Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
燃え盛る家、奪われていった家族、あの日の俺はどうしようもなくどん底で、もうこれ以上落ちるところはないと思うほどにどん底に堕ちていた。
住む場所を失い、愛されていたと言えるほどの関係になかったとはいえ家族を失い、そして自分の喉元に刃が突きつけられているに等しい状況、スラム掃討の為に王国軍が放った軍勢は自分たちの住んでいる世界を一瞬にして滅ぼしていく。
王国軍たちの一方的な虐殺、だとしてもそれを呼び寄せたのは王国に対してずっと批判的であり、反乱の萌芽を残し続けてきたスラム側であると言えよう。
自業自得で滅ぼされようとしている自分たちの境遇について文句は言えない。家族たちであれば王国がすべて悪いと責任転嫁をしたかもしれない。彼らはそう言い続けることに酔って生きながらえてきた人たちだから。
でも、それではだめだ。直接的な暴力を前にしてどれだけ恨み言を口にしたところで引き金を弾く手を止めることはできない。無慈悲な凶弾を止めるためにはこちらもまた力を示さなければならない。
思考は自分でも驚くほどのクリアだった。様々なことが起こりすぎてしまって、自分自身、感覚がマヒしているのかもしれない。であれば都合が良かった。自分自身を取り戻すよりも早くやるべきことを果たしてしまわなければ……ある種の強迫観念に苛まれた俺に選択の余地などなく、俺は徐々に徐々に連中の本丸へと近づいていく。
予感があった、自分の身体が教えてくれた。絶対に上手くいく方法を、自分の中の血が今何をするべきなのかを教えてくれる。
総てを教えてくれる天の声のようにその血に従って行動し、俺は自分でも初めて自覚することになった。自分には闘うことへの、才覚が一定以上に存在していることを。
すり抜け、時に早々に無力化し、俺は着実に近づいていく。逆転するための一手を打つために。
「リーゼリット様、あまり前に出過ぎないでください。危険です!」
「あはは、危険? 危険とはどういうことかしら? 誰が出てこようともあなたたちが全て片付けてくれるじゃない! だったら、危険なんてどこにも存在しないわ。今の私は指先1つで、ううん、声1つでこのスラムの人間たちの生殺与奪を握っているの。こんなに素晴らしいことが他にある? 私は今やこのスラムの中で誰よりも上に立っているわ!」
見つけた、誰に教えてもらわなくても分かる。ひときわ目立つ銀髪、周囲の連中が明らかに一目置いている様子、名前も知らないが、あいつが王国軍を指揮している女だ。
「セルバンテス、貴方の役割は何ですか? ここで私に説教を口にすることですか? 違いますよね、あなたたちの役割はこのスラムの人間たちを1人でも多く葬ることです。王国に、我々王族に逆らう者たちに自分たちの立場を理解させることこそが仕事でしょう?」
「ええ……その通りです」
「では、さっさと、兵を率いて、スラムの連中を探しなさい。彼らは既に散り散りとなっていて、ここまで近づいてくることはありません。であればこちらから出向くしかないでしょう。ふふ、スラムにいる限り、何処へ行こうと無駄であることを思い知らせてやりなさい、このリーゼリットに逆らったことを思い知らせてやるのです!」
兵士どもは銀髪の女の命令に従って、その場を離れていく。千載一遇のチャンスであった。周囲に兵士たちはおらず、そして大将である女はたった一人である。護衛はいるのか? いない、本当に勝った気でいる女は自分の護衛すらもつけていない。
思考は一瞬にして自分がやるべき選択を見出してくれた。すなわち、決行、ここから逆転するためには大将首を狙うしかない。その後はどうするのかなんてことを考えていなかった。所詮はガキの浅知恵で先のことなんて何も考えていない。
それがこの時ばかりは幸いした。先のことなんて考えていたら、この時の俺は行動を起こす事なんてできなかったはずだから。
