Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――人類の歴史は病との戦いの歴史である。本来生物は病にかかれば、自分の免疫力を超えた病に打ち勝つことはできずに命を落としていく。それを知恵と技術を用いて、病の原因を究明し、乗り越えることを人類は何度も行い、そして時代を経ていきながら、一つ一つの病を普遍的な治療可能な病へと変えていった。
しかし、勿論、その集大成を得ることができたのは近年に至ってのことであり、人類の長い歴史の中では常に病は人々を死に至らしめる恐るべきものとして猛威を振るってきたのだ。その病の中でも恐るべきは感染症、人から人、動物から人へと感染していくその病は、ある日、まったく脈絡もなく感染し、瞬く間に人の生命を奪い去っていく、
そんな人類の脅威であった病の歴史の中でも欧州を席巻した病があった、
現代における病名はペスト―――かつては黒死病と呼ばれた病である。その病は欧州のあらゆる場所を襲った。平民であろうとも貴族であろうとも聖職者であろうとも、王族であろうとも、あまりにも平等に、あまりにも分け隔てなく、黒死鋲は人々を襲い、町中に屍が転がる事態が広がるばかりであった。
死を迎えた者たちでさえも、病をまき散らす恐るべき感染症、その様子はさながら、人々が死へと向かっていくために踊っているかのようであり、「死の舞踏」とさえも呼ばれた。
そんな最中、現在のオーストリアで生まれた一つの伝説、死の病をまき散らしている魔女がいるのだと。中世欧州を象徴する出来事と言えば魔女狩りである。
異端の悪魔に魅入られた者を焼き払うことによって罪を浄化する。これもまた見方によっては、病にかかり、もはや助かる道のない存在を焼き払うことによって救済するための手立てであるということもできるだろう。そうした時代であった。人々はなぜ自分たちが命を落とすのか、どうして、神はこのような運命を自分たちに課すのか理解することができなかった。
わかりやすい憎しみを畏怖の対象を探したのだ。未知の恐怖を自分たちの理解できる存在へと変換することによって、心の安静を保とうとしたのだ。そうでなければ、正体不明の病によって、次々と人が死んでいく状況の中で正常を保つことなど出来ない。
故にこそ彼女は生まれた。黒死病の化身、死の舞踏の具現者、彼女に触れる者は誰であろうとも腐食し、彼女は世界に毒を撒き散らす。
生まれ落ちた瞬間から、人類とは相いれない存在として生み出され、そして人類から忌避され続けてきた少女、それこそがペスト・ユングフラウ、七星散華によって召喚されたアサシンのサーヴァントの正体に他ならなかった。
「フラウを召喚する時に、私は一騎当千の強さ、英霊本来の素質のようなものを求めることはありませんでした。最低でも暗殺者の英霊が手にはいればそれでいい。私も暗殺者ですから、煌びやかな英霊など自分には似合わないことは承知の上です」
七星散華は、ペスト・ユングフラウを召喚したことに一切後悔など覚えていない。滅びを齎す事しかできない存在、人類から疎まれる破滅の化身であろうとも、彼女にとっては実に都合のいい存在であるという認識でしかない。元より英霊はマスターにとっての戦闘兵器だ。聖杯戦争の最終的な勝者になるつもりがないのであれば、なおさら、散華にとってのウィークポイントを埋めてくれる存在でいてくれることに異論はない。
「本来、貴女がマスターとして参戦するなんてことは考えていませんでしたから。サーヴァントとマスターの連携なんていう手を使ってくるなんて思ってもいませんでしたけれど、フラウのことを舐めすぎですよ。私なんかよりも彼女の方が遥かに厄介なのですから」
「あはははははははは、さぁさぁ、皆さま踊りましょう。私と踊ってくださるのでしょう。私と踊ると誰もが崩れていくの、骸を晒してしまうの。でもね、お姉様たちは違うでしょう、もっと踊れるでしょう? だから、さぁ、さぁ、もっともっと踊ってほしいのよ」
単一で最高峰の実力を持つマスターと戦闘力こそ劣っているものの広範囲に毒を撒き散らすことができる無差別破壊に特化した英霊、総てが明かされた状態で考えれば、ここまで相性の良い、相手を倒すことに特化した陣営もない。
(くっ、見込みが甘かった。七星散華を倒す事さえできれば、アサシン自体はサーヴァントで封殺することができると思っていたのに……まずい、彼女の近くに立っているだけで、眩暈と倦怠感、それに全身が爛れていくような感覚が……)
「さ、サーヴァントにまで無差別に影響を与えてくるなんて、どれほどの呪いを抱えて来ればここまでのことが……」
