Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――王都ルプス・コローナ・スラム街――
宗家は分家の人間のことなどいちいち気に掛けない。
七星の血が紛れ込んでいる人間たちは日本の中でも相応の数がいる。かつて戦乱の時代に自分たちの血を残すために分家と呼ばれる者たちが日本各地に散らばったからだという。大陸に逃れた七星の一族たちがモンゴル帝国の進軍と共に各地に散らばった話を参考にしたのだろうか。
宗家で後継者となることができるのは一握りの人間だけだ、それ以外の人間は七星であることを捨てるか、七星の分家となってその血を絶やすことなく生き続けるかを決めなければならない。
分家の人間たちは七星宗家より依頼を与えられ、宗家のために暗殺を為し遂げる。それでも、宗家と繋がいの深い分家とは遥か昔から繋がりがある家か、あるいは突出した才能を宗家に認められたかのどちらかでしかなく、多くの分家は宗家があずかり知らぬところで途絶えているか、あるいは薄くなった血筋に気付くこともなく、自然消滅しているのかのどちらかである。
だからこそ、宗家は分家を捨て置き続けてきた。今更、分家の問題一つ一つにかかずらっていられるほど、七星宗家の力も強くない。日本における魔術師たちの監視機関としての意味合いが強い神祇省と共存関係を保ち続けるためにも、おおっぴらな活動など出来るはずもなく、古代から近世にかけて無数の魔術師を手に掛けてきた七星の威光は今や、どれほどの輝きを持っているのだろうかというほどであった。
それでも、七星散華の生まれた家は宗家だった。七星桜子が生まれた家が分家であり、もはや七星宗家より気にも留められていなかった家であったこと、秋津市が舞台の聖杯戦争が行われるようなことが無ければ表舞台に上がることもなかったであろう家であったことを加味すれば、本来、彼女たち二人の人生が交わるような機会は訪れる事さえなかったはずであろう。
しかし、その起こりえない筈の可能性が生じてしまった。秋津市における聖杯戦争の勝者となった七星の魔術師、七星桜という類まれなる才覚を持った分家の存在を宗家は感じ取ってしまった。
そして、その娘である七星桜子という存在を感知し、あろうことか、彼女は聖杯戦争に生き残ってしまった。七星桜のように彼女もまた命を落としてしまったのであれば、宗家にとってもどうでもいい存在として終わっただけだろう。
しかし、生き残ってしまった。七星宗家は七星桜子という分家の存在が、宗家と同じほどの求心力を持ち合わせることに急激な怖れを抱くようになっていく。
けれど、七星宗家にとって、七星桜子とはその程度の存在でしかなかった。逆に言えば、桜子が七星宗家と強調する路線を選んでさえいれば、彼らが敵対する可能性すらもなかったかもしれない程度の執着でしかなかった。
ただ1人―――後継者である七星散華を除けば。
「何なの、この人は……」
最初に抱いた感情は驚愕であり、すぐにその驚きの感情は妬みと憎悪へと変わっていった。七星宗家の人間として七星を継ぐことを定められ、その為に人生を消費してきた散華にとって、桜子の人生はとても看過しがたいものであった。
分家として生まれてきたことを知らず、聖杯戦争が起こる17歳まで何一つとして七星の運命に触れずに生きてきた。そして聖杯戦争の最中で、七星の力に目覚めて、その力で生き残り、神祇省に拾われ、いまや遠坂の魔術師と婚姻関係を結んでいる。
「ありえない……こんなのがありえていいはずがない」
彼女は散華が持ち合わせない総てを持っていた。散華が七星であることを受け入れるために捨て去ってきた総てを持っていた。彼女はありえたかもしれない自分の理想像のようですらあった。
理想を諦めた人間にとって、その夢を叶えた他人程、強い憎悪を浮かべる存在はいない。その憎悪は七星宗家にとって都合のいい憎悪だった。後継者として、七星散華に七星桜子を殺させる。それが宗家の意思決定となるまでに時間を要することはなかった。
邪魔者を排除し、その上で宗家の後継者としての名前を高めるために最適な存在である。いかに七星桜子が強かったとしても、自分たちの最高傑作である七星散華が負けるはずがない。それが宗家の決定であり、散華にとっての願いであった。
