Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第17話「Pretnder」①

 ギリシアの狩人、アルゴーの船に乗り、後にトロイア戦争の英雄として確固たる名声を刻んだ英雄ピロクテーテス、ギリシア最高峰の英雄であるヘラクレスの親友としても知られる彼の人生は決して順風満帆なものではなかった。

 

 アルゴーの船に乗っての航海の最中、彼は冒険者としても有名なオデュッセウスによって、とある島に置き去りにされた。勿論、すぐに迎えが来るまでの辛抱であると彼は考えた。自分の仲間たちが自分を置き去りにするわけがない。何かの間違いであろうと、彼はずっと自分を迎えにくる仲間たちを待ち続けた。

 

 島の中は決して安全な訳ではない。自然とは神が人に与えた試練そのもの、狩人とはその神が与えた試練を乗り越えて必要な物資を手にすることができるものである。

 

 幸いなことにピロクテーテスは狩人であった。ギリシアの神話に名を遺すほどの狩人である彼は置き去りにされた島の中で生き続けることが出来た。それは果たして幸せなことだったのか、あるいは早々に命を落としていた方が幸福だったのか。

 

 彼の手には盟友ヘラクレスがヒュドラを討伐する際に使った弓があった。その弓を使い、彼は洞窟の中で雌伏の時を過ごした。最初は仲間が戻ってくることを信じて、しかし、数年も経過すればそのような甘い夢を抱くことがどれ程愚かであるのかはすぐに理解できる。

 

 彼は自分が置き去りにされたことを理解した。毒蛇にかまれた足は治ることなく、引き摺りながらも狩りを続けた。それでも、狩猟をして、生活をすることが出来たことこそが、彼もまた規格外の英雄であったことを示しているわけだが、彼にとってはどうでもいいことであった。己の持ち得る者で彼はただ生き続けた。理由があったわけではないが、死ぬ理由もなかった。かといって、島を出て、オデュッセウスに復讐を為し遂げようという思いもなかった。

 

 彼は停滞を選んだのだ。この島の中で自然に身を任せながら、天命を待つことにした。いずれ終わる命であることを受け入れて、ただ、その中で生き足掻くことを選んだのだ。

 

 そうして何もかもを諦めた頃に、彼らはやってきた。トロイア戦争に勝利を齎すためにはピロクテーテスの持っているヘラクレスの弓が必要である、その神託を受けたオデュッセウスはおよそ10年ぶりにその島を訪れた。

 

 総てはトロイア戦争に勝利するために。そのためであれば、ピロクテーテスの憎しみをも受け止める必要があると。

 

 そうして顔を合わせた彼らが穏便に事を進めるはずもなかった。もう出会うことはないと思っていた者同士の再会が、すべて感動の再会になることなどない。それは誰よりもピロクテーテス自身が知っている。

 

 そう、まるでかつての自分たちのように激昂するヨハンの姿にどうして彼があそこまでレイジに拘っているのかをアーチャーは理解した。言葉では止まらない。彼らは何かしらの決着を付けない限り、どんな中座な結末を持ってしても、納得に辿り着くことはできない。

 

「となれば、こちらもサーヴァントとしてやるべきことをするだけだな。サーヴァントはマスターに勝利を齎すもの、その基本原則に立ち返って戦えばいい」

 

「うっ、おおおおお!」

「アヴェンジャー、僕の矢を悉く受け止めてでも前に進むというその豪胆さは評価しよう。僕は君のような勇敢な戦士を尊敬する。僕は生きるために戦う者たちを尊敬する。だからこそ、英雄として君を殺そう。英雄として君を破滅させよう。淡々とね」

 

 アーチャーが放つ無数の矢を身体で受け止めながらもアヴェンジャーは愚直に突き進む。その身体に与えられる矢が全くダメージにならないわけがない。しかし、狭い通路の中でアヴェンジャーと向かい合うアーチャーの矢を弾く手段は他に存在しえないのだ。結果的にそうせざるを得ない状況、むしろ、それこそがアーチャーによって与えられた罠であるとも言えよう。

 

「だが、その苦難の旅もようやく終わる」

「よくも此処まで耐え抜いたものだよ」

 

 アヴェンジャーの身体がいよいよ、その武器でアーチャーの身体に届く位置にまで近づく。いかに圧倒的な耐久力を誇っているアーチャーであったとしても矢を放つ動作すらも満足に行えない近接戦闘ではただ的となって破壊されるしかない。その結末を見通して、偃月刀を振り上げ、アヴェンジャーはアーチャーの身体へとそれを届かせんとして、

