Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― 作:ソクリ
人は寿命以上の人生を生きることができない。それは人智を超越した力を持って召喚されるサーヴァントたちも変わらない。彼らには生前があり、英霊となることで座に登録される。真なる意味で永遠の生命を手にすることが出来た者は存在せず、故にこそ、その願いを聖杯戦争の勝利に求める者も存在する。
かつて、日本を脱出し、大陸へと進んだ七星たち、七星桜雅と七星桜華の兄妹は、イェケ・モンゴル・ウルスの一員として大陸制覇の旅路を進んだ。侵略王チンギス・ハーンに率いられた軍勢は幾度となく勝利を重ねてきた。
常勝無敗であったわけではなく、その戦いの最中には敗北も存在した。古くはモンゴル部族を統一するための戦い、そして、大金帝国やホラズム朝、さまざまな強敵が常に彼らの敵として立ち塞がってきた。
それでも侵略王は決して屈しない。敗北をすればその敗北を糧にして次に勝利するための道筋を打ち立てる。敗北が己を強くする、侵略王はそのように語り、実際の所、彼は有言実行をし続けてきた。どんな相手であろうとも、一度戦った相手には決して敗北しない。そして、そのたびに己を強くし、そして多くの有能な仲間たちを配下に加えてきた。
恐るべき怪物にして稀代の英雄、黎明期に存在した多くの王たちを彷彿とさせるかのごとく、侵略王はその人間性を以て、世界を蹂躙する存在にまで進化し続けていった。
しかし、そんな王であろうとも、寿命には勝てなかった。侵略王チンギス・ハーンの亡き後にあれだけ強固な絆で結ばれていたはずのイェケ・モンゴル・ウルスは後継者問題で揉め、時代を経るごとにその力も領土も失っていく。
栄枯盛衰―――決して変わらないこの世の真理の一つ、永遠に反映する存在などこの世界にはありえないという教えである。
それでも、七星桜雅は侵略王の亡骸に誓った。いずれ必ず、もう一度再会し、共に世界制覇を実行しようと。それが人類と言う種の常識を超える判断であったとしても彼は諦めるということを決してしなかった。
寿命を超えることが出来ないのであれば記憶と経験の総てを引き継いでいけばいい。人間の精神とは環境と記憶によって構成される。それらを全て伝え続けることが出来れば、理論上はまったく同じ人間が生まれる。
人格を経験と記憶によって埋め尽くしてしまえばいい。真っ白のキャンパスに色を塗る前であればどんな色にでも染められるように、桜雅―――初代灰狼は「己と桜華の子」に自身の記憶と経験の総てを引き継がせた。
経験は七星の血を背負った魔力回路を与えることで、そして、記憶に関しては灰狼の名を継承した者がその記憶を新たな灰狼が生まれるごとに口伝によって、物心つく前に語り続けることによって、己が灰狼であると認識させるという方法で……。
荒唐無稽な話であると思うだろうか? しかし、七星の血というある種の先祖返りを引き起こす力が存在する以上、決して愚かな方法であるとは言えない。
事実として灰狼の名前を継承する者たちは、初代灰狼の願いである侵略王を甦らせ、イェケ・モンゴル・ウルスの栄光を手にすることを望みに、中華帝国の裏で暗躍する「星家」を存続させ続けてきた。歴代当主たちの誰一人としてその荒唐無稽な願いを忘れることなく力を蓄え続けてきたこと、決して偶然の一言で片づけることはできないだろう。
だが、初代灰狼にとって、願っていたのは自分自身だけの寿命の超越ではない。妹であり、愛する相手であった桜華もまた存在する世界こそが彼にとっての願いであった。今ある幸福をそのままに次代を越えて自分たちは願いを成就させる、それこそが灰狼の願いであったが……、桜華は灰狼よりも若くして、その生を終えた。
灰狼がその願いを自覚したのは皮肉にも桜華を失った後だったのだ。失ったからこそ、その願いに気付いたという側面もあるかもしれないが、灰狼はまずは自分と同じような処置を自分たちの子に施した。
すなわち、灰狼自身が桜華の記憶を引き継ぐように語ったのだが、これは早々に望むべき結果を生み出せないことを理解した。
何せ本人ではない。あくまでも灰狼から見た桜華なのだから、彼女の外面を再現することはできたとしても内面までもを再現することは出来なかった。
灰狼と同じ方法を取るのだとすれば、当人が生きていなければ実現は不可能である以上、別の方法を実行するしかない。灰狼の名前を重ねる者たちは常にその命題とぶつかり続け、希望を絶やさないために、自分たちの血を引く子孫たちを各地に散らばせた。
