Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
「ああ、そっか。私、殺したんだ。そうか、私が、私が殺しちゃったんだ。あはは、あは。あっははははははははははははは!! 私、やっぱり、七星の魔術師だったんだ」
17歳の誕生日――――私は、初めて人を殺しました。初めて、自分の身体に流れている七星の血を自覚しました。どれだけ拒んだとしても避けることができない運命というものがこの世界には存在していて、それを享受しなければならない不幸な人間という者がこの世界に一定数存在しているのだと。
そして、私もそんな一人であることを私はその日に自覚したのです。
「だから、何回も言っているでしょ、私は七星の魔術師になんてなるつもりはありません。勿論、七星の家を継ぐために子を為すことは認めました。けれど、それは私がその相手を見つけます。私は、ただの学生です。今更、七星の魔術師になんてなるつもりはありません!」
「分かっているのか、散華、お前は七星宗家の人間なんだ。あのようなどこの馬の骨とも知れないような男と付き合って、そのままあの男の種でも仕込まれてみろ。そうなれば、七星宗家の血が穢れる!」
「それが? 今更宗家の血が何だって言うんですか? 元より名前を引き継いでいるに過ぎない私達の血に少しくらい他の血が入り込んだところで何をそんなに怯えるんですか?」
「お前の人生はお前だけのモノではない。お前の人生は七星宗家の後継者としての人生だ。この家に生まれた以上、この家の作法に従うのが道理だ。それが魔術師というもの、お前の身体に流れている魔術回路の意味だ!」
「私は好きでこの家に生まれてきたわけじゃありません。私には友達がいます、好きな人がいます。私の人生は私のものです、数百年ぶりの逸材とかなんだとか、関係ありません。貴方達の言っていることは只の時代錯誤です」
「散華ッッ!」
「一つだけ、私自身が不幸であったと思うことがあるとすれば、私がもっと昔の時代に、いまだ神秘がこの世界に根差していた時代に生まれていればよかったと思いますよ。そうすれば、私の才能というものも、いかんなく発揮することが出来たかもしれないというのに」
七星宗家に生まれた、私の人生は最初の一歩の時点で全て決まってしまっていた。七星宗家の血を受け継ぐ後継者、魔術回路、七星の血の濃さ、すべてにおいて、七星の歴史に名を残した女傑、七星桜華に及ぶほどの力を持った逸材、生まれてから、物心つくまでもついた後も私が家族から言われてきたことは総て、私のことではなく、私の魔術師としての才覚、そして私が如何に七星宗家を受け継ぐに相応しい存在であるかだけであった。
何もわかっていない子供のころは持て囃されることを喜ぶだけで良かった。自分は特別な存在で、自分は選ばれた存在であるのだと自覚するだけで、私の自尊心は満たされ、七星としての修業を積むことも決して苦ではなかった。
けれど、それは幼少期の頃の話しであるだけ。年齢を重ねていくごとに私は、私の周囲の子供たちと私が隔絶された存在であることを自覚していく。
同じ立場、同じ土俵で比べるからこそ、優越感が増していく。けれど、最初の土台からして違うのだとすれば、それはただの異物だ。七星宗家の魔術師である七星散華は悲しいくらいにこの政界の中では異物でしかないのだということを理解させられていく。
自分が優れている場面を見せる機会など訪れない。七星宗家はそう簡単には動かない。宗家を動かすほどの事態に対処して解決することこそが七星宗家のアイデンティティになっていたから、子供の私にお鉢が回ってくるような依頼などありえない。
そうなれば、結局の所、私は1人の人間として、皆と同じを求めるようになる。自分が凄いのは理解できた。でも、それは私が努力をして手に入れたモノではない。最初から持っていたものだ、有難味なんて欠片もないし、むしろ、こんなものがなければ、もっとあっさりとみなと同じように生活することが出来たんじゃないかとさえ思えた。
