Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
――王都ルプス・コローナ・王宮――
「今しがた、散華と連中の戦いが始まったわ。連中も愚かではない。早々にアサシンの対策をするために結界を張りおったわ」
「君や私の介入を封じたいという気持ちもあっただろうね。我々三陣営の中では、最もアサシン陣営が御しやすい。散華は遠坂桜子に執心しているし、アサシンには明確な行動意識が存在しない。明確な目的がある私や余分なモノがないからこそ対局を見据えることができる君に比べれば御しやすいのは事実だろう」
「そうさな、あの小娘もそろそろ限界が近そうに見える。虚勢を張り続ける事もまた技能の一つではあろうが、それを貫くには覚悟が足りんと見えた。我が主のように、鋼鉄の意志を持って己を変革するだけの覚悟があらねば異なる自分を演じ続けることなど出来まい」
「辛辣だね、君はあまり散華のことが好きではないのかい?」
「個人としての好き嫌いで断じるつもりはないわ。ただ、妾はお主らが思っているよりも俗なのだ。才能に胡坐をかいて、己を磨こうともせぬ者は好かんというだけよ。あの小娘が完全にそうであるとは思っておらぬが、与えられた恩寵を無碍に扱うことを根底に抱いているのは事実じゃ」
「なるほど、確かにそうだね。俺もカシムも目的の為に邁進することだけはやめなかった。その歩みの最中で無数の犠牲を生み出し続けてきたが、それを後悔する感情はない。必然的にそうせざるを得なかったのだから。
けれど、彼女は違う。自分が生み出してきた犠牲の総てを否定するだろう。目的のための邁進は何かを掴むためではなく、自分を肯定するためだ。目的を達することが出来なければ自分を肯定することもできない。その脆弱な精神構造は確かに、自分を偽り続けるにはあまりにも脆すぎる」
灰狼もカシムも自分たちが外道であることはよく理解している。目的のためであれば平然と他人を犠牲にするし、心が痛むこともない。人生を懸けた目的があるのだ。そこに辿り着くまでの犠牲など知ったことではないし、暗殺一族という倫理観が外れている自分たちにそのような常識的な観点を求める方が間違っていると思うのだ。
しかし、だからこそ散華は脆い。桜子にいつまでも執着しているのがその証拠だ。七星であることを受け入れたのであれば、吹っ切って然るべきことを未だに抱え続けている。
「とはいえ、彼女に恨みがあるわけでもない。今は祈ろうじゃないか、彼女が遠坂桜子を討ってくれることを。そうなれば、私の脚本は盤石だ」
「警戒しておるのじゃな」
「セイヴァーが目を掛けているという一点で警戒するには余りある。一番恐ろしいのはロイ・エーデルフェルトかもしれないが、彼はカシムが倒す。何があろうとも倒すだろう。だからこそ、最後まで残って何をしでかすのかわからないという点で、遠坂桜子の方が私は恐ろしいよ」
「なるほどのう、それで? 何故、ルチアーノも向かわせたのじゃ。いかに侵略王の英霊がついていようとも、死ぬぞ、あやつ?」
「それが何か? 彼には彼の役割がある。アベルを憎み、アベルを殺すことを望む彼だからこそ、彼女の防衛本能を掻きたてることができる。きっと、思う通りになってくれるだろうさ。あともう少しだ、もう少しで、俺の目的は成就する……!」
狂気を孕むように、灰狼はあっさりとルチアーノが死ぬ展開を肯定する。そんなものは分かったうえで、クビライと共に出撃させたのだと。
「ルチアーノも決して不幸というわけではないさ。アベルという仇を討つために自分自身の全力を、そしてサーヴァントという規格外の力までもを手にすることが出来たんだ。それで願いを叶えることが出来なかったのだとすれば、それは当人の責任だ、私が責を負う話ではない」
チャンスは与えた。後はそれを掴みとることができるのかどうかは本人次第の話しであると灰狼は突き放す。ヴィンセントの置き土産だろうがなんだろうが、実際の所、彼にはさして関係のない話である。
(さて、アベル、私の恋敵よ。君はどこまで生き残ることができる。クズ星でしかない、俺の願いの為に、使い潰されるためだけに生まれてきたお前が、どこまで耐えることができるのか、実に楽しみだよ)
そんな灰狼の思惑を知ってから知らずか、ルチアーノと遭遇したレイジは自分自身の怪我を押し切りながら、大剣を振い、ルチアーノへと対抗する。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はッ、お前の戦いに付き合うつもりなんてねぇよ!」
懐から拳銃を取り出すと、迷うことなくレイジへと発砲、脳天と心臓を狙って放たれる弾丸を弾けば、そこに侵略王のサーヴァントであるクビライが斧を片手にレイジへと迫る。
「へっ、貰ったぜ」
「させるかッ!」
