Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
忌み子、生まれた時から自分がどういう生まれであったのかなんて知らない。気付いた時にはスラムに捨てられていて、生きるために必死だった。俺を産んだ両親も生きることに必死だった。父と母はいつもいつも王族に対しての怒りを剥き出しにしていた。
彼は俺に幾度となく告げてきた。悪いのは王族であると。自分たちは捨てられた。自分たちを捨てた連中こそが王族なのであると、ことあるごとに告げてくる。
子供にそんなことを言われても理解できない。どうしてこの人たちは俺が顔も知らないような相手への怒りを俺にぶつけているのだろうか。そんなことを言われたって知らない。そんなことを言った所でどうにもならない。
彼らには世界を変えるための術などなくて、彼らはただその恨み言を告げることしかできないのだ。
けれど、不思議なもので、恨みや怒りといったエネルギーというのは伝播するらしい。物心がついて、自分が満足いく生活を送ることができないと知った俺は、彼らが怒りを向けていた存在へと自分自身も怒りを向けるようになっていた。どうして、俺がこんな生活を送らなければならないのか。どうしてスラムはこんな場所なのか。自分たちは見捨てられているのか。
不満は羨望へと変わり、羨望はいずれ憎悪へと変わる。どうして、自分たちはこんな生活をしなければならない。自分たちを犠牲にしたその上で愉快な笑みを浮かべている者たちがいる。この世界は平等などでは断じてない。この世界は悪意ある不平等によって覆われている。それを自覚することはそう難しいことではなく、自然と俺はスラムの空気に染まっていくことになる。
王族への恨み言を口にするのは気持ちが良かった。自分の境遇の悪さを他人のせいにするのは心地がイイ。自分を責めたてる必要がないから。
自分の身体に特別な力が宿っていることは少なからず理解していた。このスラムの中には同じような連中がごろごろいる。そいつらはいずれ、王族に復讐をする時のために力を磨いているんだなと言っていた。本当に出来るのかはわからないが、その言葉に少しだけ勇気を貰ったような気がした。もしも、その時が来たら、自分の力で王族の連中に一泡吹かせてやる、そんな子供特有の全能感を抱いていた。
両親は俺を止めることはなかった。むしろ、王族を捕まえて自分たちの怒りを晴らすんだと同調していた。救いようがない、親としての役目を放棄しているが、それでも、産んでくれた存在だ。この人たちの期待に応えたいという気持ちは自分の中で膨れ上がっていた。誰だって生まれついての悪なんてものは存在しない。人は誰だって何かしらの変化によって悪の道に走ってしまう。
きっと、俺にとってその運命とはあの日、スラムに王国軍が押し寄せて来た時なのかもしれない。スラムの浄化を掲げる彼らは次々と反抗勢力であるスラムの人間たちを殺していく。あっさりと、これが楽しいのだと言わんばかりに。
俺は必死に逃げて、逃げて、逃げて―――そして帰るべき家がすでに無くなっていることを痛感させられたのだった。
まともな人間の住むために用意されたような家ではない。雨風を凌ぐことが出来て、心が荒んだスラムの人間たちに襲われない程度に外界と隔てただけの家だ。
昔に一度だけスラムを抜け出して王都の居住区画を見たことがある。自分たちとは比べ物にならないほどに整えられた町並み、人々が笑顔で暮らしている姿、何よりも誰もが未来に目を向けていた。
暗い感情をむき出しにして、過去に縋りついているような連中はほとんどいなかったのだ。あの光景を見てから、この家が嫌いになった。この場所こそが自分を縛る象徴であるように思えていたから。
けれど、それほどまでに嫌いだったはずなのに、それがあっさりと無くなってみるとどうだろうか、心に去来するこの気持ちは何なのか。大事なモノを奪われた。言うまでもなく父も母もいない。生きているのだろうか? 予感ではあるが、それが甘い予想であることは分かっていた。きっと、今日自分は総てを奪われるのだろうという諦観すらも覚えていた。