桜子を殺すことで自分のこれまで歩んできた道のりの総てが正しいと認められる。散華は宗家にそう教えられてきたし、自分でもそう思うようにした。それ以外の答えに行き着くことなど許されないと言わんばかりに。
「七星流剣術―――時雨光!!」
「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』!!」
神速の突きと神速の突き、まさに鑑あわせのような突きの閃光が散華と桜子、双方から放たれる。これまでのような桜子を甚振るような戦い方ではなく、桜子を殺す、ただそれだけを求めるような攻撃に対して、桜子は剣筋が読みやすくなったなどとは思わない。むしろ、殺気が剥き出しにされたことによる圧が増し、余裕が抜けたことによって、洗練さが増している。
ただ一つの手数の多さ、魔術によって生み出された剣は桜子の周囲に十、都合、一秒に十の突きが迫っているというのに、散華はそれらを身体捌きだけで致命傷を回避し、桜子へと攻撃しているのだ。多少身体が切り裂かれることなど、まったく関心を持たない。
桜子を斬れればそれでいい、その執念だけが散華を突き動かしている。
「七星流剣術陰陽が崩し――肆ノ型『隠れ葉桜』!」
「ぐっ、あああああああああ!!」
さらに一歩を踏みこもうとした散華だったが、突如として自分の身体に凄まじい痛みが発生する。自分の立っている場所が、斬撃結界の最中にあり、そこからまるで全身に針を突き刺されたように、小型の魔力刃が彼女の身体を切り裂いたのだ。
一つや二つ程度であれば、動きを止めることなど絶対にありえないが、それらが全身とも来れば流石に動きを止める。かつては投擲技であった葉桜を陰陽術によって斬撃結界の位置を隠したことで、瞬間的に敵の身体を次々と切り刻む。瘴気より解放され、散華が本気を出してきたことで桜子も自身の持ち得る七星の潜在能力を無理やりにでも発揮しなければならない状況に立たされていた。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「七星流剣術――――空蝉斬影!!」
背後より放たれるアステロパイオスの双槍、しかし、その槍が触れた場所から散華の血しぶきが飛ぶとその血しぶきがランサーの身体に触れ、触れた箇所からランサーの身体に斬撃傷が生まれ、散華の姿がランサーの背後へと生じる。
「言ったはず、二人で掛かってきたところで私は倒せないとッッ!!」
「空蝉斬影って、七星流剣術の中でも、最大難易度の技なのに……!?」
「私は、七星宗家の後継者、七星流剣術の総てを習得した、七星に相応しき者、平穏の中で七星であることから逃げ続けてきたような女に、負ける理由はないッッ!!」
ランサーの背後にいたはずの散華が一瞬にして、桜子の背後を取る。気付いた瞬間に追いついたランサーが飛び込み、ランサーの身体が切りつけられる間に、
「七星流剣術――弐の型『枝垂桜』!」
ランサーが自分の身代わりになってくれることを最初から織り込み済みで、桜子は上段からの袈裟切りを散華へと放ち、散華の肩口から入りこんだ魔力刃によって、彼女の身体から鮮血が迸る。
「がっ、ああああああああああああああああああ!!」
「ようやく、まともに一閃入れられた……!!」
「七星、桜子ォォォォォ!!」
しかし、まるで傷口を焼き鏝で塗りつぶしているかのように、彼女の身体に流れている七星の魔力が傷口を修復させていく。血を沸騰させるように修復されていくその様子に赤色の煙すらも浮き上がっていく。
ここまで何度も何度も圧倒されてきた相手にようやく入れることが出来た一閃、だというのに、七星の魔力を垂れ流したことによって、身体の傷さえも無力化していくその様は、まるで人外の存在と戦っているかのように思えてしまう。
「貴方の方が弱いはずなのに、貴女は七星として落第のはずなのに、私の方が七星として正しいはずなのに、どうして、どうして、どうしてッッ!!」
憎悪の眼差しが消えることはない。桜子という存在を噛み潰さなければ絶対に消えることはない憎悪の眼差しがこれでもかというほどに桜子を睨みつける。