だが、そこはアヴェンジャーが阻む。クビライの身の丈ほどもある巨大な斧を受け止める偃月刀には軋みが奔るが、それでもなんとか拮抗を保っている。力だけという観点で見れば、明らかに侵略王よりも上、生粋の破壊者ともいうべきクビライは、自分の攻撃を受け止めたアヴェンジャーの姿にニヤリと笑みを浮かべる。
「侵略王の軍勢たる俺達が去った草原を支配せんとした者よ、ハーンの冠を手に入れなかった者よ、そうだな、そうでなくては面白くない。わざわざこの俺が出向いてやったのだ。もっと歯ごたえのある戦いを演じろ、狂ったように踊り明かせ! ジュベを討ち取ったのだろう、お前たちは!」
「こいつ、戦いながら笑っていて」
「そりゃ笑うだろう! 戦場ってのは自分自身を全力で表現する場所だ。自分の中に存在している暴虐も欲望も全てを吐きだして然るべき場所だ。どれだけの非道をしたところで勝てば許される場所だ。だから、暴れまわるんだ。お前も、俺の連れも同じだろうが! 復讐という欲望の為に暴れまわっている。だから笑えよ、笑って欲望を解放しろ!」
「その通りだ、今更優等生面しているんじゃねぇよ、レイジ・オブ・ダスト、お前は兄貴を殺した。そして俺はこれからお前を殺す! 同じだ、対等だ、お前が口にしたように俺達のどちらに正しさがあるなんて話じゃない、どちらも正しい! お前は俺に殺される義務がある!!」
クビライと言葉の狂気に載せられているのか、グロリアス・カストルムにおける戦いよりもルチアーノは狂暴性を増してレイジへと次々と銃弾を放っていく。当然、ただの銃弾程度で屈するほどレイジは弱くはないが、病み上がりであることに変わりはない。
(くっ、背中の傷が疼く。戦うことはできるが……万全とは言えない。くそっ、身体が思うように動かない)
「お前、手負いなんだってなァ、俺以外にも恨みを買っていて、他の奴に傷つけられたって聞いたぜ! いい気味だなぁ、どんな気分だ? 自分が正しいことをしていると思っているのに、自分のやってきたことに足を引っ張られるのは!」
「アイツのことなんて、俺は知らないッッ!!」
何も知らないルチアーノが我がもの顔で語ってくることに苛立ちを覚える。実験体402号の存在など、実際の所、レイジは何も知らないのだ。突然現れて、突然怒りをぶつけて、突然仇のように襲われている。
意味が分からない、理解できない。ルチアーノに襲われる理由は理解できる。これは自分の報いだ。どうしようもなく背負わなければならない義務だ。けれど、あれは理解できない。レイジ・オブ・ダストという存在が辿ってきた軌跡にあんな奴は存在していない。
「あんな奴にもお前にもかかずっている暇はないんだよ。俺は七星たちを全て倒さなければならない。そんな地獄の先に花を咲かせることが――――」
「無理だよ、お前さんには」
ポツリと狂気に染まっていたはずのルチアーノがシラフの表情でレイジへと声を投げる。レイジを案じているのではなく、心の底から見下したような、どうしようもなく愚かな相手を見るような表情だった。
「英雄ってのは運命に愛されている。何かを為し遂げる奴ってのはどれだけの困難が待ち受けていても最後には何とかしちまう。帳尻合わせが行われるのさ。俺達のようなクズとは違う。最初から成功する奴ってのはどんなドブ川に落とされたところで、這い上がるためのロープが用意されているもんさ」
「何が言いたいんだよ」
「テメェは違う、お前は運命に愛されていない、むしろ、嫌われているとしか思えねぇ、さっき、俺とお前は対等だって言っただろう? それが全てだよ、お前は特別にはなれない。大義を成すための殺戮が許されない。どれだけの凄まじい願いを抱えていたところで、お前は俺と同じこの一連の戦いの端役に過ぎないんだよ。
天に愛されない奴は、どれだけ必死になったところで主役にはなれない。それがお前だ」
「黙れッッ!!」
ルチアーノの挑発に怒りを覚えたレイジが突っ込み、クビライがそれを受け止め、アヴェンジャーとの揉みあいになる。無論、ルチアーノはその間に銃弾を補充し、再び銃弾を撃ち込んでくる。
「くははははははは、図星か? 図星だろう? テメェだってわかってんだよ、テメェが願いを叶えることができない程度のことは。だから何度も何度も自分に言い聞かせている。健気だねぇ、ガキが抱く夢にはちょうどいい!」
世の中の汚い面を幾度も幾度も見てきたルチアーノからすれば、それはこの世の真理だ。主役は最初から違う、最初から輝いている。自分やレイジのようなドブネズミとは最初から格が違うのだ。気分がいい、心地いい。自分の兄貴分を討ったガキがただの鉄砲玉と変わらないという事実を突きつけるのは心地いい。
これは端役に過ぎない、そこらの石ころと変わらないルチアーノだからできること、最高に気分がいいぞ、さぁ、殺そう。鉛玉で奴を殺そう。
「レイジ……」
