Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第13話「セブンティーン」①

――17歳、それは七星桜子が聖杯戦争に参加して、自らの運命を理解した年齢

 

――17歳、それは七星散華が初めて人を殺めて、自らの運命を理解した年齢

 

 今でもたまに思い出すことがある。最初に人を殺した時のあの生々しい感覚を、今ではあまりにも当たり前になってしまったことなのに、あの日の最初の殺人の記憶だけは私の中にこびりついている。

 

 生まれた時から生粋の暗殺者だったわけじゃない。生まれたときは誰だってただの人間に過ぎない。七星の血が流れていたとしても、私はこの現代に生まれた女に過ぎなかったのだから。

 

 時代を経る中で、七星宗家の力は徐々に徐々に落ちていっていた。分家が増え、その分家に仕事をさせることによって、宗家としての威厳を保ち続けてきたわけではあるが、それは逆に言えば、宗家の協力がなかったとしても暗殺家業を分家だけで行うことができるということを意味していた。

 

 宗家は明らかにその権力を失いつつあった。七星の連綿と受け継がれてきた血を受け継ぎ続けていくこと、宗家の人間の使命はそれであり、暗殺者として圧倒的な力を持ち続けることが推奨されているかと言えばそうでもなかった。

 

 現に私は、七星宗家の中でも史上稀にみる七星の血を上手く扱うことができる後継者だった。かつて大陸に渡った七星たちの首魁である七星桜雅の妹にして、最強の七星であると未だに語り継がれる七星桜華、彼女に迫ることができるのは私だけであるとさえ言われるほどに、七星宗家の力は弱まってしまっていたのだ。

 

 宗家の人間たち、私の両親も、老人たちも多くを求めるつもりはなかった。私はいずれ暗殺家としての七星家を継ぐ必要がある。仕事としての暗殺が訪れるかどうかは別にしても、七星の血を制御する必要はある。

 

 七星の血に呑まれることなど、宗家の人間としてあるまじきことであると私は老人たちや両親から嫌というほどに教え込まれてきたし、実際に七星の血は私の身体に適合していた。このまま私は私の人生を謳歌していきながら、七星としての役目を終えればいい。

 

 普通の人間に比べれば、自由は少ないかもしれないけれど、それでも、そこそこの幸せを手にすることはできるだろうと考えていた。生まれるところを子供は選ぶことはできない。あとは、どのように生きるかだから、ささやかな恋をして、ささやかな幸せを見つけて、次の子供たちに七星を受け継いでいけばいい。

 

そう思っていた。私が10の年齢に差し掛かるころまでは……、

 

『聞いたか、分家の七星桜子が聖杯戦争で生き残ったって』

『七星の血が目覚めても尚、それを制御し生き残ったと』

 

『神祇省にはいるらしい。下手をすれば、神祇省と手を結ばれて、分家が宗家に反逆を企てるかもしれない』

『分家が宗家に勝るなど許されない。散華を好きに遊ばせているのが間違っているのではないか』

 

『そうだ、散華を七星の当主として完成させろ』

『さもなくば、我々宗家は分家に地位すらも奪われるぞ』

『宗家こそが至高であることを証明しなければ』

 

 いつから変わったのかはわからない。けれど、気付いた時には私を取り巻く環境は明らかに変わっていた。七星宗家は連綿と血を受け継ぎ、七星の血を絶やさずに生きていくことが正しいと言われていたのに、気付けば、私は七星宗家として相応しい暗殺者であることが求められていた。

 

 安穏とした平和の中で生きていることを悪であると断じられた。

 

 七星の人間として一人も人間を殺めていないのは半端なものであると指摘された。

 

 七星を優先することこそが何よりも正しいのだと主張された。

 

 私の当たり前に出来上がっていたはずの価値感は、七星という呪いじみたい概念によって徐々に徐々に塗りつぶされていく。それに必死に抗った。私はお役目を果たすつもりがあるから、どうか、私の最低限の幸せを奪わないでと何度も何度も主張してきた。

