Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第16話「三原色」③

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

「また、ここに戻って来たのね。4年ぶり……だけど、思った以上にこの街の中は変わっていない。変わろうとしていないし、変わるきっかけを私達が与えていないから」

 

 あのスラムでの出来事から4年が経過した。その間に私は皇女として王宮に戻り、変わらない日々を過ごした。何もかもが元通りであったわけではない。

 

 セルバンテス達王宮近衛は刷新され、私自身も七星の血の恩恵に対しては懐疑的になった。スラムの話しだけではなく、セプテム国の多くの人々の気持ちを知るために王宮の中にいるだけではなく、積極的に国内の中を見て回るようになったことも変わったことといえるかもしれない。

 

 ただ、それで自分が何かを出来たのかと言われれば、それはきっと違うのだろうと思った。彼との約束、私が私なりに出来ることをやって、この国を変えるということを、私はまだ何もできていないと思う。

 

 時間がかかることは分かっている。簡単にこれまでの歴史を変えることもなかったことにすることもできないことは分かっている。それでも、何かをしなければいけないという焦りだけはあった。

 

 あれから一度も会う事が出来ていなかった彼に報いることができる生き方をしているのかという焦りがずっと私の中で続いていたから。

 

 そんな折だった、スラムの中の情勢が再び不安定となり、お父様から、私自身にもう一度、スラムの鎮圧を命じられたのは。

 

「リゼ、己の汚名は自分の手で晴らせ。かつてのような失敗を二度も犯すなよ」

 

 お父様にそう言われて、私はスラム鎮圧作戦の真意が、私にとっての汚名返上のための儀式であることを理解した。いずれセプテムの冠を被る後継者がスラムの人間たちに攫われて、現地の人間に助けられて撤退したなどという汚名をいつまでも被っているわけにはいかない。戦場は用意した。今度こそは汚名を返上し、見事、後継者であることを示してこいと言うことなのだろう。

 

 お父様が私のことをどこまで理解しているのかはわからない。スラムから戻ってきても、私は私の真意を両親にひけらかすことはしなかった。あくまでも、私は七星の血族、王国の後継者、まずは私自身が冠を手にしなければ、何も変えることはできない。

 

 お父様もお母様もスラムの人間たちを守ろうという気持ちはない。反乱を起こせば潰す、忌み血を消すいい機会だとばかりに彼らの反乱をむしろ歓迎している。そんな人たちに言葉を向けたところで私の真意をくみ取ってくれることはないだろう。

 

 あのスラムでどうして彼が、たった一人で私を助けようとしてくれたのかを今更になって私は理解できるようになった気がする。

 

 あの時に私は彼の名前を聞くことも忘れてしまった。自分自身気が動転していたし、なんだか名前を聞くタイミングも忘れて、あの距離感を心地よいものだと感じてしまったから。今更になっての後悔なんて遅いことは私自身が一番よく知っている。

 

 だからこそ、今回のスラム鎮圧戦はもう一度彼に会うチャンスであると思っていた。別れ際の約束、果たされるなんて互いに思っていなかったけれど、私はちゃんと彼ともう一度再会することを約束したんだから。本音を言ってしまえば、私がスラム鎮圧戦の指揮者として同行することを認めたのも汚名を返上したいという気持ちよりも、もう一度彼に会う事が出来るのではないかと言う思いからだった。

 

 今の自分を見て、彼は何というだろうか。あの日から成長した彼はどんなふうになっているだろうか、成長してもっと荒々しくなっているのか、それとも落ち着き払っているのだろうか、妙に達観している所があったけれど、あの時と気持ちは変わっていないのだろうか、スラムに向かう前にはたくさんのことを想像した。公務で出会う相手以外のことでこんなに色んなことを会う前に考える相手は初めてだったかもしれない。

 

 早く会いたい、そして自分のことをどう思っているのかを聞かせてほしい。その言葉がお説教だったとしても、それを聞いて、もう一度、私は頑張ることができると思っていたから。

 