その様子にターニャは胸を痛め、決意が固まる。何もしないで見守るなんてできないと胸の中に覚悟を秘めて……
・・・
「七星流剣術――――伍ノ型『桜吹雪』」」
「七星流剣術―――孔雀旋斬!!」
この夜の主演、遠坂桜子と七星散華の激突は意外なほどに互角の様相を呈していた。これまで、決して見劣りすることはなかったとしても、やはり散華の立ち回りに遅れるような形で戦いに興じる他なかった桜子であったが、この瞬間に散華の動きに追いつきながら、七星流剣術を放ち続ける余裕が生まれている。
散華が動き回れば、その動きに対応するようにして、斬撃が迸り、結果として散華は地上と空中隔てなく動き回る羽目となり、この誰もいない通常空間とは位相を隔てた戦闘領域の中で建物を立体的に移動しながら喰桜子との戦闘を続けていた。
「くっ……何かが変わった!」
「いける、やれるわ、七星散華と互角に戦えている……!」
(七星桜子の動きが明らかに昨日と違う! 私が七星の血を使って動きを先読みして、ほぼ自動で攻撃と回避をしている様に、彼女も明らかに私の挙動から何をしてくるのかを見切っている。昨日まではそうじゃなかった。私の動きに遅れる形で攻撃を繰り出していたはずなのに、何が……!?)
散華が驚くのも無理はないだろう。今の桜子は全身に内蔵された魔術回路が全て解放されている。これまではいわば自分の身体に不可視の鎖を巻きつけて戦っていたに等しく、自分の身体の冴えも、七星の血を用いた戦闘予測も、何より七星流剣術に使う魔力も潤沢に存在し、七星の血による行動予測を受けながら散華が回避できるかどうかのすれすれのところで攻撃を放つことに成功している。
(イケる、戦えている……!いまだに彼女の行動予測を上回ることは出来ていないけれど、このまま戦っていけば選択肢を絞りだして、さらに行動予測をすることができるハズ、必ず追いつく。追いついた時が逆転の時よ!)
それでもなお、刃を通させていないからこその七星散華である。七星の魔力を桜子が全開にしたとしても、誰よりも七星の血に愛され、誰よりも七星の血による戦闘経験をその身に取り込んだのは言うまでもなく散華である。
もはや彼女は自分が意識をしなかったとしても、戦闘状態に入れば、相手の行動予測、相手をどのようにすれば簡単に斬り殺せるか、相手がどんな武器を使うのかを無意識に頭の中に流しこんでいる。言わば、七星散華とは七星の血に突き動かされるオートマタのような存在なのである。
桜子と散華のどちらが修練を積んできたのか、これに対しては議論の余地がある点ではあるが、七星流剣術を主体とした実践的な戦闘術という観点で考えるのであれば、桜子の方が遥かに散華よりも修行をした時間は長い。
七星散華の最大の強みは七星の血という連綿と受け継がれてきた暗殺術を行使する際に使用することができるオートで流し込まれる戦闘経験をその身に受け入れる素地である。
彼女は生まれながらの天才であった。最初の殺人をした時も、まともな暗殺術を学んでいたわけでもないというのに、身体が半ば自動で動いて、相手を殺めることに成功していた。七星の後継者になることを決めた後も最低限の暗殺術と七星流剣術を収めただけである。何故なら、修行の必要もなく彼女の身体は最適に動くから。七星流剣術とて、長い修練の果てに手にしたのではなく、七星の血を励起させながら訓練していたら、自然と身に着いていたというだけの話しである。
故にこそ、彼女には苦難を踏み越えた経験がない。血の祝福に突き動かされるままに行ってきた殺人術はここに至って、自分と同じかそれ以上に戦うことができる存在へと登りつめた桜子によって急激に追い詰められ始めることとなった。
言うなれば、散華の自由に闘う事が出来ないのだ。散華の攻撃も回避も防御をしようとする所に不可視の刃が出現し、彼女の身体を刻んでやろうと刃が飛び出してくるのだ。それが予備動作とほぼ同じタイミングで襲来して来るのだ、七星の血によるオート回避を散華が持ち合わせていなければ一気呵成に切り刻まれていたことだろう。
「七星流剣術―――弐ノ型『枝垂桜』!!」
上段からの斬撃、それを散華は受け止めるが、狙い澄ましたようにその受け止めた刃と時間差でもう一撃の刃が振り下ろされ、散華の身体を切り裂く。
「ぐっ、がああああああ」
昨日の戦いでも与えられた一撃、もう一度受けてしまったことが散華に羞恥心とよくもやってくれたという怒りの原動力が満たされていく。許せない、許せない、何が起こってこんなにあっさりと強くなったのかは理解できない。けれど、桜子がどれだけ強くなろうとも散華にとっては関係ない。
(難しく考えるな、殺せばいい。最後に殺せば総てが許される。私の人生も報われる。七星の魔術師として生まれてきたことの意味を理解することができる。だからッ、だから、私は貴女を斬ることを望む。それが私の宿願なのだから!)