誇りなんてもので自分の人生は豊かにならない。現代日本に生まれた女であれば、戦いなんて無縁であるし、もっとお洒落とか恋愛に興味が湧くのは当たり前のこと。誰もが競争相手になっていないジャンルで勝負をしたって何の面白味もない。
だから、私は自分が七星宗家であるということを徐々に徐々に忌避し始めていた。自分の人生の中で最低限のかかわりだけを保つことができるのならばそれでいい。生まれを変えることはできないから、七星の家の血を絶やすことはできないと分かっている。
分かっているけれど、私の人生は私が選ぶ。誰と結ばれて、血を次代に受け継ぐのかだって本来は私が選ぶべきだ。
「お前がそのような態度でいるから、分家が幅を利かせるのだ。このままでは、七星桜子を擁する神祇省に我々はどうされるのかもわからんのだ!」
「知らないですから、そんなこと。そもそも、私達が何もしないのに、その分家の方がこちらに手を出してくる理由があるんですか?」
「七星宗家を上回った分家がある。その栄誉を手にするだけで十分に仕掛けてくる理由になるだろう!」
「話にならない……」
宗家の人間たちは未だに、七星宗家という存在がこの日本で大きな力を持っているのだと信じている。そんなことはない。宗家も分家も淘汰されてきている。その事実を分かっていても捨てきれないからこそ、彼らはこんなにも必死に声を上げずにはいられない。
憐れな人たちだ、時代に取り残されている。私は嫌だ、自分の人生を生きていきたいと思っているし、この人たちのように時代に取り残されるようなことはしたくない。
「私は私の好きにします。七星の血は残します。それでいいでしょう?」
「散華よ、お前は何もわかっていない。七星の血は呪いだ、我々を縛り続ける祝福であり、同時に呪いなのだ。お前がどれだけ願った所でそれを亡くすことはできない。それこそ、聖杯にでも祈りを捧げない限りは」
そんな苦し紛れの脅しなんてもう何度も何度も聞き飽きてしまった。私は私なりの人生を生きるだけのこと、それを邪魔される謂れはない。
・・・
「七星さん、なんだか機嫌悪い?」
「え、そんなことありませんよ、先輩ったら、もっと私のことちゃんと見てください~」
「そっか~、そんな風に見えたんだけどな、俺もまだまだ七星さんのことわかっていないなぁ」
「そうですよ、それと、二人の時は散華って呼んでほしいって言いましたよね?」
「それは……ちょっと恥ずかしいって言うか、心の準備が」
「もう~、せっかく付き合い始めたんだから、いいじゃないですか! 先輩ってば変な所で奥手なんですから!」
などと私は頬を膨らませて、七星の問題のことで苛立っていたことを忘れさせようと努める。隣を歩いているのは、最近付き合い始めた1歳年上の先輩、互いに同じ部活に所属していて、前から格好いいなと思っていたところに仲良くなることが出来たので、私の方からアタックして、つい最近交際することができるようになった。
付き合ってみると、顔だちはいいのに、なんだか奥手で、なかなか進展することが出来ないんだけれど、それもまた青春の一ページって感じがして、私としては相応に満足する気持ちは抱いている。我ながら現金というかなんというか……焦りを覚えているのは事実なのだろう。
七星の血の呪いなんて、私を脅かすために宗家の人間がそのように言っているだけに過ぎない。私はそう思っている。七星の魔術師としての訓練は積んでいるし、決して家とたもとを分かちたいわけじゃない。ただ、私は普通の恋愛をして、普通の女として生きていきたいだけなのだ。
そう思えば思うほど、自分の目的を成就させなければと思ってしまっているのも事実ではある。先輩と付き合ったのだって、普通の女性として生きることができないかもしれないという自分自身の焦りから生まれたものだ。
「先輩は……私のことを受け入れてくださっていますか?」
「散華ちゃんのような綺麗で可愛い娘が自分の彼女なんだから、当たり前じゃないか」