襲撃は何て言う事もなくあっさりと成功してしまった。周りに兵士すら連れていない愚かな指揮官である女に対して奇襲を仕掛けた俺は女と僅かな時間に戦うもあっさりと圧倒した。
もう後がない、これ以上追い込まれれば後は死ぬだけである。そう自分自身で想いこんだ瞬間に、自分自身の身体に流れる血が沸騰するように熱くなり、自分自身でも信じられないほどの力が発揮された。
追い詰められた時だけに発動する生き残ることに特化した戦闘力、後に自分の闘うスタイルとして確立される七星の魔力は、この日に初めて俺の身体の中に宿っていったのだった。自分が七星の血を受け継ぐ存在であることなど、実感として覚えてもいなかった俺にとって、当時は本当に無我夢中になってやったというのが正直な感想だった。流されるままに戦い、流されるままに動き回り、そして、大将である女を襲撃して、あろうことか成功してしまった。
殺すべきであろうと思った。この女一人を殺したところで何かが変わるわけでもない。むしろ、報復のために本当の意味でこのスラムは総てが火の海に晒されるかもしれない。だが、他に方法を知っているほど聡明な頭脳があるわけでもない。所詮は発作的に始めた行為がたまたま運よく成功してしまっただけなのだから。
「…………」
けれど、ああ、けれど、俺はそこで致命的な失敗をしてしまった。俺の襲撃によって意識を失い倒れ込んでいる彼女、先ほどまで自分こそが正義であり、俺達の命を握っているのだと当たり前のように口にしていた彼女は意識を奪われたことによって、その醜悪な態度が霧散していた。本来の彼女へと戻ったと言ってもいいのかもしれない。
その意識を失って瞼を閉じた彼女は――――綺麗だった。美しかった。俺は自分が倒した相手に見惚れてしまったのだ。
命を奪うべきであると自分の中の七星の血が囁いている。ここでコイツを生かせば必ず大きなしっぺ返しを喰らうことになる。戦いとはえてしてそういうものなのだから、
サッサと命を奪うべきなのだと。俺だってそう思う。それは至極正しいことだ。情けを見せれば今度は自分が命を奪われる。両親だって、他の連中だってそうだった。本当にそんなことをするはずがないという油断によって命を奪われたのだ。だったら、どうして自分だけその輪から外れることができると考えるのか。そんなことはありえない。
理屈の上ではそうであったとしても感情的な面から結局俺には彼女を殺すという選択を取ることは出来なかった。何せ、一目ぼれをしてしまったに等しいのだ。だから、殺せずに、殺せば兵士たちが暴走すると自分に言い聞かせて彼女を連れ去った。人質にすれば幾らでも利用価値はあるだろうと自分に言い聞かせて、俺はスラムの中に彼女を連れ去っていった。
ただ、この時の俺は知らなかった。この選択が俺にとって数奇な運命を生み出す始まりとなっていたことを。もしもこの時に別の選択をしていれば自分の人生は全く違う方向へと進んでいたであろうことを、この瞬間の俺は全く考えてもいなかった。
それが始まり、ヨハン・N・シュテルンとリーゼリット・N・エトワールの初めての出会いだったのだ。
・・・
「くっ、自分たちが何をやっているのか、分かっているの!? 私にこんなことをして、兵士たちに見つかってみなさい、お前たちは全員、斬首よ!」
「はッ、どうせ、何もしなくたってお前らは俺達を全員皆殺しにするつもりだっただろ!」
「そうだぜ、どうせ、殺されるんなら、解放する必要なんてないよな」
「無様だな皇女様ぁ、悔しかったらご自慢の王家の血で俺達を皆殺しにして見せろよ」
スラムの奥地、兵士たちですらも簡単には辿りつかない、スラムの人間たちだけが知っている秘密の拠点にスラム掃討のために派遣されたリーゼリットは捕らえられていた。
兵士たちは血眼になってリゼを探しているが、スラムの人間たちにとっても、リゼという存在は貴重なカードだ。彼女をどのように扱うかによって、自分たちの命運が変わる。リゼが求めるような解放など絶対にするはずがないことは誰にとっても明らかだった。
