Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第17話「Pretnder」③

――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――

 剣戟が響く、互いに互いの武器が激突し、傷が生まれ、血にまみれ、魔力によってその傷を修復しながらも、また新たな傷を生み出して互いに傷つけ合っていく。

 

 泥試合もいいところだ、こんな戦いは騎士として全く美しいとは言えない。どうしようもなく惨めであるし、どうして自分がこんなことをしているのかと自問自答したくなるばかりだ。

 

 奴も、目の前で俺を倒そうとしている奴、ああ、そういえば、俺はこいつの名前を知らなかった。レイジと名乗っていたが、偽名であるように思う。星屑の怒りなんて、まったく、俺達を倒すために生み出されたような名前だし、きっと、コイツの本当の名前は別にあるんだろう。

 

 そんなものすら知らないのに、俺達は殺しあっている。それを無意味であると断じるのか、あるいは、それであるからこそ、運命であると考えるのかは俺達とは別の人間が評価すればいい。

 

 少なくとも俺はこうなるしかなかったと思う。あのスラムで出会って、リゼを巻き込んで、彼女を奪い合う戦いを始めたあの時から、いつか俺達は決着を付けなければいけなくなってしまっていた。

 

 たとえ、俺が全てを偽ってリゼの隣に立っても、レイジがスラムの時の記憶を失っていたとしても、結局俺達はこうしてぶつかり合う運命を選ぶことになった。

 

 だから、これは運命なんだ。どうしたって俺達は互いに並び立つことはできない。俺が意地を張っているからなだけと言われればそれまでかもしれないが、仕方がないだろう。

 

 リゼのことだけは譲れない。自分の人生で初めて出会った時からあれほど見惚れた相手はいなかったんだ。今だってそうだ、彼女に比べれば他の総てが色あせる。

 

 所詮、リゼと自分の関係が、自分が考えているだけの1人芝居でしかないとしても、俺はレイジとリゼの物語の端役かあるいはそれを横で見ているだけの観客に過ぎないと分かっていたとしても、抗うことが許されないわけじゃないだろう?

 

 想っているさ、もっと違う関係性で、もっと違う立場で、あるいはもっと違う性格で、もっと違う価値観で君と出会う事が出来ていれば、俺達の在り方は変わっていたかもしれないと思うけれど、そんなもしもに意味はない。無駄だって分かっている。だから、結局の所、俺にはこうするしかないんだ。

 

 肉を切り裂く音が伝わる、骨を砕く感覚がのしかかってくる。自分の身体が引き裂かれる痛みを覚える、呼吸が、筋肉が悲鳴を上げている。七星の力を奪われ、追い詰められるほど強くなれるという自分の力が何処まで機能しているのかも怪しい。

 

 おそらく、セレニウム・シルバで戦った時ほどの力は全く出せていない。七星の魔力を使うことで完全に追い込むつもりでいたというのに、気付けば自分が追い込まれているという始末。まったく救えない。今日という日は非合理的なことばかりを選んでしまっていて、そりゃアーチャーに呆れられるのも当たり前って話しだ。

 

 自分がバカであることなんて分かっている。自分が意地を張ってその結果としてこうしていることだって分かっている。だけどさ、仕方がないだろう。俺はリゼに、軽々しく命を失うようなことをしてほしくないんだ。

 

 星灰狼は凄まじい、ライダーもさることながら人造七星たちまで集めているアイツは間違いなくこの聖杯戦争の最強のマスターだ。ロイ・エーデルフェルトであってもカシムの援護がある限り、灰狼に勝つことはできないと俺は思っている。

 

 お前たちは正しいのかもしれない。灰狼の奴は真っ当な悪役で、世界征服なんて企むどうしようもない奴だ。そんな奴を倒す事こそが正しいことで、セプテムを世界征服の片棒を担がせるような相手は打倒されてしかるべきなのだろう。

 

 それが正しいのだろう。けれど、それは簡単に達成できることじゃない。灰狼は明らかにリゼが自分に叛意を翻すであろうと考えている。取り込むことが出来ればいいし、取り込むことができないのならば、聖杯戦争の相手として倒すことを考えている。

 