 

 けれど、そんなことは意味が無くて、17歳のあの日、私は―――初めて人を殺して、私の人生を七星に捧げた。七星の当主として当たり前の振る舞いをすること、七星の血に適合した完成した暗殺者となること、そして、七星桜子という分家の脅威を取り除くこと。

 

 聖杯戦争における七星宗家の代表者として送りだされたのも全ては、七星宗家としての威厳を取り戻すためだ。もはや時代に必要とされていない暗殺者たちの成れの果てが未だに力を持っていることを証明するために私は此処にいる。

 

 別にその向かう先はどうでもいい。私は暗殺者として私のやるべきことをやり通すだけ、自我なんてそこには必要ないのだと分かっている。

 

 けれど、七星桜子は別だ。彼女がいなければ、私の人生はもっと別のモノになっていた。彼女が先の聖杯戦争で死んでくれていれば、神祇省に入ることが無ければ、私が私の人生を奪われることはなかった。

 

 それなのに、どうして、貴女は今も笑っているの? 仲間に囲まれて、まるで自分が物語の主人公であるかのように、仲間と支え合って、私達に立ち向かってくる。

 

 どうして、どうして? 貴女は私を苦しめたのに、貴方だけがどうして、自分の幸せを噛みしめているような態度でいるの。宗家の命令なんてなかったとしても許せない。手にするはずだった幸せを奪った貴女が許せない。

 

 だから、どうかお願い、むごたらしく死んで。これ以上幸せになる貴方なんて見たくない。私のように幸せを手放さなくちゃいけない恐怖に怯えながら、後悔して死んでほしい。

 

 だから、殺そう。彼女は殺そう。誰が邪魔をしたって絶対に殺す。子供は誰だって生まれる場所を選ぶことはできないから。七星の運命が私の運命だとすれば、せめて、八つ当たりくらいはさせてもらわなければ気が済まない。

 

「…………」

「あ、マスター、起きたのね。随分と眠ってしまっているみたいだから、心配したのよ? マスターがいなくなってしまったら、フラウは1人になってしまうのだから」

 

 目を覚ます、どうやら夢を見ていたようだ、思い出したくもない昔の夢、七星桜子に余計なことを言われてしまったことで、思い出したくもないことを思いだしてしまったようだった。

 

「マスター、どうしたの? 何か不機嫌そう?」

「ええ、そうですね、獲物を取り逃がしてしまいましたから。ちょっと、自己嫌悪しています。貴方のせいではありませんよ、フラウ」

 

「えへへ、そうであったのなら嬉しいわ! マスター、頭を撫でてくれてありがとう」

 

 アサシンの頭に振れれば手が腐食する。魔力で回復するにしても痛みは伴う。彼女はそうされることを望んでいるし、そうすることで私を慕ってくれている。打算ではあるとはおもう。彼女というバーサーカーでもないのに、半ば狂っているサーヴァントを扱うにはこちらも相応の代償を支払わなければならない。

 

 それに誰からも求められていなかった、憎まれるしかなかった生き方を懸命に生きようとしている彼女には、どこか共感するところもあった。私も彼女のように何かもを捨てて、自分の好きなように生きることが出来たら、どれだけ幸せだったのだろう。

 

 七星宗家の後継者として、決して口にしてはならない気持ちではあるけれども、そう思わずにはいられない一面もあることを私は理解している。

 

 結局の所、私は後悔しているし、そして、私以外の誰かが、私を差し置いて幸せになることが許せないのだ。理不尽を押し付けられたのだから、その理不尽を誰もが受け入れることが出来ないのは間違っている。

 

 灰狼様やカシム様のような高尚な目的があるわけではない。リーゼリット様やヨハン様のようにギリギリ保っている自分の平穏を守りたいと思っているわけではない。

 

 きっと一番不純なのは私、七星としても、私個人としてもどうしようもない不純な理由で戦っているのは紛れもなく私であると分かっている。でも、それでやめられるほど、私の闇は軽くはないから。