 

「我が弓、大英雄ヘラクレスの弓を、そう簡単に攻略できるなどと思ってくれるなよ」

 

 瞬間、アーチャーの手に握る弓が光を放つ。同時に、アーチャーの指先には九つの矢が握られ、振り下ろされる偃月刀の一閃に対して回避も防御もするわけではなく、彼はむしろ、攻撃態勢を取った。

 

「彼が編み出したのはあらゆる武技における攻撃手段、この弓を受け継ぎし、我が手にはその奥義も伝授されていればこそ―――受けろ、大英雄の高速連撃『継・射殺す百頭(レガシー・オブ・ナインライブス)』!!」

「ぬっ、がっ、ぎぃああああああああああ!!」

 

 その瞬間に行われた攻撃はまさしく絶技と言うに相応しい技であった。かつて大英雄ヘラクレスが編み出した高速九連撃の技、それは本来剣や斧といったヘラクレスの主武装で行われることを想定した技であったはずだ。

 

 しかして、彼は真なる大英雄、自分自身が持ち得るあらゆる武器によって、その高速九連撃を実現して見せた。その技の一端、弓による高速攻撃をヘラクレスはピロクテーテスへと伝授し、そして今、その技は宝具としてアヴェンジャーに叩きこまれた。

 

 まるで一つの矢が九つに分裂したかのように放たれる超高速の九つの矢、近づけば、矢を放つための時間的なロスから絶対的な優位に至ることができるという目論みは失敗に終わり、アヴェンジャーにとって致命的なダメージを与えられる結果となった。

 

『おいおい、さすがにこれはマズイぞ』

『喰わってはいけない攻撃を喰らってしまったって感じだね、流石に不味いけど……』

「否―――まだだ、まだお前たちの宝具を使うべき時ではない。今は耐える、耐えぬいて見せる!」

 

 いよいよ自分たちの力を使わなければならないかとハンニバルとユダが口にしたが、いまだにティムールは耐えぬいて見せると口にした。

 

(アーチャーの宝具を見破ることが出来なかったのは、我の責任。先に力を解放すれば、この狩人は淡々とその弱点を突いてくる。決めるのならば一撃だ。一撃でアーチャーを葬る攻撃を実行できなければ敗北するのは我々だろう。ならばこそ、まだ切り札を切るべき時ではない)

 

 完全に虚を突かなければならない。この冷静沈着、あらゆる状況に対応することを是としている狩人をほんの一瞬でも気を逸らす状況でなければその一撃を放つことはできないと思っている。

 

「我がマスターよ、その為にはお前の力も必要だ……」

 

 アヴェンジャーだけではそれを為し遂げることはできない。ヨハンに圧されているマスターだが、このままで終わるはずがないとアヴェンジャーも信じている。彼であれば絶対にやり遂げてくれると心から信じているのだ。

 

 その期待に果たして応えることができるのだろうか。何かしらの変化を起こすことが出来なければ、レイジもアヴェンジャーもこのまま当然のように敗北するしかないが……

 

「はぁ……はぁ……」

 

「限界だよ、必死に食らいついているようだけど、お前はもう限界が来ている。そもそも、あれからどれだけの時間が経っていると思っている。あの時から変わっていないお前と、成長した俺では基礎体力からして違う。どうしてお前があの時のままなのかはわからないけどな」

 

「だから、お前は、誰のことを言っているんだよ。俺は、お前のことなんて知らない。俺はターニャと同じ村で生活をしていて、それで、ヴィンセントのクソ野郎に村を焼かれて、それで……それで……」

 

(記憶が混濁しているのか? コイツは間違いなく、スラムにいたアイツだ。リゼはあれから年月が経って、アイツが普通に成長していると思っているから、似ている程度だと思っていたんだろうけれど、俺は決して忘れない。お前の姿も声も反応も、その総てがあの時のお前だ)

 

 何かしらの事情があるのだろう。そもそも、レイジの姿はヨハンからすれば7年以上前の記憶している姿である。その時から全く成長をしていないなどありえないし、もしも、本当に彼がヨハンの知る本人であるとなれば、人工的な何かしらの措置を受けているであろうことは間違いない。

 

