Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
『考えを変えるつもりはないんだね』
『うん、ごめん……、相談するとか言っておいて、もう決まってるとか勝手だよね』
『いいよ、桜子のことは僕が一番よく分かっているから。今更、僕が心配して、やめろなんて言った所で、君が意見を翻すわけがないことは分かっているから』
『そんなぁ、すっごく遠まわしに責められている気分』
『諦めているんだから、皮肉くらい言わせてもらうさ。神祇省から戻ってきて、ようやく一緒に暮らせると思ったら、すぐに聖杯戦争に向かうなんて言われた、僕の気持ち、ちゃんと考えてる?』
『理解のある彼氏であり、夫でもある方に、いつもいつも感謝をしています。戻ってきたら、もう少し落ち着き払った遠坂の妻に相応しい女になりますので、どうかそこらへんで皮肉はやめていただけると、嬉しいなぁ、蓮司君には……』
『そんな拝み倒している後ろで舌をペロッと出しているのが容易に想像できるようなことを言われてもなぁ』
『あはは、バレていたか……』
『10年も付き合っているんだよ、そう、もう10年だ、あの秋津の聖杯戦争から10年、僕も君も大人になった。守らなくちゃいけないものも増えたし、出来ることだって増えてきた。いつまでもあの頃の僕たちのままじゃいられない。でも、だからこそ、君の因縁は清算しなくちゃいけない。君はもう、「七星桜子」じゃないんだから』
『うん……』
『仕方がないよ、どれだけ皮肉を言っても、責めても、あの時に惚れたのは僕だから、そんな君を好きになったんだから、今更、勝手だなんだって言えるわけもない。自分の信じた道を逃げずに進むのが桜子なんだから』
『そんなことないよ、蓮司君がいるからこそ、私はいつだって自分らしい自分でいられるの。七星が望んだ私じゃない私を求めてくれる君やみんながいるから、私は今でも私でいられる。1日だって忘れたことはないよ、ありがとう、私を好きになってくれてありがとう、私を選んでくれてありがとう』
『そこまで分かっているのなら、今更僕に言うことはないよ、忘れないでくれればいい、君の傍には今の君を求めてくれている人がたくさんいる。君の人生は誰のモノでもない君だけのモノだ、もう呪縛は解いて、飛び立つときだ。その飛び立つ先で僕は待ってる、君が戻ってくることを疑うことなんてするもんか』
『ええ、絶対に帰って来るよ。七星に生まれたことも、この世界で生き続けることも、私は私が巡ってきた総てを呪いだなんて思わない。生まれてきたことを祝福してくれた人たちがいるから、その総てを愛せるように、決着をつけてくるよ』
そう、生き残るために、明日を描くために、私はずっと戦い続けてきた。今もこれからも戦い続ける。
例え、この聖杯戦争が、誰かの思惑で作られたステージであったとしても、誰かの願いの為のシナリオであったとしても、私の物語は私が作っていく。
誰もが呪いだと吐き捨てたとしても、今ここに私がいることは紛れもない祝福であると思っているから。
呪い呪われた嘆きに支配された彼女を救わなくちゃいけない。理由なんて知らないし、彼女の過去も聞かされたことはないけれど、きっと、私達は自分が思っている以上に紙一重の存在だったんじゃないかと思うから。
言葉を聞くこともできないんじゃ、どうして恨まれていたのかを聞くこともできない。だから、少なくともそこを目指そう。その後のことはその時に考えればいい。
「七星流剣術―――伍ノ型『葉桜』及び陰陽が崩し『斬撃結界』!!」
「くっ、ああああああ、ぎぃああああああああああ!!」
七星の血が全身に巡り、魔術回路が何一つの淀みなく励起していく。確かに七星散華の肉体を支配した七星宗家の圧力は凄まじい。だけど、私だって負けていない。
「才能は間違いなく、彼女の方が上、でも、単純な剣技と魔術の使い方なら、私だって負けていない。今は私の身体の中のご先祖様たちも力を貸してくれているんだから、私が劣っているなんて思わない!!」
私の猛る叫びに反応するように、周囲一帯に張り巡らされた魔術による斬撃が次々と彼女を襲い、紙一重で躱し続けるが、躱すことに集中してしまっている彼女は私へと刃を振う事が出来ない。
以前のように抜け出す場所を見出すわけではなく、回避することに集中せざるを得ない状況は彼女にとっても決して望むべき状況ではないだろうけれど、そこは徹底的に利用する。これまでに三度、彼女とは戦ってきた。何度も何度も上手を取られ続けて来たけれど、ようやくここで追いつくことが出来た。