「なら、奪われる前に奪わないと………」
方針は決まった。やるべきことは明白だ。此処から逆転するためにはそれこそ、自分の命を差しだすくらいの覚悟がなければ務まらない。道端に武器が転がっていた。兵士かあるいはスラムの人間が落としたのだろうか、それはナイフだった。
自分の身体の中が熱い、魔術回路が励起する。その時の自分に自覚があったわけではないが、この時初めて自分は七星の血に真の意味で目覚めたのだろう。
他者に対しての明確な殺意、それをトリガーとして七星の魔術回路は目を覚まし、自分の中に戦闘知識のようなものが流れ込んでくる。その知識が求めている者は言うまでもないだろう。自らの邪魔をする魔術師たちを、敵を皆悉く殲滅しろと。
お前の血を、七星の血族である役目を果たせと、自分の身体が囁いてくる。血を求めてくる。
ナイフを握り、血飛沫と火の手が上がるスラムの中を歩きだした。命を奪うか、あるいは自分が奪われるのか、わからないが、どうなろうとも構いはしなかった。
人は生まれる場所を選ぶことはできない。そこで何を学び、何を得たのかでその後の人生が決まる。だとすれば、自分の人生はクソったれだ。生まれた瞬間に終わっている。だからこそ、せめて、その呪詛を世界に向けて吐きだそう。お前たちのせいでこんなことになったのだと王族たちに唾を吐きかけてやろう。
ああ、やっと、あの二人の気持ちが分かった。やっと俺はこの時、初めてあの二人と家族になれたように思えたのだ。そんな不可思議な感情を抱きながら歩みを進めていく。どう転んだって、最悪にしか向かわない筈の滅びの道を進んでいく。
――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――
「たぁぁぁぁぁぁぁ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
双槍と魔術によって生み出された無数の不可視の剣が襲い掛かる。共に一騎当千の相手より放たれる、自らを討伐するために放たれる攻撃、されど、それを迎え撃つのは半端な戦士には非ず、名をスブタイ―――かつて、侵略王の配下として、広大なロシア全土を恐怖に陥れ、侵略王の孫であるバトゥと共にロシアに対して長い隷従の時間を生み出した、モンゴル帝国最強の将軍の一角とまで持て囃される存在である。
「素晴らしい攻撃だ。しかし、殺気を纏っている限り、我の不意を付けるなどとは思わないことだ」
桜子とアステロパイオス二人の攻撃を難なく受け止め、自身の握る矛を以て迎撃する。馬に乗ったまま繰り出される矛の一撃は、周囲総てを吹き飛ばす竜巻の如き一撃であり、朔姫とキャスターによる援護で防御結界を張り巡らしている状態の二人が吹き飛ばされる。
「きゃああああああ」
「くっ、四駿が最後の1人、これほどとは……!」
近づきすぎていたと言われればそれまでであるが、その攻撃たるや実に凄まじい。
リーゼリットが契約しているランサー:ウィリアム・マーシャルが人馬一体、騎士の中の騎士であり、侵略王が馬という存在を自由自在に使いまわす、完璧な主従関係を以て従えている存在だとすれば、このスブタイはその両者の特性を併せ持った存在であると言えよう。
自身が乗っている馬を自由自在に扱い、相手の攻撃をいなし、それと同時に、馬に乗っているからこその不便などなんら感じさせずに、大軍を一気に呑み込みかねないほどの一撃を放つことができる。
とんでもなく優秀な英霊である。シンプルに強い、あらゆるステータス値が高水準に纏まっているがために、隙がない。この正面前を任される英霊としてこれ以上ないほどの適任である。
侵略王にとって最高の懐刀、これが侵略王のそばにいる限り、ライダー陣営を脱落させることは困難極まることだろう。
「むっ……!」
