Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――   作:ソクリ

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第五章『歪んだ真実』
第19話「Active Pain」①


 それはかつての原初風景、この身体に刻み込まれた忘れることのできない記憶、屁イオそのものであったはずの村が突如として炎に焼かれたあの日の記憶……

 

 ――覚えているのは火の景色、何もかもが燃え盛り、何もかもが消えていく破滅の記憶。

 

 ――覚えているのは故郷の景色、炎に包まれる前に確かにあった懐かしい故郷の記憶。

 

 ああ、決して脳裏から消え去ることがない凄絶なる記憶、どこまでも燃え広がるかつての故郷に咽び泣く。

 

 無力を感じ、多くを奪われ、何一つできずに、逃げることすらも満足に許されずに終わりを迎えてしまった自分の姿をどうして忘れることができるだろうか。

 

 忘れられるはずもない、忘れていいはずがない。忘れてはいけない理由がある。

 

 問おう―――進む先に待っているのが地獄であったとしても、先へと進むことだけが立ち上がるための活力になるのだとすれば。膝を折らぬ限り、何度でも己の身体を突き動かす原動力へと変えることができると言うのならば。

 

 それが、復讐や殺戮と言う愚かしいほどの間違いの先にしか、見出すことができないモノは一体どうすればいいのだろうか。

 

 願いを叶えるために、笑顔へ辿り着くためには何があろうとも殺さねばならない奴がいる。そいつの願いを踏みにじり、噛み砕き、完膚なきまでに叩き潰さねばならない相手がいるとして……、そんな願いに端を発した行為に手を染めた者は、果たして幸福になれるのだろうか?

 

 一度でも何かを失った者は、涙を呑んで総てを忘れるしかないのか?

 

 肯定―――そのような記憶はいらない。このような原初風景は忘れて然るべきものである。おぞましく悲しい記憶に打ちのめされたというのであれば、それを全て捨てて生まれ変わればいい。何もかもを放棄して、新たに羽化すればいい。

 

 春の記憶は忘れさられ、冬の記憶へと変わってしまったものをいつまでも引き摺っているなどと非生産的にも程があるだろう。この記憶は邪魔だ、存在しているだけで自分を苛むというのであればさっさと忘れてしまうに限るだろう。

 

 ――――やめて!

 

 しかし、心の中でその感情に抵抗する声が聞こえてくる。必死に、どこまでも儚い抵抗が僅かに残った理性の象徴として、身体の中にへばりついている。

 

「どうして? こんな記憶忘れてしまった方が救いになるでしょう? 貴女は弱かった。何もできなかった。でも、これからは違うわ。貴女は強くなる。私と言う存在が貴方を高みへと昇らせてあげる。何も悲しむ必要なんてないわ」

 

 ――――違う、そんなことは望んでいない。私はただ、あの日を取り戻したくて

 

「おかしなことを言うのね。自分で理解しているでしょう? 貴女が取り戻したいと願っているあの日という過去はもう既に壊れてしまったの。誰にも取り戻せない、誰の手でも掴むことができない過去に消えてしまったの。

 理解しているからこそ、貴女は力を求めたのでしょう? 今度こそは奪われないために、今度こそは自分が奪う側になることができるように。安心して? 私は貴方の願いを叶えるわ。ほんのちょっとだけ窮屈な思いをするかもしれないけれど、願いを叶えてあげるのだから、それは我慢してね。わたしはずっと我慢してきたのだから」

 

 ――――嫌、貴女は私じゃない。私は私よ。だから、お願い、私の居場所を奪わないで

 

 彼女は必死に声を上げる。いつからだっただろうか、自分の身体の中でそれが膨れ上がって来たのは。最初は微妙な違和感だった。自分の中に自分ではない何かがいるような感覚、妙な違和感程度の話しでしかなかった。

 

 けれど、七星としての能力を使うたびにその違和感は膨れ上がっていき、そして今、こうして主導権を握るように彼女は表に出てきてしまった。まるで本来の人格であるはずの自分の方が、違和感としての人格であるかのように。

 

 ―――どうして、私は、私はレイジを助けたかっただけなのに。彼と一緒にもう一度

 

「本当に?」

 