七星の血という圧倒的な力、彼女は自分の自我以外の身体能力総てを七星の血に委ねることによって、強さを得ることが出来たのだろう。七星の血とは言ってしまえば、連綿と受け継がれてきた魔術回路によって、半ば睡眠学習のように自分に最適な戦い方を与えてくれる七星の遺産だ。それに、ご先祖様たちが誇りを抱く気持ちはわからないわけではない。
ただ、彼女はその力に染まりすぎてしまった。徹底的に七星の血に頼り切った戦い方をしてきたことによって、結果的に七星の力を解放した瞬間に、その意識までもを奪われることになってしまったのだ。
最も桜子とて他人ごとではなかった。もしも、ロイに魔術回路を封じられていなかったとすれば、神祇省にて自分の力との向き合い方を教えられていなかったとすれば、下手をすれば散華と同じ末路を辿っていた可能性が全くない等とどうして言い切れるのか。
「私が今もこうして私のままでいられるのはたくさんの人が私を助けてくれたから。私だけの力じゃない、私が勝っていたなんて言うつもりはない。ほんの少しだけのボタンの掛け違えだった」
「邪魔をするなぁぁぁぁ、お前など敵ではない。分家の人間如きが私達の邪魔をするなッッ、七星宗家は甦るのだ。散華を器に我々はもう一度かつての誇りを取り戻すのだ!!」
「悪いけど、時代も世界ももう七星を求めていない。私達はこの血を受け継ぎながら、緩やかに終わりの時を迎えていけばいいの。今更魔術師殺しの暗殺術で世界の覇権を握ってどうするの? 貴方達の妄執に世界を巻き込むわけにはいかない。それが、ここで、私が戦う理由、貴方達の紡いできた血の祝福は、彼女にとっては呪いになってしまった。
かつては善かれと思ったものが悪へと変わる。そんな悲しいことを繰り返し続けるわけにはいかないから……!」
だからこそ、ここで断ち切る。獣のように散華の身体のリミッターすらも解除して攻撃を繰り出し続けてきたわけではあるが、やはりというかなんというか、散華の身体に限界が来ている。これまでの散華は自分自身の自律的な意思を明確にした上で、力を制御しながら放し飼いにしていた。
絶妙なバランスではあったが、それが最も彼女の強みとして機能していた。七星宗家によって支配された体は瞬間的な爆発力こそ、かつての散華を大きく上回っているが、実際の所はバランスなど欠片も考えていないことによって、肉体の消耗を抑えきることが出来なくなってきている。
(彼女のことを器としてしか考えていないから、自分たちこそが肉体の主で、肉体なんて新しいものを生み出せばそれで代替が出来るとでも思っているんだろうね。そうじゃない、そうじゃないんだよ、あなたたちのために用意したんじゃない。あなたたちこそが、用意されていたんだよ……!)
その切なる願いすらも忘れてしまったのであれば、最早救いようすらもないのかもしれないと桜子は思う。千年以上に渡って醸成されてきた妄執はそう簡単に振りほどくことなんてできない。この戦いを真に終わらせるには、もはや散華を斬るしかないことは明白だ。
「七星流剣術―――」
「七星流剣術――――禁忌秘奥『血桜』!!」
「なっ、ま、魔術が使えな――――きゃああああああああ!」
瞬間、引き起こされた出来事は桜子ですらも最初は呑み込むことが出来なかった。突如として散華は自分自身の身体を切り裂き、その血しぶきが桜子に返り血を浴びるように襲いかかった。
すると、あろうことか、桜子が使おうとした魔術が使えなくなり、完全な無防備を晒してしまった。その原因が散華が撒き散らした自分自身の血による影響であることを理解した時にはすでに遅く、桜子の身体へと再び惨劇が迸り、桜子の身体から鮮血が飛び散る。
「チッ、浅いか。自分の身体を傷つけたことで踏み込みが遅くなったか」
「はぁ……はぁ……う、そ、でしょ……自分の身体を傷つけて、魔術を強制的に使わせないって……」
「これこそ七星宗家が用いる秘奥が一つ、己の血に七星の魔力を纏わせて、相手の力を封じる一刀なればこそ。だが、肉体が耐えられていない。脆弱な試練しか与えてこないからこういうことになる。完成された七星には程遠い」
完全に運だった、もしも、彼女の身体が十全に動いていれば、今の一撃で私は絶命していたことだろう。自分が命を握られている状況にあることを改めて痛感する。憐れみなんて覚えていられるわけがないだろうと全身から警告が慣らされる。
だけど、それでも……、望んでいるのか望んでいないのかくらいのことは分かる。あんな操り人形のように戦わされていることを望んでいるなんて思っているはずがないことくらいは私にだって分かる。歯を食いしばってでも、私は此処で倒れるわけにはいかない。彼女のためにも私のためにも、七星の呪いは悲劇を巻き起こすだけじゃないんだって教えてやらないと……!