桜華の血を継ぐ者たちであれば、極小の確率で先祖返りを引き起こすかもしれない。そうした存在がいれば、その者を起点とした記憶の引継ぎを行うことができる可能性を見いだせる。
狂気のような思想であるが、歴代の灰狼たちはそれを行い続けた。子孫たちを常に監視し続け、子孫の中には桜華の面影を持った子孫が生まれることもあったが、やはり灰狼が望むほどの完全な記憶の再現を引き起こすことができるモノはいなかった。
そもそもが人間の種の限界を超える手法を取っているのだ。不可能に近いほどの可能性を模索しているのだから、そう簡単に桜華の魂を再現することができるわけがない。
その問題の解決の糸口を見つけることができないままに、千年の時を費やした。現代、星灰狼は聖杯戦争が始まるよりも前に一人の男と運命的な出会いを果たす、
「己の身体を全て鋼鉄に改造したうえで己の記憶と思考をその身体に転写したい。星家がこれまでに蓄えてきた回生の知識が必要不可欠だ。その知識と実験を行うための施設が欲しい。協力をしてくれないか?」
カシム・ナジェム、その男は突如として表れて、当代の灰狼へと協力を持ちかけてきた。カシムの目的は何処までも自分自身、七星として生まれ、七星としての最強を目論む彼は星家が代々、継承し続けてきた灰狼の記憶を継承する方法を教えてほしいと願い出てきた。それ自体が、彼の求める方法であるわけではないが、魂の転移を目論むカシムにとって、一つの成功例である回生の実行方法は決して無駄であるとは言えない。
スペアとなる人間にカシムの記憶の総てを与え、そして引き継げばいい。あとは七星の血と言うバックアップ機能がそれをアシストしてくれるであろうというのが彼の思想であった。
「協力するのはやぶさかではない。ただこちらも条件を付けさせてもらう。君の目論みが成功した暁でもその過程でも構わない。七星の血の中から抽出してもらいたい人間がいる。私はその人間の総てを知っている、つもりでいるが、万全ではないのかもしれない。だからこそ、君の力を借りたい。これは予感に過ぎないが、君の協力があれば、私は今度こそ彼女と再会できるのではないかと確信に似た思いを持っているんだ」
その灰狼の認識は決して間違ってはいなかった。星家が持ち得る回生の知識、カシムの人体改造術、そして桜華の血を引く優秀な遺伝子を持ち得る素体、それら全てが揃うことによって、七星桜華を再誕させるという目論みはついに成功の領域へと入ろうとしていた。
しかし、最後の最後で難航した。素体となる少女を手にすることは出来た。ヴィンセントに依頼をし、村1つを焼き払い、目撃者たちを皆殺しにした上で攫ってきた少女ではあるが、彼女は自分の中にある桜華の存在と自分自身を融合することを拒絶したのだ。
素体にした人間の表層人格が邪魔だ、表層人格と七星の血から抽出した桜華の人格を反転させるためには、七星の血による支配力を高めていかなければならない。
しかして、それは簡単なことではない。魔力回路を使用しなければ適合率は上がらず、無理矢理に使えば表層人格の拒絶を受ける。そもそも問題なくこなしているのだとすれば、今頃、簡単に目的を遂げているのだ。それが出来ない以上は別の方法を考えなければならない。
「七星の力を使うのは、少なくとも、自身が窮地に立たされる状況でなければならないだろう。しかし、彼女には戦う理由がない」
そう、そこもまた問題なのだ。彼女には戦う理由がない。灰狼は彼女の総てを奪った。生きる場所も、生きる理由も何もかもを奪い取り、素体にするために彼女の身体をいじくった。絶望した少女はかろうじて監視下に置くことによって生きながらえているに等しい状況なのだ。窮地になど追い込めばそのまま命を絶つことは目に見えている。
クリアするべき難題はすべてクリアしたはずだったが、最後の最後で灰狼にとって悩ましい問題が発生した。それを解決するための手立てを考えて、灰狼はもう一度資料を読み込む。ヴィンセントとカシムより提供された情報だ。暗礁に乗り上げた問題を解決するために他の情報に目をくれてみるのも必要だろうと目を通したそこで、灰狼は一つの妙案を思いついた。
力を発揮する状況を生み出せないのであれば、力を発揮することができる状況を自ら作り出せばいい。彼女が力を使いたくなるような状況を、彼女が自分の人生に希望を見出すことができるような展開を、彼女が力を使ってでも共に生きたいと思えるような相手を。
