Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
第15話「嘘」①
『あんたは、今の自分に満足しているのか? 俺には今のあんたが自分自身を嫌っている様にしか見えないよ』
今でも思い出すことがある。私の人生観に大きな変化を与えたあの日のことを、茜色の空の下で同じ景色を見て、言葉を交した少年のことを。名前も素性も何も知らない相手なのに、今でも私は覚えていて、今でも私の心の中に根付いている。
私が初めて七星としての役目を果たすために実践参加したスラム鎮圧の戦い、セルバンテス達に守られて、お飾りの指揮官として戦場へと立った私はそこで自分の中の七星の血に呑まれかけていた。意識を持っていかれるような感覚ではなく、どちらかといえば戦いに酔っていたのだ。
王宮の中で暮らしていた世間知らずの皇女が戦場にひとたび出れば、七星の血の影響もあって全能感に呑まれているような感覚に陥る。敵がどれだけ来ようとも兵士たちに命令すれば簡単に殺すことができる。
私に群がってくる相手も、七星の血が流れ戦場に対しての忌避感を覚えていない私は、さして恐怖を覚えるわけでもない。王都の中を散歩するような気分で自分に敵意を向けてくる相手が次々と倒されていくのだ。このような戦いに全能感を覚えるなという方が難しい話であるだろう。
もしも、そのまま戦いが終わっていれば、私がその全能感に浸ったまま、七星としての自分を突き進んでいたことだろう。灰狼殿やカシム殿のように七星としての自分に何ら疑問を抱くことのない存在へと成長をしていたはずだ。
けれど、そうはならなかった。セルバンテス達の警備をすり抜ける形でスラム側の人間によって、私は拉致され、そして、ほんの1日程度の時間ではあったけれど、私はスラムの中で生きることを強要された。
私を拉致した少年は、結局、私に危害を加えることはなかった。彼の周りの大人たちは皇女としての私の価値を理解していただろうし、スラム掃討作戦の指揮をとっていた私に対して憎しみを抱いていた者たちもいたはずだ。使い潰すだけ使い潰して命を奪うという事も出来たはずだけれど、結局の所、私は何もされることはなかった。
より詳しく言えば、何かをされる前に逃げる機会を与えられた、ということでもあるわけだが……、
『俺は別にあんたがこの国の皇女だから助けたわけじゃない。そもそも、あんたの素性なんて知らない。ただ、女を縛って、脅しているなんてカッコ悪いだろ。だから、助けた。それだけだよ……』
『貴方は私を憎んでいないの?このスラムの人たちの命を奪うように指示したのは私なのに……』
『アンタを恨めば、俺の生活が変わるのか? アンタを殺せば、俺はここから這い上がれるのか? 違うだろ? ただ、一時の気分を晴らせるだけだ。そんなことはどうでもいい。そんな方法じゃ、ここの連中を誰も救うことなんてできない』
私を助け出してくれた彼は、スラムの人間でありながら憎しみに囚われているわけではなかった。怒りは持っていた、現状を変えたいという気持ちは当然に持っていた。
けれど、その原動力を誰かを傷つけるために使うことはなかった。良くも悪くも彼は達観していたように思う。無遠慮に怒りを振り撒くだけでは世界は変えられない。変えるための方法を模索しなければならない。そう語る彼自身もどこか自分の言動に迷いを覚えているようで、私はそんな彼と会話を続けていく中で、自分自身の中にある力にも疑問を持つようになっていった。
『あんたが七星に生まれたからといって、七星で在り続けなくちゃいけない理由なんて、本来はないんじゃないか? あんたはあんただ。生まれを変えることはできないかもしれないけれど、それからどのように歩んでいくのかはアンタ次第だろう』
『……、私は私になれるかな?』
『知らない、俺が答えられるはずもない。そうできるのかどうかはアンタ次第だ』
彼はあえて突き放すことを言った。簡単に慰めることなんていくらでもできるし、きっと、私の傍にいる人たちはいつだって慰めを与えてくれたはずだ。けれど、彼はそうしない、そんな安易な優しさを与えてはくれない。
