Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――ヨーロッパ・エーデルフェルト家――
「10年前には、ついぞ考えたこともなかったわね。まさか憎き七星の一族が、我が栄光あるエーデルフェルト家の敷居を跨ぐなんて」
「許可は神祇省と主人を通して、貰っているつもりなんだけどなぁ」
「ええ、それは勿論。正式な訪問の手続きを貰ったのであれば、こちらとしても歓迎しないわけにはいかないでしょう。親交深き仲ではないとしても、聖杯戦争に手を染めてきた者の1人として、遠坂家当主の夫人を招くくらいの度量は私だって持ち合わせています」
紅茶の香しい匂いが鼻腔の中に入り、並べられた調度品との調和によって、ただそこにいるだけでも、どこか王族の宮殿の中にいるような場違いな感覚を思わせる部屋の中、まさしく貴族と言う存在の居城と言うのはこのような場所を指し示すのだろうと思わせる最中に、二人の女性が対面で座っていた。
決して朗らかな友人同士という間柄には見えず、さりとて、敵対する者同士が利害を合わせるために死地に赴く気持ちで対峙しているように見えるわけでもない。
珍しい形での緊張感を佇ませながら、この屋敷の主と本来であれば決して訪問者になりえなかった相手は10年ぶりの再会を果たしていた。
――屋敷の主の名は、リーナ・エーデルフェルト、魔術の名門エーデルフェルト家の当主であり、この10年の歳月を経て、緩やかな没落へと進み始めていたエーデルフェルトに再び栄華の時代を甦らせた才女である。
――そして、訪問者の名は遠坂桜子、日本・秋津市の裏の支配者ともいえる遠坂家の当主夫人である彼女は、本来であればこのエーデルフェルトの家の敷居を跨ぐことすらも許されない相手であった。
何故なら、彼女の旧姓は「七星」、今より25年前の聖杯戦争にてエーデルフェルトの当主を倒し、エーデルフェルトの名を地の底にまで追い落とした相手の娘こそが彼女なのだ。10年前の折には、七星とエーデルフェルトは再び激突し、その結果としてエーデルフェルトは再興の道を辿ることとなった。
いわば、その時の当事者同士なのである。七星によって没落していくばかりであった可能性を持つエーデルフェルト側からすれば、桜子に敷居を跨がせることなど、本来であれば絶対に認めることができない筈である。何も姓が変わったからなどと言う詭弁を通して許しを得られるほど、エーデルフェルトと言う家の歴史は浅くはない。
では、何故、今このような対談が許されているのかと言えば、やはり当主であるリーナの鶴の一声によって実現されたといえるだろう。
言うなれば、これもまた宣言なのである。もはやエーデルフェルトにとって、七星などと言う存在は過去の傷に過ぎない。今更その因縁を持ち出して、一族の恥を晒すような無作法を、生まれ変わったエーデルフェルトが犯す道理など何処にもないと自身に、そしてエーデルフェルトの一族に宣言しているようですらあった。
これは生まれ変わったエーデルフェルトの決意の現れであり、それを示していることに他ならない。ならばこそ、両者ともに、この場を取り持つことが出来たことによって得られるものが生まれてくる。
「それで要件は? まさか、10年ぶりに昔話をしに来たわけでもないでしょう?」
「それはそれで私としては悪くはないけれど」
「お断りよ。貴女と語ることなんて憎らしいことしかないもの」
「まぁ、それは同感。10年前の自分を振り返ってみると、色々と恥ずかしい思い出ばっかり浮かんでくるし。良い思い出ばっかりだったわけじゃない、むしろ苦しいことの方が多かったとは思うけれど、私は少なくとも嫌とは思わないかな。
今の私があるのは、10年前にあの聖杯戦争に巻き込まれたから。そして、貴女のお兄さんと出会ったからでもあるわけだから」
「感傷ね、私が相手では不服だった?」
「まさか。自分で言ったでしょ? 遠坂家を相手にしているんだって。なら、こちらも同じ、エーデルフェルト家の当主に訪問を申し込んだの。お互いに昔の思い出に浸るだけではいられない。そうでしょう、リーナさん」
桜子の言葉に、リーナは紅茶に口をつけながら、半目を開き、彼女を見る。10年前は世界の事なんて何もわかっていない、自分の事ばかりの小娘に過ぎなかった。ただ七星の力によって、自分たちと渡り合っていた典型的な才能に愛されただけの少女。