 結論から言えば、私は彼に出会うことはなかった。スラム鎮圧戦の傍ら、私は彼であると思える相手を必死に探した。勿論、単独行動で王国軍を困らせるようなことはしなかったけれど、戦いの最中でもスラムの人間たちから忌み血の人間はいないかと何度か問いを投げたけれど、彼が出てくることはなかったし、見つかることはなかった。

 

 彼がこのスラムの中に今もいる確証なんてどこにもない。あんなふうに言っていたけれど、このスラムから出て言った可能性もあるし、もしかしたら不幸な事故に巻き込まれて命を落とした可能性だってある。

 

 4年だ、4年という時間は短いようで十分に長い、その間に彼の身に何が起こっていたとしても、私に関知する方法はなかった。

 

「君が、王国軍を率いているリーゼリット皇女か。スラムの王政反対派の鎮圧に協力してもいい。連中は狡猾だ。王国軍の裏をかくための手段を幾つも用意している。こちら側の協力者の一人や二人いた方がいいだろう」

 

 彼を見つけ出すことが出来ずに、煮え切らない思いを消化することが出来なかった時であった、スラム側の協力者として私は―――ヨハン君と再会した。厳密には、その時の私はヨハン君と以前に出会ったことがあったことをすっかり忘れていた。

 

 あの日の出来事はあまりにも多くの出来事がありすぎて、私も全てをしっかりと記憶しているわけではなかった。だから、ヨハン君のことも最初は、誰であるのか気付けなかった。ヨハン君のことをしっかりと思い出すことが出来たのはこのスラムでの戦いからしばらく経ってからのこと。

 

 勿論、葛藤はあった。私を襲って、拉致した彼を本当に信用することができるのか。本当はまた私の寝首をかくつもりでいるんじゃないかと、そういう風に信用することができるのかという葛藤は当然にあった。

 

 でも、私は信じようと思った。協力を申し出て来た時の彼の顔に、邪心はないと信じることが出来たから。どういった理由があってヨハン君が私に協力するという考えに至ったのかはわからない。スラムでの生活が嫌になったのか、あるいは私自身にほれ込んだからとか、ふふ、さすがにそれはないかな?

 

 それでも、君はいつもどんな時でも一生懸命でいてくれた。自分自身に出来ることを懸命にこなそうとしてくれた。スラム鎮圧戦でもヨハン君が情報を提供してくれたからこそ、最低限の戦いだけで首謀者を捕らえることが出来た。やみくもに闘っていたとすれば、私達はもっと多くの犠牲を払いながらもなんとか勝利をするという展開になっていたであろうことは想像に難くない。

 

「ねぇ、ヨハン君、一緒に来ない? 私は私だけの騎士が欲しい。私の為に戦ってくれる騎士が欲しいの。スラム出身の君にとっては不自由なことは多くあるかもしれないけれど、私は出身で差別をするようなことは絶対にしない。ここで協力してくれた君のことを見込んでお願いするよ。私の騎士に、なってくれないかな?」

「なるほど、そう来たか。わかった、その提案を受け入れよう」

 

 少しだけヨハン君に謝らなくちゃいけないことがあるとすれば、ヨハン君に向けて言った言葉は本当は別の人に向けて言うつもりで用意した言葉であったということ。本当であれば彼を見つけ出して、私の騎士になって欲しいと告げようと思っていた。

 

 彼はきっと、私の提案なんて拒否して、アンタは何にも分かっていないとか説教をするんだろうけれど、それでも私は提案したかった。かつての彼に報いるためにも、そして今でも頑張っているに違いないであろう彼のためにその言葉を用意していたのだ。

 

 結局それを届ける相手を見つけることが出来なかったからこそ、ヨハン君には同じようになって欲しくなくて、私はヨハン君を私の騎士になるように誘った。

 

 勿論、それをヨハン君に伝えることはしていない。まるで彼の代替のように扱っているのだと知れば、ヨハン君に不快な思いをさせることは間違いないと思っていたから。

 

 それだけは今でも心残りだった。私はヨハン君の素性を知ったうえで彼を選んだことを後悔していない。でも、その時の考えの総てを彼に明かしたわけではない。

 

