Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第14話「祝福」②

 消える、消えていく。自分という感覚が、自分という理性が、自分という存在が、自分自身の身体の中から、七星散華という存在の中から消えていく。自分は自分であるはずなのに、それを無理やりに否定されるかのように、身体の自由が奪われていく。

 

 やめて、どうして、こんな酷いことをしないで。どうして、こんなことをするの? 私は何も悪いことなんてしていないのに。宗家の言いつけを守って、ちゃんと戦ってきたのに。総てを七星に捧げて来たのに、どうして、どうして、どうして私の最後に残った心まで、自分自身すらも奪おうとするの……!?

 

『当たり前だ、お前は七星宗家の人間、七星の血を誰よりも色濃く受け継いだ人間』

『であれば、お前の総てを七星に捧げるの道理、これまで自分を保ち続けたことが自分自身の力であるとでも思っていたか?』

『いずれはこうなる運命だ、小娘一人の人格程度で、受け継いできた七星の記憶に勝ることなど出来るはずがない』

 

 心の声が私の体の中で響いてくる。悪意に塗れた声、いいや、そもそも悪意とは悪意を向ける対象がいるからこそ、浮かびあげる声であろう。彼らは私を一人の人間としてみていない。七星の血に対応した、七星の血を動かすために必要な存在としてしか見ていない。

 

 器とはそれこそ、言い得て妙な表現であろう。七星の血の中に刻み込まれてきた呪いの様に積層した先人たちの記憶と経験、それを出力するために必要な体、それだけが私の存在理由、子供は生まれた場所を選ぶことはできない。生まれたその瞬間から、七星散華はこのように自分の身体を捧げることを決められていたのだ。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ、七星の後継者になんてなりたいわけではなかった。七星の運命なんて受け入れたいわけではなかった。そうしなくちゃいけなかったから、そうせざるを得なかったから。そうしなければ自分の人生の意味を見失ってしまうから。

 

 だから、私は七星の魔術師として、暗殺一族の運命を受け入れたというのに。怒りに塗れる形で七星の力を解放した瞬間に引き起こされたのが私の体そのものを奪うだなんてことはありえない。こんな結末があっていいはずがない。

 

『眠れ、宗家の後継者よ。お前の生まれた意味は此処に叶う。奇しくも聖杯戦争が開かれているのであれば、我ら七星がもう一度力を握ることもできる』

『大陸七星たちに聖杯を与えることなど愚かしいことこの上ない。始まりの七星である我々が握るに相応しい』

 

 やめて、そんなことを私は望んでいない。聖杯なんていらない。そんなものを掴んだところで私の人生が戻ってくることはないのに。ああ、消える、私の意識が飲み込まれていく。こんな、こんなはずじゃなかったのに、こんな結末を望んでいたわけじゃないのに……

 

 しかし、散華のささやかな抵抗など何の意味も持ち得ない。全開放された魔術回路より、ついに七星の血が暴走し、彼女の身体を奪い取っていく。

 

「あっ、あああ、ぎぃああああああああああああああ!!」

「来るッ!!」

 

 散華の身に何かしらが起こっていることは桜子にも察知することができた。しかし、そこに思考を向けるよりも早く、これまでのような常人としての反応を超えた獣のように散華が刃を振るってくる。

 

「くぅぅ、さっきよりも明らかに速くなってる……!」

 

 凄まじいまでの圧と共に、散華の動きが先程までとは全く異なっている。これまでは七星の血による暴力的な反応速度を徹底的に利用する戦い方であったが、今の戦い方はむしろ、七星の血に歯止めをかけることなく本能的に襲い掛かってくるという戦い方だ。

 

 さながら獣、自分の全身を使って、相手を破滅させるために身体を動かす。たったそれだけのこと、七星流剣術の名乗りもなく放たれる技を受け止めながらも、鬼気迫る表情で刃を振う彼女に対して、桜子は、散華自身の意識が喪われていることを察する。

 

(明らかに先程までとは違う。この短時間の間に何があったのかって思う気持ちがあるけれど、私の場合はもっと分かりやすい事態を見ることができる。七星の血の暴走、私と同じように、私もまた対処にするために七星の血を呼び起こしたけれど、一歩間違えれば、あのように、うっ……!)