「カシムを呼びだしてくれ、それとセプテム国王にも言伝を。以前の話しでお借りしていたあれを使いたいと、そして、いるんだろう、セイヴァー、君にも協力を頼みたい」
そのためには準備がいる、筋書きは定まったが、役者が役者になりえるほどの強さを持ち合わせていない。であれば、生み出すほかないだろう。自分の願いを叶える存在を。
いずれ、自分によって滅ぼされるアベルと呼ぶべき存在を。
「それは私達に何か益があることかね? 星灰狼、君と私の目的は相反する。聖杯戦争を開くという目的を越えた先は互いに敵対する他ないが?」
「聖杯戦争の参加者を1人増やす。そして、あえて、俺を狙うように仕向けてくれて構わない。その上で、その駒を互いの目的のために使う。それでどうだい? 何も起こらなければ、この聖杯戦争、俺の勝利は間違いない。お前とて、それを防ぎたいとは思っているだろう?」
「くく、然り、だが良いのかね? 慢心は己の身を滅ぼすぞ?」
「まさか、千年に渡る悲願だ、私が敗北する道理はないし、それほどのリスクを孕まなければ願いを叶えることはできない。私は今日という日を迎えるまでに私が手にしてきた総ての縁をここにつぎこもう。そこまでしなければ届かない願いを背負っているのだから」
そうだ、他人がどうなろうとも関係がない。俺は俺の願いを叶えるために桜華との再会を誓い合ったのだから、その為に犠牲になる総てを許容しよう。
恨んでくれて構わないぞ、実験体402号、名も知らぬ少年よ、お前の人生はこの俺によって蹂躙される。
いや、ヴィンセントに村を滅ぼされた時点でお前の人生は既に終わったのかもしれないな。自らの生まれの不幸を呪え、ターニャ・ズヴィズダーと言う少女が周りに存在していなければ、お前の人生は全く違うものになっていたかもしれないというのに。憐れな少年よ、自らの故郷を奪われ、今度はお前は自分の人生すらも奪われる。
しかし、仕方がないのだ、総ては奪われる側が悪い、強者は当たり前に弱者を踏みにじって、その強さを以て願いを叶えるのだから。
かつて、イェケ・モンゴル・ウルスがそうやって、周辺諸国の総てを蹂躙したように、世界を制覇するという願いの前には、個人の幸福など些末事でしかない。
――王都ルプス・コローナ――
「何故だ、どうして、ソイツと一緒にいる、ターニャ!!」
レイジは自らの目の前に広がる光景に動揺を隠すことができない。先ほどもリゼの命を奪う事が出来なかった自分に動揺を覚えていたが、その時の動揺とはまったく別種の動揺だ。信じられないという動揺ではなく信じたくないという動揺、それが自分自身を中心に広がり、背筋を冷たい汗が伝わる。
「どうしてって、まさか、本当に気づいていなかったの? 君は本当に健気だね、この娘も君が本当の相手だったら、どんなに幸せだっただろうね」
「どちらにしても変わりはない。総ては覚醒のための手駒でしかなかった。この日を迎えるのは確定的な必然であったのだから」
「アベル、いいや、レイジ・オブ・ダスト、今日までご苦労だったね。君のお陰で彼女は覚醒を果たした。初代灰狼の妹にして、最も愛するべき存在、史上最強の七星と名高き七星桜華が!」
「ふふ、兄様、そのような説明の仕方は気恥ずかしくなってしまいます。ですが、私を甦らせるために兄様が苦心したこの千年を思えば、それを素直に受け取ることが今の私に相応しい所作でしょう。初めまして、リーゼリット女王、そして遠坂桜子。私は七星桜華、千年の過去より舞い戻った七星の一族が一人です」
「なに、言ってるの……? 千年前って、貴女はターニャちゃんでしょ!」
「ええ、つい先日までは。皆様の活躍は、彼女の身体の中から見せていただいておりました。ですが、今は違います。彼女は七星の力を使い、力を使うたびに私の心が彼女の身体を侵食しました。桜子、貴方であればわかるでしょう。悪戯に七星の力を使えばどのような結果が待っているのか、貴女自身とてそのリスクとつねに隣り合わせにいるのですから」
七星の血を使い込むほどに、七星の魔術師は先祖返りを引き起こす可能性が高くなる。勿論、その確率は人それぞれであり、生涯、まったくその症状に悩まされないものもいるが、桜子も散華も一度は経験したことがある。実力ある七星の魔術師ほど、七星の血に呑み込まれる可能性は高まる。