「嬉しいです、もしも、もしもですよ、私が隠し事をしていて、先輩にも言えないようなことを隠していたら、先輩はどうしますか?」
「それって何かを隠しているってこと?」
「え、いえいえ、そんなことはありませんよ!」
我ながらウソが下手だ、でも、先輩は何となく察したうえでニコリと笑って、
「散華ちゃんがどうしてそれを隠していたのかを聞いたうえで、納得できるのなら受け入れるよ。誰だって秘密の一つや二つは抱えているものさ。だから、俺の知らない何かを隠していたとしても、仕方がない。だけど、いつかは教えてほしいな」
「だからもう、もしもの話しだって言っているじゃないですか~」
「ごめんごめん、そうだったね」
きっと先輩はささやかな隠し事をしているのだと思っている。まさか、私が七星の暗殺者の家系であるなんて夢にも思っていないだろう。
先輩が私の伴侶になるかはわからない。こんなの子供の恋愛でいつかは終わりが来ると言われればそれまでだけれど、もしも、このまま付き合い続けていったら、先輩は私を受け入れてくれるだろうか。後ろ暗い事情しかない七星の家に入ってくれるだろうか。
もしも、もしも、私が七星の家の人間でなかったら、もっと、もっと楽に、人生を考えていられたかもしれないのに……なんて、そんなことを考えるだけ無駄であることは分かっている。私は物わかりがいいのだ。分別くらいはちゃんとつけている。
「散華ちゃん、そろそろ誕生日が近かったよね?」
「はい、もう17歳なんですね、早いな~」
そう、あともう少しで自分の誕生日がやってくる。先輩が私の誕生日のことを覚えていてくれたことに喜びの感情を覚えつつも、個人的な事情で17歳になるということを思い起こして、胸にちくりとした痛みを覚える。
『分家の女、七星桜子は17歳で七星の血に目覚めて、聖杯戦争を生き残った双だ。散華、お前とほとんど年齢も変わらない時分にだ。それなのに、お前は――――』
宗家の人間に言われた言葉が甦る。知ったことじゃない、そもそも、その分家の女性のことなんて一度もあったことがないのに、理解しているはずもない。宗家とか分家とか考えていること自体が馬鹿馬鹿しい。
本心を言ってしまえば、その分家の凄い女性を宗家の後継者にでも何でもしてしまえばいいのだ。真に優秀な遺伝子を持つに人間の後継者が欲しいのならば、やる気のない私を跡取りにするよりもその方が絶対に七星の為になると思うが、分家よりも宗家の方が優れていることを証明することに躍起になっている者たちにそんなことを言った所で馬の耳に念仏もいい所なのは分かっている。
「えへへ、できれば先輩からも何か誕生日プレゼントいただきたいな、なんて思っちゃたりして……」
「勿論、必ず用意するよ、散華ちゃんが喜ぶプレゼントを、ね」
少しでも自分の中に宿っている忌まわしい記憶に蓋をしようと、先輩におねだりをする。分家の人間が聖杯戦争を勝ち残ったことは、宗家の私の人生に大きな影響を与えた。なんでも、魔術師同士の争いで、これまでまったく名前が上がることがなかった分家の人間が勝利をしたらしい。加えて、魔術師の組織か何かに入り込んだと。
私にとってはそうでしかない情報であるのだが、これも宗家の人間たちからすれば、宗家よりも分家の人間の方が優秀に見える出来事が起こってしまったということになるらしい。ここ数年、私を取り巻く状況は激変している。
分家の人間に負けるわけにはいかない。散華、お前がそんな調子だから、後継者としての自覚が、もしも、宗家が無くなるようなことになればどうなるのか、そんな聴きたくもない言葉を何度も何度も聞かされてきたからこそ、私は必死にその記憶に蓋をするために好きな人と過ごす幸せな日の記憶で埋め尽くそうとしていた。
誰が何を言おうともこれは私の人生、私の人生の邪魔をすることなんて誰にもできない。例え誰が何を望んでいたとしても、私の意志が覆るはずがない。私はそう思っていた。