 

 その時に、桜子の身体の中にも変化が生じる。完全に開放した七星の魔力回路、それらが桜子の身体の中から、桜子という防波堤を食い破らんとばかりに、魔力を猛らせ、桜子の意識に浸食しようとしてきたのだ。

 

『我らの血を解放しろ、あの時のように』

『ようやく我らを縛る封印から解放されたのだ。ならば、この肉体の中にわざわざ押し込まれている必要などない』

『これほどの才覚を、これほどの肉体を腐らせておくなど許せるはずもない。我らを受け継ぎし、器の肉体よ。さぁ、我らに捧げよ、七星の後継者としての本懐を果たせ!』

 

「くっ、だま、れぇぇぇ!! くっ、あああああああ!」

 

 内部からの意識浸食に理性を奪われかけ、必死に抵抗した桜子であるが、目の前の狂獣と化した散華がその隙を狙わないはずもなく、一閃が桜子の身体を切り裂き、血しぶきが舞い上がる。

 

「あっ、ぐっ、がはっっ……」

「殺す、殺す、魔術師を殺す。それが七星の役目」

 

「治療用の護符、朔ちゃんに、もらっといて、正解だった。これ、明らかに、致命、傷……くっ、んっ、ふぅ……はぁ……はぁ……」

 

 視界が霞む、朔姫から与えられた治癒用の護符に自身の魔力を込めて、傷口へと張り合わせる。それだけでみるみるうちに身体の痛みを忘れ、傷口が修復されていく。

 

(嫌だなぁ、傷が残るようなことになったら、昔の時は気にしていなかったけど、蓮司君にこんな傷見られたくないなぁ、出来る限り綺麗な身体で戻りたいと思っていたんだけど、朔ちゃんだったら、治せるかなあ……)

 

 などと、生死が掛かった状況であるにもかかわらず、桜子は場違いなことを考えていた。散華が聞けば、愚かなことを考えているというだろうか。けれど、桜子にとってはとても大事なことだ。

 

 自分はもうただの七星桜子じゃない。蓮司に愛されて、結婚して、これから一人の女としての幸せが欲しいと思っている。身体だって、戦いの中で酷使するよりも、蓮司に見せられる綺麗な身体でいたい。女なのだから、好きな人に良く見られたいのは当たり前のこと、傷だらけの身体で彼に抱いてなんて言いたくないに決まっている。

 

(最悪だなぁ……、こんな形でそういう思いをするのって、普通にない。こういう時ばかりは自分の出自のことを恨むばかりだけど……、まぁ、それでも大事なことを土壇場で思い出すことが出来た。不利だろうとなんだろうと、私はああはなりたくない。私の人生は私だけのモノなんだから)

 

『勝てない、勝てるはずがない。七星の血を受け入れた器と受け入れていない器、勝てるはずがない。土俵にも乗れていない』

『早く差しだせ、我らにその身を差しだせ。さすれば、我らが命を奪おう。七星の命ですらも喰らい尽くそう』

『七星宗家の血、喰らい尽して我らの糧としてくれる』

 

「ああもうっ、黙ってろぉぉぉぉぉ!!」

 

 桜子の突然の叫びに七星の血に刻み込まれた潜在意識も、獣と化している散華も、足を止める。何かをするかもしれないという警戒、獣でありながらも知識を刻み込まれた存在であるからこそ、動きが止まってしまった。それが間違いなく桜子にとっては僥倖だった。何せ、何かを狙ったとかそういう話ではなく、イラつきを抑えることが出来ずに思わず叫んでしまっただけというのが実情だったからだ。

 

「そんなに、あの子に勝ちたいのなら、文句言ってないで私に力を全部貸せッ!! あんたたちがグダグダ言っている間に、私死ぬわよ!!」

『だからこそ、我々に器を与えろと――――』

 

「この身体は私のモノ、あんたたちは私の身体がなくちゃ何もできないくせにデカい顔するな!! 誰のおかげで封印解除してもらったと思っているのよ!!」

 

 七星の血の中に宿っている者たちからすれば何もかもが意味不明だった。何故、自分たちが説教されている。器の女にどうして、ここまで影響されなければならない。

 

 そう思う、だからこそ、サッサと身体を乗っ取ってしまえばいいと。しかし、身体を奪う事が出来ない。どうしても、どう足掻いても、強固な理性と心が彼らに付け入る隙を与えない。七星という家に生まれておきながら、七星を拒絶する訳でもなく、受け入れその上で自分自身を強く持つ桜子には付け入る心の隙が見つけられない。

 

 目の前の女のように、どうじて自分たちの宿主は自我を奪われることなく不遜な態度を取り続けているのかと思ってしまうが、桜子からすれば当たり前のことだ。器だ、器だなどと馬鹿にしないでほしい。自分は確かに七星の家に生まれたかもしれないけれど、生まれた後の人生は自分のものだ、どんな生き方をしても、どんな制約を課されたとしても、自分がその手で変えていかなくちゃいけない。

