Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
リーゼリット・N・エトワールの女王への戴冠式は表向きは何ら、問題が起こることもなく、誰もが騒動が起こっていることなど知ることなく終わりを迎えた。戴冠式は大成功、これにて、セプテムという王国は個々から先も更なる繁栄を望むことができるだろうと、国民たちは誰もがそう信じていた。
そうしたお祭りムードが王国の中に漂っている以上、それ以外の些末事は総て秘密裏に終わりになっていく。
戴冠式の最中に犠牲になった者がいる。ヨハン・N・シュテルン、リゼの護衛騎士であるはずの彼は、戴冠式の最中、その近辺で何者かと争い、暗殺された。
戴冠式の会場に侵入者が入った形跡はなく。彼が命がけで守ったのか、あるいは、彼を目的とした行動だったのかは不明なものの、それを公に曝け出せば、新たに就任した女王の治世に影響を与える。
始まって早々に護衛騎士が命を落としていたなどと聞かされれば、新たな反乱の芽が、自分も同じように等と思われてしまっては堪ったものではないのだから。そうした懸念が考えられることから、ヨハンの葬儀および埋葬は秘密裏に行われた。王国関係者の僅かな人数で行われた埋葬には当然に女王であるリゼも同行した。
死に化粧を施され、安らかに眠っている様子に見えるヨハンの姿を見ながら、リーゼリットはあの日のヨハンとの別れ際の会話を思い出す。
「どうして……あの時に、ちゃんと離せなかったんだろう」
ポツリとリゼが声を漏らす。リゼはヨハンがずっと黙っていたことを、あの最初の侵攻の時に、自分を襲った少年であることに気づいていた。出会ったときは気付くことが出来なかったが、長い時間を過ごす中で気付き、それでも、言葉に出すことが出来なかった。
言葉に出せば今の自分たちの関係が壊れてしまうのではないかと思っていたから。でも、あるいは言葉にしていれば自分たちの間に存在している、わずかなわだかまりのような、薄皮一枚隔てた遠慮のようなものを崩すことが出来たかもしれないとも思う。
今となっては全てが終わってしまった出来事、埋葬されるヨハン君の姿を見ながら、私は祈る神すらも失った気分でいた。
ねぇ、神様、もしも、あなたが本当に存在しているのだとしたら、どうしてあなたは、私から何もかもを奪って行こうとするのですか? 私はスラムで出会った彼と再会することもできず、今度はヨハン君も失った。ヨハン君だけじゃない、ヴィンセントおじ様も、散華さんも、セルバンテスも、私と関わった人は次々と命を落としていった。
それは、私が間違っていたのでしょうか? 私の行いがその結果を生み出してしまったのでしょうか、神様、もしも、貴方が存在しているのであれば、私はどうすればよかったのかを教えてもらえませんか。どうすれば私は皆を救う事が出来たのでしょうか。
「………いるかどうかもわからない神様に縋るなんて、本当に救えないね、私って」
「人は誰でも縋りたくなる時があるものです。ヨハンは立派な騎士でした。貴女を守るために常に全力で日々を生きてきていた。貴女が何の大過もなく女王になれたことを彼は本気で喜んでいるはずです。そこだけはどうか、ゆめゆめ否定しないでいただきたい」
「うん、分かっているよ。ヨハン君はいつだって私のことを一番に考えてくれていた。本当はもっと自分を大事にしてほしいと思う事もあったけど、それでも、ヨハン君の行動する理由は私だった。馬鹿だよね、私なんてそんな優先するほどの価値のある女じゃないのに」
「男とは、騎士とはそういう生き物です。守るべき者、仕えるべきもののためであれば、どんな困難であろうとも飛びこむ気概を持ち合わせている。ヨハンは貴女の為に戦う自分を常に誇りに思っていました。それだけではない感情を抱えていたのは事実でしょう。しかし、その心を推し量ることは私にはできません。想いを馳せることができるのは、リゼ、貴方だけです」
「………うん、分かっているよ」