瞬間、二人を吹き飛ばし、態勢を整えたところに襲来した扈風が爆ぜる。空気そのものが爆発し、スブタイは咄嗟に馬を後ろに跳躍させて、それを回避するが、もしも、ほんの1秒でも反応が遅れていれば、爆発に巻き込まれていただろう。
「ちっ、エスパーか何かかかってんや、普通、わかるか、あんなん!」
「そうだよ、天候操作って言っても、予兆なんて何もなかったはずなのに……!」
「予兆がない? そんなことはない。お前たちも敵意を持っていた。殺気を放っている、それだけで十分だ。自身の身に降りかかる変化を察知できているのならば、対処することは決して難しいことではない」
「バケモンみたいな理屈を言い張りおって。そんな出鱈目が許されるはずないやろが」
「で、でも、実際に本当な感じがするよぉ、朔ちゃん……!?」
「アホか、相手のペースに呑まれてどうすんねん!!」
「緊張感がないな、しかし、そなたらが我らが王、そして同胞を一度は退けたことは知っている。見事なものだ、我らが王は戦を楽しむ。敵を撃破することも困難に立ち向かう事も、あらゆる苦難を踏破して勝利することもあらゆることを楽しんでいる。そして、それでも勝つ。最後には勝利を以て凱旋し、総てを蹂躙する。
そうした御方であるというのに、それを退けるとは見た目どおりではないということだろう」
「おぅ、分かっておるやないか。ウチらのことは崇め奉った方がいいやよ~」
「だが、それが故にこそ理解に苦しむ。何故、本気を出さない?」
「はぁぁ? 普通に本気なんやが、お前がバケモンすぎて普通に震えあがっとるんやが」
「まさか、そんなことはあるまい。この程度で本気で? それこそ、笑えない冗談だ。この程度で我らが王を退けることなどできぬ。我らが王は戦を楽しんでも、格下に足元を掬われるような無様は決して起こさない。それで王を退けることが出来たのならばそれは実力だ、実力を以て乗り越えたという他ない。
この程度が本気であるわけなどない。何故、手を抜く?敵手に対して、共に戦う者たちに対しての侮辱であるとは思わないのか?」
スブタイは朔姫とキャスターをあえて非難する。彼女たちが自分たちの主に一杯食わせたほどの実力者であることを知っているからこそ理解が出来ないのだ。
もしも、キャスター陣営が勝利の為に邁進しているのであれば、聖杯戦争の勢力図も大きく変わっていることだろう。
レイジたち側の大きな問題はやはり戦力不足だ。如何に七星側陣営のうち、アサシン陣営が脱落したとしても、ライダー及びキャスター陣営という力ある陣営が残っている限り、決して楽な戦いが出来るわけではない。
その上で味方側であえて戦力を温存しているような陣営がいるのだとすれば、自分たちを追いこんでいくばかりであることは明白だ。ならばこそスブタイは何故と問うのだ。聖杯戦争に参加しておきながら、聖杯戦争を勝ち抜くつもりがないのか。あるいはギリギリまで自分たちの実力を隠しているのか。
「最後に勝利者になるために力を隠しているのならばすでに破たんしている。我らが王に敗北を与えた時点でその危険性は十二分に認識されている。その行動自体が無意味であると知れ」
「ま、そりゃそうやろな。お前の言っていることは真っ当や、腹が立つくらいに正論かましているのは間違いないわ。それでもな、ウチらにはウチらなりの理由がある。言うまでもなく、そうせざるを得ないだけの理由がある。それを知らん顔で講釈垂れとるんやないわ、ウチらの内面見定めようなんざ舐めたことしてくれんなや!」
スブタイの言葉を正しいと認めた上で朔姫は啖呵を切る。自分たちには自分たちなりの正義があるのだから、それを怖れる必要など全くない、そう言いたげな彼女の様子にスブタイは訝しむ様子を浮かべるが、それでも彼女たちの実力が一目置くほどのモノであることは間違いない。
スブタイはあくまでも戦士である。策を弄するようなことはしない。徹底的に自分の力量を以て難局を打開する存在である。であればこそ、強さの真贋とうものも理解することができる。朔姫とキャスターは強い、紛れもなくハーンを破った実力は認めざるを得ず、ハッタリでこの場を乗り切ろうとしているわけでもないことは明白だ。