(仮死状態に追い込んだうえでの冷凍保存、魔術による成長の阻害、方法は幾らでもある。何せ、こいつは王国に依頼されたヴィンセントに連れ去られている。王国があの時から星家、あるいはカシムの奴と繋がっていたんだとすれば、何をされていたとしてもおかしくはない)

 

 王国にとって、彼を生かしておく理由は全くない。生きているとすればそれは単純に実験動物以外の何者でもない。どんなことをされたのかなど想像する気もないが、七星を殺戮するための存在として甦ったことも含めて、既に彼はヨハンとかつて言葉を交した少年とは全く別の存在なのだろう。

 

(憐れだな、お前のことなんて知ったら、またリゼは自分を責める。だから、もう二度とリゼとお前を会わせることはない。彼女の知らないところで、あの時のように消えて行け)

 

「がっ、ぐぅぅ……!」

 

 ヨハンの一閃を大剣で受け止める。自分自身の身体から流れている魔力を纏わせることによって一時的に強化した大剣がヨハンの攻撃を受け止めることに成功し、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「相変わらずしつこいな、お前は!」

「そんなに俺のことが邪魔なのか……?」

 

「ああ、邪魔だよ」

「ようやく手に入れることが出来た場所を捨てるのは恐ろしいんだもんな」

 

「なに――――?」

「………、俺は何を言って……がっ!」

 

 鍔ぜり合う最中で、ヨハンが剣を翻して、レイジの身体に蹴りを入れて、吹き飛ばす。床に叩き付けられたレイジはゴホゴホと咳き込む、以前の傷も完全に癒えているわけではないが、ここまでヨハンにやられっぱなしであったことから、既に身体は満身創痍であると言えた。

 

「今のは……何だ?」

 

 しかし、レイジは自分の身体の負傷のことなどどうでもよかった。それ以上に気にかけるべきことが自分の身体に起こったからである。まるで自分ではない、何かが自分の口で喋ったような感覚、不気味なそれはまるで自分自身を汚染しているかのような感覚さえも覚えさせる、

 

「はぁ……はぁ……はぁ……何だこれ、身体中が熱い」

(力が欲しいのか?)

 

「はぁ……はぁ……誰だ、お前は……」

(力が欲しいのか?)

 

 レイジの問いにそれは答えない。全身の魔術回路が励起し、強制的にレイジ自身の身体を燃え上がらせるような何かが自分の中で力を漏らしている。まだだ、まだ戦える。お前の力はこんなものではないとでも言わんばかりに……。

 

(この感覚は、初めて、じゃない。あの時に、ヴィンセントとの戦いの時も、灰狼との戦いの時にも浮かんだよくわからない、俺でありながら俺ではない力、それが今、俺の中でまた浮かび上がろうとしている)

 

 使えるものは何でも使う、レイジ自身もその考えであることは間違いないが、その力を使っても良いのかどうか逡巡してしまう。脳裏に浮かぶのは、散華の姿だ。

 

 彼女は自分の身体の中に流れている七星の血に身を任せることによって、結果的に破滅を呼びこむこととなってしまった。レイジ自身も人造七星紛いの存在である。これまで使ってきた力以上のモノを望んだことによって、何かの力に自分自身を奪われるのではないかと言う怖れを覚えたことは自然な成り行きであると言えよう。

 

「だが……」

 

 同時に思う。今の自分ではどう足掻いてもヨハンに勝つことはできない。グロリアス・カストルムで対峙した時にも基礎的な戦闘力の差によって敗北を喫した。その再現をするように今回も圧倒されている。

 

 レイジにとって最も厳しいのは、七星の魔力を使ってヨハンがレイジを圧倒しているというわけではないことだ。ヨハンがこれまでに積み重ねてきた修練の成果、騎士としての技術を以てレイジを圧倒している。それを越えるには文字通りの特殊な力を使うか、武技でヨハンを上回るしかない。そして後者については、つい先日まで、ただの少年でしかなかったレイジに用意できるものではない。

 

(力が欲しいのか?)

 

 なおも、身体の中から聞こえてくる声はレイジに選択を迫ってくる。お前はどうしたいのかと。

 

「………決まっている!! 俺は勝たなければならない。俺の復讐の為に、俺の願いの為に。この戦いの果てに、地獄の先に花を咲かせるために俺は……こんな所で負けているわけにはいかないんだよ!!」

 

 何もかもを道半ばで諦められるようなバカにはなれない。此処まで頑張って来たんだからそれでいいじゃないかなんて言えるほど、楽観的な人生を送ってきたわけではない。

 

 奪われればすべてが終わるのだ。自分の願いを貫き通すには最後まで勝ち続けるしかない、勝ち抜くしかない。何かに自分を呑み込まれるかもしれないとしても、ここで終わる命に比べれば、ほんの僅かでも可能性が残っているのだとすれば、レイジはそれを掴みとる。その我武者羅さこそが今日まで彼を突き進ませてきた原動力なのだから。

 

(ならば叫べ……! お前の力を解放するために……!)