 それを裏切りであると言われてしまえば、否定することはできない。ヨハン君、君はこんな私のことを許してくれますか? 戴冠式が終わって、君にあの時のことを全ては為す時が来たとしたら、その時に君は私にどんな言葉を投げかけてくるのでしょうか……

 

・・・

 

 彼女が―――リゼが再びスラムの鎮圧に入ることは、スラムの噂話の中で知りえることが出来た。俺は何を選ぶべきなのか、何をするべきなのか、岐路に立たされているという自覚は持ち得ていた。

 

 あの時にアイツに言われたことが4年が経過した今でも頭に過ってくる。アイツの立場に立つべきだったのは俺だったと奴は言った。本当にリゼを守りたいと願うのだったら、すぐにでも動くべきだったし、動かなかったからこそ、俺は何も手にすることが出来なかった。確かにアイツの言う通りだったと思う。当時はそれを認めることが出来なかった。

 

 自分の中の感情と言うものを制御することが出来なかったが、今なら分かる。結局、あの時の俺は怒りと困惑を自分の中で制御することが出来ていなかったんだ。

 

 だから、何も選べなかった。どちらの感情を信じるべきなのかを自分自身でも決めることが出来なかったから。

 

「今は悩む必要もない。俺はもう自分の中で答えを出している」

 

 あの時と同じ轍は踏まない。それが俺の決断であり総てだった。俺はリゼの傍にいたい。4年が経っても、成長しても、七星の力を使いこなすことができるようになっても、それでもやはり俺はあの日に出会ったリゼのことを忘れることができない。

 

 彼女の隣に立ちたい、彼女の傍にいたい。その気持ちは俺の中でずっと燻り続けたままだから、今度こそは自分に素直になろうと、4年前のあの日のように再び、彼女の下へと歩きだした。今度は彼女を奪うためではない。彼女の為に。

 

(怖れる必要はない。俺にとっての恋敵はもうここにはいないんだから……)

 

「君が、王国軍を率いているリーゼリット皇女か。スラムの王政反対派の鎮圧に協力してもいい。連中は狡猾だ。王国軍の裏をかくための手段を幾つも用意している。こちら側の協力者の一人や二人いた方がいいだろう」

 

 面会はあっさりと叶った。勿論、周りを兵士たちに囲まれてのことだが、騙し討ちをするつもりがないこちらからすれば何ら怖れることはない。兵士たちの所作を見て、最悪の場合でも一人で切り抜けることができる確信は持っていた。何せ、俺はかつて、リゼを連れ去った張本人である。その時のことを彼女が覚えていれば、俺は交渉の余地もなく捕らえられるだろう。その時のことを考えて周りを警戒していたが……、

 

「ありがとうございます、私が皇女であるリーゼリットです。私はスラムにおける無用な戦いを求めません。速やかな終結を目指して協力していただけるのであればこれ以上ないほど、心強いです」

 

 彼女は朗らかに笑って俺の協力を受け入れてくれた。その様子から彼女が俺のことを覚えていないのは明らかだった。それは自分の目的を考えれば幸いなことであったのは間違いない。リゼと協調関係になることが出来なければ、俺の目的を果たすことは出来ず、結局4年前と同じことをするほかないのだから。

 

(だけど、忘れられていたことがそのまま嬉しいと思えるはずがない。きっと彼女はあいつのことは覚えているんだろう。俺はあくまでも、君とアイツを阻んだ邪魔者、障害でしかなかった。記憶なんてされているわけもないか……)

 

 自分の中での勝手な妄想であると言われてしまえばそれまでだが、決して間違った解釈ではないと思う。まぁいいさ、それでも今、ここにいるのは俺だ。あいつじゃない。知らないのならば好都合だ。改めて俺の有用性を示せばいい。そうすれば協力者として俺はこのスラムから抜け出すことができる。

 

 こんな掃き溜めにいる限り、俺は絶対にリゼの傍にいることはできない。ここから抜け出さなければいけない。そのためなら、いくらだって犠牲にすることができる。

 