ただ決着をつけるためだけの戦いをすればいいわけじゃない。七星の呪いに取り込まれた彼女を正気に戻すことが出来なければ、結局自分は七星の血の呪いを見過ごしたに等しい。それをきっと、彼女は望まないだろう。私に救われることは彼女にとって屈辱ともいえることかもしれない。
でも、それでも、救わない理由にはならない。救ったうえで彼女が自分で見つければいいだけのことだ。
「はぁ……はぁ……まだ、まだよ、まだ終われない」
「先の一撃で勝負をつけることが出来ぬとは、我ら七星宗家も耄碌したものよ。なあに、身体の試運転がてらだ、調整が完全になれば、問題なく我らの絶技は世界を席巻するだろう」
「大陸七星たちなど所詮は数にモノを言うているだけに過ぎない。完成された七星である我らには何らお呼びはしない」
「完成なんて、されていない」
「何を?」
「完成なんてしないわ、いつだって、どんな時代だって、完成されるってことはそれが終着だってことでしょ? 貴方たちは酷い勘違いをしている。七星の血は七星の技術を失わせないためであり、未来の継承者たちを守る為であり、そして、七星の技術を進歩させていくためのモノであったはずよ!
一世代では学びきることができないような膨大な知識を身体に刻み込んだのも全ては次の世代に、より大きな飛翔が出来るようにと願ったから。それは断じてどこかで止めていいものであったわけではなかったはずよ、あなたたちだって肉体があった頃はそのように考えたはず、それをかつての時代で完成された何て言うこと自体が間違っているのは当たり前でしょ!」
「口だけは達者だな、分家の女よ。好きに呟ければいい。好きに罵ればいい。しかし、お前に与えられるような慈悲はもはやここには存在しない。首を斬られ、身体を断たれ、お前はそれで終わりを迎える。ただ、それだけの結末が待っている」
「もはやその傷ではお前も戦うことなど出来ないだろう。もって後一撃、だが、そうと分かっていれば、我々はそれを阻むだけのことだ」
「器との戦いを優先するあまり、たった一人でここに来たことが災いしたな。誰もお前を助ける者などここにはいない」
「―――いいや、いる。少なくとも、お前たちが七星である限り、俺は世界の果てであろうともお前たちを見つけて見せる!!」
その瞬間に聞こえた声に、器である散華が反応するが、それよりも早く、蛇腹剣が散華の身体に傷を刻む。
「ぐっ、があああああああ」
「レイジ君!?」
「何とか間に合ったみたいだな……」
絶体絶命の状況で桜子の前に姿を見せたのは、七星との戦いを誰よりも切望する少年、レイジ・オブ・ダストであった。ルチアーノとの戦いから脱しなければ桜子の命の危機であったことを考えれば、レイジがここに辿り着いたことは僥倖であったと言えよう。
「七星のツギハギ、欠陥品め。貴様はあの男たちが歯止めをかけているはずではなかったのか!?」
「ターニャが俺をこちらに向かわせてくれた。俺が戦うべき相手は言うまでもなく七星だ。お前たちを倒し、そして、俺は俺の復讐を完遂する。桜子、まだ戦えるな? 俺も完全に調子が出せているわけじゃない。俺一人ではコイツを倒しきることはできないだろう。力を貸してくれ」
「うん……、その言葉を待っていたよ、レイジ君……!」
レイジにとって、自分の復讐に他人の手を借りることなど本来であれば、望んではならないことであるという認識がある。
果たすべきことは自らの手で果たす。それが本来のレイジ・オブ・ダストの考え方であることには変わりはない。
しかし、これまでの多くの戦いの中で、レイジも自分の限界というものを感じてきていることも事実だ。自分一人だけでは勝利できないのであればここまで、共に戦ってきた仲間たちを頼る、それが今のレイジにはできる。だからこそ、ターニャの力を借りてここに辿り着いた。そして、今、桜子の力を借りることができる。
「邪魔をするな、ツギハギの星屑如きがぁぁぁぁぁぁ!!」
「答えろ、ヴィンセントは、奴以外にご人の七星が俺の運命に介入したと告げた。お前たちはその五人のうちの1人か!」
「そんな質問に答える義理はないッ!」
「そうか、ならば、力ずくでも答えてもらうぞ!!」