「ねぇ、七星散華、貴女はどうして、そんなに私を恨んでいるの? 貴女の憎悪は私が七星にあるまじき存在だから、なんて領域の憎悪じゃないわ。まるで大切な人を傷つけられたとか、そういう類の怒りに私には見えてきている。貴女は何が――――」
「貴女にはわかりませんよ。私にはならなかった貴女には……」
ポツリと散華はこれまでの激情を吐きだすのではなく、どこか諦めてしまったような態度を浮かべながら、桜子との対話を拒絶する。あくまでも求めているのは桜子を倒す事だけ。それ以外の何かを彼女は決して求めない。
「私と貴女は決して分かり合えません。七星であることを選んだ私と、七星を捨てた貴女、どうして理解し合う事が出来るんですか? 私達はまさしく真逆の存在であるというのに」
「それでも、理由くらいは、聞いておきたいでしょ。ただ、殺しあう状況だったから殺しあっていたなんてそんなの悲しすぎると思うから」
「どこまでも貴女はイラつかせてくれますね。貴女のそういうところが――――え、何?」
その瞬間、桜子も散華もそしてその場で戦闘をする者たちの総てが異変を察知した。周囲一帯を覆うような変化、これまでとは比べ物にならない何かが襲来することを予感させるその空気の変化はこの場の戦いの決着を迎えるために放たれるのかもしれない。
そう、何が起こったのか、それは散華と桜子が本格的な戦いに突入したのとほぼ同刻に起こっていた。
「ぐぅぅ、がぁ、あああ」
「レイジ……!!」
「あれは限界が近いわね。辛いでしょうね、本命の相手が目の前にいるのに、その相手に刃を突きつけることもできずに背後からの一撃で瀕死になってしまうなんて」
膝を突き、レイジは息も絶え絶えの状態になっていた。その原因はジュルメによる背後からの一閃であるが、先のアサシンによる瘴気も大きな影響を与えていたことは言うまでもない。
『これさ、戦っている場合じゃないでしょ。このままじゃ、レイジ死ぬよ?』
『分かっておるわ、じゃが……』
「逃がすつもりはないだろうな」
レイジを連れて一目散に逃げること自体は可能だろう。しかし、どこに? そもそも可能なのか。侵略王やキャスターを目の前にして、逃げるなどという芸当が本当に可能であるのかすらも疑わしい。
しかし、逡巡をしている暇など実際の所はない。このまま、放置をしておけば本当にレイジが命を落とす。何かしらの決断をするべき時であることは間違いなく――――
「セイバー、宝具を使って! 私の魔力が必要なら使っていいから!! 宝具でレイジを助けて!!」
その状況の中で、真っ先に決断を下したのはターニャだった。その右手に刻まれた令呪が光を放ち、一画が消費されると、セイバーの握っている円筒の形状をした剣に黄金色の光が集まっていく。
「マスターの命令、受諾した。救世王の名に懸けて、侵略王に滅びの一撃を与えるとしよう」
「ほう、来るか、セイバー」
ライダーの背後に迫る獣たちが咆哮を上げ、獣たちを構成する魔力が収斂されていく。敵が一撃必殺の技を放つというのであれば、こちらも使わねば不作法というもの、朔姫たちによって破壊された四体の獣たちの最後の晴れ舞台を見せてやろうとばかりにその収斂された魔力が一気に放たれていく。
「救世の光―――彼の光こそ、我らが乗り越えねばならぬ偉大なる王の放つ輝き」
「我が臣下たちよ、その牙を剥け。破壊を願い、蹂躙し、そして我らが国土を広げるために、いざ、いざ侵略の時!!」
「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」
「我が四狗たちよ、一騎当千の咆哮を轟かせろ!!」
「宝具―――『
「『
救世の光を阻まんと迎撃する臣下たちの咆哮、その二人が真正面から激突する。
「くははははははは、素晴らしいなァ、セイバー。あのセレニウム・シルバで見せたその輝き、素晴らしいものだ!! ああ、勿体ない、勿体ないぞ、貴様とは、もっと相応しい場所で我らの王としての戦いを繰り広げることもできたというのに!」
「遅かれ早かれ、この激突は必然だったはずだ、儂には楽しみだなんだという気持ちはない。悪は滅ぼす、それが我が神の意向であるのならば!!」
「言ったであろう、神だなんだとつまらないことを口にするでないわ!!」