ヨハン君、結局私は君が私をどう思っているのかを聞けなかった。なし崩し的に君を騎士に迎えて、君が一緒にいることが、傍にいることが当たり前になって、その関係性に胡坐をかいていたのは事実だと思う。君が本当は私のことをどう思っているのか、ちゃんと言葉にして聞かせてもらいたかった。色んな柵があって、私達は互いにそれを聞くことを無意識に避け続けてきていたから。
今更であると言われればそこまでかもしれないけれど、私はもっと、君を知る努力をするべきだった。失って初めて、私は君のことを知っているつもりになっていたんだって理解できた。
「ううん、君だけじゃないのかもしれない。私は何もかもを知ったつもりになっていただけなのかもしれない」
この世界の事も、七星の事も、そしてかつて彼に言われたことも、全部全部、分かったようなふりをして、分かっているように悩んでいるように見せて、その実、根っこの部分で私は理解していなかったのかもしれない。
彼は言っていた。自分たちの痛みを王族が理解しない限り、変わることはないって。わかったつもりでいた。彼に触れて、彼の気持ちを理解して、寄り添っているつもりでいた。でお、知ったつもりでいただけだ。
失って初めて理解した。奪われるということがどれ程、心を引き裂くほどの痛みを与えるのか。当たり前に存在しているものが突然いなくなってしまう喪失感が自分の心をどれ程苛むのか。それを私は全く理解していなかった。
理解しているように見せているだけだった。伝えに行かなければならないだろう。自分を今現在蝕んでいるこの感覚を、この気持ちの行き先を定めるために自分は彼にもう一度会わなければならない。例えそれが、私の目指す結末からすれば、邪道もいい所であったとしても。
「行こうか、ランサー」
「いいのですね」
「うん、だって、私は聖杯戦争の参加者だよ? なら、聖杯戦争の参加者としてやるべきことをやるだけだよ。敵は倒す、最後の1人になるまで続けるのが聖杯戦争でしょう?」
その基本に立ち返ろう、私は今までずっと、聖杯戦争の参加者として戦うことにも消極的だった。タズミ卿を討伐したのはあくまでもこの国のため、グロリアス・カストルムでの戦いは不幸な巡りあわせの末の戦いだった。
ここまでずっと、私は私自身として戦うことから逃げてきていたから、まずはそれを改める。ずっと私はヨハン君に守られてきたから。
「じゃあ、ヨハン君行ってくるよ。どうか、見ていてね。私の姿を、次にここに来るときには、きっと君に勝利の報告をしてみせるから」
彼に心配を掛けさせまいとそう墓標に伝える。何が勝利なのかすらも分かっていないのに、進め始めてしまった足はもはや止まる場所を見定めることができない。
「行こうか、ランサー、彼との戦いの場所へ」
「イエスマイロード、どこまでも」
主の出陣命令に従者は答えた。これまでずっと先送りにしてきた問題に終止符を打つために、リーゼリット・N・エトワールは聖杯戦争への出陣を決めた。
――王都ルプス・コローナ――
戴冠式襲撃のための戦いは、朔姫たち側の失敗に終わった。撤退については全員が成功したものの、誰一人として戴冠式会場の内部に侵入することは叶わなかった。
レイジとアヴェンジャーによるアーチャー陣営を脱落させることが出来たのが唯一の報酬であると言ってもいいだろう。
「散々な結果というべきなのか、犠牲が出なかったからよかったと考えるべきなのか、微妙に難しい所だよね」
拠点に身を寄せながら、ルシアは情勢を語る新聞を読みこんでいるロイに向かって告げる。ロイは視線を新聞に向けたまま、ルシアへと返答する。
「俺は喜んでいいと思うけどな。これで七星陣営側のサーヴァントはライダー、キャスター、ランサーだけになった。あちら側のセイバーがどのような判断を下すのかは現時点ではわからないが、確実に連中を追い詰めているのは間違いない」
「ま、そのライダーとキャスターをどう倒すのかってのが一番の問題なんだけれどね。結局、前回の戦い、私ら全員で戦ってもあいつ余裕そうだったし……」
戴冠式会場における戦いのことをルシアは思い出す。セイバー、ロイ、そしてルシアの三人がかりでの戦い、それでもなお、キャスターを完全に倒しきることは出来なかった。