 

「私は貴方たちのことを否定するつもりはない。貴方たちがいたからこそ、今、私がここにいる。だから、私は私のままあなたたちを背負っていく。死にたくないのなら、消えたくないのなら、私に力を貸しなさい! それがこの身体に宿っている貴方たちと私の付き合い方でしょ!」

 

 自分の体の中に流れている七星の血の運命から逃げるつもりはない。逃げずに進んだことできっと今の自分では掴めないたくさんのものがあると思うから。もっと強くなれると思うから。

 

 その思いが通じたのかはわからないが、桜子の中で彼女の意識を奪って来ようとする声や意識への浸食が止まった。そして魔術回路は今や、十全に働いている。先ほどまで体の中で疼いていた何とも言えないような感覚がスッと抜け落ちて、自分の体の中で漸く噛み合ったように思えた。

 

「愚かなり―――七星桜子」

「………」

 

 獣のように牙をむいてきた散華の口が開く。しかし、声こそ同じであるものの、その話し方は明らかに散華の口調ではなく、全く別人が彼女の身体を使って声を上げているようにしか見えなかった。おそらく七星の血に刻み込まれた存在たちなのだろう。もしも、先ほどの声に自分も呑まれていたら、もしも、10年前に兄とロイに止められていなかったとすれば、あのようになっていたのかもしれない。

 

「七星の血の器となりえる機会を与えられておきながら、我が身可愛さにその機会を捨てる等愚かしいことこの上ない。お前は自ら勝利するための権利を手放したのだ。七星の落第者、やはり分家の人間等、その程度でしかないということか」

 

「言いたいことはそれだけ? その程度のことしか口にできないんだったら、ろくな経験しか積んでいないんだろうから、散華ちゃんにその身体を返してあげたら? まだあの子と会話をしている方がまともに会話できていたよ」

「貴様ッ、我々を馬鹿にするつもりか!」

 

「バカにするってよりも憐れんでいるかな。七星の血は七星という一族が生き抜いていくための力であって、その血を守ることが大事だったはずじゃない。貴方たちは手段と目的をはき違えてしまった。貴方たちだって未来に思いを馳せていたかもしれないのに」

 

 もはやそのころの思いは忘れてしまったのかもしれない。長い時間をかけて考えが変わってしまったのかもしれない。

 

 今を生きる者たちのために与えられた力を、過去に生きた者たちのために食い物にされてしまうのだとすれば、それは間違った方法である。命を狙われ、何度も命を脅かしてきた相手であったとしても、解放してあげなければならない。

 

「分家の貴様など、所詮は始まりに過ぎない。大陸七星たちを打ち破り、聖杯を我らの手に収め、七星宗家の再興を果たす。この器があればそれができるのだ。刀のさびと消えよ」

「誰も七星の再興だなんて求めていない。私たちは連綿と受け継いできた血の歴史を受け入れて、その上でこの血を次代に繋いでいけばいい。それだけでいいはずなの」

 

 決戦を避けることはできない、散華の意識が呑まれたとしても、どちらかが倒れない限り、この戦いが終わることはない。けれど、その決着の時は刻一刻と近づいてきているのだけは間違いない。

 

 その戦いに一石を投じる可能性がある者も、また大きな転換点を迎えようとしていた。

 

「っ、ぐぅ、がああああああ」

「おいおい、どうした我らが後継者よ、押されているぞ、お前は王だったんだろう? 俺程度に押されているようじゃ、ハーンには逆立ちしたって及ばないぞ!!」

 

『おいおい、馬鹿力が過ぎるぞ、あのバーサーカーもかくやというほどではないか!』

『ティムールも随分とガタイがいいけれど、指揮官であり戦士だからね、力に全振りしているような奴とは相性が悪いんじゃないかなぁ』

 

 アヴェンジャーとクビライの真っ向からのぶつかり合いは、力の差もあれ、クビライが押し切る形で進んでいた。圧倒的な武力、ジュベのような指揮能力や正確無比さはなくとも、破壊力という一点のみで四駿の一角に上り詰めた生粋の戦士こそがクビライである。生半可な戦い方などでは、彼を倒すことはできない。

 

「ふははははははは、クビライの旦那は凄まじいよなァ」

「虎の威を借る狐か何かか貴様は?」

 

「別に、なんとでもいえばいいぜ。俺はお前を殺せればいいんだよ。お前だってその力は自分が持っていたものなのかよ? 誰かから与えられた力なんだろう?」

 