ならば、間違いなく何かしらの目論みを以て行動していることは間違いない。信念のない存在に強さは宿らないとスブタイは思っている。それはこの世界の当たり前の真理なのだ。強いものはどうしたって強い。そして強いだけの理由を持っている。
「なるほど、貴殿たちのことを良く知りもせずに疑いの目を向けたことは謝罪をしよう。我が武は強き者を受け入れ、強き者に従う。この身は侵略王のモノであればこそ、我を屈服させられるのもまた武のみである。元より理由云々などというものをこの身で推しはかろうとしていること自体が間違いなのだ。戦いに徹するのであれば、戦いに徹する。それこそが正しき武人の務めであろう」
「ちっ、まったく一分も心の隙を生み出しやせんがな。少しは動揺でも何でもせぇや、やりづらくて敵わんわ。ま、そういうことや、桜子。いつまでも狸寝入りしている場合やないぞ!」
「狸寝入りって人聞きの悪いこと言わないでよ。こっちだって真面目に闘っているんだからね!」
「まったくです、とはいえ、舌戦だけであの武人を留めおくとは相変わらず流石というかなんというか」
スブタイによって吹き飛ばされる形となっていた桜子とアステロパイオスが戦線に復帰する。これまでの言動も全ては時間稼ぎであったのか。何にしても、改めて攻守交代、元よりスブタイの相手をするのは桜子とランサーであると決まっている。
「七星のマスター、そしてランサーよ、力は示した。それでもなお、まだ我に立ち向かうか」
「当然!」
「言うまでもないことです。戦場で怖れを為して逃げ出すような愚かさは持ち合わせていません。貴方を倒し、ライダーの手勢を減らすことは我々の勝利に繋がる。貴方の強さを理解すればするほどに此処で倒しておくべきだという思いが強まるばかりです」
「言ってくれるな、そういう相手は嫌いではない。所詮この身は武人であればこそ!」
今度はスブタイが先に動く。馬を駆り、蹄が大地を蹴れば、次の瞬間には桜子とランサーの目の前にまるでギロチンの刃が振り下ろされるかのように刃が向かってくる。ランサーは咄嗟に桜子を上空へと蹴り飛ばし、桜子は空中で七星流剣術を展開、そのままスブタイへと攻撃を放つ。
「七星流剣術、陰陽が崩し『光雨・千本桜』!!」
まさしく桜子の口上をそのままなぞるように、光の雨が千の桜の花びらのように降り注ぐ。周辺一帯を制圧するために式神たちを使っての面的制圧攻撃、散華との戦いで見せた斬撃結界が個人を相手取るために使う者であるとすれば、本来こちらの千本桜は面的な制圧、大軍を相手取った戦いに使用するためのモノである。
しかし、スブタイは個人的な技量が凄まじく高い、リゼが契約しているランサーと遜色ないほどの実力を持ち、武人としての戦闘力は間違いなく七星側でも最強クラスである。斬撃結界で動きを封じるにしても、その刃の気配だけで見切られる可能性は非常に高い。であれば数、圧倒的な物量を以て相手を制圧する方法で対処する方が成功可能性は高いと桜子は踏んで一斉に攻撃を仕掛ける。
同時にランサーは桜子に対して一気に距離を詰めて至近距離での戦闘を彼に強制する。自分自身が傷つく可能性も十分にあるが、それよりもスブタイという存在に傷を与えることの方が重要だ。
もしも、彼が侵略王と同時に出撃してきた時こそ、覚悟を決めて戦わなければならないことになる。各個撃破、ジュベを倒すことが出来たのも、セイバー陣営がクビライを撃退することが出来たのも、侵略王の軍勢がそれぞれ全員で掛かってきたわけではないからこその結果である。
「ぬっっ、凄まじい攻撃ではある。しかしっ……!」
スブタイは桜子より飛来する攻撃を回避することを諦めた。そして、自分に対して致命傷を与えかねない存在であるランサーだけに集中し、彼女の双槍を振う槍裁きを自身の矛で迎撃する。
「ぐぅぅ、ぬっっ、何の!」
その間にも全身を桜子の魔術刃によって切り裂かれる。そこはアステロパイオスも変わらないが、朔姫によって加護が施されている彼女は桜子の攻撃によって傷つくと同時に回復する魔術が欠けられているため、実質的にはダメージを負うことはない。