そう自分に言い聞かせている散華ではあるが、それはどこか必死に自分に言い聞かせる、焦りから生まれた行動のようですらあった。苛立ち、焦り、これまで桜子との戦いの中で散華が見せることがなかった負の感情が表面に滲み出てきてしまっている。
(リーゼリット様に私の過去を語ったからでしょうか。ずっと自分の中で蓋をしてきた感情が漏れ出そうになっている。ああ、まったく醜いですね、本当に。七星宗家の後継者には全く相応しくないような感情が渦巻いています……)
「何だか、余裕無さそうだね。まぁ、私も余裕あるかといえばないけどさ」
「私の心配だなんて余裕あるじゃないですか。憐れみでもしているつもりですか? 」
「そんな気持ちはないよ、言ったでしょ、余裕ないって。舐めてかかればすぐにでも貴女に追いつかれる。だけど、今日は追いつかせない。貴女の才能なら、ほんの少しだけ今よりも努力を続ければ、たぶん、私なんて軽く凌駕出来るだろうね。でも、今日は超えさせない。このまま、私が勝たせてもらうわ!」
「戯言を、ここまで自分が有利に進めて来たからってあまり調子に乗らないことです!」
彼女たちは再び動き始め、王都に存在する建造物の壁を伝い、地面を着地点として、次々と動き回りながら、戦闘を継続させていく。派手に動き回ることは余計な体力を使うこととなる。それもまた桜子の作戦の一つであった。言うなれば、基礎体力で散華を追い込む。
桜子自身は七星流剣術の修業を幼いころからこなし、ここ数年間は神祇省の魔術師としての訓練も積んできている。体力には多少の自信があるし、七星の魔力回路を全て解放した今となっては、このままの戦闘速度を継続したとしても、あと数時間は戦闘を続けることができる自信がある。
仕掛けているのは散華との我慢比べだ、要するにどちらが先に根を上げるのか、街中を駆け巡りながら、互いの武器と魔術で互いを傷つけ合い、先に根を上げた方が相手の刃に追いつかれる。ある意味でシンプルな戦いであり、桜子の意図は散華も理解しているだろうが、散華の対抗意識が桜子よりも先に根を上げることを認めさせない。
宗家の意地として、自分の人生に大きな絶望を与えた桜子に屈することを認めたがらない散華の在り方を最大限利用した形であると言えよう。
そして、街中を動き回りながら戦っているもう一つの理由は、散華とアサシン:ペスト・ユングフラウを引き離すためである。
「あっははははははは、凄いわ、やはり凄いわねお姉さん、今日は存分に踊ってくださるのね、フラウもマスターから好きなだけ踊っていいと言われているの。やりたい放題していいと言われているの! だから踊るわ。朝まで一緒に踊り明かしましょう!」
「くっ、凄まじい瘴気、動いているだけで周囲に正気を撒き散らしている」
「あんなの、普通の魔術師だったら、あっさりと身体を溶かされているよ、ランサー、身体は持ちそう?」
「サーヴァントですから、ある程度は耐えられます。私より、ルシア、貴女です。いくらニーベルングの指輪の影響で貴女の身体が限りなく不死に近いとしても、瘴気の影響が全くないわけではありません。無理をする必要はありません。私だけでアサシンを」
「ダーメ、手段を択んじゃいられない。この戦いは桜子に集中してもらうためであるし、同時に桜子が引きつけている間に何としても倒さなくちゃいけないんだ。猫の手も借りたい状況なんだから、危険だとかなんだとか言いっこなし!」
「……はい、わかりました。では、ルシア、貴女の特性を最大限に利用して彼女の動きを止めてください。アサシンは動きも耐久性も高いですが、戦闘技量自体は高くない」
「あくまでも空想上の怪物だからね、通常の英霊とは違って、戦闘経験とかは積んでいないもんね」
「ええ、そこが活路です。彼女にとって、私達は戦っている様に踊っている様にしか感じられていない。相手の戦意や殺意に極端に彼女は鈍い。故に、動きを封じることさえできれば必殺の一撃を放つことが出来ます。機が訪れれば、私の宝具で決着の一撃を放ちますので」
「任せて、ガールズチームで決着付けてやろうじゃないの!」
「楽しそうね、お二人とも、ねぇ、どうか、フラウも混ぜては貰えないかしら、ひゃあっ、いきなり音がしてびっくりしてしまったわ、あはは、凄いわ凄いわ!」
ルシアが放つ銃弾、アステロパイオスの俊敏な槍捌きに対してアサシンは踊り狂ったように動き回り、その身体から凄まじい濃度の瘴気が放たれていく。近づいて戦闘をしているだけでも、意識が混濁してしまいそうなほどの濃度、サーヴァントとしてある程度の耐久を持つランサーでも思わず動くが鈍るが、
