Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
誰に言われるまでもなく、自分が生き汚い存在であることは自覚していた。生まれた時にはそれなりに祝福されていたと思う。だが、不幸な事故で家族を失った。
人倫のない魔術師の手によって、家族は犠牲になり、子供であった俺には対抗するための手段は何一つとして残されていなかった。レイジのように復讐をしようという気持ちは湧かなかった。まだ物心がついたくらいの頃のことである。
自分に不幸な運命を押し付けた相手を殺す事よりも、その日を生き残ることの方がよほど重要で、自分がどのような立場に立たされているのかも実際の所は言うほど理解していなかったように思う。
俺の人生の悪運の始まりはその時からであった。俺は運よく聖堂教会の代行者に拾われ、聖堂教会で育つことになった。洗礼を受け、みなしごとして育てられる傍ら、代行者になるための修業を始めた。俺を拾ってくれた親同然の相手には復讐の為に戦うのかと聞かれたが、自分でも答えは良く分からなかった。
ただ漠然と、こんな場所にいるのだから、少しは役に立つことをしないといけない、そんな風に思って行動するようになっていた。
実際の所、仇のことなんて碌に知りもしないし、もしかしたら、俺が知らないところで勝手に野垂れ死んでいるかもしれない。そんな風に思ったことで、自分の中の復讐心というものは急速に冷めていった。自分の人生を生きようとおもったものだ。
もしかしたら、そんな考えこそが罰当たりであったのかもしれない。聖堂教会の代行者として職務を果たす中で、俺は仲間たちとともにある高名な魔術師を狩るための戦いに向かった。人倫を理解できず、やみくもに人の命を弄ぶ存在は滅ぼさなければならない、神の名の下に。そうした思想で俺達は戦いに出向いた。死ぬかもしれないことは常に承知の上だった。
拾った命なのだから、少しは世の中のために費やしたい。ロスタイムを生きているようなモノなのだから、生に執着する必要などないと考えていたのかもしれないが、まるで運命に嘲笑われるように、仲間たちは俺一人を残して全滅した。
魔術師の討伐そのものは成功したが、その過程で仲間が全滅するという憂き目に俺は気持ちが晴れることはなかった。
その気持ちを晴らすために再び代行者として戦いに臨んで、同じように魔術師を討伐する戦いの中で、再び、俺を残して仲間たちは全滅した。
二度あることは三度あるとはよくいったもので、俺は聖堂教会の中でも「死神」と呼ばれて、忌み嫌われるようになった。曰く奴と同じチームになれば死は免れない。アイツは呪われている。家族もアイツを残して全員死んだと。
ああ、まったくもって事実無根、侮辱もいいところではあるが、事実でもあった。客観的に見れば彼らの口にしていることは正しい、悲しいくらいに正しいことなのだ。
自分自身でその汚名を返上しようと思う気持ちもあったが、最終的には俺は聖堂教会を去ることにした。居心地の良さは無かったし、何より俺を拾ってくれた恩ある相手を巻き込みたくなかった。俺のせいで言われのない言葉をぶつけられるのも、俺の呪いじみた人生に付き合わせたくもなかった。そのような考えで聖堂教会を離れることを決断してしまう時点で、俺はある程度自分のジンクスを認めてしまっていたのかもしれない。
そして、俺は傭兵家業を始めた。表立った戦争に傭兵は必要とされなくなったが、裏社会の中ではいまだに戦力を求める者たちがいる。その戦力がある程度の魔術師に精通した者であれば、何処でも必要とされる。
俺は手当たり次第に傭兵を求めている相手とコンタクトを取り、指定された戦場へと出向いていった。そして、その場所でも同じように戦いに赴いていった連中が死んでいき、俺だけが生き残るという経験を続けていく。
戦場を求めて何度も何度も戦いの中に身を捧げてきたのは、今にして思えば、自分の死に場所を探していたのかもしれない。自分で死ぬほどの勇気があるわけでもなく、余生を過ごすと達観できるほどには人間らしい感性を捨てきることが出来なかったらしい。