 

 世界が憎い、七星桜子が憎い、私の総てを砕いた運命が憎い。屈してしまったからこそ、私は恨み言を口にするのだ。

 

「だいじょうぶよ、マスター。きっと、すぐにお姉さんたちと再会することができるわ。フラウはそんな気がするの!」

「ふふっ、そうですね、きっとそうなりますよね」

 

 キャスターが現在、彼女たちの潜伏先を探している。どうにも最後に彼女たちが逃げる際に使った宝具の影響ですぐに見つけることが困難を来しているらしい。あのキャスターをして、そこまで苦戦させるなんてと思ってしまうが、そこは私も門外漢。私の出番はキャスターが彼女たちを見つけてからということになるだろう。

 

「さて、では、起きましょうか。フラウ、何が起きてもいいようにね」

「ええ、お願いしますわ、マスター」

 

――王都ルプス・コローナ・一般居住エリア――

『数日間程度ではあるけれども、君たちの存在をこの街の中のどこにも存在しないように事象を改変した。まぁ、改変というよりも世界を騙し通していると言った方が正しいのかもしれないけれど、細かいことは抜きにして、おそらく七星側も君たちをすぐに見つけることはできない筈だよ』

 

 アヴェンジャーの中に存在するサーヴァントの1人、イスカリオテのユダの使った宝具、銀貨30枚を代償として世界すらも騙し通す宝具の影響によって、スラムにおける戦いを脱したレイジたちは王都の中に存在する寂れた宿屋にその身を寄せていた。

 

 本来であれば王都の中に潜んでいるだけでは、すぐにでも発見されかねない危険性があるが、1日が経過しても、まったく王宮近衛が押し寄せてくる様子はなかった。

 

 ユダの話しでは、今のレイジたちはユダの宝具の影響によって、他者から認識されない或いは都合よく存在を感知されないようになっており、おそらく数日間はこの状態によって逃げおおせることができるだろうとのことであった。

 

 俄かには信じがたい話である。そんな世界そのものを改変する事が出来るような力、ある意味で固有結界を展開するよりもなお凄まじい力である。ただ、自分たちの置かれている現状、そして明かされた真名を考えれば決して荒唐無稽な話しでもないだろうと彼らは結論付けた。

 

 イスカリオテのユダ、十字教世界における最大の裏切り者、おそらく現代の世界そのものが一度総て真っ白になるような大改編が行われない限り、人類の歴史を通して裏切り者の烙印を押され続けていくであろう人物の名を聞けば、確かに世界を改変して然るべき力を持ち合わせていると理解することもできるだろう。

 

「それほどの力を持っているのなら、なんでもっと早く使ってくれなかったのさ」

 

『はは、ルシアちゃん、さすがにそれは夢を見過ぎだよ。僕の宝具がいつでも何度でも使えるなんてことになったら、聖杯戦争なんて戦う前から勝負がついてしまうだろう? 僕の宝具はそう何度も何度も使えない。銀貨の数に応じて、使える回数は決まっている。ま、後使えて1回か2回ってところかな。それを使い切ったら僕もティムールの身体から強制退去、感謝してほしいよ、そんな状態になることが分かっていて、ここぞという時に使ったんだ。もはやああなってしまったら、僕の宝具以外でライダーの固有結界を突破する方法はなかっただろうさ』

 

「ま、そりゃそうだわな。これほどの力、世界の在り方すらも歪めかねない宝具を使われて何にも影響がありませんでしたなんてことになるはずもない。代償ってのをキッチリと戴いていくのだとしたら、二度も三度も使えるだけでも十分に奇跡だ。

 だが、その上で、一つだけ聞かせろ。ユダ、お前さん、俺達に隠していることはないよな?」

 