けれど、その思いは甘かったという他ない。結局私は最悪の形でその想いを裏切られることになるのだから。
「はぁ……はぁ……はぁ……なんで、なんでこんなことになってるの!?」
17歳の誕生日、先輩と会って、一緒に誕生日を祝って、そして忘れることのない思い出を作って、そして、そして……いろいろ考えていた。この日が来るのを待ちわびていた。
なのに、どうして、今、私は―――――追われているのだろうか。帰り道、一度、先輩と別れて、家に戻ってからすぐに合流しようと言って、別れた道すがらでフードを被った謎の存在に付け狙われた。身に覚えのない出来事、突然、自分に振りかかってきた悪意、それを振り払うことなど許さないとばかりに、その悪意は私の後を追いまわすように執拗に追い回して来る。
『お前が七星宗家の後継者である以上、お前もいついかなる時も命を狙われる可能性があることを自覚しろ。何度でも言う、お前は七星の後継者なのだから』
思い出したくない言葉が脳裏に過る。あの時に言われたことはこういうことなのではないかとこれまで、どこか他人事でしかなかった七星という二文字が、唐突に自分の日常を侵食して来る。
「ダメ……、いつまでも逃げていてもらちが明かない。そもそも、こんなことをずっと続けていたら、先輩との約束に間に合わなくなる」
そうだ、そもそも、今日は自分にとっての記念日、どうしてこんな日にわざわざ自分は追い立てられなければならないのかと自分自身の境遇についてさえも苛立ちが浮かんでくる。その気持ちを払しょくするために私は、自分の身体の中に宿っている魔力を励起させていく。
「―――――――!」
一瞬にして、自分の身体が沸騰するように熱くなり、何かのスイッチがオンになった感覚を覚える。私の身体に宿っている魔術回路が励起し、思考も視界も一気にクリアになっていく。加えて、認識能力が格段に増した。自分を追ってくる相手の行動が、まるで相手の行動パターンを全て頭に叩き込んでいる様に、読み通せる。
「これが、七星の血の力……!?」
動きに変化が生まれた私に対して襲撃者が攻撃を振う。難なく回避、これまで実戦なんて一度も経験したことがないにもかかわらず、本気の殺意を向けられているのに、私はあっさりとその攻撃を回避して見せた。
(やれる、これなら……っ!)
襲撃者の目的は見えない。けれど、無力化してしまえばいい。そもそも、自分を襲ってくるような相手なのだ、生かして帰す道理がない。七星に牙を突きたてるような連中は皆殺しにしてしまえばいいのだ。
七星の血を解放したからなのか、凶暴な思考が自分の中に渦巻いてくる。逃げるのではなく、相手を叩き潰すこと、あるいは相手を殺害すること、理性ではなく本能がそれを正しいと伝えてくる。お前の正しい在り方はそれであると。
「はぁぁぁぁッ!!」
「―――――!」
相手が驚きの表情を浮かべる。武器はない、この10年間、七星流剣術を学び続けてきたことで、身体の素地は出来上がっている。
惜しむらくは七星の魔術師として最低限の習得しかしていないことから、身体捌き自体は出来ていても、無手での戦闘を実行することはできない。優れた七星の暗殺者であれば、何も持ち得ない状態からでも相手を殺すことができるのかもしれないが、実戦が初めての私にはそこまでのことはできない。
ただ、無力ではない。相手は突然、迎撃に出た私に対して、驚きを隠せずにいて精彩を欠き始めている。対して私は七星の血が私に正解を囁いてくれる。理性ではなく本能が身体をに教えてくれている。
(凄い、これ、正解が分かる。まだ、私の身体がその正解の動きに反応しきれていないけれど、もしも、私の身体が全て反応できるようになったとしたら……)
七星の血が与える正解に限りなく近い動きが出来る。それだけで並大抵の存在にとっては脅威となりえる力が発露される。これまで七星の血を一気に開放することがなかった散華にとってそれは、自分自身の中に湧き上がる全能感を覚えるものに他ならなかった。
(やれる、これならッ――――)