「誰から聞いた?」

「灰狼の旦那からだよ、お前も俺も変わらねぇ。借り物の力でなくちゃ戦えない出来損ないに変わりはないんだよ!!」

 

 ルチアーノの挑発がレイジに響く。自分自身の力がどこから湧いて出てきているのかをレイジは知らない。気づいた時にはレイジはこの力を使うことができたし、大剣を振るうだけのよくわからない何かが与えられていた。ルチアーノが言うように、どこから手に入れてきたのかもわからない力という表現こそが最も相応しい。

 

「なんだよ、図星か? いいねぇ、その表情、覚悟を決めているって割には、そういう面を浮かべなくちゃいけないのがまだまだ未熟って風に見えるぜ?」

 

「黙れッ!」

「はっはぁぁ! 熱くなっているんじゃねぇよ、みっともねぇ!」

 

 怒りに任せて剣を振るわんとしたレイジの眉間目掛けてルチアーノの銃弾が放たれる。なんとかそれを弾くが、昨日のダメージ、そして精神的な憔悴を覚えていることは事実であった。ルチアーノはレイジを確実に殺すつもりでいるわけではない。苦しめてクビライの力を借りて殺すことができればそれでよいと思っている。

 

 レイジが目的を遂げることもできずに命を落とす。それこそがルチアーノの目的なのだから。人の足を引っ張る、復讐心に取りつかれているからこそレイジに執着しているとはいえ、ルチアーノはイタリアンマフィア『ステッラ家』の№2であった男だ。そんな男がただ人の足を引っ張ることだけに執着している。その有り様は無惨という他ないかもしれないが、復讐心とはそれだけ人の心を狂わせる。

 

 むしろ、復讐心を心に抱きながらも未だに真っ当な精神性を保っているレイジの方が異常であると言わざるを得ないだろう。

 

(ルチアーノの相手をわざわざ続けている意味は大してない。コイツと戦っていること自体がコイツを喜ばせるだけだ。だが、俺は―――)

 

「レイジ、桜子さんたちの方に向かって」

「ターニャ……?」

 

 ルチアーノとクビライ、その二人とレイジたちの間に割って入るようにターニャがセイバーを現界させて、立ちはだかる。その様子は明らかに戦闘を意識した覚悟が表れていた。

 

「レイジの闘うべき相手はこんな奴らじゃないでしょ。七星のマスターたちを倒す事こそがレイジの目的、だったら、ここで足踏みをしている場合じゃないよ。レイジはレイジの目的を果たして、ここは私とセイバーが引き受けるから」

 

「ターニャ、だが……」

「おいおい、勝手なことを口走ってんじゃねぇよ。いくら、灰狼のお気に入りだからって、ハーンに命令された相手を俺が見逃すと思っているのかぁッ!?」

 

 クビライが大斧を振って、立ち塞がっているターニャを粉砕せんとするが、当然にターニャを守るためにセイバーがその攻撃を受け止める。一撃で全てを吹き飛ばすほどの宝具ともなりえる円筒上の剣はクビライの大斧と比べればそれほどの大きさは誇っていないものの、完全に堰き止められてしまう。

 

「テメェ……」

「侵略王の走狗如きが大きく出たものだ、お前たちは確かに世界を蹂躙してきた覇者なのかもしれぬが、一つの時代を築き上げただけだ。その進軍も儂のような及ぶ英傑がいなければこその道理。であれば、あまり大きな顔をするな、油断は戦士に土を舐めることを求めるぞ」

 

「くっく、いいじゃねぇか、救世王。アンタの相手はハーンに任せるつもりでいたんだが、こうなっちまえば、ハーンだって許してくれるはずさ! アヴェンジャーの前にまずはテメェをぶっ殺す。そして、そのお気に入りを灰狼の下に送り届けてやるさ!」

 

「クビライの旦那、いや、ちょっと待ってくれ、それは……」

「黙ってろよ、ルチアーノ。テメェは所詮、俺の力を借りているだけだろう。テメェの復讐をテメェだけで完遂したいのなら、俺の力を借りるんじゃねぇよ」

 

 クビライにとって、ルチアーノの命令を聞く道理など欠片もない。あるとすれば、単純にハーンと灰狼からおもりをお願いされているから程度でしかないのだ。

 

 よって、クビライは自分の目的を優先する。レイジよりも先に邪魔なセイバーを倒せば、ライダーより称賛を与えられるのだ。何処の馬の骨ともわからないレイジや、自分と変わらない程度の実力のアヴェンジャーなどよりも、セイバーというより大きな獲物を求める。