超高密度の二つの力の真っ向からの激突、果たして今日一日だけでどれほどの規模の激突が行われてきただろうか。その極め付けとばかりに互いに譲らない光の波濤は、しかし、拮抗することによって周囲に被害を及ぼすことがなかった。
たった一人の偉大なる王の見せた輝きと、無数の臣下たちが王に捧げた武威、どちらも英雄に相応しき力、異なる時代を生きた二人の王が誇る宝具はやはりこの場における最大火力を誇る激突となった。
そして、その眩き光がもたらす先を暗示するかのように二つの光は拮抗し合いながら消失していく。そう、互角の激突を以て消失という結果であり、令呪をつぎこんでまでの決着を望んだターニャにとって不本意極まりない結果となってしまったのだ。
「嘘、でしょ、そんな……」
「ほう、予想外の結果に終わったな。威力だけで見れば明らかにセイバーに分があるように見えたが、くく、何人犠牲にしたのだ?」
「大損害といえるね。今日だけでタンクとして使っていた人造七星の三割を消費することになった。それだけの数を犠牲にしなければ、セイバーの宝具を防ぐほどの力を発揮することは出来なかった」
「さすがは世界でもっとも偉大な救いを与えた王であるというところかのう」
神風を受け止めた時にも使用された人造七星による急激な魔力転換、再び使用された手ではあるが、無限に使えるわけではない。
ストックされている人造七星の3割が死んだともなれば、灰狼からすれば大損害だ。この場は聖杯戦争の決着をつけるための場であるわけでもないというのに、それだけの人的損害を出されてしまえば、今後に差し支える。もっとも、この場で消滅してしまえば、そんなことも言えなくなるのだから、判断としては間違っていない。
間違ってはいないが、灰狼にとって気持ちのいいものではなかった。
(セイバーの挑発に乗って真っ向勝負を受ける必要があったのかと聞きたくなるな、キャスターに協力させて、セイバーの宝具を使用前に止めるべきだった。そのように考えることは王への不敬にあたる。しかし……いや、考えるべきではないな。総合的に考えれば、彼女は令呪を切って、自分の魔力を使った。そこにこそ意味があると思うべきだろう)
何もかもが自分の思う通りに行かないことは灰狼とて分かっている。ならばこそ、身を取るべきだろうと思考を改める。
自分にとって最も大切なことが何であるのかを分かってさえいれば、優先順位を間違えることはないだろうと彼は理解しているのだから。
「灰狼よ、不満か?」
「王……いいえ、王の求めに応じるのが臣下の役割、私は不満に思うことなど」
「嘘が下手だな、それに今の貴様は余の主でもある。ただの臣下というだけではないこと、余とて自覚しておる所だ。お前がいなければ、余はこの第二の生を満喫することもできなかった。余の戯れでお前の心労を重ねることは余の望むところではない。
故に戯れも此処までにしよう。ここからは全軍を使っての蹂躙戦といこうではないか」
「―――――、まさか王、貴方は!」
「余というサーヴァントの本質は何か? 王であること、王とは臣下たちを率いる者、そして余は王として君臨し続けた者たちとの日々を一時たりと手忘れたことはない。であれば、余の心それこそが余と進化を繋げるあの日の再現、灰狼よ、魔力を回せ。
ここに余の軍団を顕現させるッッ!!」
空気が変わる、風に変化が生じる。いいや、そもそも、この空間そのものに変調が生まれ始める。それはある種の予兆でもある。これよりこの場所そのものが新たな変容を来すということを。
「くく、ははははははは、何だ何だ、ライダーよ。水臭いではないか。そなた、これほどのモノを持ち合わせていたのか。それは本来、我らのような世界を変革する力を持つものの専売特許であるのだぞ!」
「それは悪いな、キャスターよ。しかし、余とて一つの時代を生み出した者であるのだ。であれば、この程度の所作は出来て当然であると思って貰わねばなるまい!」
「今度は何!? これ、風景が……」
「これは、まさか、ライダー、貴様は――――」
「我が蹂躙は世界への牙の突きたて、我らは生きるために進軍し、我らは世界に覇を唱える。それはすなわち、己の生存権を拡大するために、欲し、願い、そして手にする。
さぁ、同胞たちよ、余と共に来るがいい。あの日の誓いを果たすために、あの日の先へと駆けるために!! 我らは此処に再び、世界へと挑戦する!!