 アークがユダへと問いかける。裏切り者の代名詞、誰もが名前を聞くだけで先入観を覚える程度にはユダというサーヴァントは有名であり、その有名すぎる逸話に彼の特性が引きずられる可能性は十分にある。裏切ることに何の躊躇もない。そうした存在へとサーヴァントに転じた時に変わっている可能性もあるのだ。

 

 アークはそれを懸念して問いを投げるが、

 

『それ、僕がそんなことはないよって言った所で君たちは信用する?僕の言葉のどこに君たちを信用させるだけの担保があるのさ? 疑いたいのなら、疑えばいい。僕は僕の思うままにやる。その上で、僕が怪しいと思うのならば好きにすればいいだけだよ』

『だっはははははは、そんな気にせんでも、儂らは三人で一つよ。この小僧が良からぬことを考えておったとしても、儂らがいる限り、簡単に主導権を握ることは出来ん。妙なことをすれば、儂らが片を付ける。まずはそこで良いじゃろう』

 

『仲間同士で疑いあっていられる状況でもない。少なくとも、ユダは此処まで裏切りらしい裏切りを行ってきた形跡は見られない。その実績を以て信頼に足りるとするべきだろう。我もハンニバルも信頼はすれども甘くはない。余計なことをするようであればその時は同じ体の中に内包された者同士として、我らが幕引きをする』

『だってさ、恐ろしいものだよね、ほんと』

 

 などと、おちゃらけた反応をするがティムールとハンニバルがもしもの時は本気で彼を処罰するつもりでいることは十分に理解している。言葉でどれだけ言いつくろった所で疑いを晴らす方法がないのであれば、疑ってもらっていた方が都合がいいとはまさしくそうした意味も込めてなのだろう。

 

『レイジもそろそろ目を覚ます。そして僕たちがこの王都にいる限り、七星の連中との衝突は避けられない。エドワードを失って、彼のようになる人間がこの先出ないとは限らない。疑いあうよりも手を取り合うことの方が大事だよ、僕が言うと胡散臭くなるかもしれないけど、さ!』

 

「確かに、ユダに絆の大事さを口にされるのって、ちょっと釈然としないかも」

「だが、道理ではあるよな。俺たち自身で仲間割れをしている場合じゃないよな」

 

 ユダの言葉にどこまでの信用性があるにしても、彼の口にする言葉に道理があることはルシアもアークも同意せざるを得ない。自分たちが意識を失っている間にエドワードや朔姫たちが命を懸けたからこそ、今がある。この王都の戦い、全員が一丸になって戦わなければ生き残ることもできないと改めて思い知らされたところだ。

 

 その上で、重要なことはやはり、彼女が表明した決断であろう。

 

「考え直すつもりはないのか、桜子」

 

「私だって別に好きでやりたいって言っているわけじゃないよ。でも、みんなが命を懸けて戦っている中で、私だけが余力を残しているのは違うと思う。それがこの先の戦いを生き残るために必要なことであれば、私は私の中の七星を解放するべきだと思うよ」

 

「その結果として、お前自身の自我が浸食される可能性もあるんだぞ」

「………ありがとう。なんだか不思議な話しだよね、あの時のロイは勝つために私の力を封じたのに、今になってはそれを心配してくれるなんてさ」

 

「それはな、聖杯戦争に勝つつもりでいても、別に桜子自身を憎んでいたわけじゃない。勝つために必要だったからやっただけだし、その上で解放をすれば桜子に危険が及ぶのだったら、それを拒否するのも当然だろう」

 

 かつて、秋津の聖杯戦争でロイは桜子が七星の血によって暴走した時に、彼女の魔力を封じた。それは桜子の暴走を止める為でもあり、同時に、聖杯戦争で加速度的に成長にし続けていた桜子に勝利するための布石でもあった。

 

 もっとも、ロイがその後のことまで考えて実行していたのかといわれれば、それは違う。あくまでも勝つためであった。ただ、結果的にその後の桜子の中で七星の血が暴走することを防ぎ、神祇省との修行の中でかなり七星の血を制御することができるようになるまでに桜子が成長するまで、安全弁の役割を担ってくれたことは言うまでもない。