 あいつが欲しているのはセプテムの国土だけだ。そこに住む人間たちの生活なんて欠片も考えていない。むしろ、自分たちが世界侵略をするための橋頭保として作った国なのだから、自分たちに支配されて当たり前程度に考えている。どれだけ時間が経ったと思っているのか。もうこの世界はお前たちの世界であるわけではないというのに。

 

 それこそが正しい道であったとしても、それでリゼが危険に晒されることが許せないんだ。停滞だっていいじゃないか。世界がどうなろうとも構いやしないだろう。ただ、与えられた役割の中で生きているだけであったとしても、それで愛している相手に平穏に生きてほしいと願うことはそれほど間違っているというのか。

 

 俺はリゼを戦わせない。リゼに群がってくる相手は全て俺が倒す。それがリゼの望みを遠ざけることになったとしても、自己満足な最低の向き合い方だったとしても、それがささやかな幸せだって信じている。

 

 レイジ・オブ・ダスト、お前はどんな形であろうともリゼの「今」を壊す。リゼの命を奪うのかもしれないし、リゼが灰狼と対立する道を選ぶかもしれない。あるいは、総てを理解したリゼがお前の命を奪うようなことになるのだとしたら、それはリゼの心に深い傷を残す。

 

 どんな形であったとしてもお前とリゼが関わることで良い未来が得られるなんて思えないんだよ。嫉妬だというのならば笑ってくれればいいとも、そうじゃないとは言わない。

 

 俺はリゼにずっと想われているお前を疎んでいるし、殺意の根底にあるのは醜い嫉妬だ。どうして俺がお前になれなかったのかと恨んだ日なんて数えるのも馬鹿らしくなるほどにある。それも全て今日で終わらせる。二度とお前が甦ってくることがないように、今日ここで俺がお前を殺す。

 

 体はぼろぼろだ、非合理的な戦い方をし続けてきた肉体は痛みと出血によって、鈍くなってきている。魔力で身体を回復したとしてもこれなのだから、まともに斬り合っていれば、もう死んでいるかもしれない。

 

 何故、コイツが突然覚醒したのか、答えは分からないが、レイジの中に眠っている俺の知っているアイツの力が目覚めたのだとすれば納得が出来る。

 

 俺と同じく忌み血だったアイツ、子供のころから俺よりも精神的に成熟していたアイツは、もしかしたら、七星の魔力に俺よりも早く目覚めていたからこそ、早熟な様子を浮かべていたのかもしれない。

 

 勿論、真実など分からないが、それがこの瞬間にアイツの中で覚醒したのだとすれば、納得はできる。やはり俺の運命の相手はお前なんだなと痛感する。独りよがりな勝手な理解であったとしても構わない。この戦いに花を添えるのは自分の気持ちだけで十分だ。

 

 俺は俺が納得することが出来ればいい。あとの帳尻合わせは俺が行う。お前はいい加減に此処から退場しろ。一度表舞台から遠ざかったのなら、最後まで遠ざかっていろよ、もう今更お前の出る幕なんてないんだから。

 

「ああ、そうだ、今更お前の出る幕なんてどこにもない。俺とリゼの物語にお前が入る余地なんてどこにもないんだ!」

 

「お前たちの間に割って入るようなことを考えるわけがないだろう。俺は只お前たちのどちらも斬るだけだ。お前をここで仕留めて、次はアイツを斬る」

 

「なぁ、一つ教えろよ。お前は七星だったら誰でもいいのか? 七星だって理由だけで誰も彼もを殺すのなら、お前がたいそうに叫んでいる様な信念なんてものはないだろう。ただの無差別殺人者だ!」

「―――――――――」

 

 一瞬、レイジの思考に空白が生まれた。ヨハンの苦し紛れの声にレイジはいつも通りに反論をすればいいだけだった。けれど、どうしてか身体と思考が繋がらない。思考の中で答えを見出しているはずなのに、それを身体がフィードバックしてくれないという不可思議な事態、その状況は硬直へと変わり、レイジの身体に、ヨハンの剣が突き刺さる。

 

「ぐっ、があああああああああああ!」

 