「さぁ、お姉さん、手を繋ぎましょう。そして一緒に踊って下さならない」
「くっ、ああああああああ!」
「ランサー!」
「わっ、お姉さんも踊りたいのかしら!」
「まさかッ!!」
ランサーが触れられた箇所から腐食が始まるが、アサシンが触れてきたのと同時に銃声が鳴り響き、アサシンがランサーを掴んでいた腕に銃弾が直撃し、アサシンは痛みを覚える様子を見せる。
銃弾そのものに大きな攻撃力があるわけではないが、アサシンは耐久力こそ凄まじいものの、痛みを感じる感覚自体は鈍いというわけではない。むしろ痛みを覚えることが当たり前の様子であり、そこに関しては人間とさほど大きな変わりはない様子だった。
「嬉しいわ、嬉しいわ、お二人がこんなにも情熱的に私と一緒に踊ってくださるなんて。いつもいつも途中でいなくなってしまうから悲しかったの。今度は最後までいてくださるのでしょう。フラウと踊りきるまで、ずっとずっと……、誰も彼もが途中でいなくなってしまうの。フラウと一緒に最後まで踊って下さらないの。それは悲しいわ、とっても悲しいわ。私は踊りたいだけなのに、ただ一緒にいたいだけなのに、どうしてそれが叶わないのかしら? 聖杯に願えば叶うのかしら?」
何かの演技や挑発というわけでもなく、アサシンは当たり前の疑問を投げかけるように言葉にする。生まれた時から彼女は拒絶されるほかなかった。疫病の化身、人に厄災を齎す存在、生まれたこと自体が間違いであったと人々から罵られる存在、彼女にとって触れあうことは生まれた時から求める他者を必要とする行為であったが、その他者を必要とする行為こそが、彼女の被害を凄まじくする結果になった。
だからこそ、彼女の願いが満たされることはない。触れあいたいのに、触れることを拒絶させられる。どす黒く、生まれた時から人間とは全く異なる感情の色をしている存在、決して人間には理解できない空想上の生物、
(その色が決して濁っていないのは生まれた時からそういう形で生まれて来たから。確かにそれは間違いのないことではあると思うけれど……、ただ単純に知らないだけなのかもしれない)
他者から与えられる悪意というものを知らない。こうして聖杯戦争の敵同士として戦っているにもかかわらず、アサシンだけはそのような観点で戦っていない。生前も今の自分も彼女には大して変化はない。空想上の生き物に死後も何もあったものではなく、与えられた同一の目的を遂行するために彼女は動き続けるだけなのだから。
彼女に人が自分を拒絶する理由を知るだけの機能は存在しない。彼女は人との触れあい方を知らない。こうして互いに傷つけ合うことですらも彼女にとってはコミュニケーションなのだ。
(よくもまぁ、ここまで常識がかけ離れてしまった相手とサーヴァントとして契約することが出来たもんだよ、七星散華、あの子も、ただ七星の魔術師として冷酷なだけだったわけじゃないんだろうね。そんなことしか考えていないような奴なら、このアサシンと上手く付き合う事が出来たわけがない)
アサシンの特異性、そして、彼女がその胸に抱いている苦しみを理解することができる存在でなければ、アサシンを受け入れることは出来なかっただろう。散華にはそれが出来た。それを受け入れるだけの度量があったということになるのは間違いないが、それを考察している余裕は今の彼女たちにはない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃあああああ、ああっ、激しすぎるわ、お姉さん!」
ランサーの双槍が曲線を描くように縦横無尽に動き回り、動き回るアサシンへと次々と刃を触れあわせ、その身に傷を刻んでいく。ランサーもこうして至近距離からの戦闘を繰り広げる限り、その身が病に蝕まれることは間違いない。
しかし、同時にここまでの戦闘でアサシンが自分に与える影響というものはある程度の予測が付けられるようになった。おそらく、耐えられる。
アサシンの戦闘力、ルシアの協力、そして自分の身体を蝕んでいる腐食の速度、それを考慮したうえでアサシンは加減というものを知らない。戦術として出し惜しみするということを知らない彼女はこの常時放っている瘴気こそが、彼女の持ち得るすべてなのだ。
(スラムでの戦いで、手の内を明かしているからこそ、こうして立ち回ることができる。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。なんとしても、貴女はここで倒します、アサシン!)