ターニャは戦いの経験などほとんどないにもかかわらず、圧倒的な才覚を誇っていた。体格的な問題がある中で、灰狼と真正面から戦い圧倒されていなかった時点でもその可能性は十分に予想できていたことだが、悪い方向に考えるべきではないという楽観的な思考があえて気付かない方向へと進ませてしまった。
「待て、ふざけるなよ、そんなバカな話があるか!! それじゃあ、まるでターニャは俺を助けるために、お前に浸食されたような話に――――」
「実際にそうでしょう。この娘が力を使おうと考えた理由のほとんどは君のため、君の力になりたい、君を救ってあげたい、そんな気持ちが全て、それだけで私の潜在的な意識にアクセスして力を引きだしたのだから、彼女の才能は本物であったということよ。それは君にとっては決して嬉しくない結果だったのかもしれないけれど」
ターニャは唇に人差し指を触れさせて、教えてあげるとばかりに残酷な事実を突きつける。彼女の人格は明らかに乖離している。ターニャの姿をしているのに全くターニャであるとは思えない。演技をしているにしても此処までの変化を引き起こすことなど出来ないだろうと思わされるほどに。
「俺のせいで……、俺がターニャの七星の力を使うことを認めたから……」
「レイジ君のせいじゃないよ、だって、ターニャちゃんは自分から力を使うことを望んだんだよ! レイジ君が助けてくれて、レイジ君の頑張る姿を見て、レイジ君の力になりたいって思って、思って………、まさか――――」
そこでふと桜子は気付く。何かあまりにもそれらの流れはストーリーじみていないかと。まるでそのように話が流れるように調整されていたかのようにすら思えてくる。もしも、それが全て目論み通りの結果として引き起こされたのだとすれば……、
「どうやら遠坂桜子は気付いたようだね、何故オカルティクス・ベリタスで私があんなにも簡単にターニャ・ズヴィズダーを引き渡したのかが。君自身の実力であると思ったかい? 運命が自分に味方をしてくれたのだと無邪気に思ったかい? だとすれば君は素晴らしく幸福だよ。何も事実を知ることなく今日という日を迎えることが出来たのだから」
「私がこの娘の表層人格へと出てくるためには七星の血の定着が浅かったのよ。この娘は本能的に理解をしていたのでしょうね。自分が七星の力を使えば使うほどに自分と言う存在が消失してしまうかもしれないって。それもそうよね、だって、この娘の中の私を目覚めさせるために随分とこの娘の身体は弄繰り回されたわ。彼女の村が焼かれてからずっと、この娘は人体実験の只中で絶望的な日々を送っていたんだもの」
「人体実験って……あなたたち、人造七星はみんな志願されて生まれた兵士だって……」
「はは、まさか、リーゼリット女王、私の言葉を信じていたのですか? さすがにそれは私も貴女に失望しかねない。ヨハンは最初から気づいていましたよ、人造七星が我々の兵器となるためにヴィンセントによって拉致、あるいは貴方の父君から提供されていた人間たちだったのだと」
「嘘………」
「嘘ではない。ヴィンセント・N・ステッラはセプテム王国、そして星家と深い関わり合いを持っていた。奴を使って王家は数々の後ろ暗い事実を闇に葬ってきた。我々が簡単にセプテム王国と同盟を結ぶことが出来たのも全ては、初代灰狼が誓った約束を果たすためにあらゆる行為に手を染める覚悟があればこそだ」
レイジや桜子だけではない、この場にいたリゼも思わず言葉を奪われる。人造七星と言う存在が人体実験の果てに生み出された存在であることは認識していた。けれど、そこには一定の倫理観が存在しているものだと考えていた。
無関係な人々を大量に拉致して、人造七星として改造し、使い潰す。とても許される所業ではない。加えてそこに自分の父が関与していたかもしれないと言われれば、リゼも言葉を失うのは致し方ないことであったと言えるかもしれない。
「彼女はね、この世界に絶望していたわ。総てを奪われて、もはや自分の身体すらも良く分からずに弄繰り回されて、来る日も来る日も実験に追われる日々、死を覚悟していたし、むしろ死ぬことさえも望んでいた。だからかしらね、この娘は七星の血に順応してくれなかったの。あと一歩で適合するのに、そのあと一歩を拒絶している」
「だから、俺は一計を考案した。もうここまでいえばわかるだろう、アベル、君と言う存在の意味が。君は彼女の七星の血を目覚めさせるために用意された生贄だ。君と言う存在が窮地に立たされれば立たされるほど、彼女は自分の力を使ってでも、君を救おうとする。君が彼女にとっての救世主であればこそ、君が彼女にとっての希望であればこそ!