「それにしても、さすがは忌み血の子供だな。俺らじゃ近づくこともできなかった皇女様の下にまで近づいて連れてきちまうなんてよ」
「お前の両親も残念だったよな、息子がこんなことができるんだったら、ここで英雄扱いだったってのに。ずっとこいつらに復讐するために生きて来たってのに、直前で死んでしまうなんて、無念だっただろうな」
「息子がその恨みを晴らしてくれたんだ、あいつらだって満足だろうさ」
「忌み血……?」
「なんだよ、皇女様、あんた、まさかスラムのこと、何にも知らないのか?」
「どういうこと……?」
「ここはな、この王都の中で生きて行けなくなった連中を追いやるためのゴミ捨て場だ。光の差している所じゃ生きて行けなくなった連中がここに流れてくる。それはあんたたち王族だって変わらない」
「俺達は忌み血って呼んでるがな、昔から王族同士の権力争いに負けた連中はこのスラムに流されてくるんだよ。王族であることをはく奪されて、そしてこのスラムから出ることすら許されない。ただし、ここでなら生きていくことを許される」
「あんたら王族がちょくちょくスラムに攻撃を仕掛けるのは忌み血の連中をここぞとばかりに殺すためだって聞いたぜ? 酷いもんだよな、今回もそういう目的だったから、こいつの家族も殺されちまったんだろうさ」
「待って、私、そんな話知らない……! 私は只、お父様に言われただけで」
「ならよかったじゃねぇか、皇女様もいい社会勉強になったな。あんたら王族がやっている汚い一面を見れて勉強になったろ」
「最もその勉強が役に立つかはわからないけどな。皇女様はもうここから無事に出れるかもわからないしよ」
「んで、こいつどうする? コイツを人質に撤退を促しても、どうせすぐに次の軍が来る。だったら、いっそ、殺しちまった方がよくないか?」
「ひっ……」
スラムの男たちの何気ない一言に思わずリゼは悲鳴を上げてしまう。自分の命が危険に晒される、先ほどまでの自分の思うがままに相手を蹂躙できる状況からは考えられないほど、あっさりとリゼは命を狙われる側になってしまったのだ。
「殺すんだったら、その前に楽しんじまおうぜ。まだガキだけどよ、女なんだから、入れる穴はあるんだろ?」
「コイツの指揮で俺らも何人も殺されたんだからな、憂さ晴らしくらいしてやらねーとな」
「選ばせてやれよ、身体喪うのと女に生まれたのを後悔するの、どっちがいいかってな」
獣のような視線で彼らはリゼを見る。その言葉の意味はまだ幼いリゼにとって、わかる話もあればわからない話もあった。ただ、彼らが自分を害しようとしていることだけは嫌が王にも理解することができた。
(それは当然だよね、私はこの人たちの仲間を殺すように指示をしてきた。その私が、私だけ無事なままでおいてもらえるなんてそれこそ都合のいいことを考えているんだから)
生殺与奪の権利を今のリゼはスラムの人間たちに握られている。先ほどまで指揮をしていた時とはまさしく立場が逆転してしまったと言っても過言ではない。
冷や水を浴びせられたように、先ほどまでの高揚した気分が抜け落ちてしまったリゼは、自分の命あるいは身体がいつ彼らによって害されるのかもわからない中で、反応には出さないようにしつつも怖いという感情が渦巻いていた。
「やめろ、そいつはせっかくの大将なんだ。傷つけて、価値を下げるような必要もないだろ」
「おいおい、忌み血の坊主、お前本気で言ってるのかよ、こんだけの上玉だぞ!」
「そうだぜ、俺らだって馬鹿じゃねぇ。お前さんがいなけりゃ、こうすることはできなかったんだから、一番は譲ったっていいんだぞ?」
リゼに手を出すことに待ったをかけたのは意外なことに、リゼをここへと連れ去った赤髪の少年だった。彼は喧騒から少しばかり距離を離して、彼らを牽制するように告げた。
「傷つけるってのなら、それこそ兵士たちが来たところでいいはずだろ。その方が連中にとっても見せしめになる。その女は、俺たちの家族を、仲間を殺したんだ。簡単になんて殺すようなことをしたらつまらないだろう」