蛇腹剣が動き、先ほどまでの桜子が発動していた斬撃結界と連動するようにして散華の肉体の動きを封じていく。その動き自体は散華を器としている七星の血に宿る者たちからすれば大した脅威には映らない。処理をするべき案件がもう一つ増えた程度の感覚でしかないが……、問題はそこではない。
「ぬっ、ぐぅ、があああ、これは、我ら、七星の魔力が切断されて……」
「効くだろうな、お前たちのよう七星の魔力に頼って戦っているような連中には、七星の魔力が奪われる俺の刃は!!」
奇しくも先程、自分たちが桜子に対して行った戦術の意趣返しを行われたに等しい七星の血に宿る先達たちは苦渋の反応を浮かべる。ダメージ自体は十分に自己回復の範疇内の話しではあるのだ。問題があるとすれば、その魔力を絶たれるということだ。
「っ……あっ……くぅ、これ、なな、星の魔力が薄れて……」
『器の反応が戻り始めている……!』
『いらぬ、今更貴様の反応など要らぬのだ。黙っていろ、最早この戦いにお前が付け入る余地は何処にもない!』
ようやく奪った肉体なのだ。今更自殺志願者に返してやる道理などないと彼らは心の中で反目するが、その反応は一時的であるとはいえ七星の血と完全に協調関係にある桜子、そして七星の血を無力化する戦いを実行することができるレイジに対して最悪の隙を生み出しているに他ならなかった。
「レイジ君、おそらくだけど、相手の身体の中で主導権の奪い合いが始まっている!」
「どういうことだ?」
「たぶん、散華と七星の血、どっちが身体を使うのかの奪い合い、だから、レイジ君は今のまま攻撃を続けて、そうすればおそらく、あの子は自分の自我を取り戻す。そう簡単に手放せるほど安いものじゃないよ、自分の人生って!」
桜子とレイジによる攻撃が続いていく。優位性を握っているのがどちらであるのかはもはや関係ない。誰も彼もが手負いの中で必死に自分たちの目的を達しようとしている。唯一、七星の血の中に宿っている医師たちだけがその現実を受け止めることができない。
『何故だ、何故なのだ、我々は最高峰の器を手に入れた。七星桜華にも劣らぬほどの器だ。であるのに、なのに、どうして私達がこのような形で追い込まれている。こんなことがあっていいはずがない!』
「それは単純に、あなたたちが私の身体を乗っ取ったから。七星桜子のように総てを受け入れていない私では完全な合一など果たせない。その差が出てしまったというだけでしょう。ええ、ようやく目を覚ましましたよ」
身体の中で七星の血によって意識を奪われてたはずの散華の意識が甦る、そして七星の血の中に宿っていた意志が逆にその意識を侵食されていく。
「貴方たちは、先ほどの血桜で彼女の命を完全に奪うべきだった。まぁ、それが出来なかったのは私の未熟さもありますが、それが出来なかった時点で私達は負ける運命から逃れることは出来なかったのですよ」
『自分が何を言っているのか分かっているのか、その言い分ではお前も――――』
「私は最後まで七星桜子にはなれなかった」
七星の血に宿る者たちへと告解するように散華は漏らす。
「分かっていたんですよ、最初から、彼女が悪いわけではないことなんて。でも、憎むしかなかった、恨むしかなかった。だって、彼女こそが私の成りたい自分だったから。七星の血の運命を受け入れて、それでも自分の生きたいように生きる。そんな彼女の存在は私の成りたい姿だったから。だからこそ、許せなかった。総てを押し付けた。彼女を殺せば、私が成り代わることができるんじゃないかと思って」
そんな都合の良い話なんてあるはずがない。自分は自分の手で全てを断ち切ってしまった。そして彼女はそれを守り抜いた。だからこそ、今もあのように誰かと手を取り合うことを何も怖れていない。
自分はどうだろうか? 無理だろう、誰かを大切に思うことでまた奪われるのだと思えばそんな気持ちは抱けない。七星であることが身近な誰かを不幸にするのだとすれば、何かに縋って生きていくことなんてできるはずもない。