英雄譚のように彼女を救い、共に未来を夢見る日々は楽しかっただろう? それも全ては私のてのひ―――おっと!」
「星灰狼ッッッ!!」
「あら、ダメよ、兄様には触れさせないわ、私がいる限りね」
有無を言わさないほどの怒りを爆発させて、レイジは灰狼へと大剣を叩きつけるが、それをターニャの身体に宿っている桜華が防ぐ。あっさりとレイジの大剣などとは比べ物にならない剣一本で彼女はその奇襲を受け止めて見せる。
「退けェェェェェ!! ターニャの身体から出て行け!」
「それはできないわ、この身体はもう私のもの、兄様が私のために用意してくれた身体ですもの。少々、小さくはあるけれども、成長の余地は残っているだろうし、おいそれと返してあげるわけにはいかないわね」
レイジの武器に比べれば刀身は細く小さいはずの剣でありながら、レイジはそれ以上大剣を振り下ろすことができない。何かの魔術を掛けられているかのようにびくともしないのだ。何度力を込めてもそれ以上先に進むことはできない。
「無駄なことはやめなさい、ずっとこの娘の身体の中で見て来たけれど、貴方と私では才能に差がありすぎる。七星の力を持っていても、碌に実力を発揮することができないようなあなた如きでは、一生かけても私には届かないわ。所詮はまがい物のツギハギ、私にも兄さまにも及びはしないわ」
「そう言ってやるな、桜華、彼は所詮アベルと言う役割を与えられたに過ぎない。知っているか、レイジ・オブ・ダスト。
かつて人類の祖とも呼ばれた始まりの兄弟であるカインとアベルは仲たがいを引き起こし、結果的にカインはアベルの命を奪った。それを以てカインは人類史における始まりの加害者となったそうだが、神話の中にはカインの双子の妹こそがアベルの妻であり、カインはそれを奪うためにアベルの命を奪ったという話もある。
まさに、今のお前はアベルそのものだよ、お前が見初めたターニャ・ズヴィズダーは俺の妹である桜華として再誕を果たした。後は神話の如く、お前の命が終わりを迎えれば、お前の役目の総ては終わる。
救済の時だ、道化たるアベルよ、カインとして、この世界を蹂躙する悪となる者として、その覇道を掲げる最初の礎としてお前を処断してやろう」
「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お前が俺を散々利用してきたとしても、俺はお前に殺されない。殺すのは俺だ!! あの日にお前たちが村を焼いたのも、みんなを殺したのも、そしてターニャをこんな目に合わせたのも俺が悪いわけじゃない。勝手に責任を押し付けるな、総てはお前たちが元凶だろう!!」
「そこは否定しないさ。ターニャを捕らえるためにヴィンセントに命令を下したのは俺だ。ターニャは実に桜華を再誕させるための器として優秀だった。ヴィンセントも最初は平和裏に彼女を引き渡すように村と交渉をしたんだよ。君は知らないかもしれないが、それを拒否して、惨劇を生み出したのは他ならぬ、村の大人たちだ」
「ターニャは村の子だ。お前たちの身勝手な理由で彼女を引き渡すことをあの人たちが許容するはずがないだろう!!」
責任転嫁も甚だしい。そもそも、灰狼たちが自分たちの身勝手な欲望でレイジたちの村を襲撃しなければあのような悲劇は起こらなかった。そこが始まりであるというのに、まるでレイジたちが間違っているとでも言いたげな物言いをするのは看過できない。