第二宝具『
王都として最低限の整備がされているはずのスラムの地に砂塵が巻き起こる。その砂煙はどこから来たモノか、スラムには存在しえない要素が突如として出現したのは、現実がその砂塵を生み出す世界へと浸食されているからに他ならない。
鬨の声が聞こえる。兵士たちの足音が聞こえる。馬の鳴き声が聞こえる。戦の気配が近づいてくる。それは破滅の進軍、それは破壊の進軍、あらゆる勢力と戦い、あらゆる国を蹂躙してきた圧倒的な存在こそが、彼らの正体である。
「まさか、固有結界か……!?」
「世界そのものを呑み込むほどの心象風景、なら、この風景こそが……」
「然り、余と余の軍勢が駆け抜けてきた侵略の記憶に他ならず!! 我が宝具の臣下は四駿四狗を呼びだすだけに非ず! その真価は我が軍勢の再現にこそあり!! 当然の帰結だ。余は戦士ではなく、草原の覇者、侵略王としてここに顕現しているのだから!!」
ライダーの背後に現れる無数の軍勢、破滅を呼び起こすために呼び出された破壊の使徒たち、スラムであったはずの場所は砂塵が吹き荒れる荒野と化し、周囲には草の根1つ存在していない。まさしく蹂躙された世界という表現が最も似合うような世界がそこには顕現していたのだ。
「この宝具を使うのは余が真に認めた者たちだけである。誇れよ、我が好敵手たちよ、これよりお前たち総てを蹂躙する。我が臣下の願いに応える事もまた王の務めであればこそ」
自信満々に声を上げるライダーであるが、灰狼は内心焦りを覚えていた。ここでライダーが自分の真の宝具を使用してくる可能性は流石に考慮していなかったからだ。
(いや、さすがにマズい。王が本気で彼らを蹂躙すれば跡形も残らなくなる。実力のあるサーヴァントが生き残るとしても、アベルや彼女が生き残る可能性は限りなく低い。それは困る。私の……俺の計画に支障を来す)
このスラムの戦いの総ては灰狼にとって予定調和の戦いであるはずだった・。実験体402号はレイジを追い込み、ターニャはさらに覚醒へと至った。確実に真なる覚醒の時は近い。ここまでで充分であった。これ以上の追い込みは灰狼にとっても時期尚早である可能性も高く、ライダーの宝具使用による蹂躙など想定を数段高く飛び越している。
下手をすればここで聖杯戦争が終わりを迎える。通常の聖杯戦争を戦い抜くマスターであればそれを良しとするかもしれないが、生憎と星灰狼の目論みは聖杯戦争という枠組みを飛び越えた先にある。
その願いを叶えるためにも、ここでライダーに本気を出されるのは非常に困るのだ。もっとも、そんな説得をしたところでライダーは止まらない。彼は彼なりに本気で灰狼を労おうとしているのだから。それをはた迷惑な王であると捉えるべきか、仮初であったとしても主であると認めた男に対しての労いであると捉えるのかは意見が分かれるところであろうが、誰にとってもこの状況は想定外だ。
「ちょっと、まずいんじゃないの、これ……!」
「さっきのアサシンの支配能力とは桁が違います。現実がライダーの心象風景に則られていく」
「敵の数、どんどん膨れ上がってきている。こんなの、私達だけじゃ対処しきることができないよ……!」
「ふふ、ふふふふふ、あはははははははは、結局こうなるんですね、何が協力し合ってですか、結局、こうなるんですよ、圧倒的な力の前にはどんな抵抗も無意味、それを思い知らされて散っていくだけじゃありませんか!」
ライダーの宝具発動によって桜子たちは敗北を喫するだろう。自分が手を下すことが出来なかったことに散華は忸怩たる思いを抱えはするが、桜子の人生に終わりを与えることが出来たという点で満足することはできる。多くを望んでも仕方がない。
もっとも得ることができる大きな要素を掴むことで満足しようと考えたのだ。
「まだ、何もかも終わったわけじゃない。高笑いを浮かべるのは早いんじゃないの?」
「どうするっていうんですか? どうしようもないでしょう、貴方達には? 必死で抵抗したところで、フラウやキャスターの横やりまで防げるんですか、あれだけの軍勢を前にして良くもそんなことが言えたものです。希望を持ち続けることが出来れば救いがあるとでも思っているんですか? だとしたら、それは幻想ですよ」
此処からの逆転などありえない。散華ははっきりと断言する。勿論、桜子たちが座して死を認めるかといわれれば答えはNOだろう。だからこそ、彼女たちはむごたらしく死んでいく。かつての侵略王の軍勢を前にして、一人また一人と命の灯が消えていく瞬間を見届けていけばいい。
むしろ、桜子にはギリギリまで生き残ってほしいとさえ散華は思う。そうすれば、彼女は絶望の中でその命を終えることになる。最後の輝きのような絶望の表情はきっと自分の溜飲を下げさせてくれることだろう。
万事休す、誰もがそう思わざるを得ない、たった一言、ライダーによる進撃の命令が下れば、あるいは固有結界がこの場を完全に呑み込めば、その瞬間に侵略王の軍勢たちはいっせいに彼女たちを叩き潰すために殺到するだろう。