アステロパイオスの双槍の捌きは完全にアサシンの動きを捉えている。今回で都合三度目、一度目はその腐食の力とキャスターの奇襲によって後れを取り、二度目の戦いでは生じた瘴気の力によって、桜子たちの消耗が激しく、継続戦闘を行うことを断念せざるを得なかった。
純粋な実力勝負で戦うとなれば、ランサーがアサシンに敗北することはない。二度の戦闘を経たことによって、アサシンの戦闘方法の種は割れている。死をまき散らす舞踏は即死に至らず、マスターも既に戦闘中であるとはいえ退避をしている以上、今のアステロパイオスは後顧の憂いを抱くことなく、アサシンと戦うことができる。
「疾っっ!」
「きゃあああああ、あははは、凄いわ、血が飛び散っている。私の身体から出たものなのよね、とっても綺麗だわ、お姉さんがやったのよね、綺麗、綺麗、とても綺麗!」
「くっっ……あっ、ああああああああああ!」
その鮮血は血飛沫となって、アステロパイオスを襲い、付着した箇所が、まるで硫酸でも浴びせられたかのように、腐食する。
(サーヴァントですらも腐食させるほどの毒、ここまで巻き散らしてきた瘴気ですらも彼女の本質にはいまだ届かない)
傷つければ、傷つけるほどに攻撃をした相手にも影響を与えていく。体を切り裂けば血が迸ることは避けられない。腐食は続く、腐食は止まらない。そしてアサシンには驚異的な耐久力がある。ランサーの双槍による攻撃も一度や二度では完全に倒すことはできないだろう。
「あら、どうしたの? お姉様、動きが止まっているわ、綺麗な血の華が咲いたんですもの。もっともっと、踊っていきましょうよ。足を止めていたら、つまらないものになってしまうわ」
「無理しないで、ランサー、あんただけで戦っているわけじゃないんだから!!」
迫るアサシンに、ルシアが二丁拳銃から銃弾を放ち、それが刺さった個所から血が飛び出す。遠距離からの攻撃であれば、血飛沫が飛び出すのも最小限で抑えることができる。攻撃力はランサーのそれとは比較にもならないが、攻撃をした者がダメージを受ける危険性を孕んだアサシンとの戦いでは、相手からの攻撃を受けることなく、攻撃を通すことができる距離からの攻撃が重要になる。
「痛い、痛いわ。でも、お姉さんたちはずっと私と踊ってくださっているのね。それが嬉しいの、嬉しいの。痛いのよりも嬉しいの。えへへ、だって、こんなにずっと一緒にいられているのはマスター以外では初めてだから。マスターと踊るのも楽しいわ。でも、貴方たちと踊るのも楽しいの。さぁ、さぁ、もっと踊りましょう」
血に濡れて、人々を汚染する瘴気をだしながらもなお、彼女は笑っていた。まるでそれ以外の感情を知らないように、そうすることしか知らないかのように彼女は笑う。その笑みこそ死の舞踏、人々が苦しみながら死に絶えていく中で彼女だけは笑みを浮かべながら、狂ったように踊っていく。
それが彼女の在り方なのだから、その在り方以上の何かを求めることはできないだろう。いずれにしても、ランサーとルシアの思惑は成功を収めた。アサシンという周囲に被害を拡大する存在を朔姫によって空間を生み出し、ランサーとルシアが徹底的に攻撃を続けることによって、動きを阻んだ。すべては桜子に散華を倒させるため。
その目論見の下に戦う桜子は――――
「っっっあああああ!!」
「はぁはぁ……、まさか、私がここまで傷をつけられるなんて……」
剣閃によって吹き飛ばされて、建物の壁に叩きつけられた桜子はぐったりと身体を倒す。倒れる桜子へと荒い息を吐きながら散華がゆっくりと近づいていく。その手には言うまでもなく刀が握られている。ようやく自分の目的を果たすことができるとジリジリと近づいていく。
「本当に、貴方には困らせられるものですよ、こんなにも抵抗をして。でも、結局はその抵抗も無意味ですね。貴女では私に勝てない。他の仲間たちも貴方の首を見せれば動きが止まるでしょう。灰狼殿やカシム殿へと良い手土産になります」
「…………」
倒れ、息絶えているのではないかと思うほどにぐったりとした桜子に世間話のような感覚で散華は話しかけていく。
「ここまで長かったですよ、貴女の名前が宗家に知れ渡って、分家に立場を奪われるんじゃないかと宗家の老人たちが騒ぎ始めて、それから多くのことがありました。殺したくない人を殺したし、嬉々として命を奪った方もいます。殺せば殺すほどに自分の心は凍っていく。もう殺しをしたことがなかったころの自分はとても遠くにいます。引き返すことができるような距離にはいない」