「ちっ、まずいね、これ。指輪の力で急速に回復しているとはいえ、戦うって言うだけでも相当ハンデを背負わされているよ……」
桜子だけではなくランサーやニーベルングの指輪の効力によって不死の力を与えられているルシアの身体にも変調が来し始めている。人間の姿で存在している者であれば誰であろうとも、病に誘う事が出来る、身体中から放つ瘴気は、この場におけるあらゆる戦力に無差別に毒を撒き散らしていく。
無論、それは七星側にも変わらない。全身を鋼鉄に置き換えているカシムはまだしも、灰狼やライダー。キャスターにも影響は出ている。
「まったく躾の成っていない小娘だのぉ」
もっとも、キャスターほどの存在であればアサシンの瘴気を無力化する術を持っている。さして大きな問題にはならない。
「くく、必勝の策を弄したつもりが、自分たちの足元を掬われる結果になろうとは悔やんでも悔やみきれまいな。さて、どうするのだ? 七星散華は優しい女子ではないぞ」
「見えますよ、動きが鈍っていますよ、お二人とも。それで私を止めることが出来ますか?」
アサシンのただそこに存在しているだけで相手を弱体化させる援護を受ける形で散華が桜子とランサー目掛けて突貫する。
散華自身も口元から血を滲ませている。明らかに身体にダメージが生じているのは間違いないというのに、それを全く気にかけている素振りがない。
その身に宿っている七星の血があれば、如何に彼女の身体が弱体化したとしても、ほとんど自動的に身体が動く。どちらも弱体化をしていたとしても、七星の血という絶対的なバックアップがある限り、彼女にとってアサシンの無差別的な呪いは決して不利になるとは言えない。
「こ、こんな手段で無理矢理に……」
「まさか、私も貴女たちの流儀に則っただけではありませんか、桜子さん。サーヴァントと力を合わせる。それが聖杯戦争でしょう?」
「それは否定しないけど、っ、くっ、ああああああ」
「ふふ、鈍いですね、以前の戦いよりもなお酷い。いいんですか、桜子さん。このままじゃ、私、本当に貴女の首を斬ってしまいますよ? もっと抵抗しなかったら、おしまいになっちゃいますよ?」
「そんなことはさせませんッ!」
そこに割って入るランサー、しかし、彼女も先程よりも精細さを欠いており、散華を阻むだけでも精一杯の状況である。サーヴァントであるため、完全に毒に侵されているわけではないとはいえ、散華を追い詰めるほどの技の冴えを出すには至らない。二振りの槍と散華の刀が衝突し、そこで互角の戦いを演じるのが精いっぱいだ。
(桜子を下手に戦わせれば、彼女は容赦なく命を奪いに来る。今の桜子では、深入りをすれば命を奪えると考えたら、彼女はなりふり構わずに刃を突き通すはずだ、そんなことはさせない。何度も何度もマスターを危機に陥らせてばかりなど許せるはずもない!)
(ランサーがまだ余裕を持っているのが面倒ですね、私は七星桜子を斬らなければならない。それが私の命題、この聖杯戦争に参戦した理由、他のことはどうでもいい。彼女を斬ることができるのならば……多少の犠牲も構いはしない)
「フラウ!!」
「ええ、ええ、そちらのお姉さんと遊ぶわ!」
ランサーが散華を止めるのならば、アサシンが桜子を仕留める。自分の手で桜子を討つことに固執している散華がアサシンに桜子の抹殺を命令したことで、桜子は再び戦闘態勢へと構えるが、吐く息は荒く、消耗は誰の目にも明らかだ。
「ああ、お姉様、貴女は待ってくれているのね、さぁ、私の手を――――」
「とるわけないでしょうが!!」
「きゃあああああああ」
そこに割って入るようにルシアが飛びこむ。気分は最悪だが、ニーベルングの指輪の効力もあり、桜子よりは戦えるという自負がある。二挺拳銃の銃口が火を噴き、アサシンに直撃、いかに毒素を撒き散らしていたとしても、身体はやはり生身の痛みを覚えていることは間違いない。
「痛い、痛いわ。なんてことをするの?」
「さぁね、聞き分けの悪い子供には鉄拳制裁しかないって教義にも入っているし、別にいいかなって。それよりも、アンタ、酷い色をしているね、どす黒い、欠片も光を感じさせることがない、そんな色で……ううん、違うか。最初からそうなんだから、あんたにはそれが当たり前なんだよね」
ルシアの目にはアサシンの感情の色が見える、真っ黒、欠片も他の色を感じさせることがない黒色に染め上げられたそれは、たった一つの感情に振りきってしまっており、感情と呼ぶことが相応しいのかすらも分からない。