それは自分の兄ととても似通っていて、必死に修練を積んだ自分などよりも遥かに兄に目を向けられていた様子は、かつてのリーナにとっては言葉には出さないまでも明確な嫉妬の対象だった。
他人に嫉妬すると言う感情は何も恋慕の感情から生まれるだけではない。認めてほしいと思っている相手に対して、より目を掛けられている相手に向けるものとて嫉妬の対象ではあるのだから。
ただ、10年前に比べて互いに心の余裕が出来た。桜子は聖杯戦争を通して自分の出自を知り、多くの知己を得て、互いに認め合ったパートナーを得た。
リーナは兄と家から与えられ続けてきた劣等感を払しょくし、自分自身の実力を以てエーデルフェルトを建て直した。
だからこそ、互いに直接的な言葉にしなくても、10年前の出来事を過去の出来事として割り切ることができる。そういう前提の上に成り立った対面であるからこそ、言葉は流ちょうに流れていくのだ。
「世間話をしに来たわけではないでしょう。用件を聞きましょう」
リーナが先を促すと、桜子は自身の荷物の中から、一つの封筒を取り出す。その封筒を皮切りにして幾つかの小物がテーブルの上に置かれた。
「用件は二つ、一つは10年前の聖杯戦争の折に秋津市に残されたセレスティーナ・アルブレヒトの遺品をアルブレヒト家に返還したいと思っています。
10年前から、ノルンちゃんを通してずっと私が管理していたのだけれど、やはり、本来の家族の下に返すべきだと思って。ただ、私ではアルブレヒト家に対して伝手があるわけでもないので、主人と相談をした結果、エーデルフェルトを頼るべきだろうと考えた次第です」
「私達は体のイイ使用人ではないのだけれど……、ですが、いいでしょう。そのようなほんの少しの手間を掛けるだけで済ますことができる用事であれば、こちらとしても断る理由がありません」
「………」
「何ですか、珍しいものでも見るような顔をして」
「いや、失礼なことを言ってしまうと、本当に受け入れてもらえるとは思っていなくて」
「遠坂に借りを作ることができるのならば、この程度の事は容易いことでしょう。まさか、自分の妻の頼みごとを知らぬ存ぜぬを通す当主でもないでしょうからね」
あっさりと後々に借りを変えさせる算段があると言う様子のリーナに桜子は丁寧に頭を下げて、セレスの遺品を渡す。
リーナが約束を反故にすることはないだろうと踏んでいるし、桜子としては大きな荷物を漸く下ろすことが出来た気持ちでいた。
それまで緊張感から口をつけずにいた紅茶に口をつけると口の中で広がっていく酸味とほのかな甘みの調和に桜子は無意識に目を見張ってしまう。
「美味しい、ですね」
「当たり前でしょう、客人に出すものに手を抜くようなことをするものですか。日本人は遠慮をすることがそのまま美徳であるように思っていますけれど、差し出されたものに手を付けない方が失礼ではなくて?」
「面目ない……」
「それで?これだけのために訪れたなんて話ではないでしょう。用件の二つ目、本題の方の話しをしなさいな」
リーナから先を促すように告げられ、紅茶のカップを置き、コホンと桜子は咳払いをすると、彼女の言うように本題へと話を進める。
「私やリーナさんが当事者となった聖杯戦争から既に10年、聖杯戦争を企画したアフラ・マズダは何ら傷を負うこともなく私達の前から消え去った。そして、魔術協会や聖堂教会、そして神祇省からも新たな聖杯の反応が感知されたと私たち、遠坂の家にも連絡がありました」
「ええ、当然、聞き及んでいるわ、セプテム国において聖杯の反応あり、此度の聖杯戦争は反応した聖杯の魔力の大きさからも、過去最大の規模での戦いになるだろうとね」
「一応聞いておきますけれど、エーデルフェルトは?」
「これまで聖杯戦争がセプテムと言う国で行われた形跡は一度もなかった。加えて14人のマスターによる聖杯を巡る戦い、明らかに裏の意図があることは明白、一度は聖杯を掴んだ我々がそのような見え透いた災厄へと足を踏み出すと思う?」
「……安心しました。できることならエーデルフェルトとは事を構えたくありませんでしたから」
「その口ぶりからすると、貴女は参加するの? 興味があるわね、どちら側で?」
「私はマスターとして参加はしません。聖杯戦争から数年間、神祇省に所属していたことがあったので、そちらでマスターとして参加する方がいるので、その護衛として参加します」