結果的に、俺はここまで幾度となく生き残ってきた。常に仲間たちの屍を踏み越えて、当たり前のように生還してきた。かつて俺のことを聖堂教会の連中は死神と呼んだが、ここまでくればあながち間違いではないのだと思う。
俺は常に誰かを犠牲にして生き残ることを宿命づけられた者なのだと、半ば自分なりに納得をするほかなかったのだ。
きっと、この聖杯戦争にも死に場所を求めるような形で俺は参戦している。本当であれば、セレニウム・シルバの戦いでタズミやジャスティンと同じように俺も命を落としていて然るべきだった。しかし、生き残った。自分のサーヴァントであるアーチャーが身を挺して守ってくれた。
守る意味などないと誰よりも自分自身が思っているような男の命を救うために自らの願いを捨てるようなことをするべきではなかったと思う。思うが、託されたものも大きすぎて、どうにも、それを完全に否定することは難しい。
アーチャー:カスパールは魔弾の射手と呼ばれた。魔弾の数は七発、どんな相手に撃ったとしても、必ずその弾丸が直撃するという呪いが与えられている。しかし、最後の一発、七発目の弾丸だけは自らの手で命中させなければならず、もしも外した時にはその対象者の命を奪うことになるのだという。
ああ、まったくもって悪辣な呪いもあったものだと思う。これではまるで、七発目を外すことが出来れば自分はようやくこの呪いから解放されるのではないかと思えと言われているようではないか。
タズミの口車に乗ったのは死に場所を得る為だった。タズミ・イチカラーという男には死相が見えている。裏の世界を知っている者からすれば、彼が七星に挑戦をしようとすること自体が如何に命知らずであり、自分の実力を理解せずの行動であるのかは言わずとも理解が出来たことだ。
ジャスティンを始めとした他の連中だって、タズミを勝たせたくて戦いを選んだ連中なんて一人もいない。誰もが自分の願いを叶えるためにタズミを利用したに過ぎないことは俺も十分よく理解している。
だからこそ、俺はこの魔弾を使い続けることに何ら恐れがないのかもしれない。どれだけ銃弾を使っても、最後の弾丸を外すことが無ければ生き残るし、外したとしても消えることができる。であれば、何ら怖れることはない。最初から死にたがりには相応しい魔弾であると言えよう。
『おやおや、それはあまりにも都合のいい考え方ではないカナ、君は実に魔弾の本質という者を理解していない』
誰だ? ここは自分の記憶の中、或いは精神世界とでも形容すればいいはずの場所である。そこに何者かが、我がもの顔で首を突っ込んでくる。
『気付いてもらえなかったのカイ? それは悲しいナ。私は君とずっと一緒にいたのニ』
まさか、魔弾か?
『そうとモ、魔弾サ、あるいは悪魔ザミエルと言った方が聞こえがいいカナ? どちらでもイイ、ただネ、君はこの魔弾の呪いをはき違えてイル 外さなければイイとかそんなものじゃナイ。魔弾はね、必ずその代償を求めるノサ』
代償だと? それならばとっくに理解している。それこそが外した時に命を失うというものだろう。
『違うヨ、それでは説明が足りなイ、魔弾が紡ぐ代償はこの悪魔ザミエルが消えるンダ、死にたがりの人間の最後の一発が外れて、そいつが死ぬなんて、そんな都合のいい結末を許すはずがないだロウ。カスパールはそんな君の為に銃弾を認めたのかもしれないが、ザミエルはそんな結末は許さナイ。魔弾を使ったのだカラ、代償は支払って貰ウよ。もしも、外した時には君の仲間たちの命を戴こう』
おい、待て、何を勝手に決めている。そもそも、魔弾を使うようになったのは俺とアーチャーの関係から始まったことだ。そこに仲間たちを巻き込む意味が分からない、そんな理屈を認めることができるわけがない。
『必ず当たる弾丸、そんな都合のいいものはこの世界には存在しナイ。我々悪魔は代償とセットだからこそ、そうした力を与える。君の傍にいる彼、星屑の復讐鬼がいずれ代償を支払う時が来るのと同じように、ネ』
何故、そこでレイジが出てくる。あいつはもう十分に苦しんでいるだろう。どれだけの後悔と罪過を重ねて、今を生きていると思っている?