そう思った矢先であった。待ち伏せをしていたかのように無数の人影が一気に襲い掛かってくる。数は四人、追跡者も含めれば誤認が一気に散華へと襲い掛かって来たのだ。
(複数、だけど、逆に言えば)
襲い掛かってきた相手の1人の攻撃を空中で華麗に躱すと、そのまま、相手の武器を握る手を掴み、鞭をしならせるように振り上げ、ゴキリと相手の腕が破壊される。
そのまま、相手の握っていた刀を奪うと散華は何ら迷うことなく、その刃を相手に振り下ろす。
「ごぎゃぁぁぁ」
「―――――――――」
一撃で相手の命が終わりを迎えたことを理解する。自分が人の命を奪ったのだと。
(私が人を殺した。ああ、でも、何だろう、何も感じない。ああ、こんなものかって感じ。むしろ、高揚感が凄い。私の血が、私の身体が血を求めている。自分の身体に与えられた役割を果たせと声を上げている)
初めて人を殺したが、まったく自分の中に忌避感が生まれない。路傍の石を蹴り飛ばした程度の感覚でしかないことに驚きを覚えるよりも先に、身体が次の相手を殺せと囁いてくる。ああ、まったく、本当に――――自分はどこまでも七星の血族であったのだと散華は痛感させられる。
流れ作業のように人を殺めていく。一人殺してしまえば、二人殺そうが三人殺そうが、百人殺そうが変わらない。今日は私の17歳の誕生日、これから先輩と祝うというのにそれを邪魔するなんて絶対に許さない。
刀をまるで自分の腕のように使って、自分に襲い掛かってくる下手人たちを払いのけていく。相手も刃物を出して対抗してくるけれども、複数人が相手であったとしても、私の身体は当たり前のように、避けるべき場所を、狙うべき場所を教えてくれる。
返り血を浴びてしまったら、この後どうしようとかそんなことを考える感情はすっかり抜け落ちてしまった。目の前の相手を潰す。自分が生き残るために、七星の魔術師として当たり前のように相手を屠ることだけに意識を集中させていく。
斬れ、斬れ、斬れ、私の身体に、私の心の中で、七星の血に刻み込まれた存在たちが咆哮を上げていく。それに従って、最適な動きで相手を屠り続けていく。
突然の覚醒、相手は完全に虚を突かれていた。対抗などしてくるわけがないと思っていた相手が突然、獅子の牙をむけてきたかのように、数の上で勝っているはずの下手人たちは次々とその数を減らしていく。
切り刻み、命を奪い、そして一瞬にして次の得物へと牙をむけていく。時間はそうそうかからなかった。あっさりと、力の差は歴然であったと言わんばかりに躯の山が築かれていく。
私が一息ついた時には、自分の目の前に襲ってきた下手人たちは全て倒れていた。あっさりと終わりすぎてしまって逆に現実味がない。私は本当に人を殺してしまったのか、なんだか夢の中で全能感に浸っているような感じですらあった。
七星の家に生まれた以上、いつかは体験するかもしれなかった殺人処女はあっさりと卒業してしまった。存外、気分が何も変わらなかったので、好奇心かあるいは、実感を覚えようと思ったのか、相手の顔でも見てやろうと思った。
「…………」
心のどこかでやめておけという声が囁かれる。見たところで気持ちのいいことにはならないぞと自分の短絡的な行動を窘める声が聞こえてくるが、私にとってもどこか帳尻合わせ的なところがあったのだと思う。
人を殺したのにこんなにも機械的な反応をするだなんて許されるはずがない。そんな自分がまだ当たり前にこちら側の人間であることを理解するために私はフードをかぶった者たちへと手を伸ばす。
制服には返り血がどっぶりとついていた。その異常性にすら気づくことなく、相手の正体を暴くことだけに集中している様子はもはや常軌を逸していると言ってもいいだろう。
「いったい、どこの誰が――――――――え……?」
フードを剥ぎ取った私はそこで言葉を失う。倒れて命を失った骸となった存在を私は知っている。知らないわけがない。
「なんで、先輩……、どうして……?」