 

「ぐぅぅ、ああああああああ――――星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!!」

「なっ、ば、バカな……、魔力の解放だと、まさか、お前……!」

 

 ありえない、そう思ったが、すぐにヨハンは思い返す。ああ、そうだ、彼の少年もまた忌み血、すなわち七星の血族に他ならなかった。これまでレイジが七星の力を解放して来ることがなかったからこそ、彼の魔術回路がそこまでに至っているとは考えてもいなかったが、七星の魔術師であれば当然にその力を使えることは自明の理だ。

 

「本当に、どこまでもどこまでも、お前は俺の前に立ち塞がってくれるな!」

 

「当たり前だ、何度も何度も言ってきたはずだ。俺はお前たち七星を全てを倒す。その果てに俺の復讐は完遂される。その時を迎えるまで、俺は死ぬわけにはいかないんだよ。何があろうとも絶対に……俺は、お前を倒して、星灰狼たちの下へと辿り着く!!」

 

「七星の力を解放したからなんだ、それでも勝つのは俺だ。あの時のようにはならない。あの時の俺とは違う。ずっとリゼの下に帰ってこなかった奴が今更、戻ってきて、デカい面をすることが許せないんだよ!!」

 

 赤と黒の剣士が再び対峙する。七星の魔力を解放したレイジは何をしてくるかわからない。警戒は必要だ、しかし、ヨハンは自分が負けるなどとは露にも思っていない。やはり、どの角度から考えても自分が敗北する展開は考えられない。基礎戦闘力で完全に圧倒している以上、例え、七星の魔力による摩訶不思議な特殊能力を用いたところで自分が推し負けるはずが―――

 

「くっ――――」

「うっ、ああああああ!!」

 

 しかし、その変化は激突の最初の一合目から出た。ヨハンがレイジの態勢を崩すために放った攻撃に被せる形でレイジの大剣が蛇腹剣の形状へと変わり、ヨハンの刃を避けると同時に、彼の身体を刻む鎌鼬へと変貌する。

 

 ヨハンの放った一撃が空を切り、代わりにレイジの放った刃がヨハンの身体を削る。カウンターと言うよりも完全に虚をつかれた攻撃、これまでまったく当てることが出来なかった攻撃は、さながらヨハンの行動を予測していたかのように放たれる戦闘経験値に基づいた攻撃であった。

 

(くっ、身体を刻まれた。だが、このタイミングの合わせ方、むしろ、俺が何処に攻撃をしてくるのかが分かっているかのように―――)

 

「なるほど、こういうふうに使うのか」

 

 言うが早いか、鞭がしなるように蛇腹剣が動きだし、ヨハンの胸元へと飛び込んでくる。同時にレイジは動き、さながらダンスを踊るかのようにして、蛇腹剣が曲線を足掻きながらヨハンへと迫り続け、ヨハンの持つ騎士剣を以てその変幻自在の蛇の牙を迎撃する他ない。

 

(これまでのコイツの攻撃は大剣を力任せに振うか、この形状を目くらましに使うかだけで、コイツ自身は棒立ちのまま、戦っているに等しかったが、コイツ自身が動き回りながら戦うことで、余計に動きを分かりづらくさせたか。加えて、コイツの刃は七星の魔力を奪う。これは長期戦になればなるほど露骨に意味を増して来る……!)