無限に存在するのではないかと思えるほどの魔力、錬金術の母ともいうべきあらゆる術式に通じているその底の知れなさ、何よりも常に余裕を崩さない態度、聖杯戦争そのものを楽しんでいるかのような態度は、必死に闘っているこちらをおちょくっているようにも感じられるが……
「キャスターは以前に、自分のマスターが俺に勝つところを見るのが聖杯戦争の目的だと言っていた。じかに戦ってみてよく理解できたが、キャスターは恐らく聖杯戦争を絶対に勝ち抜こうという気持ちは持っていないように思える」
「それって隠しているだけだったりしないの?」
「これでも、聖杯戦争に参加するのは二度目だ。本気で勝ちたいと思っている奴とそうでない奴の違いくらいは分かるよ。俺にカシム・ナジェムが勝利する光景を見る。それを見届けることが出来れば、いつ退去しても良いと考えているんじゃないかと思う」
「それって、逆に考えれば、ロイが負けてくれればキャスターは消えてくれるかもしれないってことー?」
「まぁ、そういう話にもなるね」
「戯け、我々のマスターになっておきながら、聖杯戦争の勝利者になることなく敗北するなど、我は許さんぞ。人間風情でありながらも俺を使い魔のように使役しておきながら、それが途中で退場するなど、バカにしているにも程がある!」
「兄様、口が過ぎますよ。ですが、気持ちとしては私も兄さまと同じです。セイバーである我々が健在の中で、相手が消えてくれるかもしれないからと敗北を認めるようなことは我々としても看過することはできません」
キャスターの目的を達成するためにはロイが敗北を迎えればいい。それは確かに事実なのかもしれない。あの厄介なサーヴァントを放逐することができる最大の機会であるともいえるが、まっこうから、その提案にセイバーであるディオスクロイ兄妹は反対の声を上げる。カストロは苛立ち気に、ポルクスは諭すように、そのどちらも感情の向け方こそ違いはあるが、自分たちの手でキャスターを討って見せるという気概の表れであることはロイにも十分に伝わっている。
「ああ、分かっているよ。アイツらを満足させてやることが全てを終わらせる最短の近道であったとしても、それがそのまま正しいことであるという保証は何処にもない。だったら、実力でそれを掴みに行こう。
幸い、キャスター単独での戦いは先日の戦いで知ることが出来た。二人ならば、次に闘う時はその戦闘方法に対応することができると信じているとも」
「勿論です」
「舐めてくれるなよ、所詮は人間風情が神の立場に昇りあげようと舌だけだ。本当の神霊の力と言う者を思い知らせてやる」
(キャスターは恐らく、カシム・ナジェムと俺の戦いが成立しない限り、自らが消えるようなばくちは打ってこない。あの鋼鉄男の調整がいつまでかかるのかはわからないが、こちらが先制攻撃をしたところではぐらかして逃げ切ることだけを考えるだろう。厄介極まりないが、奴らの準備が完全に整うまで待つほかないのが心苦しいな)
ならば、その間にライダーをと考えても、ライダー陣営側はキャスターに無理をさせない範囲での協力を求めてくるだろう。ライダーを相手に余計な手間暇をかける状況で戦うことはまさしく自殺行為だ。ライダー陣営に勝利するためには、キャスター陣営をその前に脱落させておくことが必要不可欠であることは今更言うまでもないことである。
諸条件が揃うまで待たなければならないとすれば。時間の経過でドンドン不利になっていくのはロイたち側である。いつまでライダー陣営がこの決闘ごっこのような聖杯戦争の状況を続けていくのか。続けることによって彼らにどんなメリットがあるにしても、いずれは破たんする。
その破綻のタイミングがこちらに有利に働くのかと問われれば間違いなくそうではないだろう。
「考えてみれば、キャスター陣営の存在こそが俺を縛る楔になっているのかもしれないな」
「どういうこと?」