 ある意味で優しく、ある意味でとても残酷な声色で彼女は問う。根本的な、当たり前のことをどうして問うのかと思うような言葉が響く。

 

 ――――当たり前よ、だって、私は彼と―――――彼……、彼って……

 

 あれ? おかしい、どうしてだろう。なんで、私は彼の為に戦っていたはずなのに、彼の為に頑張っていたはずなのに、どうして、私は彼の名前を思い出すことが出来ないのだろうか……、あれ、彼の名前は――――――

 

「それは貴方と私が分離をし始めているから。私の為に与えられた本来の貴女が持ち得ない情報が、貴女の中から抜け落ちているの。だから言ったのに、受け入れた方がイイって。そうでなければ、貴女は残酷な現実を本当の意味で受け入れなくちゃいけなくなるのに」

 

 余計な情報が引き剥がされていき、そして最後に残った情報、すなわち、彼女の本当の原初風景が視界に浮かんだ時に、彼女は声にならない絶叫を上げた。自分がこれまで信じてきたこと、自分がこれまで行動してきたことの総てがちゃぶ台返しにされるような気分に、彼女の声が遠くなっていく。

 

「ええ、それでいいのよ。貴女は私の心の中にこれからも宿って行けばいい。永遠に私の心の中に刻み付けられていればいい。ずっとこの時を待ちわびていたわ。幾星霜、千年の時を越えても、私はもう一度、この時を迎えることができると信じていましたわ、そうでしょう、兄様?」

 

「ああ、その通りだよ桜華。俺達は千年の時を越えて、こうして再会することが出来た。俺達は人としての限界を超えることが出来たんだ」

 

 自身の心象風景から解放されて、ターニャ・ズヴィズダーの姿をした「誰か」はこの場へと現れた二人の男を出迎える。その出迎える際に浮かべる声色には敵意はなくむしろ親愛の情が込められていることは明白だった。

 

 この場に現れた者は星灰狼とカシム・ナジェム、ターニャにとっては本来、まねかねざる客人であるはずの二人であった。

 

「首尾は?」

 

「女王様が有利だったけれど、徐々に遠坂桜子が押し返し始めた。ふふっ、あの子は凄いわね、かつての私を見ているよう。この時代にあれほどの才覚を持つ娘がいるなんて、胸が昂って来るわ」

 

「だとしても、お前の方が上だよ」

「ふふっ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。それは手合わせをしてみないと分からないわ」

 

 ターニャの姿をした彼女は、視線の先で行われている戦いで桜子に特に興味を示す。かつてはレイジだけを注視していたはずなのに、今の彼女はレイジのことなど気にも留めていない様子であった。

 

 同じようにリゼも彼女の視界に入る相手ではない。彼女が求めているのは純粋な強さ、それを満たすことができる相手はあの場には桜子しかいない。標的を見定めるような笑みを浮かべる彼女は心底楽しげであった。

 

「では、そろそろ向かうとしようか。用済みとなった役者には退場してもらいたいところだが、その前に此処まで我らの為に頑張ってくれたのだ。最後に、答えを知る機会を与えてもいいだろう」

 

 それこそが彼から示すことができるせめてもの慈悲であり、誠意であると悪意すらも凌駕した邪気が近づこうとしていた。

 

・・・

 

 主と見定める相手がいるのならば、その相手に殉じることこそが騎士道である。たとえ、その主が目指す先が間違っていようとも、愚かしき道であろうとも、それでも騎士として主の願いに己を捧げることこそが騎士道ではないだろうか。

 

 騎士とは誇りある人であり、同時に主のための矛であり盾である。多くの騎士が己の騎士道と主の願いに反することに悩み、騎士としての道を脱落していく姿を、私は何度も何度も見てきた。彼らの願いは何処までも純粋なのだ。主のための己でありたい、誇るべき騎士としての己を貫きたい。考えていることはそれだけのことであり、心に誓った願いを叶えたいだけなのだ。

 

 それを貫くにはどうすればよいのか。答えは一つだけだ。勝ち続けるしかない。己の誇りを貫くために主の願いを叶えるために、勝利を主へと捧げ続けること、それだけが騎士の本分であり、それを為し遂げ続けることが出来れば、いずれ目指した先へと辿り着くことができるだろう。