 

 ただ、それを理解したうえで、桜子はその安全装置も言うべき力を解放するべきであると口にした。そこに至るまでに抱いたのは言うまでもなく、七星散華の存在である。

 

 桜子を過剰なまでに敵視し、必ず命を奪うとまで宣言した散華、その根本的な理由は未だに見いだせないが、間違いなく近く、彼女の決着をつけるべき時が来ることは間違いないと桜子も感じ取っていた。

 

「ロイも分かっているでしょ、今の私じゃ、あの子に、七星散華に勝つことはできない。七星陣営側を打倒する上でもあの子は倒さなくちゃいけないし、私と戦う時であれば、あの子は間違いなく一対一で戦うことを選ぶ。あの子は、自分自身の手で私を殺したいと思っているから」

 

「だから、自分が力を解放して七星散華を返り討ちにすると? 理屈は理解できるが危険が伴うことは間違いない。力を解放した時に、本当に桜子が七星の血に呑まれることがないかどうかの保証は出来ない。試してまたすぐに封印が出来るわけでもない。七星の魔力回路に意識めいたものが存在するのだとすれば、さすがに二度目は何としても拒絶しようとしてくるだろう」

 

「うん、そうだね。だから、もしも、私が七星の血に呑まれて暴走するようなことになったら、その時は止めてほしい。そして、ダメならレイジ君とロイで私を……殺して」

 

「遠坂の当主に恨まれるようなことはしたくないぞ」

「蓮二君には昨日のうちに連絡を取ったよ、君が出来ると信じるのなら君に任せるって。理解のあるパートナーだとこういう時にありがたいよねぇ」

 

「それは本当に理解があるということなのか?」

 

「信じてくれているんだよ、私だったら絶対に乗り越えて帰ってきてくれるって。この世で一番大好きな人がそう信じてくれているんだもん。私だってその期待に応えたい。なんとしても成功させたいと思っている。

 七星の血が呪いのような力であることは私が一番よく分かっている。でも、その力に負けるつもりはないよ。何度も言っているけど、私、まだまだ自分の人生を満喫していないもん。これから蓮司君と新婚生活を送って、子供を作って、家族と私の人生を思いっきり生きてやるつもりだもん。この聖杯戦争だって、私の人生の中では通過点に過ぎない。だから……、信じて、ロイ。貴方のライバルだった七星桜子は七星の呪いになんて絶対に負けないんだって!」

 

 胸に手を当てて、桜子は真剣なまなざしでロイに願う。どうか、力を貸してほしいと、ロイはその桜子の真っ直ぐな視線に目を逸らす。常に圧倒的な強者として君臨してきたロイにとっては、目を逸らすなどという経験はほとんどない。

 

「……仕方がない。だが、俺が危険と判断したら即座に再封印に動く」

「うん、それでいいよ、ありがとう」

 

 ロイは桜子に押し切られる形で、彼女の魔力回路の完全開放を受け入れる。本当であれば止めるべきだろう。今でも桜子は十分に強い。七星散華が圧倒的な反応速度から来る強さであるとしても、桜子が見劣りしているわけでは決してないのだ。

 

 無理やりにでも戦いの道に彼女を再び向かわせることにロイはいくばくかの罪悪感を覚えるが、結局は押し切られる形となった。

 

(人生、何があるかわからないものだな、かつては敵対して、命の奪い合いをしていた相手をここまで案じることになるんだからな)

 

「じゃ、お願いできるかな、ロイ」

「ああ、準備をする。いつ、また新たな襲撃が起こるかもわからない。手短に準備をしよう」

 

・・・

 

 燃え盛る炎と悲鳴、何度も何度も見てきた原初風景、どれだけの月日を重ねても忘れることができない悪夢の記憶が自分の中で過る。忘れてはならない、忘れてはならない。

 

 例え、何を犠牲にしても、この抱いた気持ちを失ってはいけない。これを失ってしまったら、俺は本当の意味で抜け殻になってしまうと思うから。

 