 別にアイツに言われたことを根に持っているわけじゃない。だけど、一理あるとは思った。結局、リゼの隣にいたいと思うのなら、彼女の力になることを自分がするしかない。それは当たり前のことで、ようやく手にすることが出来たチャンスを棒に振るようなことはしたくない。

 

 俺がリゼ達王国軍に与えた情報は的確だった。首謀者をサッサと捕まえることができ、スラム内での騒乱の空気が留まるようであればすぐにでも兵を引くと約束をしたリゼに協力する者は少なくなかった。

 

 スラムの人間たちの怒りと憎悪は消えない。こんな場所に自分たちを放りこんだ王族たちを許せないと思う気持ちはそう簡単に消えるものではないが、それで自分たちの生活を脅かされることは厭う者たちも決して少なくはない。

 

 加えて俺という存在がスラムの連中にとってはイレギュラーだった。中には信じられないという表情を浮かべる者もいた。かつて4年前の騒乱を知っている者であればなおさらだ。何故、あの時に起死回生の一手を撃つことが出来たお前がそちら側に与しているのかと疑いの眼差しを向ける連中の気持ちもわからないわけではない。

 

 それはそう思うだろう。あの頃の俺がもしも、あの頃のままでいたならば、やはり同じことを想って然るべきだっただろうと思うから。

 

 裏切り者であると罵るのならば勝手に罵ってくれればいい。俺はリゼを選んだ。このスラムよりも、家族を奪われた怒りや悲しみよりも、俺が惚れこんだ一人の女を選んだ。

 

 復讐よりも愛を選んだ以上、それ以外の総てを奪われるのは当たり前のことだ。かつての名声も期待も全てをかなぐり捨てて、今、俺は彼女の隣で戦っている。

 

 七星の血が敵を求めている。そもそも、敵とは誰であるのか、俺の本当の敵とは誰なのか。わからない。分かる気もない、理解しようという心はとっくの昔に捨て去った。

 

 俺は只、リゼのために生きる。彼女が求めたわけじゃない。何も持ち合わせていない、何もかもを失った俺の心に最後に残ったたった一つの灯を、無かったことにはしたくないから、俺はこの道を選んだ。

 

 首謀者は早々に捕まり、二回目のスラム鎮圧戦は終わりを迎えた。終わってみれば完全な王国軍側の勝利、少なくない犠牲は確かに出たが、当初に想定していた数よりも相当に少ないのではないかと素人目線であっても理解できる。

 

「ありがとう、ヨハン君、君のおかげで、こんなに早く決着をつけることが出来た。スラムの人の中にも少しずつだけど、私達を信頼してくれている人がいるってことが分かっただけでも、嬉しいよ」

 

「別に、大したことはしていないよ。ただ、こうすることが一番手っ取り早いと思った。王国とスラムの間で戦いあった所で何かが変わるわけでもない。この4年間でそれは強く自覚した。スラムの中で何を叫んだところで誰にも声が届かない。だったら、無用な戦いなんてサッサと終わらせるべきだと思っただけさ」

 

 本心では違うけれど、そういう気持ちがあったことも嘘じゃない。あの4年前の戦いの後もスラムは何一つとして変わらなかった。

 

 ボロボロに敗北をしたくせに、俺が行ったリゼを連れ去ったことをまるでスラム全体の功績であるかのように吹聴して、自分たちはまだまだ戦うことができると必死にアピールし続けてきた。それは王国側への敵愾心を醸成する形となり、逆にもう戦いはこりごりだと思う人々の心を離れる結果となった。

 

 王国側があっさりと勝利できたのも納得だ。この4年間でスラム側はかつての強さを失った。目先の勝利に囚われて、本当の意味での戦う気概を忘れてしまったのだ。

 

 だから、サッサと終わらせるに限った。俺にとってはそれがこの自分を育ててくれた町への最後の奉公だと思う。

 

「ヨハン君はこれからどうするの?」

「さて……、こんな形で王国軍側についてしまった以上、スラムの中で生活するってのは難しいだろうね。俺がいたから自分たちは負けたんだって思っている連中だっているだろうし、少なくともスラムは出るつもりでいるよ」