きっと、このスラムの中で決して幸せな日々を送ってきたわけではないのだろう。苦難ばかりだったのかもしれない。それでも、彼の瞳は濁っているわけではなかった。現実の苦しみに耐え抜き、手が届かないかもしれない明日に手を伸ばそうとすることを諦めない。そんな空気を感じ取った。
だからだろうか、そんな彼の姿を見ていると、自分も変わることができるんじゃないかとそんな風に思えてきてしまうのだった。
思い返してみれば、彼と出会ってからである。私が、七星としての自分の運命を受け入れるのではなく、どこかで変えていこうと考えるようになったのは。その総てが彼が原因であるなんて言うつもりはない。私は私なりに自分で考えて今日まで歩んできたと思っている。でも、その根底にあるのはやはり、彼との出会いだ。
『本当に一緒に来ないの?』
『ああ、お前こそ、俺なんかと一緒にいても仕方がないだろう。俺達は住む世界が違う。それは十分理解しただろ』
『でも……』
『なら、いつかまた来ればいい。スラムに立ち寄れば俺はいつでもいる。あんたがまたここに来るような奇特な奴なら、またきっと会うことができるハズさ』
『うん、そうだね……、そうするよ』
いつかまたねと私は彼に手を振った。彼も遠慮しながら小さく手を振ってくれた。夕焼けが見える茜色の空、そこで再会を誓いあいながら、私達は別れた。きっと、もう私達が再会することなんてないんだろうという予感を抱きながら、別れ、そして今日に至るまでやはり私達は再会していない。
聖杯戦争の敵役である彼、レイジ・オブ・ダストという少年は彼に似た空気を持っている。でも、彼があの時の彼でないことは私も分かっている。もしも、彼が今も生きているのだとすれば、私やヨハン君と同じ年齢であるはずだし、そもそも、彼は私との面識を持っていない。彼は私が皇女であることを知っているし、それを忘れるような人間ではないことは分かっている。
だから、どこまでも他人の空似に過ぎないことは自覚しなければならないだろう。きっと、彼もこの同じ空のどこかで生きている。彼が自分の幸福を見つけることが出来たのかはわからない。わからないけれど、見つけることができるような国に近づける努力を私はしなければならないと思っているから。
今日と言う日を境にして、私はより多くの事が出来るようになる。自分の理想に近づくことができる。
「いよいよだな、この戴冠式が終われば、正式に君がこの国の女王だ。国王もよく王冠を君に渡す気になったなと今でも思うよ」
「お父様は既に灰狼殿の勝利を信じているのよ。その時に私がこの国を統治して、自分は七星の血族として力を使いたいと考えているんじゃないかしら。実際に軍を率いる者が必要になるでしょう、世界征服をするのなら」
「本当にそんなことを考えて」
「いるわ、お父様も他の七星たちもみんなそうよ。それだけは何も変わらず、大陸に渡った七星たちが掲げ続けてきた宿願、それを果たす時がようやく来たんだもの、絶対に止まらないわ、灰狼殿が聖杯を掴めばこの世界は侵略王の戦に巻き込まれていくでしょうね」
それがこの聖杯戦争の流れであることは私もよく理解している。私が冠を受け継ぐこともまた世界制覇のための一過程に過ぎない。
セプテムの女王が聖杯戦争の最中に灰狼に協力をした、それは世界を制覇した後の覇権を考えれば十二分に意味を持つ。セプテムはいずれ戻ってくる侵略王の世界再征服を果たすためのくびきとして生み出された国だ。聖杯戦争という特異な形での戦いを想定していなかった先人たちはここから西側諸国を征服することを考えていただろう。
今後の未来、そして本来の自分たちが与えられた役割を果たす。それを娘にやらせることは七星の血に強いこだわりを持っている父からすれば、娘に与えられる最大の名誉であると考えていることだろう。
あるいは、私に諦めさせるためなのかもしれない。どれだけお前が抵抗をしたところで、お前が王位を継ぎ、七星の世界の統治者として生きることに変わりはない。それを私に思い知らせようとしているのかもしれない。
「何にしても、セプテムの王族に生まれた以上、私に選択権はない。遅かれ早かれ、あの冠は私が受け継ぐものだった。今日まで、私が無事に来れたのはヨハン君のお陰だよ、ありがとう」
「別に、大したことはしていないさ。今日だって変わらない。ただ自分のやるべきことをするだけだ。その過程で誰が来たとしても、リゼ、君の戴冠式の邪魔はさせない。俺とアーチャーが守りきって見せる」