「まっとうに聖杯戦争を狙うのであれば、倒しやすいのはむしろライダー陣営だ。真正面からの戦いを好み、英霊としての逸話も無数に存在するが明らかであるものが多数を占めている。対してキャスターの逸話は神話か史実か怪しいようなモノばかりだ。どのような手が飛び出してくるのかもわからないとなれば、どちらが相手をしやすいのかは言うまでもない」
序列第一位という情報を抜きにすればそれは間違いない。よって、こちら側の戦力で最も総合力で勝っているロイが狙うべきなのは言うまでもなく、ライダー陣営である。
ライダー陣営さえ打倒することが出来れば、キャスター陣営を孤立させることができるが、ライダー陣営はそこに、ロイを因縁の相手として結びつけることで、ロイの行動は常にキャスター陣営を動かすという集団戦に置いて最悪の結びつきを与えてしまった。
強大な敵に対抗するにはより強大な相手をぶつければいい。そのセオリーに嵌めこまれてしまったがために、ロイとセイバーは常にキャスター陣営を相手取る選択肢を与えられ、主流の流れから遠ざけられてきてしまっている。そこまで考えてカシムの目論みを正当化させたのだとすれば、星灰狼と言う人物は、レイジたちが考えている以上に厄介な戦略家であると言えるのかもしれない。
「次は勝つ、そう思っておくことが重要だな。どんな時でも俺達が都合よく勝てる状況が用意されているわけではない以上、そう考えておく他にないからな」
「そうだね、アイツを倒すことが出来れば、この聖杯戦争も一気に終わりに近づいてくる」
(でも、きっと、犠牲無しにアイツを倒すことは無理だ。命を懸けてそれでも足りないかもしれない。だったら、一つの命以上のモノを掛けていくしかない……)
命を奪われでも復活するくらいの気概が存在しなければあれを撃破することはできないだろう。キャスターを倒すことができるかどうかがそのまま分水嶺になるのだとすれば、無理をしない理由は何処にもない。
(レイジたちを勝たせるためにも、私も覚悟を決めなくちゃいけない時が来ているんだと思う。そうでしょ、バーサーカー)
きっと、パートナーはその為に自分に指輪を託してくれた。ルシアはそのように思い、自分の指ハメこまれた指輪へと視線を向けたのであった。
・・・
「なんや、お前、思ったよりも随分と有名な英霊だったんやな」
「なんだよ、盗み聞きか? 言ってくれりゃぁ、別に黙っているつもりだったわけでもないってのによ」
「アホ抜かせ。聞いたところではぐらかしてきたやろ。誰にも知られる事無く、自分の目的を遂げるために行動する。木を隠すんなら森の中、お前がウチらに同行した理由っちゅうんも、実際のところはそこらへんやろうが」
八代朔姫に呼び出されたアーク・ザ・フルドライブは朔姫が口にした言葉で自分の行動が監視されていたことに理解が及んだ。ことさら、その行動に対して怒りを向けるようなことはしない。朔姫はこちら側のリーダーであり司令塔だ。常に仲間たちの様子に気を配っておく必要もあるし、彼女が機能不全になることが一番危うい。状況を逐一観察するために式神を張り巡らせていることもアークは当然に理解をしていたのだから、そこに怒りを向ける理由はない。
どちらかといえば、これは自分側の不始末だ。セイバーによって真名を言い当てられ、それを取り繕う事もなく明かしてしまったのだから、口にした自分を恥じるべきだろう。
「否定はしねぇよ。俺は世界に召喚された英霊だ。本来の聖杯戦争では、英霊ノアを召喚するなんてことはおいそれとできやしない。だから、世界の抑止力は神霊を人間の身体に憑依させる形で召喚した。朔姫、お前さんは英霊ノアの正体は何だと思う?」
「宇宙人」
「ぶっははははははははははは、何だそれは、荒唐無稽もいい所じゃねぇか。そんなことをいちいち口にしたら笑われちまうぜ」
「でも、正解に限りなく近い、ちゃうか?」
「どうしてそう思う?」
「ノア、聖書に登場する大洪水から数多の動物や人を救った現代人類の祖ともいうべきものの1人、まぁ、聖書に書かれた記載の総てが歴史的な事実であったとは思っておらんけども、そういう神霊に近しい何かを行使できる存在であったんは間違いないやろ。