だからこそ、七星散華は七星桜子にはなれないのだ。彼女に出来て自分にはできないのはそういうこと。自分の人生を自分で答えを探しに向かおうともせずに状況に流されるばかりだった私に、祝福なんて訪れるはずもなかった。
「でも、だからって、このままみすみす負けを認めるというのもそれはそれで気分が良くありません。私は私の人生を懸命に生きてきた。だからこそ、最後の最後まで走りきらないと。例え、その最後が主役に敗北する敵役であったとしても……」
身体はボロボロだ、彼らに好き勝手に使われ、レイジと桜子の攻撃を受け続けてきた肉体はもう衰弱していて、おそらく自己回復を使っても厳しいだろう。
だから、これは最後の足掻きに過ぎない。道を踏み外してしまった人間が最後に見せる、ほんの少しの足掻きでしかないと分かったうえで、
「返してもらいますよ、私の身体」
やめろ、そんなことをすれば、なんだか聞こえてくる声を無視して、ようやく自我を取り戻し、彼ら二人の攻撃を寸前で受け流す。存外、魔術回路は生き残っている。これならまだ戦える。
「感謝しますよ、お二人とも。おかげで、ようやく自分を取り戻すことが出来ました」
「散華さん……!?」
「あら、何を不思議がるんですか? それとも、最後まで彼らの方が良かったですか?私に戻ってしまったら、勝てるものも、勝てなくなってしまうかもしれませんしね」
「もうお互いに戦う理由なんてないと思うけど?」
「ええ、そうですね、アサシンの反応が消えました。令呪からも繋がりを感じられない。見事ですよ、あなたたちの勝ちです。でもね、聖杯戦争は終わっても、七星同士の戦いは終わらない。私は貴女を殺さなければならないし、レイジさん、貴方は私という七星を倒さなくちゃいけないでしょう?」
「ああ、当たり前だ」
情けも何も存在せずに、自分を殺すつもりであると言い放ってくれるレイジの存在が今はとてもありがたい。私達は聖杯戦争ではなく、七星の魔術師として、1人の人間としての因縁を求めた。
だから、例え、サーヴァントが消失したとしても、戦いは続く。終わらせてはならない。それではけじめをつけることができない。もはや死に体の身体に鞭を打って、自分の身体を動かす。肉体はもうボロボロだというのに、不思議と身体に余計な力は入っていない。自分自身の身体と七星の血、そして私の意識、その総てがこの瞬間に漸くひとつになることが出来たように思う。
「くぅっ、この土壇場でまた速くなって!」
「あはは、そうですよ、そんな簡単に終わりになんてさせてあげません。私の実力は貴女に及ばなかったとしても、私の身体と反応速度は貴女を凌駕する。互いに早々長くは戦えないでしょう。だから、終わりにしてあげますよ!」
技量の上では負けているかもしれないけれど、手負いの彼女も、全身ボロボロの私も、どちらもそんな精細な技を放つことが出来る状態ではない。七星の血を互いに励起させて、最大限の自動反応を維持しながらも、相手の最後を飾るに相応しい決定的な隙を模索する。
勿論、私側には彼女だけではなく、レイジさんというもう一つの脅威が迫る。蛇腹剣の刃が周囲から襲い掛かり、時に大剣で私の剣を破壊しにかかる。ひとたび触れれば魔力を削り取られて、ほんの一瞬であっても、七星桜子に決着の一刀を放つ隙を生み出すことになってしまう。
「答えろ、七星散華。お前はヴィンセントの語った五人の七星の1人か!」
「………ふふっ、違いますよ。私はこの聖杯戦争で貴方と出会うまで、貴方のことなんて欠片も知りません。断じて私は貴方とは関係がない」
「……そうか。ならばそれでいい。後は只お前が七星であるから、倒す。それだけだ!」
「復讐だなんて、本当にできると思っているんですか? 現実はいつだって残酷です。貫こうとしたことを最後まで貫けることなんて稀で、ほとんどは最後まで行きつく前に現実の厳しさに押し潰されます。貴方の復讐だって、誰かにとって都合のいい道具として利用されているだけかもしれないのに」
例えば、灰狼様やカシム様たちに、あの二人は狡猾だ、私など比べ物にならないほどに、彼らがいまだに彼を排除しないことこそが彼らの計画の中で彼の存在が予定調和でしかないことを意味しているのだと私には思えてしまう。