赤髪の少年の言葉に、男たちは呆気に取られてそれからすぐに大笑いを始めた。
「ふははははははは、確かに確かにその通りだぜ。俺らだけで楽しむなんてそれこそ面白くねぇ」
「あいつらに自分たちの目の前で皇女様が傷つけられる姿を見せるってのは粋なもんだぜ。復讐ってのはそうでなくちゃいけねぇ!受けた痛みは億倍返しってな!」
「俺らは被害者なんだからな、堂々としていればいい!」
先ほどまで、殺気すらも滲ませていたのが嘘のように彼らは笑みを浮かべていた。その様子がリゼには底知れない恐ろしさを覚えさせた。
人の悪意には終わりがない。リゼはあくまでも、七星の血に導かれるままに、皇女としての役割を果たすために戦ったに過ぎない。そもそも、彼らは自分たちが被害者であるような物言いをしているが、実際には反抗的な態度を取り、さまざまな被害を生み出していたのは彼らだ。王都の住民たちがスラムの荒くれ者たちに襲撃を受けたという話が聞こえてきたのは一度や二度の話ではない。
そうした事実があったとしても、彼らの視点はあくまでも被害者なのだ。こんな場所にいる自分たちが被害者でないはずがない。王族たちは自分たちに常に苦しみを与えてくる。だから、自分たちは復讐をしてもいい。彼らの基本的な理念はそこに存在しており、加えてこのスラムでの戦いが輪をかけてヒートアップするための余韻を作り出している。
(私が何を言っても無駄、彼らにとっては、私なんていつ殺すかどうかの違いでしかないのだから)
リゼもある種の諦めを覚えた。捕まってしまった自分がまずは悪い、その上で兵士たちが助けてくれる可能性を信じるほかない。もしも、助けが来なかったとすればその時は……自分のやったことを命をもって償うしかないのだろう。
ほどなくして、スラムの長い一日に夜が来た。男たちはリゼを捕まえることができたことによって、自分たちの喉元に刃が突きつけられている事実を忘れて、騒ぎ倒し、そして眠りを迎えた。
傍にはスラムの住民であろう少年がリゼの見張り役として佇んでいる。
「眠らないのか?」
「さすがに、この状況で寝られるほど神経図太くないんですけど」
「そうか、それは災難だったな」
あっけらかんと少年はリゼの軽口に軽口で付き合う。他のスラムの住人たちであれば、リゼに怒りを向けるか、あるいは蔑むような言葉を口にしただろうが、その少年は様子が違った。
「あんたさ、なんで、あんなことをした?」
「このスラムの人たちの命を奪ったこと?」
「ここの連中はお世辞にもいい連中であるとは言えない。どいつもこいつも自分たちの境遇を恨むばかりで、自分たちが這い上がろうという気持ちを持てない。そう思う土壌すらもあんたたちに奪われたのかもしれないけれど、俺には何が正しいのかわからない」
少年は思ったよりも多弁だった。その上でリゼに対して明確な敵意を向けていない。
「ただ、なんとなくだけど、あんたが大人たちに聞かされていたような悪意だけで俺たちに接してくる相手じゃないことだけはなんとなくわかる。あんたはむしろ、後悔しているようにも」
「そうだね、後悔はしているかもしれない。私はお父様に命令されて、それが正しいんだって思考停止をして、スラムへの攻撃を行った。私は皇女として王宮の外のことなんて碌に知らない。今回のことだって、相手がいるんだってちゃんと判断――――」
リゼが思わず感情を吐露しようとした時に少年の指先がリゼの口元に触れる。
「騒いだら、連中が起きる。いいか、今から拘束を解く。音を立てずにこの場を離れるぞ」
「どうして……?」
「知らない。だが、お前を捕らえてバカ騒ぎをしている連中に嫌気がさした、それだけだ。単純に気紛れだよ」
少年は着こんでいる服のポケットからナイフを取り出すと、リゼを縛っている縄を切り、彼女を解放する。あっさりと解放することが出来たのは良くも悪くもリゼを解放することができる存在が表れるなどということはないだろうとスラムの人間たちが高を括っていたからだ。まさか、身内からリゼを解放しようとする者が出てくるなどとは考えていない。