 

 ヨハンは認識を早々に改めた。七星の魔力を解放させたところでレイジなどものの数にも入らないという認識は間違いであると、明らかに七星の魔力を解放してからレイジの戦闘には変化が生じている。

 

これまであくまでも、レイジ自身の戦闘経験と発想、そして身体能力によって行われていた戦闘に、より効率的に、より最適な戦い方が加味されている。

 

 七星の戦闘経験値、七星の血を継ぐ者たちが基本的に与えられる戦闘のバックアップが十全に機能を始めているのだとヨハンは理解した。血の濃さが強くない自分であってもその恩恵には預かっている。最たるパターンは七星散華の超反応であろうが、レイジもヨハンもさすがにそこまでの力を発揮することはできない。あれは宗家に生まれた散華だけが実行できる特殊能力の類であると言える。

 

 しかし、極端な例であるというだけで、レイジが実行している能力もまた同じである。膨大な戦闘経験値に基づいた合理的な戦闘方法の算出、それがヨハンとのこれまでの戦い方を加味して、レイジにより最適な戦い方を算出して与えている。加えて、大剣と蛇腹剣、二つの全く異なる戦闘スタイルが選択肢を無数に増やしているのだ。

 

 レイジは蛇腹剣を縦横無尽に動かしながらも、自分自身も動き回り、ヨハンの反応が防御から攻撃に転換しようとしたところで蛇腹剣を高速で大剣へと戻すと、力任せにヨハンへと刃を叩きつける。

 

「がっ、ぐぅぅ………!」

「さっきまでの余裕ある戦い方じゃなくなってきたな」

 

「馬鹿を言え、お前の戦い方が変わったことに順応しようとしているだけだ」

「さっきまでなら、俺の戦い方がどうなろうとも自分に勝てるわけがないって自信満々じゃなかったか?」

 

「減らず口まで増しているとは、まったくもって度し難いよ、お前は!」

 

 ヨハン自身も七星の魔力を解放し、攻勢に打って出たレイジを力任せに振り払う、体勢を崩されたレイジは空中で姿勢を取り戻し、攻守交代したヨハンの刃を受け止める。

 

 ヨハンの攻撃もまた重い、先ほどまでの攻撃も重かったが、今度はそこに力が乗っている。戦意、殺意、そうした感情が積み重ねられて、余計に力が増しているのだ。

 

「調子に乗るなよ、周回遅れが! 今更、七星の血を有効に活用できるようになったから何だっていうんだよ。それくらいは俺にだってできる。他の連中にだってできる。スタートラインに立ったくらいで喜んでいるんじゃない。想定外であったとしても予想外であったわけじゃない。お前なら……、俺を倒して、彼女を救ったお前ならそれくらいはやって見せると俺だって覚悟している!!」

 

 むしろ、これまでのレイジが不甲斐なさ過ぎただけであるともヨハンは思っている。本来の彼ならば、あの日、スラムで自分を制してリゼを救った彼であればこんな簡単に敗北するなんてことはありえない。敵であるからこそ、あっさりと敗北するのであればそれで構わないと思ってもいたが、改めて実力を発揮したレイジとこうして対峙して分かる。

 

 こうでなくてはならない。このレイジを越えることが出来なければ、自分はかつての過去を払しょくすることはできない。リゼの騎士として彼女の隣に立つことはできない。

 

 リゼの騎士として王宮に来てから学んできたあらゆる力を以て、レイジを乗り越えてこそ、ようやく自分はあの日の自分を越えることができるのだ。

 

「歓迎してやるよ、亡霊。よくぞ、帰ってきた。僕が僕であるために、俺が過去の俺を越えるために、俺はここで貴様を斬る!」

「知ったことか、お前が七星である限り、俺はお前をここで斬る!」

 

 互いに決して交わることのない激情を発露しながら激突する。二人の戦いは何処まで行ってもすれ違いだ。ヨハンの言葉を理解するにはレイジがかつての少年であったことが断定されなければならないが、レイジはヨハンが口にするような記憶は一切持ち合わせていない。

 

 対してヨハンもレイジの事情など知ったことではない。灰狼やヴィンセントのような悪党に対して復讐心を向けるのは理解できるが、七星全員に殺意を向けるその異常性を理解しようという気にはなれないし、リゼに手を出そうとしている時点で彼は敵だ。

 

 ゆえに交わることはなく、分かり合うこともなく、相手を叩き潰して捻じ伏せることだけが彼らの戦いである。

 

「ぐっおおおおおおおお」

「くっ、どこから、それだけの力を発揮する!」

 

 レイジの戦い方がこれまでのモノとは大きく変わってきている。先ほどの蛇腹剣を使いながらの戦闘行動でも顕著であったが、大剣での戦い方ではそれがさらに顕著になっている。これまでの力任せに相手を破壊しようという鉄を鉄のままぶつけているような戦い方ではなく、相手の武器を破壊するために攻撃を放つ。その重さを利用して軋ませ、相手の武器をすりきらせる。そういう戦い方に変わったことをヨハンは実感した。