「答えられないだろう、それがお前の正体だ。リゼは何もやっていない、復讐の報いを受けるようなことはしていない。お前の独りよがりの殺人に彼女を巻き込むな。お前が復讐の先に道を見つけたいのなら、彼女こそ殺してはならないんだ!」

 

「ふざ、ける、なぁっ……!」

「がっっ!」

 

 片手で振り上げた大剣が振り下ろされる瞬間にその形状を蛇腹剣へと変えて、鞭のようにヨハンの上半身を切り裂く。肉を抉る音と同時に血飛沫が舞、レイジの顔にその血が付着する。

 

「何もしなければ許されるのか! 世界を変えることができるのに、俺達のような悲劇を生み出すことを防ぐことができる立場にいながらそれを知らないふりをする。それは悪行を重ねることと同じくらいに罪深い。ヴィンセントは今の俺を形作るのにかかわった七星が五人いると言った。お前たちは俺の何かを知っている。それはお前たちも俺に関わったということじゃないのか!」

 

「ああ、そうだな、俺は少なくともお前に関わった。だが、お前の復讐に付き合う道理はない!」

「お前たちはそうやっていつも、自分が正義だと断じてくる!」

 

「お前の復讐だって、正義なんてものじゃない。善であるはずがない。独りよがりの悪だ!」

「そうだとも、悪でいなければ報われない悲劇があったから、俺はこうして今も戦っている。甘んじて不幸を甘受するなんて無欲なバカにはなれないんだよ!不幸を味わったのなら、それ以上に幸福を手にしなければ釣り合いが取れない。お前のように現実から目を逸らしているだけの奴に理解もできないだろうがな!」

 

「俺は現実を正しく認識している。だから、この選択をしたんだ!」

 

「違う、お前は現実から目を逸らしている。正しく認識をしているのだったら、彼女が何を望んでいたのかだって理解していたはずだ。不恰好でも自分の望みを叶えるために前へと進むことを彼女は願っていたはずだ。それを阻んだのはお前だ。お前が過酷な現実から目を逸らさずに彼女と進むことを選んでいれば、全く違う道が開けていたはずだ。理解者のふりをしながら、誰よりも彼女を足止めし続けてきたお前の行動が現実から目を逸らしていることに繋がっていると何故、理解できない!!」

「違う、違う、違う!!俺は、俺は……!!」

 

 言葉に詰まる。コイツの言葉が痛いくらいに突き刺さる。自分で進まずに停滞を選んだ自分には進まなかったことを糾弾するコイツの言葉は突き刺さる。ああ分かっているよ。そうするべきだってことが正しいことだなんて、リゼが望んでいたことだなんて痛いほどに分かっている。

 

でも、それを選べば、俺はそれこそ、ただのお前の代替品だ。お前が選んだであろう道をただなぞっているだけだ。だから、俺はあえて選ばなかった。

 

「………いいや、あえて選ばなかったんじゃないな。選ぶことを自分で拒否していたんだ」

 

 絶対的な価値基準での正しさで選んだわけではなく、自分自身の感情でその正誤を選んだ。彼女が望んでいることがあいつの受け売りであることを、あいつと育んだ願いに沿っていることを俺は知っていたから。それを選べば、結局俺は、ただの代替品でしかないのだということを実感していたからこそ、それを選ぶことが出来なかった。

 

 ああ、そうだな。お前はきっと正しいよ。リゼを第一に思うのならそうするべきだったし、彼女を踏み止まらせる一因を作ったのは間違いなく、自分の感情で、お前と同じ道を進むことを拒絶した俺自身にあるんだろう。

 

 でも、仕方がないじゃないか。絶対的な正しさよりも、俺は自分の中にある正しさを選んだ。それを以て悪だと断じられるのならば、俺は悪でいい。彼女を想うこの気持ちが間違っているなどと言われる筋合いはない。

 

 正しいということはどこまでも痛いんだ。正しさを追求することにはいつだって痛みが伴う。その痛みを背負いながらも進み続けることができる精神性が無ければ、勝者であり続けることはできない。

 

「ああ、だからお前は突き進むことができるんだな」

 

 あの日、どうして自分ではなく彼が彼女に選ばれたのか、こいつはその正しさがブレない。どこまでいっても、たとえ記憶を失くしたとしても、正しい道を進み続ける。

 

