ごとであると認識した。
「ええな、作戦通りといってもええんやないか?」
そして、この状況を生み出したことによって八代朔姫の思い描いた絵面の第一段階は完成した。そうあくまでも、アークとルシアは陽動でしかない。人造七星とジュベの意識を完全に二人に集中させることによって、一瞬の隙を生み出すことこそが目論見である。
「さぁ、出番はいいな、セイバー。お前らの活躍にすべてがかかっとる。死んでもあの正門の上に昇れよ!!」
「ふん、誰に命令をしているのだ、人間よ」
「私と兄様が必ず突破口を開きましょう。我らは導きの神、我らの光のごとき速度に追いつくことができる者はなし」
アークやルシアたちが戦っている場所よりもはるか後方、そこに朔姫やレイジたちは潜んでいた。そして、正門突破を図るうえでの第二の矢となるのはセイバー:ディオスクロイ兄妹である。彼らの行動速度はその魔力を最大まで開放することで光の速さで疾走することができる。勿論、マスターが担う魔力消費も相応のものとなることは間違いないが、ロイがマスターである以上、その問題について議論をすることにさしたる意味はない。
いかにアークとルシアが彼らの目を惹きつけていたとしても、姿を消して近づこうとしても、一瞬で反応されて攻撃に移られる可能性は非常に高い。
だが、そこに異常なまでの速度が加わることによって話は大きく変わってくる。気づいた時には既に遅い。それを達成することができれば、地獄のごとき、乱射の雨を飛び越えて、正門にて、人造七星たちが攻撃をしている箇所へと辿り着くことができるだろう。
「頃合いかな、彼らは私たちが完全に二人に任せていると思っているみたいだし」
「ここから正門にまでたどり着くまでおよそ10秒、その時間を稼ぐことができればすべてが終わる」
「辿り着くことさえできれば、量産型の魔術師など恐れるに足りません」
すでに出立の準備は完全に出来上がっていると反応を浮かべる二人はマスターであるロイと視線がかみ合う。多くの言葉はいらない。実力をもって己の有用性を証明すればいい。
「じゃあ、行くで、隠密術式、目くらまし程度にはなってしまうかもしれんけど、少しは連中の目をくらませることもできるやろ!」
「令呪を持って命ず―――セイバーよ、光が如くこの荒野を駆け抜けろ!」
ロイがその手に刻んだ令呪の一つが輝きを放つと同時に、セイバーの姿が一瞬にしてその場から消失し、颶風が周囲を巻き込む。
まさしく、その風はセイバーが正門へと向かうためにはなった風であり、恐るべき速度を以って、二人は一瞬で正門へと辿り着くだろう。
「――――来たか!」
しかし、そのわずか10秒、いいや、5秒に迫るかどうかの時間であるにもかかわらず、ジュベはその弓の向かう先を変える。セイバーが動き出してから、わずか2秒、戦場に生じた変化を感じ取ったジュベはほぼ直感に等しい動きでセイバーへと照準を向ける。
果たしてどんな直観力を持ってすればそれを読み取ることができるのか。ほんの瞬き程度の時間で辿り着くであろうセイバーの光の進撃、陰陽術を駆使してまでも隠しきろうとしたその一手をも、ジュベは読み取り、人造七星たちがアークとルシアへと攻撃を放ち続ける傍らでその照準に狙いをつける。
「兄様……っ!」
「構うな、ポルクス! 我々の役目は、ただ奴らの懐へと辿り着くことだけだ」
ジュベの殺意が、繊維が自分たちに向けられたことをセイバーは理解する。辿り着くよりも早く放たれる弓矢が直撃をしたとしても、一撃消滅するようなことは起きない。
しかし、戦闘に支障を来すダメージが生まれかねないことは自明の理だ。
「見事だ、陽動によって我らの動きを完全に塞ぎ、その上での超高速の突破。しかし、私の視界からは逃れられない。私は大ハーンの僕たる者、世界最大の帝国を生み出した者の配下である」
どのような手段を使ってきたとしても、その維新にかけて叩き潰して見せようと引き絞られた矢が放たれる。
その間際であった。
「ぬっ――――っ!?」
驚くべきことにジュベが放った弓矢はセイバーを狙ったにもかかわらずあさっての方向へと飛び、大きな爆発音が響く。
発射の瞬間に、ジュベの腕に飛来物が激突し、正確無比なその射撃が、不発に終わったのだ。
「やったか!?」
「ああ、魔弾は確実に奴に直撃した」
これこそが三つ目の矢である。如何にセイバーが光速の動きで正門へと近づいたとしても、万が一にも察知される可能性は残っている。放たれたエドワードの魔弾が直撃したジュベは、完全に射撃のコントロールを失い、明後日の方向へと飛ばしてしまったのだ。
最も所詮は一発、すぐにジュベは意識を改めて次の一撃を放たんとする。小細工が通用するのは一度きり、その一度きりが終わってしまった以上、近づこうとする者の真の目的が分かった以上、もはやジュベに通用することはない。
だが、同じく―――その一撃を明後日の方向に飛ばしてしまったことによって、この正門砦における戦いはその明暗を分ける結果となったこともまた事実である。
「いいや、もはやお前たちに反撃の機会は訪れない」
「ええ、ここからは私達の反撃の時間です」
ぎゃあああとジュベが弓を引こうとする耳元に悲鳴が聞こえ、そして人造七星たちが騒然とし始める。その原因、言うまでもないだろう。この射撃を行うための兵士を配置するアーチ部分へと、セイバーが到達を果たしたのだ。
たった一撃を防がれただけ、たったそれだけのミスであるというのに、この絶対的有利な迎撃の場所を奪われたに等しくなったことにジュベはフンと鼻を鳴らす。
「ふっ、そうでなければ、大ハーンの敵手にはなりえない」
追い込まれている? まさか、この程度になることは十分に想定済みである。昇りあげてきたのなら迎撃するだけ。この身が消え去るまで戦いは終わらぬのだとジュベは弓を構え、セイバーとの戦いが始まるのであった。
え、このレベルがまだあと3人残っているってマジ……?
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