誰かと触れあいたい、そこに悪意や邪気があるかどうかは全く別問題だ。彼女はそう思ってる。それ以外の感情の感情を持ち合わせていない。彼女はそのように定義された存在であるからだ。
その精神性をルシアは憐れであると思うと同時に、どんな説得の言葉を口にしても彼女は理解することが出来ないのだともわかってしまう。精神性が黒一色に塗りつぶされた存在であっても、わずかな輝きは残っているはずだが、
アサシンにはその輝きが欠片も存在していない。それは最初から備わっていないからである。憐れんだとしても、どうして憐れんでいるのかもわからないのだ。まともな意思疎通を図ることができるなどとどうして考えることができるだろうか。
「お姉さん乱暴なのに、不思議な顔をするのね。どうして、私を傷つけながら、私を心配するような顔をしているの? 変な人」
そして、理解できないからこそ、彼女は不思議な感覚を覚えるのだ。どうして彼女は自分を憐れんでいるのだろうと。
「ふむ、アサシンは役には立つがやはり制御は難しいか。まぁ、自然現象に人間の機微を理解させることの方が難しいということかの。まぁ、あれはあれで構わんか。妾たちにとっては実に良い風向きとなってきたわけだしのぉ」
アサシンという無差別の病を振り乱して来る存在の到来によって戦況に変化が現れたのは何も桜子たちの戦場だけではない。
ロイとカシム、もう一つのマスター同士の戦いの場も大きく荒れ始めた。言うまでもなくどれほど圧倒的な魔力と技能を持ち合わせていたとしても、ロイ・エーデルフェルトは人間である。通常の人間である以上、病を完全に無力化することは出来ず、ここまで、華麗にカシムの攻勢を捌いていたにも関わらず、その動きが乱れ、鈍くなったことで、ついにカシムがロイへと追いついたのだ。
「がっ、はっっ」
「不覚を取ったな、ロイ・エーデルフェルト。アサシンの瘴気はお前の身体には効くが身体を鋼鉄へと変えた己には然したる変化もない。己の身体に魔力を阻まれ、なおかつ、その身を蝕まれた状態ではまともに闘うことなど出来まい。不本意であると言えば不本意ではあるが、勝負の結果としては有効であろう」
ガシャンガシャンと音を響かせながら、カシムが吹き飛ばされたロイへと近づいてくる。基礎的な身体能力は比べるまでもない。類まれな魔術のセンスと総量を持っているロイが体調に異常を来したことによって、逆転をした状況ではあるが、それもまた時の運と呼ぶべきもの、カシムはこの機を逃すことをしない。
並の七星であればここに至るまでにロイによって倒されているであろうことは明白なのだから、ここでロイを倒すことによって、やはり己は七星としての命題へと到達することができるという実感を覚える。
それ以外のことはどうでもいい。灰狼や散華の戦いの結果がどうなろうとも、極論、カシムには関係ない。聖杯戦争すらもカシムにとっては自分が最強であることを証明するためのツールでしかないのだ。勝とうが勝つまいが関係ない。己の願いは己の手で達成しなければ意味がないと思っているからこそ。
「砕けるがいい、ロイ・エーデルフェルト、我が悲願の為に!!」
「いいや、砕けないさ。最強なんてものに欠片も興味は持っていないが、生憎とお前に負けるほど、俺は自分が弱いとは思っていない」
ダメージを受けて、仰向けに倒れたロイに向かってカシムが拳を振り下ろす。しかし、その拳が完全にロイの身体を砕くよりも先に、カシムの鋼鉄で覆われた脳天に衝撃が伝わり、カシムの身体が揺らめく。
「ぬっ、ごぉぉぉぉ」
「思った通り、鋼鉄だろうとも痛みは痛みとして認識しているんだな、人間性というものを捨てられずに、己の強さに執着しているお前らしいよ、カシム・ナジェム!」
仰向けに倒れていたはずのロイはブリッジをする形で立ち上がり、自身の周囲に魔力を纏わせる。より詳細に語るのであれば、自身が得意とする流体魔術を自分自身に纏わせているのだ。
「貴様、まさか蹴ったのか、単純に己を!」
「ああ、そうとも。流体魔術による干渉がお前の身体に通用しないのなら、不本意ではあるが、俺は俺の地震の身体を強化すればいい。如何にお前の身体が鋼鉄で覆われていたとしても、それは鋼鉄で守れる範疇だけだ。流体魔術を纏わせたサーヴァントにも匹敵するほどの衝撃、喰らってみると、なかなかクるものがあるだろう?」
「ロイ・エーデルフェルト、小癪だ、小癪すぎるぞ、貴様が肉弾戦などと!」
「ああ、俺も驚いている。まさか、こんなことをする日が来るなんてな、しかし、紛れもなく今はこれが最適だ。他の仲間の力を借りるつもりはない。お前は俺が倒す。それがお前の望みだろう?」