それがどれ程の痛みを伴うことであったとしても、どれほど人から疎まれる道筋であったとしても、決めたことを貫くための覚悟だけは、ずっと変わらず持ち続けることが出来ている。

 

 そんな奴だからこそ、俺は敗北し……、ずっと、超えることを心のどこかで望んでいたんだ。

 

「俺はお前のようにはならない!! 俺は忌まわしい七星の総ての運命を断ち切る。俺のような悲劇を生み出さないために! それが――――地獄の先に花を咲かせるということだ!!」

 

 叫びながら武器を振う憎い相手のことをその時に初めて俺は直視した。泥にまみれて、全身を傷だらけにしながらも、それでも進み続ける不器用な男、自分の幸福なんて度外視して自分の願いを果たすためだけに邁進し続ける男、その姿をその時に俺は初めて眩しいと思ってしまった。自分にはできないことを為し遂げると決めた男の姿に眩しさを覚えてしまったことこそが、何よりも大きな敗因であることを理解し、

 

「―――――バカにつける薬はないな。ならさ、死ぬまで駆け抜けろよ。血にまみれてでも進むお前の復讐の先に、花を咲かせることができるんだってことを証明して見せろよ」

 

 初めて自分の口から出た彼を認める言葉と共に、ヨハンの身体に大剣が突きたてられ、ひときわ大きな血飛沫がこの狭い空間の中に迸る。完全なる致命傷、自己回復の魔術を使ったとしても、手遅れであろうと一瞬にしてわかる傷痕に口からも喀血したヨハンは手を震わせる。

 

「俺の、勝ちだ……ッ!!」

「ああ、そして、同時に俺の勝ちでもある」

 

「何―――――!?」

 

 重傷を負わされたヨハンの言葉に何を言っているのかとレイジは反応を浮かべるがその瞬間に、ヨハンの背後、すなわち、レイジが向かおうとしていた戴冠式の会場側からドッと大きな歓声が巻き起こる。

 

 それは悲鳴ではなく喜びの声、すなわち、この国に新たに誕生した女王を祝福するための声だ。

 

「戴冠式は……予定通りに執り行われた。今更、俺を突破したところで、お前たちの目論みは叶わない。あの声を聞くだけで分かるよ。お前たちの誰かが会場にまでたどり着くことが出来なかったということは、な……」

「……っ、お前、それが分かって……」

 

「言った、だろ。俺の目的はお前をリゼに近づけさせないこと、だ。その目的を果たすためなら……どんなことだってやってやるさ。どうだ、見たか。今回は、俺の、勝ちだ……」

 

 自分の命がどうであれ、リゼと交わした約束を果たすことは出来た。ヨハンはレイジに対してそれを誇る。

 

 七星の力を覚醒させた今のレイジはまさしくあの時の彼であった。誰が明言しなかったとしてもヨハンにはそれが分かる。

 

 そんな彼を相手に、自分がリゼと交わした約束を守りぬいたのだ。誇るべきであるし、それを否定してしまったら、自分がスラムを出てからの日々に、リゼのために自分を鍛え上げてきた日々の総てを否定することに繋がってしまう。

 

「まもなく……騒ぎを聞きつければ、ここにも王国の軍が来る。そうすればお前たちは晴れて、この国のお尋ね者だ。誰もお前たちの言葉、なんて聞かない。新たなる女王陛下の誕生の日に武力制圧を目論んできた連中の話しなんて、誰も、な……」

 

 朔姫が出撃前に口にしていた言葉をレイジは思い出す。もしも、戴冠式が終わりを迎えるまでに内部に突入することが出来なかったときは潔く撤退をすること、それが朔姫より全員に言い渡されていた命令であった。

 

(いや、まだ間に合う。今飛びこめば―――――)

 

『退くぞ、小僧。独断専行をしてまで得られる利益などもう喪われてしまったわ』

「なっ―――――、おい、アヴェンジャー!?」

 

 レイジの思惑とは別にアヴェンジャーは撤退を口にする。口にしたのはハンニバルであったが、ティムールもユダもその決断に反対の意思を示さなかった。

 