よって、その攻撃の渦中に追いやられるのはスブタイだけである。だけではあるのだが……、スブタイは気にかけない。自分の身体に刻み込まれるダメージを受け止めた上で、動きを鈍らせることもなく、ランサーが致命傷を与えようと放ってくる攻撃の悉くを受け止めて、逆に彼女の身体に矛による斬撃を加えていく。
「うぅ、ああああああ」
「我は王ほど好色じみている気はないが、なかなかそそる声を上げてくれる」
「くっ、バカにしないでください! 戦場に立った以上、男も女も関係ありません!」
「その通りだ、戦場に立った以上、男であろうが女であろうが命は奪われ、奪うもの。そもそも、非力な蹂躙されるだけの女に感じ取るものなど何もない。
我らの軍勢は侵略王と共にそうした者たちは幾度となく喰らってきた。貴殿たち四人、全員が我らが王にも、我にも及ばんとする強者である。であれば戦士として、一人の男として血が滾る。ランサー、女のみで戦場に出ているのであれば、これもまた道理であることくらいは貴殿も理解していよう」
「……、ええ、分かっていますよ。それが戦で敗北した女性たちがどのような扱いを受けるのかなど嫌というほど理解しています。それは私達がどう思おうとも、変わらない。貴方たちのやってきたことも聖杯より与えられた知識として理解しています。
人々は貴方たちを非難するでしょう。ですが、戦場の中ではそんなことは当たり前のことです。どのように奪われるかの違いでしかない」
「そうだ、ならばこそ、先の我の言葉も理解できるだろう。舐めているのではない。強いと分かるからこそ、そそられるものもある」
「さっきからちょいちょい思っておったが、こいつ主人にそっくりやな。スラムでライダーと戦っていた時のことを思いだされて嫌になるわ」
「うん、迫力もプレッシャーも考え方もとっても似ているね。ミニライダーって感じだよ……」
「図体は全然ミニじゃないんやけどな!」
朔姫とキャスターの漏らす言葉は端的にスブタイという存在を象徴しているともいえるかもしれない。侵略王とその思考も行動も言葉もとても似通っている。それは血も涙もなく敵を蹂躙する侵略者であり、敵を真正面から堂々と迎え撃つ戦士であり、そして戦場において味方に絶対的な安心感を与える英雄の器でもある。
彼が歴史にその名を大きく刻むことが出来なかったことは侵略王の配下に収まってしまったからなだけかもしれないと思わせるほどには、スブタイという男は英霊として完成されている。
桜子によって与えられた無数の斬撃傷でさえも、何ら頓着しない。どれだけ切り刻まれようとも勝利をする。その気迫が言葉には表さずとも、伝わってくるようであった。
(強いな、単純に強い。10年前の聖杯戦争の時にロイと契約していたセイバーと対峙している時みたい。あの時はまだ、自分の力量ってものを私自身も理解していなかったけれど、より修業を積んだ今だからこそわかる。この人は真っ当に強い。私だけで戦っても逆立ちしても勝てない。乗り越えてきた戦場の経験が違いすぎる……)
まさしく純粋な強さだけを追い求め続けてきた英雄だ。その強さを求めた果てに彼は勝利を続け、そして英霊の座に収まるまでに至った。今回はライダーの配下としてのサーヴァントでの顕現であるが、スブタイという英霊は単純に自分自身だけでも召喚されることは可能なほどの格を持ち合わせていることは十分に理解することができる。
「我と王を似通っていると口にしたことは称賛と受け止めておこう。もっとも、大ハーンと我ではやはり格というものが違う。あれほどの多くの者から慕われ、敗北をしても尚、それを糧として何度も何度も這い上がり続けていく存在を我は知らない。我も我が姉も、ジュベ殿もクビライもそして、多くの兵士たちもすべてはあのお方の総てに心惹かれた。強さだけであれば、他にも称賛されて然るべきものはいるだろうが、それでもなお、我らが王をこそ、唯一無二であると信じているのだ」