 

 後は、リゼの傍にどのようにして近づくかだ。一番手っ取り早いのは王国側の兵士となることだろうか。七星の血を使いこなすことができる俺は並の兵士なんかよりも戦える。後は戦い方というものを極めれば、充分に頭角を現すことができるだろう。

 

 忌み血であるという点だけがネックではある。リゼや王族への下剋上を狙っているのだと思われてしまえば上に進むための手立てがなくなる可能性もある。スラム出身の忌み血の人間の存在など、王族からすれば一番、歓迎したくもない血であろうから。

 

 だから、ここからさて考えなければと思っていた矢先であった。

 

「ねぇ、ヨハン君、一緒に来ない? 私は私だけの騎士が欲しい。私の為に戦ってくれる騎士が欲しいの。スラム出身の君にとっては不自由なこと名多くあるかもしれないけれど、私は出身で差別をするようなことは絶対にしない。ここで協力してくれた君のことを見込んでお願いするよ。私の騎士に、なってくれないかな?」

 

 渡りに船とは、まさしくこのことを言うのだろう。皇女直属の騎士、それはリゼの為に戦うことを人生の目標とする俺にとってこれ以上ないほどの立ち位置であった。勿論、すぐになれるかはわからないが、リゼは皇女としての権力がある。彼女が望んだことであれば、無碍にされる可能性は少なくない。断る理由がないほどの提案だった。

 

 ただ、それを悟られたくもなかったから努めて冷静に反応した。

 

「なるほど、そう来たか。わかった、その提案を受け入れよう」

 

「ありがとう、ヨハン君。私の提案を受け入れてくれてありがとう」

「そうすることが一番手っ取り早く安定した生活を手にすることができると思っただけだよ。別に感謝される必要なんてない。俺は君を利用しているんだから」

 

 利用している、か。そう、俺は本当の意味で君を利用している。自分の中の願いを叶えるために、その相手を利用している。でも、それくらいはいいだろう? 俺だって馬鹿じゃない、君が本当の意味で騎士にしたかったのが俺ではないことくらい分かっているんだ。

 

 君がこのスラムに来た目的は、あいつを見つけることで、本当はあいつを自分の騎士として召し抱えたかったはずだ。そのくらい、言葉にしなくても態度で分かる。君はこのスラムに来てからずっと、あいつのことを探し続けていたから。

 

 だから、俺はあくまでも、彼の代替品に過ぎない。彼がいなかったから、行きどころのない感情を抑え込むために行為だけでも遂行することを望んだ。買いたいものが見つからなかったから、同等品で我慢したようなモノ、君は否定したとしてもそうであることは間違いない。

 

(でも、それでもいいさ。それで君の隣にいることができるのなら、俺は迷わずそれを選ぼう。元より、最初から隣に立つことさえできるかどうかも怪しいんだ。だったら、限られたチャンスを掴むことを俺は決して躊躇わない)

 

 それでいいだろう? 君が行っていたことを俺は実践しただけだ。彼女の力になりたいのなら隣に立つことを選べと君は言った。だから俺はそれをする。たった、それだけのことなのだから。ここにいなかったお前が悪い。俺はずっと、ここで彼女を待ち続けていた。

 

 そして、スラムから王国側の人間になった俺は必死にリゼの王宮近衛として、騎士として相応しい存在になることができるように研鑽をつみ続けてきた。

 

 俺のことをスラム出身の忌み血であると揶揄する者は幾らでもいた。いつか必ず皇女の寝首をかく、あんな奴を王宮に連れ込んできた皇女の品格を疑うなどと、ああ、スラムの中もこの王宮も大して変わりはないんだなと実感させられた。

 

 そういう連中を1人1人潰したところで何も得ることなんてできない。実力で、そして態度で黙らせるしかない。俺はそう思ったし、リゼもそこは受け入れてくれていたと思う。

 