 

 やっていること自体は素人目に見れば変わらないだろうが、レイジの戦い方はいやらしい。何度も何度も武器をぶつけ合うことになれば、その威力や重さで考えてもヨハンの遣っている剣が先に摩耗する。かといって、総てを避けるために意識を割けば蛇腹剣による曲線軌道での攻撃が襲い掛かり、結果として真っ向からの激突へと状況を変えさせられる。

 

(散華のような超反応もカシムのような鋼鉄の身体も俺は持ち得ない。どこまでいっても、想定できる人間の身体の範疇での戦いしかできない。ちっ、こっちを逆手に取られるとはな)

 

 基本に忠実、騎士としての戦い方で戦っていたヨハンは確かに隙を伺うという点ではそのボロを出す場面がかなり少ないのは間違いない。ただし、それは格下が格上に勝つための戦いという観点での話になればと言う所がある。

 

 レイジの戦い方が変わり、ヨハンとのパワーバランスが変わり始めてきている。真っ当な武技としての実力差で言えば、やはりヨハンが一日の長があるが、勝てばいいという観点で考えれば必ずしも、ヨハンが絶対的に有利な訳ではない。

 

 相手の武器を破壊する、相手の身体を刻む、その上で七星の血に目覚めたことによる反応速度の常勝は単純な変化であるとはいえ、この戦局を変化させるには十分すぎる要素であった。

 

『ほぉ、雲行きが変わってきたようじゃのぉ』

『さすがは僕たちのマスターだね、転んでもただでは起きない。そういう予想を裏切ってこそ、だよ。それで、僕たちはどうするんだい、ティムール。まさか、このまま終わるなんてことにはならないよね?』

「無論……我らが主が戦い続ける限り、我らが先に諦めるなど許されるはずもない」

 

 先ほどまではマスター同士の戦いも大きな劣勢に晒されてばかりだったアヴェンジャーだが、ここに来てレイジが復調した。セレニウム・シルバでの戦いからレイジが何度か見せた謎の覚醒、ここでも結局その覚醒の意味はわからないが、あの状態になったレイジであれば、ヨハンに対しても勝ちを拾える可能性は限りなく高まってくる。

 

「希望を抱くのは結構だが、君たちは勝てないよ。先のナインライブス、やせ我慢で耐えきれるものじゃない。アヴェンジャー、君の身体は君が思っている以上に重傷だよ、マスターよりも先に君が消滅することを危ぶんだ方がいいほどにね」

 

「フッ、どこまでも淡泊だな」

「それが性分だからね。でなくちゃ10年も置き去りにされて、まともな精神ではいられないよ。君たちのように復讐を考えたわけじゃない。こういう性格だったからこそ、最後には許す事も出来た。淡泊なのが悪いことばかりではないさ」

 

「そうか、そうした境地に達することはできないな。我らは奪われれば奪い返す。報復には報復をする。当たり前のことを当たり前に相手に返す。それが草原の民の生き方だ」

『僕は復讐って言うよりは裏切り者なだけなんだけど』

『儂は復讐のためだけに生きてきたようなものじゃしな、ぐははははは、儂ら全員、ギリシアの狩人の価値感を理解できる者はおらんようじゃのう!』

 

 ティムールの反論にユダとハンニバルも同調する。淡々と人生をこなしているだけであれば、アヴェンジャーになどなりはしない。激情を燃料に己の願いを叶えるために疾走を続けるからこそ、復讐者のサーヴァントとして顕現するだけの力を与えられた。

 

 総てはレイジ・オブ・ダストを勝利させるために、それを果たすまでは、どれ程の重傷を受けても、どれほどの死地に立とうとも、彼ら三人は諦めない。

 

 出会いは決して互いに望んだものではなかった。三人一つの身体に押し込められた不便もあるし、レイジ自身に感謝をされたこととて、数えるほどしかない。

 

 だが、自分のマスターが、自分たちの主に相応しいのかを見極める程度の力はあると自負している。

 

 レイジ・オブ・ダストは自分たちの主に相応しい。復讐に塗れながらも青臭い自分自身の正義を信じて、惨めな末路になることを予感しても、ささやかな幸福を願わずにはいられない精神性、それは彼らが戦いの中で摩耗し、それでも輝かしいと思えるだけの光を放っている。

 