『ああ、そう? そうは見えないネ、そう見えているのは君たちが彼の本質を理解していないカラさ。彼はいずれ、その代償を支払うことにナル、誰よりも残酷に、誰よりも悍ましい真実を知ることにナル、むしろ、知らない方が幸せなのかもしれナイネ』
悪魔ザミエルはレイジについて何かを知っているのか、その本質が違うと言っても、何を指示しているのかは全く分からない。
『彼の話しは時期尚早サ、誰も彼を救うことなんてできないんだから、気にしなくてイイヨ、彼には決められた破滅しか残されていないんダカラ。
それより君サ、魔弾の使い道を良く考えておくとイイヨ。君が魔弾を外そうと外すまいと、ザミエルは必ず代償を貰いに来ル、マックスが許され、カスパールがその命を落としたように。魔弾を使い続けたモノには命を対価に支払って貰ウ。君はカスパールから魔弾を託されてしまったのだからネ』
恨むのなら自分のサーヴァントを恨めと悪魔ザミエルは口にする。それすらも悪魔のささやき、人間の感情の変化を愉しみたくて仕方がない。愚かしい悪魔の声に違いはないだろうと思う。
ああ、分かっているとも。代償のない力など存在しないことを。だからこそ、自分の命が奪われる程度のことであれば、何の気にもかけなかった。これだけ多くの命の上に成り立っている存在が、今更自分の命など欠片も気にするべきことではないだろうと。
自分の命が消えることはいい、だが、もう俺は俺の呪いによって誰かの命が失われることには耐えられない。それだけは避けなければならない。例え、何があったとしても……
――王都ルプス・コローナ・スラム街――
「とりあえず寝床を確保することが出来て良かったね!」
「あまり衛生的に良いとは言えませんが……」
「ま、そりゃ仕方ないよ。このスラムの中で衛生的に良い場所って言うのはもうもともと住んでいる連中がいる場所さ。野宿したりとかよくわからない連中の住んでいる所に泊めさせてもらうのに比べたら、この宿を手に入れることが出来ただけでも十分にマシだと思わないとね」
正門を突破してスラムの中に入り、その日の夜を迎えた。正門を突破したのが前日の夜であり、王都の中を隠密術式を使って移動しながらスラムに辿り着いたのがこの日の昼、寝床を確保することができないまま、丸1日を過ごしていたこともあり、特に女性陣はどこか休める場所が欲しいと思っていたのは当然の帰結だろう。
スラムの中でも、レイジたち一行は歓迎されていたわけではない。あくまでもスラムの住人たちからすれば、レイジたちは余所者だ。自分たちの領域の中へと土足で踏み込んでくるような相手を歓迎するほどの余裕は彼らにもない。
とはいえ、同時に正門が突破されたという情報がスラム側にも出回り始めていた。おそらく王国側で下手人を見つけさせるために情報が出回り始めたのだろう。特にこのスラム側に情報が流されたのはこちらにレイジたち潜伏している可能性が非常に高いと見こされたからではないだろうか。
その情報の真偽がどれであれ、王族側の足を引っ張ることができるのならば積極的に事を為し遂げたい。そう思うスラムの人間もいる。この10年の最中に二度にわたって行われてきたスラムの浄化作戦、それはスラムに大きな遺恨を残すことになった。
いや、この10年だけではない、これまでも何度も何度もこのスラムは反体制の声を上げるたびに潰されてきたのだ。王都に存在しながらも王族を誰よりも憎み、誰よりも滅びを願っている者たち、そんな彼らが理由に関係なくレイジたちへと宿を貸したのはそうした理由があった。
此処で恩を売っておけば、後々に自分たちの願いを叶えてもらえるかもしれない。他人任せな態度は決して称賛されるべきではないかもしれないが、実利を得るためには仕方がない。高潔な態度だけでは腹は膨れないし、寝る場所を得ることはできない。
「あの皇女様もこのスラムの中では随分と嫌われているんだねぇ。ま、二回も討伐を仕切ることになったのなら仕方がないか」
「話を聞いているとそれだけじゃねぇな。どうやら、前回のスラム討伐の際には皇女様に味方をした連中も何人かいたらしい。結果的にそれがスラム側の団結をほころびさせる原因になったんだとさ。スラムはあの皇女によって分断された。過激派の連中はずっとそれを繰り返していたぜ」