 数年が経過する頃には俺のことをわざわざ揶揄するような連中はいなくなったし、王宮近衛の中でも俺の実力は認められていった。リゼと二人きりで過ごすことができる時間も増えた。勿論、皇女と騎士の立場としてだ。俺と彼女がそれ以上に進展することはできない。リゼは時折、思わせぶりなことをしてくる。俺の気持ちに応えたいという思いがあるのだろうが、それでも俺は騎士としてその一線を越えることはできない。

 

 信用を積み重ねることによって彼女の隣に立つことが出来たからこそ、その信用を崩せば、一瞬で俺は総てを失ってしまうことが分かっている。だからこそ、簡単に手を出すことができないジレンマに陥っている。気付けばリゼの騎士としてスラムを出てからもう4年の歳月が経とうとしていた。

 

 これだけの時間が過ぎていくと、互いに今の関係を壊すことに怖れを覚えるようになる。どちらかが先を望めばきっと、肩透かしになることはないと分かっているけれど、俺達は互いに互いの先へと進むことに臆病になってしまっていて、結果として何も先に進むことが出来ていない。

 

 ただ、それでもいいんじゃないかと思っている。俺はリゼの隣にいるだけで満足できているし、これ以上を求める必要はないんじゃないかって。

 

 だってそうだ、俺は所詮、リゼにとっては代替に過ぎない、リゼの心の中に宿っているのは、あの時からずっとあいつなんだ。リゼが自覚をしていないだけで、俺の存在はリゼにとってはアイツがいないからに過ぎない。そこに情が芽生えて、なし崩しになることを望んだ時もあったけれど……、俺はきっと、リゼの心の中のあいつに、勝つことができないと諦めてしまっているんだ。

 

 だって、俺はリゼの運命の相手じゃない。アイツが座るべき椅子を掠め取っただけだ。選ばれるべき存在でもなかったというのに、それ以上を求めるなんて、罰当たりもいい所だろう。停滞でいい。このままでいい。このまま心地よい時間が過ぎていけばいい。いずれ、リゼはどこかの誰かと結ばれるだろう。皇女としてあるいは女王としてその格に相応しい相手と結ばれる。その時に傍にいるかもしれないが、結ばれるのは俺じゃない。

 

 結局、どれだけ足掻いたところで世界を変えることなんてできない。運命ってものに選ばれた奴が選ばれたなりのことをして、結果的に世界が変わっていくだけだ。必死に足搔いたところで何も変わるはずなんてないんだ。

 

 俺はそれを知っている。リゼにも教えていない、俺だけが知っている。

 

「よぉ、ヨハン、また会ったな。相変わらず辛気臭い顔をしているな」

「ヴィンセント、お前がここにいるって言うことはまた後ろ暗いことを国王はさせようとしているのか」

 

「そういうなよ、聖杯戦争が近いんだ。国王だけじゃないぜ、星家の連中が動き出した。あいつらは今回の聖杯戦争に是が非でも勝つつもりでいる。そのためには生贄が何人いても足りないんだ。だから、俺達も忙しくてよ。よかったなァ、お前さんがまだ昔のようにスラムにいたら、連れていかなくちゃいけなくなったかもしれねぇ、同族同士でそんな悲しいことはしたくねぇよなぁ」

 

「その時は全力で抵抗させてもらったさ。そういう時が一番実力が発揮できるからな」

 

「よせよ、そうならなかったんだからそれでいいじゃねぇか。互いに儲けものだと思っておこうぜ。聖杯戦争が終われば、今回の報酬も相まって俺も億万長者だ。そうすりゃステッラファミリーなんて畳んで、隠居生活と行きたいところだぜ。なぁ、ヨハン、人生は長いぜ。自分にとって一番良い選択をしろよな~」

 

「余計なお世話だよ」

 

「そうかよ、俺は別にお前さんがリーゼリット様をモノにしちまったっていいと思うぜ? 後から後悔するくらいなら、これからのことなんて考えずに足を動かした方が幸せかもしれないってことだ。これは先人からのアドバイスとして受け取っておいてくれよな」

 