『此度の目的は電撃戦、時に間に合わせるためにそれぞれを少数で割った。しかして、敵の厚さに我々は突破することが出来んかった。言わばそこまでよ。機を失った突入戦ほど馬鹿らしいものはない。アーチャーとそのマスターを討つことが出来た。それを戦果に戻るが筋よ』

 

 ハンニバルは戦を知り尽くしている。あらゆる戦を通じて彼は敵国の中で生き抜いてきた。故にこそ、この状況の危険性をレイジよりも遥かに理解している。そのハンニバルをして臭うのだ。これほどの時間をかけて戦い、そして突破できなかった以上、相手の準備は万端だ。突入すれば、決死の覚悟以上の代償を支払わせられることになるだろうと。

 

 よって、身を手に入れることが出来なかったとしても此処は撤退を選ぶべきだろう。何も収穫がなかったわけではない。少なくともレイジとアヴェンジャーはアーチャー陣営を脱落させることが出来た。

 

 これにてようやく、七星陣営側の保有するサーヴァント量とこちら側の陣営の保有量は逆転する。アーチャー陣営を脱落させたことへの意味を噛みしめるべきだ。

 

「そうだ、さっさとどこにでも行け。お前はリゼに届かない。俺が、ここにいる限り……」

 

「お前はそれでよかったのか!?」

「………知るかよ、俺が一番知りたいよ」

 

 守りぬいたという誇りが自己満足で良かったのかと問うレイジにヨハンは知らないと答える。その言葉を聞けば、彼とてそれが満足ゆく結末でなかったことは明らかであるが、不思議とヨハンはこれまでのような憎悪に近い反応をレイジに浮かべることはなかった。

「レイジ・オブ・ダスト……」

「何だ、今更お前に何を言われても――――」

 

「リゼを頼む。お前にしか、託せない……」

 

 末期の恨み言でも口にすると思っていたヨハンの口から出たのは彼にとって、何よりも大切だった相手を託すという言葉だった。それがどんな意味を込めての言葉だったのかはレイジには分からない。

 

 喧騒が聞こえてくる。どうやら、戴冠式会場周辺での騒ぎに周囲の人間たちが気づいたのだろう。

 

「退くぞ」

「……ああ」

 

 なし崩し的な撤退にレイジはヨハンの言葉に返答をしなかった。どう言葉にするべきなのかをレイジも見出すことが出来なかったのだ。これまで復讐に総てを捧げてきた自分に彼がどうしてリゼを託すようなことを言うのか。自分はリゼの命を奪うことを考えているというのに。

 

 理解できない、納得するための道筋を立てることができない。その感情を消化することができないまま、レイジはこの場を撤退することしかできなかったのだった。

 

・・・

 

「ちっ、時間切れか。クソったれ……!」

「朔ちゃん、どうする?まだ私達は戦えるよ!」

 

「アホか、事前に話をしていた通りや、全員撤退、下手に此処に残って戦えばお尋ね者に晒されるのは間違いないわ」

 

 レイジがヨハンとの戦いに決着をつけてその場から撤退をしていた頃、正面入り口にて行われていたランサー陣営とスブタイの戦いも決着がつかないままに終わりを迎えようとしていた。

 

「撤退するのならば早々に撤退をするがいい。我らもお前たちの襲撃は見越していた。それが故の配置、時間を誤れば包囲されることになるぞ」

 

「優しいんだね、そんな忠告をしてくれるなんて」

「まさか、ランサー、それにマスターよ、お前たちとは何れ再び見えることになろう。聖杯戦争を戦い抜く限り、いずれ我々は再びぶつかり合うことになる。その時の楽しみを奪われたくないと思っているだけのことだ」

 

 曲がりなりにもこの場にてスブタイと打ち合い、討たれる事無く戦いを終えた二人の姿をスブタイは戦士であると認めた。ならばこそ戦の中での決着を求めるのは当然のことだ。自分と戦い敗北するまで他の者たちに敗北することなど許さない。スブタイが言いたいのはそういうことだろう。

 

「ええ、では、私も宣言しておきましょう。侵略王が配下、最強の男スブタイよ。貴方はこのアステロパイオスが必ず討ちます。それまでゆめゆめ、他の者に討たれることなどなきようにしなさい」