「ふふ、期待しているよ、ヨハン君、私の騎士」
ヨハン君は全身全霊で私に尽くしてくれている。同じ七星の魔術師としても、私直属の騎士としても、本当に尽くしてくれている。
どうして、スラムの出身なのに、ここまで私に尽くしてくれるんだろうと思うくらいには、彼は私のことを第一に考えてくれている。
むしろ、個人的な気持ちを抱いていることも理解はしているけれど、それに応えられないことは口に出さなくても互いに理解している。私達は今の関係が一番いい、それが様々なことを棚上げしたうえで姫と騎士を演じていられるのだと互いに分かっているから。
余計なことに踏み込めば、余計なことを知らなくちゃいけなくなる。ハリネズミのジレンマのように、長く付き合っているからこそ、私達は互いに臆病になってしまっている。
自分たちの関係性に甘えていると言われてしまえばそれまでだけど、その関係が心地よいこともまた事実なのだ。
(こんなことだから、私は何もできていないなんて言われてしまうのかもね。私、潜在的に憶病なのかもしれない。自分の行動で何かが喪われるのが嫌だって思っているのかも)
「そろそろ戴冠式の会場に向かわなければいけない時間だ。無駄話も此処までだ」
「そうだね……、ヨハン君、今日も護衛よろしくね」
「ああ、騎士でしかない俺は王宮近衛たちのように戴冠式の中に入ることができないから、外から上手くいくことを祈っておくよ」
「私が口添えをすれば中に入ることも問題なかったのに」
「いいさ、もしもの時に君を守れるかもしれないけれど、戴冠式を無駄にするようなことはしたくない。君にとっても国民にとっても必要な儀式だ。それを邪魔する連中は会場に入れる前に叩かなくちゃいけない。だからこそ、外に出来る奴がいなくちゃダメだろ?」
レイジ君たちがこの戴冠式に攻撃を仕掛けてくる可能性は間違いないとヨハン君は結論付けている。確かに今日は国民のほぼすべてが戴冠式の為に動き、街中も人で溢れかえる。隠密行動をするのであれば今日は確かに相応しいが反面、私を守る警備もかなり厳重であることは事実だ。私を狙う上でそれは大きな問題となる。
正直なことを言えば、彼らがこの戴冠式で私を狙うメリットはほとんど存在しえない。何せ、戴冠式の最中に私の命を奪うようなことになれば、彼らはこの国の皇女、あるいは女王の命を奪ったことになる。本当の意味でセプテムという国を敵に回すことになるだろう。例え、魔術師であったとしても、本当の意味で国軍を相手にすることになれば数に呑まれかねないし、国際問題に発展することを八代朔姫が望むとも思えない。
だからこそ、狙うのだとすれば……、
「おや、これは素晴らしい衣装ですな、普段の皇女殿下も美しき花が如きではありますが、今日の貴女はいつもよりも数段華やかさに磨きがかかっている。それとも、今この瞬間から既に女王陛下とお呼びした方がよろしいですかな、リーゼリット様」
「演技かかがった言葉を口にする必要はありませんよ灰狼殿、冠を被ったところで、私と貴女の関係が変わるわけではありませんから」
「確かにその通りではありましょう。ですが、私も礼は尽しておきたいのですよ。何せ、女王陛下となった後には、我々星家とセプテム国はより一層懇意になっていく。世界の行く末を決めていく者同士となるのですから、敬意を払うのは当然のことでしょう」
既に自分が聖杯戦争に勝利することは決まりきっているような態度を灰狼はとる。ライダーという圧倒的な戦力を持っている彼からすれば、それは予定ではなく決定事項という認識なのかもしれないが、サーヴァントを持っている身としてはあまり気分がいいものではない。
努めてそれを見せることなく、涼しく話を躱そうとするが、
「散華の件は残念でしたね、あちらの妨害工作が無ければ我々もより多くの戦力を投入することが出来ましたが、彼女の実力を見込んででしたが、結果的に裏目に出た。我々は貴重な戦力と七星宗家とのパイプを失ってしまいました」
自然と掌が握りこまれて拳を作りこんでしまう。散華さんの話しは、出撃の翌日にすぐに報告を受けた。あちら側の陣営と激突として、アサシン共々敗北、サーヴァントは消滅し、散華さんとルチアーノは共に帰らぬ人となった。