リゼ自身でさえも奇妙というか、いまだに理由を理解することが出来なかった。どうして、自分は解放されたのか、実は彼が何かを企んでいて自分はどこかに連れ去られてしまうのではないか。そんな当たり前の疑念を抱きつつも、スラムの道を把握しているわけではないリゼは結局の所、彼についていくほかない。
生殺与奪を握られていることの恐ろしさを今更担って実感するが、今更とやかく言った所で何も始まらない。
「ねぇ……、君は私のことを恨んでいないの?」
「俺はアンタを恨む理由がない」
「私はこのスラムを攻撃して多くの人の命を奪う原因を作ったわ」
「ああ、そうだな」
「君たちのことを理解しようともしていなかったわ」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、どうして!?」
「アンタを恨めば、アンタを憎めば――――俺の生活は、俺の日常は変わるのか?」
リゼが拘束されていた場所からしばらく離れた場所で駆けだしている時に、リゼは堪らず彼に問いかけてしまった。どうして自分を恨んでいないのかと。恨まれたいわけではなく、彼の真意を知りたかった。そんなリゼの本心をうっすらと滲ませた問いに少年はリゼが今浮かべている疑念とは少しばかり異なるベクトルでの回答を口にする。
リゼを恨めば、総てが解決するのか。そうした根本的な問いへの言葉であった。
「ここの大人たちはどいつもこいつもそうやって言ってくる。王族が悪い、王族を倒せばすべてが解決する。俺たちには王族を憎むだけの権利があるとかなんとか。耳が痛くなるほどに聞かされてきた言葉ばかりだ。そんな大人たちの言葉が疑問だった。
だってそうだろ、王族を憎んでそれで自分たちの総てが解決するのなら、何も考えずに動けばいい。自分たちが正当なんだと声高に主張すればいい。それなのに、連中はそれをしない。ただ不満を誰かにぶつけているだけだ」
スラムの人間たちが王族を恨むのは当たり前だと思っていた。そういう関係性が自分たちの間には築かれている。何十年、何百年とこのルプス・コローナの中で王族がスラムの人間に行ってきた仕打ちがそうした風土を醸成してきている。
リゼはスラムの人間に日ごろから何かをしてきたわけではない。けれど、自分が恨まれてしかるべきだという認識だけは持ち合わせていた。だからこそ、恨まれて当然であるという風に察していたが、少年からすれば、そのようにリゼが考えること自体が間違っていると言いたい。
「あんたへの連中の態度で確信したよ。結局こいつらはアンタのことを本気で恨んでいたわけじゃないんだってな。怒りの向ける先を作ることで自分たちが正しいんだって思いたかっただけ。アンタを恨むことで一致団結したいだけなんだって。本気で憎んでいるのなら、余計なことなんてしないだろ。捕まえたら時点で殺している。それをしない時点で、あいつらの憎しみは的外れなんだよ」
「た、助けてもらっておいてこんなことを言うのもなんだけど、随分と凄いことを言うんだね、き、君、何歳?」
「13歳、あんたと大して変わらない筈だけど」
「ちょっと待って! 私より年下!」
「そうか」
「そうかじゃない! 人生の先輩なんだから敬語くらいつけなさいよ!」
「ふっ……」
「何笑っているのよ!」
「いや、さっきまでの不安そうだったと気とは大違いだと思っただけだ。兵士たちを率いている時のアンタとも違う。それがアンタの素ってことか?」
「………むぅ、君、結構性格悪いね」
「そうか?」
「そうだよ、こっちのペースをかき乱してばっかりで、そのくせ言葉とは裏腹に態度では、しっかりと助けてくれて。そういうの卑怯だと思う」
「おい、ちょっと待て。卑怯ってのは聞き捨てならないな。あいつらよりも遥かに正々堂々としているつもりなんだが」
「そういう卑怯じゃないってば……、ああもういいよ。君も君でそれが素みたいだし。助けてくれてありがとう。まだ助けてくれたことに感謝の言葉癒えていなかったから」