 

「ターニャ……、任せていいか? 俺には七星に問わなくちゃいけないことがある」

「うん、いいよ、任せてレイジ。この人が用事があるのはレイジだったとしても、レイジが絶対に相手をしなくちゃいけないわけじゃないよ。任せて、私はレイジの力になりたいの!」

 

 そのターニャの言葉に頷き、レイジはアヴェンジャーと共に桜子と散華が戦っている場所へと向かうために戦いの臭いのする方向へと向かう。結果的にルチアーノはターニャとセイバーを越えなければ、己の復讐を果たすことは出来なくなってしまった。

 

「テメェ、以前もそうだが、今回も邪魔をしやがって!!」

「知らない。貴女のことなんてどうでもいいの。私にとっては彼のことだけが大事なの」

 

 自分の復讐を邪魔されたことで怒りを剥き出しにするルチアーノだったが、そんな彼にターニャは先ほどまでレイジと一緒にいた時には口にもしなかったような冷たい声を吐きだした。

 

「私は私の欲する人だけが幸福になればいいの。それ以外の人がどうなろうとも関係ない。貴方の復讐なんてどうでもいいの。私の邪魔をするのなら容赦はしない」

 

 ターニャの中で七星の血が励起する。桜子や散華とは少しばかり異なる魔術回路、しかし、それは彼女があの二人に見劣りするという理由にはならない。都合、この現実と隔たれた空間の中で三人目の七星の魔力が励起していく。その事実が生じたことにこの場を離れたレイジが気づくことはなく、何が起こったのかを観測する者もいなかった。

 

・・・

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あははははは、凄い、凄いわ、お姉さんたちとっても情熱的よ、こんなにフラウと踊ってくださる方は初めて、こんなに動き回ることが出来たのも初めて、とってもとっても楽しいわ、とっても嬉しいわ。私、今、とってもとっても満たされているの」

 

 毒を撒き散らし、返り血の如き腐食を撒き散らしていく、厄災の魔女を前にして、ルシアとランサーは徹底的に攻撃を続けていく。時間をかけていくことこそがこの厄災の魔女とも呼ぶべき存在を相手には最も避けなければならない戦いであると分かっているからこそ、二人は徹底的に攻撃を続けていく。

 

 返り血を浴びるたびに腐食していく身体、ランサーもその身を消耗させられ、自己回復が存在していたとしても、ルシアは何度も致死量に近い毒をその身に浴びせられている。地獄のような状況ではあるが、戦える。まだ戦えている。

 

(やはり、アサシンは戦闘をする者としてはその技巧も戦闘をする力も拙い。彼女はその毒の力を使って、私達を倒すつもりであれば、もうとっくに倒すことが出来ているはずなのに、それをしない。いいや、おそらくできないのでしょうね! それをするだけの認識を彼女は持ち合わせていない)

 

(他人と関わることをしてこなかった。ただ自分を否定されるだけだったこの娘は、そもそも善意とか悪意とかそういうものですらも呑み込めていないんだ。だから、自分のやりたいことだけをやる。その過程で誰かが傷つくことなんて最初から考えてもいない。人間がここまで強くなることが出来たのは、良くも悪くも他者を害することで自分を守る為だった。アサシンは自分を守るために他人を傷つけることなんて考えていない。生まれた時から人を傷つけることは彼女にとって当たり前のことだったから)

 

 だからこそ、何も気づけないし、何も進歩しない。どれだけ自分たちが敵意を持って攻撃しても理解できない。敵意を向けられることは彼女にとって当たり前のことだから。

 

 そんな生き方は歪であるし、憐れだと思う。そう思うこと自体が傲慢であったとしても、そう思うこと自体が彼女の存在義を乏しているのだとしても。

 

 彼女にとっては幸福なのだ。自分が暴れ狂っても壊れない存在とこうして戯れ続けていること自体が彼女にとっての救いとなっている。たったこれだけのことであるのに、たったそれだけのことなのに、何も与えられてこなかった彼女には素晴らしい救いであるように映っているのだ。

 

「そりゃ、悲しいよね、縋りたくもなるよね」

 

 ポツリとルシアは声を漏らした。シスターとして、人の感情を色で見ることができる人間として、多くの人の内面に触れてきた。見たくないものも見て来たし、ルシアの行動によって救われた人も見てきた。縋って来た人を救ったこともあったし、良かれと思った行動で逆に苦しませてしまったこともあった。