耳にした時には、しばらく現実感を取り戻すことが出来なかった。セルバンテスに続いて、散華さんとルチアーノ、私の知っている人がまた命を落としてしまった。私の知らないところで、私が何もしていない間にまたいなくなってしまった。
自分に何が出来ただろうかという後悔は今でも強く募っている。忘れようともしても忘れることができない。忘れることができるのなら、散華さんの話を聞かされて、友人になろうなんていうこともなかった。
でも、あの時の散華さんの表情は何処か困ったような表情ではあったけれども、確かに笑っていた。仕方がないなというような完全な拒絶ではなかった。戻ってきてほしかったと思う。もっと多くの話しをしてあげたかった。彼女の孤独を癒すなんて言い方をしてしまったら、彼女に対して失礼であるかもしれないけれど、ほんの少しでも寄り添いたかったと思う。
事実は事実である、しかし、これをことさら何もなかったかのように言葉で済まそうとする灰狼の様子にはどうしても苛立ちを隠しきることが出来なかった。
「灰狼殿は、散華さんの生い立ちを知っていたんですか?」
「ええ、ある程度は本人から。七星宗家については大陸側の七星としてある程度の情報収集もしていましたが、本人の言葉とこちらの認識にさほどの変化はありませんでしたよ。七星宗家が既に彼女の手によって滅びているということも含めて」
「灰狼殿は七星宗家について何か思う所はなかったのですか?」
「残念だったとは思っていますよ。彼らは最後の瞬間まで七星であることを誇りとし、七星で在り続けることを望んできた。だからこそ、散華を七星の血を受け継ぐための器として育て、圧倒的な才覚の存在を生み出すことに成功した。
ただ……、彼らはあくまでも集合体であった。集合体であったからこそ、散華との協調性を維持することが出来なかった。七星の血を連綿と受け継いでいくという基本コンセプトに執着しすぎた。それだけが残念であったと思うよ」
「だったら、あんたはどうすればよかったと思うんだ?」
「簡単なことだ、我々星家のように最高峰であった存在を引き継ぎ続けていけばいい。器とはそういうものだ。我々星灰狼は歴代、七星桜雅の器としてその記憶と魔術回路を継承してきた。総ては偉大なるハーンが再びこの地に甦り、世界制覇を再開する時の為に、我々はその日の為に己の人生を費やしてきた。生まれた時からそうだったのだ。そこに疑問を挟む余地などない。半端に人格形成をしてしまったことこそが、七星宗家の過ちだよ」
「それは……一概にそうとは私は思えません。生まれを選ぶことは出来なくても、生まれてきてからのことはどんな経緯があったとしても、その人間個人のモノです。人格総てが塗りつぶされていればその方が幸せだったなんて、私にはそうは思えないわ」
自分の言動が灰狼にとって面白くないものであることは分かっている。そんなことを言った所で何かが変わるわけでもないし、彼の機嫌を損ねるだけ。
今後の関係に亀裂を生じさせるだけであることは分かっている。でも、言わずにはいられなかった。散華さんは最後に残った自分の心を大事にしているように私には思えたから。それさえも捨ててしまえば楽になれるのに、頑なに自分の心を捨てることだけはしなかった。散華さんの心を踏みにじるような見解はどうしても許容することが出来なかった。
「なるほど、それが皇女殿下のモノの見方であると」
「否定されますか?」
「灰狼としての私は立場として否定をしなければなりませんが、個人一人一人がどのように思うのかについて正誤を語るつもりはないですよ。強き者が勝利する。それがこの世の摂理です。どれだけ正しい言葉を吐き捨てたとしても、どれだけ人々を魅了する行為が出来たとしても、それで世界を変えることが出来ないのであればそんな者は自己満足だ。
泥にまみれてでも世界を変えることができる存在には勝らない。それが私の持論です」
翻したいと思うのであればそれ相応の実力を示してもらいたいものだと灰狼は私を挑発する。
言葉で何を言った所でお前は何もしてこないだろう。何もできないだろう。なまじ結果が分かりきってしまっているからこそ何もできない相手など、怖れる必要はないのだと彼は言っている。そんな私に比べれば、結果など関係ないとばかりに自分に挑んでくるレイジ君のような人間の方がよほど恐ろしいのだと。