「ああ……」
少年は結局、リゼが何を言いたいのか理解できなかった。女心は難しいとさえ考えるほど、少年は人生経験を積んでいたわけではないし、リゼがこの時に少年に対してどんな気持ちを抱いていたのかもしっかりと理解できていたわけではなかった。
あくまでも、彼は彼なりの道理を以て彼女を救ったに過ぎない。同情であるとか、リゼにほれ込んだとかそういう話ではなく、あくまでも自分の中に宿っている正義に基づいて救った。だからこそ、それ以上に何かを考える意味はなかった。
「君は、生まれた時からスラムにいるの?」
「………ああ、俺もアイツらの言っている忌み血ってやつだ」
「えっ……?」
「大して自覚はないけどな、周りの大人はそういう風に言っている。俺を産んだ家族は産んですぐにいなくなってしまった。それからは周りの連中に助けられて何とか生きている。アンタを助けてしまったから、今後は同じように生きるのは難しいかもしれないけどな」
忌み血、先ほどのスラムの大人たちが口にしていることでリゼも初めて知らされた。このスラムという場所が、七星の血族の権力闘争に敗北した者たちを流している場所であるなんて。確かにリゼは不思議に思ったことがある。自分たち以外の王族はこの国のどこに存在しているのかと。父も母も多くを語ろうとすることはなかった。
いつか、リゼにも分かる時が来る。そのようなはぐらかし方をされるばかりでその疑問がここに行き着くなどと考えてもいなかった。
そして、それが事実なら目の前の彼にも、自分と同じ七星の血が流れている。親族なのか、或いは全く違う血筋の七星なのか。わからないが、運命の出会いというものがえてして存在していることをリゼは強く自覚させられる。
自分を捕らえた相手も七星であったのに、自分を救ってくれた相手も七星だった。何とも奇妙な運命の悪戯という他ない。自分の人生はやはり七星という存在によって突き動かされているのだと否応なしに自覚せざるを得ない。
「おい、ふざけんな、お前、こんな時に何をして――――」
「うるせぇ、今なら、何をしたって王国軍のせいに出来るんだ。ほら、さっさとあるものだせよ、知ってるんだぜ、お前が溜めこんでいることは!」
少年とリゼが人通りの少ない裏道を歩いている時に、その路地から悲鳴のような声が聞こえた。少年は一瞬だけ視線を、騒ぎがする方へ向けると、すぐに足を進める。
そんな少年の淡白な様子にリゼはギョッとして、すぐに少年の後ろへと向かう。
「た、助けなくていいの?」
「あんなもんは日常茶飯事だ。ここは奪って奪われる、そんな世界だ」
「だ、だけど、私達がスラムに攻撃を仕掛けたからなったのだったら―――」
「別にアンタたちが仕掛けてこなかったとしても、あの男は他の誰かを襲っていたさ。あっちの奴だってそうだ、誰かを騙して陥れなきゃここで蓄えることなんてできない。言い訳にしているだけさ。悲劇を自分の都合のいい喜劇に変えたいだけ。ここの連中にはそういう奴らが多い。ああいう連中はアンタたちを倒したところで何も変わらない」
少年がどうして、リゼに対して敵意をむき出しにしていないのか、ほんの少しではあるが、リゼにはその理由が分かったように思えた。この少年はあんな光景を何度も何度も見てきたのだろう。見るたびに心を痛めて、そして、どうすれば解決するのかを子供心に考えている。
その結果が王族を憎んでも何も変わらない、という結論だったのかもしれない。このスラムの中にいながら、彼は精神的に醸成している。それだけ彼はリゼとは違い、残酷な世界の中で生きて来たということなのかもしれないが。
「あんた、このスラムの中で生活したら、数日で死んでそうだな。王宮での暮らしってのは随分と甘っちょろいものなんだな」
「うっ……」
「王族ってのが甘いことしか考えていないから、俺達は救われない。あんたと会話をしているとそういう風にも思えてくるよ」