「根深い問題だな、王族側はスラムの現状を理解しながらも改善せず、スラム側も憎しみを募らせていくばかり。これではまともに建設的な意見を口に出すのもはばかられる」
「遠からず、三度目の反乱が起きても不思議ではない情勢だな」
スラムの情勢を利用させてもらっている側でありながらも、一行は今のスラムの情勢が決して良い状況であるとは言えないと思う。このままいけばいずれ共倒れになる。そうなれば、結局勝つのは王族側だ。スラムの人間たちが期待をしているのはレイジたちが王族側に鉄槌を下して、エトワール朝を打倒することなのだろうが、あいにくと全員の気持ちがそこに向かうことはない。
レイジが結果的に七星を殺めることになったことでそうなるかもしれない。七星としての支配が薄れれば、現状に変化が生まれるかもしれないが、それはあくまでも結果論でしかないと言えるだろう。
幸いなことに宿の機能は生き残っていた。王族側もこのスラムに居住機能を残しておかなければ、真実彼らが反乱を引き起こすことは理解している。小規模な不満のはけ口を作らせることによって、このスラムでの生活に依存させ、内部からの分断を図る。
卑しい発想ではあるが、為政者としては実に正しい。衛生面での問題は魔術を使うことによって、ある程度の解決を図ることができる。一行は此処までの行動の疲れを癒すために湯あみをし、食事の準備をして、夜を過ごすことにした。
「はぁぁ、良いお湯だった。なんだか久しぶりに身体が安らいだ気分」
「グロリアス・カストルムの夜は随分と短い感じだったもんね~、やっぱり常に緊張状態じゃ体も休まないってものよ」
「アホか、今もあんま変わらんやろ。風呂入っている間に襲撃されたんじゃ話にならんわ」
「まぁまぁ、そういう時の為に私やキャスターがいますので」
女性陣が湯あみから戻るとテーブルの上にはささやかな料理が置かれていた。とはいっても、スラムの人間たちから恵まれたモノであるため、豪勢な料理というわけではない。
食料の問題を解決する意味でも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「なんか辛気臭くなっちゃうよねぇ、スラムってなんか暗い感じがしているし」
「あ、では、明るい話などどうでしょうか。例えば、今回のことが終わったら、みなさんやりたいこととかあるかなって!」
どうしても後ろ向きになりかねない空気を払しょくするために会えて、ターニャが皆に提言する。空気が読めていない発言ともいえるが、ある意味、向こう見ずなその意見が場を和ませてくれることもある。
「夢かぁ、なんだかこっぱずかしいこと言われちゃったねぇ。桜子はあれでしょ、国に戻ったら結婚式上げるんでしょ」
「あはは、面と向かって言われると恥ずかしいなぁ、七星の問題に決着がついたら、そうしようって約束していたから。私もお母さんに七星の宿命から守ってもらった。だから、私なりに出来ることをしたら、式を挙げて子供も作りたいなって」
「いいね、是非ともその時は俺とリーナも読んでくれ」
「えぇ、でも、それってリーナっていうか、エーデルフェルトは反対しない? 七星の女の所に祝いで向かうなんて何事か―って」
「リーナが当主になったんだ。いくらでも対応するさ。桜子を家にだって招きよせたんだろ、それが答えだよ、きっと、リーナだって祝福してくれる。いいじゃないか、遠坂の主人にはリーナだって挨拶したいだろうしね」
「そーいうの、世間では死亡フラグっていうんやで~」
「あんた、いい話に水を差さないの。そういうあんたは夢とかそういうのないの?」
「ん? そうやなぁ、男関係は神祇省の連中がどうせ、見つけてくるやろうし、やっぱ金やなぁ、億万長者になって豪遊! 働かなくても生きて行けるんならあとは部下でも馬車馬のように働けって指示出すだけやし、やっぱ金やろ!!」
「俗物の言葉だな」
「はぁぁぁぁ、これだから金の価値の分からんガキは嫌なんよ!」