「まだ、だ……まだ、おわ、れない。俺はまだ、なにも、為し遂げては―――」
『この絶望的な状況でも君はまだ復讐を諦めないのかい? もう楽になってもいい。もう何もかもから目を背けてさ、楽になってもいいんじゃない?』
声が聞こえる、意識がもうろうとするレイジの耳元にアヴェンジャーの中にいる青年の声が聞こえる。これまでずっと、どこか他人事のような態度を貫き続けてきた青年の声はやはり他人事のような声色だった。
『こんな傷まで負って、必死に闘って、それで君に何が残るの? 何も残らないさ、ただ、君が必死だったって言うだけ、クズ星はどこまでいってもクズ星だ。なのに、頑張る理由が何処にあるのさ? 裏切っちゃえよ、自分の目指していた理想なんて蹴飛ばしてさ』
「………できない」
『どうして? 君がやらなくても誰かがやる。復讐なんて自分の命を捨ててまでやることじゃない』
「それでも……それでも、投げ捨てるわけにはいかない。俺はその先に花を咲かせるって決めたんだ。だったら、それを貫かないと……俺は、何も掴めなくなってしまう」
意地か誇りかあるいはまったく別の何かなのか、青年にも分からない。レイジだって口にしておきながら本当のことはわからないだろう。そんな意志があるのかすらも分からない言葉に青年は頷き、
『あーあ、仕方ないな。まったく、君はいつだってそうだ。愚直で愚かしいほどまっすぐで、そして信念だけは微塵も揺らぐことがない。そんな君にだからこそ、力を貸そうじゃないか。銀貨30枚、僕の宝具は……神の子ですらも欺いて見せるとも! ティムール』
「いいんだな」
『ああ、任せなよ。僕だってここまで遊んでいたわけじゃない。銀貨は集まった。ここは使いどころだろう?』
青年の告げた言葉に総てを託すようにして、アヴェンジャーの人格が変わるとともに彼の胸元から光が発せられ、そこから30枚の銀貨が姿を見せる。
「アヴェンジャーよ、今更何をするつもりだ? 何をしたところで余は止まらん。ただ進軍をし続けていくだけだ。今更、そのような銀貨30枚で何ができる?」
「ふむ、銀貨30枚か、何かひっかかるのぉ……」
キャスターはアヴェンジャーの変異した人格が告げた言葉に引っかかるものを覚えた。その銀貨30枚という言葉がこのひっ迫した状況で何かを意味するのだとすれば、間違いなく彼にとっての宝具を意味することだろう。ある程度使用するものから、相手の素性を判断することもできなくはないと思える状況ではあるが……、
「銀貨、銀貨……、ん、まさか―――――」
キャスターは思わず驚愕の表情を浮かべる。キャスターが胸の内で想い描いた仮説と相違ないとすれば、アヴェンジャーの中にいるサーヴァントが放つ宝具は紛れもなく、ライダーですらも抗う事が出来ない宝具になりかねない。
「侵略王よ、構うことはない。磨り潰せ。でなくば、何が起こるかわからぬぞ!」
「分かっておる。全軍しんげ――――」
「もう遅いよ。こうなるかもしれないとも思っていた。だから、準備は万端さ。
宝具発動―――『
瞬間、アヴェンジャーの目の前に出現した30枚の銀貨が消失すると同時にそれは巻き起こった。何が起こったのかを正確に説明することができる人間は間違いなく存在しないだろう。
何せそれは奇跡、紛れもなく奇跡、本来であれば起こりえないような出来事を、世界に投げかける対世界、あるいは対概念宝具とも呼べる力、圧倒的な武力を持ち、総てを蹂躙することができるライダーでさえもその宝具の強制的な力には抗うことさえできない。
「銀貨30枚、それはかつて十字教の祖である神の子を背信者である弟子が売り渡した際に得た報酬の数、ああ、聞いた時点でどうしてすぐに分からなかったのか。あれは世界に投げかける宝具、神の子さえも欺いて見せた裏切りの象徴」
「そう、僕は裏切りの象徴、僕――――イスカリオテのユダは銀貨30枚を使うことで世界すらも欺いて見せよう。神の子すらも欺き、貶めた裏切りの象徴は世界に刻み込まれた呪いでさえある!」
イスカリオテのユダ、それは新約聖書に登場する世界に名高い裏切りの代名詞。彼の救世主を対価に銀貨を受け取り、ゴルゴタの丘へ誘った者。最後の晩餐にて”13番目の席”に座っていた使徒。神の子に選ばれた12人の使徒の一人であったにも関わらず、彼の教えに賛同せず、神の子について行ったのも地位や名誉欲しさであったと言われている。そして最後の晩餐を経て、銀貨30枚と引き換えに神の子を売り渡した。
西欧圏、いいや、全世界における裏切りの代名詞とさえ呼ばれた彼の存在は世界そのものに対する裏切りの象徴とさえも認識されている。
彼自身は強いサーヴァントではない。むしろ、彼に出来ることなどほとんどない。彼が歴史に名を残した行動はたった一つ、銀貨30枚を引き替えに神の子を売り渡した裏切りだけであるのだから。