倒れ、死んでいたのは先輩だった。私がこれから一緒にお祝いをしようとした人が、ついほんのさっきまで一緒に帰っていたはずの人が、死んでいる。物言わぬ骸と化している。
「いや、先輩……返事を、返事をしてください。嘘、嘘ですよね、何かの間違いですよね、嫌、嫌、嫌嫌嫌、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
錯乱するように私は声を上げる。先ほどまでの自分が急に恐ろしくなって体が震えはじめる。どうして? どうして気付けなかったの? いいや、気付けるはずがない。
そもそも、初めての実戦で都合よく相手が知り合いだと気付けるはずがない。それでも、それでも相手が好きな人なら、愛しているのなら気付くはずが出来たでしょう? できない、できるはずがない。だって、だって、私は……、私は、人を殺すことに何の忌避感も抱いていなかったのだから。
「あは、あははは、あっははははははははははははははは」
壊れたように笑い声が空に木霊する。自分があまりにも滑稽すぎて笑う他にどうすればいいのか分からなくなる。
だってそうだろう? 七星の血族であることを認めても、普通の人生を生きていきたいと願っていた女が、ほんの少し七星の血を解放しただけで、普通ではない人生を体験して、自分にとって最も大事な相手の命をあっさりと奪ったのだ。
これで、先輩を守ることが出来たのなら、私は自分の人生の正しさを見出すことが出来ていたかもしれない。だけど、実際にはその逆だ。私は初めての殺人で、最愛の人を殺した。誰よりも自分自身の世界に、七星の運命に巻き込みたくないと思って痛い相手をあまりにもあっさりと殺したのだ。
「私が殺した、私が殺した、殺した、殺した、殺した、そうだ、私が殺したんだ。あははは、アッハハハハハハハハハハハハハ」
壊れそうな精神のバランスをギリギリで保つことができるように、必死に笑い声をあげる。そうでもしなければ今すぐにでも発狂して、自分の首を斬ってしまいそうだったから。
これまでずっと抗って生きてきた。私には、私の人生がある。七星のために生きる人生なんてまっぴらだと、自分の人生を生きている実感があった。でも、そんなの全部嘘っぱち、気付いた時にはすべてが遅かった。私は只、本当の自分を知らなかっただけで、本当の自分が目を覚ましてしまえば、私のささやかな抵抗なんて何一つ意味がなかったのだと、あっさりと実感することが出来てしまったのだ。
それから先のことは正直に言えば覚えていない。死体がどのように処理されたのかもわからない。返り血に塗れ、刃物を持っている女が通報されなかった理由も分からない。あまりにも大きすぎるショックを抱えながら、それでも、私は正気だった。
正気のまま、私は先輩の命を奪った事実を噛みしめながら、家へと戻ったのだろう。
「よくやった、散華。お前は今日、七星の魔術師として生まれ変わったのだ。再誕おめでとう」
「………どういうことですか?」
戻ってきた七星の家で、宗家の人間たちは私を出迎えてくれた。そこには両親もいた。彼らは満面の笑みを浮かべている。まるで積年の願いがようやく達成されたかのように、喜びを露わにしていたのだ。
「この街は我々七星宗家の統べる街だ。その中には、我々の秘奥に手を伸ばさんとする者たちも大勢いる」
「一々潰していればきりがないほどの害虫どもよ。その連中がお前に近づいたのだろう。まったく、三流魔術師どもに近づかれるとは七星宗家も堕ちたものよ」
「だが、見事、見事であった。散華よ、お前は実に素晴らしき七星の魔術師であった。やはり我々の目に狂いはなかった。お前であれば、分家の七星桜子であろうとも決して劣ることはないだろうよ」
「お前の手で七星宗家を復活させるのだ」
「待って、待ってください。じゃあ、まさか、まさか、全て知っていて……」
「ああ、全て知っていたとも。お前が懸想している相手が七星の力を取り込まんとする魔術師であったことも、奴がお前を狙っていることも。純朴な男のふりをして、お前を狙うつもりであったのだろう。まったくもって度し難い。それに気づくことが出来なかったお前は結局、自分で自分を追い込むだけになったな、散華よ」