問題は、ノアは箱舟というもっとも有名なエピソードの前後も含めて数百年の時間を生きておるっちゅうことや。そんなんは現代人類でも不可能なことと言ってもええ。だったら、カラクリがある」
神話の総てが作り話であるとは朔姫は思っていない。英霊、サーヴァントとして過去の存在を呼びだす音が出来、多くの神話の登場人物をこの目で見ていることからも神話とは説明不可能な事情を物語の形で都合よく説明した記録であると朔姫は思っている。
つまりはどんな物語にもカラクリがある、理解が出来ないからこそそのように見えただけであるのだから、理由は必ずあるのだと思ってる。
「考えられる説としては二つ、一つはノアと言う存在は襲名制であったこと、複数のノアと呼ばれる人物の内、最も有名なノアが洪水伝説のノアであり、ノアってのは支配者層の通称であったちゅう可能性やが、それにしては階級の差が神話には見られんし、その座を争った形跡が見られへん、人間、優劣の差が生まれれば必ずなんらかの争いを起こす。どれだけ平和を望んでいると口にする奴でも絶対に起こす。これはもう世の中の常っちゅうやつでそれが引き起こされなかった時点で、複数人という説はないとウチはおもっとる」
複数人の業績が重なったにしてはノアの行動は一貫し、そして、然したる功績を上げたわけではない。良くも悪くも歴史の表舞台に登場する数が少ないことは人類の欲望と結びつかない。
「となれば、もう一つの可能性や、そもそも、人類ではなかった。人類のふりをしている宇宙人やった。これならもっとあっさりと答えは出せるわな。人類とは根本から異なる存在が人類を導いておったんなら、普通にそいつがどんだけ長く生きておっても不思議やない。寿命なんて概念があるかどうかも分からんからな。どや? 悪くない回答やないか?」
朔姫はドヤ顔でアークに正解であろうと答えを求め、アークはニヤリと笑みを浮かべる。
「どちらも外れだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「んで、どっちも正解だ」
「ふざけんな、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もったいぶったような言い方をしたアークに対して朔姫は怒りのドロップキックをかます。大きな胸元に当たると、反動で朔姫が逆に弾かれて床に身体をぶつけてしまう。
「あたたた、結局、どっちやねん!」
「だから言っただろ、どっちも正解だって。要するにお前さんの推理はどっちも当たっていたんだよ。そう、俺は厳密には人間じゃない。俺は―――――」
瞬間、アークの背中に巨大な白銀の金属生命体のようなものが浮かび上がる。あのライダーとの戦いで見せた装甲の本体、それが身の丈の少し大きい程度ではあるが、この場に姿を見せたのだ。
「こいつが俺の本体さ。遥か昔、オリュンポスの神々がこの地に降り立った時に同時に下りてきたナノマシン生命体、それが人類に寄生して、人類の姿を使って動き続けてきたのが英霊ノアの正体だ。俺はナノマシンの身体で宿主の人間を乗り換えながら、何世代にも渡って、人類を見守り続けてきた。過酷な地球の環境の中で導き手がいなければ、人類はいとも簡単に絶滅の危機に何度も直面してきた。俺はそのたびに人類を導き、数世代の変化を見届けた後に、その機能を封印し、人類の祖としてのノアの役割を終えた。それが、ノアと呼ばれる存在の正体さ」
「きっしょ、結局は寄生生物やんけ」
「うっせぇ、その正体を8割がた当てちまうお前の考察力の方が気持ち悪いわ」
「んなら、今もお前はそいつの身体に寄生しておるんか?」
「ああ、その通りだ。こいつがライダーのマスターであることは確かだ。こいつはこいつなりの召喚しようとしたライダーがいたはずだ。しかし、そこに世界の抑止力が介入した。此度の聖杯戦争は俺と言う存在が出向かなけりゃならない。再びこの大地を滅ぼしかねないほどの破滅が引き起こされるかもしれない。
それを回避、あるいは人類を生き残らせるための存在として、俺はこの地に召喚され、召喚したマスターの身体を奪う形でタズミの城に向かったって訳だ」