「………そう。私は貴女はマスターとして参加するのだと思っていたわ。10年前の貴女なら、迷わずに参加していたでしょう?」
リーナの言葉に桜子は目を伏せ、それから微笑を浮かべる。
「私はこの10年間、苦しいことも楽しいこともたくさん経験してきました。勿論、七星の血があることで不当な扱いを受けたこともあるし、七星の血があったからこそ解決できたこともあります。ただ、自分の人生を俯瞰的に捉えて、今の自分は幸福です。
万能の願望機という力を求めて、誰かを貶めるのではなく、私は主人と……蓮司と一緒にこの血の宿命と向き合って行こうと決めました。いずれ迎えるかもしれない新たな命の為にも、七星の血を抑制することは、私たち遠坂の命題です」
その言葉は10年前の彼女が自分自身の中で浮かび上がっていた自分自身の人生への向き合い方の一つの答えであった。
七星桜子にとって七星の血とは幸福も不幸も同時に与え、同時に掴むために存在した力、彼女にとってはただ呪うだけの力ではなかった。
抗えない血の宿命よりもなお強い人の愛を彼女は知っている。だからこそ、聖杯の力によって自分の人生を打破するのではなく、自分たちの力で幸福になることを選びたいと願っている。
かつて自分の家族たちが、万能の願望機に頼らずとも、桜子の人生を守ろうとしたように、今度は自分たちが次の世代の為に尽くす時なのだと思う事が出来ている。
「そう、立派ね。結局の所、人間一人の人生が聖杯と言う万能の力によって願いを叶えたとしても総ての願いが叶う訳じゃない。最後に自分を納得させることができるのは、自分が自分の人生で何をしたか。願望機任せですべての願いを叶えたところで、必ずそこには虚しさが生まれるものよ」
リーナの零す言葉はエーデルフェルトとしての言葉ではなく彼女自身の言葉であろうか。桜子はリーナの過去を知らない。エーデルフェルト家に10年前まで潜んでいた闇の深さを知りはしないし、リーナと彼女の兄との間に広がっていた不穏すらも聞かされれば驚きを覚えるほどであろう。
ただ、その言葉にリーナが単純に栄光あるエーデルフェルトの当主として上だけを向いて生きてきたわけではないことは理解できた。それをあえて聞きただすような無粋さを今の桜子は持ち得ない。しばしの静寂の時間を得てから、桜子は話を続ける。
「ただ、聖杯戦争自体に参加はしなくても、この聖杯戦争の裏には間違いなく私たちの聖杯戦争に介入してきた存在がいるはずです」
「善神アフラ・マズダ、私も10年前にその声を聴きはしたけれども、俄かには信じがたいわね。聖杯の中に潜んだ神、そんなものが……と思う事もおかしいのかしら。聖杯を手にしたエーデルフェルトからすれば、この世界の万物に何が潜んでいようとも、それはありえると考えるべきなのだから」
「私の母は聖杯を掴み、アフラ・マズダを封じました。けれど、あの神がいつまでもその状態に甘んじているようには思えない。この10年は空白の時間、彼にとってはその目的を達するための準備期間であると私は思っています。
セプテムの聖杯がアフラ・マズダにとって目論見があるがために開かれるのならば、私は今度こそあの神と決着をつける。それが、私の目的」
「………そう、結局、貴女は10年前とその根は変わらないわね。荒唐無稽ともいえる理想を叶えることに邁進する姿は何一つ変わっていない」
「美点だと思っているので」
「臆面もなく良く言うわ。けれど、桜子、貴女が神祇省側に立つと言うことは、セプテムに集っている『七星』と対立すると言うこと。その意味は分かって?」
リーナが口にした言葉に、桜子も目を細め、意を決したように言葉を続ける。
「そこは私も聞いておきたかった所です。七星は日本で生まれ、そして大陸に渡った者たちもいる。それは父や兄からも聞かされました。そして神祇省にて、セプテムは世界各地に散らばった七星の一族が建国した国であるとも」
「そうね、そしてセプテムはこの10年の間に周辺諸国に対して外圧的な行動を取り続けている。国内でもその不穏な行動には批判が多く生まれ、国王派と土着の貴族派で内部分裂が起こっているとまで聞くわね。それはとても不自然なこと、現代国家としてそのような示威的行動を取り続けていれば周辺国からも睨まれて自分たちの立場が悪くなるばかり。
それでも、この10年、セプテムは常にその行動を取り続けてきた」
「そして、聖杯戦争の舞台となった」