「言ってくれるな、楽しみにしているぞ」

 

 ただ武力にて総てを決すると口にした人物がわずかに見せた獰猛な笑み、それこそ、再選を待ち望む戦士の表情であることをランサーも理解する。次に再び戦う時が来れば、その時こそ決着の時であると互いに理解しながら、ランサー陣営とキャスター陣営はその場を離れていく。

 

 王国側と星家を分断するための絶好の機会ではあったが、結局届くことはなかった。いまだに七星側陣営の壁は高く、台頭に至ることは出来ていないことを自覚させられる。

 

「まぁ、でも、全く収穫がなかったという訳やない。あのクソガキも仕事をするときはちゃんとやるってわけやしな」

 

 放っていた式神によってレイジとアヴェンジャーがアーチャーに勝利したことを朔姫は察し、1人静かに称賛を口にする。本人の前で絶対に言わないような称賛をこの場で口にするのは彼女なりのささやかな優しさであろうか。

 

 七星側の陣営を1人でも脱落させることが出来たのは存外に大きい。これで残る陣営はライダー、キャスター、ランサー、そしてセイバー……、そう、いまだにどっちつかずの態度を取り続けているあの陣営もいずれは何らかの決着を付けなければならない陣営であることに間違いはない。

 

(ま、今、思ってることが杞憂で終わってくれればそれ以上に思うことはないんやけどな……)

 

 式神によって観測していたそれぞれの戦い、その中で一つだけ、予想を超えた展開となっていたセイバー陣営とアークの場所で見せられた光景が朔姫の中に過る。

 

 セイバーとはいずれ決着を付けなければならないのは事実であるとは思っていた。キュロス二世の逸話を知っていれば否応にもあの善神との繋がりを感じることができるのは誰だってそのように解釈するだろうと理解できるのだから。朔姫が今更驚くようなことはない。

 

 だが、ターニャについては……そうならないでほしいという杞憂を持ち合わせるような事態となってしまっていることだけは事実だ。杞憂する事態が起これば間違いなくレイジにとっては最悪の影響を及ぼしかねない。誰よりも大事にしているからこそ、喪失した時の痛みは人一倍負うことになるのだから。

 

(世知辛いな……何もできんいうのも、結構堪えるもんやわ……)

 

・・・

 

 戴冠式が無事に終わりを迎えて、リゼはヨハンを探した。外で警護をやっているとはいえ、戴冠式の会場自体が広い。四方にそれぞれ入口が存在している以上、正面でない場所を警護している可能性もあるため、見つけるのには時間がかかるかもしれないと思った。

 

 待っていれば彼が戻ってくるはずだ、心の中では当然にそう思っていたのに、どうしてかリゼはヨハンを探さないといけないという強迫観念じみた気持ちで身体を動かしていた。

 

 今日から晴れて自分は女王になる、これまでのような皇女の立場ではない。出来ることも一気に増えていく。ヨハンはずっと自分がリゼを襲ってしまったことを悔やんでいた。だからこそ、一歩を踏み出すことが出来ないのだとリゼはそう思っている。

 

 実際には、ヨハンが一歩踏み出すことが出来ないのはリゼの心の中に残っている別の人間がいたからこそであるのだが、リゼはヨハンの本心に気付けていない。頑なにヨハンはその心だけは隠し通してきた。それを知られてしまえば、自分がこれまでに築き上げてきた総てが壊れてしまうと思っていたからである。

 

「ヨハン君……?」

 

 そうとは知らないリゼはヨハンの居場所を探す。今日は腹を割って話がしたい。自分もずっとヨハンに話すべきかどうかを悩み続けてきた。ヨハンがかつて、自分を拉致した少年であったことを口にすれば、関係が壊れてしまうのではないかと思っていたから。

 

 でも、それはきっと杞憂なのだ。言葉を交わしあえば自分たちはもっと分かり合うことができる。それだけの年月を共に生きてきた。もっと早くに互いに踏み込んでいくべきだった。そうすれば、自分たちはもっと変わることができたはずだと今更ながらにリゼは思ってしまう。

 

 そんな思いを抱きながら、リゼは皇族が出入りするための入口へと差し掛かった。虫の知らせと言うべきか、そこに踏み込んだ瞬間に何かを感じ取ったリゼは足を進めていく。

 