「ああ、はっきりと言える。星灰狼、カシム・ナジェム、お前たちだ、お前たちこそが総ての元凶だ!! お前たちを殺さなければ終わりになんてすることはできない。あの日に命を奪われた皆の為に、そして、ターニャを救うために、地獄の先に花を咲かせるために、お前たちは俺の手で絶対に殺す!!」
リゼに対して躊躇を覚えた感情は欠片も存在しない。自分たちの身勝手で多くの人々を巻き込んできたこの外道たちに与える慈悲など欠片もないし、この男たちを排除しなければ、もっと多くの人間たちが悲劇に襲われる。
この復讐はレイジのものだ、レイジが自分のためにする復讐に過ぎない。だが、結果的にそれが世界に対して降りかかる厄災を振り払うことに繋がる。
目の前の二人は生かしてはおけない。それだけは間違いのない事実であると信じる。あの日、炎の中から始まった物語はここで終幕を迎える。不利、そもそも無謀であることは分かっている。それでもこの胸の中に浮かんでいる激情が、目の前の二人を生かしては置けないと主張している。
「あの日に、炎の中で、ふむふむなるほど、確かにその通りだ。奪われた者からすれば奪った者を許すことができないという気持ちは至極当たり前のモノだろう。理解できるよ、レイジ・オブ・ダスト、君の願いは至極当たり前のモノだろう。それが君のモノであるのならば、ね……」
「何……?」
ドクンと胸が大きく鳴った。何か絶対に聞いてはならない何かを灰狼が敢えて口にしたのではないかと思える様子であり、レイジの全身が聞くなと声を上げる。
しかし、灰狼にとってはそんなことは関係ない。むしろ、ここで主張をすることこそが、彼にとっては意味のある、いいや、ここにまで来た理由であったとばかりの様子であり、
「レイジ・オブ・ダスト、一つ聞かせてくれ。君は――――誰だ?」
「誰、だと……? そんなもの、俺は俺に決まっているだろう!」
「そういうことを聞いているんじゃないよ、私が今、君を呼んだ名前は偽名だろう? 七星を全て滅ぼす、その願いを込めた過去と決別するための名前であったはずだ。かつての平和に生きてきた人間である頃の君と決別し、総てを滅ぼす復讐者となるために君はその仮面を被った。だからこそ、君には異なる名前、いや、本当の名前が存在しなければならないだろう? それを教えてくれと言っているんだ」
「それは……」
灰狼の言っていることは今更疑うまでもないことだ。レイジという名前は確かに偽名だ、アヴェンジャーと言うサーヴァントを与えられると同時に七星に復讐をするための存在に自分が生まれ変わるために名乗った名前だ、その名前を捨て去るのは全てが終わったその時であると考えて、レイジは自分の本当の名前を決して誰にも告げることはなかった。
桜子も仲間たちもそういう事情で、レイジが本当の名前を隠していることは理解をしていたつもりだったし、あえて聞くことはなかった。
しかし、灰狼の問いは、まるでレイジが本当に答えることができないとでも言わんばかりの様子での問いであった。
「教えられない」
「何故?」
「お前たちに教える必要がないからだ!」
「違うだろう? 強がりを言うのもいい加減にしろよ、アベル。君は言いたくないんじゃない、言えないんだ。そんな記憶は―――君の中には転写されていないのだから」
「転、写………?」
ゾワリとした感覚、背筋が凍る、いや全身と心が乖離するような今まで一つであると思い込んでいたはずのものが、別れたような感覚にレイジは襲われ、バタリと膝をついていた。自然と、まるで平伏するかのように。