瞬間、大地を蹴って、瞬きの時間すら必要とせずに、ロイはカシムの懐へと飛び込み、流体魔術で強化された拳がカシムの胸板に叩き付けられ、鋼鉄にひびが入る。そのままの流れを維持するように、ロイの攻撃が次々とカシムに向けて殺到する。その様は、まるでロイの身体からロケット噴射による推進力の増強が行われているのではないかと思わせられるほどであった。
叩き付けられる拳も蹴りも、ロイに出来る範疇を完全に逸脱している。破壊を行うためだけの兵器であるかのように攻撃を続け、流体魔術への対策を完全に極めたはずのカシムは再び防戦を余儀なくされる。それでも、構う事無くロイは攻撃を続ける。防御をするのならば、野蛮に攻撃的にその上から運動エネルギーを纏った破壊力だけで突破する。
「がぁっ、ぐぅく、舐めてくれるな!!」
「悪いが、そちらの攻撃は受け流させてもらうぞ!」
ロイの攻撃の合間を拭うように攻撃を仕掛ければ、今度はロイが流体魔術を応用させることで、ピンポイントにカシムの攻撃を回避するための動きを魔術によって補助する。発揮された速度は、鋼鉄によって覆われ、常人よりも遥かに早い速度で放たれる拳をギリギリで避けていく。そして、避けた場所目掛けて放たれるカウンターによって、カシムの身体が後ずさる。
「ぬふふふ、おお、素晴らしいな、ロイ・エーデルフェルト、全く素晴らしいよ、くく、やはり誰も彼もが最後に考えるのは同じことか」
キャスターはカシムの魔術対策によって追い詰められたロイが、これまでの彼とは全く異なるアプローチによって戦闘を継続させたことに対して、素直な称賛の言葉を贈る。魔術という自分の肉体で成しえないことを代わりに為し遂げるためのプログラムを奪われたのであれば自分の身体でそれを成しえるように調整すればいい。
その発想の転換自体はキャスターにとっても実に歓迎すべき事柄である。何せ、結局の所、魔術であろうとも、錬金術であろうとも、己に還元するために使っている力に変わりはないのだから。
それを為し遂げることができる力をこの土壇場で発現して見せた。錬金術師の頂点として先駆者であるキャスターがそれを寿ぐのも当然であろう。
「惜しい、惜しいのぉ、もしも、そなたが我が主の宿縁の敵でなければ、弟子に取ってやりたいと思う程よ。類まれな才能はどのような努力ですらもいとも簡単に飲み干してしまう。憎らしいことこの上ないが、憎しみも凌駕すれば驚嘆に変わろうよ」
「だぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぅぅぅぅ!!」
その絵図はとても原始的だ。二人の男が拳と足を使って肉弾戦で闘う姿、ただ歪なのは、彼らがどちらも白兵戦の訓練や経験を以て戦っているわけではないということ、かたや、魔術によるバックアップで無理矢理に威力を倍増させ、かたや鋼鉄にその身体を変えたことで圧倒的な力を得た者、どちらも戦い方自体は拙いが、その威力や規模は他と比べても全く見劣りしない。スラムの中の建造物や構造物を次々と破壊しながら、破壊の嵐を巻き起こす二人は奇妙な膠着状態ながら相手を叩き潰すために攻撃を続けていく。
最強とは極めれば極めるほどに陳腐になるとはよく言ったものか。
「よくもやる、貴様の身体は瘴気によって蝕まれているというのに」
「やせ我慢って言葉が日本にはあるらしいぞ? 明日のことは知らんが、少なくとも今、ここで膝をついている暇はない。お前と俺が戦っている限り、キャスターは余計なことをしてこないだろう。広範囲攻撃は俺とお前の戦いに水を差しかねないからな」
「それを見越して」
「俺は何も一人で戦っているわけではない。俺がお前を引きつけて戦っていることが皆の戦いの支援になるのなら、多少の痛みも気持ち悪さも忘れることができるさ。勿論、俺としてはお前を倒すつもりで戦っていることに変わりはないけどな!!」
「ほざけっ! そのような身体で万全の己に及ぶなどと思うな!」
カシムの背面からコンテナが表出し、次々とミサイルや銃弾が放たれていく。ここまで互いに拳と蹴りの応酬で戦いあっていた最中に襲来する遠距離攻撃にロイは足に魔力を集中させると天高く飛び上がり、自分の立っていた足元の地面が粒子、盾の役割を果たす。そして、その盾がミサイル攻撃によって破壊されると、瓦礫がまるで意志を持っている様に、カシムへとなだれ込み、ボディに突き刺さる。
「先に手を出したのはそっちだ、お前のボディは流体魔術そのものを受け流すコーティングはされていても、流体魔術の影響を受けた他の物質による攻撃までもを無力化することはできない。違うか?」
「………ッッ!!」