 

 ウィリアム・マーシャルと言う英霊はその分かりやすい事実を貫いただけの騎士である。彼は生涯をして五人の主に仕えてきた。その総ての主が正しい主であったわけではない。

 

 戦乱に明け暮れ、自国をほったらかしにしていた獅子心王

 

 尊厳王の甘言に騙され、教皇に屈服した失地王

 

 その後を継ぎ、何もわからず慌てふためくしかできなかった幼王

 

 世界の流れは一言で説明できるほど簡単なものではないが、ウィリアムが仕えていた王たちの行動がかつてはフランス王国すらも呑み込まんとしていたアンジュ―帝国の没落を決定づけたことは間違いない。

 

 ウィリアムは世界最高峰の騎士である、その人生を常に勝利によって彩り、最後まで王を裏切らぬ絶対の騎士であり続けてきた。それは騎士としての正しい生き方だ。これ以上ないほどの生き方だ。

 

 ただ、それが正しい生き方であったのかはわからない。彼はついぞ敗北を知ることなくその生を終えた。己が己にとって正しいままに総てを終えてしまったのだ。多くの英霊は勝利を重ねながらもどこかで挫折を覚え、その挫折によって何かを学ぶ。

 

 ウィリアムにとっての挫折は主の挫折であり、彼の挫折ではなかった。アステロパイオスが指摘したように、彼は騎士であることを第一とする。それ以上の優先するべき何かがあったとしても、騎士であることを貫くことこそが彼にとっての第一義なのだ。

 

 騎士と言う存在を知らぬ者からすればそれはやはり歪な姿だ。だからこそ、ウィリアムと相性の悪いものがマスターとなれば、どうしても上手くいかない一面があることも否定はできない。しかし……、此度の聖杯が選んだのは、ウィリアムにとっては最も仕えやすい相手であったと言えよう。

 

  リーゼリット・N・エトワールとの出会いはそんな自分の騎士としての在り方を象徴していたともいえる。騎士として多くの王に仕えて、その生涯を終えた。英霊として座に刻まれ、今度はどのような主の下に使えることになるのかと思っていたが、まさか、千年も時が経過した時代でまたもや、王族の騎士としてこの槍を振るうことになるとは考えてもいなかった。

 

「ランサー、私は聖杯戦争の勝利者になるつもりはありません。これは最初から決まっていることです。最初から、この戦いは誰が勝つのかが定められた聖杯戦争ですから」

 

「ええ、承知しました、我が主、騎士とは主にその身命を捧げるもの、それが貴方の命令であるというのならば、この命を捧げるその瞬間まで、私は貴方の騎士として戦いましょう」

 

 己の主はそのように告げ、自分はその結末を受け入れることを宣言した。何も疑問に思うことなどない。ウィリアム・マーシャルにとってはあまりにも当たり前の判断だ。

 

 しかし、不思議なことに己の主である彼女は、私の言葉にどこか悲しげな表情を浮かべていた。命令をしたのだから、それを受け入れるだけ、それだけの関係性しか持ち得ていないはずなのに、どうしてそこに悲しげな表情を浮かべるのか理解ができなかった。

 

「何故、そのような顔をされるのですか? 私は貴方の命令に反したわけでもない。私は全てを受け入れ、その上で命令を遂行する。貴女は悲しみを覚える理由などどこにもないように思えますが?」

 

「それはその通りではあるけれど……、でも、貴方は騎士でしょ? 自分の戦いに誇りを持っている相手なのに、そんな人に、最初から負け戦だなんて言うのは失礼に当たるし、何より、そんな主がマスターになってしまったことが申し訳ないと思って……」

 

 なるほど、合点がいった。彼女の言葉は決して自らが望んだものではないのだろう。王女である以上、すべてが自分の思い通りになるわけではない。権謀術数の世界の中で望まぬ選択をすることもあるだろう。なるほど、であれば、彼女がどうして自分に悲しい表情をしているのかは理解することができた。

 

 しかし、やはりその上で私にとってはさしたる問題ではなかった。

 