「私にはこの10年のセプテムの行動は総て、聖杯戦争を見越して行われていたようにしか見えない。あの国は七星によって生み出された。此度の聖杯戦争はセプテム国内に置いては国王派の七星と反対派の魔術師たちの国家の方向性を問うための戦という一面もあると聞くわ」
「さきちゃ―――姫様も確かに言っていました。おそらく、自分たちは最初から撒き餌の立場に過ぎないんだろうって」
「………大陸に渡った七星たちは、細い糸で常に繋がり続けてきた。中国の「星家」、イタリアの「ステッラファミリー」、中東の「ナジェム」、そしてセプテムの「エトワール王家」、星の名を冠するそれぞれの一族は、それぞれの成長を果たしながらも、何かしらの目的のために繋がり続けている。その目的こそが、此度の聖杯戦争が開かれる理由とも繋がっているのかもしれないわね」
エーデルフェルトとしても此度の聖杯戦争については徹底的に裏を洗った。前回の聖杯戦争の間隔は15年、対して此度は場所を変えての10年間隔、あきらかに異常であり、魔術協会とも歩調を合わせて、その真贋を確かめるためにあらゆる手を尽し、結果として参加を見送ることとした。
理由など言うまでもないだろう、セプテムと七星、そしてその裏にある存在、最初から此度の聖杯戦争は総て七星のために開かれる戦であり、呼びこまれた外部の者たちは総て当て馬に過ぎない。そのような予測が立てられる程度には、歪な聖杯戦争であり、勝ち残ったとしても、その聖杯が自分たちが獲得したあの聖杯と全く同じ存在であるのかすらも怪しいと来れば、参加を見送るのは当たり前の判断であったと言えよう。
「だから、気をつけなさい桜子。貴女と同じように魔術を無力化し、魔術師を断つための刃を秘めた魔術師が7人、彼らは共通の目的のために徒党を組んで攻撃を仕掛けてくるわ。セプテムに向かうと言うことは自ら死地に飛び込むことも同然」
「ありがとう、リーナさん。リーナさんからそんな言葉を貰えるなんて、それだけでもここまで来たかいがありました」
ニコリと笑う桜子にリーナは毒気を抜かれる想いだった。どれだけ脅したところで彼女は引き返すようなことはしないだろう。その向こう見ずこそが桜子の強さであり、自分たちに並び立つほどの実力を発揮する源泉となったのだから。
カップの中の残り少ない紅茶を口に含み、空になった紅茶を用意された皿の上に乗せると、桜子は改めて頭を下げた。
「今日は貴重な時間を作ってくださってありがとうございます。10年ぶりで、親交を温めるほどでなかった私に気を掛けてくれて本当に感謝しています」
「別に。気紛れよ……、10年も経てば互いに気持ちも変わるモノでしょう?」
「……はい」
「…………」
「リーナさん?」
続く言葉が何かあるのかと思われた折に、リーナはどこか忙しなく目線を動かし、何かを言うべきかどうか迷っている様子が見えた。その様子が不思議に思えて桜子は疑問の声を投げ、リーナはその声に観念したように息を零した。
「七星桜子、先ほど、貴女に借りが作ったと言いましたね。一つ、こちらからも貴女に頼みたいことがあるの」
「私に? できることであれば何でもおっしゃってください!」
桜子が胸に手を当てて、任せてほしいと言う様子を浮かべると、リーナは立ち上がり、調度品の引き出しの中に供えられた宝石箱のような小物を取り出す。
それをテーブルの上に置き、小物の蓋を開けばそこには、蛇のような何かが巻き突いた柱のようなものの、石片がいくつか収納されていた。
「セプテムの貴族派はあなたたちのように多くの実力ある魔術師たちに声を掛けているそうよ。七星に勝るためには圧倒的な力を持つ魔術師たちの協力が必要不可欠であると理解しているのでしょうね。
ならば、必ずあの人にも……、ロイ兄様にも招待の声はかけられているはず」
ロイ・エーデルフェルト、10年前の聖杯戦争の最終的な勝者、エーデルフェルトの当主としてその圧倒的な魔術の才覚を以て、聖杯戦争の勝利者となった稀代の天才魔術師である。
聖杯戦争が終わったのちには、自身はエーデルフェルトの当主の座を降りて、世界放浪の旅に出ている。
「ロイの居場所、リーナさんでもわからないの?」
「ええ、知らないわ。努めて調べようとも思っていなかったしね。私達エーデルフェルトにとってロイ兄様は過去の人、もしも、ロイ兄様に頼るようなことがあっては、私達エーデルフェルトはロイ兄様と言う力に頼って、分裂しかねない。