「へっ、いいじゃねぇか。朔姫は十分大金を貰えるくらいの働きはしているさ。叶えられる夢を語っているのがお前さんらしいよ。俺の夢なんて世界平和だ。どうだ、すごいだろう? 人類みな兄弟だってな!」
「無理だろ」
「無理やな」
「うわっははははははははは、無理だからこそやりがいがあるんじゃねぇか。それに人類みな一つにだって夢物語ってわけじゃねぇよ、そういう時代だってあったんだ。だったら、もう一度、同じことが起きたって不思議じゃねぇ。俺はそういう風に思うぜ?」
人類が皆一人になる、そんな世界平和の形を真剣に語るアークの言葉に復讐を誓うレイジもリアリストの朔姫も無理だろうと一言で切り捨てるが、アークはなんら怒りを向けるわけでもなく、そんなことはわからないぜと笑って見せる。
その豪放磊落さこそがアークの強みといっても過言ではない。誰にとっても不可能であると思われることでも彼が口にすれば叶ってしまうのではないだろうかと思わせるだけの魅力を彼は持ち合わせているのだから。
「私も教会のシスターとしては世界平和~とか言えればいいんだろうけど、そこまで達観していないからな。ま、とりあえず、桜子に倣って、私も旦那探しでもしようかな~ シスター稼業もいつまでも続けていたら今季逃しちゃいそうだし」
「ババアが今更婚期とか言うてるわ、笑えるわ、ぷぷ、あんぎぃぃ」
「誰がババアよ、私も桜子と大して年齢変わらないわ! ま、それに、あいつが私に指輪を託してくれたのも、私に生き残ってほしいと思っているからだろうし。勝ち残らなくちゃ、ずっと逃亡生活なんかさせられるのもたまったもんじゃないしねー」
ルシアにとっては聖杯戦争の脱落者である点からも本来、もう付き合う必要がないと言えばそれまでであるが、彼女も託された指輪にかけて最後まで付き合うことを決めている。何よりも、七星への復讐を誓っているレイジの行く末を気にかけているのはルシアも同じだ。1人の聖職者として、復讐という本来許されざる罪を背負って、突き進んで行こうとしている彼に出来ることを模索しているのは他の仲間たちと変わらない。
「私はこの戦いを終わらせて、レイジと一緒にまた暮らすの。私達の村は何もかも無くなってしまったけれど、もう一度やり直すことができるのなら、レイジと一緒にまた、どこかで一緒に過ごしたいなって。豪勢な暮らしが出来なくてもいいから、当たり前の日々をずっと当たり前に生きていければそれでいいんだ、レイジは?」
「俺は……、七星を全て倒す事しか今は頭にはない。それよりも先のことなんて考えられないし、その先があるのかすらも分からない。アイツらは強大だ、俺がどれだけ必死に闘っても届かないかもしれない。
だけど、そうだな、もし、もしも、生き残ることが出来たのなら、その時は……ターニャと一緒に、またやり直すよ。こんなどうしようもない復讐の旅路の先にももう一度やり直すことができるんだって、それは誰より俺が証明しなくちゃいけないことのはずだから」
「うん、そうだよ、レイジだって幸せになる権利はあるんだよ。それは誰にだってあるはずだよ、どんな境遇だって幸せになっちゃいけない筈がないんだから」
告げるターニャの表情には、どうか、レイジに幸せになって欲しいという思いが込められているように見えた。たった二人きりの生き残りだからこそ、自分たちは支え合っていかなければならないとターニャはレイジ以上に強く思っている。オカルティクス・ベリタスで出会ったころのあらゆるものに怯える彼女の面影はない。小さくても強い心を持った存在として彼女はそこにいる。
「………」
「エドワード、君はどうだ?」
「俺か……、俺はそうだな、出来るかどうかも分からないが、ここにいる全員で、この戦いを生き残ることが出来ればいいとそう思っているよ」
そんな騒がしい喧騒の中にいながら、エドワードは一言、自分の夢を語る。それは紛れもなく彼にとっての願う夢であり、同時に彼の経歴を知る者であればうなずかずにはいられないほどの真摯な願いであった。
・・・
「随分と空が綺麗だな……、発展をしていないからこそ、逆に綺麗に映るものもあるか」