「なるほどな、それで自分が召喚された原因になる奴を倒すためにウチらと一緒に此処まで来たって訳や」
「お前らを助けようと思ったのだって本心だぜ。はるか先の時代であるとしてもお前らだって、俺の子たちの子孫だ。人を導いてきた者として、お前らの旅路を支えてやりたいと思ったことは本当だ。解釈次第であると言われりゃその通りかもしれんが、誓ってお前たちを騙してきたつもりはねぇよ」
アークにはアークの事情がある。ノアと言う名前を聞いただけでその逸話を理解され、尋常ではない存在がこちら側にいるということが判明すれば、七星陣営側は必ず警戒をしてきたことだろう。相手に正体を悟られないためにあえて、自分の正体を伏せておくのは、朔姫とてキャスターに対して施していたことである。今更、アークだけを責めるようなことはできない。
「ま、それは別にええ。ウチらだって全員が全員、共通の目的を持っておるわけやない。レイジなんて復讐の為に戦っておるに等しいしな。それでも、でっかい目標は共有しておるんやから、それでええやろ」
「だな、そういう冷静な判断をしてもらえるのはこっちとしてもありがたい」
「んでな、お前の正体が分かったところで、ウチからもお前に相談がある。大事な話しや、今後のウチらの行く末を占う程度には大事な話になる」
そこから朔姫はアークにこれまで明かしていなかったことを打ち明ける。それを聞き、アークは目を見開き、朔姫もまた自分と同様に、仲間たちに決して明かしていない胸の内があることを理解させられた。
「マジか……」
「ああ、マジや。桜子は知っておる話やけど、他の連中は知らん。話す必要もないしな。お前と同じや、話したところで最終目的に障害を生み出すだけなら、最後まで黙っていた方が都合がええ。お前に話したんはウチらが同類やからや」
「………ま、合点はいったぜ、色々と腑に落ちない点があったのは事実だ。どうにも俺の認識とそぐわない所が多々あってな。しかし、それもようやく氷解した。お前さんたちの話を聞けば、総てのつじつまが合う」
「ウチらも同じや、まぁ、聖杯戦争をこのまま続けていくので当面問題はあらへん、英霊ノアとして排除しなければならん相手がおるんやから、そこに集中してくれてええわ」
「それなんだがな、俺はセイバーの奴と蹴りを付けなくちゃいけねぇ」
「別にお前のせいって訳じゃないやろ、たまたま居合わせただけやし、正体知っておって、お前を狙っておるからって、わざわざ相手をする必要も――――」
「それだけじゃねぇさ。対峙して分かった。アイツを理解してやれるのは俺だけだってな。だから、アイツと決着をつける必要がある時には俺がやる。そうなっちまった時には、どうしたって憎まれ役が必要になるからな。お前らにその役目を譲るわけにはいかねぇよ」
「だから、お前の責任やない言うとるやろ」
アークは明らかにターニャのことを気にしている。ターニャもこちら側に戻ってきたが、セイバーがアークと対峙をしたのは事実である。その事実を知っているのは当人同士と朔姫だけであることから、詳細は伏せられているが、いずれはそれが露呈する時が必ず来る。その時にアークは最悪の事態が来たとしても、自分がその最悪の事態に対処すると言いたいのであろう。
だが、朔姫からすればそんな感傷はナンセンスだ。アークが来たるべき決戦の為に召喚されたのであればその戦力はロイと並んでこちら側の最高戦力になる。その使いどころを見誤ってはならない。
(そうや、目的を果たすためなら何をしてでも勝たなあかん、それがたとえ……あいつに、レイジに一生恨まれるようなことになったとしても……)
朔姫の脳裏に過っているのは、決して平和に終わることはないであろう血が流れる結末だ。その展開になったとしても誰かがやらなければならない。
朔姫もアークもセイバー陣営との避けられない戦いの時が近いことを肌で感じ取っていたのである。
・・・
「…………」
「どうしたの、レイジ君、いきなり私に話がしたいって」