 彼らは正しさでは動かない。戦に塗れた草原の民には絶対的な正義などなく、復讐に総てを費やした軍略家には悪と呼べる道こそが正義であり、裏切りの使徒にはそもそも、正しさという概念自体が存在しているのかも怪しい。

 

 彼らは正しさでは動かない。彼らは己の主の信念に絆されている。この少年の良く末を見届けるために戦っているのだ。当然、彼よりも先に自分たちが消滅するなど、そんな愚かな結末を認めるわけにはいかない。

 

「価値感がそぐわないことは受け入れたさ。どだい、これは聖杯戦争、君たちと僕が分かり合う事が出来たとしても、どちらかが消えるしかないこともまた明白だ。マスター同士の戦いに変化が生まれたとしても気にすることはない。僕は只君を射抜き、倒すだけだ。ヨハンは君たちのマスターには負けない。勝つと信じているからね」

 

 確かに状況に変化が生まれたことは認めよう。しかし、それがどうしたとあえてアーチャーは思う。ヨハンが負けたわけではない。盛り返したとしても、ヨハンの能力の特性を考えればここからこそが、ヨハンにとっての真骨頂、追い詰められれば追い詰められるほどに彼は強くなる。

 

 故にギリギリでヨハンに追いついたところで、逆転をすることができるのかと言われれば答えはノーだ。結局は改めて逆転されて磨り潰される。抵抗せずに殺されるのか、抵抗をして殺されるのかの違いでしかないのだから。不安がる必要はない。

 

 淡々と戦っているだけであるように見せながらもアーチャーはアーチャーで自分のマスターのことを信頼している。ヨハンは確かにレイジとの戦いで不要な感情を向けていることが多くあるとは思うが、それでも、彼がリゼの為に戦うという点をはき違えることはない。元よりリゼを勝たせるという目的の下に動くことは了承済みだ。そこから逸れることがないのであれば、アーチャーはヨハンの行動を咎めるつもりはない。

 

『んで、実際にどうする? マスター同様にあ奴も自分から隙があるような戦い方をする奴ではないぞ? 遠距離は奴の領域、近距離でも当たり前のように攻撃してくる。隙がなく、自分の戦い方を通すことができる相手、それだけでも十分に脅威じゃからのう』

「戦い方は変わらん。最後は斬って捨てる他ない。だが、こちらの身が持つかどうかは問題ではある」

 

 先の宝具による一撃、カウンター気味に叩きこまれた一撃はアヴェンジャーの霊核にあわや届くかどうかというほどのダメージを与えていた。アーチャーの見立てには間違いはない。このまま戦っているだけでも魔力消耗でアヴェンジャーは消滅するだろう。

 

「ハンニバル、お前の宝具で活路を開く。そのために死地へと飛び込むぞ」

 

『まぁ、そうなるか』

『その前に君が耐えきれなくちゃ何の意味もないけれどね』

「安心しろ、諦めの悪さでは我も早々負けん。正念場だ、勝つためには何もかもを捧げる。我らのマスター同様でいいではないか」

 

 それも確かにと三人は思う。レイジも自分の限界すらも突破してヨハンを越えるために戦っている。ならば、今度は自分たちもそのように考えるのはパートナーとして自然の流れだ。

 

「来るか」

 

 その気迫の変化にアーチャーも気づき、再び激突の時が来るであろうことを理解する。

 互いの主のために捧げる勝利を手にするために彼らは戦い続ける。その気迫に応えるように、レイジもまた気迫を口から漏らす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっ、ここまで――――なっ!?」

 

 レイジの気迫によって叩きこまれた一撃にヨハンの剣が手から零れる。ここまで、レイジを圧倒し続けてきたヨハンによって、それは初めての劣勢、そしてその劣勢はそのまま勝負を決めかねないほどの隙を生み出すことに繋がった。

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 下段から上段に向けての力任せの振り上げ、まだ少年の体躯でしかないレイジのどこにそんな力があるのかと思えるほどの一撃がヨハンへと襲い掛かり、回避をしようにも剣を弾かれたことで痺れて締まった体は万全の動きを発揮できずにその切っ先がヨハンの身体を突き上げるように切り裂く。

 

「がっ、ああああああああああああ!!」

 

 レイジの筋肉がブチブチと悲鳴を上げる、想定もしていないような動きに身体が悲鳴を上げているが、レイジは全く斟酌しない。身体の痛みなど後で幾らでも受け入れる。今はそれよりも、ようやく掴んだ勝利のチャンスを絶対に棒に振るわけにはいかない。