 ヴィセントは言いたいことだけを言って通り過ぎていく。不快な男だ、どうしようもなく、アイツを見ているとスラムの連中のことを思い出させられる。

 

(でも、俺はお前に感謝もしているんだよ、ヴィンセント。お前は僕がリゼの騎士になってから出会ったんだと思っているかもしれないが……、本当は僕たちはもっと昔に出会っているんだ)

 

 そう、お前は知らないだろう。お前がかつてスラムで請け負った一つの依頼を遂行している所を、俺は目撃している。まだ、リゼと初めて出会った時から1年が経つか経たないかの頃合に、お前たちは――――

 

『離せ、お前たちは何者だ!』

『俺達が誰だかなんてことはどうでもいいことじゃねぇか。お前のクソッたれな人生は此処で終わるんだからよ』

 

 スラムの中で起こっている騒動、そんなものを一々人々は取り沙汰しない。巻き込まれた自分が悪いと思っているから、誰も助けようとなんてしない。ましてや、その襲われている相手が、皇女を解放して結果的にスラムに不利益をもたらした相手であるのならばなおのことだ。

 

『お前さんも不運だったなぁ、皇女様を助けるようなことをしなけりゃよぉ、王宮に目を付けられるようなこともなかったんだ。あの時の王宮近衛は全員左遷、そしてお前さんはもはや二度と日の目を見ることはない。そうすりゃ、

王族の不祥事も全ては闇に葬られる。噂をするような連中がいたところで当人がいなくなるのなら誰も信じたいなんてしないだろうさ』

 

 そう、あいつはリゼを助けたことで目を付けられた。この王国の中で皇女がスラムの少年に救われたなんて事実は、何よりも起こってはならないことだったのだ。過去を変えることはできない。ならば、どうするのか、簡単なことだ。過去を変えてしまえばいい。厳密には、そんな過去はなかったことにしてしまえばいい。

 

『離せ、離――――があああああああああああ』

『ふん、手こずらせるんじゃねぇよ。こちとら、使い走りで機嫌が悪いんだよ。オラ、お前ら、誰かに見られる前にサッサと連れていくぞ』

 

 そう言って、ヴィンセントは彼を連れ去っていった。アイツが何処に連れ去られたのかなんて知らない。今も生きているのかどうかすらも知らない。

 

 確証的なことは何一つとしてわからないが、何となくの予感として、生きているはずがないと俺は思っていた。だってそうだ、あんな手荒な真似をして連れ去った奴をわざわざ生かしておく道理なんてどこにもない。

 

 だから、あいつはいなくなった。いなくなった奴を待ち続けていたって、戻ってくるはずがない。だからこそ、俺はその代わりの席に入ることが出来た。

 

 リゼはそのことを知らない。アイツがスラムの中からいなくなったとしても、どこかでアイツは元気にやっていると思っている。きっと、心の中では、アイツと再会できる日を待っているんだ。そんな日が来るはずもないというのに……。

 

 そうさ、俺は、それを全て知っていて、敢えて口にすることなく、彼女の隣を手に入れた。そんな奴がそれ以上を望むなんて馬鹿げている。だって、俺は何処まで行っても、あいつの代替でしかない。俺に向ける感情の総ては代わりに与えられているだけで、俺はそれを分かって受け入れているんだから。

 

 なぁ、ほら、歪だろう? 俺達の関係は、これ以上の関係の進展を求めていないのはリゼだけじゃない。俺もだ。今のこの関係が最も心地いい。聖杯戦争に勝てなくたっていい、灰狼の目論みがどんな結末を迎えるのだって構わない。

 

 俺にはリゼがいればそれでいい。俺の人生の総てはあの日からリゼに捧げているんだから。なのに、なのに……、それを壊そうとする奴がいる。リゼに変わることを求めている奴がいる。

 

 ああ、レイジ・オブ・ダスト、お前だ、お前は何だ、何なんだ。セレニウム・シルバでお前と出会ってからリゼはずっとお前のことばかりを考えている。

 