圧倒的な力を誇っているスブタイであるが、その心の中に宿っているのはやはり、ライダー:チンギス・ハーンへの絶対的な忠誠心なのだ。
大モンゴル帝国がチンギス・ハーンの死後、分裂を続け、縮小を続けていくことになったのも、やはりチンギス・ハーンという大英雄のカリスマ性があればこそ、彼らは一つになれたということの証左であろう。
スブタイには強さがある、下手をすればチンギス・ハーンに及ぶほどの武力がある。それでもやはり、彼がハーンの冠を奪うなどということを考えはしない。心酔するに十分すぎるほどの存在であると認めているのだから、何故、そのようなことをしなければならないのか。その鉄の如き絆こそが彼らにとって最も大きな強みであるのかもしれない。
これほどまでの英霊たちを揃えておきながらもライダーによって統率された軍団、大陸全土にその覇を唱えたという話も彼らの姿を見ていれば納得せざるを得ないだろう。
「感心している場合じゃないんだけどね」
「そりゃそうや。あいつは味方じゃなくて敵やからな」
「相手にとって不足はありませんが、少しばかり不足が無さ過ぎますね」
正面入り口の戦い、いまだ突破口を見いだせず、ライダー陣営の実質的な№2ともいえるスブタイを突破することができるかどうかはこれより先の戦いを考える上でも大きな意味を持っている。だが、それだけの意味を持つだけに困難を極める事もまた言うまでもない。戴冠式が続く最中で未だに戦いは続いていく。
・・・
「七星流剣術―――」
「七星流槍術―――」
サーヴァントを置き去りにした状態での戦い、ターニャと灰狼の戦いは互いの七星の血を励起させながらのマスター同士の戦闘へと発展した。
ターニャの技の冴えは以前のスラムでの戦いから、さらに増している。明らかに戦いに慣れ始めてきており、実践などほとんどしたことがない少女であったとは思えないほどに、星灰狼という七星の魔術師を相手に立ち回ることが出来ている。
「あらまぁ、凄いわね、前の時とは見違えている。男子三日あわざればって言葉があるけど、女もそうよねぇ。特に恋をした女は1日だって目を離せば変わってしまうもの」
「耳が痛い話だね、男はそう簡単に変わることはできないが……変わってくれてうれしいよ、ターニャ・ズヴィズダー。俺の思惑通りに、君は七星の魔術師として覚醒しようとしている」
「それは貴方にとって厄介な敵が増えるだけでしょう!」
「今日は随分と好戦的だね、レイジ・オブ・ダストがいなければ猫を被る必要もないということかな?」
「ええ、その通りよ。レイジには悪いと思っているけれど、これ以上、レイジを苦しませたくないの。だから、ここで私が貴方を倒す!」
「彼は君が人を殺めることを求めないだろう?」
「そうね、でも、私はもう殺めてしまってるの。だから、同じでしょ? 1人だろうが2人だろうが、一緒に背負っていくの!」
レイジが復讐のために七星を殺め続けるのだとすれば、自分もまた彼と同じように誰かを殺めることになったとしても、最後まで一緒にいる。
その想いをターニャははっきり吐露する。負けられないと思っているのはターニャも同じだ。灰狼はレイジが誰よりも狙っている七星であることは知っている。
知っているが、これ以上、レイジが戦いの中で傷ついていく姿を見たくないという思いが、ターニャは強い。レイジはこれからも戦い続けるだろう。その魂が燃え尽きる瞬間まで火を燃やし続けることによって、彼は終焉の時まで決して止まることはない。
けれど、だとしても、それを誰が望んでいるのだろうか。彼が駆け抜け続けるとして、彼が命を燃やしながら走りぬいていくことを誰が望んでいるのか。誰も望んでいない。そのように強迫観念のようにレイジが考えているだけに過ぎない。
「やはり、君は強いね。思いはせる相手に対して一途に自分自身を犠牲にすることになったとしても、戦うことを選ぶことができる。素晴らしい、やはり君こそが相応しい。心が引っ張られているのかどうかまでは分からないが、確実に君は器として、完成に近づきつつある!」