「桜華が先程話した通りだ。ターニャ・ズヴィズダーの中で桜華を目覚めさせるためにはどうしても、彼女に七星の力を使わせる必要があった。しかし、絶望的な状況で生きる希望を見出すことができない彼女は決して、七星の力を使おうとはしなかった。私としても手詰まりを覚えたよ。このままでは桜華を再誕させることができない。どうすれば、彼女に七星の力を使わせることができるのかとね」
それは悪魔の如き種明かし、星灰狼というここまでの聖杯戦争の総てを裏から操ってきた男であるからこそ知っている。決して開示されてはいけない情報であった。もしも、それを知ってしまえば後戻りはできなくなる。
星灰狼にとって、レイジ・オブ・ダストの存在価値はもうなくなった。必要のない玩具をいつまでも放置しておくほど、彼は寛容ではない。用済みの役者には退場を願うが、その前に与える最後の慈悲こそが、今こうして明かしている種明かしなのだ。
「私は名案を思い付いた。ターニャ・ズヴィズダーのいた村の生き残りに彼女と親しい少年がいた。もしも、その少年が復讐の為に戦うことを志して我々と戦い、彼女を助けるというシナリオを描けば、彼女は七星の力を解放して少年と共に戦うのではないか、とね。何せ、私を憎む理由は無数にある。そういう状況を生み出し、未来に希望を持つことができる様になれば、力を使うこともやむなしと考えるだろう。少々仕込に時間がかかるが、私だけでは手に負えない難問である以上、致し方ないと納得した。
しかし、そこで一つだけ問題が発生した。その少年は七星でも何でもないただの少年だった。そんな奴をどれ程底上げしたところで純正の七星と戦うことはできない。この計画は最初から破綻していると思い知らされたのだ」
灰狼が考え付いたことはあくまでも机上の空論、実際のスペックでぶつけてみれば、簡単に破たんすることを理解させられたのだ。
「よって、発想を転換することにした。当人にその才能がないのであれば、相応しい存在にその記憶を転写して、本人に成り代わりさせればいい。幸いなことに人体を弄繰り回すことに関してカシムの右に出る者はいない。何せ、自分自身を改造して鋼鉄の身体へと変えた男だ。他人の身体を弄ることへの抵抗など欠片もない。
これで問題はクリアされた。ターニャ・ズヴィズダーの意識に認識改変の魔術を掛け合わせ、彼女の知っている少年とは全く別人の少年を、その人物だと思わせる。此処まで言えば分るだろう、レイジ・オブ・ダスト、君がどうして自分の本当の名前を言うことができないのか。それは君の記憶の総てが、転写された他人の記憶であるからだ」
「他人の、記憶、俺が……あの村を焼かれた記憶が他人の……嘘だ、ありえない。だって、俺は、俺は―――――がぁぁぁぁ、あがああああああ、ぎぃぃぃ……!」
「肉体の拒絶反応が出て来たな、これまで術式で無意識に意識をさせないことで抑え込んでいた肉体と魂のかい離現象が浮かび上がってきている」
灰狼の言葉を否定しようとするが、レイジの全身が悲鳴を上げる。まるでこれまで隠し通してきた病が突如発症するかのように、身体全体が悲鳴を上げているのだ。自分の中に入れこまれた不純物に対して抵抗をしている様に、自分自身の中にあるもう一人の自分を否定するかのように。
(思い出せ、そうだ、名前だ。思い出せる。ターニャ以外のことを。村の名前も、大人たちの名前も、その時に起こった出来事も全部全部俺は覚えている。覚えているからこそ、あんなにも胸が軋むような痛みを覚えていたんだから。そうだ、俺は、俺は―――――なんで、なんでだよ、どうして俺は何も思い出すことが出来ないんだ……!!)