 グロリアス・カストルムでも、この戴冠式の直前でもずっとずっとお前のことを気にかけている。お前はいなくなったはずなのに、もう二度と俺達の前に姿を現すはずがないのに……、どうしてお前は……あの時と同じ姿で俺達の前にもう一度姿を見せた。

 

「………いらない」

「何……?」

 

「いらない、いらないんだよ、お前は! お前がいればリゼがおかしくなる。お前が求めることがリゼを苦しめる。お前の行動はリゼの命を危うくする。

 今更どうして戻ってきた! なんでこのタイミングで戻ってきた! お前が、お前がもっと早く戻ってきていれば……僕は、俺は……!!」

 

 こみあげてくる感情は、どうしようもない泣き言だ。お前がもしも、もっと早くに戻ってきていれば、こんな夢を見ずに済んだというのに。こんな嘘塗れの人生を送らなくても良かったのに、そうまでしても願いに手が届くという現実を知らずに済んだのに。

 

 夢を見せて、ようやく満足することができるようになった時に戻って来るなんて、仕打ちが酷すぎる。ああ、お前は自分が言っている通りの死神だよ。俺達の関係に終わりを齎すために舞い戻ってきた死神、あの日の意趣返しをするかのように戻ってきた終わりを齎す存在だ。

 

 だからこそ、お前をリゼに合わせるわけにはいかない。お前とこれ以上顔を合わせればリゼは、先へ先へと進んでいく。それが灰狼との戦いと言う彼女にとっての破滅の道であったとしても進んでいくであろうことは目に見えているから。

 

「お前は邪魔だ、俺とリゼの未来の為にここで死ね」

「何度も言わせるな、俺は七星を滅ぼす。総てを終わらせるその時まで決して死ぬわけにはいかない。お前たち全員を倒して、地獄の先に花を咲かせるんだよ」

 

「そんな夢物語をいつまで口にするつもりだ。お前だって分かっているだろ、俺とお前の実力差が。何をどうしたって今のお前じゃ俺には敵わない。あの時とは違う。俺は騎士として修練を積んできた。総てはリゼを守るために。ずっと、リゼを放置してきたお前とは違う。ずっと俺が守り続けてきたんだ!! お前があの日に言ったように!」

 

「知るか、お前はさっきから誰のことを口走っている。気持ち悪いんだよ、自己陶酔野郎が、勝手に俺と他の誰かを一緒にするんじゃない。お前がアイツを守ってきたのはお前の人生だろう、それを他の誰かに影響されたからなんて言っているから、お前は止まり続けているんだよ……!」

 

 ヨハンは強い、彼がリゼを守るために全身全霊で自分を鍛え上げて来たというのは事実なのだろう。だが、それはレイジには関係のない話だ。ヨハンが何処かの誰かに説教されたことがあったとしても、何処かの誰かに薫陶を受けて、リゼを守るために尽力したのだとしても、それはレイジには全く関係のないことだ。

 

 村を焼かれ、七星に復讐を誓った。その過程の中でリゼとヨハンは出会った相手に過ぎない。何処かの誰かを自分に投影していたとしても、それは決して自分ではない。そんな妄想じみた言葉にいつまでも付き合っているわけにはいかないのだ。

 

「あくまでもシラを切るつもりか。いいや、あるいは、お前は本当に一度死んだのかもしれないな。だから、何もかもを忘れてしまったのかもしれない。どっちでもいいさ、覚えていようといまいと、やることは変わらない。お前を斬る。それだけだ」

 

 二人は決して交わらない。二人は何処まで行っても平行線だ。互いに互いを知らぬからこそ、届かない言葉は、やはりどちらかの血を以てしかこの場を収めることが出来ないのだと主張する。

 

 その果てに何が待ち受けているのかもしらず、過去より続いてきた因縁の清算を求めるように、決着の時は近づいていた。

 

第16話「三原色」――――了

 

――君の運命の人は俺じゃない、それでも俺は出会った時からずっと思っている。君が綺麗だと

 

次回―――第17話「Pretnder」

 




次回は通常通り3日後の更新となります、ヨハンとの戦いもいよいよ決着の時が近い!

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