仲間たちが来るであろう決戦の予感を感じとりながらも思い思いの時間を過ごす中で、レイジ・オブ・ダストは桜子を呼び出していた。ルプス・コローナの中でも周囲に建造物はない所であり、拠点から少し離れているからか、周囲に人のいる気配はない。
「七星の血……、あんたと七星散華が戦ってる時に口にしていたあれは、どんな感じだ」
「どんな感じ……? ううーん、ボワーってして、ブワーって身体の中に力が漲って、ダーっていくみたいな?」
「あんた、壊滅的に説明が下手だな」
「失礼なッ! 私だってうまく説明するのが難しいんだよ、七星の血を確かに自分のモノとして扱っているけれど、原理が分かっているわけでもないし、使いたい時に使いたいだけの量を使えているわけじゃないもん! そもそも、どうしてそんなことを聞くの?」
レイジは七星を殺すことに執着していても、七星と言う存在自体に興味を持っている様子はなかった。だからこそ、桜子が周囲にいても七星のことを根掘り葉掘り聞こうとしている様子はなかった。それが突然聞いてきたともなれば何かあったのかと思うのも道理である。
「あの男と、ヨハンと戦っている時に、俺の中で俺ではない誰かの声が聞こえた」
「それって……!」
「そこから全身が沸騰するくらいに力が高まり、俺の持ち得ないような力を使う事が出来た。勿論、今は使えないし、その声も聞こえてこない。自覚はあったわけじゃないが、これまでも何度か同じような現象が俺の身体の中で生じていた。どういう理由だかも分からない。そんな時にアンタたちのことを思い出した」
七星の血、これまで連綿と受け継がれてきた七星の魔術師たちの経験値や知識をそのまま身体に流し込むことによって爆発的な反応速度や魔力を提供する力、それはレイジが発現した力と酷似しており、彼が桜子を呼び出したのもその力が似通っているかどうかを確認するためであった。
「レイジ君は、七星の血を持っているってこと?」
「さぁな、ただ、ターニャは星灰狼に七星の血を持っているからこそ狙われた。自覚がなかっただけで、俺もあの村の出身である以上、まったく可能性がないとは言い切れない」
セレニウム・シルバでの戦いでヴィンセントはターニャを攫ってくるように命令したのは灰狼であり、他の村人たちには興味がなかったと言っていた。
あくまでもレイジを攫ったのは生き残っていたからであると。しかし、もしも、それがヴィンセントの口にした嘘であったとしたら、レイジを攫ってきたことについて何かしらの明確な理由があったとすれば、レイジの身体に七星の血が流れていることについても理由が生じるかもしれない。
「あるいは……俺は連中と同じ人造七星、か」
「レイジ君……」
「俺はアンタたちと合流するまでの記憶がおぼろげだ。村を焼かれてからアンタたちと出会うまでの記憶がごっそりと抜け落ちている。目覚めたらアヴェンジャーを召喚していて、俺は七星に復讐することを誓っていた。それだって本当は不思議な話しだ。理由はある、原因も明確だ。けど、そこにいたるまでの過程がどうにも不明瞭だ」
これまでレイジは自分が復讐のために行動してきていることを一度たりとも疑ったことはなかった。自分には明確な闘う理由と進むべき目標がある。それを達成するためには決して挫けない精神力さえあれば絶対に願いを叶えることができると信じ続けてきた。
しかし、そんな自分ですらも知らない何かが自分の中に存在している。それは七星の魔術師たちと同じ力を持っている。であれば、自分もまた人造七星として機能しているのではないかと疑いを覚えることは決して不思議なことではない。
「もしかしたら、俺は――――」
「捜したよ、レイジ君。こんなところにいたんだね」
レイジが自分自身について深く言及しようとした時にその声は聞こえた。その音はたった一人の音ではなく複数の人間の足音であり、レイジと桜子はギョッとして視線をその足音のする方へと向けた。
そこには一人の女性に連れられた兵士たちがいた。魔力の気配を感じとり、桜子はその後ろに控えている兵士たちが人造七星であることに勘付く。
しかし、何よりも驚きを覚えるのはそれを率いている相手が星灰狼ではないことであった。