「あっ……うっ……そん、な……、わ、た、しは……」
足元から何もかもが崩れ落ちるような気持ちだった。私が信じていたもの、私が見ていたもの、それらが一瞬で崩れ落ちていく。私が日常であると信じていたことも、私が自分自身で掴んでいると信じていた幸せもその何もかもが嘘っぱちであったかのような感覚、ああ、まったくもって愚かしいという他ない。
私は七星から解放されたがっていた。けれど、所詮私は籠の中の鳥でしかなかった。どこにも逃げることができない愚かな蛙、七星の呪いから逃げることなど出来ない。それは間違いないことだった。
「散華よ、何も悔やむ必要はない。お前は今日、真に七星の力を使う後継者として目を覚ましたのだ。何も怖れる必要はない。ただ、七星であれ。それだけを信じることこそが、お前の幸福なのだ」
「………は、い……私は、七星の後継者、七星宗家を受け継ぐ者、です……」
ポツリとつぶやく言葉はあまりにもあっさりと私の口から零れてきた。これまでであれば必ず反発したであろうやり取りなのに、心が折れてしまっている私には酷く虚ろに聞こえた。どんな顛末であったとしても、私が先輩を殺したことに変わりはない。
私は自分の誕生日に愛する人を殺した。いいや、きっと、七星散華も今日と言う日に命を落としたのだ。今の私は七星の血を受け継ぐための器、七星の血を最大効率で使うためだけに用意された存在、私に自我はいない。私に自分はいらない。ただ効率よく、ただ暗殺者たれと臨まれた存在をこれからは演じ続けていればいい。
誰も本当の私なんて必要としていない。必要なのは圧倒的な力を見せる七星宗家の後継者だけなのだ。七星散華なんていう存在が求められていることはこれっぽちもなかったのだ。
それが顛末、私は17歳の日に死んで、そして生まれ変わった。然したるドラマなんてない。収まるべきところに収まったというだけの話しでしかないが、そんな言葉で押し通せるようなことではない。
それからの私は感情を殺して、七星宗家の後継者として生きてきた。殺しは当たり前にした、七星の血に適合するために徹底的に魔術を鍛えた。七星宗家の後継者である私の名を轟かせてきた。
苦ではなかった。私には目的があったから。やみくもに闘っているだけだったら、心が折れていたかもしれないけれど、明確に進むべき目的があったからこそ、迷わなかった。
七星の後継者として、宗家の犬として、私が私の才能を十全に扱うことができるようになるまで2年、その歳月が経過する頃にはすっかり私は私の人生を七星に捧げていた。私は七星の後継者となるために生まれてきた者、自分の生れは誰にも覆すことはできない。
どれだけ私が願った所で過去を変えることはできない。私は私の人生を七星に捧げる。それが私の定められた生き方であると理解したから。
「ち、血迷ったか、散華。何故、宗家である我々に刃を向ける。お前は、ここまで育てた恩を忘れたのか!?」
「まさか、育てた恩を忘れるはずがないじゃないですか。私が七星の後継者として、七星の当主として立派にお勤めを果たすことができるようになったのも全ては宗家の皆様が私を立派に育て上げてくれたからです。
なので、私は最後の恩返しをしたのですよ、これから滅びゆくだけの宗家の姿を見せていくなんて皆様には苦しみでしかないでしょう?」
2年の歳月を待った、私を宗家の後継者として認め、すっかり余裕の表情でいた宗家の連中が集まる会合で、私は彼らを殺戮した。辛いと思うことはない。良心の呵責なんてない。
当たり前だ、愛する人を殺したって心が動かなかった女が、邪魔で邪魔で仕方がないと思っていた親族たちを殺す時に何を躊躇うというのか。そのように育てたのは彼らだ。暗殺一族七星の誇りに囚われて、ただ栄光だけを追い求めてきた愚かな大人たちの末路にはこれ以上ないほどに相応しいだろう。