 一歩、また一歩と足を進めていくごとに胸の中で何か焦燥感のようなものが浮かび上がっていく。これ以上踏み込むべきではないという感覚が押し寄せてくるものの、それでも足を進めた先でリゼはその光景を見た。

 

「――――――――」

 

 そこは酷い有り様だった。辺り一面に血が飛び散り、廊下は血の海のようになっていた。その廊下の壁にもたれかかるようにして、リゼが探し求めていた相手、ヨハンは虚ろな表情で座り込んでいた。

 

・・・

 

「ヨハン君!!」

「リ、ゼ……ああ、そうか、終わったん、だな、戴冠式が……おめ、でとう」

 

「そんな、どうしてヨハン君、何があって―――――――」

 

 駆け寄ってくるリゼの青ざめた表情を見て、改めて自分がどんな姿をしていたのかを思い出す。何とか生き延びることができるだろうかと魔術をかけ続けて見たものの、一向に治る気配はなく、感覚が徐々に鈍っていく始末。ああ、これはさすがにダメだなと痛感して、最後にリゼともう一度会うことができないかと思っていた頃合だったのだ。

 

 そりゃぁ、リゼも青ざめるだろう。こんな血まみれで、誰が見たって死んでいくだろう男の姿を見たら……、リゼは自分で何があったのかと口にして、すぐに、俺が戦っていたであろう事実に気付いたのだろう。口元を抑えてわなわなと震えだした。

 

 そんな顔をされるだろうことは分かっていた。彼女は優しいから、自分が戴冠式に出ている最中に起こった出来事だって、自分が一緒にいればと思ってしまうのだ。

 

「ごめん、なさい……私が戴冠式に出ていたせいで、ううん、私がヨハン君を傍に置いていなかったから……、こんなことになるなら、何が何でもヨハン君を傍に―――」

 

「馬鹿を、言うな。俺は……騎士として、君を守るために、戦ったんだ。後悔は、ない……、君が無事でいるのなら、それでいいんだ」

 

 そうだ、だって俺はそんな君に惚れたんだから。七星の運命を拒みながらもそれでも足掻こうとする君の姿を美しいと思った。出会ったときはもっとひどい意味での一目ぼれだったけど、騎士として君と一緒に居続ける中で、もっともっと君に惚れていった。

 

 身分違いだったし、所詮、俺はアイツの代わりでしかなかったけれど、それでも……幸せだったんだ、ずっと続いて欲しいと思っていた。この関係のままでもいいと思っていた。

 

 それを停滞だと言ったアイツの言い分は間違っていない。絶対的な正しさを語るのだとすれば俺の行動は間違いだったかもしれないけれど、俺にとってはやっぱり正しかったんだと思う。

 

「………レイジ、君たちにやられたの……?」

「リゼ……」

 

「私が、私がずっと手をこまねいていたから、私がレイジ君と戦うことを躊躇っていたから、その間にヨハン君が、私が、私が―――――」

 

「………、リゼ、アイツを恨むな」

「ヨハン、君……?」

 

 リゼは俺のために苦しみ、俺のために怒りを覚えて、復讐の為にあいつと、レイジと戦うことを決意するかもしれない。それほどまでにリゼの心に傷痕を刻み込めたことには達成感を覚えはするけれど、結局俺は、どんな形であってもリゼに幸せになってもらいたいんだ。

 

当たり前だろ、だって、好きな女なんだ。この世で一番愛しているんだ。だったら、その幸せを祈らないと、無償で捧げてきた気持ちが嘘になる。

 

「俺は、俺のやりたいようにやった。だから、リゼ……、恨むな。これからの君には、アイツが……必要、だ……」

 

 悔しいが、リゼの隣に立つのに相応しいのはアイツなんだ。リゼとアイツが殺しあうなんてのは三流芝居もいいところだ。それが俺のせいでなんて許せない。灰狼の奴が好きそうな三流脚本なんてそのまま受け入れていいはずがないだろう?