自分の中に押し留めていた感情がポツリポツリと零れだしていく。自分の願いを叶える直前、ようやくここにまで辿り着いたという感情が散華の口元を緩くしていくのだ。
「私は勝った、七星桜子に勝った。私が七星であることに意味はあった。私が殺してしまったことに意味はあった。私がここまで殺めてきた命に意味はあった。ああ、ようやく私は解放される」
あの日、初めて人を殺した日、誰よりも大切だと思っていた人の命を奪った日からずっとずっと煩悶してきた。どうして自分はこんな人生を生きることになってしまったのか、彼女がいなければこんなことにはならなかったんじゃないかとずっとずっと思い続けてきた。過去は取り戻せない。けれど、ようやく終わらせることができる。その一刀を以って自分たちの因縁に清算を――――
「さようなら、七星桜子」
告げると同時に放たれた一刀、それが桜子の身体へと吸い込まれていき、彼女の身体を両断する。ああ、おもわったと思ったその矢先―――
「七星流剣術―――空蝉斬影!!」
背後から聞こえてきた声に散華は恐るべき速度で反応する。七星宗家の血は彼女が油断をしていたとしても、彼女の死角を生み出さない。
しかし、それでもなお、既に用意された刃を回避するための手立ては存在しない。
「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』!!」
「っ、あ、ああああああああああああ!!」
振り返ったその瞬間に放たれた斬撃がついに散華の身体に次々と刃が降り注ぎ、彼女の全身から血飛沫が舞い上がる。完全なカウンター、以前の戦いで散華が引き起こしたのとまったく同じ七星の奥義をこの土壇場で成功させて、散華へと致命傷に近いダメージを負わせたのだ。
「借りは返したわよ!」
「しんじ、られませんね……あそこで空蝉斬影だなんて、しかも、私が、七星の血が全く気付くことができないような力で……どうして、昨日までの貴方と違いすぎる。たった1日で何があったというんですか?」
肩で荒い息を吐き出しながら、散華は桜子を睨みつける。まだ終わっていない。まだ戦意は完全に消え去ってはいない。
「私の中に眠っている七星の血を解放させたわ。これまでは私の中ですべての七星の力を使っていたわけではなかったから。貴女に勝つために私は自分のすべてを――――」
「ふざけないで……!」
桜子の言葉がすべて終わるよりも早く、散華がこれまでのどんな時よりも冷たく、しかし感情が乗った声でつぶやいた。
「今まで七星の力のすべてを使っていなかった? ふざけないで、何よそれ。今まで舐めたまま戦っていたってこと? 信じられない。そんなの意味がない。そんなに、私なんて眼中にないの? 貴女にとって、七星散華は最初から手を抜いても戦えるような相手だったと」
「ま、待って。そういうことじゃないわ、私は貴方に勝つために―――――」
「許せない、こんなにも侮辱されたのは初めて!! 宗家の人たちの気持ちがよく分かったわ、貴女のような存在に、脅かされるなんてこと絶対に許せない! 殺す、殺してやる。私のすべてを使って、私の七星の血のすべてで、お前を絶対に斬り殺す!!」
明らかに散華自身が抱いている誤解によって生まれた反応ではあるのだが、桜子が何を言ったところで散華は全く聞く耳を持つ様子が見えない。終わると思っていた戦いが終わらなかったこと、そして桜子に一閃を与えられたことに加えて、自分が本気を出して戦っていたわけではなかったことによって、自分がコケにされたと感じたのだろう。
怒りと執念、ぐちゃぐちゃになった感情は、もう止めることもできないほどの桜子への激情としてぶつけられる。
散華自身も踏み込んでこなかった奥の奥にまで力を発揮するその最後の引き金を弾いてしまったのだ。七星の血、与えられた力を全て解放する。そのための起動音声が散華の口から漏れ出していく。
「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」
告げた途端に散華の反応が変化する。これまでの激情を身に隠して平然とした態度を取り続ける姿でも、怒りに我を忘れた態度でもなく、どこか超然とした態度で散華は上手く笑みを浮かべる。