いてもいなくても変わらない存在であれば、積極的に排除をする必要はない。彼らならばそう考えるだろう。だからこそ、復讐は実を結ばない。牙を剥かれることを怖れない相手にどのようにして牙を突きたてるのか。
「関係ないな、それは……諦める理由にはならない」
「―――――――」
「無駄かもしれない、不可能かもしれない。誰もが叶えられるなんて思っていないかもしれない。だが、それは足を止める理由にはなりえない。諦める理由にはならない。無茶なことをやっている自覚はある。連中は強い、お前ひとりだって俺には1人では倒せない。
それでも、それでもやるんだよ。その覚悟がなくちゃ、地獄の先に花を咲かせるなんてことは出来ない……ッ!」
ああ、そうか、この少年は最初からできるとかできないとかそういう世界の中で生きているわけじゃないんだ。それしかないから、そのたった一つの始まりを貫くことだけが彼にとっての原動力だから。どれだけ世界が残酷でも、どれだけ世界が微笑んでくれなくても彼はきっと止まらない。命が終わりを迎えるその時まで、魂を燃やし続けて走り続ける。
「眩しい……」
ポツリと漏れた言葉は本心からの吐露だった。世界も現実も関係ない。私が心に決めたことを完遂すればそれでよかった。言葉にすれば簡単なのに、どうして私はそれが出来なかったんだろう。どうして、私は、諦めてしまったんだろう。
救いは無くても、希望は無くても、納得は出来たかもしれないのに……。
(レイジ・オブ・ダスト、もしかしたら、貴方なのかもしれませんね、リーゼリット様に欠けた灰狼様に対抗しうる力、そのカギを握っているのは貴方なのかもしれない……)
予感がある、もしも、もしも、レイジとリゼが真に協力し合うことが出来ればその時にこそ、灰狼の計画を阻む最大の敵となりえるかもしれない予感が。そうなること自体が一筋縄ではいかないと分かっていても、どうしてか心の中で、そんな希望を見出してしまう自分がいるのだ。
そうですね、リーゼリット様、いまさら、貴女に届かないかもしれないけれど、貴女と私を同じであると言ってしまったことだけは訂正しておきましょう。私には彼のような人はいなかった。
(もっとも、それも全ては私を倒すことが出来なければ、意味はありませんが……!)
アサシンはいなくなってしまった、最後まで結局、心を通じ合わせることは出来なかった。どんな結末を迎えたのかも知らないままとなってしまったことを許してほしい。抱きしめてほしいと願われながら、抱きしめることを躊躇ってしまったこと許してほしい。
結局、私は、自分で想っているほど、狂うことなんてできなかった。ずっと後悔に塗れて現実から目を逸らしているだけだった。私達は互いに望まれて生まれてきたわけではない者同士であると分かったふりをして、貴女が本当に望んでいることを叶えてあげることから目を逸らしていた。
「七星流剣術―――弐ノ型『枝垂桜』!!」
「七星流剣術―――時雨吹雪!!」
まだ動く、まだ体は動く。数分先の終わりに向けて動いていくだけの身体ではあるけれども、この先を求める気持ちがあるわけではないけれども、負けたくはない。最終的な勝利に繋がらなくても、命を奪う事が出来なくても、彼女に勝ちたい。彼女に負けたくない。
「しぶとい!」
「当たり前です、これでも七星宗家の後継者ですから!」
七星の血と同調し、過去最高のコンディションで戦っている。そんな桜子に対して、散華はレイジと二人で追い込んでいるにもかかわらず、ギリギリで致命傷だけは避けて攻撃を続けている。
それは無謀な時間稼ぎとさして変わらない。散華にはもうこちらを倒すだけの力は残っていない。けれど、負けないだけであれば彼女はいつまでも戦いを長引かせるだろう。それでこちらが消耗すれば御の字であるとばかりに。戦いを続けていく。確かに彼女にとっては此処で終わりであったとしても、レイジと桜子の戦いはこれからも続いていく。決してこの悪あがきに全く意味がないわけではない。
(彼女を倒すにはその反応速度を超える必要がある。でお、予備動作を見せた時点で彼女の身体は反応する。どんな技を使った所で彼女には私の動きが見破られる。だったら……!)