 

 だから、最後だけでも格好つけて逝こう。願わくば彼女の未来に幸福があることを願っていきながら。俺はそれでいい。それで十分だ。

 

「ああ、君はやっぱり――――」

 

 とても綺麗だ……そう、最後まで言い切ることが出来ずにヨハンの瞳は落ちた。まるで最後の役割を果たしきったかのように、彼は戦いに敗北した者とは思えないほど安らかな表情で逝ったのであった。

 

・・・

 

「ヨハン君……」

 

 残された者に先立つ者が抱いた気持ちを理解することはできない。ヨハンの言葉から誰がヨハンと戦い、そして命を奪ったのかは理解することが出来た。ヨハンが最後にどうして、あのような言葉を口にしたのかはわからない。

 

 ただ、リゼの中で一つだけ確かなことがあった。

 

「許さない……」

 

 ポツリと漏らした言葉には感情が乗っていた。かつて、レイジはリゼと対峙して彼女に言い放った。お前は何も失っていないからそんな綺麗ごとが口に出来るのだと。もしも、失っていれば綺麗ごとを口にすることができるような余裕を浮かべることはできないのだと。

 

「そうだね、私もやっと理解することが出来たよ。失って初めて私はキミの想いを理解して、同時に君を敵とみなさなかったことを後悔している」

 

 セルバンテス、七星散華、そしてヨハン、リゼにとって身近な人の多くがレイジと関わり、そして命を落としていった。その顛末の総てを知っているわけではないが、奪われた者の痛みだけは理解できる。

 

 憎悪の炎が燃え上がる、ヨハンが口にした言葉ですらも、その激情を完全に消し去ることはできない。いつかは迎えるであろう運命に向かって最悪の歯車は動きだそうとしている。本来であれば衝突する必要などなかったであろう者たちが、リゼとレイジ、すれ違い続ける二人の運命は、遂に交わり、そして分かり合うことを置き去りにした成れの果てへと行き着こうとしている。

 

 かつて地獄の先に花を咲かせると約束し合ったはずの二人はすれ違い、気付きあうこともなく通り過ぎていく。

 

「レイジ・オブ・ダスト、君は――――私の手で倒す!!」

 

 リゼが遂にその決意を露わにした頃、盤面の総てを決定づけてきた男は笑っていた。総てすべてが思惑通りに進んでいる。星灰狼の望むままに、聖杯戦争を戦い抜いているように思っている愚か者たちを尻目に、彼が願った彼だけの宿願のための鍵は総て揃った。

 

「ご苦労だったね、憐れなアベル、いよいよ収穫の時だ。憐れなお前の役割はもう間もなく終わりを告げる」

 

 最初から総ては仕組まれていた。彼は決められたように戦い、自分の素性すらもあやふやな中でただ自分の正しさだけを信じて戦ってきた。

 

「此度の戦いは分水嶺だった。さまざまな因縁に裏打ちされていたとはいえ、アベルとヨハンがリーゼリットのために手を結ぶこともできた。けれど、それは叶わなかった。君はやはり最後まで舞台に昇ることは出来なかったね、ヨハン」

 

 彼がもしも、自分の描く脚本を壊すことができる乱入者になることができるのだとすれば、ほんの少しだけでも、自分の予想を超える展開になったかもしれないが、やはり、人間、中々自分の欲望を越えることはできない。

 

 それでいい、定められたように誰もが踊ればいいのだ。これまでに1000年、星灰狼は準備をしてきた。超えることなど誰にもできない。

 

「終わりは近い。だがしかし、まずは見届けようじゃないか。憐れなアベルとそれを憎む女王、そのどちらが勝利をするのかね。共倒れになってくれれば、それが俺にとっては一番楽ではあるんだがな」

 

 レイジとリゼ、いずれ自分の敵になるかもしれないも同士が互いに潰しあってくれることを期待しながら、灰狼は自分の計画の最後の準備へと入っていく。

 

 脚色された聖杯戦争はこれにて終わり、これよりは見境のない勝者を決めるための戦いが始まる。

 

第17話「Pretnder」――――了

 

――壊しあって、分かりあってたことも置き去りにした。これが成れの果てなの?

 

次回―――第18話「儚くも永久のカナシ」

 




いよいよ物語は終盤戦に突入していきます、次回は遂にレイジとリゼの激突

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