談笑の後に仲間たちが寝静まった頃、エドワードは1人、宿の外に出た。スラムの端にある小高い丘、昼にスラムを見回っている時に見つけたその場所は夜に星を見上げればさぞかし綺麗に映るものだろうと思いながら、夜に訪れてみれば、とても美しい星空が見れた。こんなにも美しい星空を見るのはいつ以来だろうか。代行者となって、傭兵となって、そして聖杯戦争のマスターとして、あらゆる戦場で戦ってきたが、いつしかそんな星空の美しさに目を配ることなどしなくなってしまっていたように思う。
先ほど仲間たちと未来のことなど話してしまったからだろうか、まったくもって自分には向いていない話だったというのに。
「未来、か……」
満天の星空を見上げれば、誰にとっても、無限の未来が広がっているように見える。その雄大な自然の光景を見ていると自分たちの悩みなどあまりにもちっぽけなモノであるかのように思えてしまうのだ。
もっとも、そのように考えること自体が、人間らしい感傷なのかもしれないが。
「何、中年が夜空を見て黄昏とんねん、お前、ちょいキャラ違いすぎやろ!」
「どうした、子供は寝る時間だろう?」
「はぁぁ? ガキちゃうし、立派なレディやし」
「寝ずの番をしているのなら、もう少し凝った言い訳をした方がいいぞ。お前は随分と周りに気を遣いすぎているからな」
「はッッ、どの口が言うておるんだか。うちも気分を紛らわすんに星空見に来ただけやよ~」
「なら、そういうことにしておこうか」
エドワードは少し横にずれると、朔姫の座る場所を確保する。ごつごつとした意志の上ではあるが、地面よりは少しだけ高く、座って空を見るには絶好のロケーションだった。
しばし、二人は無言で夜空を見る。少し手を伸ばせば、まるで夜空に手が届くのではないかと思えるほどに解放された世界だった。
「なぁ、またなんか悩んどるんか?」
「藪から棒にどうした?」
「さっき、夢を語る話をしとった時になんか考えておったやろ? お前、辛気臭いからな~、ウチにはわかってしまうんよ」
なるほど、人には聞かせられない話だと思って、わざわざ二人きりの時間を作ったのかと、遠まわしに聞いてくる朔姫に内心笑いがこみあげてくる。もしも、それを口に出して指摘すれば必死に否定して来るであろうことが目に見えているのだから。
「別にいつものことだ。全員で生き残りたいと考えて、ふと、俺がいることでその夢が叶わなくなるんじゃないかと不安になっただけだ」
「お前、まだそんなこと言っとるん? ジンクスなんて本人が思っておるから、そういうことになるんや。過去は過去、んなもん笑って受け流すしかないやろ」
「簡単に言ってくれるな」
「同情して満足してもらいたいわけじゃないんやろ? それに関わった奴が勝手に絶望して死んでしまうんは目覚めが悪いわ。ウチがそれじゃあ気分が悪いから必死になって言うてるんや。ほれ、そう言われると気持ちも楽になるやろ?」
「相変わらず励ましているんだかどうなんだか、わからないことを言うな」
朔姫なりに励ましているつもりなのだろう。確かに同情が欲しいわけじゃない。結局の所、エドワードは自分に対して救いを求めているわけではなく、また同じことが起こるのかが恐ろしいと思っているのだ。自分の呪いで誰かが死ぬくらいであれば、去れと言われた方が気持ちが楽だ。けれど、朔姫はそんなことは言わない。お前のためだなんてわかったふりをしたことは言わない。
自分が嫌だから、縁を紡いだ相手のジンクスをぶっ壊すくらいして当然だと思っているから、絶対にエドワードの願いを叶えさせたりなどはしない。そういう精神性を持ち合わせているからこそ、八代朔姫は陰謀渦巻く神祇省の中で「姫」でいられるのだ。
「……夢の中でな、悪魔ザミエルに出会った」
「は? なんや、ついに幻覚まで見るようになったんか?」
「さて、な。もしかしたら俺の恐怖心が生み出した存在なのかもしれないが、どうにもそいつが言うには、魔弾はいずれ俺に代償を求めるらしい。カスパールの言葉を信じるのであれば、最後の魔弾の代償は自分自身であると思っていたんだがな、悪魔ザミエルは死にたがりの人間の魂など欲しくはないらしい。そうなってくると、一番分かりやすいのは身近な人間たちということになる」