「調整不足だな、カシム・ナジェム。俺を倒したいという気持ちが先行しすぎていて、明確な弱点を無視して、戦闘に臨んだのなら、それこそお前は七星の魔術師として落第だ」
無数の礫がカシムを貫き、彼の身体が怯んだ瞬間に、空中から落下してくるロイの蹴りが、カシムの胸元に叩き付けられ、カシムの身体が大きく吹き飛ぶ。
「げほっ、ごほっ……ぶほぉ……」
カシムを吹き飛ばし、着地したロイだが、その口から血を吐きだす。流体魔術を使うことによって自分自身の身体能力を歪な形で底上げしたが、無論、アサシンの能力による強制的な身体能力低下と無理な身体の酷使によって、ロイ自身も重篤なダメージを受けている。
確かに現状、ロイはカシムを追い詰めているわけだが、それはカシム自身に大きな失敗があったというよりも、ロイがまさかここまでしてくるとは考えていなかったということの方が強いだろう。圧倒的な才覚を持っているロイが泥臭い肉弾戦を受け入れるなどと、魔術師という存在を暗殺することを生業にしている七星一族であるからこそ、逆に先入観を覚えさせられてしまったという例であろうか。
「あまり多用するものじゃないな、これ。明らかに寿命をすり減らしているのが分かる。俺自身、こんなことをしなくちゃ優位を取れないまでに追い詰められていたことも事実だけどな」
命を縮めるほどの無茶を選択しなければ、カシムを退けることはできない。先ほどロイが調整を失敗したと口にしたが、そもそも、ロイでなければこのような反則技を使うようなことはできない。
如何に魔術で身体能力の底上げをしたとしても、鋼鉄を相手に肉弾戦が出来るように人類は設計されていないし、武術を学んでいない者が鋼を破壊することなど出来ない。先入観というよりも常識としてそんなことができるはずがないのだ。
常識を破ることができるほどの才覚を持ち合わせているこの男を除けば、それが当たり前なのだから、カシムを責めるのはお門違いであると言えよう。
「ただ、代償も大きいな、正直、まともにこのまま戦えるのか、この状態で」
「見事だ、ロイ・エーデルフェルト、己に此処までのダメージを与えることができるのは貴様を置いて他にはいないだろう。認めるとも、己は貴様を見誤っていた。一度は戦いながらも、いまだに貴様という存在の強さを過小評価していた。しかして、それであったとしても、貴様は力を出し過ぎだ。自ら消耗を早めるなどと、理解もできない。蝕まれていく身体は、人類の限界の証拠、己のように、人類の限界すらも振り払う覚悟がなければ、この結末になるのは必然だ」
「確かにその通りかもしれないが……、全く意味がなかったというのも早計じゃないか?」
「何を今更―――――ぬっ!?」
その瞬間に、空を覆うように周囲全体に張り巡らされる結界のようなものが機能した。その結界のようなものが生じた瞬間に、これまでロイや桜子、ルシアたちを蝕んでいたアサシンによる瘴気の力が大きく減衰していく。
「はッ、悪いな、お前ら随分と待たせることになっちまったが、ここら一帯は既に俺の領域だ。もう怖れることなんてないぜ。
アーク・フルドライブ、俺の領域の中で、俺の仲間たちに危害なんてこれ以上咥えさせるかってよ!!」
空にオーロラのようなものが浮かび上がっていく。同時にスラムを覆い尽くすように、アーク・ザ・フルドライブが通常纏っている鋼鉄の鎧と同じ形状の構造物が浮かび上がってくる。それらがまるで周囲を浄化する結界の力として作用している様に、これまで彼らを蝕んでいた力が一気に霧散していくのだ。
「えっ!? えっ!? どういうことなの? マスター、マスターおかしいわ。フラウの周りに変なのがまとわりついてきているの? なんだか不思議な感じなの? 触れていると嫌な筈なのに、嫌じゃない感覚もなんだかしているの……!」
「ほう、興味深いな。何をしたのじゃ、ライダーよ、貴様、ただの鋼鉄振るいではないな」
人類史に刻まれた害毒、人類を脅かすことに特化した存在であるペスト・ユングフラウがまき散らす毒に対して、アークはその毒を一気に吹き飛ばすような何かを生じさせた。
「別に、大して難しいことはしてねぇよ。俺は俺のまま、ありのままに力を振っただけさ。何せ、自然の脅威から人を生かすことにかけては俺の十八番なんでね、そういう意味ではそちらのアサシンと俺はすこぶる相性がいい。そして、そうした神の与えた試練を乗り越えた同胞たちの姿が俺には誇らしい。だからよ、悪いが、もう一度、猛威を振るうなんてことは、俺の名に懸けても許せないのさ!」
(ふむ……生存特化のサーヴァント、あるいは何かしら人類を救いだしたことある逸話を盛ったサーヴァントか。それでいて、ギリシア神話とも親和性がある。ふむ、何かしら仮説を立てることは出来そうだのぉ)