ああ、まったく言う通りだ、ぐうの音もでない。背負うものばかりが増えていって、がんじがらめにされてしまっている自分のことを彼は当たり前のように皮肉り、そして私はそれを受け止めるしかない。
「そろそろ時間でしょう。私とカシムも国王より来賓の1人として、会場内で貴女の戴冠式を見せていただきます」
「そろい踏みですね」
「ええ、ですから、彼らも動くでしょう。戴冠式の会場で私やカシムの素性を上げて、王家が七星との癒着をしていることを告発すれば、混乱は避けられない。リーゼリット様の戴冠式の邪魔をしたことと、新たな女王陛下の周りにまとわりつく怪しげな存在を排除するために動いたこと、国民の理解がどちらに動くとしても完全な逆賊扱いになるとは限らない。ええ、私が指揮官であったとしても、逆転を狙うのであればここしかない。
彼らからすれば上手くいけば、状況をひっくり返すことができるかもしれないのだから」
「灰狼、アンタがそうなることを望んでいるのかは知らないが、悪いが戴冠式を邪魔するようなことにはならないよ。俺達がそんなことにはさせない。今日は何の面白味もなく、ただ当たり前のように戴冠式が終わりを迎えるだけだ」
「そうか。では、その騎士としての本分を果たしてくれ。先ほども言ったように、散華とアサシンを失ったのはこちらとしても痛手だった。ここらであちら側の戦力を叩いておきたい。期待しているよ、ヨハン、君の騎士道に幸あらんことを」
キザッたらしい言葉を口にしながら、灰狼殿は私達の前から歩き去っていく。大した内容の話しをしたわけでもない。本当に、ただ声を掛けに来ただけであったのかもしれないが、その意図がどうしても読めなかった。
「気にすることはないよ、リゼ。むしろ、あいつがリゼのことを意識している何よりの証拠さ。聖杯戦争は続く、連中がアイツに致命傷を浴びせることができるかもしれない。その時には俺があいつを排除する。リゼの手を汚させはしない」
「ヨハン君」
「君はこれからこの国の女王になるんだ。余計なことは考えなくていい。俺は君の力になりたいんだ。こうして騎士にまで召し上げてくれた。数年前の俺だったら想像もつかないような待遇だ。スラムで腐っていただけの俺を拾い上げてくれた君への感謝は一日だって忘れたことはない。だから……、何があろうとも、君を悲しませるようなことはしない。俺は――――」
「ヨハン君、ありがとう。でも、あんまり自分を責めないで」
「リゼ……」
「ヨハン君は今までだって、私に尽くしてきてくれた。七星の血を受け継いでいるからって、聖杯戦争のマスターにまでなってくれた。もう十分にヨハン君は私の力になってくれている。だから、自分を許してあげて。君は十分に尽くしてくれたよ?」
「………気づいていたのか?」
「まぁ、さすがにね。でも、言うのが怖かったんだ。言ってしまったら、私達の皇女と騎士の関係まで崩れちゃうんじゃないかって。私は、結構臆病だからさ」
ヨハン君は出会った時からあえて黙っていたんだと思う。そこには打算があったかもしれない。出会ったころの私がそれを知っていれば、私はヨハン君を糾弾したかもしれない。でも、今はそんなことは思わない。それ以上に彼には尽くしてもらった。私の為に、ずっと自分を犠牲にして、私を第一に動いてくれていた。
感謝しかない。
「これは私のエゴでしかないけれど、昔のことをずっと引きずらなくていいんだよ、ヨハン君が気に病むことじゃない。私は本当のヨハン君を知っている。君が普段何を考えて、どんなことしているのかを知っている。それでいいじゃない」
「………そうだね、時間はかかるかもしれないけれど、そう思いたいと俺も思うよ」
ヨハン君はどこか照れくさそうにはにかみながらそう言ってくれた。言葉で命令することだって、簡単にできる。私は彼の主なのだから。
でも、そうじゃない。そういう関係性でいたいわけではないんだ。
「そろそろ、本当に時間になるぞ。早く行こう。主役が遅れるなんてことになったら、国民に何を言われるかわからない」
「う、うん、そうだね……!」
なんだか微妙な空気が生まれてしまったからか、ヨハン君は話を逸らすように会場に向かうように告げてきた。私も次に何を言えばいいのかと思っていたから、その誘導にありがたく乗りかかっておく。