「それでも、私は貴方の騎士です。騎士として、サーヴァントとしてこの世界に顕現した以上、貴女の命令は絶対、そこに疑問や嫌悪、反感を抱く余地はありません。ご安心を、マイロード、私は貴方の槍として、貴方が勝利を限り、その栄光を与え続けていきましょう」

 

 そのように誓った。少なくとも、役目が終わるその時まで、己が敗北するような結末を許すことはできない。敵対するアステロパイオスより与えられたダメージは決して浅くはない。久しく忘れていた自分の身体を傷つけられる痛み、己を傷つけることが出来た相手が目の前に出現したことへの喜びが心の中に浮かんでくる。

 

「身体を貫かれても尚、劣るような素振りが見えない。まったく本当に厄介なサーヴァントですね、貴方は!」

 

「それはそうだろう。刃を通されたのなど本当に久方ぶりだ。そこまでの実力を発揮できる相手に、全盛期の身体でこうして出会う事が出来たのだ。ここで昂らずにどうする。ここで退くようなことをする騎士であれば、私は志半ばで散っていたことだろう!」

 

 馬上槍を振い、アステロパイオスの身体を筋肉の反動で吹き飛ばす。アステロパイオスも空中で受け身を取り、すぐさま反転して、再び槍を放つ。

 

 まったくダメージを受けているような素振りは見せていないが、達人同士の戦い、アステロパイオスの視点からすれば、わずかにウィリアムの攻撃は精彩を欠いている。

 

 アステロパイオスが全神経を集中させて漸く躱すことができる位置に放っていた攻撃が、常に神経を集中させていなければ避けることができない程度の違いでしかないが、まったく効果がなかったというわけではないことに彼女も安心する。宝具の一撃を受けても尚、大勢に影響がなかったとすれば、スカマンドロスの加護を受けている己の立場は名折れもいい所なのだから。

 

「何よりも、私は彼女に勝利を捧げると誓っている。騎士として主に勝利を捧げるのは当然のこと、それができぬのならば、騎士としての私に価値はない!」

 

 その言葉は勝ち続けてきた者だからこそ口にしてしまう傲慢な言葉であろうか。敗北をしてしまえば価値がなくなるとまで豪語するほどに、ウィリアムにとって勝利をするということは当たり前のことなのだ。

 

 アステロパイオスという敵手に身体を貫かれたとしても、それでも、自分の勝利を微塵も疑っていないのは、そも、彼が自分が負けるということを全くイメージできていないからなのかもしれない。それでも、リゼを勝たせるために戦っていることは事実だ。今この瞬間とて、一刻も早くリゼの下に向かわなければならないという思い自体は持っている。

 

 だが、それをするにはアステロパイオスが、そして、偃月刀を振りかぶり、重い一撃を放ってくるアヴェンジャーの包囲を抜けなければならない。平時のウィリアムであれば強引にでも突破を図っただろうが、手負いの状態である今は、この二体のサーヴァントを釘付けにしておくことが精いっぱいだ。見方を変えればそれでもアステロパイオスとティムールと言う二人のサーヴァントを抑えていること自体が驚きであると言えるかもしれないが……、それで満足できる戦況でないことは明らかである。

 

「マスター同士の戦いが気になるようだな、ランサー。だが、突破はさせん!」

「くっ、アヴェンジャー!!」

 

「マスターはマスター同士の戦いがある。そしてサーヴァントにはサーヴァント同士の戦いが。お前もアーチャーもマスターに肩入れしすぎるきらいがある。いや、アーチャーのそれとお前のそれはまた別物なのかもしれないが、少なくとも我もマスターの望みを叶えるためにお前をここから通すわけにはいかない」

 

「むしろ、私は戦いを止めることを提案しますよ、ランサー。戦いは私達サーヴァントだけで行えばいい。マスター同士の戦いで血を流すことなどしなくてもいいはずです。貴方であれば、彼女を止めることができるはずです」

「止める? まさか、私はそんなことはしない」

 

 はっきりと停戦をするための言葉をウィリアムは否定する。

 

「勝つことになろうとも負けることになろうとも、これはリーゼリットが自分で決めた戦いです。その決断、その決意に私が口を挟んでよい理由など微塵もない。私は騎士だ、どこまでも騎士であり続ける」

「くっ、この分からず屋が!」

 