 例え、道化であったとしても、例え、愚か者であったとしても、俺だけはそれを忘れてはいけない。俺はそのために生きているのだから。

 

「……………こは……」

「レイジ!!」

 

 目を覚ませば、そこがどこであるのか全く判然としなかったが、横から聞こえてきた声がターニャのモノであることに気付いて、俺は自然と安堵の息を零した。記憶は定かではない。あの実験体とか言われていた奴と戦っている最中に意識を失ったことだけは間違いなかったが、どうにもその後の記憶があいまいだ。

 

「俺はどうして……そもそも、ここは何処だ。灰狼の奴は何処に、あっぐぅぅ……」

「だ、ダメだよレイジ。まだ完全に傷が癒えているわけじゃないんだから!」

 

「落ち着け、レイジ。既にここは戦闘領域ではない。我々の内の1人、イスカリオテのユダの宝具によって、危機を脱すことは出来た。今は身体を休めろ」

「イスカリオテの、ユダ……?」

 

『マスターにまで誰そいつみたいな反応されるのは、ちょっと残念だねぇ。これでも僕は君の命の恩人って奴なんだけど?』

「………、そうか。すまなかった」

 

『あれ、疑ったりしないの? ユダなんて信用できないみたいにさ』

 

「お前たちのことは信用すると決めた。俺の命が欲しいのならわざわざ助ける必要なんてなかったはずだ。それでも助けくれたのならお前のことは信用する。何か目論みがあるのだとしても、利用できると思っている間は精々利用してくれて構わない。後で、お前の特性を教えろ。真名をようやく告げたんだ。それくらいの働きは期待させてもらうぞ?」

 

『はは、そうかいそうかい。マスターの人遣いの荒さは一人前だねぇ。まぁ、僕はほとんど役に立たないだろうけれど、君の末路を見たいという気持ちは何一つとして変わっていない。最後まで付き合うよ、我が主』

 

 状況は呑み込めていないが、すぐなくとも窮地を脱したことだけは事実であるらしい。星灰狼とあれだけ肉薄しておきながら結局、俺は奴に攻撃をすることも許されなかった。

 

 憎らしいのはあの実験体402号とか呼ばれていた奴だ、奴には奴なりの理由があるのかもしれないが、それで邪魔した理由といて認めるのかといわれればはっきりとNOだ。次は確実に倒す。

 

「今後の方針は?」

「大まかな所は変わらない。リーゼリット皇女の加冠の儀に合わせてこちらも動く。幸い、ユダの宝具でこちらは実を隠すことが出来ている。動き出すべき時になるまでは英気を養っておくべきだろうさ」

 

「次こそはあいつらに絶対に泡吹かせてやらないとね、何度も何度もやられっぱなしは性に合わないよ」

 

 アークとルシアも俺が目を覚まして一安心という様子だった。エドワードがいなくなり、その上で俺までいなくなってしまうことは避けたかったのだろう。

 

 エドワード、多くを語りあった訳じゃない。此処まで一緒に旅をしてきた連中の中ではあまり口数が多かったわけでもないし、俺も積極的に関わろうとしたわけじゃない。

 

 ただ、自分の中にあるもどかしさと戦っていることだけは俺にもよく分かった。自分じゃどうにもならない運命と戦って、必死に食らいつこうとしていたのだろうとは何となくわかっていた。

 

 彼は自分の過去に答えを見出すことが出来たのだろうか、自分なりの花を見つけることが出来たのだろうか。見つかっていればいいとは思う。俺自身もそうありたいと思っているし、過去に何かを喪失してしまった人間だって幸福を得るために頑張ってもいいのだと俺は思っているから。

 

(エドワード、待っていてくれとは言わない。俺も遠からずそちらに行く。だから、見守っていてくれ、俺の復讐が完遂されるその時を)

 

 願わくば、その時に自分も満足して逝くことができるのならばそれが一番いいと思う。果てのない戦いの日々ではあるけれども

 