 

 その上でこそ想う。最初から救いが用意されていない、相互理解をすることもできない相手に手を差し伸べることの何と難しいことか。生まれてきたことが間違いだった。そう口にするだけで救われる存在などないのに、訳知り顔で彼女の存在を否定しているに等しいというのに。

 

「いけないね、こんな感傷覚えたところでそれで何かが出来るって訳でもないのにさ」

 

 敵に同情してその結果として敗北してしまうような結末を迎えるようでは話にならない。ルシアはすぐに思い直して、改めて毒と腐食を撒き散らすアサシンへと意識を集中させる。

 

「ルシア、私が宝具を使って彼女の動きを止めます。数秒で結構です、彼女の意識を釘付けにしてください。それで決着を付けます!」

 

「信じていいんだね、ランサー!」

 

「ええ、私は桜子からこの場の勝利を託されています。我がマスターは必ず七星散華との戦いに勝利して戻ってきてくれます。その時に、私がアサシンを倒せていないなど、それこそ笑いものにされてしまいますから!」

 

 だからこそ、絶対に決着をつける。そのランサーの硬い意志にルシアは頷き、再び二挺拳銃で銃弾を放ち続ける。それがアサシンの身体を抉り、血を撒き散らし、大地が穢れ、人の身体は腐っていく。それでも、それでもなお、アサシンは楽しげだった。

 

 生まれた時から憎まれていた。人に歓迎されたことなどなかった。願ったことの総ては否定され、どうしたって人と共存することはできない時分を思い知らされるばかりだった。

 

 自分の手を掴んでくれる人はいない。抱きしめてくれる人はいない。

 

(ええ、ええ、分かっているわ、分かっているの。だって、マスターも抱きしめてはくれなかったの。私を撫でてはくれるけれど、踊っては下さるけれど、それでも抱きしめてはくれないの。マスターは私と一緒にいてくれるけれど、私を愛してくれているわけではないの)

 

 無償の愛が欲しかった。生まれて来たからこそ、誰かに抱きしめてほしかった。ただそれだけ、そこにある意味も、理屈も理解していないけれど、人が人に向ける当たり前の愛情表現すらも与えられないことに不満を覚えなかったと言えば嘘になる。

 

 あらゆるものに拒絶されていたとしても、拒絶されることが当たり前の世界で生きて来たとしても、羨望の感情を抱かないのかと言えば嘘になる。ほんの少しでも触れていない。ほんの少しでも一緒にいたい。それが他人からすれば拒絶する他ない事実であったとしても、彼女はただそれだけを願って、他者を求め続ける。

 

「大いなる湖の神に希う、我が活路を開くためにその加護を我に与えたまえ!!

 第二宝具発動―――『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス))』」

 

 瞬間、王都ルプス・コローナの街の中を流れる水路の水が一気に唸りを上げて、大挙してアサシンへと押し寄せる。まさに水竜の如き勢いで水路を流れる水の総てが槍のようにアサシンへと襲い掛かり、津波に呑み込まれたかのように周囲の建物ごと破壊しながら、彼女の身体が流されていく。

 

「あっはははははははは、凄い、凄いわっ! こんな、こんな凄いこと体験したこともないの。あの時みたいに凄いのね、お姉さん、でも、でもね、マスターに言われているのよ、今度は最後まで遊びなさいって。だから、だから、流されているばかりじゃないけないの!」

 

 瞬間、アサシンの身体から浮かんでくる瘴気によって、莫大な水量で襲い掛かってきたはずの津波が汚染されて、どんどんアサシンの瘴気と同じ色へと変わっていく。同時にスカマンドロスの神力によって突き動かされている水流の勢いが喪われていくかのように弱まっていく。

 

 河神の加護によって与えられた宝具による攻撃ですらも彼女の世界を侵食するほどの呪いを止めることはできない。そも、一国の英雄の足を止めることしかできなかった逸話の宝具で世界を席巻した人類史上最悪の病の化身たる彼女を止めることなど出来ない。

 

 それこそ、役者不足、総てがアサシンによって毒の沼へと変えられる刹那に、それでもなお、アサシンの世界へと踏み込んでくる足音が響く。

 

「無茶言うんじゃないわよ、こんなの即死もいい所でしょうが!!」

 

 指輪の力によって、腐食と再生を繰り返しながら、ルシアは毒の大河を駆け抜けていく。アサシンはこの毒の大河を抜けて、再びランサーへとその意識を向けるはずだった、しかし、そこにルシアがやってくる。ランサーと同じく、自分と踊ってくれるもう一人の女性、自分と一緒にいてくれる相手、そんな相手が自分から向かってきてくれた。