10年を経て、エーデルフェルトは一つに纏まろうとしているわ。あの人は自分で自分の人生を開くために家を出て行った。なら、私が今更、足取りを追う必要なんてないもの」
「信じているんですね」
「ええ、世界で最も強い兄ですもの。信じない理由が無いわ。ただ……、そんな兄様をしても此度の聖杯戦争は何が起こるのかわからない。兄様が参戦して来ると知れば、必ず七星たちはその対策をしてくるでしょう。何せ、エーデルフェルトと七星はかつての聖杯戦争で最後を争いあった者同士なのですから」
ロイ・エーデルフェルトが七星の戦場に出てくる可能性は非常に高い、ましてや聖杯戦争で七星に勝つことを祈念すれば、ロイを封殺するための手段を考えることは至極真っ当であると言えるだろう。
如何にロイが最強の魔術師であるとしても、人間であることに変わりはない。絶対に死なないなどと言う保証がない以上、七星は勝つために彼らなりの最善を尽くして来ることだろう。
「七星桜子、貴女にはこの触媒をロイ兄様に渡してほしいの。兄様はおそらく、現地でサーヴァントの召喚を行うでしょう。何せ、誰を召喚したとしても十全に活躍させることができるのが兄様なのだから。
けれど、最善を尽くすのならば、兄様に相応しい英霊を召喚しなければならない」
「だから、この触媒を使って召喚をしてほしい、そういうこと?」
「エーデルフェルトは此度の聖杯戦争に一切関与するつもりはありません。貴女とこうして顔を合わせていることだって、個人的な話でしかありませんから。
もしも、ロイ兄様が既にサーヴァントを召喚しているようであれば、それで構いません」
「もし、そうであったとしても、これをロイに渡す事だけはさせてもらいます。リーナさんの想いが詰まったものだから。きっと、ロイもそれが手元にあるのなら、余計に奮起すると思いますから」
そんな折に、桜子の持っている携帯電話に着信音が鳴る。リーナに目配せをしてから、桜子が電話に出ると耳障りな甲高い声が聞こえてきた。
「はい、もしも――――」
『おらぁ、桜子、お前、いつまでうちらを待たせとくんや。ええ加減に合流せぇや!!』
「ちょ、朔姫ちゃん。今、エーデルフェルト家で大事な話をって―――」
『姫様って呼べ言うとるやろ、しばくぞ、ほんまに!! ちゃっちゃか切り上げてほよセプテムに来いよ、お前はうちの護衛やろうが!』
「今日一日は暇を貰うって言ったじゃない、無茶言わないでよ……」
『冗談や、冗談、挨拶みたいなもんやろ、ただ、来るならほんま、はよしてくれ。たぶん、今日、明日には始まるで』
「――――――」
『こっち側もキナ臭くなっとる、初回くらいはうちも姫も持ちこたえられる思うけどな、タズミのアホがデカい面しとる限りは上手くいくもんも上手くいかへんからな。桜子の力が必要になるんは間違いない、頼むで!』
などと言いたいことを言いきって、桜子のクライアントである八代の姫は自分勝手に電話を切ってしまう。
思わずため息を零したくなるが、桜子も彼女が直接連絡を入れてくるなど、思ったよりも悪い事態になりかねないのだろうと長い付き合いで理解できている。
本当に開戦まであまり時間は残されていないのかもしれない。どれだけ早くセプテムに到着することが出来たかによって、状況が変わるのならばすぐにでも出立しなければ。
「行くのね」
「ごめんなさい、持て成してもらったのに、こんなにいきなり――――」
「構わないわ、元々、貴女なんて家に入れること自体が異例なんですから。さっさと出て行ってくれた方が清々するわ」
などとリーナは悪態をつく。桜子は託された小箱を持ち物袋の中に収納し、リーナへと一例をしてから、部屋の扉へと進んでいく。
「桜子」
扉に手を掛けようとした時に、リーナの声が背中越しに届く。
「――――兄様のことを、どうかお願いします」
「リーナさんの想いはちゃんと届けます。安心してください、私だって10年前とは違いますから」
最後の言葉を交わしあって、桜子は応接の部屋を出ていく。廊下を歩き、玄関を出て、広い広い庭を出れば―――欧州の風が桜子の頬を、髪を伝っていく。
「さて――――行くか。あたしにとっての10年の為に、私にとっての未来の為に」
セプテムへと足を進める。そこは果たして地獄なのかあるいは全く違う景色が見えるのか、桜子にとっての10年ぶりの聖杯戦争が間もなく始まる。
そして、七星としての因縁を終わらせるための戦いが……