 このまま戦えばレイジとリゼのどちらかは破滅する。憎しみが憎しみを呼ぶ戦いに当人同士の中断などありえない。

 

 心の中で間違っていると思っていても自分から戦いを止めるなんて判断が出来るわけがない。歩みを止めれば、自分を突き動かす原動力となった過去の出来事に背を向けることになると二人が互いに理解している。だから、止まらない、このまま戦い続ける。唯一止められるとすれば、リゼから全幅の信頼を寄せられているウィリアムだが、ウィリアムはあくまでも騎士として、サーヴァントとしての己に徹する。

 

 だからといって、ウィリアムをリゼと合流させることは許さない。そうなれば、一転、レイジと桜子が不利に晒される。運命は何一つ変わることなく、破滅へと突き進んでいくしかないのだろうか。

 

 それを象徴するように、人造七星たちの包囲網を遂に桜子が突破する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 この場の七星の血を引く者たちの中で、間違いなく桜子はトップクラスの実力者だ。不可視の魔力刃を使って、人造七星たちの数の優位をたった一人で覆す。散華ほどの反応速度を持ち合わせていなかったとしても、彼女には長年の修行で培ってきた状況判断能力と空間把握能力がある。

 

 人造七星たちを押しのけながら、レイジの下へと辿り着くための最適な道筋を見出すことが出来れば、後は一気に駆け抜けるだけだ。特定の武器を持ち得ないという彼女自身の特性を最大限に利用した戦闘方法で、遂に桜子はレイジの下へと辿り着く。

 

「レイジ君……!」

「ちっ、余計なことを」

 

「もう、素直じゃない」

「アイツの下に向かう。背中は任せるぞ」

 

「オーケー!」

 

 波状攻撃の最中を切り裂くように桜子が飛び込み、すぐさまレイジと背中合わせで囲む人造七星たちへと向かい立つ。これによって、レイジも桜子も後ろを気にすることが無くなった。人間はどうしたって後ろに目を向けることができない。後ろを気にすることが無くなったというだけでも、リソースを裂く必要性が削られる。

 

「まだ、まだだよ! まだ終わっていない!!」

 

 リゼは自身の魔術回路を励起させて次々と魔力弾を放っていく。同時にこれまで分散していた人造七星たちが一斉に二人へと群がってくる。勿論破れかぶれの突撃ではない。リゼの着弾ポイントを計算に入れつつ、桜子とレイジが避けてくるであろう場所へと動き、彼らの逃げ場を奪うつもりで、そして生まれた隙を拭うつもりで動き回るが、レイジも桜子も笑みさえも浮かべる。

 

「邪魔よ!」

「お前ら如きが俺達を阻めると思うな!!」

 

 一人では乗り越えられないとしても2人の力を合わせれば状況は全く変わる。奇しくもリゼが数の力を有効に活用することで自分のスペック以上の力を発揮することができるのと同じことをレイジと桜子も発揮する。

 

 これまでの互角あるいは有利でありながらもあと一歩が届かなかった人造七星たちを突破するための力を二人は手に入れる。レイジの突破力と桜子の対応力、それらが組み合わされることによって、包囲されていた状況が覆り、リゼへと向かうための道が遂に切り開かれていく。

 

「見えた……ッ!」

「くっ、陣形を変えて、防御陣形に!」

 

(なんで、どうして……!? 私は絶対に勝てる状況を作り上げたはず、突破なんてできるはずがないのに、彼女がいたから? それとも、ヨハン君がここにいないから? それとも、それとも……)

 

 最初から自分にはこの場に立つほどの実力なんて存在していなかったのではないか、根本的な自分の弱さを突きつけられるような状況に、リゼの中で固めたはずの覚悟が揺らいでいく。いつもこうなのだ。決意を固めてもその決意をあっさりと破られて、自分では何もすることができない。それがリーゼリット・N・エトワールの在り方で、

 

(こんな時にヨハン君がいてくれればなんて、なんでそういうことを考えちゃうのよ! 私はヨハン君の仇を討つために此処に来たのに、ヨハン君を弔うために、私は1人でも戦っていけるって証明するために此処に来たはずなのに、どうして、どうして私は、ヨハン君に縋ろうとしているの……!?)