「リーゼリット……」
「答えて、ヨハン君を殺したのはキミ?」
有無を言わさない様子でリゼはレイジに問いを投げる。視線を向け、決して逸らさない。答えない限り、その視線が他を向くことはありえないとでも言わんばかりの様子に、レイジは思わず圧されてしまった。
「ああ、そうだ」
「散華さんやセルバンテスたちを殺したのは」
「……俺だ」
嘘ではない、彼らは共にレイジ以外と戦ったが、最後のトドメを刺したのはレイジだ。嘘ではない。しかし、嘘をつかないことがそのまま正しいことであるとは限らない。
リゼは歯噛みし、そして、暖かさとは真逆のどこまでも冷めきった表情でレイジへと声を上げる。
「レイジ君、君は私に言ったよね。お前は本当の意味で奪われたことがないから、自分の気持ちを理解することが出来ないんだって。私はそんなことはありえないと思っていた。奪われた人の気持ちを理解することはできるってね、思っていたの。
でも、君の言うことは正しかった。私は全然、理解なんてできていなかった」
胸に浮かぶのは締め付けられるような痛みだ。どうして彼らが、彼女が命を奪われなければならなかった。どうしてこんな結末にならなければいけなかったのか。
どうして自分はそんな運命を変えることが出来なかったのか、総ての無力感が結びつきあい、総ての不条理に対してリゼは怒りを覚えていた。
ああ、神よ、貴女が本当に存在しているのだとしたら、どうしてこんな悪が許されるのか。自分の大切な人たちを奪った悪を許しておくことがどうしてできるというのか」
「私はようやく理解することが出来た、失ってしまった者の痛みを。だからこそ、君の復讐を今の私は理解できる。そして同時に、ヨハン君たちを奪った君を許せない。何があろうとも私の手で討つ!! それが、ここに来た私の目的、君と決別し、これ以上、君の凶行によって誰かが命を奪われることがないようにするために!」
「そうか、別にかまわない。俺は最初からお前も俺の手で討つことを決めていた。七星である限り、俺は誰一人として逃さない」
「七星だから、そんな理由でヨハン君を斬ったの!?」
「ああ、そうだ。それともお前は、俺が最後の最後で手加減をするとでも思ったか? 最後には、俺がアイツに手心を加えると思ったか? ヴィンセントを俺が殺したと知った時からこうなることは分かっていたはずだ。だからお前は甘いんだと言ったんだ」
「そうだね、本当にそう。甘かったよ、君と最後には分かり合うことができる。そんな風に思っていた。その思い込みがヨハン君を、皆を殺すことに繋がったのなら、私が生産しないといけない。ランサー、行くよ」
「イエスマイロード、ランサーおよびアヴェンジャー、討ち果たして見せましょう」
「レイジ君!」
元よりレイジを討つためにリゼが姿を見せたであろうことは容易に想像が出来る展開である。この場に居合わせた以上、レイジとリゼの戦いを黙っていることはできない。互いのランサーは現界し、戦闘態勢へと入る。
「アヴェンジャー、私も助力します。二人がかりで戦ってもなお、倒せるのか怪しい。ランサーはそういう類のサーヴァントです」
「理解している」
「灰狼殿から借り受けた人造七星の兵士たち、彼らを使いたくなんてなかったけれど、君を討つためなら力を使うことも惜しまないよ。七星序列第四位、私は個人としての戦闘力は散華さんやヨハン君には及ぶべくもないけれど、集団戦なら、あの二人にだって負けはしない!」
因縁が牙を向く。復讐のために流してきた血がいよいよ清算を求めようとして来ている。復讐に身を焦がしてきた少年を食い破るための牙が、いよいよその背中まで追いつこうとしている。その牙を突きたてるために対峙するのが彼女であるということが、どれ程の皮肉であるのかを、少年は理解することができない。
誰に知られることもなく、誰に指摘されることもなくすれ違うばかりの二人は、やはり真実を知ることなく、激突することしかできない。
互いの血を流し、どちらかが倒れることこそが真の悲劇であることを知らずに、二人は戦いへと身を投じていくのであった。