そこから私に用意された部屋へと向かっていくまでは互いに無言だった。離したいと思うことは山ほどあったのに、どうしてか互いに気恥ずかしさで話せずにいた。
いつもつかず離れずの距離にいた二人のはずなのに、どうしてか、どちらからともなく言葉を口にするのが難しい状態にあるように思えた。
何か話すべきだろう、そう思いながら歩き、ほどなくして、ヨハン君と別れる扉の前に辿り着く。
「ヨハン君……」
「大丈夫、戻ってきてから幾らでも話す時間はある。今は戴冠式に集中しろ。今日は君が主役なんだから」
「……うん、ヨハン君も気を付けてね。君は私の騎士なんだから、これからもずっと」
「ああ、分かっているよ」
ヨハン君は微笑んで、私も微笑を浮かべて、扉を開き、私達は互いに離れていく。何のことはない、扉一つを隔てた距離なのに、どうしてか私にはそれ以上の距離が隔てられてしまったように思えたのだ。
・・・
「ああ、分かっているよ、リゼ。俺は君を守る。総てを知っていたとしても、それでも俺を傍に置いてくれた君に報いるためにも、君の邪魔は誰にもさせない。アーチャー」
「いいのかい、君が望めば彼女の下で守護を続けることができる。他の連中だって、今回の襲撃は感知しているだろう、ライダーの軍勢だって動いているはずさ。その中で、君だけがそこまでの覚悟を胸に戦わなくちゃいけない理由なんてないように思うけれど?」
「ああ、そうだろうな。別に今日を決戦の舞台にする必要なんてない。僕が矢面に立つ理由はないし、何があろうともリゼは悲しむ。自分のいないところで何かが起こることを彼女が悲しんでいることくらいは僕でもわかっている」
リゼは七星としての自分の運命を受け入れなかったことによって、優しさを手にすることが出来た。けれど、同時にそれは聖杯戦争を戦う立場の人間として優しすぎる。本来、セルバンテスや散華が命を落としたとしても、それはリゼの責任では決してない。そんなことを気に病むこと自体が気にかけ過ぎという話である。
だからこそ、ヨハンが警護をするとなれば、それはレイジたちとの激突を意味していることはリゼだって分かっている。分かったうえで、それでも、立場上、ヨハンは騎士として戦わなければならないし、リゼは私情で戴冠式を抜け出すわけにはいかない。
「だが、今日しかない。リゼと俺が完全に別れるときは、普通にしていれば俺はリゼの警護として彼女の傍を離れることができない。だが今日だけは、リゼが俺の戦いに介入してくることはない……」
「ヨハン、君は……」
「レイジ・オブ・ダストは俺が殺す。あいつはリゼの傍にいちゃいけない。あいつはリゼの未来を壊す存在だ。あいつがいれば、リゼを不幸にさせる。リゼはアイツを生かしたいと思っているだろうが、それだけは許さない」
「本当に、リゼのためだけなのかい? 本当は自分のためだったりしないかい?」
「………、鋭いな。ああ、そうだよ、俺のためでもある。あいつと俺は一緒にはいられない。隣に立つことはできないし、俺はリゼの騎士でいることを諦めるつもりはない。だから、俺達は決着を付けなくちゃいけないんだ。それが……俺達の、避けることのできない運命だ」
散華が桜子との決戦を運命であると語ったように、ヨハン・N・シュテルンにとって、レイジとの決戦は運命であった。はじめて彼を見た時から、今日と言う日を迎えることは十分に理解できていた。
おそらく、中座はありえない。レイジは七星を本気で排除したいと考えている以上、七星の日を引いているヨハンとの決着を避けるようなことはしない筈だ。そして、ヨハン自身もレイジとの決着を望んでいる。だから、中断なんてありえない。どちらかが死ぬまで今回は戦いが続く。
(ああ、そうだ。リゼの隣にいるのは俺かお前のどちらか一人でいい。俺とお前のどちらが正しく、運命に愛されているのか、いい加減、決着を付けようじゃないか、レイジ・オブ・ダスト)
――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――