 

 レイジが飛び込んでくる。死神が眼前へと迫ってくる。総ては七星という血を引いてしまったがために生まれた因縁のためなのだろうか。人は生まれる場所を選ぶことはできない。であればこの瞬間を迎えることもまた運命であったのだろうか。

 

 残酷なまでの悲劇を許す事こそが世界の流れであったのだろうか。防御陣形を敷いた人造七星たちはそれぞれの武器を手に、七星の血を励起させて、桜子とレイジを迎え撃つ。彼らもまた灰狼とカシムの改造によって、七星に殉じる力を与えられている。通り一辺倒ではあっても、七星の経験と知識をその身体に刻み込まれており、即席の兵士としては十分に戦いを全うすることが出来るだけの力を与えられているのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、それでもまがい物は所詮はまがい物でしかないということだろうか。与えられた戦闘経験と肉体の強度を上回るように桜子とレイジの攻撃によって薙ぎ倒され、リゼの魔力弾すらも桜子の魔力刃と相殺する形で、躱される。

 

 リゼは否定するだろうが、もしも、ここに桜子を抑え込めるだけの存在がいたとすれば話は全く変わっただろう。一騎当千の人間がいるだけで戦場は大きく様変わりをする。数の上で相手を凌駕することこそが軍隊同士の戦いで大きな意味を持つことは確かではあるが、数を揃えたとしても突破条件を数で補えるものでなければ意味がない。

 

 純正の七星とまがい物の七星、数で補う事が出来ないほどの差が与えられている戦場の中で、先に自分の力を最大限に活用することができる駒を失ってしまったリゼにこの場を逆転する方法が与えられることはなかった。

 

「ようやく届いたぞ!!」

 

 人造七星による肉の壁が突破された以上、その先に待ち受けているのはリゼ自身である。当然の抵抗は試みるが、七星の血を励起させて、あのヨハンですらも討ち取った今のレイジを止める手段はない。かくして、直接対決へと至った二人の戦いは数秒の時間も持つことがなくあっさりと勝負を終えることになった。

 

「―――っ、きゃああああああ」

「終わり、だっ……!」

 

 飛びかかってきたレイジの一閃をなんとか避けたリゼだが、そのままレイジに体当たりをされ、レイジが馬乗りになる形でリゼを抑え込む。リゼの首筋のすぐ横に大きな剣が突き刺さり、レイジも相応以上の消耗をしているのは間違いないが、ここからリゼが逆転できるだけの何かがあるかと言われれば正直なところはない。

 

  もとよりここまで多くの戦いを乗り越えてきたレイジと皇女として守られてきたリゼでは土壇場における反応力に差がある。こうして馬乗りになる形でレイジに迫られた時点で命運は尽きたと言えよう。

 

「マスター!」

「行かせません!」

 

 リゼが生殺与奪をレイジに奪われたことに気づき、ランサーが声を上げるが、すかさずアステロパイオスとアヴェンジャーの攻撃が迫り、ウィリアムに進撃を許さない。

 

 ウィリアムが突破をするには、逆に高威力宝具によって二人を吹き飛ばすしかないが、それこそがアヴェンジャーの特殊宝具を使用させる土壌を生み出してしまう。

 

 そのジレンマがここでウィリアムにとって不利に働いた。リゼの下へと向かうために数の不利をここで実感させられることとなったのだ。

 

「………殺しなよ、君は七星の人間をすべて殺すことが目的なんでしょ」

 

 レイジを睨めつけながら、リゼは気丈に言い放つ。自分の最も勝つことができるであろうと思われる戦術を取りながらも、それでも真正面から敗北した。確かにレイジとリゼの二人が真正面から戦う形式であれば、数の有利でリゼが勝利することができたかもしれないが、ここには遠坂桜子がいた。その突破力を推し量ることができなかった時点でリゼの敗北は決定づけられていたのかもしれない。

 

 馬乗りになったレイジを必死に引きはがそうとするが、筋肉強化などの身体能力強化に力を使っていないリゼの力はあくまでも女の細腕でしかなく、少年のレイジですらも引きはがすことができない。

 

「随分と簡単に諦めるんだな」

 