 

「舐めてくれるなよッ!!」

 

 瞬間、ヨハンの掌から魔力が発露し、レイジへとそれが叩き付けられて吹き飛ばされる。純粋な剣技でも何でもなく持ち得る魔力を無理やりに弾いて叩き付けるだけの不恰好極まりない攻撃、しかし、それさえもしなければならないほどに危機的状況であったことは事実だ。

 

 ヨハンはすぐさま、弾かれた剣を拾い上げ、戦闘態勢を継続するが、斬られた箇所からは流血し、嫌な汗が身体に浮かんでくる。体内の魔力で自己回復を始めるが、散華やリゼのように七星の血が濃いわけではないヨハンは決して七星の魔力を十全に使用することができるわけではない。

 

(あれだけの大きな剣だ、避けたにもかかわらずこれとは、直撃していたら死んでいたぞ……くそっ、回復魔術はそこまで得意じゃない。いつもはリゼに任せていたからな。ああくそ、考えるな、リゼがいてくれたらなんて考えるのは弱気になっている証拠だぞ、ヨハン……!)

 

 リゼがいないからこそ決戦を目論んだのだ。そこにリゼがいる可能性を考えるなど情けないことこの上ない。

 

 自分一人だけの力で勝利をする。そうでなければ意味がない。自分はあの日からずっと彼を越えることが出来ていないことを証明するだけになってしまう。

 

「使うさ、あらゆる全てを使って勝つんだろう? だったら、俺も同じだ。星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!!」」

 

 そして、ヨハンもまた七星の血を解放する。かつて、セレニウム・シルバの戦いでタズミ・イチカラーを討ち取った際に使用した力を今再びこの場所で因縁の敵を倒すために開放する。初めてその力を知ったのは、あのスラムでリゼを攫った時だった。そして今、こうしてリゼを守るためにその力を使っている。

 

(数奇な運命だ、神と言う存在がいるのであれば、そいつはどうしようもなく悪辣だ。けれど、一つだけ感謝をする。どんな数奇な運命であろうとも、俺のクソみたいな人生でリゼを出会わせてくれたことに。それだけは心から感謝をする)

 

 彼女の為にと口にしながらも彼女の望んでいないことをする。どうしようもないエゴだが、それが結局は自分なのだ。自己中心的でもなんであっても、運命の人間ではない自分に出来ることはそれだけでしかない。

 

「世界に知らしめるだけだ、リゼの隣に立つのはどちらなのかを」

 

 お前にだけは絶対に負けるわけにはいかない。その気持ちを吐露しながら、ヨハンとレイジの激突は次のステージに向かう。しかし、決着はそう遠くはないだろう。まもなく戴冠式は終わりを迎える時間が近づいてきていたのだ。

 




【CLASS】アーチャー

【マスター】ヨハン・N・シュテルン

【真名】ピロクテーテス

【性別】男性

【身長・体重】189cm/70kg

【属性】中立・善

【ステータス】

 筋力D 耐久A 敏捷D

 魔力C 幸運E 宝具A

【クラス別スキル】

対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

【固有スキル】

千里眼:B
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
また周囲の環境の僅かな兆候を読み取っての、未来予測さえもが可能。

矢よけの加護:B
飛び道具に対する防御。
狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装だろうと肉眼で捉え、対処できる。

毒耐性:A+
毒に対する耐性、呪詛や宝具であろうと毒ならば即時に抗体を生み出して順応してしまう。
数多くの怪物や大英雄の生命を奪ったヒュドラの毒に、十年に及び耐え続けたアーチャーが
身につけた異能。

【宝具】
継・射殺す百頭(レガシー・オブ・ザ・ナインライブズ)
ランク:A 種別:対人~対軍宝具 
大英雄ヘラクレスに、その弓と共に伝授された万能攻撃宝具。
一つの兵装ではなく 生前の偉業「ヒュドラ殺し」で使った弓の業を元にヘラクレスが編み出した、
言わば「流派・射殺す百頭」。その本質は、攻撃が一つに重なる程の高速の連撃にある。
状況・対象に応じて様々なカタチに変化する「技」であり、剣や槍・斧といった他の武具でも使用可能。
アーチャーはこれを特に弓の技として昇華させ、自身の業とした。トロイや戦争においては、太陽神と
美神両柱の加護を受けたパリスを死に至らしめ、ギリシア側を勝利へと導いた。
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