「器……?」
「不思議がることではないさ。我々七星と器という概念は決して遠い関係ではない。我々は常に七星の血に見初められた器だ。七星に相応しい存在であると認められれば力を与えられるが反面、無用と断じるのならば器としてその精神を奪われる。
君はずっと、七星であることを拒絶してきた。力を使うようなことになれば、自分自身が全く異なる何かに変わってしまうのではないかという直接的な恐怖を覚えていたのだろう? 聡明だよ君は、自分自身という存在を良く理解している」
「私は、自分の中にある忌まわしい力を欲したわけじゃない。それでも、レイジを支えたいと思ったから――――」
「けれど、その力を使うことは楽しいだろう? 使えば使うほど、本当の自分に近づいていくようなそんな感覚を君も覚えているんじゃないのかな?」
「何を、まさか――――」
ターニャは灰狼が何を言っているのか全く理解できない。この男は一体何を口にしているのだろうか、力を使うことが楽しい? そんなことはありえない。この力は自分が望んで使った訳ではなく、レイジを救うために……好きな人の力になるために……私が、私であるために使っているだけなのに。
なのに、なのに、頭が重い、何か余計なモノが自分の中に入り込んでいる様に、自分の中で膨らんでいる何かが存在していることに気付く。
「な、何、何が起きているの……?」
「何故、俺が君を彼の下に向かわせることを許したと思う? 許しがたいことに俺では君を覚醒させることは出来なかった。君が君の殻を破るには君自身で、七星の力を使うことを望まなければならなかった。君は強情だったからね。俺が何を言ったとしても頑なに力を使うことを認めようとしなかった。
だからこそ、力を使うことを求めるような環境に君を置いたのさ」
ボトリと剣が堕ちる。膝をつき、肩で息を吐くターニャは自分の中に浮かんでいる余分な何かが存在していることをこの時に初めて感知した。
本当はもっと早くから存在していたはずだ、違和感を覚えて然るべきだった。なのに、気付けなかった。まるで自分の自意識に決して気づかれない場所に隠れていたかのように、それは灰狼の言葉をトリガーとして目覚めたかのようだった。
「レイジ・オブ・ダストは俺の目論み通りに君を助け、君を大事にして、そして、君はそんな彼の為に戦う決意をしてくれた。おめでとう、総ては俺の目論み通りだ、これで俺の願う終着点への最後の欠片が出そろう。ここまで、くだらない聖杯戦争ごっこを続けてきた甲斐があった」
灰狼にとって、此度の聖杯戦争は戦争の体すら成していなかった。セレニウム・シルバの戦いからずっと勝つ気になればいつでも勝つことができる状況であった。それを徹底的にあえて勝負を付けない方向に進ませていたのも全ては、ターニャの覚醒を待つためであった。自身が召喚し、主であると認めているライダーの戦争したがりすらも何とかコントロールしてここまで来ることが出来た。
実に、実に長かった。ようやくその苦労が報われる時が来ようとしている。くだらない聖杯戦争ごっこはまもなく終わる。自分たちが勝利者となり、主と共に世界を席巻する。それは初代灰狼の願いではあり、ハーンとの誓いではあったが、彼らはもう一つ願いを抱き、子孫たちにその願いを受け継ぎ続けてきた。
「ようやくお前と添い遂げることができるな、桜華」
・・・
「来るべき時が来たか……」
「おい、セイバー。お前、何企んでいる?」
「企む? 異なことを聞くな。儂は最初から目的を告げておるぞ。総ては我らが神のため。儂は神の使徒、救世王という名で称えられたとしてもその本質は神の使徒であることに変わりはない。神の願いを叶えるために動く。それだけが儂の行動理由よ」
「ああ、そうかよ。なら、それはそれで構わねぇよ、理由に興味があるわけじゃねぇからな。どうして、嬢ちゃんを1人で行かせた、そこで邪魔をしている時点でテメェは何が起きるのかを分かっているんだろう」
「無論だ」