「そうか、ライダー、貴殿の正体は……」
内心で考察を重ねるキャスター、そして、アークの行動によってセイバーは何かしらに勘付いたような様子を見せる。セイバーが苦々しい表情を浮かべたことを侵略王は忘れずに、一気呵成に攻撃を重ねる。
「どうした? 己の目的を達成する上で不都合なことにでも気付いたか……?」
「目ざといな、侵略王。儂にとって、貴様こそが大敵、我らが神の意向も届かぬ世界の悪に対して鉄槌を下すのが救世王に下された役目ではあるが……」
セイバーは暫し、思案する。何ゆえに自分がこの場に召喚されたのか、己の神は自分に何を求めているのか。預言者であるザラスシュトラは黙して語らない。それを理解し、神に相応しき善行を捧げるのがお前の役目であるとセイバーに告げているようですらあった。
「見極める必要があるとは理解した。儂も総てを理解しておるわけではない。もしかしたら、致命的に配役を見誤っているのかもしれない」
「大変なものだな、神の遣いというのは。自らの欲するものを手にする。貴様もまた王であるのならば、ただそれだけに注力すればいいというのに。無用なものまで背負って、その結果に何を得ることができるのだ」
「自ら悪を為し遂げる貴様には分からぬさ、侵略王。この世には絶対的な善が必要なのだ。総てを凌駕する善こそが、その善だけがこの世界に安寧を齎すことができる」
「理解できんおとぎ話だ。この世界に絶対的な善など存在しない。どれだけ正しかろうとも、それは必ず何かにとっての悪となる。余が我が臣下たちにとっては絶対的な善であったように、貴様が貴様の滅ぼした国々にとって悪であったように。善と悪は表裏一体、なれば絶対的な善とは、そのまま、絶対的な悪になりえるともいえるのではないか?」
「その問答に意味はない。所詮、儂らは人の尺度でしか物事を語ることなど出来まい。それは貴様も儂も同じだ。人は己の人生からでしか真理を見つけることが出来ん。そうではない、そうではないのだ。総ての願いを叶える願望器であれば、そんな矛盾すらも踏み越えて絶対的な答えを出すことができる。そう、信じる。信じているのだ」
救世王として多くの人々に慕われ、頼られ、そして人々を導いてきた王であるキュロス二世、しかし、彼の言葉にはどこか縋るような意味合いが取れる。人々に祈りを捧げられ、救世を為し遂げた王でありながらも、彼の口にする言葉は寄る辺を持たない無力な人々の1人であるような言葉であった。
侵略王からすればその感傷は理解できない。彼は最初から最後まで己の意志で人生を駆け抜けてきた。あらゆる敗北もあらゆる虐殺もあらゆる非道も、それら全てを受け入れた上でここまで駆け抜けてきたのだ。
後悔など最後まで翔け抜けることが出来なかったからでしかない。キュロスのような哲学的な問いかけなど侵略王は持ち合わせない。
「我らの王は王としての問答をされているが、私としては些か厄介であったアサシンの毒が晴れてくれて喜ばしいよ、君もそうではないかな?」
「くっ、余裕そうに喋りかけてきて!」
「実際に、今の君ならば余裕だよ。私も七星流槍術をたしなんだ者、初代灰狼の記憶を今日にまで受け継いできた。我々歴代の灰狼は初代である七星桜雅の器に過ぎないが、それは初代と同じ領域に達しているという意味だ。君の本能任せな七星の戦い方に後れを取るほど、我らの歴史は浅くないよ」
灰狼の言葉を誰よりも実感しているのは実際の所はターニャだ、自分の本能のまま、自分の身体の中に流れる血の言うがままに技を振っている。以前はルチアーノの虚をつくことが出来たのは事実であるが、ここは戦場であり、灰狼の技量はターニャよりもはるかに上である。
レイジの力になりたい、その想いから武器を握ったというのに、思い知らされるのは灰狼との実力差ばかり、どれだけ強気な言葉を口にしてもターニャは今の自分では逆立ちしても灰狼に勝つことはできないと分かってしまう。
そして勝てないという実感が浮かび上がらせるのはある種の恐怖だ。勝てないのにこのまま戦いつづければ命を落としてしまうのではないか。自分は何を理由に戦っているのか、レイジに任せた方がいいのではないかという思いが込み上げてきて、ターニャは首を横に振る。
(ダメ、だって、レイジだって同じだもん。勝てないかもしれない相手に必死に食らいついてきた、必死に闘ってきた。勝てないかもしれない恐怖に怯えながらも、それでも戦うことをレイジは選んできたんだもん、だったら、私だけが逃げるなんてことは出来ないよ……!)