「レイジ……」

「ターニャ、すまない。心配を掛けさせてしまった」

 

「ううん、いいんだよレイジが無事なら。元はといえば、私がレイジを守らなくちゃいけなかったはずなのに。私、何もできなくて」

「そんなことは……」

 

 そんなことはない、そう言おうとしたレイジはそこでふと気づく。どこかターニャの表情が虚ろになってきていることに。

 

「星灰狼は許せない。あの人は存在している限り、レイジに牙を剥く。そうだ、私の大切な人を守るために戦わなくちゃいけない。それが私の役目、私の使命……」

「ターニャ……?」

 

「え、ううん、なんでもない。ごめんね、なんだか自分が不甲斐なくって。どうしたら、あの時にもっとうまくやれていたんだろうってどうしても考えてしまうんだ……」

 

 それはそれで殊勝なこと、なのだろうか。どこかこの王都に入ってきてから、ターニャに危なげな影が浮かんでいる様にレイジには感じられた。上手く表現することはできないが、これまで怯えているばかりのターニャがレイジと共に戦うことを決めてから、どこか好戦的な様子を隠すこともしなくなったように。

 

 しかし、その認識も決して正解であるとは言えない。レイジの記憶の中に存在するターニャ・ズヴィズダーという少女は決して好戦的な娘ではなかった。むしろ、花を愛し、平和を貴ぶそうした人間であったはずだ。

 

(七星の血が、ターニャの心を変質させているのなら、戦うことをこれ以上辞めさせるべきだ。だけど、実際の所は分からない。ターニャ自身がそれを望んでいるのだとしたら……)

 

 此処までの戦いを通して、レイジも実感している。ターニャ・ズヴィズダーは十分に闘う事が出来る「戦力」だ。もしも、自分がターニャを特別な相手であるとみなしていなければ、戦うことを求めただろう。

 

(ターニャを戦いから遠ざけたとしても、灰狼たちを倒すことが出来なければ結局、また奴らはターニャを戦いの最中へと飛びこませていく。何度も戦ってきたからこそ分かる。俺だけではだめだ、俺だけではアイツらを倒すことができない)

 

 桜子たちやそのほかの仲間たちの協力を以てしてもギリギリ勝つことができるのかどうか、それが自分たちの現状であることをレイジも痛感させられている。

 

 だとすれば、ターニャとセイバーは喉から手が出るほど欲しい人材だ。彼女とセイバーがこちらに味方をしてくれればライダーやキャスターとの戦いも優位に事を運ばせることができる。

 

(けれど、その代わりにターニャが変わってしまう可能性がある。………どうして、俺は悩んでいる。かつての俺だったら、悩むこともなくそんな可能性は切り捨てたというのに……俺は、弱くなってしまったのか……?)

 

 セレニウム・シルバの頃のレイジであれば絶対にターニャを戦わせるなどという選択肢を取ることはなかった。そんな選択は絶対に許せないと。しかし、今のレイジはターニャの決意も自分たちの立ち位置も知っている。

 

 子供が世界の広さを知らずに吠えたてて突き進んだ結果、世界の広さを知ってしまったかのように。レイジもまた、自分の信じる正義と立ちはだかる現実の壁というものに悩まされるのであった。

 

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「あら、リーゼリット様、よろしいのですか、こちらに顔を出していて。戴冠式は近いと聞いておりましたが」

 

「ええ、問題ありません。戴冠式が近かろうとも、それまでは皇女であることに変わりはありませんから。当然、政務をこなさなければなりません。それに王宮は自分の家のようなものです、家の中でどのように動こうとも、疲れを感じることはありませんよ」

「そうですか、確かに聖杯戦争という面倒事があっても世界は待ってはくれませんからね」

 

 王宮における政務室に足を運んだ散華はそこでリーゼリット、そしてヨハンと顔を合わせる。目的の相手はどちらかといえば彼女たちではなく、灰狼とカシムであったのだが、姿が見えない。また何かしらの暗躍をしているのだろうか。