『作戦はいたってシンプルや、戴冠式会場には進入路が全部で四つある。正面からの入り口と関係者が入るための三つのゲート、ウチらは四手にわかれて、全員が陽動と本命の役割を担う。行動を始めたら他のチームのことは気にすんな、全力で自分たちの目的を果たすために動け』
『目的はリーゼリット皇女の戴冠式に参加している星灰狼とカシム・ナジェムの排除や、ウチらがその場で大きな成果を上げる必要はない。ウチらはただ告発をするだけでええ、現在のセプテムで何が起こっているのか、そして大陸七星でも最大の力を持っている中華マフィア「星家」の頭目である星灰狼がどういう立場でこのセプテムに居座っておるんかを、白日の下に晒してやれ』
『白日の下に晒したとして、その後はどうするの? 私達は戴冠式に割って入れば、あくまでも乱入者、今度こそ、セプテムという国を敵に回すことになっちゃうよ?』
『ああ、そうや、これはどこまでいっても賭けになる。ウチらがこの現状を打開することができるかどうかは、実際の所、あの皇女様にかかっておる。あいつがウチらに味方してくれるんなら、ウチらには勝ちの目が見えてくる。灰狼とカシムの奴をこの王国勢力と切り離すことができるからな』
『もしも、味方をしなかったときは?』
『そん時は全身全霊、逃げ回りながら戦うしかないやろ。このまま潜伏しておったら、それこそ、ユダの宝具が解除された時には、ウチらは闇討ちされて終わりやしな。どうせ、終わるんなら、爪痕の一つでも刻んでやらなきゃ損やからな~』
『ただし、一つだけ取り決めとく。これはあくまでも戴冠式が終わるまでに間に合えばの話しや、連中の抵抗があんまりにも激しくて突入することが出来ずに戴冠式が終わってしもうたら、その時は全員で撤退や。終わった後にズコズコ入ってきたところで、緊張感なんてあらへん、静粛な戴冠式の最中に突破して入ってくるほどの必要があった、そのインパクトがなくちゃウチらの訴えには意味なんて与えられへん』
八代朔姫より事前に与えられた指示は、とても大雑把なものだった。戴冠式へと突入するために戦力を分けてそれぞれが敵防衛戦力を突破することを求めたもの、それは逆に言ってしまえば、相手もまたこの局面でレイジたちが戦力を送って来るであろうことを予測していると考えるものであった。
「朔ちゃん、本当に良かったの?正面側なんて一番警備が厳しい所だし、朔ちゃんが突入する確率が高い方に向かった方が―――」
「いや、ここでええ。此処が一番、意外性が存在しない。おそらく、連中の中で最も実力のある奴を配置して、余計なことをしない奴がおるはずや。余計なことをすればそれだけ目立つってことでもあるからな」
街は喧騒に包まれている。どこもかしこも新たな女王の誕生を祝うように熱狂に包まれている。にもかかわらず、である。戴冠式が行われる会場周辺だけは驚くほどに人の気配がない。明らかに人払いの魔術が行使されている。
果たしてそれは歴代王族がつねに安全性に配慮して実行したことであるのか、それとも、此度の聖杯戦争で起こりえるあらゆるイレギュラーを排除するために実行したことなのか、そのどちらであるのかは判別がつかないし、考えるだけ無駄である。
「わかっておるやろ、ウチらの目的を考えれば、ウチと姫が戦う状況は作りたくない。スラムでの戦いは例外や、もうこれ以上、手の内を晒すわけにはいかへん」
「うん、分かってるよ、その為に私がいる。そして、私はランサーと契約したんだから」
四つの進入路を目指して彼らは突き進んでいく。迎撃戦力は近づくまでいなかった。あくまでもセプテム国として今日と言う日を大過なく終わらせるつもりでいるのは間違いない。国軍はあえて周辺から離し、スラムや他の一般的な王族の排斥を求める者たちへと配置されているのだろう。
正面入り口を目指すのは遠坂桜子とランサー、八代朔姫とキャスターである。ある種、もっとも侵攻が予想されている箇所であるからこそ、サーヴァント2体を抱える陣営で飛び込むわけではあるが、その予想通りにそこには侵入者を迎撃するための存在がいた。
間違いなく、真っ向勝負で戦うには十分すぎるほどの戦力である人物、草原の民たちが纏う鎧を纏い、馬を引き連れたその男は、オカルティクス・ベリタスで出会った時同様に、冷静に、それでいて一切の隙がない空気を纏わせながら正面の門番として立ち塞がっていた。
「ランサー、そして遠坂桜子、お前たちがこの場の相手か」