「ふむ……、敵に塩を送るのもどうかと思うが、君が唯一、私に伍する手段があるが?」
「そんな安い挑発……」
「別に挑発をしているわけではないよ。本当に純粋なアドバイスさ、ターニャ。君の身体の中に流れている七星の血をより開放すればいい。同じ七星の血を宿す者同士、君が未だに七星の力を完全に開放していないことは分かる。
今の君で、半分程度か。半分でも、私と渡り合えている事実自体は驚嘆に値するが、今の君では、現在の序列五位以上の七星たちに及ぶべくもないだろう」
自分が持ち得る力の総てを使っていないことは分かっていることだ。けれど、ターニャは灰狼に言われたことをそのまま実行することに対して忌避感を覚えていた。
(もしも、七星の力を全て解放して、違う私になってしまったら……、今でも怖い。この血の力を使えば使うほど、好戦的になっていて、まるで私の中に私じゃない私がいるみたいで……、もしも、力を解放したら、本当に……)
本当に自分は正気を保っていることができるのだろうか。その疑問があるためにターニャは二の足を踏んでしまう。
「くっ、ター、ニャ、そいつの口車に乗る、な……がはぁぁぁぁぁ」
「虫の息だな、憐れなものだよ、お前は」
灰狼の誘いに乗ってはならないと声を上げるレイジだが、先ほどジュルメによって切り付けられた背中の傷が思いのほか、深く、既に顔面蒼白となり、ターニャへと掠れた声を上げることしかできない。
思った以上に状況が芳しくない中で、実験体402号の攻撃は止まらない。なんとか、レイジは防戦しているが、その防戦もあっさりと破られ、実験体に攻撃をされ続けている。
「このまま死ね、死んだ方がいい。お前は生きていても意味がない。いいや、呪詛を撒き散らすだけだ、お前は、お前はッッ!!」
一方的にレイジを嬲る状況になれたからか、実験体402号は余計にレイジを責めたてる攻撃を強めていく。周囲の状況を認識しているのか、彼もカシム同様に目の前の相手を倒すこと以外のことは考えられない様子だった。
「おやおや、タカが外れてしまったかもしれないねぇ。ま、こっちの命令に反したことをしていないのなら、好きにさせるさ。灰狼からもそう言われているしねぇ」
それでレイジを殺してしまえるのなら、それでもいいし、殺せないのならばそこまでである。どだい実験体402号はどう転んでも使い捨ての戦力でしかない。邪魔になるであろうレイジを破壊できるためだけに使われているに等しい。憎悪すらも利用されているのだから。
とはいえ、瘴気は晴れた。ここまででもレイジが重傷を負い、ロイを始めとしたマスター陣は大きく消耗し、明らかにこのまま戦闘継続をすれば七星側よりも先にこちら側が崩壊しかけるであろうことは誰もが予感している状況ではあった。
七星側にとっては予定調和であるとはいえ、勝利が決まり始めている。元より、ライダー、キャスター、アサシン、七星側でも集団戦闘に強い三体のサーヴァントがいる時点で勝負は決まっていたともいえる。
しかし、そんな状況に不満を覚えている者が一人だけいる。
「どうしてですか、どうして、フラウの能力をそんなあっさりと……」
七星散華はポツリと言葉を漏らした。その声色は奈落の底から響いているような冷たさを盛った声だった。
「私達は1人1人じゃ貴女には及ばないかもしれないけれど、皆で協力すれば追いつくことができる。私達の絆は、貴方1人の強さに負けるほど、柔いものじゃ――――」
「ふざけないで」
ピシャリと桜子の言葉を途中で遮るように散華が言葉を紡ぎ、その表情はこれまでのどんな時よりも殺意に満ちた、桜子へと浮かべる憎悪の表情だった。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!! 私の力が、七星宗家の力が、七星の血が、私よりも弱い人間たちの絆に及ばない? ありえない、そんなことはありえない。それは、貴女が七星桜子だから? 私とは違う、全く違う人生を歩んだ七星だから?」