ポツリと将来のことを語る時に、仲間たちが生き残ってほしいと告げたのも、悪魔ザミエルとの会話が尾を引いていたからなのかもしれない。あと2発の魔弾、全く使わずにこの聖杯戦争を乗り切ることは不可能だろう。
同じ代行者でもエドワードはあくまでも成り行きで代行者になっただけでさしたる才能があったわけでもない。ルシアのように異能があるわけでもない以上、魔弾を使わずに戦えば足手まといになるのは目に見えている。
あと2発の弾丸をどのように上手く扱うのかは焦点になるとはいえ、無条件に切り札として多用することができるのは後一発だけだ。最後の一発は当たるかどうかは確証がなく、そして、外せば最悪の場合、仲間の命を奪いかねない。
「俺が原因となってお前たちの命が奪われるようなことだけは避けたい。何としてでもだ。これは俺のエゴでしかないかもしれないが、もうこれ以上、親しい誰かが自分よりも先に死んでいくのは見たくないんだ」
朔姫はエドワードの吐露に余計な口を挟むことなく聞き続けた。茶化す話ではないのは分かる。これはエドワード・ハミルトンという男の魂にこびりついた拭いきることのできない魂の穢れなのだ。
「そう考えているとどうしても思考の迷宮に入ってしまう。自分がこれからどうするべきなのかの答えを出せずに煩悶を続けている。気付けば、こんな夜に星を見に来る始末だ。手に負えないだろう?」
「まったくや、もっと重大な話を聞かされるんかと思ってひやひやしたわ。実は七星側のスパイだったんやーとかな!」
一通り話を聞き終えた朔姫は頬杖をついてつまらなさそうな表情を浮かべる。
「今の聞いていた話理解したのか?」
「したわ、アホ。要するにお前が魔弾をしくじったらウチらが死ぬかもしれんって話しやろ? サーヴァントから託された宝具という奇跡が顕現したもんや、代償があるんも頷けるところではある。ま、ほんとに死ぬかもしれんわな」
「そこまで理解できているのなら、もっと深刻に考えるべきじゃないか」
「せやかて、お前の魔弾が必要になる時は必ず来る。その時にウチらが死ぬかもしれんから、魔弾は撃つな言うて、チャンスを棒に振って命を落とすことになっても、それはお前のせいにはならんのか?」
「それは……」
「言ったやろ、他人のジンクスなんてくだらないもんでどうにもこうにも思わへんて。うちらはもうとっくの昔にお前のことを仲間だって認めているんや。その仲間がやると決めたことにウダウダ言うような奴なんて今更おるかっての!
レイジの奴なんか見てみ? 仲間の負担なんて欠片も考えておらんわ。やりたいようにやるの極致やぞ、あいつ」
朔姫の言う通り、レイジを比較論に出されてしまうと仲間たちへの配慮を考えていること自体が随分と生易しいものであるように感じられてしまう。
「必要だと思った時に使ってくれればええ。それでウチらの運命が悪くなったとしても、それはそれ、これはこれ。運命なんて誰にもわからへん。だからこそ、誰だって必死になってその日を食らいつくように生きておるんや。今までがどうであったとしても、今も同じになるとは限らへん。そもそも、ウチら、そんな柔な連中ちゃうからな!」
朔姫は笑ってそう答える。此度の七星を敵とした聖杯戦争、果たして全員が無事に生き残るが出来るのかはかなり怪しい。正直なところを言えばそうならない可能性は十二分にあるだろう。
しかし、それを持って、エドワードのせいであるなどと恨み言を言う者はいない。それは必死に駆け抜けた先にある結果としてそうなっただけなのだと、誰もが割り切ることができる。そういう連中の集まりであると朔姫も当然ながら思っている。
「不思議だな、お前に本当の意味で諭されるとは」
「あのなぁ、ウチはいつでもお前らのことを想って―――――おい」
「空が――――」
話がようやくまとまりそうになって来たと思った矢先である。二人が見上げていた星空が突如として星の光さえも届かない黒色へと変貌していく。
夜が明ける、あるいは、空が何かに包まれるなどという自然現象が引き起こされたわけではないのは明らかだ。このような超常現象的な自然現象があって堪るものかと二人は考え、そうなれば残る答えは一つしかない。
「七星の襲撃……!」
「いずれは来ると思っていたが、まさかこのタイミングでとは……!」