桜子の脳裏に一つの答えが浮かび、自分の身体に宿っている七星の血が魔力となって彼女の身体を循環する。可能であるということか、こんな荒唐無稽なことをそれでも可能であると言ってくれるのであれば、やれないことはないと自分の中で結論付ける。
自分の中のイメージを形にするために、あえて抜刀するような構えを作る。それが魔力によって生み出される刃の一閃であることを散華も自覚する。
(何をしてきても避けて見せる、私が反応するよりも早く攻撃を放つことができるわけがない。貴方の放つ魔力による刃は、私の反応を越えることはできない)
「七星流剣術―――拾ノ型」
その言葉を紡いだ瞬間に、それが何を意味しているのかを散華は気付くべきだった。それは七星桜子が放つ技としては未知、彼女が教えられた七星流剣術の基本形は玖ノ型までであり、拾ノ型などと呼ばれるモノは存在しえないのだ。
生きるか死ぬかの瀬戸際、ほんの一瞬の判断によって静止の総てが分かたれるであろう戦場の最中で、それを見出すことが出来なかった散華に向かって桜子の声が響く。
「―――『桜爛開花』」
「――――――――――なっ………!?」
その瞬間に起こったことを誰が説明できるだろう。その場の誰もが驚愕し、その瞬間に何が起こったのかを理解することが出来なかった。桜子と散華の視線が重なり合った。それだけ、たったそれだけの出来事が起こったのだ。
そして、予備動作も何もなく、桜子は居合を行うこともなく、抜刀体制の状態から動くことはなかった。にもかかわらず、散華の身体には真一文字の傷が刻み込まれ、彼女の腹部から血飛沫が飛散していく。
「がはっ……」
(斬られた? いつのまに、彼女は動作すらも起こしていない。私の身体が反応していない以上、攻撃動作なんて……違う、そうじゃない。彼女は確かに動いていた。私と視線を合わせていた)
それは、かつて秋津の聖杯戦争でも至るかもしれなかった可能性、あらゆる場所に自分の思う通りの魔力刃を生み出すことができる桜子の魔術はいずれ、自分の望む場所に、ただ望んだだけで刃を生み出し、振るう事が出来ると言われた。
散華と視線を合わせることによって、魔力刃を置く位置、放つイメージ、それらすべてを一瞬で構築し、魔力刃の発生と同時に斬撃を放った。言わば、視線を合わせるだけで相手を斬った。予備動作すらも必要ない。
身体が全く動いていなかったとしても、彼女の頭の中では散華を斬ったイメージが出来上がっており、後は自分の身体でそれを再現するだけ、それだけで不可視の斬撃の究極系、一切の予備動作なくイメージによってすべてを切り結ぶ、桜子の魔術の到達点が、ここに完成を果たしたのだ。
「うっ、げほ、ごほっ、げほぉ、うぅ、これ、めちゃくちゃキッツい。脳の酸素、全部一気に持っていかれた気分、気持ち悪い……!」
思わず桜子は咳き込み、嘔吐しそうになってしまうのを必死に我慢する。先の一撃だけでこの消耗度合、まともに実戦で使える技ではないことは明白だ。けれど、もしも、これを自由に使うことができるとすれば、桜子の切り札は大きな意味を持つ。
その可能性に広がりさえも自覚させるほどの飛翔をした憎からしい女を前にして、散華の刀がボチンと落ちる。
「あぁ……本当に、最後の最後までいけ好かない女ですね、私にはできないことを簡単にやってのける。どれだけ力を誇示しようとも最後にはそれを越えてくる。そんな相手が倒さなければいけない相手だったなんて、これ、何かの罰ゲームですか?」
七星散華は誰の目から見ても瀕死だった。真一文字に切り裂かれた腹部からは血が流れ、口もとからも喀血しており、取りこぼした刀を拾い上げる力も残されていない。
減らず口を叩いているの等、総てはささやかな抵抗をするため。それさえもあと少しで余力が喪われるだろう。
「私も……貴女のようになりたかった。普通の人生を生きて、好きな人と添い遂げて、多くの人に恵まれて、七星であることを誇りに思えるような、そんな人生を生きたかった。敵わないから、だから、憎むしかなかった。ごめんなさい、桜子さん。もっと早く貴方に出会えていれば、私は……貴女を憎むことなんてしなかったかもしれないのに」
「ま、待って、まだ遅くない。今からでも――――」
「無理ですよ、もう身体に力が入りません。全身に無理をさせましたし、貴女に斬られましたし、何より……、私には帰る場所なんてありませんから。自分で全て捨てました。だから……」
ふと、そこで脳裏に出撃前の会話が思い出される。自分が散華の友人になる、そんな馬鹿げた言葉を口にした皇女の姿を思い出して、ほんの少しだけ申し訳ないという気持ちを抱く。ほら、やっぱり、約束は果たせない。血塗られた七星の運命に身を委ねた女に救いなんて訪れるはずもなかったのだ。