リゼにとっては痛い所を突かれたとしか言えない。世間知らずで七星の運命が何を引き起こすのかも知らずに、結果としてこんなスラムの中で逃避行のようなことをしている。そんな自分の境遇を呪わずにはいられないけれど……、
「でも、私が思っているよりも世界が残酷だとしても、残酷だから同じようにしていいと考えていたら、世界は変えられないんじゃないかな。君がこのスラムの中で当たり前だと思っていることに疑問を想ったように、私も私の知らない世界があるからそうならなくちゃいけないと考えるんだったら、同じようになってしまうだけなんじゃないかなって」
自分は七星の後継者だから、七星の生き方をしなければならない。そう言われて、スラムでの戦いに思考停止のように入り、そして今がある。リゼは純粋に後悔をしている。
(自分の行動が何を齎すのかを何も考えずに行動した。その結果として、今の私があるのなら、私は目の前の光景をありのままに受け入れるんじゃなくて、私が何をしなければいけないのかを考えるべきなんじゃないかな……)
「世界は残酷だったとしても、その残酷さを受け入れたら、花を咲かせることはできない。何を言っているんだって思われるかもしれないけれど」
「……そうだな、そうかもしれない」
リゼの纏まっていない言葉を聞きながら、少年はそれを茶化すこともなく、リゼの言葉を受け入れて頷いた。
「確かにアンタの言う通りだ。俺がどれだけ必死になったところで世界は変わらない。いいや、俺だけじゃない。ここの連中がどれだけ必死になったところで変わることはないだろうさ」
少年は自分でそういうと、どこか納得したような表情を浮かべた。自分たちだけで世界を変えることができないことを彼は、痛感している。
このスラムの中は掃きだめで、それでいてどうしようもないくらいに傷つけあうことが当たり前になっている。それを変えたいと思ったとしても、彼らだけではだめなのだ。根本が変わらないと、セプテムという国自体が変わらなければ、この地獄から這い上がることができない。
「おい、どこにいった!」
「あのガキ、舐めた真似しやがって!」
「忌み血のあいつがせっかく連れてきた皇女を連れ出しやがって、王国の奴らに見つかる前になんとしても、見つけ出せ!!」
「ちっ、走るぞ!」
「って、ええっ!?」
少年はおもむろにリゼの手を掴むと路地裏を駆け出す。夜の闇の中であるというのに少年の足は軽やかで、本来必死に逃げ出さなければいけないリゼの方が足取りが重いように思えるくらいだった。
今日だけでも突然の出来事が何度も何度も起こっていて、リゼ自身パニックになっている。これまで王宮の中で花よ蝶よと育てられてきたリゼからすれば、こんな夜の闇の中で必死に逃げるなんて経験をすること自体が稀すぎて冒険のような気持ちさえ生まれている。
不思議なことだ、見つかって捕まれば今度こそ、足を奪われるくらいのことは覚悟しなければいけないのに、見ず知らずの少年に掴まれた手が熱くなって、心臓がドキドキする。
「ね、ねぇ、待って。本当にいいの!? 今だったらまだ間に合う。私が逃げ出そうとしているときに脅されて一緒に連れてこられてしまったでもなんでも言い訳なんてできるはずでしょ! だったら、私を置いて行って」
「うるさい、いまさらグダグダいうな。俺はお前を解放した。だったら、最後まで面倒見なけりゃやったことが嘘になってしまう」
「そんなことで――――」
「それだけじゃないさ。あんたが言った言葉で理解したよ。俺はこんなどうしようもない世界から抜け出したい。顔も見えない誰かを恨んで、変わることの無い日々を受け入れるだけの、無欲な馬鹿で終わりたくなんてないんだ。それには俺だけの力じゃ足りない。
この国を、世界を変える奴が、あんたが必要だ」
少年は駆け出しながら彼女に告げる。彼女でなければできないことがある。彼女だからこそできることがある。
「俺はアンタを必ず王国の連中の下に連れていく。だから、約束してくれ。あんたが、この世界を変えるんだって。こんな地獄にだって花は咲くんだってことをあんたが証明して見せてくれ!」