これまではっきりと思いだせていたはずの記憶が徐々に輪郭を失っていく。まるでそれが真実であると思いこませられていたことが全て嘘であると判明して、蜃気楼のように消え去っていくかのように、レイジの中からうっすらとした輪郭すらも消え去っていくのであった。
魂に刻み込まれた自分自身と言う存在が途端に信じられなくなるほどの恐怖がいかほどのものであるかを理解することはできるだろうか。足元から一気に崩壊をしていく気分、もしも、灰狼の言葉が正しいのだとすれば、自分は一体どこの誰の記憶を自分のモノであると考えていたというのか。
ヴィンセントは確かに語った、自分の村を焼いたのだと、ターニャと言う存在がいる以上、ヴィンセントがそのような行為に及んだことは間違いなく、同時にレイジ自身も彼と顔見知りであることは間違いなかった。
ヴィンセントが何処まで知っていたのかは不明ではあるが、彼はあの時、レイジの存在に驚きを覚えていた。であれば、ヴィンセントをレイジが襲うこと自体は灰狼の計画の中に存在していたとしても、ヴィンセントに伝えてはいなかったのだろう。
なら、もしも、レイジ自身が全く知らない赤の他人であったとすれば、ヴィンセントの反応は違ったはずだ、彼は明らかにレイジの素性を知っている素振りを見せていたのだから。なら、誰の……誰の記憶を自分は持っているというのか。誰の……誰の……
『お前の存在を俺は許さない』
「―――――――」
脳裏に浮かんだ存在がいた。常に心当たりのない憎悪を向けられ、ただ存在しているだけで憎しみを向けられる、誰かもわからない相手がいた。
レイジ・オブ・ダストと言う人間の人生において全く接点のなかった存在、にもかかわらず、曇りのない憎しみを向けてきた正体不明の存在、自分の復讐の旅路で邪魔ばかりをしてくるくだらない存在だと思われていた相手、それが、もしも、もしも、本当は意味がある憎しみであったとすれば――――、
「気付いたようだね、その通りだよ、レイジ・オブ・ダスト。私が何度も何度も君の前に連れてきた実験体402号、彼こそが、君の記憶の転写元、本来、ターニャ・ズヴィズダーが守りたいと思っていた、彼女と同じ村で生まれ育った本当の少年だよ」
「うっ……ぐむぅぅ、おげぇ、ごほぉぉぉ、んぶぅぅ」
告げられた真実を前に、レイジは凄まじい吐き気に襲われ思わず口を覆う。気を抜けば、胃の中に入っているものが全て吐しゃ物として吐き出されてしまいそうな気分だった。
実験体402号の憎悪の視線を思い出す、許せない、絶対に殺す。その視線の意味をずっとレイジは理解できなかったが、真実を告げられ、彼の視点で物事を考えれば、彼が憎悪を向けるのは当たり前のことだ。
自分の記憶を奪い、自分であるかのように振る舞っている少年が、自分の幼馴染を連れ回し、彼の為に戦えば戦うほどに、その存在が消えていく、それを見ていることしかできず、無理矢理に人造七星として改造されても、出力を上げられない失敗作、そんな少年の憎悪とは、どれほどのものであっただろうか。
何度も何度も彼がターニャの傍にいる資格がないと言ったのは正しく意味を持っていた。
それはとても残酷な事実であり、ここまで自分の記憶の中にある怒りを糧に戦い続けてきたレイジにとって、あまりにも惨い仕打ちである。
「ああ、本当に悲しい話ね。でも、本当に悲しいのは誰なのかしら。自分の幼馴染の大切な人を守ろうとして、結果的に人格を食われてしまった彼女、でも、その守ろうとしていた相手がまったく知りもしないどこかの誰かであったなんて、こちらの方があまりにも救いがないのではないかしら?」
他人事のように桜華は告げる。彼女が蘇るためにターニャに仕掛けられた罠、レイジをかつての幼馴染であると誤認させられた結果として、彼女は希望を胸に、自分とまったく関係のない相手を救うために使い潰してしまった。
それはさながら、レイジという人間が間接的に、ターニャという少女の運命を捻じ曲げてしまったに等しいともいえるのではないだろうか。
「ぐぅぅぅ………ああっ、ぎぃああああああああああ!!」
向けられた残酷な真実を前にして、レイジのうめき声が響き、その事実に打ちひしがれる。
「ちょっと待ってよ! だったら、そんなことを言うのなら、一体レイジ君は誰だっていうのよ、そこまで言うのならば答えなさい、灰狼、カシム!」
「おや、それは貴方が一番よく知っているんじゃないですか、リーゼリット女王」
「え……?」
そこで話題を向けられたことにリゼは言葉を失う。このタイミングでどうして自分に話題を振るのか、その意味を理解することができないまま、直感的にまたもや聞くべきではない何かを聞くことになるのではないかと思えた。
レイジとターニャの関係性が今の話を聞いたことで後戻りできない話になってしまったように、リゼにとっても、それは劇薬になりかねないのではないかと思えることであったが、そんなことを灰狼は今更気にも留めない。
知りたいのであれば教えてやろうとばかりに、
「かつて、リーゼリット女王を救ったスラムの少年、仮死状態にあったその肉体こそが、今の彼の身体だよ」
そして、劇薬は投下された。すべてが終わりへと向かうための真実が開示されたのだ。その言葉にリゼは目を白黒させ、次いでその意味を理解し、頭を覆った。聞くべきではない残酷な真実は彼女にとっても鋭利な刃の如き意味を持っていたのだ。
真に悲惨なのは、402じゃないですか―、やだー
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