しかし、故にこそ、その宝具の力は絶大である。どのような能力、どのような事象、どのような概念、どのような状況であったとしても、流れゆく運命を裏切って見せよう。
概念にすらも到達するその事象はあろうことか、この場所でライダーの固有結界展開を後付で無力化し、その心象風景が一気に色あせていく。
「いくら、君の宝具が強かったとしても、使えないのであれば意味がない。僕は君の宝具に勝つことは逆立ちしたって無理だけど、君の宝具を使わせない状況にすることはできる」
「侵略王よ、横やりを許せよ、その男、ここで排除せねばこの先、何をしてくれるのかもわからんぞ!!」
彼らの周囲に無数の魔方陣が浮かび上がり、このスラムでの戦いにおける最初のように過剰過ぎる魔力攻撃が展開されようとするが、それよりも先にアヴェンジャーやレイジ、彼の仲間たちの周囲が輝きはじめる。
「おいおい、キャスター、何をそんな熱くなっているのさ。まさか、僕がここで君たちを相手に必死に能力を使って戦うとでも思っていたのかよ? だったら、読みが浅すぎるぜ? そんなことはやらないよ。僕がやることは唯一つ、さっさと逃げることだけさ。裏切り者だからね、真っ向からの戦いなんてクソ喰らえなんだよ」
そして、その光が彼らを呑み込むと同時に、一瞬にしてこの場所から姿も反応も消え冴えったのであった。
「キャスター、彼らは……?」
「視えぬ、わからぬ。この王都全域には、妾の魔力に取る網を張り巡らせておる。だというのに、連中が何処に向かったのかすらも分からぬ! なんだこれは、こんなことが起こりえるのか……!?」
「王都の外に出た可能性があるのではないですか?」
「いや、それはありえないだろう。彼らの目的が我々との決着である以上、この王都から離れることは敗走を意味する。この王都の中に潜んでいることは間違いないと思うが……」
「必ず見つけ出して見せよう、妾の名に懸けて、何にしてもスラムでの戦いはこれにて終いじゃな。敵がおらぬ時にここで闘えば国王もリーゼリット皇女もお冠になるであろう」
「そうだな、申し訳ありません、王よ。貴方の心遣いを満足させることが出来ずに」
「構わん。楽しみがまだ残っていると考えよう。何、次は潰す。それで良いではないか」
「ええ、その通りであります」
自らの宝具を披露し、これより蹂躙を始めるというところで横やりを入れられる羽目になったライダーはしかし、機嫌を損ねているわけではなかった様子だった。もとより独断専行で四狗たちを撃破されたことは事実である。灰狼に対して譲っている一面があることも事実だろう。
「………七星桜子」
それよりも、苛立ちを覚えているのはむしろ散華の方だ。あともう少しだった、むしろライダーの宝具によって今度こそ、彼女を殺すことができると信じていた。にもかかわらず結果として、桜子は今度も生き残った。
「必ず……必ず殺します、七星桜子」
その感情はもはやとどめようがない。いずれ来る決別の時はそう遠くない時期に来ることだろう。
――王都ルプス・コローナ内――
「そう、エドワードの奴、そんな最後だったんだ」
「立派だったな、自分がいると仲間を失ってしまうって言ってたやつが仲間を守って逝ったんだ、野暮なことは言えねぇよ」
「朔ちゃん、その辛い役割を押し付けちゃってごめんね、私たち、みんな、そんなことになっているなんて気づかなくて……」
「はん、お前らが役に立つなんて最初から思っておらんわ。あれはあいつが自分で決めて自分でやったことや。ウチがなんかしたってわけでもないわ」
戦いは終わった、アヴェンジャーの中に存在したユダの宝具によってレイジたちは辛くもライダーの宝具より逃げ切ることに成功した。
ここは王都のどこかであり、アヴェンジャーの宝具効果によって、彼らは自分たちがどこに潜んでいるのかを、周囲から隠蔽している状態であった。世界すらも騙しとおし、世界の理を裏切る宝具、その絶大なる力は、この聖杯戦争で召喚されたサーヴァントたちの追随すらも許さない。
そして、ここに至って彼らはようやく、仲間であるエドワード・ハミルトンの散りざまを朔姫から聞くことが出来た。悪魔ザミエルとの最後の対話はエドワードしか知りえない。朔姫ですらも知りえないことであり、外から見れば、彼がその代償に呑み込まれて消えて言ったことしかわからないのだ。
けれど、その最後は立派であったと誰もが思う。もしも、エドワードが引き金を弾かなければ、桜子たちが辿り着く前に甚大な被害が出ていたかもしれない。朔姫とキャスターの命も危うかったかもしれない。
そうした意味で言えば、彼が命を賭けて戦ったことには意味があった。死神などではなく、彼は仲間として、朔姫たち全員を生かしたのだ。彼の汚名を口にする者など誰もいない。エドワード・ハミルトンは紛れもなく英雄であったのだと誰もが分かっている。