「だって、そうでしょ! 現に、私は君ですらも引きはがせない。君に殺されるしかないでしょ……私を殺して、このセプテムのすべてを敵に回してでも、君は戦う覚悟を持っているんでしょ? だったら、そうすればいいじゃない……人も、国もすべてを敵に回して、それでも、そんな地獄で花を咲かせることができるって証明して見せなさいよ!!」

「ああ、そのつもりだ」

 

 リゼの破れかぶれの挑発を受けて、レイジが剣を地面に突き刺さったまま、引きずり、刀身がリゼの首筋へと近づいていく。

 

「レイジ君、ダメだよ、ここでリーゼリット様を殺してもなにも解決なんてしないよ!」

 

 しかし、そこでレイジの手が止まる。誰も止められないと思っていたレイジの腕が桜子の叫びによって止まったのだ。九死に一生を得たリゼは言葉を発さずにレイジを睨み続けている。ある種の膠着状態、レイジの意思一つですべてを決することができるにも関わらず、その時間は永遠のように長く感じられた。その間、レイジとリゼは互いに睨みあい、視線を外すことなく、無言で互いの意思を確かめ合った。

 

 やがて、先に根を上げたのはレイジだった。馬乗りになっていたリゼから離れ、大きく舌打ちをする。

 

「どうして、殺さないの? 私は七星だよ、君が許せないと言った七星、君の故郷を滅ぼした相手を放置していた相手、そんな相手を許せないと言ったのは他ならぬ君でしょ!?」

「お前は……俺の村を滅ぼした連中と鼻にも関係がない」

 

「関係がない……? そんな理由で見逃したの!? ふざけないでよ! だったら、なんでヨハン君を手に掛けたの!? 関係ない相手を殺さないんだったら、ヨハン君だって関係なかったでしょ! 彼はスラムの出身で、私と一緒にスラムを出るまで外の世界なんてほとんど過ごしていなかった。ヨハン君は絶対に君の村のことになんて関与していない。

 私を許すのなら、どうしてヨハン君を殺したのよ! ねぇ、答えてよ……!! 復讐するのなら、最後まで憎まれることをしなさいよ!!」

 

「俺だって……俺だって知るか!! アンタを本気で殺すつもりだった。桜子に何を言われたところで、俺は止まらない。七星は全て殺す、それは絶対に違えない俺の誓いだったはずだ……!」

「レイジ君……」

 

「だが、どうしても、最後の力が出せなかった。アンタを殺すわけにはいかないと俺の身体が動かなかった。俺だってわからない。どうしてアンタを殺すことを躊躇ったのか、わからないんだよ!!」

 

 レイジは頭を抱える。レイジがリゼを殺すつもりであったことは嘘ではない。そのつもりで戦っていたし、リゼが言うようにヨハンを手に掛けた以上、同じマスターであり、七星であるリゼを殺さない理由はなかった。

 

 なのに、レイジの身体はそのようには動かなかった。どうしても、最後の一振りを放つことが出来なかった。まるでレイジの身体がリゼの命を奪うことを拒絶しているかのようですらあった。

 

 こんなことはこれまでに一度もなかったはずなのに。自分の身体に裏切られたような感覚にレイジも訳が分からなくなってしまう。

 

「それはきっと、レイジ君がリーゼリット様の命を奪うことが間違っているって心の中では分かっていたからじゃないのかな? リーゼリット様の命を奪えば、多くの人を敵に回すとかそんなことで止まる君じゃないのは私が一番よく知っている。

もしも、レイジ君がリーゼリット様の命を奪えないのだとしたら、それはリーゼリット様の命を奪うことが間違っていると本当は分かっているからじゃないの?」

「違う、俺はそんなことは思っていない」

 

「でも……」

「思っていない!! だが……、そいつはまだ何もしてない。何かが出来るはずなのに、何もしていない。そんな奴の命を奪った所で無意味だと思っただけだ。ああそうだ、きっとそうに決まっている」

 

 まるで自分にそう言い聞かせるようにレイジはリゼが何もしていないからこそ命を奪わなかったのだと口にした。それはグロリアス・カストルムでレイジがリゼへと言い放った言葉、本当は何をするべきなのか分かっているにもかかわらず一歩を踏み出さない彼女に対して言い放った言葉そのものであった。

 