「お父様、お母様、七星宗家は―――私の代で終わらせます。だって、仕方ないでしょう。これから先に、私以上の逸材なんて生まれません。ですから、私の代で終わらせます。このような愚かな、生まれてくること自体が間違いであった家など、滅んでしまった方がいい」
「散華、貴様、気が、触れ――――」
「ありていに言えば復讐ですよ。私は貴方達に総てを奪われた。貴方達の妄執によって私の人生を台無しにされた。だから、私は復讐する。貴方達にも、そして……、私の人生を歪めた七星桜子にも」
もしも、彼女が台頭しなければ、聖杯戦争で死んでいれば、そもそも七星の血に目覚めることが無ければ、私はきっともっと自由であったはずだ。こんなことにはならなかった。私が人生の総てを七星に捧げることになったのは、全て七星桜子が元凶だ。
「安心してください、皆さん。願いは果たしますよ、宗家の後継者として、七星桜子よりも私が勝っているということは必ず私が証明してみせますよ。だから、どうか、安心して地獄から見ていてください。貴方がたが作り上げた七星の最高傑作が勝つところを」
ほどなくして声を上げる者は誰もいなくなっていた。私が皆殺しにしたのだから当たり前ではあるけれども。あれだけは自分たちは素晴らしい存在であるのだと声高らかに叫んでいた七星宗家はあっさりと滅びを迎えようとしていた。
後は、私だけ、私という後継者がいなくなれば、七星宗家は終わりを迎える。自分たちの妄執の果てに生み出した後継者によって滅ぼされるのだから何も文句なんて言わせない。私がこうなったのは、貴方たちが私を弄んだからなのだから。
「でも、私の人生を本当の意味で歪めたのは、宗家じゃない。七星桜子、あなただけは、私の人生を歪めた貴方だけは、必ず私の手で殺す……!」
それが八つ当たりであることなんてわかっている。彼女がいようがいまいが、私が七星宗家に生まれてしまった時点で、私の運命は決まっていたのだということくらいは分かっている。けれど、それで割り切れないのだ。どうしようもなく、悔やむばかりの過去を乗り越えるには何かに責任を擦り付けるしかない。
私の復讐は私だけのもの、私がただ満足するためだけに行われる復讐、現実に押しつぶされて、現実の非情に涙を流したからこそ、私は彼女を憎まずにはいられない。
「ええ、そう、そうですよ。私は七星散華、七星宗家の後継者。ええ、それでいい。私は七星の暗殺者に相応しい存在へとなりましょう」
激情はすべて仮面の下に隠す。ただ、七星宗家の資格として、私は七星桜子を殺しましょう。貴女だけが七星の呪いから逃れるなんて許さない。貴女だけが人並みの幸せを得ることなんて許されない。貴女だけが、七星の運命を乗り越える機会を得るなんて許せない。
私は――――貴女になれなかったから、「七星の後継者」である私は貴女を憎み殺します。
「素晴らしい憎悪だ、君のその悪意の発露は善でもあり悪でもある。悪に染まり切ることができない悪、君は実に人間らしい」
「誰ですか、貴方は。私、今、とても機嫌が悪いんです。あんまり邪魔をするようであれば、ここで、貴方の首を切り落としますよ?」
「まさかまさか、邪魔をするようなことなどせぬとも。私はただ、君に相応しい舞台を用意しようと思っているだけさ。七星散華、七星桜子が憎いのだろう?
ならば、君に復讐の機会を授けるとしよう」
現れたのは白いケープに身を包んだ男だった。話し方もその表情も胡散臭いとしか思えない男は私に語り掛けた。
「私はセイヴァーのサーヴァント、七星散華よ、君を迎えに来た。聖杯戦争の参加者として、七星桜子に復讐の機会を授けようではないか」
それが発端、そして私は今、ここに至る。私の人生を歪めたすべてに復讐するために。
復讐するは我にあり、誰も七星の運命から逃れるなんてことはできないのだから。
散華、もうこいつ七星桜子オルタやんけ……
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