「七星の後継者とは、連綿と受け継がれてきた七星の力を最大限に活用することができる存在を意味している。七星の血とは記憶、連綿と受け継がれてきた殺人術に他ならず……、それを発揮することができるのであれば、その人間の人格すら入りません。
ただ、そこには、器があればいいのです。受け継ぎ続けてきたその血を想うままに使うことができる器の存在があれば」
「散華、貴女は……」
「ごちゃごちゃと感情的な面を前面に出していたが、ようやくタガが外れたか。最後の安全弁を自ら解放した以上、もはやこの小娘の人格など呑み込んでくれよう、受け継がれてきた七星の血、その最新型、最も新しき後継の器。その力、我々『七星』が暗殺者として使いこなして見せようぞ」
「違う、貴女はもう七星散華じゃない。貴女は誰……?」
「誰、などと愚かしいことを聞いてくれるな、我らが同族よ。我らは七星、この器に宿りし、この魔術回路の中に注ぎこまれた七星という一族の集合体よ」
「まさか、魔術回路の中にある七星の記憶に意識を乗っ取られたの!?」
「これこそが、我々の理想。受け継がれてきた記憶と技術を継承し、その集合した意識を以て、最高峰の暗殺者を生み出す。七星宗家は我らの目指した到達点に至った。我々こそが最高の七星、七星の到達点、故に――――感謝しよう、同族の娘よ。貴様はもはや用済みだ」
散華と同じ姿で言葉を話すが、その話し方も口調も何もかもが本来の散華と同じであるとは思えない。先の起動音声が最後の引き金となってしまった。
その事実を桜子は悔やみ、同時に内心で恐怖を覚える。もしも、魔術回路の解放が成功していなければ、自分もああなっていたかもしれない。そして今もなお、自分自身の身体の中で疼くものがある。あれのようになれ、お前も七星としての役目を果たすのだと声だかに主張する何かが自分の中にも潜んでいる。
「……負けないよ、貴女にも、そして私自身にも」
解放された魔術回路を励起させる。確信がある。此処からが本番だ、七星散華という少女の人間性を置き去りにした暗殺兵器が起動する。対応することが出来なければ桜子は殺されて終わり、止めるためには散華を無力化するしかない。
「貴女の過去に何があったのかは知らない、私が何をしてしまったのかも知らない。でも、貴女が苦しんでいることだけは良く分かった。だから、解放してあげるよ、そんな縛るだけの呪いから」
「笑止、呪いではないこれは祝福だ。我ら一族の悲願、連綿と受け継がれてきた願いが成就しようとしている。邪魔をするな、そしてお前がその最初の贄だ」
散華の姿で告げる相手は桜子にとって倒さなければならない相手であった。
「これにて役者は盤面に集った。乗り越えるべき障害、己の奮起より生まれ出た影、善なる行動より生まれた悪意、七星散華は君にとっての影だ。君が辿るかもしれなかったもう一人の自分だ。そして、君の物語を彩る立ちはだかるべき悪であることに他ならない」
桜子と散華、その戦いを見守りながらザラスシュトラはまるで物語を読み上げる詩人のように言葉を紡いでいく。
七星散華をこの聖杯戦争に招きよせたのは他ならぬセイヴァーである。彼の思い描く脚本、灰狼が己を主役に筋書きした物語と並列する、この聖杯戦争もう一つの筋書き、神の再臨を見届けるために、桜子には勝者になってもらわなければならない。
主役には主役に相応しい格が存在する。星灰狼が自らその格を生み出したように、セイヴァーは桜子こそがその主役に相応しいと筋書きを作る。
七星散華とは桜子が最終的な勝者になるための物語に配置された敵役に過ぎない。総てはこの時の為に。この瞬間を生み出すために、七星宗家にちょっかいを出してきた甲斐がようやく生まれた。
あらゆる運命を呑み込んで善の道を突き進む主役と対峙するのに相応しいのは、その主役が辿るかもしれなかったもう一つの可能性だ。その可能性すら呑み込んでこそ、主役の価値は跳ねあがる。
「見せてくれ桜子、私の物語の主役たる輝きを。道を踏み外した、悪に堕ちた可能性すら踏みにじって、正道を歩む君の姿を、私に、世界に、そして我らが上に示してくれ、故にこそ――――この物語には価値がある。我が主樽神に捧げるに相応しき物語となるのだ」
ルチアーノ、大して物語的な意味のあるキャラじゃないのに、微妙にキーマン的な扱い受けているの草生える。
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