「それも神の思し召しってやつか? 契約しているマスターの危機を無視してまでも、神の願いを叶えることがテメェは大事かよ! とんだサーヴァントもいたものだな!」
「いや、お前を足止めしたのは儂の考えだ。マスターの事情は関係ない」
「何……?」
「総ては神の思うがままに。この聖杯戦争の中で最も警戒するべき相手は誰であるのか、真っ先に上げられるのは侵略王であろう。あれを野放しにすれば世界に覇を唱え総てを破壊する扈風となる。それを放逐するわけにはいかない。
だが、もうひとり、我らが神の再誕を阻まんとする者がいる。世界の抑止力に呼ばれた者、我らが神の降誕を防がんとする者」
神の降臨、それはどのような形で起こったとしても、世界そのものに多大な影響を与え、これまでの人類社会、あるいは文明にすらも影響を与えかねない。
故にこそ世界はそのような大変革を求めない。それが人間にとっての救いであったとしても、世界がそれを拒絶するのであれば、世界は当然のように世界を元のままにするための力を発揮する。
「それがお前だ。世界の抑止力によって召喚された者、グランドの冠を与えられし英霊。
アークなどとよくも名乗りを上げた者だ、ライダー、いいや、「ノア」よ」
「………へぇ、お見通しかい」
「ノアよ、我らが父祖よ。貴様は我らが神の降誕の懸念となりかねない。ならばこそ、他のサーヴァントは捨て置いてでも、貴様だけは倒さなければならないのだ」
それこそが自分の目的であるとセイバーはここに宣言する。マスターよりも自分の願いよりも最優先にするべきは善神アフラ・マズダの願いであればこそ、彼はそれを実行するために行動する。
セイバー陣営の変化、それはこの聖杯戦争に大きな波を打ち立てようとしている。
・・・
そして、そんな変化の最中でなおも、目の前の相手に立ち向かい続ける少年、レイジ・オブ・ダストはその執念が実ったのか、少しずつではあるがヨハンの行動に身体が反応してくれている。むしろ、その反応は何か忘れていたものを思い出すような感覚であり、何かレイジの中で不思議な感覚を思い起こさせた。
もっとも、その正体が何であるのかにわざわざレイジは思考を費やさない。考えるべきことは全てが終わってからで十分、今は決死の覚悟で戦うだけなのだから。
「鬱陶しい……」
むしろ、その様子に苛立ちを覚えているのはヨハンである。先ほどまで自分が勝てる空気であったはずなのに、泥臭く、しぶとくレイジはギリギリのところで踏ん張ってくる。それがどうしても許せないし、苛立ちを覚えてしまう。
(あぁ、まったく……本当にコイツは、何度も何度も、苛立たせてくれる。そうだ、お前はいつもそうだった。いつも俺の前に立ち塞がる。いつだってお前は俺の人生の中で障害として存在し続けてきた)
レイジがそれを覚えているのかどうかはヨハンも知らない。レイジ自身に覚えているような素振りはないが、そもそも、以前に出会った時からあまりにも時間が経過してしまっている。忘れていたとしても不思議な話しではないだろう。
そう、自分たちは出会っている。彼が忘れて、自分だけは忘れていない記憶、もう何年も前になるのかわからないあの日の記憶が、ヨハンの中にだけは未だに刻み込まれているのだ。
あの日見た空、茜色の空を、今でも彼は覚えている。あの日から総ては始まった。
レイジとリゼと、そして自分、総てはあのスラムから始まったのだ。
そう、これは彼だけが記憶していること、リゼもまたすべてを知らない出来事、
そして、ヨハン・N・シュテルンが背負った罪の記憶に他ならない。
第15話「嘘」――――了
――どこかで途切れた物語、離れたとしても、僕らは再び出会い、物語は続いていく。
次回―――第16話「三原色」
次回の更新ですが、予定が立て込んでいるため、1週間後の24日(月)とさせてください。次回16話は全編過去編となります!
感想などあれば気軽に書いていただけると嬉しいです!
細かい話や更新情報などはTwitterをご参照ください。
https://twitter.com/kooldeed