(まぁ、こんなものでしょうね、リーゼリット様、かけてくださった言葉は嬉しかったです、本当は自分で伝えるべきでしょうけれど、それを伝えるための術は残されていないようですから)
「レイジ様……、貴方は七星を斬ることが目的でしょう? お望み通り、私を斬ってください。どうせ、放っておかれても死ぬ立場です。介錯してくださいますか?」
「ああ……言われるまでもない。七星は全て俺が倒す」
「私のようにはならないでくださいよ」
「言われるまでもない」
そうして振りかぶった大剣が散華の身体へと向かっていく。その間際に浮かんだ走馬燈、それらはもはや散華には手が届かないものばかりで――――
「ああ、先輩、今度こそは貴女と―――――」
最後まで言葉を紡ぐこともなく彼女の身体は切り裂かれて、崩れ落ちる。散華がもう一度立ち上がることはない。最後の一刀を討ちこまれたことによって、七星宗家の刺客としてこの聖杯戦争に参加した七星散華はその命を散らしたのであった。
「もしかしたら……、ほんの少しでも、出会い方が違っていたら、私達は分かり合う事が出来たのかな……?」
「もしかしたら、なんて言葉に意味はない。俺達はいつだって、たった一つの未来しか手に取ることはできないんだ。だけど……、あんたの無念も背負っていくよ。七星に人生を狂わされたのはアンタも同じだったんだから」
散華はレイジとは何の関係もなかった。それが真実であったかどうかはレイジには判断できない。しかし、直感的に彼女は嘘を口にするような人物ではないだろうとレイジにも納得することが出来た。
であれば、あと五人の七星、すなわち、それは、灰狼、カシム、リーゼリットとヨハン、そして……、チラリとレイジは桜子を見る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
今更桜子を疑うようなことはしない。であれば、まだ自分が知らない七星がいるのだろうか。この聖杯戦争の中で暗躍する、まだ顔を見せていないもう一人の七星が。
だとすれば、必ず見つけ出してこの手で倒さなければならない。総ての七星を倒すことが出来なければ、復讐に終わりは来ないのだから。
・・・
「ぐ、がああああ、バカな、そんな、俺が、俺が、こんな、こんな小娘に……」
そして、散華との戦いが終わりを迎えた頃、もう一つの戦場も静かに、誰に悟られることもなく終わりを迎えていた。
地面に倒れ、辺り一帯を血の海へと変えて、ルチアーノは今、まもなくその命を終えようとしていた。そんなルチアーノを見下ろしているのはターニャ・ズヴィズダー、ルチアーノを処断した人物である。
「どうして、どうしてだよ、俺はサーヴァントまで連れて来たのに、なんで、こんな小娘に……げほぉぉぉ!」
「それはあなたが弱いからでしょう? だから、小娘にも勝てない。見苦しいわね」
レイジと接している時のターニャと同一人物であるのが信じられないほどの冷徹な声で、ターニャはルチアーノを侮辱する。これより先にもはや死ぬしかない相手に対して口にする言葉とは思えないほどの様子は、普段の彼女を知っている者であれば、思わず思考を止めざるを得ないほどに理解不能なモノであった。
「貴方はもっと抵抗すると思っていたのにね、クビライ。よかったの? ハーンの命令に逆らうことになってしまうわよ?」
「ふははははははは、いいさ、構わないさ。どこぞの馬の骨に負けるってのなら、ハーンより命令を与えられた者としての名折れだが、あんたに負けるのなら、悔いはない。かつて焦がれた女に負けるのならば、ハーンだって許してくれるだろうぜ、
ああ、まさか、お前にまた会えるとは……もう一度、ハーンに呼び出される時を楽しみにしているぜ……オウカ」
最後まで満足したような様子を浮かべながら、四駿が一人、クビライもこの場より消失した。残されたのは骸となったルチアーノだけ、その様子を見ながら、ターニャはクスリと笑う。
「誰にも邪魔させないわ。私の大切な人、もうすぐ、もうすぐよ。籠の中の鳥であるときはもうまもなく終わるのだから」
七星散華及びアサシン脱落―――残る七星は、あと五人
そして、まもなくリーゼリット・N・エトワールの戴冠の時を迎える。
それはレイジ・オブ・ダストとヨハン・N・シュテルン、二人の男の死闘の幕開けをも意味していた。
第14話「祝福」――――了
――あの茜色の空、いつかまたねと手を振り合ったけど、もう会うことはないのでしょう。
次回―――第15話「嘘」
次回からはレイジとヨハンとの決戦回、更新派4日後の10日となります!
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