このスラムに入ったこともやはり知られていたということだろう。ここは七星側のホーム、いつそのように判断されたとしてもおかしくはない。
「朔ちゃん、大変だよ!!」
「何や姫、桜子たちもサッサと連れて来い! 敵が来るぞ!」
「だから、それが大変なんだって、姫たち以外のみんな、起きないんだよ!!」
「は―――――?」
「……原理がどうであれ、おそらくやられたな。あの宿に何かしらの罠が張り巡らされていたと考えるべきか」
都合よく与えられた宿、しかし、もしもそれが油断を誘うための罠であったとすれば、全員が眠っている間に全てを終わらせるための策であったとすれば、
『――――黄金錬成』
瞬間、その黒一緒に覆われた空に超巨大な魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣より放出されるエネルギーのあまりの巨大さに朔姫もエドワードも目を見開くことしかできない。
『おやおや、ネズミが数匹起きてしまっておったか。連中が全員意識を失った段階で放つつもりであったが……まぁいい、想定外のトラブルもまた面白おかしいと笑い飛ばそうではないか』
「まずいで、これ、明らかになんか来るわ!」
その巨大魔方陣を展開するのは、七星側の序列第二位カシム・ナジェムのサーヴァントであるキャスター、彼女はこことは異なる場所から遠隔魔方陣を展開することによって、これほどの規模の超巨大魔方陣をくみ上げて見せた。
それを誰もが不可能であると思うだろう。これほどの大規模術式、そもそも術者であるマスターの魔力消費が持たない。一瞬で展開など出来るはずがない。そう常識的に考えればその通りであるが、彼女にそれは当てはまらない。人間の常識という枠組みを超えるために生み出した術こそが錬金術、そして彼女こそ、誰よりも錬金術に詳しく、錬金術の母とまで呼ばれた存在なのだから。
『サーヴァント:キャスター、我が真名ヘルメス・トリスメギストスの名において、ここに黄金錬成を開始する。さぁて、必勝の陣を敷いたつもりではあるが、妾の黄金で吹き飛んでくれるなよ? そんなザマでは侵略王の溜飲は妾が下げてやらねばならなくなるからな』
精々抗って見せるがいいと、嘲笑う。だが、その力の発露には一切の手加減はない。仲間たちが目覚めぬ中で、朔姫とエドワードの前に最大の危機が訪れる。
防衛できなければ待つのは死だけ。極限状態の中で、彼らにとっての長い夜が始まりを迎えるのであった。
【CLASS】キャスター
【マスター】カシム・ナジェム
【真名】ヘルメス・トリスメギストス
【性別】女性
【身長・体重】175cm/60kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】
筋力E 耐久D 敏捷E
魔力EX 幸運C 宝具A++
【クラス別スキル】
陣地作成:A
魔術として、自らに有利な陣地を作り上げる。
神殿”を上回る“大神殿”を形成することが可能。
道具作成:EX
魔力を帯びた器具を作成できる。
“エリクサ―”“ホムンクルス”さらに“賢者の石”ですら製作可能。
【固有スキル】
錬金術:EX
人間が神の領域に到達することを目指す魔術の祖。
錬金術師の始祖であり守護神であるキャスターは錬金術の奥義を極め尽くしている。
神性:A+
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。古代エジプトの知恵の神トト、そして古代ギリシャの冥界の神ヘルメスと同一視されている。
あまりに高い神霊適性を持つキャスターは、もはや英霊というより神霊に近い。
高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも一工程で起動させられる。
無窮の叡知:EX
この世のあらゆる知識から算出される正体看破能力。使用者の知識次第で知りたい事柄を瞬時に叩きだせる。知恵を司る神と同一視され、古代の神秘的錬金術師達の中でも別格の存在として認知されているキャスターの知性は計り知れない。
【宝具】
『???』
ランク:A 種別:対自宝具