「………なによそれ、バカにしないでよ……」

 

 その言葉はリゼの胸にも突き刺さる。誰に言われずとも、自分が間違ったことをしているなんて彼女は分かっているのだ。分かっていても自分の激情を止めることが出来なかった。その激情のままに戦ってそれでも勝てなかった。そんな自分に存在価値がないと思ってしまっても致し方ないことだ。

 

 本人にどこまでの意図があったのかは不明だが、リゼを殺さなかったことで、レイジは二重の意味でリゼを救ったともいえる。あのまま命を絶たれていれば、彼女は決して消えることのない後悔の果てにその命を終えていたことだろう。

 

(これでよかったのか? 俺は本当に……俺は、以前よりも弱くなってしまったんじゃないのか? こんなことで俺は本当に最後まで復讐を為し遂げることができるのか……?)

 

 心の中で浮かんでくる疑問はレイジにとって、根源的な問いだ。もしも、自分が復讐を最後まで果たすことが出来なかったのだとすれば、こんな寛容になりえる心はいらない。修羅となって、誰に後ろ指をさされるとしても最後までこの復讐に彩られた旅路を完遂する。それが誓いであったし、そんな復讐を果たした先にも花を咲かせることができると証明することこそが自分の目的であったはずだ。

 

 レイジの中で、これまでずっと積み重ねてきた何かにひびが入るような気持ちの抜けが感じられた。ずっと拘り続けてきた大事なものがすっぽりと抜け落ちてしまうような感覚、リゼを生かすことが道義的に正しかったとしても、彼女もまた自分を今の惨状へと持ち込んだかもしれない五人の七星である可能性はある。もしも、そうだとすれば……

 

(いいや、そもそも、俺の復讐を果たすべき相手は、本来、ヴィンセントと灰狼だけであったはずだ。それがあのヴィンセントの言葉を聞いてから、俺は無意識に五人の七星を見つけ出すことに躍起になっていた。七星散華の時もそうだ、本来、アイツと俺は戦うべき相手同士であったわけでもない……)

 

 気付いたその時に自分の中で自己矛盾が一気に広がっていく感覚をレイジは覚えた。確かにレイジは七星は総てを滅ぼすというスローガンを立ち上げていた。相手がどれ程の規模なのかわからない中で、復讐を為し遂げるためにはすべてを倒すという気概が必要であったことは否定しない。だが、それでもやみくもに七星総てを滅ぼすつもりではなかったことは一番近くにいた七星である桜子に手を出さなかったことでも明らかだ。

 

 少なくともレイジ・オブ・ダストは七星でも討つべき相手とそうでない相手の判断を付けていた。その判断基準に淀みが生まれたとなればそれはいつなのかと思考を巡らせれば、それはヴィンセントの末期の言葉を聞いた時からだ。あの末期の言葉がレイジを無意識のうちに縛り付け、ヴィンセントの外に「五人の七星」を見つけ出さなければならないという呪いをレイジに与えた。

 

 ヴィンセントが何を目論んで、そのようなことをレイジに教えたのかすらも考えることなく、ただ与えられた事実を求めて行動を始めてしまったのだ。

 

「俺は―――――」

 

「あ~あ、何をやっているのレイジ、ダメじゃない、七星は全て殺すんじゃなかったの?」

「―――――――――――――」

 

 その問いに聞こえてきた声にレイジは耳を疑った。その声は誰よりも見知った声、レイジにとってとても大事な相手の声、なのに、その声はレイジが思っている相手が口にするとは思えないような言葉をはっきりと口にした。

 

「ター、ニャ……!?」

「嘘、どうして……!?」

 

 レイジと桜子は目を見張る。目の前の光景が信じられないものであり、自分たちの認識を根底から覆す者であったからである。

 

 その光景はターニャと星灰狼、そしてカシム・ナジェムの三人がともに姿を見せたことである。ターニャに灰狼を拒絶する様子は欠片も見えない。

 

 それが何を意味するのかを理解することを身体と脳が拒絶している。

 

「ご苦労だったな、アベル。役目を果たしたお前に真実を伝えるために来た。これは俺からお前に与える最後の慈悲だ」

 




そして、いよいよ真実が明かされる時が来る。

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