『これで当面は時間を稼げるだろうね、少なくとも、この王都の兵士たちに追われて逃げ惑うようなことにはならないだろうさ』
『うむ、レイジにとっても休養が必要ではあるしな』
背中に致命傷を与えられたレイジだったが、なんとか命を取り留め、今は朔姫たちに与えられた回復魔術によって眠りながら体力を整えている。傍ではずっとターニャが看病をしている。エドワードの喪失、そしてレイジの状況、他の諸々を考えたとしても、敗北の二文字をぬぐいきることができない。
唯一、ライダーの四狗とチャリオットを破壊することができたことだけが手に入れた成果であると言っても過言ではないだろう。
「今回は辛くも生き残れた。けど、次は死ぬわな、これ」
「そうだね、あいつらの戦力が今のままだったら、私らには厳しい状況になる」
とはいえ、それで楽に倒せる相手がいるのかと聞かれればそんな相手はいない。彼らはみな、一人一人が一騎当千、マスターもサーヴァントもそんな簡単に倒すことはできない。
もしも、それを実現するとなれば、こちら側も何かしらの強化をしなければならないが……、
「ロイ、一つお願いがあるの」
「桜子…?」
桜子は意を決したようにロイへと声を掛ける。覚悟を決めたようなその瞳で、
「貴方が10年前に、私の身体に施した七星の血を抑えつけるための術式を解放してほしい」
「それは……」
「お願い、今の私じゃ、七星散華を倒すことはできない。私の総てを使わなければ、彼女を越えることはできないの」
第12話「ジョーカーに宜しく」――――了
次回―――第13話「セブンティーン」
17歳――それは、七星桜子と七星散華、彼女たちが自分たちの運命を知った時
次回は20日(火)更新です、いよいよ後半戦に突入!
【CLASS】アヴェンジャー
【マスター】レイジ・オブ・ダスト
【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/イスカリオテのユダ
【性別】男性
【身長・体重】170cm・59kg
【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B
魔力C 幸運B 宝具B
【クラス別スキル】
復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。
忘却補正:C
復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。
自己回復(魔力):E
現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。
【固有スキル】
軍略:A+
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。
戦闘続行:C
執念深い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。
アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。
????:A+
【宝具】
第一宝具『???』
ランク:B 対軍宝具
第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。
第三宝具『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』』
ランク:A+ 対地形宝具
不可能と思われていたアルプス越えを成し遂げたハンニバルの逸話を宝具として昇華したもの。自身と自分の配下、仲間をあらゆる場所へ一瞬で移動させる。一種のワープ能力。
移動可能範囲は広く自身の視界に入る場所は自由に移動できる。視界に入っていない場所で自身が訪れたことがない場合に移動する場合は魔力を多く消費することになる。
移動×距離×人数で消費魔力が計算されるため大人数で長距離の未知の場所へと移動すると魔力を大量に使うことになる。
第四宝具『???』
ランク:B+ 対人宝具
第五宝具『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』
ランク:EX 対概念宝具
イスカリオテのユダが、かつてイエスを裏切り銀貨三十枚で彼を司祭に引き渡した事の具現。銀貨三十枚を払う(消費する)ことである事物に対する『裏切り』を再現・可能とする宝具、世界そのものを裏切り、あらゆる軌跡を引き起こすが、銀貨の枚数はユダと契約したマスターの生命力に依存しており、宝具を使えば使うほどに魂の輝きを失っていく。
レイジ自身の魂では1~2回使用することが限度である。この宝具の影響を回避するには対魔力の度合いではなく、あらゆる可能性を否定するしかない。または同ランクの結界宝具、聖域の再現者、或いはイエス以上の神性の持ち主であれば回避が可能