 

 それが敵意であろうと悪意であろうと、何かを企んでいようとも、アサシンにはそれを判別するための能力はない。ただ来てくれた。その事実だけがアサシンにとっては重要なのだ。

 

 それであればこそ、彼女の動きにアサシンは目を奪われた。そして、ランサーから意識を手放してしまった。それが致命的な彼女にとっての運命の分かれ目であったとしても、彼女はそんなことには頓着していなかった。彼女にとって大事なことは彼女にしか判別しえないことであったのだから。

 

「第一宝具発動、我が双槍アクシオスよ、かつての栄光をここに再び甦らせろ。この槍は必中必殺の一撃―――かのトロイアの大英雄をも穿った投擲、受けてみるがいい!!

 『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』!!」

 

 瞬間、アステロパイオスの握った双槍が同時に放たれる。それらは双方が自由軌道で動き回りながら、アサシンへと迫っていく。片方の槍がアサシンへと突き刺さるが、その瞬間に、槍が穂先より腐食して、アサシンに決定的なダメージを与えることができない。

 

「どうしたの、お姉さん。何をしたいのかわからなかったわ。ねぇねぇ、何を―――――がはっっ!!」

 

 ズブリと、それはアサシンの意識の埒外から突き刺さった。アサシンの背後より飛来したもう一つの槍が、アサシンの心臓目掛けて突き刺さり、一切場所を間違えることなく、彼女の急所を貫いたのだ。

 

「どうして……私の身体、触れているのに、どうして何も、ないの……? それに、私の身体、力が抜けて……」

 

「我が宝具は不死の力を持ち、神速の勇者であったアキレウスへと傷を負わせた槍、一撃目が受け止められれば、二撃目は「必ず当たる」ことが約束された槍、そして、不死、あるいは加護に守られた英霊に対してこそ、その真価を発揮する。

 アサシン、貴女の身体が腐食によって守られているというのであれば、我が槍こそが貴方への致命の一撃となるのは道理、この宝具を放った時点で既に勝負は決まっていたのです!」

 

 アステロパイオスのもう一つの宝具にして、彼女の逸話の中で最も有名なアキレウスとの一騎打ちに由来する宝具はアサシンを一撃で無力化するという役目を完璧に果たした。数多の戦を戦ってきたアステロパイオスにとって三度目となるこの戦い、如何にアサシンが通常の英霊とは異なる規格外の存在であったとしても、三度目ともなれば対処の仕方を理解する。

 

 これにてサーヴァント同士の戦いは終わりを迎える、と思われたが、

 

「あっははははははははは、あはは、凄い、凄いわ。こんなのって凄い。私の身体に触れているのに腐らないなんて、こんな、こんなのって凄いわ。やっと、やっと出会えたの。お姉さんは凄いの、私の願いを叶えてくれるの。ねぇ、だから、踊りましょう、踊りましょう!」

 

 決着はついた、アサシンは間もなく絶命するはずである、なのに、それなのに、アサシンの身体から瘴気が膨れ上がっていく。まるで、籠の中の鳥が外の世界を知って、その羽を広げて飛び立つように、自分が腐らせても決して腐らない存在がある。その事実が、アサシンが無意識に起こしていた毒の力のセーブを完全に開放するきっかけを生み出してしまったのだ。

 

 世界そのものすらも浸食しかねないほどの力の発露、ペスト・ユングフラウ、人類史上最悪の病魔の化身が遂にその神野力を発露しようとしたその時に―――

 

「もういい、あんたはそんなものを振り撒かなくていいんだ!」

「あ――――――」

 

 アサシンは目を見開く、それはアステロパイオスの槍が突き刺さった以上の衝撃を覚えたから、アサシンへと肉薄したルシアが、彼女の身体を抱きしめたから。

 

 勿論、触れているだけでその身体は腐っていく。それがニーベルングの指輪で再生されるからこそできる芸当ではある。しかし、そんな理由はアサシンには関係ない。彼女はそんな細かい理由は知りえないのだから。

 

 だからこそ、彼女には純粋に抱きしめられたのだという事実だけが残る。

 

「あんたは望まれなかったかもしれない。だけど、望まれなかった奴が抱きしめられることを望んじゃないけない訳じゃない。だから……、私が願いを叶えてあげるよ。消えるまでの間だけではあるけどさ」

 

 ルシアの行動にアサシンは自然と涙が零れる。そして初めて笑みを浮かべた。

 