「―――――――」
思わずリゼは目を見開いた。この何もない闇の中で、どんな奈落の底に堕ちていくかもわからない状況、少しでも足を止めれば、彼らの手にかかってしまうかもしれない状況であるというのに、その言葉にリゼの視界は彩が浮かんだように思えた。
相も変わらず、周囲は敵ばかりで、たった一人しか味方がいないというのに、どうしてか、何の根拠もないその言葉が今はとてもたくましく、自分を鼓舞してくれるようだった。
喧噪が聞こえてくる、騒ぎ立て得る声が徐々に近づいてくるのを感じ取りながら、それでも、たった二人の逃避行を続けていく。
「本当に、逃げることなんてできるのかな? あんなに大勢の人に追いかけられて、王国のみんなと合流できるかもわからないのに」
「さてな、本当に上手くいくかどうかなんて俺にもわからない。わからないが……」
言葉を切って、その上で少年は振り返り、微笑を浮かべて、
「大丈夫だよ、きっと上手くいく。俺があんたを導いてやる」
その言葉と姿はこれより先もリゼの記憶の中に深く刻み込まれていく。この日の夜を象徴する言葉、リーゼリット・N・エトワールにとって運命の夜ともいえる出来事だった。
・・・
「ふざけるなよ……」
ポツリと怒りの声が漏れる。先に見つけた獲物を後から奪い取られた時のような喪失感と怒り、何よりも自分以外の存在が彼女を連れ回しているという事実が何よりもヨハンの心を苛立たせている。
「あの忌み血のガキだ、あんな奴どうしてここに置いておいたんだ」
「そりゃ、忌み血の奴なら少しは戦力になると思ったからだろ、当てが外れたぜ」
「だが、何だって皇女様を連れ出したんだ?」
「1人で楽しむために決まっているぜ、抜け駆けしたんだよ!」
大人たちは好き勝手に口にしているが、抜け駆けをしたいのであればもっと他の方法がある。誰がこのようなスラムの人間たちからも恨まれるような行動を短絡的な発想であったとしてもとるのか。
「まさか、逃がしたのか……?」
ヨハンもあの少年とはほとんど言葉を交したことがない。スラムは広い、ここにいる人間たちの共通認識は王族を、王国を憎んでいることくらいで、誰も彼もを知っていると言えるほどの関係性を築いているわけではない。ヨハンは彼の名前すらも知らないのだ。ただ、忌み血同士であるということを知っているくらい。昨日今日で忌み血に目覚めたヨハンからすれば、彼がどんな力を持っているのかもわからないのだ。
「どこまで逃げようとしているのかは知らないが、バカな奴だ。そんなことをしても意味がない。むしろ、スラムの連中から逃げ回ることなど出来るはずがない。ここには王国軍も……いや、まさか、王国軍に彼女を引き渡そうとしているのか……?」
だとしたら、マズい。王国軍がリゼを見つけ出すことが出来ないのはひとえに、スラムの奥深くで彼女を捕らえていたからだ、もしも、その彼女の居場所が王国軍の下に近づけば、彼女はあっさりと保護される。奇襲は二度も通じない。ヨハンが成立させた快挙はあっさりと何の意味もない皮算用で終わることだろう。
「ダメだ、それだけは許せない」
自分の功績に泥を塗られることは許せない。加えて、ヨハンはリゼを手放したくはなかった。そのために大人たちがリゼに危害を加えようとしていることさえも警告した。
なのに、だというのに、どうして、それを横からかっさらおうとする者がいるのか。そんなことを許せるわけがないだろう。
「彼女をお前の好きにはさせない」
ヨハンも動き出す。彼がリゼを王国軍へと引き渡す前に、スラムの連中が彼女を捕らえる前に自分が彼女を奪うために、口に出せなかった好意を歪んだ行動でしか示すことができないそんな自分に苛立ちながらも、その時の彼にはそんな方法しか考え至ることは出来なかったのだ。
今回は総て過去編となります。作中でも謎だったことに少しだけ答えが明かされます。
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