 

「スラムでの戦いの報告は既に聞き及んでいます。父の許しがあったとはいえ、随分と派手に戦ったようですね」

「ええ、申し訳ありません。私も少し熱くなってしまいました。本当はフラウの力を使う気もなかったのですが……、彼らに感謝するべきでしょうか。リーゼリット様の臣民たちを犠牲にせずに済んだことを」

 

「スラムであんたのサーヴァントの能力を使えばどうなるのかくらい分かっていたはずだ」

「ええ。ですが、国王陛下はスラムで行うあらゆる行動を許していただきました。国王陛下にとってはスラムに生きる人間たちは臣民ではないのでしょうか?」

 

「そんなことはありえません。スラムの人間たちもここにいる以上王都の民です。彼らはスラムから姿を消しましたが、もう二度とこの規模の戦闘は控えていただきたいです」

「それは構いませんが、リーゼリット様、それは貴女がそう思っているだけではないですか?」

 

「何を……」

「嫌いなんでしょう、七星の事。この王宮も、灰狼様たちの事も、全部全部。本当は七星の為に戦いたくなんてない。それが貴女の本心ではないですか?」

 

「だとしたら? 七星宗家の人間として私を討ちますか?」

「ふふっ、まさか。命令も依頼もされていない殺人なんてしませんよ。割にあいませんもの。私は別に七星の後継者ではありますけれど、七星の狂信者ではありません。私は只、経験者として忠告をしているだけですよ。

 リーゼリット様、貴女は七星の家に生まれた七星の後継者です。けっして運命は貴女を逃がしてはくれません。貴方が心の底でどれだけ嫌悪をしても、逃れたいと思っても、七星は貴女を逃がしてはくれない」

 

 とても黒く、されど澄み切った瞳の色で散華はリーゼリットに「忠告」を口にする。殺意はない、あるのはむしろ憐憫の感情だ。どうせ、求める願いは手に入らない。手を差し伸べてくれる者などいない。

 

 自分とリゼは同じだ。どれだけ忌避したとしても、どれだけ嘆いたとしてもこの運命の鎖を断ち切ることはできないのだ。

 

「散華さん、貴女は、ううん、貴女も……」

「言ったじゃないですか。生まれた時から七星であったとしても、私は私です。私には自分の人生があります。その総てを七星に捧げていたわけでは当然にありません。結果的に七星に捧げることになっただけで」

 

 口元に手を近づけ薄く微笑するそのあり方を隠すように彼女は笑う。底知れぬほどの深い暗闇が溢れだしそうな真っ黒な瞳、リーゼリットは思わず気圧されそうになるが、

 

「散華さん、聞かせてはいただけませんか、貴女の過去に何があったのかを」

「私の過去? そんなものに興味があるんですか?」

 

「ええ、貴女は私と自分が同じだと言った。それなら、興味を以ても当然じゃないですか?」

「確かに、それはそうですが……、いいんですか? 聞くことが逆に自分にとってプラスになるとは限りませんよ? それはそのままリーゼリット様にとって知りたくもない事実を知る羽目になることかもしれません」

 

「それでも、です。私は知りたいいいえ、知らなければいけないんだと思います」

 

 レイジに言われた、何も知らない、奪われたこともないからこそそう言えるのだという言葉はリゼの中でずっと渦巻いている。

知ることが出来れば何かが変わるのだろうか。それとも、自分自身がそう思いたいと願っているだけなのだろうか。確かなことは分からない。わからないからこそ、自分と同じであると告げた散華の物語を聞くべきであると彼女は思ったのだ。

 

「そうですか、別に何一つとして面白い話ではありませんけれどね。では、聞かせましょう。運命に総てを奪われた、見苦しい女の話しです。あれはそう、私が17歳だった時、私が初めて、人間の命を奪った日のことです」

 

 




次回は1話マルッと散華の過去回です!

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