「ああ……嬉しいわ、私、初めてなの。こんなに抱きしめてもらえるのは初めてなのよ? 踊り明かして、私の胸に触れても消えないものがあったり、お姉さんが抱いてくれたり、今日は驚いてばっかりだわ。ええ、ええ、温かい、暖かいのね、抱きしめられるってこんな気持ちになるのね。ああ、そうなのよ。私、ずっと―――――抱きしめてほしかったのね」

 

 多くを望んだわけではなかった。ただ、彼女が最も望んでいたことができなくなる理由があっただけ、それを振り払う事が出来た存在に出会えたことが彼女にとってこの聖杯戦争で最大の収穫であったのかもしれない。

 

 聖杯を手にすることが出来なかったとしても得られるものは存在した。それを胸に秘めて、アサシンの身体がゆっくりと消失していく。

 

「マスター、ありがとう、貴女が呼び出してくれたから、こんな気持ちになることが出来たの。ありがとう、ありがとう、マスター」

 

 アサシンは散華へと感謝の言葉を口にする。結局、この二人が真の意味で分かり合う事が出来ていたのかは誰にもわからない。もしかしたら、分かったつもりでいただけなのかもしれない。それを今更、確かめるための術はもはや存在していないのだから。

 

 彼女は消えていく。世界に厄災を振り撒く存在は、場違いな幸福を覚えながら、彼女なりの満足感を覚えながらこの世界から消失していく。

 

 抱きしめられるその温もりにようやく得られた人とのふれあいの喜びを覚えていきながら……サーヴァントアサシンは聖杯戦争より脱落したのであった。

 

「ルシア……」

「一応、聖職者だしさ、悩める子羊には救いを与えてやらなくちゃって感じ? 生まれた時から何もかもが違っていたとしても、望んでいることがあるのなら、自分に出来る事なら叶えてやりたいって思うのはさ、エゴなのかな?」

 

「聖杯戦争で召喚された英霊はあくまでも座に登録された本人の影です。私も彼女もこの聖杯戦争が終わればその記憶を失ってしまう。無意味といえば無意味なことです」

「………」

 

「ですが、それでも、一時であっても彼女がほんの僅かでも救われたと思う事が出来るのであれば、そこには意味があったのだと考える事もまた間違いではないのではないかと私は思います。きっと、彼女は嬉しかったはずですから」

「そうだね、そうであってほしいよ」

 

 静かにほんの一瞬だけではあっても、心を通じ合わせることが出来た怪物へと別れを告げる。その生まれを変えることは出来なかったとしても、ほんの僅かではあったとしても彼女にもまた救いはあった。それを噛みしめながら、ルシアの身体は自己再生を図っていく。重篤なダメージは負ったが、やるべきことは果たした。

 

 後は桜子が勝利して戻ってくるのを待つだけである。

 




【CLASS】ランサー

【マスター】遠坂桜子

【真名】アステロパイオス

【性別】女性

【身長・体重】168cm/58kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力C+ 耐久B 敏捷A

 魔力D 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】

心眼(偽):A
 直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

河神からの恩寵:A
 河神スカマンドロスからの恩寵。勇猛スキル、直感スキルを付与され、戦場にて行うあらゆる行動に有利な判定を受けることができる。

神性:C
その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。アステロパイオスは河神アクシオスとアケッサメノスの娘ペリボイアの子のペラゴーンの子である。

【宝具】

『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』
ランク:A 対人宝具
アキレウスとの一騎討ちで同時に放たれた二本の槍。一本目の槍が防がれる、避けられたとき二本目の槍は因果律に干渉し対象を必ず貫く。不死身の英雄アキレウスを傷つけた武勲から、この宝具には不死身殺し、守護破りの力が追加効果として持つ。伝承防御、概念防御を失効させ対象を貫く。この性質上不死の守りも突破するだけでなく、耐性がつけられたとしてもその耐性を無視してダメージを与えることができる。

『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』
ランク:B 対軍宝具 
アステロパイオスが戦死したことで河神スカマンドロスが大水を起こしてアキレウスを襲った逸話。
河神スカマンドロスの神威である膨大な水を噴出させて操る。水はアステロパイオスの意のままに動き、アステロパイオスの移動の補助や、激流や動物の形を取らせるなど自在に形を変えての直撃攻撃に使われる。他にも、この水が生む水煙の中の物体や魔力の動きを感知し、アステロパイオスに伝える効力もある。水煙だけを出すならば魔力の消費は格段に低くなる。
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