これまでの狂気を孕みながらも、常に冷静な態度を浮かべていた散華とは違う、激情を隠しきることが出来ずに、表面へと流れ出すように激情が、散華がその胸にしまいこんでいた激情が表面へと躍り出てくる。
「だったら、殺さないと。私は七星であるために、己の幸福を捨てた、私という人間の総てを七星に捧げた。なのに、なのに、なのに……どうして、貴女はそんなに誰かと笑っていられるの? 誰かと手を繋ごうとしているの? そんなのは七星の戦い方じゃない。そんなのは強者の戦いじゃない。だから、殺さないと。私が私であるために、私は―――七星桜子を殺さないと!!」
まるで発狂するかのように、気が触れたかのように、散華は顔を抑えながら、憎悪と困惑が滲み出た表情を浮かべて桜子を殺さなければとポツポツと声を上げていく。
これまでのような裏切り者だから殺すとか、そうしたものではなくもっと俗的な個人的な恨みのような感情であり、桜子は思わず息を呑む。
「桜子、分かっていると思うけど、あれ演技じゃないよ。たぶん、あれが……」
「ええ、それが貴女の心の中に隠している本性。そして、私を狙う本当の理由なんだね、七星散華……!」
アサシンのような黒一色に染め上げられた色ではなく、元々存在していた色の上に憎悪の黒と諦観のような灰色を塗りたくられたような色、生まれついての存在ではなく、七星散華は、後天的に暗殺者である自分を選んだという何よりの証拠なのだろう。
暗殺者としての自分という定義を被った仮面が取り除かれた先にいるのは、気が狂いそうなほどの憎悪を抱えた一人の女性だ。
「逃がさない。貴女はこの世界にいてはいけない」
「それは貴女に決めてもらうことじゃないわ。私はこの世界が好きなの。私と一緒に毎日を生きる皆が好きなの。だから、殺されてあげるわけにはいかない」
「だから―――――、それが、許せないって言っているのよ!!」
まるで獣のように大地を蹴ると、散華はこれまでの余裕の表情ではなく、鬼気迫る表情で桜子へと刃を向ける。当然に桜子は迎撃、しかし、これまでの殺意の圧とは桁が違う。本性を剥き出しにした散華の刃は受け止めるだけでも、精神的な圧と肉体的な負担がこれまでの戦いよりも増しており、桜子は思わず仰け反ってしまう。
(これが七星散華の、本気……!)
「七星の血よ、偉大な先人たちよ、どうか私に力を貸してください。七星の恥を、七星に迎合できなかった愚かな女を断罪するための力を、私にお与えください!!」
怒りは止まない、怒りは止まらない。七星散華にとって、七星桜子は誰よりも許し難い存在だから。彼女を斬って否定しなければならない。その思いだけが、この聖杯戦争で散華を構成する総てであるのだから。
【CLASS】アサシン
【マスター】七星散華
【真名】ペスト・ユングフラウ
【性別】女性
【身長・体重】135cm/22kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力D 耐久B 敏捷A
魔力A 幸運E 宝具B+
【クラス別スキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
【固有スキル】
感染:A
細菌やウイルスの形を取った己の分け身を他の生物に感染させ、領域を広げるスキル。
感染者は精神と肉体を支配され、精神が宝具によって生み出された世界へと引き込まれる。
時に魔力などを吸収される事もある。
無辜の怪物:A+
『死』や『疫病』に対する人々の怖れが生み出したイメージが色濃く反映されたスキル。
黒死病に対する人々の怖れによって生み出された存在であるが故に彼女は純粋な怪物であると言える。
【宝具】
『黒死の舞(ダンス・マカブル)』
ランク:B+ 種別:対軍宝具
解放した魔力に病毒を付与しての拡散放射。
付与された病毒は対象の肉体を蝕みながら周囲の他者へも拡散し、影響範囲を拡大していく。流行当時、ペストの蔓延が神の怒りによるものだとする解釈があったためか、神罰・呪詛としての特性も持つ。このため純粋な医術での治療は不可能。