「ライダーの配下、四駿の1人、タタールのくびきの象徴、スブタイか!」
「それは本来、バトゥ様に与えられるべき称号、自分が掴むに値するものではないと思うが、今は褒め言葉の一つとして受け取っておこう。もっとも、そのような称賛を受けたところで手加減の一つもできるような人物ではないがな、我は」
「マスター、下がってください。相手が武人であるのなら、その戦いは私のものです。久しいですね、スブタイ」
「ああ、まさしくだな、ランサー。アサシンに命を奪われるような醜態を晒さずに安心したぞ。武人を斬るは武人にあらねば」
「ええ、全くその通りですね。その言葉、そっくりそのまま返します。作戦の成否がどうであれ、貴方を打倒す事には相応の意味があります」
「であろうな、我こそが、四駿最大の武の持ち主、我を討つことはハーンの身体の一部を奪うに等しい。できれば、の話しであるが」
「それをするために、私達がいることをお忘れなく」
ランサーとライダー:スブタイの間に深い言葉は必要ない。かつて、セレニウム・シルバでランサー同士の戦いの時におなじであったように、戦いを生業としている者たちの間ではどちらが正しい、間違っているのかなどという言葉は何処までもナンセンスに過ぎないのだ。総ては戦って決着を付けろ、勝った方が正義を語るに相応しい。それだけが戦場の習わしであるかのように。激突が始まる。
・・・
そして、正門以外にも同じように戴冠式の会場へと向かわんとする者たちは動いていた。ここは皇族たちの入り込むための入り口が用意され場所、そこは当然に裏手の中でも最も、この戴冠式の中で侵入を許してはならない場所である。ひとたび侵入を許せば、警備をする者たちの威信が大きく揺らぐ場所でもあるのだから。
しかし、既にそこに飛び込んだ者たちはいた。いいや、飛びこんだのではない、飛びこまされたのだ。逃がさない、お前の相手は自分であると運命を呼びこむ声に引きずり込まれるように、レイジ・オブ・ダストとアヴェンジャーはそこへと辿り着いた。
「お前は間違いなくここに来ると思っていたよ。ここが皇族たちの席へと最も近い進入口だ。七星の臭いが最も濃い場所だ。お前ならここを狙うし、ここで待っていれば必ず出会うことができると思っていたよ、レイジ・オブ・ダスト」
「皇女の騎士か」
「ヨハン・N・シュテルン、これからお前を殺す騎士の名だ。記憶に刻んでおけ」
赤髪の騎士とブラウンヘアの狩人、アーチャー陣営はここで待ち構えていたとばかりにアヴェンジャー陣営を迎え撃つ。
『ふぅむ、こりゃ、待ち伏せされておったのぅ』
『あの騎士くんはレイジを目の仇にしていたからね、今度は逃がさないって感じだよ、下手に遊び半分なキャスターとかよりも面倒なのを引いちゃったんじゃないかな?』
「関係ないな、七星は総て斬る。それが俺の目的だ」
「奇遇だな、僕の目的もお前を斬ることだ。これ以上、お前をリゼには近づけさせない。前にも言ったな、お前の存在はリゼを不幸にさせる」
「知ったことじゃないな、アイツも七星である以上、斬る対象に変わりはない」
「………そうか、お前がそう思っているのなら僕からこれ以上言うことはない。お前の妄念ごと、総て切り伏せる。お前がリゼの下に辿り着くことはない」
ヨハンは剣を抜く。レイジも同じように大剣を構える。定められた戦いであるかのように彼らは相手を倒すことに何の躊躇もない。戴冠式が始まろうとする最中、己の願いを叶えるために二人の男の戦いが始まる。
その裏で、その戦いの意味が何であるのかも知らぬままにレイジは武器を握り、七星を倒すための戦いを始める。
「アヴェンジャー、君に恨みはないが、マスターの命令である以上、討たせてもらうよ」
「来い、アーチャー。狩人如きが草原の覇者を射抜けると思うな」
「いいね、面白いよ。もっとも、僕は只の狩人ではない。神話に名高き狩人だ。この戦いを友へと捧げよう!」
英霊ピロクテーテスと英霊ティムール、彼らの戦いもまた同じように始まる。聖杯戦争に呼び出された英霊として、その本懐を遂げるために。
アヴェンジャーでアーチャーに勝てるんか?(純粋な疑問)
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